前前世社畜、前世鬼殺隊士、今世ウマ娘   作:サイレン

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☆あてんしょん
・競馬には全く詳しくないです。ウマ娘もアニメと漫画知識くらいしかないです。なので細かな設定が異なる場合があるのであしからず。




素晴らしき世界に今日も乾杯

 

 

 どうやら私の魂は転生を繰り返すらしい。

 

 頭痛い発言なのはちゃんと分かっているが、一度ならず二度も起きると流石にそう勘繰りたくもなる。

 

 前前世社畜OLだった私はプツンとブレーカーが落ちたかのような突然死を体験したら、別の世界で産まれ直していた。意味が分からん。

 だがしかし、漫画やラノベやアニメを好き好んで読んでいた身としてはやっふぅー! とはしゃぎたくなる気持ちもあった。その後、両親が人の形をしたナニカに惨殺されてスンと表情が死んだ。

 

 鬼滅! ここ鬼滅!! 割とハードモード!!

 

 なんて思ったものの、一度死を体験してるからか死への恐怖や忌避感が薄く、前世でハマった作品の登場人物たちと絡みたいという欲望が身を焦がした私は、運良く救助された後に鬼殺隊士を目指して修行することになった。

 下宿先はなんとあの煉獄家。助けてくれたのがまだ頑張っていた頃の酒柱もとい炎柱だったのだ。これは勝つると鬼殺隊に入りたいと猛アピールした。勝った。

 

 転生特典かは不明だがこの身体のスペックは中々のもので、全集中の呼吸というファンタジー技能も身に付き、最終選別も乗り越え、異能の鬼もバッサバッサと斬り捨てていった。

 憎しみとは凄いもので、鬼とは言え人型の生物を殺すのはと修行中は思っていたが、いざ相対したら何の躊躇も無く頸を斬れた。

 死に晒せぇええ! っと、二度目とはいえ両親の仇に慈悲など必要ないのだ。

 

 まぁ結局は殺されたんですけどね!

 

 原作開始時点で柱の継子まで上り詰めたが、上弦の鬼はマジで規格外だった。あれよりも更に強い鬼の始祖すらも倒すなんて、今代の柱と主人公一行は本当に凄い人たちなんだなと感心する。

 原作改変の結果を生み出してしまったことに若干の焦燥がなくも無いが、悔いはない。

 目の前で滂沱の涙を流しながら笑顔を見せてくれる師匠と、いずれこの世界を太陽のように照らしてくれる主人公。彼らがいれば大丈夫だ。

 

 こうしてボーナスステージを終え、充実感を胸に今度こそ死ぬのだなと思っていた。

 

「何ですかこの人ではないナニカは……」

 

 また生まれ変わってるんですけどッ!!!

 

 

 

 

 獣人というやつかな? 頭頂部から生えているケモ耳を見て私のテンションは上がった。

 遂に和風ダーク・ファンタジーから純ファンタジーへの転生か! と思ったがなんか違う。

 部屋にテレビあるし、窓の外から見える風景は前前世で見慣れた現代日本と遜色ない。

 もしや鬼退治のダーク・ファンタジーから東京のグール的なダーク・ファンタジーかと身構えたが、答えはテレビが齎してくれた。

 

 この世界ではケモ耳女性をウマ娘と言うらしい。

 およ、ギリギリ聴き覚えがあるぞ、前前世で。全く内容知らないけど。確か競馬を元に馬を美少女に擬人化させた作品だった筈だ。アニメやアプリが大流行していたのはなんとなく覚えているが、自分は手を伸ばさなかった作品だった。

 

 テレビを観る。ウマ娘がレースを走っている。今世の両親曰く、レースは人気上昇中のコンテンツらしく、勝利を重ねれば億万長者も夢ではないとのこと。

 

 ……これは勝ちましたわ。

 

 何せ自分には全集中の呼吸という裏技がある。このウマ娘という生物は人間を遥かに上回るスペックを宿しているらしいから、身に付けるのは容易では無いだろうが可能ではあるだろう。

 ただのウマ娘とファンタジー技能を持つウマ娘。言うまでもなく強いのは後者。ドラッグでもないから禁忌にも触れない。

 

 人生勝ち組確定とか最高じゃないですか!

 勝ったなガハハ! 風呂入ってくる!

 

 という割と最低な理由で将来の目的を定め、とりあえずの第一歩であるレースの入り口とも言える日本ウマ娘トレーニングセンター学園──通称トレセン学園(中央)に入学を果たしたのだった。

 

 

 

 

 トレセン学園の放課後に実施される模擬レースにて、激震が走った。

 

「なんだあれは」

「こ、これは……」

「速すぎる……」

 

 目の前で行われているレース模様は、当事者からしたら絶望しかない結果を生み出している。

 懸命に走っているのだろう。二位以下のウマ娘たちは歯を食いしばりながら必死に脚を回して駆け続けていた。

 彼女たちはこの中央トレセン学園に入れる逸材たち。入学できたという事実だけで世代の上澄みであることは証明され、確かな自信と実力をもってこのレースに臨んでいる。そのはずなのに。

 

 届かない。

 どう頑張っても届かない、圧倒的な実力の差。

 才能の違い。

 

 10バ身を超える大差。

 

 観戦していたトレーナーやウマ娘たちは声すら上げられない。見せ付けられた蹂躙劇に対して、業界の価値観すら揺るがされるのではないかという恐怖すら覚えた者もいた。

 

 彼女こそ、怪物に相応しい。

 ゆるりと巻かれた鹿毛の長髪を風に靡かせて、格の違いを見せ付けたそのウマ娘。

 

 その名は──マルゼンスキー。

 

 

 

 

 なんか同期にバケモノいるんですけど。

 

 えっ、あれ本当に私と同じウマ娘? 似てるだけで実は上位種とかそんなオチはないの? ない? マジで? あんなの持って生まれた才能の暴力じゃん。

 

 ……いや、それも普通か。

 人でも鬼でも歴とした序列があったんだ。ウマソウルなんていうよく分からん概念が付きまとう不思議生物ウマ娘にだって、そりゃあ才能の違いの一つや二つあるんだろう。

 

 問題はアレが私のライバルとして立ち塞がることだ。

 

「マルゼンスキーですか……」

「……凄い、ね」

 

 一緒に観戦していた同期をチラリと一瞥すると、あら、顔から血色が抜けていらっしゃる。

 大丈夫かなこれ? 走ってもいないのに戦意喪失してない? と思って周りを見回してみれば、ポキポキポキポキと心が折れる音が聞こえてくるような風景が広がっていた。顔が、みんなの顔がヤバい!

