ダライアス・レポート ~天才と呼ばれたくない技術屋の開発奮闘記~   作:雑草弁士

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File10「魔装兵の少女」

 男は、必死で機体を操っていた。この機体の動きは俊敏で、彼が乗り慣れた高機動タイプの機兵(きへい)たる軽機兵(けいきへい)『ディナイド』にすら勝る。されどパワーは致命的に低く、機体構造は極めて華奢、あげくにバランス性能は劣悪もいいところだった。

 

 彼は必死で機体が転倒しない様に努めつつ、峻険(しゅんけん)な地形をひたすら駆け抜けていた。

 

 操縦槽(そうじゅうそう)に相乗りさせていた、彼の(めい)が心細そうに言葉を漏らす。

 

 

「おじさん……」

 

「大丈夫、シュテファーニエ……。もうすぐ同盟領だ。自由都市同盟(じゆうとしどうめい)に入れば、追手は……」

 

 

 そしてその時、追手の『ディノ』型軽機兵(けいきへい)が彼の機体を追い抜き、前に立ちはだかる。型遅れになった機体ではあったが、機体各所に山岳戦闘用の手鉤(てかぎ)脚鉤(あしかぎ)、魔動ウィンチとワイヤーフックを装備し、機体の装甲を削って関節の可動域を増大させる改造が施されている。

 

 追手の『ディノ』型は、後ろ腰から小剣を抜いた。追われていた男も、機体に大振りの鎚矛(メイス)を構えさせる。だがこの勝負、相手の方が圧倒的に有利であった。こちらの機体が唯一相手に勝るのは、新型機『ディナイド』以上の敏捷性、ただそれだけだ。

 

 

「やらせはせん……。兄さん義姉(ねえ)さんに濡れ衣を着せた上に……。この子までも手にかけようと!! シュテファーニエだけは、この子だけは殺らせはせんぞおおおぉぉぉ!」

 

「きゃ!」

 

 

 彼……兄夫婦の忘れ形見である十四歳の(めい)を連れ、自由都市同盟(じゆうとしどうめい)への亡命を敢行(かんこう)せんとする元聖王国の辺境警備中隊隊長であった男、ユストゥス・ゲルステンビュッテルは、絶叫と共に乗機である魔装兵(まそうへい)『ブラウェ・ローゼ』の足踏板(ペダル)を踏み込む。『ブラウェ・ローゼ』は疾風の速さで敵機に襲いかかった。

 

 

 

*

 

 

 

「で、魔装兵(まそうへい)で殴り合った、と。しかも魔法戦士型では無い、純魔法行使型の機体で。結果、勝利を収めたが……。酷いな、これは。相手が欲しがっていたのが、この『ブラウェ・ローゼ』でなければ、完全破壊されてやられていただろうな」

 

「……面目ない」

 

「……」

 

 

 自由都市同盟(じゆうとしどうめい)首都、中央都市アマルーナにある冒険者組合本部で、ユストゥスはしょんぼりしていた。彼の前には、冒険者組合所属の機兵(きへい)技師、ダライアス・アームストロング師が腕組みをして難しい顔をしている。ユストゥスの傍らでは、どうしても彼の傍を離れようとしないシュテファーニエ嬢が、必死な面持ちで彼の袖を(つか)んでいた。

 

 ちなみに魔装兵(まそうへい)とは、乗り手たる操手(そうしゅ)の魔法行使能力を拡張し、普通では使えないほどの強大な魔法を放てる様にする、特殊な機兵(きへい)の事だ。ただし普通の魔装兵(まそうへい)はその特殊能力の代償に、白兵戦や格闘戦では貧弱な力しか発揮できない。まあ、ダライアス師が言う様に、ある程度の白兵戦闘力を兼ね備えた魔法戦士型もしくは魔法剣士型と呼ばれるタイプも存在はしているのだが……。

 

 ダライアス師のボサボサ頭が、左右に振れる。

 

 

「しかし、これは酷いな……」

 

「な、直らないのか!?」

 

