前前世社畜、前世鬼殺隊士、今世ウマ娘   作:サイレン

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私の中のあたしを超える

 

 

 日本ダービー。

 正式名称を東京優駿という、クラシック三冠二つ目の名誉あるG1レース。

 今年はなんやかんやあり一時は開催すら危ぶまれたのだが、先日本来の予定通りに出走表が公表された。URA職員の決死の残業地獄に敬礼! なお、決して私の所為ではない。

 そして、今回のダービーだけなのかそれとも今後からシステムを変えるのかは定かではないが、例年のクラシックレースにはない取組がURAより発表されたため、私とトレーナーはその準備中である。

 

「ト、トレーナー……どうして服をちゃんと着てるのですか!?」

「何故驚く……」

 

 勝負服に身を包んだ私の前には、見知らぬ偉丈夫が立っていた。

 ワイシャツにネクタイまで締め、下ろし立ての紺のスーツを着たグラサンの男。

 私ことパーガトリーが所属するチームのトレーナーだと思われるが誰ですか貴方は!

 

「どこか具合が悪いのですね。今すぐ病院の予約を」

「俺は健康そのものだ」

「そんな、ありえません。トレーナーが服を着るなんて、天変地異の前触れ……」

「張っ倒すぞ」

 

 なんて酷いトレーナーだ! こっちは真剣に心配しているというのに!!

 

「半裸onジャケットで行きましょう。どうしてもネクタイを付けたいのであれば首に直巻きなら大丈夫です」

「……はぁ」

 

 大きな溜め息を吐くトレーナー。いや、溜め息を吐きたいのはこっちだ。

 私のトレーナーが胸筋と腹筋を見せびらかすのが趣味だという事実は既に世間に知れ渡っているのに、こんな大事なイベントで隠していたら風邪を疑われてしまう。

 という旨の必死な説得の結果、トレーナーは半裸onジャケットになった。良かった、これで世界の平和は守られた。

 

 トレーナーから可哀想なナニカを見る眼差しを向けられているが知らんぷりをすること数分。

 控え室にやって来たURA職員に案内されて、本日のメイン会場に到着した。

 

 用意されているのは18の円形テーブルに座席が二つずつ。

 その内の一つに着座した私たちは、集まっているメンバーを簡単に見回して確認。あっ、勝負服を着たマルゼンスキーが此方に小さく手を振っている。微かに見える谷間が良い。

 穏やかな所作で手を振り返すと同時、会場の照明が落とされてステージにライトが灯された。

 

『お待たせいたしました。これより東京優駿、日本ダービーの枠順抽選会を始めます』

 

 司会者の発言に会場内から拍手が巻き起こる。

 クラシックレースにおいて、今まで枠順は全てコンピュータによって自動的に決定されていた。

 それが今回のダービーはまさかの公開抽選会。クリアでクリーンな組織アピールなのか、マルゼンスキーが大外で構わないとか余計なこと言っちゃったからかは分からないがそういうことらしい。

 私としては枠順にそこまで拘りはなかった。これまでのレースは大外でも特に問題が無かったから。

 

 だが、マルゼンスキーが相手となると話が変わる。なるべく内枠がいいな〜。

 

 進行に従って出走ウマ娘の紹介、集まったマスコミに対して一人ずつ簡易な質疑応答を片付ける。急遽開催されたにも関わらず、よくこんなに人が集まるものだと感心してしまう。

 

「月刊トゥインクルの乙名史です。パーガトリーさん! ずばり、日本ダービーでの目標を教えてください!」

 

 外面は完璧な淑女を保ち、内心はぽけーっと待っていたら私の番が来た。

 おっ、乙名史さんだ! 彼女は私一押しの記者さんである。テンション上がると取り繕うことがなくなるはっちゃけ具合が面白い人だ。皐月賞の時もマルゼンスキーの名前を出してくれて非常に助かった。素晴らしいですっ!

 質問もこう、揚げ足を取ろうとしたものではない礼儀正しいもので助かります。

 

「当然、1着を取ることです」

「注目されているライバルはどなたでしょうか?」

「全員強敵だと思っていますが……そんな答えは求められていませんね。なのではっきりと言いましょう。マルゼンスキーです」

 

 私の断言にマスコミからのフラッシュ攻撃が眩しいっ! 目を閉じてもいいですか?