 

 確かにマルゼンスキーはヤバい。

 自分がどの程度の実力なのか詳しくは分からないが、軽く比較しても明らかにスペックが超抜級である。

 ち、違いすぎる……マシンポテンシャルが……と、思わず呟いてしまいそうなくらいにはおかしい。

 

 ウマ娘のレースはブラッドスポーツ。

 この国に於いてもシンボリ家、メジロ家などの名門と呼ばれるいわゆる「貴族」が存在しており、私を含めた一般家庭出身のウマ娘は「寒門」と区別されている。その力の差は未だ歴然で、寒門のウマ娘が最高峰レースであるG1で勝つことは殆どない。

 ぶっちゃけ知らないが、マルゼンスキーも貴族出のウマ娘だろう。

 知識としてしか知らなかったが、まさか実力差がこんなに露骨だとは思わなんだ。黒人とアジア人だってもう少しまともな勝負するぞ? 種族値の設計間違ってるでしょ。三女神やる気あんのか?

 

 死屍累々のレース場で一人楽しそうに笑っているマルゼンスキー。

 周りに群がるのは観戦していたトレーナーたちで、その光景を負けた子たちは光を失った目で見ている。

 ……おぉ、心に来る。私の精神年齢が見た目通りだったら多分絶望していただろう。

 憧れていたレースという夢の舞台への第一歩を無惨にも踏み散らかされたあの子たちの中で、果たして一年後もこの学園に残っているのは何人なのだろうか。

 

「レース参加希望の方は集まってください。15分おきに行います」

 

 ……傍観者気取ってる場合じゃない。

 

 私の目的はなんだ?

 

 ──お金を稼ぐことである!

 

 その為に為さねばならぬことはなんだ?

 

 ──レースに勝つことである!!

 

 初心を忘れずに、これ大事。

 私たち新入生は、まずトレーナーに選んでもらわなければレースにすら出れない身なのだ。この模擬レースで力を示せなければ、レースで賞金を得るなど夢のまた夢。

 全集中の呼吸は未だ未習得だが、不完全なそれでも十分戦えるはず。

 

 がんばるぞいっ!!

 

 

 

 

 

「スペックはこっちが上のはずなのに!!」

 

 前世より強くなれる気がしないっ!

 やはり鬼滅はファンタジー世界だったのかっ!

 

 既に前世では全集中・常中を修得した年齢を超えたというのに、人間を遥かに超えるポテンシャルの筈のウマ娘の今世では、レースの最中に全集中の呼吸を一度使えるかどうか。

 無理に全集中の呼吸を使おうとすると、肺が爆発しそうになったり耳から内臓が飛び出るんじゃないかと錯覚するほどだ。貧弱、肺が貧弱ぅ……!

 

 まぁこの時点で同期のほとんどには負けないだろうとは思う。

 だが、マルゼンスキーはまだ無理だ。アレは速すぎる。昨日テレビ越しに観たメイクデビューもぶっちぎりの一位でゴールしていた。

 才能で劣る現実では、身体を作り変えるくらいの覚悟が無ければ勝負にすらならない。

 

「ふぅー……」

 

 ……はっきり言おう、舐めていたと。

 前世のように命が掛かってない、たかがレースと修行もそこそこで済ましてしまった。

 

 イメージする。

 目の前には倒すべき敵が一体。

 

 ──全集中・炎の呼吸

 

 人目に付かない学園から離れた山中で、木刀を構えて息を深く吸う。

 身体中の血の巡りと心臓の鼓動が速くなり、体温が上がっていく。肺を大きく膨らませ、空気を吸い込めるだけ身体に取り込んで骨と筋肉の強度を上げる。

 

 だんっ! と片足を踏み込んだ。

 

【壱ノ型・不知火】

 

 刃に炎を纏わせて突き出された拳を避け、腕の肘から先を斬り飛ばす。

 間髪入れずに息を入れて、位置が入れ替わった状態から振り返ると同時に木刀を下段に構える。

 

 ──全集中・炎の呼吸

【二ノ型・昇り炎天】

 

 空へと弧を描く斬撃。背後から先程とは逆の腕を斬り裂いて、相手の攻撃手段を潰す。

 あとは残った頸に狙いを定めるだけ。

 

 ──全集中・炎の呼吸

【参ノ型・気炎万象】

 

 斬っ、と風切り音を残し、振り抜いた木刀を腰へと差し戻す。

 同時、膝から崩折れて荒い息を吐き散らかす。

 

「はぁっ! はぁ! はぁっ!! きついっ! このっ……身体、本当に、高性能になったの……っ!」

 

 こんなんじゃ、下弦の鬼すら殺せないっ!

 

 

 

 ……血迷っていた。

 トレーナーの下に戻ってレースに向けたトレーニングをする。

 そうだった、私は鬼殺隊士じゃなくてウマ娘だった。

 

 私は無事にとあるトレーナーのお眼鏡にかなってレースへの出場権を手に入れていた。

 常にグラサンで上半身裸の状態に上着を着るという独特なセンスなトレーナーだが、腕は確かなのだろう。全集中の呼吸に頼らずとも、マルゼンスキーに少し遅れてデビューを果たせた。

 

 ……ところでなんだけど、ウイニングライブって何なの?