「直るが……。君、亡命のときに金はどれだけ持ち出せたのかね? はっきり言おう。普通の機装兵(きそうへい)を、十機買えるだけの金がかかるぞ」

 

 

 絶句するユストゥス。彼が持ち出せた金は、たいした額ではない。しかも亡き兄夫婦からあずかった大事な(めい)、シュテファーニエを養育するために必要な、大事な金である。ユストゥスは途方に暮れた。その様子を見て、ダライアス師は苛立たし気に言う。

 

「ああ、わかったわかった。裏事情、はっきり言おうか。自由都市同盟(じゆうとしどうめい)も、亡命を認めたとは言え慈善事業をやってるわけじゃない。都市同盟軍(としどうめいぐん)から依頼を受けているんだ。君を懐柔(かいじゅう)して、この魔装兵(まそうへい)が持つ秘密……。この機体だけが持つ、特殊なエーテル出力増幅機構の秘密を暴いて新型魔装兵(まそうへい)の試作品を数体建造せよ、とな。そのデータを使って、軍は……。同盟は、何か企んでいる様だが」

 

「構わんさ。結局のところ、同盟を利するんだろう? それが転じて結局は、兄夫婦の仇討ちに繋がるならば文句は無い。協力する。

 ただ俺が知る事はほとんど無いぞ。機体そのものを調べるならば、好きにしてくれ。うちの血筋の者しか動かせないロックがかかってるが、言ってくれれば何時でも動かすぞ」

 

「で、軍は一応新型魔装兵(まそうへい)試作品数体分の発注代金と、『調査費用』とやらを冒険者組合に支払っていったがね。その『調査費用』から目一杯代資金を捻出しても、まだ『ブラウェ・ローゼ』修理代金には程遠い。あと機装兵(きそうへい)に換算して、六機分は必要だ」

 

「むむむ」

 

 

 腹芸ができない男同士だと、交渉はこうなると言う見本だったりする。互いに許容できる限界点を、真っ先に提示してしまうのだ。まあそれはともかくとして、ダライアス師はため息を交えて言った。

 

 

「で、だな。試作実験機のテストを手伝ってくれないか? ちょうど手が空いている者が、誰もおらんのだよ。それでチャラ、とまではいかないがね。かなり割り引く事ができるぞ」

 

「試作実験機? 先ほど言っていた、新型魔装兵(まそうへい)の試作品の事か? だ、だが俺は……」

 

「知っている。魔法が使えないわけでは無いが、『飛ばせない』のだろう? 魔力という、言わば君の一部分である物、それをエーテルと言う魔法に必須なエネルギーに変換する。そこまではできる。だが自分の『内』の存在である『エーテル』を、自分もしくは機兵(きへい)の『外』に出すイメージがどうしても湧かない。だから魔装兵(まそうへい)の試験は無理だ、と?」

 

「ああ。いくら修行しても駄目だった。自分の内、あるいは機兵(きへい)の内に対する魔法なら使いこなせたが……」

 

 

 ダライアス師は頷く。そんな事は、既に幾度か説明されていたから。

 

 

「ああ、大丈夫だ。君にテストを頼むのは、コレだ……。機装兵(きそうへい)魔装兵(まそうへい)の能力を持たせた、二人乗りの『疑似魔装兵(まそうへい)』……。名前はまだ決まって無いがね。

 八三一年に開発された同盟の法撃型魔装兵(まそうへい)『リャグーシカ改』のコンセプトを踏襲(とうしゅう)した機体だよ。リャグーシカ改の機構の追試と、その方向性の更なる発展の可能性を探るための機体だ」

 

「二人乗り、だと!?」

 

「ああ。君が操手(そうしゅ)を務め、別個に魔法使いが後部座席で魔法の行使に専念する。一機に白兵戦闘力と魔法行使の能力を持たせる事で、単体としての戦闘力は数倍……は大げさだが、跳ね上がる。おまけに、君が持ち込んだ『ブラウェ・ローゼ』から得た成果も注ぎ込む……のは当たり前か。