 とはいえ、ここまで散々迷惑掛けちゃったからね。リップサービスくらいはしないと。なお、同期との友情はもうほぼ諦めている。

 あははと空笑いを浮かべたい気持ちをぐっと抑えてると、おや……? 乙名史さんのようすが……!

 

「素晴らしいですっ!! 本来ではあり得なかったマルゼンスキーさんの日本ダービー出走! 不可能を可能としたその友情と闘争心に私はとても感動していますっ!!」

「ありがとうございます」

 

 はい、いただきました。ノルマ達成です。

 ぷるぷると身体を震わせて早口で捲し立てる乙名史さんは今にも昇天しそうだ。美人なだけに残念さが際立つ。

 チラリと司会者を見ると軽く手を回している。うん、この状態の乙名史さんに捕まると面倒だもんね、よく分かってるね。

 

「私の会見を発端に、方々(ほうぼう)にご迷惑をお掛けしましたこと、大変申し訳なく思っています。私が返せるのは、レースの結果のみです。どうか、日本ダービーの結末を見届けていただきたいと思います」

「パーガトリーさん、ありがとうございました。では、次にラッキールーラさんです」

 

 司会者が無理やり切り上げて私への質問タイムが終わった。

 そのまま他の出走ウマ娘たちが質問に答えていく。憧れの日本ダービーということもあって、私とマルゼンスキーというバケモノ枠がいようと気概に溢れている子が多い。ギラギラとした「もはや敵意じゃない?」っていう目線が多数私に突き刺さっているが、これは必要経費だろう。意気消沈されてるよりかは百倍マシだ。

 そして、最後の一人。

 

「マルゼンスキーさん、このレースを走るにあたって、今のお気持ちを教えてください!」

 

 乙名史さんテンション振り切っとるなぁ。

 

「とても嬉しいです。こうしてこの場に立てたこと、関係者全ての方々、レースファンの皆様に感謝しています!」

「素っ──晴らしいです!!」

 

 乙名史さんテンション振り切っとるなぁ。あのマルゼンスキーが若干引き攣っているぞ。なんなら私たち全員引いてるまである。あっ、URA職員に連れられて退場した。次のメイン企画までに戻れることを祈ろう。

 その後マルゼンスキーの質問も終わり、ウマ娘たちはテーブルに戻っていく。

 入れ替わりとして、トレーナー達が立ち上がって壇上へと向かっていった。

 

「では、本日のメイン、日本ダービー枠順抽選会を始めます!」

 

 ルールを説明しよう!

 トレーナー達がひたすらジャンケンしてくじを引く順番を決め、ガラスの球体の中で風でブオンブオン舞っているくじを引いていくだけである。そこまでして公平性を示したいのか……くそめんどくさいぞ。

 うちのトレーナーを始め三人一組になってジャンケンしてる。あ、負けた。また負けた。

 

「13番目になった」

「お疲れ様です」

 

 ここまで徹底してると引く順番なんてどうでもいいからさっさとしてほしい。

 トレーナー達があまりの風の威力にくじを掴み損ねる姿を見物しつつ、埋まっていく枠順を考える。8枠埋まらないかなぁ。

 

「次はチームリギル、東条トレーナー」

 

 マルゼンスキーのチームトレーナーが呼ばれ、ガラスの球体に手を突っ込む。

 どんな気持ちで見守るのが正解なのだろうか。麻雀で他人の放銃を祈るような気持ちとはどこか違うんだよなぁ。

 発言通りに大外を引いてしまうのか。それはそれで気は楽だが、マルゼンスキーなら更なる気合いが入って突如進化するとか普通にあり得るから怖い。これだから天才は。

 まぁ、これで1枠1番とかだとある意味で面白いのだが。

 

「マルゼンスキー、1枠1番!」

「ぶっふ!」

 

 フラグ回収早すぎぃ!!