 何で必死こいて走って脚を酷使させた後にダンスするの? 泣きっ面に86(エイティシックス)ッ! とは正にこのこと。

 確かに種族として見目麗しいウマ娘が歌って踊っていたら目の保養だろうが、もう少し労りの精神を持っても良いと思うんだ。

 最初は意味がわからないと宇宙猫背負っていたが、そういうものだと諦めれば話は早い。

 

 ウマ娘が歌って踊ってお客さんは嬉しい。

 私は賞金が手に入って嬉しい。

 

 ウィンウィンな関係というやつだ。やってやろうではないか。

 

 

 

 そんなこんなでトレーニングを積み、全集中の呼吸を死に物狂いで身に付け、レースで連勝を繰り返していたら年が明けた。

 

 今年からクラシック級。

 トゥインクル・シリーズの花形の世代。

 

 勝負の一年が始まるなとトレーニングに向かっていたら、マルゼンスキーを見かけた。

 

「ごめん、あなたとはもう併走したくない」

「あっ、」

 

 手を伸ばすもその挙動は途中で止まり、だらりと下へと降りていく。

 一人レース場に取り残されたマルゼンスキーは数秒俯いたかと思うと、大きく一息吐き出して準備運動を始めた。

 

 ……えっ、いじめ? まさかマルゼンスキーっていじめに遭ってるの?

 私の知ってるマルゼンスキーは誰とでも仲良くなれるコミュ力お化けな陽キャである。事実、校内では同級生や学園職員、はたまた理事長秘書の駿川たづなさんともお喋りしている姿を見たことがあった。

 そんなマルゼンスキーが今、併走を頼んだのに素気無く断られて、一人寂しく準備運動しているのだ。

 

 見掛けてしまった以上、ここを素通りするのは心が痛む。

 

「併走相手を探しているのですか?」

「えっ?」

 

 開脚して身体を伸ばしていたところに声を掛ける。

 練習前に話し掛けられることを想定していなかったのか、キョトンとした顔でマルゼンスキーは此方を見上げていた。

 

「あなたは、ホープフルステークスで勝った……」

「こうして話すのは初めてでしたか。パーガトリーと申します」

「マルゼンスキーよ。よろしくね、パーガトリーちゃん」

 

 ちゃん付け……。

 自分で言うのもなんだが大人びた見た目と言葉遣いから、同期や先輩からもさん付けで呼ばれることが多いんだけど。

 

「私がお付き合いしましょうか?」

「い、いいの?」

「はい、そろそろ貴方とも走りたいと思っていたところです」

 

 このおよそ一年で私は全集中・常中をやや不完全ながら身に付けている。

 鬼のように強くなれたわけではないが、この怪物にだって充分以上に戦える力は手に入れた。敵情視察としてはもってこいのタイミングだ。

 ふふん、目に物見せてやろうではないか!

 

 なんて一人でテンションを上げていたら、私を遥かに上回る上機嫌さのマルゼンスキーが目と鼻の先にいた。

 

「嬉しいわ! 走りましょ、一緒に!」

「え、えぇ」

 

 ブンブンと握られた手が上下に振られる。

 テンションバグってない? もっと大人びた娘かと思ってたんだけど。

 先程の哀愁漂う光景から一転、一瞬にして元気とパワーを取り戻したマルゼンスキーと共にストレッチを開始する。

 

「この後トレーニングがあるため、一回だけでよいですか?」

「うんっ!」

 

 程よく身体をほぐした後、二人並んでスタートラインに立つ。

 

「合図はお願いしてもいいですか?」

「えぇ、任せてちょうだい」

 

 膝を曲げて前傾姿勢を取る。

 併走だから本気の全力全開は出さないが、最初の最初で度肝を抜いてやろうではないか。

 

「位置について〜」

 

 ──全集中・炎の呼吸

 

「よーい」

 

【壱ノ型──

 

「ドンっ!」

 

 ──不知火】

 

 ダンッ! と炎を燃料に最大出力で踏み出した。

 

「っ!?」

 

 先頭にいる光景しか見たことがなかったマルゼンスキーが、私の後ろにいる。

 見たか、これが私が編み出したスタート必勝法だ!

 これがあれば例えマルゼンスキーのような化け物相手でも、スタートで押し負けることはあり得ない。

 とはいえ、これだけでマルゼンスキーに勝てるかと言われれば当然、否。

 後ろから襲い掛かってくるプレッシャーは、これまでのレースで感じたものとは桁違いのものだ。

 

「ふふふっ、誰かの後ろで走るなんて初めてだわ」

「偶には良いものですよ」

「パーガトリーちゃんが誰かの後ろを走ってるのは見たことないのだけれど、ねっ!」

 

 まるでクラッチを踏んでギアを変えたが如き加速。私と同様に本当の全力ではないだろうが、ぶっちゃけ速度は先月のG1レースを上回っている。

 成る程、これが怪物の走りか。

 ウマ娘には本格化と呼ばれる現象がある。詳しい理屈はよくわからないが、簡単に言えばレースに最適化した身体になった状態を指す専門用語だ。

 

 マルゼンスキーが本格化を迎えたのはつい最近らしい。

 

 バ鹿じゃないの? これまでも本当の実力では無かったとは、やはり一人だけ設計を間違えてるよね?