 魔装兵(まそうへい)機装兵(きそうへい)を一機ずつ揃えて、機装兵(きそうへい)に護衛させた方が楽だとか、単に魔法戦士型の魔装兵(まそうへい)造った方が、とか言うなよ? それらの例に比して、倍とは言わんが二割から五割増しの効果が見込めたんだ。『リャグーシカ改』の運用データからは、そう言う結果が出ている。

 まあそれも、前席と後席の相性や息がぴったり合った場合の話だがな。まあ、先に言った純魔法行使型や、魔法戦士型も作るが。

 やってくれるかね?」

 

 

 どうやら、魔法の使い手として致命的な欠陥を抱えているユストゥスであっても、可能である仕事の様だ。彼は頷く。

 

 そしてダライアス師は、にやりと笑った。

 

 

「では、決まり、だな。さて、となると今度は後席に乗る魔法の使い手を探さねばならん。誰か……」

 

「わ、わたしが、わたしに、わたしを後席に乗せて下さい!」

 

「「!?」」

 

 

 声を上げたのは、今の今まで黙ってユストゥスの袖を掴んでいた、シュテファーニエ嬢だった。ユストゥスはまず唖然とし、次に愕然とし、泡を食って彼女を制止する。

 

 

「い、いかん! 試作実験機のテストなぞ、何が起きるかわからない危険な物だぞ!?」

 

「おじさん、わたし、お父様とお母様の仇を討ちたいんです。可能ならば、自分の手で。

 そんなわたしが、ただ守られてばかりで、どうなるんですか。おじさんには全然敵わないけれど、操手(そうしゅ)としての訓練は欠かした事はありません! 魔法使いとしても、そこそこだと師匠だった方からお墨付きを頂いてます!」

 

「だ、だが……」

 

 

 何か断ると言うか、シュテファーニエお嬢の試作実験機テスト参加を禁じる理由は無いだろうかと必死で頭を回転させるユストゥスだった。しかしそこでダライアスが(くちばし)を挟む。

 

 

「君の負けだな。何、確かに試作実験機は何が起きるかわからんが、実戦ほどではないさ。わたしが造るんだ、保証する。

 と言うか、プランは既に出来ている。さっき修理できるかどうかで機体を調べたんだが、まあある程度秘密は分かったからな。基本的な理屈とか。あとはまあ、良くわからんブラックボックスもあるが、とりあえずその辺はデッドコピーする」

 

「「早!?」」

 

「そして実際に動かして、それぞれのブラックボックスがどう動くか確かめないといかん。テスト項目は莫大な数に上るぞ? 覚悟しておきたまえ。ああ、あと君は魔法使いとしても、そこそこだったな。他の二機のテストも頼むと思うが」

 

「はいっ!! やらせていただきます!!」

 

 

 その台詞に、シュテファーニエは必死に声を張り上げる。というかその大声は、それでもなお反対しそうな叔父に対するけん制だ。大声と言うのは、きっちり意見を持っている人間には効かない事も多いが、逆に迷いを抱えている人間は、大声に流される事がよくある。

 

 

「あ……。ぐ……」

 

 

 そして結局、ユストゥスは姪のテスト参加を許可する事になった。流された結果だと言うのが、ちょっと物悲しかった。

 

 

 

*

 

 

 

 そして一週間後、三体の試作実験機が完成した。壱号機は重機兵(じゅうきへい)『フォッシュ』をベースにした二人乗り疑似魔装兵(まそうへい)『ナルラハ・フォッシュ』。とりあえず機装兵(きそうへい)用の魔導炉(まどうろ)と、魔装兵(まそうへい)用の魔導炉(まどうろ)を同時に搭載し、心臓部たる魔導炉(まどうろ)二基、操手(そうしゅ)二名と言う奇想天外メカになっている。

 

 まあ無論、操手(そうしゅ)一人でも動かせば動かせるのだが。だがその際は、どちらの魔導炉(まどうろ)に同調、起動するかを操手(そうしゅ)が選択しなければならない。

 

