機動戦士ガンダム ゴーストクロニクル series000   作:GhostWrider.Jp

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scene 039 明暗の影

 

 

 

 

 6名のMSP(半分の者)は適応できなかった。

 

 Gm1(バトラー)戦術指令(ハンドサイン)を受けて、 Gm型トップ4(Gm1、Gm2、Gm3、Gm4)が 第一波先行強襲に移行した後、Gm3は、先を行くGm1、2より少し距離を開く様に展開を始めた。僚機Gm4(ウィングマン)が、要領を得た様に追従する。

 

 第一波強襲は、LiFAS(ライファス)光学制圧支援でのGm型不可視化(スペクター)による対応不能攻撃(スニークアタック)だ。

 それは、狙われたら最後という絶対不可避の狙撃力を持つ敵に対する、P004の用意した対抗策の肝心の要であり、勝利を決定する核心の攻撃だ。つまり、絶対にキメないといけない一撃だという事だ。

 

 Gm1(バトラー)Gm2(キャスパー)ベストペア(Top Flight Duo)が、敵機後衛の絶対狙撃力持ちドム(バルク)を撃破。自分達ネクストベスト(Second-Top Flight Duo)が、前衛のドム(バルク)を撃破して作戦を完了。

 そしてシュアル(お嬢)の──今はLiFAS(ライファス)を操り、MS攻撃部隊の指揮を執る彼女の撤収指示(ファイナル)を聴くコースなのだ。

 彼は、敬慕するコマンダーの凛々しい声を思い浮かべていた。

 

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 Gm4は、Gm3の意図を理解していた。自分達の標的となった敵機前衛にマトを絞り、それを観察していた。

 標的は、母艦(P004)の砲撃をiフィールド防御しながら攻撃を返している。

 P004の第一第二メガ粒子砲手(プロシューターとラマン)の猛攻を一身に受けて、間断なく衝撃後退(ノックバック)攻撃前進(チャージ)を繰り返している。

 

 その為に機動がランダムで、図らずも回避運動をしているかの様だ。が、しかし

予測可能な回避運動(エイマブル)レベルの動きだ。

 それは、P004攻撃部隊上位メンバーのGm3とGm4(自分達ペア)にとって難しい的ではない。が、最低でも

着弾1秒以内(有効射程)に捕える必要はある。

 

 この対応不能攻撃(スニークアタック)は一斉射撃でなければならない。MS攻撃隊の指揮を執るLiFAS(ライファス)の『撃て』が発令される時に、それぞれのペアは標的に対してスウィート・スポットな射撃配置を完了している必要がある。

 必中射程とされる着弾1/3秒以内(クイックレンジ)が、確実を信頼できる射撃地点だろう。

 それには速過ぎず遅過ぎず、近過ぎず遠過ぎずの最適ベクトル(オプティマムベクター)が要求される。

 

 Gm3の移動ベクトルが、その為の動きであることを確認して、Gm4はそれに合わせた微調整に動いた。

 もう少しで標的が有効射程に入るだろう。それまでに、Gm1(バトラー)達の着弾1/3秒以内到達(クイックレンジ突入)と、自分たちの着弾1/3秒以内到達(クイックレンジ突入)が一致する位置合わせを終わらせる。

 着弾1秒以内到達(有効射程突入)から照準(エイミング)を開始。と、同時に、LiFAS(ライファス)より『撃て』が発令。

 数秒内に、補足完了(ロックオン)。そして、着弾1/3秒以内到達(クイックレンジ突入)と共に射撃、標的の一斉排除。

 任務完了(ミッション アコンプラッシュド)交戦終了(シースファイア)

 

 Gm4はもう一度、初めての戦法である不可視強襲(スペクター)の進行をイメージしていた。

 

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 Beeeeep(ビィーーーー)!!

 

 Gm3とGm4に同時に響いた音は出現警報(デンジャーアラーム)だった。有効射程に標的を捉えた事を告げるアラートも鳴っていたのだが、最優先警報である出現警報(デンジャーアラーム)の音量の陰にとても小さい。

 通常、このアラームは敵機出現を知らせる警報だ。しかし、今はGm型の不可視(スペクター)が解除され、自機が出現したという意味である。それは、同時に母艦(LiFAS)に異常事態が発生したという事だ。

 

 母艦の損傷は艦載MSにとって絶対的優先事項である。

 艦載のMSは、母艦を失えば死ぬ。単機での友軍艦や拠点等への帰還は、航続能力的に不可能だからだ。たとえ自身が戦闘で生き残っていても、後の確実な漂流死を迎えるだけなのだ。