 速いし強いし加速力ヤバいしスタミナも普通にあるとか、これどこの『僕が考えた最強のウマ娘』なんですかねぇ、って若干僻むくらいにはステータスに隙が無い。

 

 しかも脚質が逃げというのが希望が無い。

 レースにおける走法は大きく四つに分けられる。逃げ、先行、差し、追い込みの四種類で、逃げ以外の三つはレース終盤まではバ群に囲まれている状況が少なからず存在する。

 周りにウマ娘がいれば駆け引きの余地があるが、逃げにそんな小細工は通用しない。一人きりでのタイムアタックに、戦略など意味を成さないのだ。

 逃げとは最初から最後まで先頭を走る、ゴリ押しの戦術。

 

 抜かされなければ勝ち、垂れれば負ける。

 

 そして、私の脚質も逃げである。

 

 第四コーナーを回り、ラストの直線。

 本番でのレースならここで更に一息を入れて新たな領域に踏み込むのだが、あくまでこれは併走。

 マルゼンスキーと付き合う形でゴールまで走り切り、軽く流して息を整える。

 

「すごく楽しかったわ! ありがとう、パーガトリーちゃん!」

「はい、私も楽しかったです」

「あ、それで、……パーガトリーちゃん。あたしと、その、また……」

 

 手を胸の前で合わせてもじもじとしながら此方を上目遣いでチラ見してくる。

 ……可愛い、なんだこの可愛い生物は? 見たことない年相応の反応にノックダウン寸前である。

 

 こほん。

 

「トレーナーの許可が取れれば、併走は構いませんよ」

 

 その言葉を受けて、マルゼンスキーは花開いたように笑った。

 

「ありがとう、パーガトリーちゃん!!」

「わぁっ」

 

 思いっきり抱きつかれた。

 たゆんと潰れる双丘。おおっ、なんて重厚感っ!!

 

 

 

「パーガトリーちゃん!」

「あっ、パーガトリーちゃん!」

「パーガトリーちゃーん!」

 

 それから二ヶ月近く、時間があればマルゼンスキーと併走するようになった。

 併走どころかあの日から異常に懐かれて、チームのトレーニング以外では常に一緒にいるまである。

 

 さて、ここで問題です。

 同期で片手の指の数もいない(というか私たちだけ)無敗ウマ娘が二人並ぶとどういうことが起きるでしょうか?

 しかもその片割れは怪物と称される傑物で、デビュー前から周りの少女たちの心を折ってきたウマ娘とする。

 

 正解は、結構露骨に避けられるでした!

 

 つらい、俺は耐えられない……! という程ではないが、ちょっとビックリした。

 今までは普通に会話出来ていた友達が、苦笑いを浮かべながら目も合わせてくれない時があるのだ。

 初めて出会したときは思わず、えっ……と、声を漏らしてしまった。

 さっ、とマルゼンスキーを見たら、曖昧に笑いながら瞳には諦めが滲んでいた。

 

「ごめんなさい、パーガトリーちゃん」

「謝る必要はありません。……あれが貴方の日常だったのですか、マルゼンスキー?」

「……えぇ、そうよ」

 

 併走の後、落ち着いたら話がしたいと誘って知った初めての事実。

 うわぁ、それはキツイなぁ。力を持つが故の差別とは。多分どうにもならないだろう。

 

「と言っても、最初はここまで露骨ではなかったのよ。酷くなったのは去年のG1──朝日杯が終わった後」

 

 抱えた膝に顔を埋めるマルゼンスキーは、普段の快活さの一割も無い声音で続ける。

 

「同期の子にね、ただ楽しく走りたいだけならレースに出ないでって言われたわ」

「それは……」

 

 思ってた以上に酷い。それは凹むわ。下手したら立ち直れないぞ。

 

「併走に付き合ってくれた子たちも、あたしとはもう走りたくないって」

「あぁ、あれはそういうことでしたか」

「ふふっ、……あの時パーガトリーちゃんが声を掛けてくれなかったら、あたしはどうなっていたかしら」

 

 空笑いを溢して顔を上げたマルゼンスキーは、本当にギリギリだったのかもしれない。

 ふんふむ、話を振っておいてなんだけど、この話題はまずい。どう頑張っても心が抉られる未来しか見えない。

 見るならもっと楽しい未来だ。

 

「レースは勝負です。勝者がいれば敗者もいる。そして、強いことは罪ではありません。あまり気に病みすぎてはいけませんよ」

「うん、ありがとう」

「私は貴方との真剣勝負、楽しみにしていますから」

 

 早ければ来月の弥生賞でぶつかるだろう。

 マルゼンスキーとの公式対戦はこれが初となる。ここ二ヶ月の併走でマルゼンスキーの走りの感覚も掴み、全集中・常中もほぼマスターした。

 異世界転生の本領を遂に発揮する時だ。

 怪物退治といこうじゃないか!

 

「……そっか、パーガトリーちゃんは知らないんだね」

 

 およ、なんだその反応は?

 一人意気込んでいる私が恥ずかしいじゃないか。なんだ、マルゼンスキーも私なんか敵じゃないってか。

 とはいえ、知らないとはどう言う意味だろうか? 学園でレースについてそれなりに学んできたんだ、知らないことなんて無くなってきた筈だぞ。

 はて、と首を傾げる。

 

「知らないとは一体?」

「……パーガトリーちゃんはクラシック三冠を目指すのかしら?」

「そうですね、それはマルゼンスキーも同じでしょう?」

「……あたしは、出られないのよ」

「……は?」

 

 は? 出られない? 何に? レースにって意味か?

 ……なんで?

 

「クラシック登録を忘れたのですか?」

「忘れてはいないわ、でも出れないのよ」

「何故?」

「……あたしはね、外国のウマ娘扱いなの」

 

 話をまとめるとこうらしい。

 マルゼンスキーの母親はイギリスでクラシック三冠を取ったウマ娘。父親は日本人でマルゼンスキーも日本生まれの日本育ちだが、URA── Uma-musume Racing Associationが定めたレースの規則だと、マルゼンスキーは外国のウマ娘扱い。

 

 そして現状、外国のウマ娘は日本で開催される栄誉ある主要レースの殆どに出場出来ないのだ。

 

 つまりなんだ。

 マルゼンスキーは出てこないのか。

 皐月賞にも。

 日本ダービーにも。

 菊花賞にも。

 

 それは。

 なんだ。

 随分とまぁ。

 

「巫山戯た真似をしてくれますね」

 

 私が何の為に、血反吐を吐きながら、全集中の呼吸を身に付けたと思っているんだ。

 