 無理に二基の魔導炉(まどうろ)を一人で動かした場合、あっと言う間に操手(そうしゅ)魔力(マナ)切れになってしまう。それを防止するため、一人では一基の魔導炉(まどうろ)だけしか同調できない様に安全装置が組まれていた。

 

 弐号機は、『ファルネウス・リンデ』……聖王国製の魔装兵(まそうへい)『ファルネウス』を輸入して独自改修を加えたリンデ・タイプと呼ばれるカスタム機なのだが、それを更に改造しまくった純魔法行使特化型魔装兵(まそうへい)『ファルネウス・サヴァンナ』。まあ、純粋に実験用と割り切って、整備性や生産性など二百万光年の彼方に放り捨てた機体だ。これがこのまま量産されることは、いかに強力であろうと無いであろう。

 

 参号機はこれも『ファルネウス・リンデ』をベースに無茶な改造を加えた実験機で、魔法を併用して白兵戦を行う、魔法戦士型『ファルネウス・アーサラ』だ。器用貧乏ではあるが、かゆい所に手が届くタイプである。

 

 ダライアス師は、流石に三機同時の機兵(きへい)建造指揮は疲労した様だが、それでも精力的に働いていた。ユストゥスとシュテファーニエも、負けずに頑張っている。そして数日が経過。今日は壱号機を使って、戦闘機動をしながらの魔法使用試験だ。軍のお偉いさんも、観に来ている。

 

 

『ユストゥス! シュテファーニエ! 動かない標的、完全スクラップの再利用もできない残骸を出してあるからそれを魔法……魔法の種別は任せるから、それで標的を攻撃してくれ!

 従機(じゅうき)隊がそちらを模擬武器と模擬弾で攻撃する! 不動目標の撃破を優先し、従機(じゅうき)には魔法攻撃はしないこと!』

 

 

『『了解!』』

 

 

 彼ら二名の息はぴったり合い、ほどなく標的は全て撃破扱い、従機(じゅうき)隊もまた全滅の扱いになる。都市同盟軍(としどうめいぐん)のお偉いさんは、非常に満足して帰って行った。ダライアス師は二人を(ねぎら)う。

 

 

『ご苦労、二人とも。珍しい事に軍が追加の研究費用を出すと確約してきた。君らのおかげだ。『ブラウェ・ローゼ』の修理費用の足しに、ボーナスを出すぞ』

 

「それは有難いな」

 

「助かります! おじさん、今日は帰ったら美味しい物作るわね!」

 

「それも有難いな」

 

 

 そんな日々がしばらく続いた。壱号機だけではなく、弐号機参号機のテストもどんどん進んで行く。一回テストを終える度に、ダライアス師はトライアル・アンド・エラー的にあちこち削ったり付け加えたり改造したりを繰り返した。

 

 

 

*

 

 

 

 ユストゥスは驚愕し、叫ぶ。

 

 

「壱号機が奪われた!?」

 

「ああ。今、追手を手配しているが……」

 

「……!」

 

 

 深刻な表情でダライアス師が言った、その時である。シュテファーニエが何を思ったか、弐号機へと走り出し、飛び乗って起動した。なんと言うか、流れる様な動作だ。

 

 次の瞬間、あっけに取られていた野郎二人が我に返る。彼らは口々にシュテファーニエを制止した。

 

 

「待て! シュテファーニエ!」

 

「機体を勝手に動かすんじゃない! それ以前に、言っただろう! それは試作実験機だと!」

 

「危ないから、降りて来なさい!」

 

 

 だがシュテファーニエは、聞く耳を持たなかった。

 

 

『駄目です! あの機体には、おじさんとわたしの、愛の日々が詰まっているんです!』

 

「「……は?」」

 

『いっしょに乗ったと言うなら『ブラウェ・ローゼ』も同じですが、あの壱号機の様に、二人で協力して動かしたわけじゃありません。あの機体は、二人のはじめての共同作業なんです!!』

 

「「まてーーーい!!」」

 