 げっほごっほと咳き込みながら飲んでいたにんじんジュースをなんとか飲み干していると、会場が騒然となっていた。何ともまぁ……。引いた東条トレーナーも何も悪くないのに顔が青いし、マルゼンスキーも引き攣った曖昧な笑顔である。

 

「大丈夫か?」

「え?」

 

 トレーナーに声を掛けられて気付く。

 会場の注目が私一身に集まっている。私、何かやっちゃいました?

 

「いえ、けっほ……んんっ、ちょっと面白くて」

「面白いか?」

「はい、だって」

 

 とりあえず、思ったことを言ってみよう。

 

「会見で泣きながら「大外で構いませんっ!」なんて言ったのに、1枠1番なんて私だったら恥ずかしくて堪らないなと」

「パーガトリーちゃんっ!!!」

 

 声の方を向くと真っ赤に染まった頬を膨らませたマルゼンスキーがいた。やっぱり恥ずしかったんだな。

 淑やかに微笑んで右手を振ってみると、マルゼンスキーは顔を両手で覆って俯いてしまった。天然で一々反応が可愛いとか反則だと思う。

 会場内の雰囲気もウマ娘を除いて気持ち和やかになった。そうだよね、あのマルゼンスキーが1枠1番とか冷静に考えるとヤバいよね。

 そしてもう一つ、予感がある。

 

「トレーナー。私、トレーナーが引く番号が分かった気がします」

「頼むから余計なことを言うな」

 

 うちのトレーナーが頭を手で押さえるが、えてしてこういった予感とはよく当たるものなのだ。

 

 結果、日本ダービー当日。

 

「8枠18番、パーガトリー!」

 

 パドックでのお披露目でトリを飾ることになった。

 

 ……やってやろうではないか!

 

 

 

 

 場内ではファンファーレが鳴り響く。

 東京レース場では入場規制が掛かるほどの超満員を記録し、せめて同じ空気を体感したいレースファンは場外で携帯機器を観ていた。

 今年の東京優駿──日本ダービーは異様な盛り上がりを迎えている。

 

『さぁ、運命の時です! 日本ダービーのファンファーレ! 各ウマ娘、それぞれの想いを胸にゲートへ入ります!』

 

 その最たる理由は主に二人のウマ娘の存在。

 

『勝つのは世界レコード保持者か、怪物か! はたまた新たな英雄が現れるのか!』

 

 パーガトリーにマルゼンスキー。

 前者は皐月賞の芝2000m世界レコード保持者。

 後者はデビュー当時から他を圧倒し畏れられる怪物。

 

 本来このレースでぶつかる筈のなかった最強と最強が激突し、雌雄を決する時が来た。

 

 交わすべき言葉はもうない。後は走りで語り合うのみ。

 

 マルゼンスキーから温和な雰囲気が消え失せて、獰猛な笑みが浮かぶ。

 レースを、走りを楽しみたい。その気持ちは今この瞬間も持っている。今までもレースで手を抜いたことはないし、自分なりに本気で挑んでいた。

 だが、違ったのだ。これがマルゼンスキーが全身全霊を懸ける初めてのレースなのだと。

 このレースだけは、楽しむを遥かに上回る望みがあるのだから。

 

 ──絶対に勝つ

 

 パーガトリーから放たれる裂帛の威圧が刻一刻と強烈になる。

 深くなる呼吸と集中で周りから不必要な情報が消えて、意識がレースのみに傾いていく。

 全てはこの日のため。友でありライバルであるあの怪物を倒すため。

 紅き双眸に炎が宿り、心が闘志で燃え上がる。

 

 ──勝つのは私だ

 

 両端から噴き上がる熱気に全てウマ娘たちの鼓動が速くなる。

 もうすぐ、あと少しで歴史に残るレースが始まる。

 五月蝿いほどに響いていた歓声が鳴り止み、一瞬の静寂が訪れて──

 

 バタンッ、という音と共にゲートが開かれた。

 

『スタートしました!』

 

 ──炎の呼吸

【壱ノ型・不知火】

 

 激烈な踏み込みの音を残して、パーガトリーがスタートを切った。

 大外である不利を容易く塗り潰すロケットスタート。他者の追随を許さないその速さで、一気に前へと躍り出る。

 今までのレースであればこれでパーガトリーがハナに立ち、そのまま他を置いて逃げ続ける展開が常であった。

 だが、このレースではパーガトリーはハナを譲った。

 

『先頭はマルゼンスキー! 大外パーガトリーは第一コーナーに突入する時点で二番手に躍り出ました!』

 

 実況に観客の歓声が強くなる中、パーガトリーは僅かに口角を上げてマルゼンスキーの後ろについた。

 

(さぁ、付いてきてみなさい!)