 私だってもうウマ娘だ。

 私情として賞金は欲しい。

 

 だがウマ娘として、走りたいと、勝ちたいと、本能が叫んでいるのだ。

 

 時代が生んだ麒麟児である、このマルゼンスキーに勝つのだと。

 

 それがなんだ、下らない規則の所為でその舞台すら用意されないのか。

 

 ──巫山戯るな

 

「あたしも、パーガトリーちゃんと一緒にダービーを走りたかったなぁ」

 

 隣で声を出さずに泣く友人を。

 怪物と呼ばれる、ただの女の子の無念を。

 何より、私の胸に宿る熱きこの炎を。

 

 こんな形で終わらせてたまるものか。

 

 

 

 

 四月。

 クラシック三冠の初戦であるG1レース──皐月賞。

 大観衆が集まるレース場で、マルゼンスキーは観客席から出場選手を見詰める。

 

(あぁ、結局、パーガトリーちゃんとは走れなかったわ……)

 

 マルゼンスキーはターフで最終調整に入っている同期の中の一人、数少ない親しい友人を見る。

 パーガトリー。

 毛先が紅い金髪を三つ編みでまとめた、鋭利な真紅の瞳を持つウマ娘。黒を基調とした軍服のような格好に、裾だけ炎を模したような色合いの白い羽織を肩に掛けた勝負服は、一騎当千の戦士の風格を放っている。

 ここまで全戦全勝。このレースにおいても当然の一番人気。

 

(パーガトリーちゃんに勝てる子はいないわね)

 

 はっきり言って、格が違う。

 鍛え抜かれた身体から放たれる威圧感は一線を画しており、戦う前から少なくない同期の心を圧し折っている。

 あれが寒門のウマ娘と揶揄されてきた少女とは誰も信じないだろう。名門相手でも影すら踏ませない逃げで無敗を貫き通してきたその貫禄。

 

 それはこのレースでも変わらないだろう。

 

『各ウマ娘、ゲートインが完了──スタートしました』

 

 ゲートが開くと同時、恐ろしい力が込められた踏み込みが轟き、炎が爆発する。

 パーガトリーのあのロケットスタートに太刀打ち出来る者などいない。一気に先頭に躍り出て、そのままぐんぐんと速度を上げて後続を引き離していく。

 稀に見るハイスピードでレースが推移する中、この数ヶ月パーガトリーと併走を繰り返してきたマルゼンスキーだけが気付いた。

 

(速い、あたしとの併走の時よりも更に数段階も!)

 

 互いに全力ではないことは分かっていたが、パーガトリーの全身全霊がこれ程とは。

 

 パーガトリーと友誼を結ぶきっかけとなったのは、本当に唐突なものだった。

 本格化を迎えてレースで蹂躙という結果を生み出した後、いつも併走をしてくれていた子たちが付き合ってくれなくなった。

 同期の子の心無い言葉で気持ちが落ち込んでいた時に、あちらから声を掛けてくれたのだ。

 直接絡んだことは無かったが、存在は知っていた。

 ジュニア級G1レース──ホープフルステークスの勝者。

 顔見知り程度の関係で絡みは無かったが、自分と同じ無敗のウマ娘だ。

 いつかレースで走ることもあるだろうと考えていたが、まさか併走する仲になるとは。

 

 パーガトリーは速かった。

 マルゼンスキーにとって走るというのは、楽しくて気持ち良いこと。ただそれだけで、他者を必要とするものではなかった。

 その中で唯一、併走とはいえマルゼンスキーの先を走るのがパーガトリーだった。

 

 初めてだった。誰かの背中を追うのは。

 楽しかった。誰かと一緒に気持ち良く走るのは。

 

 初めてだったのだ、同じレースを走ってみたいと思ったのは。

 

「パーガトリーちゃん……」

『パーガトリーが第3コーナーを抜けて第4コーナーへ突入! ここまで変わらずの先頭だ! 後続が速度を上げてくるが、……は、速い!! 差はこの時点で既に大差以上に広がっていますパーガトリー!』

 

 冷徹な眼差しで先を見据えるパーガトリー。

 彼女が放つ空気が更に一変したのは、第4コーナーを回ったその時だった。

 

「あ、あれはっ!」

 

 マルゼンスキーが見詰める先で、景色が揺らぐ。

 パーガトリーの瞳に炎が宿り、煉獄の道が拓かれる。

 

『最終コーナーを回って加速する、ここから更に加速するのかパーガトリー!! 二番手との差は10を超えてもう何バ身かも分からない! 圧倒的、あまりにも圧倒的だ! 追い付けない、誰もその速さには追い付けない! スタートからゴールまで、徹頭徹尾影すら踏ませない異次元の速さ! そして今、一人旅を終えてゴール! 一着はパーガトリー! 後続を突き放して大差での勝利です!!』

 

 超抜級の実力を示して勝利を掴んだパーガトリーは、息を乱しながらもジョギングをしながら静かに客席に手を振る。

 

『着順が確定いたしました。1着は6番パーガトリー。勝ち時計は……は?』

 

 実況の声が途切れる。それは、あり得ないものを見たかのような呆然とした声だった。

 着順掲示板の文字に、視線が吸い込まれる。

 

『し、失礼いたしました! 1着は6番パーガトリー! 勝ち時計は1分55秒1のレコード勝ち! そしてこれは世界レコードです!! 世界レコードが出ましたぁっ!!』

 

 衝撃の結果に音が消える。

 一瞬の静寂の後、爆音のような大歓声が沸き起こった。

 

 大歓声が響き渡るターフの上で、静かに手を振るパーガトリー。その顔は無表情で、嬉しさは全く感じられない。

 まるで淡々と作業を熟しているような様子であった。

 

 彼女らしくない。

 確かにパーガトリーは表情豊かな子ではないが、マルゼンスキーと併走した後は柔らかく微笑んでくれた。

 だというのに、この大舞台での勝利に対して笑顔一つ見せないなんて。

 