 

 待たなかった。シュテファーニエの乗った弐号機は、疾風(はやて)の速さで、と言うか魔法による疾風(しっぷう)(まと)いソレに乗る形で、超高速で駆けだして行った。

 

 

「くそ、わたしも『アーチャー・フィッシュ』を出す! 追いつけはしなくとも、せめて現場近くでの情報支援をしなければ……」

 

「ダライアス師! 頼みがある!」

 

「皆まで言わんでいい。乗って行け。参号機だろう? 追いつける可能性があるとしたなら、アレしか無い」

 

 

 ユストゥスは許可を貰ったと見るや、参号機に走り寄り、飛び乗った。そして魔導炉(まどうろ)と同調し、起動。直後、最近習得したばかりの魔法を行使する。ただし、特殊な方法を用いて。

 

 

「魔導簡略発動デバイス起動。魔法選択。三、二、一、イグニッション。……ぐうっ!」

 

 

 魔導簡略発動デバイスとは、これもまたダライアスが実験試作中の装備だ。これは微弱な雷魔法を応用して、操手の脳内から術イメージを電気信号の形で読み取り、それを魔装兵(まそうへい)魔導炉(まどうろ)に流す事で、詠唱無くして魔法を発動させるシステムである。

 

 だが実験中装備のため、使用者は現状では若干の違和感を感じたりする。ユストゥスはこの場合、少々の苦痛を感じた模様だ。あげくに今は本当に試作実験装備なので手間がかかり、詠唱した方が早い可能性すらある。ただ今回は、複数の魔法を合成して発動するために、この装置を使用した。

 

 で、ユストゥスが今回何の魔法を発動したかと言うと、機体に対する筋力強化、反応速度強化、骨格強化の強化魔法三点セットである。これならば、魔法を『飛ばせない』彼であっても行使できる術法だ。彼は機兵(きへい)を立ち上がらせると、閃光の様な速度で機体を駆けださせた。

 

 

 

*

 

 

 

 ユストゥスの参号機『ファルネウス・アーサラ』がダライアスの誘導指示に従って現場に到着した時、弐号機『ファルネウス・サヴァンナ』はボロボロになって大地に伏していた。ユストゥスの血が凍る。

 

 

「シュテファーニエ!! シュテファーニエ!?」

 

『ぐ、くううっ……。お、おじさん、ごめんなさい。勝て……なかった』

 

「そんな事はいい。生きて、いたか。よかった……。

 ……シュテファーニエを、ここまで痛めつけてくれた返礼、させてもらうぞ!」

 

『……これはいい。壱号機だけで我慢しなければならんかと思っていた。だが弐号機のみならず、参号機まで追って来てくれるとはな』

 

 

 壱号機『ナルラハ・フォッシュ』の操手が、感情の無い声で言葉を発する。それはユストゥスの心を逆なでした。彼は激昂しかけ、なんとか平静を取り戻す。

 

 敵は冷たい声で言う。

 

 

『あらかじめ言って置こう。わたしには勝てん。素直に機体を引き渡せば、命は助けてやろう。裏切り者、ユストゥス・ゲルステンビュッテル。名前を知っているのが不思議か? そこの『シュテファーニエ』と言う娘が『おじさん』と呼んだ。それで根拠は充分だろうに。

 貴様らの事は、聖王国の上の方まで話が届いているぞ。それを見逃してやると言っている。再度言うぞ? 素直に機体を引き渡せ』

 

「笑わせるな。兄に濡れ衣を着せて殺した敵の肩を持つ、聖王国の犬が」

 

『濡れ衣?』

 

 

 敵はそう呟く様に、その言葉を確かめる様に、疑念のわずかなりと込められた声で言った。だがユストゥスの兄が濡れ衣で処刑された事件を、怪しんで言った言葉ではない。それはすぐに分かった。

 

 

『……その程度の事で、貴様は国を裏切って脱走したのか?』

 

「!!」

 

『何よりも大事なのは、聖王国の秩序。そうであろう。そのためには、一人二人の犠牲など、どうでもよかろう』

 