 生粋の艦載MS乗りである彼等は、咄嗟に母艦を気にかけて、後方の母艦(P004)を映すスモールウィンドウをチェックした。その時──

 

全機(Gm)! 撃てェ(ファイア)!!』

 

 バトラーの号令がヘルメットに(とどろ)いた。スモールウィンドウの母艦(P004)は、彼等が見た事も無いスケールで巨大な三次元回転にもんどり打っている。

 

 ────想定外(オペレーショナル アノマリー)

 

 対A1戦闘(アンチ アルファワン ストライク)では、不可視強襲(スペクター)が失敗したと判断された場合の第一選択は脱出(イジェクト)だ。

 いざその時に、この判断を明確に実行出来る準備の為に、P004MS隊員は想定A1(シナリオ アルファワン)のシミュレーションを各個の完全理解が認められるまで行ったのだ。

 Gm3、Gm4もそれは完了している。しかし、いざ本番、その事態が発生した時に発せられた命令は、隊長機による攻撃命令だった。

 この様な臨機対応(アドホック ディサイジョン)は、実は珍しいことでは無い。規定外、計画外、予定外の行動が、その時の最適解(オプティマム)という事は多々ある。

 優秀な指揮官ほど、想定外の命令を下す頻度は高く、その命令内容が瞬間的な迷いを生みやすい傾向のものである事も多い。そして、暗愚な指揮官にもまた、耳を疑う様な命令が多くあるのも事実だ。

 何が本当に正解だったのかは、後からならはっきり分かる事が多い。しかし、その場で適切解を掴む為には、高度な経験と強い武運が必要なのだ。

 

 ……今、照準(エイミング)をかければ、数秒で敵を仕留められる状況だ。ここで敵を仕留めなければ、どのみち自分たちは負けるだろう。

 母艦の状態には度肝を抜かれたが、冷静に判断すれば、ここでそれを考えるべきでは無い。母艦の貫通被弾警報(デンジャーベル)も鳴ってはいない。

 

 Gm3は照準(エイミング)に入った。

 

 ……敵の絶対狙撃力とて、照準動作は必要だ。想定A1(シナリオ アルファワン)でプロシューターとラマンを相手にして、その照準が非常に早いことは体感で知ってはいる。

 だが、この突然にして全く想定外の筈の敵機(Gm隊)の出現の中、冷静に素早い照準を行うのは至難の技だ。

 こちらは今、有効射程距離に入り、予定通りの照準をかける準備は完了している。最速の照準をして射撃すれば先に勝利で終われる筈だ。

 

 Gm4も照準(エイミング)に入った。

 

 彼等は即時に判断し、最速で照準に入ったという感覚だった。実際にはロスタイムはあったが、それでも1秒程度のものだった。

 熟練の技が、スルスルと照準を絞り込んでいく。

 

『イジェクト! イジェクト! イジェクト!』

 

 ロックオン完了直前に聴こえたこの通達が、彼等が引き返せる最後のチャンスだった。

 彼等は照準を継続した。二人のその判断は、高い経験により下された正解だった。ただ、武運が足りなかった。例外的な戦局の臭いを嗅ぎとって、正解を超えた最適解を導き出す程の武運が無かった。

 敵の絶対狙撃力(後衛のドムのメガビームキャノン)が、ここで逆説的に最高の照準速度を発揮する事になるという異例(エクセプション)の到来の兆しを──胸騒ぎのようなものを得るには、及ばなかったのだ。そして、精鋭P004バトラー中隊3、4番機の最後が決まった。

 

 ロックオンの電子音が響くGm3のコックピットが焦熱の閃光に包まれた。全てが蒸発し消えて行く。

 Gm4は必殺の気合いを注いだ主火器(レールガン)のトリガーを絞った。刹那──標的(前衛のドム)がエマージェンシースロットルの爆炎を噴いた。寸差で命中を逃れた標的(前衛のドム)を睨むGm4の痛恨の瞳のその端に、膨張する爆光に消えゆく僚機(Gm3)が映った。

 

 まさか! これ程早く!?

