駄目だ──殺られる……
G2の、空になった隻腕に素早く予備格納サーベルを引き抜かせ、左手の小指でクロスを切ると────クラウザーはもう一度、クロスを切った。しかし──
鼓動が少しも鳴り止まない。脳に血が集まっているのか、それとも血が失せているのか、分からない。カーッとするようでボーッとする。
────二刀での戦闘は、回避不能の変則十字斬撃等の攻撃力を行使できるが、防御においては見立てに反して杜撰になりやすい。使用は、敵機がサーベルファイトに対応しない場合に限定しろ。
逆に、敵が二刀での戦闘に構えた時は、諸君の勝機だ。冷静に攻防すれば敵機切断の感覚を経験できるだろう────
教官の声が記憶に響いた。あの教官は誰だったか。顔が思い出せない。
……全然違うじゃないか──
痛烈に、恨めしく思う。
────例外は二刀流の使い手の場合だ。このケースに遭遇する事は稀だが、その場合は直ちに近接戦闘を避けて距離をとれ。遠距離射撃戦闘で対応するのが適正だ────
続く記憶の再生に、沈黙する。
……何だろうと、このままじゃジリ貧だ。いずれやられる…… ……、…… ……ジリ……貧……
その言葉に突然、別の記憶が思い浮かんだ。
────ジリ貧と考えられます────今、直ぐに、勝利を見込める決定打を打たなければ、全滅します────
苦く、甘く、脳裏が疼く。その台詞を聞かされていた時の息詰まる苦しさと、その台詞の発声者への特別な甘美が混ざり、渦巻いた。
そうだったな、シュアル。そう、いずれじゃない……
もう、既に、今、敗北は決まっているのだ。クラウザーは静かに頷いた。そしてだから、今、直ぐに、勝利を見込める決定打を打てなければ──
俺は死ぬ。
クラウザーの真剣な双眸を透かすヘルメットバイザーに、コックピットを彩る無数のデジタルライトが反射する。
「フゥーー」
クラウザーは、吐息音を出しながら、左手の小指でクロスを切った。
G2が低く構えていたサーベルを仕舞う様に引いて、切先を後ろに向けて構え直した。
・・・・・・・・
・・・・
……構えからの、全速突き……飛込突き……いや、撫で斬りかな? どうするつもりにしても、そんな素人丸出しの構えじゃ──
「攻撃の軌跡と切っ掛けが、分かりやす過ぎるよ」
ナパームは決着を予感した。
・・・・・・・・
・・・・
…………居合い、のつもりか──
アインは、構え直したつもりらしいG型を厳しく睨め付けた。その視線に格下を見下げる様な抜かりはない。
決意は伝わってくるが……
ここまで、アインはこの敵を舐めて掛かったつもりはない。しかし、度々アインの想定外の、否、想定以上の攻防を演じた敵だ。肝を冷やした時もある。
今、この敵の様相は、漸次劣勢の果て、いよいよ袋小路に行き止まった者の姿に見える。
アインが今まで見て来たそういう者達ならば、窮地にあって相打ちも辞さずという、もはや思考麻痺の陶酔による『玉砕覚悟の一撃が勝利を与えてくれる奇跡に縋っている状態』で間違いはない。しかし──
貴様は、決して侮ってはならない危険な敵だからな、連邦の量産型パイロット。
何を……狙っているのか…………
才覚は頭抜けていると思うが、奴の地上戦は素人だ。その秘めたる戦術は、高品質な戦技の組み立てではないだろう。奇策の筈だ。
アインは静かに機体の重心を移動させ、腕をゆっくりと動かした。
まだ、仕掛ける気はない。これは牽制だ。スローで威圧的な挙動で、相手が自然と構えて待つ様に仕向けている。そしてG型を、緻密に観察していた。
……サーベルの刃が見えない。柄に完全に隠れている。偶然──ではないな、こちらの視点を意識している。つまり、見せたくない──隠している……
先程まで、30メートル程だった刀身長をひっそりと延長して射程を伸ばし、こちらが予期せぬ間合いで放つ一撃を考えているなら、如何にも奴らしいとアインは思う。
何の剣技も身につけていない者の発想は限られる。刀身変化での奇襲は、奴が発想できる数少ない仕掛けだろう。現に、先程も延長の突きをやって見せている。
──だが……
「ナップ、機体の左腕を使え。コントロールを渡す」
アインはコンソールを素早く操作し始めた。
『……了解。それで……僕は何をすればいい? 異例の指示だね』
戸惑いを制御した、ナパームの冷静な応答が返された。
