……交叉撃…………
今、この状況で、自分の打てる、勝利を見込める決定打は────それしかない。
否、それ以上、考察する猶予が取れない。思考する時間が与えられない。真に文字通り、今、直ぐに、実行しなければならない戦況だからだ。
「フゥーー」
クラウザーは、吐息音を出しながら、左手の小指でクロスを切った。
────つい最近……というのも憚れる短さだが……数十分……は経っているだろうか? そのくらいの前に初めて理解・実感した、自分の特異能力。
ジェットが──P004のクルー達が謂う『超常の当て勘』に酷似した、超能力のような知覚能力。
言葉も届かず、姿も見えないところから自分へ放たれる攻撃が分かる力──それも、タイミングと被命中箇所、そして、その攻撃のベクトルや破壊力、貫かれる感じなどまで明確なイメージとして察知できる──まさに言葉にするなら『超常の避け勘』と呼んでピッタリくるあの能力──を行使しての交叉撃────それしかない。
敵は高度な剣技を身につけたパイロットだ。コロニー内での序盤戦を思うに、地上戦のエキスパートである可能性も高い。正当な攻防は危険な戦い方だ。こちらの攻撃は順当に安定防御され、対して、相手の攻撃を防ぐのは不安定で危ういからだ。
しかし、敵の攻撃中、それも成功予感の高い攻撃到達の瞬間ならば、その防御性能は大きく損なわれる。これは、意識を1つしか持ち得ない人間の原理原則だ。無論、そのレベルの攻撃を受けた時に、それを躱しながら同時に必殺を意識した攻撃を叩き込むなどというのは通常、不可能だ。だから相打ち狙いで、という事になる。そしてそれは殆どの場合、交叉撃には成れず、一方的に殲滅を受ける結果となる。だが──あの超常の力ならば、出来る。そう感じる。その自信が体躯を駆けている。
危機にあって自動発動するようなあの力が、次も必ずその時に発動してくれるだろうかという、決して弱くはない不安はある。でも、そんな事で躊躇える時ではない。だから────やるしかない。クラウザーは、G2が低く構えていたサーベルを仕舞う様に引いて、切先を後ろに向けて構え直した。
自分よりも総戦力量に勝る敵との戦いで、譲ってはならない鉄則は、短期決戦だ。戦闘衝突を繰り返してはいけない。可能な限り一撃で勝利しなければならない。交戦単位数を重ねる程に、劣戦力量サイドの勝率は極小化していく。
次で──決める。
「敵視点から見えるサーベル投影面積を最小化する角度に手首を微調整しろ」
クラウザーは刀身を隠すように構えを微調整した。これは第一の撹乱だ。奴のクリアーな判断力を鈍化させる為の仕掛けだ。刀身を隠せば、奴は必ず警戒するだろう。刀身の変化によって仕掛けられる戦法を検討する筈だ。その余計な考察に、奴の思考能力を使わせる事が目的だ。
クラウザーは中指を滑らせて、少しだけ刀身を短くした。これが、第二の撹乱の為の仕込みだ。今、G2のしている構えからの攻撃は当然、斬撃になる。この時に斬撃軌道を低く取り、振り上げ斬撃にすれば、刀身を地中に隠して振る事が出来る。これを灼熱の刀身の最大刀身延長以内、300m弱程度の相対距離で行えば、第一の撹乱=刀身隠しと相関した瞬間の判断では『隠して伸ばしていた刀身で、予期しない射程距離での奇襲斬撃を狙ってきた』と感じる筈だ。おそらくそれは、ほぼ反射的な斬撃の防御あるいは受け流しを誘う。実はこちらの狙いが剣の居合い斬りをすると見せかけた、銃の抜き撃ちなのだ、などという判断は出来ない。
ここで奴の、斬撃への防御と交差して、すり抜けた短い刀身を指し向けて延長を叩き込むというカウンターになる可能性は高い。これが理想だ。敵の攻撃に対する交叉ではないから、被弾の危険のない形だからだ。……万一、剣を向け狙いを定めて伸ばす刀身の延長を、迎撃防御に構えて待たれたとしても、それならば、ここからが本来の交叉撃の開始となる。
複数の仕掛けの果てに射撃の様に構えられた剣までを見切り、その延長をおそらく高度な受け流し技法で弾き、強かにこちらを崩しきった奴は、絶対に思うだろう────もらった!────と。だから、続く奴のアクションは必ず、決着を強く予感した必殺の一撃を打ち込んでくる。あとは────覚悟の交叉撃を決めるだけだ。これが、今、直ぐ、クラウザーが実行できる勝利を期した決定打となる策、なのだが──
…………雑だな。
どこがどう雑なのかという理論的な説明は、今直ぐには思い浮かばない。が、そう感じる。断定思考の臭いもする。自身の経験ではこういう時『そうはならない』ものだ。だから──
──結局、臨機応変だ。
モニターには遠く小さくドムが見える。囲み指示には1872mの相対距離が表示されている。その隣に大きくディテールを映したフォーカスウィンドウの中で、如何にも剣豪然に剣を焦らしていたドムが明らかな動きを見せた。
左手を掲げる様に挙げて、左剣の先をこちらに向けた。右剣は中段に構えて突き出している。何かで見た、中世の剣士の絵画の様な構えだ。
どことなく違和感を感じる。が、実はあれが達人の構えなのかもしれない。自分にはそんな事は分からないのだから──と、クラウザーが思った時──
ドムの挙げた左手が上下左右に動いた。手首が軽く振られて、何だか動きを確認しているかの様だ。異質な感じがする。こうしていても強く感じられる、敵機より放たれる殺気──その息詰まる重量感の様なものに、そぐわない。まるで左手だけが別の生物の様だ。
──!