(お望み通り!)

 

 逃げる二人は序盤の序盤から飛ばしていく。

 彼女たちが普通のウマ娘だったら、他の出走者は2400mという中距離を走りきるつもりがあるのかと己のペースを保つだろう。

 しかし、先頭で鎬を削るのは時代が生んだ二人の化け物。

 このまま逃げるのを見逃せば、第4コーナー時点で決して追い付けない距離を空けられる。

 だからといって無理についていけば、スタミナを食い潰されて勝負の舞台にすら上がれない。

 

 必滅の二択を突き付けられるレース展開。

 それでもこの場に、勝ちを諦めているウマ娘などいない。

 例え怪物であろうと、世界レコード保持者だろうと、勝つつもりでこのレースに挑んでいるのだ。

 

 ならば、取れる選択は一つのみ。

 

『なっ!? こ、これは!』

『ほぼ全員が逃げる二人に食らい付こうとペースを上げていますね』

 

 殺人的な超ハイペース。

 後にそう評価される日本ダービーは、怒涛の勢いで幕を開けた。

 先頭にマルゼンスキー。その後ろ、ぴったりと張り付くパーガトリー。三バ身ほど離れて後続の十六人が続く。

 

 パーガトリーは後ろを一度だけ振り返り、視線を前に向けて笑みを深くする。

 伝わってきた。絶対に逃さないという強い意志が。背後から身を焦がす熱気は、パーガトリーに更なる速さを与える。

 それはマルゼンスキーも同じこと。

 

「さいっこうね!!」

 

 マルゼンスキーがギアを上げて加速する。

 只でさえ尋常でない速さで逃げているにも関わらず、そんな無茶無謀を平然と実行するマルゼンスキーはやはり怪物。

 しかし、そんなことはもう知っているのだ。

 

『マルゼンスキー更に速度を上げていきます。それに追随するパーガトリー。速い、あまりにも速い! 恐ろしいまでのハイペースでレースが推移しています!』

『徐々にですが後続を引き離していますね。あの二人に最後まで付いていけるか、それがこのレースに勝つ最低条件になるでしょう』

『1000mの通過タイムは……5、57秒9!? 例年のダービーより2秒近く速いレース展開です!』

 

 ──こんなペースで走っていたら持つわけがない!

 そんな声無き叫びを後ろに流しながら、マルゼンスキーとパーガトリーは赤の軌跡を残してバックストレッチを駆け抜けていく。

 

 第3コーナーに突入して、マルゼンスキーは背後からビリビリと感じる圧が強まっているのを感じ取る。

 

(やっぱりパーガトリーちゃんは凄いっ! 併走の時よりもずっと速いのに、引き離せる気がしない!)

 

 マルゼンスキーは逃げウマ娘だと認識されているが、当人はそうは思っていない。これまではただ走りたいように走っていたら、いつも先頭を走っていただけなのだ。

 だからといって、余裕を持って走っているわけでは無い。

 このままでは負ける。マルゼンスキーはトレーナーから教えられたことを思い出した。

 

「領域?」

「えぇ、パーガトリーが皐月賞の最終直線で見せたあの超加速の正体、だと思うわ」

 

 領域。

 ウマ娘の中でも一握りもいない選ばれた存在だけが至れる至高の境地。日本においては永らく眉唾ものだと言われてきたが、数年前に現れたウマ娘──神バことシンザンがその実態を初めて言葉にしたのだ。

 

 曰く、近年各国において名を残してきたウマ娘の殆どはその境地に至っているという。

 

 その話を聞いて、マルゼンスキーは笑った。

 

「心配しないで。私なら大丈夫よ」

 

 トレーナーはその言葉を信じてその後に何か言うことは無かった。

 マルゼンスキーは確信していたのだ。

 不可能を可能にして友が用意してくれたこの大舞台で、己が限界を超えられない筈がないと。

 