アインは、mobile mode から左腕の制御をカットし、MBCの火器管制桿で操れるように制御モジュールを再割当した。
これで、MBCの砲操作が、そのまま左腕の動作に反映される。
「攻撃を任せる。ヒートサーベルで奴を射抜け。俺は防御に徹する。
奴は仮面の道化よ。その策を見抜こうとするのは危険だ。
それがかえって思惑に乗っかる事になると、学んだからな。
何がくるか……無心中立の自然体で対応する」
言いながら機体の左腕を頭上付近まで持ち上げて剣先を敵に向けると、アインは接続をアクティブにした。
ドムがクラシカルな左手を挙げた構えの様な姿勢を取った。
・・・・・・・・
・・・・
……なるほど……MBCの操作感覚に極めて近い。
火器管制桿を軽く動かしながら、ナパームは小さく口笛を吹いた。
左腕が砲架支柱腕の動きを再現して、サーベルを機体から独立駆動させている。トリガーに割り当てられた刀伸長操作で奴を刺突射撃しろという事だろう。
……ヒートサーベルの最大刀身長は330メートル。射程300メーター強の──
「超近接銃火器って訳だね。OK、任せて」
『奴は一度、お前の狙撃を躱している。まぐれだなどと侮るな。
一撃で仕留めようとするな。躱してくる前提で連射しろ。
顔や小手に突 きを散らして、戦闘力を解体して制圧しろ』
「──了解。今度こそ──って言葉は、使いたくないもんだね」
ナパームは、シューテングウィンドウにフォーカスされたG型を指銃で指した。
……借りは返すよ……必ず仕留める。
・・・・・・・・
・・・・
では、行くぞ……
モニターのG型を睨むアインの顔から、表情が消えた。
ゆっくりと構えを切り替えてG型を牽制していたドムが、右剣の切先をやや内側に向けて
第一の構えに止まった。
両手で操縦桿をフルスロットルに押し込むと、ドムの腰部より覗く四基の大型ノズル輪郭が鮮明に浮かび上がった。夕刻の薄明かりの中、スラスター炎が周囲を照らし、機体の陰を濃く落とす。機体背後に広がるゆらめく影と明滅する光に吹き飛ばされる様に、ドムが爆発的な加速で滑走を始めた。
最高速度300m/sに数秒で到達した機体が大気を切り裂き、無数の尖突部が赤熱して、オレンジのエッジが機体を彩った。低周波の轟音が大地を奔り、海面飛行する超音速機のソニックブームで発生する水柱のように、ドムの後方に砂塵柱が巻き上がった。
────大気内最高速度300m/sで地上滑走するドムは、その巨体と速度によるスケールスピード的には100メートルを4秒で疾走する人間サイズの物体の様に、観測者には見える。
しかし、搭乗者はそうではない。ドムのモニター視点高度から見る自機の滑走速度感は、全高1メートル視点のスポーツカーでの時速250km程度のスピード感だ。これは同じアスリートスケールにするなら100メートルを2秒以内で走り抜ける速度感だ。一言で言うと──圧倒的に速い──という事だ。
アインの視野は、映画のワープシーンさながらのトンネル現象に狭まっていた。一直線に迫るG型の中心点から輪郭、周辺部に離れるほどにその映像はぼやけ、景色は流線型に歪む滲んだ色彩にしか見えない。
正面モニターで、居合抜刀術風に構えて対峙するG型を囲み指示するマーカーの上で、相対距離を示すデジタルカウンターの数字が400メートルを切った。
ドムの腰部メインスラスターノズルが反転して逆噴射をかける。
────秒速300mの高亜音速で一定以上の質量をもつ物質と衝突すれば、重MSといえど完全なる破壊を免れない。その速度での滑走を可能とするドムには、衝突危険速度域から衝突可能な安全速度域へと移行するための衝突速度制御機能が備わっている。
滑走ベクトル上に2.8秒以内で到達する障害物が検知されると、フルスロットル逆制動が行われ、2秒で時速100km以下に急減速するのだ。
G型の姿が鮮明に見える。急減速によって、高速に慣れた視覚が一瞬で対象を捕捉したのだ。
同時にモニターの上方からレーザーの様な射線が伸びてG型を襲い──それが消える様に戻ってすぐ再び放たれる、を繰り返した。ナパームの、灼熱の刀身の延長の連射だ。