 

 今度こそ、ユストゥスは激怒した。しかし、表面には出さない。

 

 

「それが貴様や、貴様の家族が犠牲になっても、そう言えるのか?」

 

『あたりまえだ。それでこそ、聖騎士と言える。貴様は腕は立っても所詮、辺境警備隊の中隊長クラスだったと言う事か。我は魔法の行使に問題を抱え、なれど腐らずに剣技を磨く、貴様の事を買っていたのだがな』

 

「……」

 

 

 この男とは……この存在とは、相容れない。ユストゥスは理解した。彼は機体の両腕で、二振りの突剣(レイピア)を抜き放つ。突剣(レイピア)こそが、彼の本来の武器であった。

 

 

(だが……。本来の武器を使えるからと言って、勝てる、か?)

 

 

 敵の機体『ナルラハ・フォッシュ』は、重機兵(じゅうきへい)『フォッシュ』の改造機であり、機動性以外はすべてこちらを凌駕している。こちらは魔法戦士型とは言えど、しょせんは純魔法行使型の魔装兵(まそうへい)『ファルネウス・リンデ』型がベースである。彼は、後ろで倒れ伏した弐号機を横目で見遣る。そして決意した。

 

 突然前触れも無く、全身全霊の速度をもって突撃し、まだ効果を失っていなかった強化魔法分まで含めた突剣(レイピア)での強烈な突きを、彼は敵機に見舞った。外装の隙間から、操縦槽(そうじゅうそう)内まで刀身が滑り込み……。次の瞬間、自機が吹き飛ばされた。

 

 

「ぐほぉぁッ……」

 

『弐号機は迂闊にも、かなり痛めつけてしまったのでな。せめて参号機ぐらいは可能な限り無傷で持って帰りたい』

 

 

 その言葉に、ユストゥスは戦慄する。この化け物は、操縦槽(そうじゅうそう)を狙った渾身の一撃を(かわ)さずに……。いや、操縦槽(そうじゅうそう)内部にある操縦席の操手(そうしゅ)に攻撃があたらない様にだけ、最低限の動きで(かわ)した。その上でカウンターを取って、掌打(しょうだ)によってこちらの操縦槽(そうじゅうそう)への一撃を見舞ったのだ。

 

 その掌打(しょうだ)も、ただの一撃では無い……。無いと思う。この化け物操手(そうしゅ)は、何らかの素手武術をも習得しているのだ。機兵(きへい)の機体やその装甲に傷を付けず、衝撃のみを内部に浸透(しんとう)させる技……。彼は、聞いた時は眉唾物だと思った。眼前で見てさえ、自分の身にくらってさえ、彼は信じる事ができなかった。

 

 敵機から、声がする。

 

 

『さすがは……。技だけならば第四階梯にも昇進できるだろうと言う男だけはある。完全に(かわ)したつもりが、肩口を負傷してしまった。本当に惜しい。これで心根さえ真の聖騎士に相応しければ……』

 

 

 一歩一歩、胸板に突剣が突き立ったままの壱号機が、参号機の方へと歩いて来る。ユストゥスに、とどめを刺す気だ。万事休すだった。身体は傷一つないが、衝撃波で体内を何処かやられたらしく、ぴくりとも動けなかった。彼はせめて怒りだけでも叩きつけようと、敵機を無意味に睨みつける。

 

 そのとき、彼の視界の隅で何かが動いた。

 

 

 

*

 

 

 

『お、じ、さ、ん、に、近づかないでえええぇぇぇーーーッ!!』

 

 

 

*

 

 

 

「……ひどい呪文も、あったもんだ」

 

 

 そう言ったのは、ダライアス師である。ユストゥスは、命拾いをしていた。いや、シュテファーニエも、勿論無事だ。壱号機から参号機は、けっこうな損傷はあったものの、無事に研究開発施設のハンガーに戻っている。

 