 

 敵機撃墜を逃した無念を、僚機被撃墜を喰らった驚愕が塗りつぶした。

 

OUT SIDE(アウトサイド)

 

 Gm4のコックピットに響いた最後の音はマシンボイスのレポートだった。メガビームの奔流がGm4の重心を貫き、瞬く間に灼熱の光が機体を飲み込み、膨らんでいった。

 

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 Gm5とGm6(リアガード ツー)出現警報(デンジャーアラーム)を聞いた時、彼等はまだ着弾1秒以内(有効射程)にも届いていなかった。Gm2(キャスパー) の配慮により、 第二波掃討強襲に配置していたからだ。

 今、不可視強襲(スペクター)が失敗したと判断すべき事態が発生した。その場合の第一選択である、機体を捨てての脱出(イジェクト)を二人は意識した。

 

全機(Gm)! 撃てェ(ファイア)!!』

 

 バトラーの攻撃命令に、二人は緊張した。

 想定外の臨機対応(アドホック ディサイジョン)だ。しかし、彼等は混迷しなかった。

 バトラー中隊に配属されて、これまで、その指揮に従って間違った事は一度もなかったからだ。二人にとって、バトラーはそれまでの戦歴でも経験の無い、圧倒的に信頼できる指揮官だった。

 彼等は攻撃続行に気持ちを切り替え、戦闘に集中した。

 

 1秒に満たない緊迫の時が経ち、ターゲットの敵機二機のいずれにも損傷、無力化の様子が見て取れなかった時──第一波の攻撃が失敗したと判断しなければならなくなった時、 二人は強い焦りを感じた。

 第二波が仕事をする時は、第一波の攻撃で敵機に仕留め損ないがあった時だ。確実にそれを仕留め、仕上げるのが任務だ。その為に、第二波は充分な減速=充分な照準時間を得られる接近を行なっている。

 しかし、このシフトがアドバンテージになるのは、LiFAS(ライファス)の光学制圧支援による不可視(スペクター)が働いている場合に限られる。

 敵から認知されていない一方的な攻撃条件であるからこそ、充分な余裕のある接近照準が可能なのであって、もし敵に見つかっているのなら、当然そんな(ぬる)い行動を許してはもらえない。

 

 今、第二波は、アドバンテージを失った状態で仕事をすべき状況になってしまった。だがしかし、キメなければならない。自分達に懸かっているのだ。そう──二人は気負っていた。 

 絶対の冷静(アイスメナー)の喪失は、殆どの場合、死を確定する。

 

『イジェクト! イジェクト! イジェクト!』

 

 バトラーのこの緊急命令を、彼等は、攻撃に失敗して絶対不可避の狙撃に狙われる事になった第一波の四人へのものだと思ってしまった。そして、先行の四機が次々に撃たれるであろうその間が、自分達が敵機を仕留めるべき機会であり、P004の命運を背負ったラストチャンスだと判断したのだ。

 

 これはひとつの正解であり、勇断と言えるものだった。危うい戦闘の勝利の決め手となり、歓呼に湧く仲間にHero(ヒーロー)として囲まれるエンディングを迎えておかしく無い、英雄的行動でもあった。

 だが、最適解(オプティマム)はそうでは無かった。そのすれ違いを決めたのは、やはり武運の差であったのかもしれない。

 Gm5とGm6が巨大な閃光に変貌したのは、それから数秒後の事だった。

 

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やられた(I'm hit)! アイン(Ein)! MBCロスト(Mega Beam Cannon lost)!』

 

 ナパームの悲鳴がヘルメットに響く。アインは兵装ダイヤルをループした。第二火器(レールガン)展開(アンシェル)を始める。

 

 あのG型のパイロットめ……前衛ドム(アップル2)には目もくれず、こちらに最速アタックをかけてくるとは──

 

 最大回避運動(フル シャーク)に機体を踊らせながら、駆け抜けていったG型を睨む。

 

 ──勝ち筋が、見えているな。

 

 ナパームに撃ち抜かれた敵機Gm型が変貌した4つの巨大な閃光に照らされて、フォーカスウィンドウに映るG型のディテールがくっきり見える。

 その胸部には、連邦MSがエース機に描く個別の紋章(クレスト)らしきアートの──焦げ跡が判別できた。

 

 ……あれは、不可避の狙撃(ナップの魔弾)を寸差で躱した、確たる証拠。偶然のものでは──あるまい。正面交差戦闘(ヘッドオン・パス)の精度を失わぬ為の、紙一重の回避。必然の、技──これは──

 

 G型の構えるビームライフルの銃口が閃光を放つ。

 

 ──手強い。

 

 抜けて行くビームを丁寧に送りながら、アインは深い戦闘没入を意識した。

 

 ……鋭い狙いだ、しかし…………命中特化のピューパ(ナップと同じ奴)では、ないようだな。

 

 次々に撃ち込まれ、乗機のドム(アップル1)の軌道に(から)(はず)れするビームライフルの射線に、アインはまずはそう判断した。

 ナパームと同じ超常の当て勘を持つ者(命中特化のピューパ)ならば、自分の回避運動といえど外せるものでは無い。

 