 ならば、これは必然だったのだ。

 

『第3コーナーを回って第4コーナーに突入!! 先頭は変わらずマルゼンスキーだが、パーガトリーも全く衰えない! 後続は大きく引き離されてもう厳しいか! やはり勝負はこの二人の一騎打ちなのか!!』

 

 ホームストレッチに向かう中で、パーガトリーが背後から外れてマルゼンスキーの隣へ迫る。

 二人とも分かっていた。第4コーナーを回ってからがこのレースの本番だと。

 

 コーナーが終わると同時、横一直線に並んだ二人。

 一瞬の視線の交錯。

 

『あはっ!』

 

 凄絶な笑みを浮かべて、マルゼンスキーとパーガトリーはゴールへと向き直った。

 

 目の前にあった壁がひび割れる。

 視界が開いていき、全能感が身体を浸す。

 

 ──これが、あたしの

 ──全集中・炎の呼吸

 

 互いの瞳から漏れる煌めき以外の色が消える。

 風の音も、脚音も、歓声も、走るのに不必要な全てが世界から消え去る。

 

 ──フルスロットルよ!!

 ──奥義!!

 

 万力の力で踏み込んだ脚で地面が割れる。

 瞬間、二人の脚元が爆ぜた。

 

【紅焔ギア/LP1211-M】

【玖ノ型・煉獄】

 

 ドォンッ!! という爆音と共に、二人は領域に踏み込んだ。

 

『なっ!? なんだこの加速は!?』

『か、怪物……』

 

 唖然とした実況と解説を置き去りに、マルゼンスキーとパーガトリーは最終直線を神速の域で走り行く。

 会場の盛り上がりは最高潮を超えて、狂気に満ちているかのような大歓声が鳴り響いている。あり得ないレベルで展開されるレースに、観ている者の興奮は止まるところを知らない。

 

『マルゼンスキーにパーガトリー! 走る、走る、走り抜ける!! ゴールに向かってかつて見たことがない速さで駆け抜ける!! まさに怪物! 時代が産んだ麒麟児の激突! 並んで、並んで、……かわせない! どちらも一歩も譲らないデッドヒート!! どちらが勝つのか全く分からない! 東京が二人への大歓声で揺れているぞ!!』

 

 耳が壊れるような爆音の中、ゴールに向かう二人には互いの存在だけが其処にあった。

 気持ちが良い。

 友と一緒に、ライバルと一緒に、命すら削るような走りがこんなにも気持ちが良いとは。

 ずっとこのまま、永遠に走っていたい。

 

 でも、一瞬だった。

 気付けば、ゴールが目の前にあった。あと少しで二人はゴールを駆け抜けるだろう。

 もうレースは終わってしまう。

 ならば、勝敗を付けなければならない。

 

『はぁあああああああああああああッッッ!!!』

 

 絶叫にも近い声を上げる二人は全速力で地を駆ける。

 本当の全力全開を、全身全霊を出し切って走り抜ける。

 

 だが、それでも。

 

『互いに絶対に先は譲らないと走る!! 異次元の速さは残像すら見えるかの如き神速!! どっちだ、どっちが勝つんだ!? ゴールを先に駆け抜けるのはマルゼンスキーか、パーガトリーか!』

 

 ──差が広がらない!!

 

 驚愕と納得。

 それでこそ唯一の宿敵。

 

 そして、この展開になることを、パーガトリーは信じていた。

 マルゼンスキーなら必ず、己の限界を踏み越えて、瞬く間に進化すると。

 

 だからこそ、決めていた。

 

 決着を、最後の一歩に賭けることを。

 

 パーガトリーは息を吸う。

 筋肉の繊維一本一本、血管の一筋一筋まで、呼吸をもって空気を巡らせる。

 力を脚だけに溜めて、溜めて。

 

 一息に爆発させる。

 

「っ!!!」

 

 空気を切り裂く炎雷が迸った。

 

『そして今、二人並んでゴールッ!!! どっちだ、どっちが勝ったのか!? 私の目には同時にしか見えなかったが!!』

『私にもはっきりとは……どちらかが体勢有利とも見えませんでした』

 