違和感が収束した。挙げた左腕に握られた灼熱の刀身が、ドムのMBCのイメージと重なる。あの、機体の上で独立駆動していた様子然ながらではないか……
刹那──クラウザーのその先の思案をカットするかの様に、ドムがフルスロットルのスラスター炎を背負った。砲弾の様な加速がドムを飛ばす。クラウザーの全身に戦闘の緊張が走り、双眸に真剣勝負の眼光が宿った。
三度目の光景で見慣れてきた。奴は二、三秒で最高速に加速する。そして、こちらに切り込む二、三秒前に急減速で調整を行う。その時、腰部のメインスラスターが前方回転を見せる。それが、切っ掛けだ。
音速級の高速移動で発生する衝撃波に噴き上がる砂塵を背景にして、強烈な空気摩擦で発生しているらしい機体エッジ部の赤熱化に彩られた巨躯に赫い光点を揺らめかせたドムが迫る。
その姿を囲み指示するマーカーの上で相対距離を示すカウンターが400メートルを切り、奴のメインスラスターが素早く回転して発光炎に染まるノズル輪郭を覗かせた時──透明で鮮烈な閃光が前頭に弾け、見つめるドムに重なって透けた。
──!──
あいつだ────認識が走る。やっぱりという思いがそれを受け止める。
とても鋭い、美しいとさえ言ってよい殺意を持った、あの天賦の幼才の射手。速く鋭く正確な、そう──精密過ぎるから──分かりやすい、あの天才の狙撃が──来る。感じる。分かる。
針の様な殺気が突き刺さるコックピット中心部を、機体を捻って逸らす。躱したという感触に、攻撃へ意識が行きかけた時──
──!!!────
爆竹が無音で連鎖破裂したかの様なフラッシュが強かにスパークした。額を弾き飛ばされたかと錯覚する衝撃だ。衝撃の化学反応が首筋に痺れとして波打つ間に、身体負荷を無視した瞬間反応で右肩を内側へ折りたたむ様に、機体中心線に合わす様に回した。
ギリギリのタイミングで右肩を砕き損なった、奴の灼熱の刀身が装甲を掠める。右肩装甲が小さく金属蒸発して噴煙が捲かれた、事を意識するゆとりがない。
速い──圧倒的に速い。二発目を躱したままの体勢に三発目が放たれた。どうしてこんな速度の連射が出来るのか? 狙う時間が皆無としか思えない。なのに、狙撃の鋭さが少しもぼやけていない。しかもこれは──分散射撃ではないか。
────コックピットや核融合炉等への一発殲滅の狙いを外して機体全体にばら撒き撃ちをするという行為は、仕留める為に投入する時間と弾数を自発的に増加させる事になる。これは命中精度に自信が持てない場合の自然に選択される行動だ。
対峙する射手が、その狙撃の腕に絶対の自信をもっている事は疑う余地がない。そういう者の選択は最小コストな急所への一撃となるのが適正だし、通常なのだ。
クラウザーは震撼した。文字通り一瞬の猶予もない状況下で、そんな事を意識してはいない。
ドムの射手は一度、その必殺の狙撃をクラウザーに躱されている。しかし、その一度きりの経験から、即、次対峙時に分散射撃を選択・実行してくるという冷静で謙虚な勝利に徹する姿勢にクラウザーは震撼したのだ。クラウザーの強烈な生存本能に裏打ちされた戦闘思考が透徹していく。
三発目が頭部側面を抉った。破壊蒸発の烈しい火花が飛び散り、視界右方が閃光に染まる。同時に閃きの発光もブーストスパークを重ねた。イメージが弾ける。四発目は右脚だ。今のヒットで、こちらの視界右方が削られた事を把握しての攻撃だ。神速の、針の様な明敏な攻撃意識が右の足首を貫いている。
クラウザーは右足首を捻りながら踏み込んだ。奴の照準点から脚が外れる意識を隅に置き、踏み込み足に重心をかけながら構えていた灼熱の刀身を抜き放つ。と……黒くて重くて強い、威圧的な殺意が蠢くようにクラウザーに流れ込んできた。──もう1人のあいつだ──ドムが右剣を振るった。
分かる。攻撃じゃない。だから、かかった。黒いあいつは斬撃への防御・受け流しに動いたのだ。
G2の、届かない刀身での居合いの様な斬撃──に見せかけた、左腰付ホルスターから銃を抜く様な振り動作が、ドムの迎撃右剣と交差して、通り過ぎる。
クラウザーが狙いを向けたドムの掲げた左腕で、四発目を引き戻し終えた灼熱の刀身の殺気が膨らんだ。本能的に自身への攻撃を感じ取って牙を剝く獣の様な、怒りと恐れの混じる様な殺気だ。五発目の狙いが強烈に自分へ向けられる。
──来い!!