 卓越の回避機動の使い手か、それとも……超常の避け勘(超越の回避能力)の持ち主か──

 

 G型はsniper mode(スナイパーモード)の様だ。射撃の精密さと回避運動の粗さで分かる。

 

 ──いずれにしても……貴様を殺らねば、勝たせてはくれんだろうな。

 

 アインは視線を操作して、フォーカスウィンドウのG型の構えるビームライフル部分に

高速残像投影(ストロボスコープ)をかけた。連続レイヤーされる軌道の輪郭影が、わずかな挙動をくっきりと浮かび上がらせる。

 

 ……正確な狙撃だ────それ故に、見やすい。

 

 一流の狙撃手は皆、その照準動作に明確化されたステップワーク=癖が存在する事をアインは知っている。

 その癖を読み取れば、狙いが決まって撃つタイミングを把握する事が出来る。すると──

 

 こういう事が、出来るのだよ。

 

 G型の照準ステップの癖に読み合わせて、アインは両手のスティックを全力で引き、そして直ぐに戻した。機体がフルスロットル、プラス、オールバーニアの最大加速に飛ぶ。

 そのタイミングぴったりに撃ち放たれたG型のビームが、エマージェンシースロットルの直線加速の後方を抜けて行く。

 1秒満たずにエマージェンシースロットルを解除すると同時に、最大回避運動(フル シャーク)に移行。再び(ひるがえ)る機体に、射撃の終わったG型の再照準が絡み出す。

 繰り返す度に、G型との距離は大きく詰められていった。

 

 Falcon(ファルコン) Lead(リード)と、呼んでいるがな。

 

 ────Falcon(ファルコン) Lead(リード) は、EVFFF隊長アイン・ディバイン中佐が編み出したMS戦闘機動(マニューバー)だ。

 敵の照準を狙えない回避運動(エイムレス)で絞らせずに、射撃の瞬間に最大の加速で直進移動する事により、最大回避運動(フル シャーク)の防御力を持ったままフルスロットル級の移動を行う。

 敵の照準シークエンスを把握する事による、羽根の軽さと風の(はや)さを持つ高速機動だ。 これは移動と配置に支配的な力を発揮し、戦闘での強力なイニシアティブを掌握する。

 Ein's Vines(アインズ ヴァインズ) Fruit Falcon Fleet(フルーツ ファルコン フリート)の部隊名を飾る技能で、EVFFFのお家芸の代名詞として隊員の習得は必須とされている。

 彼等がジオンのトップ・ガンとして名実を得る、精鋭空兵(エアリオン)たる所以でもある。

 

 間断なく襲い来るビームライフルを()なし、距離を取ろうとするG型を追い詰めながら、アインは思い出した様に二頭立ての様子をチェックしようとした。

 本当なら、先に撃ち込んだ共振の連撃(リゾナンスブロー)の結果を──おそらくは無力化して防御不能状態の敵艦を、確認していた筈なのだ。あの突然の、不可解なGm型出現に──

 

 驚かされなければな。

 

 二頭立てのフォーカスウィンドウを視線で操り、中間視野に配した。アインの予想通り、狂った様に三次元回転する姿が見て取れた。フリゲート級の戦闘艦が、大波に飲まれ捻られる小舟の様に踊っている。まず見ることの無い光景だ。

 もんどりうって回転する船体に対し、左右二門のメガ粒子砲が旋回フォロー出来ていない事を確認する。敵方向(こちら)を常に捉える様に旋回していない。つまりiフィールドを向けられていないと言う事だ。一発、メガ砲撃を撃ち込めば撃沈できる状況だ。

 素早く僚機(アップル2)をチェックする。撃墜や大破はしていない。しかし、無傷でも無い様だ。右腕部と、主火器(メガビームキャノン)を破壊されている。アインは舌打ちをした。

 

 しかし、既に中のクルーは全滅だろう。この有様ではな……

 

 アインは共振の連撃(リゾナンスブロー)の衝撃の凄まじさを再確認した。と、動く光が見えた気がした。G型への集中をタイミング良く外して、素早く詳細を確認する。その、アインの眉が寄った。

 

 ──バーニア……ではないか。

 

 二頭立てが、船体各所から姿勢制御バーニアを噴射している。何とか回転を制御して立ち直ろうと足掻いている。生きて戦っているクルーが、居るのだ。

 

「ほう──……よくもあの、共振の連撃(リゾナンスブロー)の衝撃に、耐えられたものだ」

 

 思わず、驚きを口走った。

 

『ヴェルだよ』

 

 ナパームが答えた。

 

 ヴェル……?