 大歓声が鳴り響く東京レース場。

 減速した後に倒れ込むように地に伏したパーガトリーとマルゼンスキーは、息も絶え絶えに着順掲示板へと視線を向ける。

 後続もゴールも続々と駆け抜けて、全ての出走者がターフの上で止まった。

 

 気付けば、レース場は静寂に包まれていた。

 誰もが息を飲んで掲示板を見つめている。一番上に光る番号は1番か、18番か。

 最後のウマ娘がゴールを抜けて、着順掲示板には3着以下の結果が表示された。

 1着と2着の部分に表示が出ない。『写真』の文字が点灯する。

 

『これは……写真判定です。1着と2着の結果は写真判定となりました。一体どちらが勝ったのか!?』

 

 実況の言葉に会場は微かに騒めく。

 各々が自分が応援したウマ娘の勝利を信じて、両手を合わせて祈るように待っている。

 

 各ウマ娘の息を整える音だけが木霊する。

 永遠とも感じる時間が流れて、一分近く。

 

 遂に結果が点灯し、ワァッッッ!! と会場が沸いた。

 

 一番上には、『18』の文字が輝いていた。

 

『着順が確定しました! 1着は18番、パーガトリー!! 勝ち時計は2分20秒4!! またしても世界レコードです!! なんというウマ娘か、パーガトリー!! 最強の怪物を破り、世界レコードを二度叩き出し、無敗での二冠を達成しました!!』

 

 歓声という名の絶叫が観客から爆発する。世紀の瞬間に立ち会えた喜びを全身で表すかのような轟きは、日本全体に広がっていた。

 

「ハァ、ハァ……ハァ……」

 

 現実を認識したパーガトリーは伏せていた身体に鞭を打って、ゆらゆらと立ち上がる。

 観客の方を向いて、二本の脚でしっかりと地面を踏み締めた。

 そして、

 

 

【挿絵表示】

 

 

 勝利を、栄光を掴み取った。

 初めて見るパーガトリーのパフォーマンスにレース場は静まり、次の瞬間には天を劈くような大歓声が東京を揺るがしたのだった。

 

 

 

 

 勝っっ──たぁぁぁあああ……

 全て出し切った。気力なんてもう一雫も残っていない。

 

 今にも座り込んでしまいそうだが、ここに来たら根性で立ち続けようじゃないか。

 てかうるさっ! 何これ、走ってた時もこんな感じだったの? 音とか消え去ってたから分からないわ。

 

「うぐっ、うぅ……」

 

 よく聞こえるようになったウマ耳を畳もうとしたら、すぐ側で鼻を啜る音が聞こえた。

 

「……終わっちゃった……ダービー、終わっちゃった……」

 

 視線を向けると着順掲示板を見ながらマルゼンスキーが呆然としており、小声で何かを呟いていた。

 声を掛けようかと足を踏み出したその時だった。

 

「うあああああああああんっ!!! 終わっちゃった、終わっちゃったよぉ……っ!!」

 

 まさかのギャン泣き!?

 予想外の反応に面食らうも、マルゼンスキーの発言の意味を理解して苦笑してしまう。

 

「もうそんなに泣かないでください。可愛い顔が台無しですよ」

「だって、だってぇ、楽しかったのに……ずっと、ずっと走っていたかったのにぃ……ぐすっ」

「……まったく、貴方らしいですね」

 

 負けたことにではなく、レースが終わってしまったことに泣くとは。

 マルゼンスキーがこのレースに賭けていた想いはきっと、誰にも理解出来ないだろう。その立場にいたのは日本において、彼女しかいないのだから。

 手を貸してマルゼンスキーを立ち上がらせる。

 

「ううっ、あっ、パーガトリーちゃん。おめでとう!」

「ありがとうございます」

「あーあ、負けちゃった。絶対に勝ちたかったのに、負けちゃった……えぐっ、ぐすっ」

「情緒が不安定過ぎますね……」

 

 よしよしと抱き締めてマルゼンスキーの背中を撫でる。その光景を見て観客が更に叫ぶが、もう何やっても歓声が大きくなりそうだから気にしない。

 

「勝てると思ったのになぁ」

「私こそ驚きです。最後の瞬間まで差は無かったんですから」

 