厳しい敵の狙いに、躱す事に全力を向けたくなる恐怖に抗って、捨て身を半覚悟しての攻撃動作による回避を決意する。その命を張った余力を、全霊をもって刀身延長射撃に注ぎ込んだ。
機体側腹部の装甲が強烈な蒸発閃光を発して、左モニター下部がホワイトアウトする。針状スクリューに神経を侵襲されるような高周波音響が轟いて、身の毛が逆立つ。コックピットに身体を焼く熱風が充満する様に感じて、息が詰まり、死の圧迫と恐慌が迸る。
それは、何が起こっているかを──敵の灼熱の刀身が機体の左側面を広範囲に擦過して、多量の装甲を瞬間溶解蒸発させているという事を意識するまでもなく理解しているクラウザーの想像力が勝手に発生させている想起現象だ。強烈過ぎる光と音が、実在しない高熱をも感じさせているのだ。
落下の恐慌に似た、本能的な怖れが溢れる。あの、体から何かを引っこ抜かれるような、嫌な、抑えられない、苦しい恐怖が彷彿する。パニックに震撼しながらも、それに逆らって絞り放つクラウザーの闘志が、奴を──ドムの掲げる左腕を貫き、切断した。
瀕死の交叉撃達成に心臓が止まりそうだ。息絶え絶えの瞬間的な脱力がリバウンドして、クラウザーに阻止不能の思考停止を強制浸透した。その時──
ゴォォン──
衝撃と轟音に感覚が混濁する。何が起こったのかを理解するのは難しい心身状態だったが──それでもクラウザーの戦闘実力はドムの衝突だと──戦術体当たりを実行されたと把握していた。
ここ……
クラウザーの指が複雑に操縦桿をタッピングして、機体各所の複数の姿勢制御点射を調律された滑らかな連動で噴射させた。身体感覚的操縦で、機体の空中姿勢をバーニアと調和させる。飛ばされるままに抵抗感の無い、体当たりされて自然にそうなったかの様な動きで、G2の右手がドムを示して伸びた。
ドムが右剣を突き出してくるのが見えた気がした。額を貫き閃光が弾ける。コックピットに迫る、重くて鈍くて黒い鉄球の様な殺気だ。それでいて揺らめく煙玉のように、攻撃の輪郭が曖昧でぼやけている。狙いの正確さが瞬間高速に収束されていない。あの透けるように白く、恐ろしく鋭い針のような神速の殺気との──狙われた部位を捻るだけで逸らせる、あの殺気との違いが際立つ。大きく動かなければ完全に外れを確定できない。
──来い──
クラウザーはほどほどに機体を捻り動かした。こちらからの攻撃を完遂できる程度までの避けに止めた。勝利を決定する為に用意した策を──その交叉撃を決める為だ。今、確実に、黒い殺気は必殺の一撃を放ってきたと感じる。決めを強く意識している。期待値も高い。それが分かる。ここだ。ここで決める。もし、ヤツの意識と照準のズレ──精度の不確定さが、自分に命中の審判を下した時は────その覚悟も完了している。クラウザーは中指を滑らせた。
メインモニターが一瞬の赤色警告に染まり、すぐにシャットダウンすると同時に画面が膨張破裂した。散弾化した破片がクラウザーを襲い、ヘルメットに弾ける甲高い音が響いた。ドムの刀身延長射撃がコックピットの装甲ハッチを掠めたのだ。今、灼熱の刀身が、その半溶解した装甲を挟んだ先にある。あとほんの少し、機体と灼熱の刀身が近寄れば、一瞬にして自分は蒸発して消える。接触数百万度の灼熱の刀身に対し、装甲の抵抗力は0だ。
「コードレッド。 コックピット装甲強度33%へ低下。 モニターシステム切断」
損傷を教えるマシンボイスと──
「撃墜」
──ドムを仕留めた事を告げるマシンボイスが重なった。
……バルクには急所が3つある──
コックピットのモニターシステムが破壊されたことにより受像精度低下を起こしている身体的視覚受像の劣化した視覚に、ドムの左脚を貫いたG2の刀身延長射撃が見えた。