 

 G型への集中を戻し、Falcon(ファルコン) Lead(リード)による追い込みを再開しながら、アインは記憶を探った。

 その名は確か、胸糞悪いキシリア機関の将校(のフンども)がブラックヴォルトへたまに来る時の、船の操舵手の名前だったか。ナパームと仲良くしていた覚えがある。

 その耐衝撃能力の高さを──揺れにとても強い子だと、自分の自慢のように語る嬉しそうなナパームの姿が思い出された。……なるほど──

 

 ヴェル・ヴェイル、と言ったか──……ん?

 

 いや待て、ならば『鳩』ではないか。

 この度、ブラックヴォルト侵攻作戦を敢行する連邦が、ジオンから奪った機密。要塞へのルートを示す、唯一の羅針盤。作戦の要諦。

 敵は、その機密に操舵を預けていると言うのか? 亡命をしたとはいえ、元ジオン兵に──

 

 面白い……ロイデ・アームオンだったな。

 

 アインは、まだ見ぬ敵の頭脳(キーマン)を見据えた。

 

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 アインが二頭立てへの驚きを口走った時、ナパームもそれを見ていた。

 コパイロットとして、アインと連れ添って随分になる。彼は、アインの戦闘時の思考や行動傾向をいつの間にか理解していた。そして自然と、それに沿う様に動いていたからだ。

 

 ヴェル…………そこに居たんだね……

 

俺だ(Apple 2,)アップル2(This is Ein.)二頭立てを仕留めろ(neutralize the Two-Horse.)無力化しているとは思うが(It's likely disabled,)……

操舵手が戦闘不能になっていない様だ(but the helm seems active.)早々に決着しておく(Wrap it up quickly.)俺は、残ったG型を殺る(I'll take care of the remaining G-type.)

 

 アインの通信が聞こえてきた。ナパームは関心も無さそうに、ただ二頭立てを見つめている。

 

了解(Copy,)二頭立てを仕留める(Neutralizing the Two-Horse Apple2.)接近して撃沈する(Closing in for the kill.)グッドラック(Good luck.)

 

 僚機からの返信を聞き終えると、やっと、視線を二頭立てから離した。

 

 君の最後を見なくて済むのが……救いかな。

 

 能面のような無表情が、死体の様な視線を動かして二頭立てのフォーカスウィンドウを視界の端へ追いやると、代わってG型のウィンドウを中央に配置した。正面を向いて姿勢をテンションすると、まるでそれに合わせたか、それを待っていたかの様に、機体の加速度が増してG負荷が上昇する。

 アインの本格的な戦闘機動を感じながら、チラリと、もう一度だけ二頭立てを見た。

 

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 ……鉄の、味がする。

 

 エレンは息苦しさに肩を躍らせた。口内最適圧フィット機能で、違和感を感じない筈の耐ショックマスクが、無理やり頬を張らせる拘束具の様に不快だ。その器具の表面に塗られているかの様な、鉄の味のぬるりとした液体が喉に溜まるのだ。溺れかけて必死で息をする様に、(あご)が上がる。

 

 エレンはマスクを取ろうとした。途端に、脱臼の様な激しい痛みが肩に走り、手が止まる。

 苦しげな顔を強く(しか)めて、エレンはマスクを掴むと、それを(むし)る様に()がした。

 

「……! ……、…………」 

 

 クルーに呼びかけようと叫んだ(はず)の口が、金魚の様にパクパクとだけ動いた。どろりと、唾液と血が混じって唇から垂れる。

 その行為が、頭部の割れ裂かれた様な痛みを発火させる。エレンは涙なく泣いた。

 

 止め処無く天地が回っている。この程度の回転が、堪らなく苦しい。

 吐き気が酷く、気持ちが悪くてどうしようもない。耳鳴りが止まらず、視界がはっきり定まらず、頭がうまく回らない。いったい自分はどうなってしまったのか?

 高強度の多軸回転訓練装置(Multi-Axis Trainer)回転椅子(Centrifuge)を絶叫マシーンの様に楽しんできた自分が、今初めて、嘔気(おうき)にもがく苦しみを味わっている。

 

 船体の回転を掴めない。感覚が麻痺しているみたいで感じ取れない。どうカウンターしたらいいのかが分からず、的確なバーニアを選べない。

 闇雲に噴射をかけてみては、回転が弱まったかを感じようとするのだが、よく、分からない。

 

 誰も、起きていないのだろうか? ブリッジ最前列の操舵席からは、後ろは見えない。

 いつもの様に、しなやかに体を(ひね)って振り向く事が躊躇(ためら)われる。激痛の予感が体に走る。

 嗚咽(おえつ)を漏らしながら、折れそうな膝で踏ん張ると、エレンは前方スクリーンの操作パネルを起こした。いつもはオペレーターがやってくれている、戦況の投影を、敵機の様子を、覚束(おぼつか)ない手つきで映し出した。

 

 …………こっちに来てる!