数発目の突きがG型の頬を削り、激しい火花を飛ばした。完全に仕留めるまで止まる気の無いナパームの連射の中で、それをギリギリで躱す様子のG型がついに、抜き打ちを放った。見せない様に隠して構えたG型の刃が、密かに伸ばされていた場合の想定──200メートルオーバーの刀身と思われる遠間での斬撃だ。
アインが瞳を細め、右剣が斬撃軌道の防御に動く。と──細めた瞳が、そのまま見開くかの様な微動を刻んだ。
G型の斬撃ラインが、低い。その切先は大地を切り裂き、刀身が地面に隠れて見えない。
──小賢しい──という思いに口角が歪む。アインの中指が滑り、右剣の刀身を延長させながら、右手先を頭頂の上まで挙げた。
大地に向けた切先は地中深くに伸びて、ドムの滑走スピードのままに地盤を蒸発切断している。挙げた右手は最も高く位置を取った。これで、地中軌道から機体上部に掲げた左手先まで、機体全域を斬撃軌道から完全防御出来る。
白色の爆煙を巻き上げながら、大地を切り裂いて迫るG型の灼熱の刀身が、同じく白煙と青白い閃光を散らしながら、大地を裂いて走るドムの灼熱の刀身と地中でぶつかり、一層激しい爆裂白煙が地面を割って噴火する──と、思ったのだが──
G型の斬撃はそのままアインの防御ラインをすり抜け、切先でドムを指し示すように向けられた位置で止まった。
!──
アインの、今まで混迷した事のない戦闘思考が、初めて迷走した。敵部隊との交戦の序盤にナパームの狙撃をすり抜けまくった、あの撃墜不能のG型の記憶が強烈に弾けたからだ。
──短く!──アインは気づいた。
G型の剣がドムを貫いていない。切先が見える。届いていない。刀身を長くしていたのではない、短くしていたのだ。まだ届かない間合いで振った短い刀身が、完全防御に構えたサーベルの手前を通り過ぎたのだ。
アインの絞り開かれた瞳に、ナパームの刀身延長射撃と交差して迫る、G型の刀身延長射撃が映った。
咄嗟に身を低くしようするアインの反射的な身体感覚操作に、体躯可動域が非常に少ないドムが、僅かに屈もうとする様な微動で応えた。
ナパームの灼熱の刀身がG型の側腹部を撫で、身の竦む金属蒸発高周波音響と目を焼きそうな強閃光を切烈発生させ──
G型の灼熱の刀身がナパームの操る左腕を切り飛ばした。
「おのれ!!」
鬣が逆立つ怒りが走る。罵倒が震える咆哮の様だ。
アインは大地を走り裂いている長くした灼熱の刀身を短くして引き抜きながら、腕を失った機体左側面を突き出す様に姿勢制御すると、衝突速度制御された可衝突速度域のままG型に激突した。
「セィァア!!!」
アインは闘声を上げた。衝突の轟音で叫びは聞こえない。が、必倒の気合いは確実に機体を走り、激突の反動に弾け飛んでいくG型を追う様に灼熱の刀身が突き出された。腕が伸び切り、その先を補って延長した切先が、G型のコックピットを襲う。と、同時に──
脚を貫かれる違和感がフィードバックした。G型の灼熱の刀身が突き出され、その刀身が視界の下方まで伸びてモニター枠切れしている。
意識するより速く、アインは脚部の関節分離と緊急最大推力を同時操作していた。ドム腰部の四発のメインスラスターノズルと肩背部に配された六発のパワーバーニアノズルが一斉にベクトルを揃えて最大噴射の爆炎を放出した。
MSP耐GドージングとDIPCOMシステムパイロットシートによる最高のG抑制によって実行可能な人体耐性限界加重最大加速にドムが飛んだ。
1秒に満たない遅れで、機体の下に巨大な爆発が膨らんだ。G型に貫かれた左脚の核融合エンジンが破壊され、右脚のエンジンも巻き込んで誘爆したのだ。エマージェンシースロットル離脱する機体と切り離しで離れゆく下脚部の間に、コンマ数秒の時間で出来た100m程度の距離が、ドムを蒸発消滅から救った。
生存獲得の代償被負を受けるかのように、爆風が人体限界加速を追加速させた。
アインの体内が凝固したような感覚消失に包まれた。視界がほぼ灰色一色に染まり、周囲の存在が認識できなくなり、手足が完全な塊になった鉛の重さを帯びて、異物な置物が体に付着している様だ。
顔が引き攣り、頭ごと脳が押しつぶされる圧力の鈍い音が幻聴し、意識の境界が揺らぐ中、ナパームの苦痛を押し殺した掠れ声がヘルメットスピーカーより漏れ聞こえた気がした。
思考が奪われゆく朦朧の中、最後まで、アインはG型の姿を探していた。
scene 042 SHOWDOWN
Fin
and... to be continued