瞬間──敵への命中と自身の回避へ分けていた意識を、一気に回避への集中に切り替える。神経を切断しかけている混入異物を、震えるピンセットで細心の注意を払って取り除く外科手術の様に、最高にデリケートな身体感覚的操縦で真っ直ぐに奴の灼熱の刀身から機体を引き離す……と、一気にフルスロットルオーバーをかけた。フットバーをスウィングさせて、敵機に背を向ける様に機体を捻る。180度螺旋機動したG2が最速離脱に飛ぶ。
一瞬の後に、強烈な閃光が背後に発生し、轟音を纏った衝撃波がG2を加速した。エマージェンシースロットルに近い加速に増速して、クラウザーの喉に呻きが籠る。爆発の規模は、クラウザーの知る至近距離での核融合炉誘爆より大きい様な気がするのだが、大気中での経験が初めてでよく分からない。爆音が凄まじく、大気による衝撃が圧倒的に大きくて判断がつかない。果たして奴の3つの核融合炉はすべて誘爆したのか、それとも──
コックピットの損傷で、モニターシステム全てとコンソールディスプレイがほぼ機能喪失して、それらの情報を確認できない。今、爆音が激しすぎて音声で問うのも躊躇われる。クラウザーは考えるのやめた。
数秒もしないうちに爆風の加速は消え、G2は安定飛行に入った。コロニー中心空間を過ぎて、右上の別大地面へ進路を取る。
「機体に爆発・操縦不能の深刻な危機は発生していないか?」
「現状以上の潜在危機はありません」
まずは一安心の思いが心に走る。
「着陸機能は正常か?」
「損傷・機能低下しています。着陸実行は可能」
小さく息を吸って、低く嘆息した。そして絶対の冷静を意識する。──着陸機能の低下は
大きな危険だ。撃墜や誘爆ほど直接的に脅威を感じさせず、戦闘中の切迫した状況では致死リスクを軽視しがちだ。が、しくじれば死ぬ。現状、G2は奴との交戦でかなりの損傷をしている。今は精度の低い身体的視覚受像の不鮮明な映像しか頼りが無く、計器の補助も覚束ない──
クラウザーは、G2の頭頂をコロニー内に進入した方とは逆のエントリーポートに向けて姿勢を制御した。
「イジェクト!」
強く発声しながら、両手の操縦桿を180度外側に折って倒した。ヘルメットをヘッドレストに押し当てる。
核融合エンジンが即停止した機体振動の変化が感じられた。予備電源に切り替わったコックピット内の照度が、フッ──とトーンダウンする。
G2の項部から4線の細微レーザーが照射されて、脱出線の確保を走査した。
排出推進ボルト作動で項部外装が爆発分離されて、脱出進路の露払いに飛ぶ。と、覗いた脱出口を高速滑走してきた、クラウザーを吸着ラッチしたDIPCOMシートが砲弾のように射出された。
大気との擦過音が凄まじい。風圧も強烈だ。定まらない視界に、コロニー内風景がミキサーする。雄叫びに近い悲鳴が込み上げてくるが、激しい撹拌圧力状態で叫びも呻きも上げられず、体内に充満した。突然の激突感に地面墜落したのかと錯覚し、それがパラシュートの展開の衝撃だと気がついて、死んでいないのだから当然だと投げやりな納得が思考を埋める。漸くの吐息を吹き鳴らして、クラウザーは周りを見回そうとした。
低い破裂音がして、クラウザーの視界はオレンジ色に閉ざされた。すぐに大きく柔らかな着地振動が全身を揺らし、しばらくして止まると、吸着ラッチが解除された。シートを全周エアバッグして球状展開したオレンジ色のバルシェルが収縮を始め、全周囲に均等な隙間が覗く。クラウザーは外に這い出ると、まだ弾力を残すバルシェルにもたれかかって足を伸ばした。
……生き残った…………
静かに瞬きをした。左手の小指でクロスを切る。
「 任務完了、交戦終了」
クラウザーは力無く手振りの敬礼を投げた。
scene 043 Mission Accomplished Ceasefire
Fin
and... to be continued