 

 敵機が一機、P004に向かって加速している。右手が取れて無いようだが、戦えない感じには見えない。と、その時、敵がモビルスーツの剣を引き抜いた。恐しげな光を放つ刃が、長々とのびている。

 自分のあらい息遣いが、恐怖と焦りを掻き立てる。エレンは砲撃要請(バトル・オーダー)をプッシュした。

 砲手からの応答が帰ってこない。ボタンライトがレッドのままだ。エレンは何度も何度もプッシュした。

 

 お願い! 起きてぇぇ!!!

 

 スクリーンに映る敵機周辺に表示される種々のインジケーターが、全てP004への肉迫を警告する。警戒アラームがブリッジに響き、被弾警告がアナウンスされる。

 必死でボタンを押し続けていたエレンの手が止まり、敵機を見つめる瞳が、いっぱいに見開かれた。そして──

 

 突然に敵のモビルスーツの左手が千切れた。消えゆく光る刃が回転しながら飛んでいく。

 右脚が抉られて半円状に消失すると、バランスを失って体勢を崩したその体を次々と破壊が削り取り、瞬く間に巨大な爆発に変貌させてしまった。

 

 血汗と乱れ髪の張り付く唖然とした顔を下げると、手の下のボタンがグリーンに光っていた。

 

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「ブリッジ! 生存者! 応答せよ! こちらはカイル・カムジン大尉!」

 

 対空砲手席(レールガンシート)のベルトを外す用意をしながら、カイルは叫んだ。

 

聞こえるな、私だ(Marks, Kamlin.)次の命令をする(Stand by for next directive.)配置を言うぞ(Position shifts imminent.)

 アイサイト(Eyesight,)ブリッジに(take position on the Bridge.)後半数は第二ブリッジだ(Rear Line to Second Bridge.)

 サージ(Surge,)認証システムを解除しろ(Override the authorization system.)フォースA2(Force Alpha Two,)主砲を確保(Secure the main guns.)iフィールドを機能させろ(Activate the I-Field.)残りはミサイルシステムへ(Bravo Line, to missile systems.)対空砲は現状(Railguns remain as is.)

 ペイロード(Payload,)バックリフト(Backlift,)医療科を稼働させろ(Get medical online.)クルーのERに全力を尽くせ(Commit to emergency rescue.)オーバー(Over.)

 

 続いて、全MP(憲兵)へのインカム通信をしながら、付近に伏せている一名を手招き(べコン)した。

 壁面匍匐(ほふく)で寄ってきたMPと、船体回転のGによって横方向重力になっている天地に気をつけてシートを代わると、今度はカイルが壁を匍匐(ほふく)前進して対空砲管制室を後にした。

 

ビンゴ(Bingo)ブリッジより応答(Single voice from the bridge.)正操舵手のエレン・マイラード中尉(Lieutenant Ellen Millard, First Rudder reporting.)

 

 カイルのインカムに報せが聞こえた。席を代わったMPからだ。先のカイルの呼びかけに、今、応答があったと言う事だ。

 

 エレン・マイラード中尉! 彼女が!!

 

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 ────総員、対ショック、対閃光防御! 超焦点打撃による未曾有級衝撃に備えろ(アルティメットブロー ハイパーショック)! ────

 

 交戦開始前のアームオンのこの全艦命令を聞いた時、カイルは、彼が予測、示唆している事態の深刻さを強く理解した。

 彼等は憲兵という名目でP004に配置されているが、本来は、連邦第三情報局(サードアイ)アームオン部隊の精鋭コマンドだ。カイルが、アームオンの全艦命令に組み込まれた懸念を理解できたのも、それ故である。

 

 今回、カイル以下のアームオン部隊は、サイレントマッパー作戦の為にP004に乗り込み、通常は憲兵の任務に就いている。

 作戦の必要性から異例のMSPドージングを受けている彼等は、通常クルーとは比較にならない耐G性能を備えていた。しかし、それでも直ぐにカイルは、全員にコマンドスーツの着用と対衝撃房(ショックヴォルト)での壁面固定(ハーネス)を命じた。