 その答えは、勝利会見で明らかになった。

 

 

 

 カメラのフラッシュが絶え間無く焚かれる中で、パーガトリーは静かに佇んでいる。

 

『皐月賞勝利おめでとうございます! 無敗で、更に世界レコードを出しての皐月賞勝利、今のお気持ちをお聞かせ願いますか?』

『はい』

 

 彼女は一度だけ瞳を閉じる。

 一呼吸だけ溜めて目を開いた時、その場の空気が一変していた。

 

『私はとても悲しいです』

『か、悲しいのですか?』

『はい。それと同時に、強い怒りを覚えています』

 

 会見会場が騒めきに包まれる。

 これは勝利会見だ。しかも無敗でここまでこれたのは、過去には神バと言われたシンザンしか存在しない。

 加えて世界レコードという偉大な記録を打ち立てたというのに、パーガトリーは嬉しさどころか怒りを覚えていると言う。

 動揺するな、という方が無理があった。

 

『い、一体なにに悲しみ、なにに怒っているのでしょうか!』

 

 ざわざわとした小声が止まない中で、黒髪の美人女性記者が威勢良く手を挙げて質問する。

 その応対に、パーガトリーは微かに口角を上げた。

 

『私にはここ最近仲良くなった友がいます。彼女はレースにおいて無敗を誇り、その埒外の強さから怪物などと呼ばれています』

 

 パーガトリーの言葉に、記者の騒めきが鎮まる。

 この場において、いや、皐月賞の出走ウマ娘が決まってからのレース業界において、口を噤むことを強いられてきたその存在。

 

『貴方はご存知でしょうか?』

『……マルゼンスキーさんですね』

 

 女性記者が口に出した名前に、パーガトリーは柔らかく微笑む。

 

『私はこの日のためにトレーニングを重ねてきました。クラシック級のG1レースという大舞台で、最強のウマ娘に勝つ。やっとその願いが叶うと思っていたのに……』

 

 瞬間、パーガトリーの身から凄まじい圧が迸る。

 

『つまらない規則に水を差されました』

『マルゼンスキーさんは外国生まれのウマ娘という扱いですからね……』

『外国のウマ娘は日本のレースの出走に制限が掛かる? 随分とまぁ巫山戯た制度です。まるで日本のウマ娘は海外では通用しないと、自ら喧伝してるようではないですか?』

 

 タブーに触れるパーガトリーから発露される赫怒は、全てを焼き尽くすが如き灼熱の炎。

 その瞋恚の炎は、例え画面越しであろうと伝播する熱を宿していた。

 

『私はこの皐月賞に勝ちました。二位とは大差を付け、世界レコードを叩き出しました。文句を言われる余地の無い勝利を飾りました。……ですが、こう思う方は絶対にいる筈です。「マルゼンスキーがいれば違った」、「マルゼンスキーが走っていれば勝っていた」と』

『そ、それは……』

 

 否定は出来ない。

 それ程までに、マルゼンスキーというウマ娘は強過ぎるのだ。

 

『屈辱です。直接対決をして負けたのであれば言うことはありません。ですが、マルゼンスキーとは走れない。皐月賞でも、日本ダービーでも、菊花賞でも。そして、そのレースに勝ったとしても、私の世代はきっとこう言われ続けるのでしょう。「マルゼンスキーが走っていれば勝っていた」とっ!!』

『『『『『っっ!!』』』』』

 

 ビリビリと空間が震撼する怒声。

 ただ一人のウマ娘から発せられた圧とは信じ難いこのプレッシャー。

 場を覆う空気は完全に、パーガトリーに支配されていた。

 

『日本のウマ娘が海外で勝てないと思っているのなら、私がその認識を覆しましょう。ジャパンカップだろうが凱旋門賞だろうが、私が勝ってみせましょう。ですが、それを信じられない方は多いでしょう。たかがクラシック三冠の初戦を勝っただけのウマ娘が、身の丈に合わない大言壮語な夢を口にしていると言う方は多いでしょう。ならばこそ、私の実力の証明に、彼女は試金石として相応しい』

 

 日本の皆へ、そして世界に向けて。

 パーガトリーは宣言する。

 

『マルゼンスキーを日本ダービーに出走させなさい。彼女が参戦できないのなら、私にとっては走る価値もありません』

『ま、まさか、出走されないのですか!?』

『えぇ。そんな決断も下せないこの国のレース業界に未来はない。そうなれば私は日本という国に見切りを付けて、世界に飛びます』

 

 その発言に、これまでにない響めきが会場を包み込んだ。

 自らの想いを言い切ったパーガトリーは、頭を下げて速やかにその場を去る。

 

 多くの記者が彼女の名を呼び、フラッシュがこれでもかと照らされる映像を、マルゼンスキーは目を見開いて視聴していた。

 

「パーガトリーちゃん……っ!」

 

 伝わってきた。パーガトリーの想いも、熱意も、覚悟も、心に宿った炎も。

 嬉しかった。唯一認めているライバルが、自分の為だけに宣言してくれた言葉が。

 悔しかった。どうして自分だけがあの舞台で走れないのかと。

 諦めていた。いくら頑張っても未来は変えられないのだと。

 

 だが、パーガトリーは違った。

 そっと打ち明けた自分の弱音を真摯に拾い上げ、彼女が日本で掴めるだろう栄光すら賭けてマルゼンスキーとのレースを望んでくれた。

 

 気付いたら、瞳から涙があふれて止まらなかった。

 両手で口許を押さえていても嗚咽を止められず、パーガトリーと一緒に走りたいという願いが感情を震わせる。

 

「マルゼンスキー」

「トレーナー……」

 

 ずっと側にいたトレーナーが背中を摩ってくれる。人肌の温かさが、徐々にだが乱れた感情を整える。

 

「すまない、マルゼンスキー」

「えっ?」

 

 トレーナーからの突然の謝罪にマルゼンスキーは顔を上げる。

 