 あのとき、ぎりぎりまで愛機を疾走させ、バーニアポッドや魔道スラスターが推進剤切れになる事さえもダライアス師は覚悟していた。いや、それはいい。それはいいのだが。彼の機装兵(きそうへい)『アーチャーフィッシュ』がようやくの事で現場に着いたとき、彼は目を疑った。

 

 いや、十三~十四歳にしか見えない美少女が、彼女の叔父を操縦槽(そうじゅうそう)から救出して応急手当していたのは良いのだが。しかしその美少女シュテファーニエが、身動きの取れない叔父の胸元に顔を埋め、クンカクンカ衣類の匂いを嗅いでいたら、それは引く。絶対に引く。もう思いっきり引いた。

 

 で、奪われた壱号機の敵操手(そうしゅ)だが……。こんがり焼けていた。シュテファーニエはあのとき、限界まで振り絞った声で絶叫した。『おじさんに、近づかないで』と。それは実は、彼女に言わせれば意図的にそう構築した呪文であり、あの時はその呪文に対人用炎の矢(ファイア・アロー)×二百五十六本のイメージを乗せて解き放ったそうである。

 

 ダライアス師は、しみじみと言った。

 

 

「ひどい呪文も……。本当にひどい呪文もあったもんだ」

 

「でも、勝機はあれしかありませんでしたし」

 

 

 シュテファーニエは、悪びれなく言った。まあ、決め手になったのは、その炎の矢(ファイア・アロー)だ。普通であったなら、あの化け物じみた強敵が張っていた対魔法の術のせいで、ただでさえ対人用の炎の矢(ファイア・アロー)は、効果をたいして上げられなかっただろう。シュテファーニエが最初、ボロ負け状態であったのは、その対魔法の術のせいだ。

 

 しかし炎の矢(ファイア・アロー)は、決め手になった。炎の矢(ファイア・アロー)が、敵機の操縦槽(そうじゅうそう)に突き立ったままのユストゥス機の突剣(レイピア)を直撃し、刀身に伝導した純粋に物理現象と化した高熱が、敵機の操縦槽(そうじゅうそう)内部をオーブン状態にして、完全に蒸し焼きにしたのである。当然、突剣(レイピア)は真っ赤に焼けていた。焼きなました様な物で、もう突剣(レイピア)としては使えないだろう。

 

 シュテファーニエは、左腕でユストゥスの右腕を抱え込んでいる。ユストゥスは、強張った顔で、彼女の好きにさせていた。彼はシュテファーニエが、彼女自身の出生の秘密を知っていると聞き、今ちょっとばかり、心折れていたのだ。

 

 シュテファーニエの母は、かつて聖王国の某偉いヒトに弄ばれ、ユストゥスの兄である父に押し付けられる形で捨てられたのだ。だが誠実で優秀かつ優しい夫は、傷付いた母を優しく受け入れたのだ。しかしその時には、母のお腹には既にシュテファーニエが宿っていたのである。しかし父は、子供には罪は無いと、実の子同然に愛情を注ぎ、育てたのだ。

 

 シュテファーニエは言う。

 

 

「何時かわたしは、聖王国へ戻ります。いえ、戻らなくてもいいですけれど、かならず本当の『父』に会います。会って、認知してもらうんです」

 

「……まあ、なんと言うか、頑張ってな。で、相続権の分でもふんだくるのかね?」

 

「いえ、そんな物いりません。認知されたら、その場で始末します。そして、法的に血縁じゃないと証明された、おじさんと結婚するんです!」

 

 

 ガタタッ!

 

 

 ダライアス師と、ユストゥスが椅子から転げ落ちそうになり、音を立てた。本当に十四歳なのだろうか、この娘は。ダライアス師はシュテファーニエを、ジト目で見遣る。

 

 

「……最初の頃の初々しさが、嘘の様だな。演技でもしていたのか?」

 

「いえ、あの時はこちらも必死でしたから。気持ちに余裕が出てくれば、こんな物ですよ?」

 

 

 ダライアス師は、うつろな眼差しのユストゥスに、同情の視線を送った。

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