 

 案の定、と言うべきか。その未曾有級衝撃は突然に実現した。それは、戦闘艦に乗り込んでの任務も数多く経験してきたカイルの戦歴でも、全く別格の凄まじい衝撃だった。

 完全対応の体勢だった筈のMPに、数名の一時的失神者が出た程だ。そして、その後にP004が陥った三次元回転による異常Gは、彼等の行動を不能にした。

 

 側面壁が30度を超える傾斜地面になった様に一方角に押し流された。体重は何倍にもなり、押し潰される圧力に立つ事は疎か、動く事もままならない。

 横Gのサイコロの目は、不運にも、対衝撃房(ショックヴォルト)の出口を天井面に持っていってしまい、脱出の困難に拍車をかけた。

 

 あの衝撃を受けて、今、動ける者は自分達だけだろう。

 敵の追撃は? 今にも敵の攻撃を受けて、P004は撃沈されるのではないか?

 乗組員の生死は? 今、彼等の救命は、秒を争う状況ではないのか?

 

 カイルは、何とか動けないかと苦闘しながら、部下に、同様の無理を号令し続けていた。

 急に重力方向が変化して、カイル達は新たな地面となった壁に転がり落ちた。出口位置が、さっきよりは緩やかになった斜面の上の壁に変わった。体を押さえ付けるGも軽くなっている。

 

 何故かを考えるより早く、カイル達は動いていた。スーツの吸着パッドを駆使して斜面を匍匐(ほふく)で登ると、出口を開け放って通路に出た。素早くTacSigns(タックサイン)が交わされ、匍匐(ほふく)の群れが分かれていく。

 

 カイルを先頭とする一群は、対空砲管制室へ向かった。対空砲(レールガン)対衝撃房(ショックヴォルト)から至近の兵装だった事と、メガ粒子砲とiフィールドという艦の攻防の柱を扱う主砲席は、登録されたキャナーの認証が必要な為、先に認証システムを解除しなければ彼等には動かせなかったからだ。

 

 途中、艦にかかっているG方向が悪変して、通路の前後が重力の上下に変わり、転落の危機に晒されたり、折角軽くなったGの押さえつけが再び増して、移動の障害になったりした。

 それらは、おそらくブリッジで艦の回転を収めようとしている者に、正常なカウンター操作がうまく行えない状況が起こっている事を、カイルに理解させた。

 

 対空砲管制室へ這いずり込むと、対空砲手席(レールガンシート)でフラッシュする赤い光が目に飛び込んできた。何度も繰り返す点灯が、必死さと深刻さを逼々(ひしひし)と伝えてくる。

 カイル達がシートに体を押し付けて、重力に逆らいながらベルト固定を完了し、対空砲(レールガン)を起動すると、正面モニターにP004に肉迫する敵機の姿が映し出された。全艦アナウンスされ始めたマシンボイスの被弾警告を掻き消す大声で、カイルは命令した。

 

墜とせェェ( K i l l )!!!」

 

 八門の対空砲(レールガン)の一斉射撃は敵機を破砕し、爆光に変えた。間一髪の冷や汗が遅ればせながら吹き出してくるのを感じながら、カイルは砲撃要請(バトル・オーダー)のレッドライトを叩いた。

 灯が、グリーンに変わった。

 

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 ありがとう(Respect.)エレン(Ellen)……君のおかげだ(You’ve earned it.)

 

 カイルは、ブリッジに立つ満身創痍の操舵手の姿を思い浮かべて、深い敬意を送った。

 

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Apple2 losted(アップル ツー ロスト)

 

 マシンボイスが僚機(ウィングマン)の被撃墜を告げた。

 

うそだろう(Veterans, beaten)!? ハーキス達が(Why this time)!!?』

 

 ナパームが驚愕を叫んだ。

 

「……二頭立ての不完全な無力化に焦って(Assumed the target was neutralized)回避運動せずに迫ったのだろう(Failed to shark away accordingly)迂闊な奴等よ(Panicked and cut corners)

 

 アインは冷たく言い放った。視線はフォーカスウィンドウのG型に集中している。

 

 彼等(Apple2)の判断は、間違いではないとアインは思う。二頭立ての超常の砲撃手が息を吹き返したら、その砲撃を避ける術はない。だから、一刻も早い決着が先決だからだ。

 すると取るべき戦術は、回避運動を切り捨て、直線加速での最速接近となる。ナパームを良く知る奴等故に可能な決断であり、それは正解だ。──だが、焦っている。

 