 マルゼンスキーの規格外さには本当にビックリする。全集中・常中を身に付けてこの結果なのだ。これで純粋培養の現地ウマ娘なのだから才能とは残酷だと心底思う。

 今ならネタで……かわしきれない!? 玖ノ型・煉獄を使っているのに! マルゼンスキー、なんて強さだ!? と述懐できるが、走ってる時にそんな思考の余地は無かった。

 

 ただただ走ることが気持ち良かった。この思考に塗りつぶされていたら、私は負けていたかもしれない。

 マルゼンスキーもそう思っていたのだろう。

 赤く腫らした目で此方を見上げてきた。

 

「最後のあれって、やっぱり狙ってたの?」

「えぇ。奥の手というのは、取っておくものなんですよ」

「はぁ……。領域が奥の手じゃ無かったなんて、パーガトリーちゃんは凄いなぁ」

 

 あれは雷の呼吸の教えの一つだ。

 自分の身体の寸法や筋肉の形を全て認識した上で、呼吸を巡らせることで発揮できる刹那的超加速。貪欲に力を求めた果てに得た力である。

 皐月賞で切り札を見せたのはこの状況を作り出すため。マルゼンスキーの全身全霊を真っ向から捻じ伏せるための布石。

 

 切り札は先に見せるな。見せるならさらに奥の手を持て、ってね。

 

「ちょっと、二人だけで盛り上がらないでくれる?」

「ラッキールーラ」

「はぁ、全く。とんでもない世代に生まれちゃったよホント」

 

 3着に入ったラッキールーラを先頭に、呆れながらも笑顔で祝福の拍手をしてくれる同期のみんな。

 

「でも、後悔はないよ。これが正解だったんだね。私も、胸を張ってダービーを走り切れた」

「その節はご迷惑をお掛けしました」

「謝らないでよ。謝るならこっち。二人とも、冷たくしてごめんね」

「……ふふっ、ではこれでおあいこですね」

「うん、そうしよう」

 

 そうして、みんなで手を振りながらレース場を後にする。

 関係者用通路で未だに聞こえる歓声に苦笑して、控え室への道を歩いた。

 

「改めて。パーガトリー、おめでとう。あんたマジで凄いね」

「ふふん、そうでしょ! パーガトリーちゃんは凄いんだから!」

「なんであんたが自慢げなのよ」

 

 鼻息荒く胸を張るマルゼンスキーにラッキールーラが呆れていた。

 良かった、諦めていた同期との友情が芽生え始めたことにかなり安堵する。

 

「にしても、パーガトリーはなんでそんなに速いわけ? 名門の血を引いてるわけじゃないんでしょ?」

「そうですね。どうやって速くなったかは企業秘密ですが、何故かはレース以外で客観的に証明出来ますよ」

「へぇ、何それ。今度教えてよ」

「あたしも! あたしにも教えてよ!」

「はいはい、分かりましたよ」

 

 仔犬かな? という感じで戯れついてくるマルゼンスキーを宥めて、私たちは控え室へとたどり着く。

 

「さぁてと、んじゃウイニングライブ頑張りますか」

「そうね、頑張りましょ」

 

 乗り気な二人を見て、私は改めて思う。

 やっぱりウイニングライブはもっとウマ娘へ労りの精神を持つべき行事だと。キツイんだよ、色々と……。

 

 

 

 後日、トレセン学園の教室の一つで、パァンッ! ドバァンッッッ!! という爆発音が鳴り響いた。

 それを見たウマ娘たちに、お前はウマ娘ではない別のナニカだとヤベェ奴を見る目で言われて、大層不服そうな顔をしたダービーウマ娘がいたそうだ。

 

 

 

 

 






これにて書きたかった内容はお終いです。
ウマ娘というコンテンツを甘く見ていたようです。まさかここまで反響があるとは……

この後何か書くとしたらアニメ登場メンバーと絡ませる感じですかね。


おまけキャラ情報

黒沼トレーナー
パーガトリーのトレーナー。半裸onジャケットを達成した。
パーガトリーの淑女然とした外面が仮面だと分かっている。中身はノリと勢いで構成されていることを理解しているため、たまにどう対応するのが正解なのか迷う。

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