「私は一度、お前がダービーで走る未来を諦めてしまった。私が不甲斐無いばかりに、お前には辛い思いをさせてしまった」

「……トレーナーがあたしの為に動いてくれていたこと、知ってるわ。だから、謝らないで」

 

 後悔の滲んだ顔で告げられた言葉に、マルゼンスキーは慈愛すら感じる微笑みで返す。

 二人とも、もう過去は見ていない。

 

「私は覚悟を決めたぞ。たとえトレーナーの資格を剥奪されようとも、使えるものは全て使って最後の最後まで足掻くと。お前はどうする、マルゼンスキー?」

「パーガトリーちゃんにあそこまで言わせておいて、あたしが黙っているわけないわ! 絶対に、絶対にダービーに出てやるんだから!!」

 

 己の裡からかつてない熱が湧き上がる。

 友達が目の前に聳え立っていた頑強な壁に楔を撃ち込み、その先の道を示してくれた。

 ならば後は、壁を打ち壊すだけだ。

 どんな手を使ってでも、応えなければならない。

 

 涙を拭いたマルゼンスキーにはもう、皐月賞に出れなかった悔しさなどない。

 日本ダービーに出走する未来しか見えていない。

 

「マルゼンスキー」

「ん、何かしら?」

「日本ダービーで勝つのはお前だ」

 

 トレーナーの思わぬ言葉に、マルゼンスキーはきょとんと瞬きを繰り返す。

 トレーナーの発言の意味と遠回りな気遣いが頭の奥にまで浸透して、マルゼンスキーは吹き出してしまった。

 

「ぷっ、うふふ、あはははははははははっ! いくらなんでも気が早すぎるわ!」

「そんなに笑わなくてもいいでしょ……」

「ごめんなさい、つい。でも、そうね」

 

 思いを馳せるように遠くを見ていたマルゼンスキーはくるりと振り返り、溌剌でありながら獰猛な笑みを浮かべた。

 

「もちのろんよ! エンジンの違い、見せてあげるわっ!」

 

 

 

 

 皐月賞の後のレース業界は、いや、もっと大きく言うなら日本全体は、とんでもなく荒れた。

 予想の百倍は荒れた。

 ビックリするぐらい荒れた。

 

 当時の私の方針は二つ。

 皐月賞で完膚なきまでに圧勝する。

 その後の会見でぶっちゃける。

 

 ……凄まじいまでのガバガバ具合には目を瞑ってほしい。コネも権力も無い寒門のウマ娘に出来ることなんて、ほぼ無いに等しいんだ。対マルゼンスキーに隠していた奥の手も披露したが、世界レコードとかマジで棚ぼた。

 会見も「こんだけ言えばワンチャンあるでしょ」という気持ちである。なんならストレス発散の割合の方が多かったまである。普通にムカついてたし。

 一応、マルゼンスキーがダービーに出なかったら日本を出るつもりはあった。というより、あんだけ大口叩いたら日本にいられないよね? 恥ずかしいもん。

 

 言いたいことだけ言って会見をブッチした後、最も早く動いたのはマルゼンスキー本人だった。

 マルゼンスキーのチームトレーナーはこの業界でかなりの影響力があるのか、即日で今回の件に関する会見を開いたのだ。

 主にマルゼンスキーが喋ったのだが、これがもうね……心に突き刺さったのよ。国民の。

 

 己の境遇に対する自身の気持ち。

 パーガトリーというウマ娘と出会えた喜びと誰かと共に走る楽しさ。

 蚊帳の外にされて、不条理に置いていかれる環境。

 

 途中からはもう内容が支離滅裂だったし、なんなら最後の方は泣いてたし。

 止めは締めの言葉だった。

 

『枠順は大外で構いません。他の()の邪魔も一切しません。賞金もいりません。だから、私を日本ダービーに出させて下さい!』

 

 この魂の叫びを聴き、翌日URAへ詰め寄ったレースファンは五万を優に超えた。

 普段はレースに興味の薄かった層も、連日連夜放送される私たちの会見映像を見て関心を注ぎ。

 伴って放映される私たちの過去レースを観てファンが増えて。

 マルゼンスキーが置かれている境遇を知って激怒した。

 この超弩級の荒波に乗って、URAに最前線で抗議したのはシンボリ家だった。次いでメジロ家も動き、全面戦争と相なった。

 

 正直、この時点で想像以上にヤベェことになったと戦々恐々の思いだったが、事態はここから更に急展開を迎える。

 

 端的に言うと、URAという組織は結構腐っていたらしい。

 保守派という悪と、改革派という正義。多分、この見方が正しい筈。

 水面下ではドロドロの情報戦が日夜繰り広げられていたようで、私がこれを詳しく知ったのは後にシンボリ家の最高傑作と仲良くなってからだ。怖えよ、貴族怖えよぉ。

 

 そして、外圧が高まりに高まったこの瞬間に、改革派は一斉に立ち上がり革命を起こした。密告告発は当たり前、明確な証拠を掴まれていた幹部は首が飛ぶという血で血を洗うが如き抗争が始まったのだ。……まぁ、私のウマソウルは頸を斬るのが仕事だったから、このくらいは仕方ないよね?

 URA幹部が逮捕! なんてニュースを観た時は、寮の同室の子と一緒に……え? と呟いてしまった。おい、意味深な眼でこっちを見るな。私は悪くない!

 やむを得まい、金言を授けよう。

 

 撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ!

 

 とはいえ、私の会見を発端に色んなところに迷惑を掛けたのは事実。撃たれる覚悟がないのは私だった。

 幸い、実家の住所まではバレてなくて安心したが、学園にはマスコミやファンが押し掛け、トレーナーとチームメイトには滅茶苦茶不自由な思いをさせてしまった。

 罪悪感がヤバいと誠心誠意頭を下げたところ、一度も笑ったところを見たことがないトレーナーが口角を上げてよくやったとお褒めの言葉をくださった。何事ですか? え、URAは昔から貴族優位に立ち回ってていけ好かないと思っていた? そう思えばうちのチームは寒門の出の子しかいない。チームメンバーも盛大に祝杯を挙げてくれた。いぇーい、くたばれ保守派!