 あの時、長射程砲(両翼の主砲)が無力化していても、短射程砲(対空レールガン)の砲手はまだ息が残っていたかもしれないのだ。

 一旦無力化した者が、短時間で回復してくるなどという都合の良いことは、まず起こらない。無力化が確認できた主砲の回復よりも、未確認の対空砲が生き残っている可能性を警戒すべきだったのだ。

 

 二頭立ての全ての砲手が超常の狙撃手(命中のピューパ)だとするのは無理があるから、対空砲等のサブキャノンの砲手は普通だと考えるのが妥当だ。ならば、対空砲の有効射程手前では加速を下げて、冷静に最大回避運動(フル シャーク)で警戒接近するべきだ。

 しかし奴等は、避けられない狙撃力に狙われる事を怖れて、それを見落とした。

土壇場で絶対の冷静(アイスメナー)を失ってしまった訳だ。

 

 彼等(Apple2)は良い僚機(ウィングマン)であった。が、ついぞ、アインがその名を覚えたと示す(呼んでみせる)事は無かった。それは、こういうところ──いまひとつが及ばないところ、突き抜けられていないところ──(ゆえ)だったのだろうと、今にして思う。

 

 そして………ここでそれを──彼等(Apple2)のこういう及ばなさ(ゆえ)の不運を呼び寄せたのは、彼等(Apple2)長射程砲(メガビームキャノン)を奪った(G型)のパイロットと、共振の連撃(リゾナンスブロー)を受けて尚、無力化しなかった(二頭立て)の操舵手の、その二人の命運の強さだとアインは結論した。

 

 アインの思いを打ち切らせる様に、メインモニターで敵機が構えるビームライフルの描く残像の軌跡が、敵の照準が決まった事を告げる癖の形を見せた。アインがエマージェンシースロットルを発動する。

 

 ハーキス・ハイロット、ガナン・ガナー。……さらばだ。

 

 機体がフルスロットル、プラス、オールバーニアの最大直線加速に飛ぶ間に、アインは一瞬の黙祷を捧げた。それを最後に、戦闘没入に意識を戻す。

 

二頭立ては必ず仕留めねばならん(We must eliminate the Two-Horse.)謎が多過ぎる(Too many unknowns remain.)──」

 

 エマージェンシースロットルから最大回避運動(フル シャーク)に切り返して、アインは言った。

 

『……そうだね(Affirmative,)僕たちが、仇をとってあげたいしね(We owe them vengeance.)

 

 ナパームの返事に意気を感じなかったが、アインはそれ以上は気に留めず、深い考察に潜った。

 

 あのGm型隊は、姿を消して侵攻して来た……と考えれば理屈に合う。新兵器クラスの動的迷彩装備(アクティブカモフラージュ)か何か、か……

 

 ……G型二機が発揮した、こちらの攻撃がすり抜ける様なあの無敵機能も、その応用と思えば理解も可能というもの…………

 

 ………………二頭立てのあの光る翼がその中枢装置で……MSが、その効果の実行ユニットだとすれば…………二頭立てを無力化しての効果解除は……やはり、そういう事ではないのか?

 

 謎解きに思考を沈めながら、戦闘する意識は鋭く加速させている。アインは、G型を追い詰めていく速度が鈍化し始めている事に素早く感づいた。

 

「………ほう(Huh)………ビームを撃ちながら、後退加速を(Firing while accelerating backward.)──」

 

ファルコンリードの加速ステップに合わせて(Following Falcon Lead’s acceleration step,)フルスロットルオーバーで(Looks like they're backing off)

下がっているみたいだよ(with full throttle overdrive.)

 

 ナパームが的確なレポートをフォローした。

 

 ……奴め……自分が撃っている間に直線加速されて、相対距離が詰められているカラクリを見抜いたという事か。

 何故、自分が撃つタイミングを読まれているのかまでは、解けていないようだが……

 ……こういう奴は、危険だ。先に確実に、仕留めておかねばならない。

 

ナップ(Nap)二頭立てを仕留める為に(To drop the Two-Horse,)まず──G型を完全制圧するぞ(we lock down the G-type first.)

 

二頭立ての回復の危惧があるよ(Got concerns about Two-Horse rebooting)?』

 

無視する(Ignore it.)G型が先だ(First things first.)馬の前に馬車を置くな(Don’t put the cart before the horse)というやつだな(That's how it goes.)

 二頭立てを仕留めるのが目的だが(The key to taking down the Two-Horse)──その急所は、あのG型よ(is that G-type.)

 

 アインは不敵に言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

scene 039 明暗の影

 

Fin

 

and... to be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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