 

 なんて盛り上がっていたが、世間は盛り上がり過ぎて、URAは燃え上がり過ぎた。

 皐月賞は四月の中旬。

 日本ダービーは五月の下旬。

 私を含め、五月に入る頃になってファンの間でとある不安が脳裏をよぎった。

 

 ──こんな状況で日本ダービー開催されるの?

 

 もはやマルゼンスキーが走れるのか、とかそんなレベルじゃない懸念に私は再度焦った。

 そこからは世間で湧き上がっている炎を鎮めるためにトレーナーと共に動き回る羽目になった。

 皐月賞ウマ娘として、世界レコード保持者として、渦中のウマ娘として、積極的にメディアに出て世に訴えかけた。

 

 ──私は人の良心というものを信じています。

 ──罪の無いただの女の子を、一人だけ不幸にさせるような選択は取らないと。

 ──だからレースファンの皆は、見守っていてほしい。

 

 ──私たちの結末を。

 

 綺麗事で世界は変えられないと聞いたので会見でぶっちゃけたのだが、それは時と場合によるのだと知った。綺麗事大事。

 ついでにマルゼンスキーが如何に天然でお茶目で可愛い女の子かをプッシュしていたのだが、お願いやめてと真っ赤な顔で本人が懇願してきたので自重した。解せぬ。

 

 そうして、あっという間に一月が経った。

 URAの職員の皆様が一体どれほどの私生活を犠牲にしたのかは想像もしたくないが、最悪の事態は回避出来たらしい。

 予定通り日本ダービーの出走表が公表され、そして、世間の興奮は最高潮に達した。

 

 何故なら、そこには──

 

 

 

 東京レース場の、ターフへと続く関係者以外立ち入り禁止の通路で、二人のウマ娘が歩いていた。

 

「まさかここまで大事に発展するとは思いませんでした」

「事の発端はどこかの誰かさんの会見だったと思うのだけれどね」

「腹が立ったので後先考えずに行動したことは認めます。反省はしてますが、後悔はしてません」

「……そうね、あたしも後悔はしてないわ。恥ずかしい思いはしたけれどね!」

 

 恨みがましいと眼差しで訴えてくるが、そんなやり取りが出来ることにくすくすと笑ってしまう。

 刻一刻とレース開始時間が迫る中、歩いている最中にも聞こえる地鳴りのような歓声に苦笑する。

 

「にしても凄いわねぇ、一体どのくらい来てくれたのかしら?」

「URAの発表によると100万人くらい、正直よく分からない、だそうです」

「東京レース場の収容人数って20万人じゃなかったかしら?」

「では外に80万人いるのでしょう」

「……ふふっ、こんな晴れ舞台は初めてだわ」

 

 感慨深いものがあるのだろう。その声音は、今にも震えそうな感情を隠していた。

 なんてことはない雑談をしながら歩いていると、視界の奥に光が覗く。

 

 あの先が私たちにとって、ゴールでありスタートだ。

 

「ありがとう」

「……今更お礼ですか?」

「うん。今言っておかないと、機会が無くなっちゃうもの」

 

 穏やかな微笑みを浮かべる相手に、私は同じように笑い返す。

 

「礼は不要ですよ。これは私が望んだ未来でしたから」

「それでも、言いたかったの」

「分かっています」

 

 光差し込む入り口の手前。

 この先にはきっと、人生で最も輝かしい光景が待っているのだろう。

 ここまでの全てを糧に臨む、最高のレースが。

 

「さぁ、行きましょう! パーガトリーちゃん!」

「えぇ、参りましょう。マルゼンスキー」

 

 青く光り煌めくその舞台へ、私たちは遂に踏み出していく。

 

 果たして、勝利の栄光は誰が掴むのか。

 

 ──さぁ、悔いの無い走りをしよう。

 

 

 

 

 

 






オリ主(ウマ娘名:パーガトリー)
 前前世社畜、前世鬼殺隊士(炎柱継子)、今世ウマ娘として転生を繰り返した。
 ウマ娘世界でレースは儲かると知り、全集中の呼吸というチートがあれば人生勝ち組じゃん! と思い、トゥインクル・シリーズに殴り込むことを決めた。
 ウマ娘としての才能はいいとこ下の上。全集中・常中を身に付けてやっと勝負になるマルゼンスキーの埒外さには最初引き気味だった。
 この度、様々な人を巻き込んでマルゼンスキーを日本ダービーに引き摺り出すことに成功した。

 パーガトリーの容姿は煉獄瑠火さんそっくり。髪色が煉獄家男子のもの。金髪の瑠火さんにウマ耳が生えている。勝負服は炎柱をイメージした格好。
 鬼滅世界でも容姿が瑠火さんそっくりだったから拾われた。養子となって名前は煉獄焔。上弦の参との戦闘で師である炎柱を庇い致命傷を負う。頸は師が執念で斬り落としたが、その後間もなく死亡した。

 社畜時代から常に敬語を使っていて、瑠火さんフェイスに転生した後は容姿に見合った言動と振る舞いを心掛けている。だが内心はただの庶民なのでやかましい。

 前前世で観たとあるアニメが大好き。
 唯一の心残りは、告知されていたそのアニメのアプリをプレイ出来なかったこと。


マルゼンスキー
 馬としての史実がマジで意味不明。そりゃあ伝説にもなるわなと納得。
 ウマ娘としてもダービーには出られなかった模様(漫画シンデレラグレイ参照)。この世界では転生者が暴れたお陰で出走が叶った。

 一緒に過ごすうちにパーガトリーの強さの秘訣は呼吸かな? と気付き、独力で全集中の呼吸の片鱗を掴んでパーガトリーにドン引きされる未来があったりなかったりする。


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