SPIDER-MAN Quintessential Quintuplets   作:まゆはちブラック

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Ⅱ Electric running Midterm exam
#9 意地と意地


リザード事件が解決し、紫紋(しもん)にこっぴどく怒鳴られてから翌日。

建物の損傷個所の修理が終わった旭高校はいつも通り授業が行われていた。

ちなみにリザードは行方不明扱いとなり、警察は早々に捜査の手を引いた。

 

 

「来週から中間試験が始まります。念のために言っておきますが、今回も30点以下は”赤点”とします。各自、復習を怠らないように」

 

 

昼過ぎの4限目の授業の終わり際、ひと通り授業内容を終えた教師は黒板に書いた『中間試験』という文字を指差しながら話す。

 

――中間試験。それは中学、高校などの教育機関で行われる一大イベントの1つ。避けては通れない……学生の恒例行事みたいなものであり、勉強が本分の学生の学力を確かめるために行われる。

学生は皆、口揃えて面倒だと思うのが大半であるが、今後の進級や就職、進学に関わるので、より良い学力を証明するチャンスでもある。

 

 

「(始まるか……)」

 

 

中間試験の話を聞いて、固唾を呑む(まなぶ)

普段、勉強に関して問題ない(まなぶ)にとっては特段不安になる必要がないのだが、彼の悩みの種は別にあった。

 

 

「ここの読みは(ちょ)すじゃなくて、(あらわ)すだよ。結構間違いやすい漢字だし、テストにも出ると思うから覚えてて」

 

「はい」

 

 

授業が終わり、次の授業が始まるまでの休み時間。(まなぶ)五月(いつき)の勉強に付き合っていた。

彼女は毎回、休み時間の合間を縫って予習や復習を行っている。(まなぶ)はその付き添いとして、手が空いているときはこうして勉強を一緒に見ている。

家庭教師のときも五月(いつき)が風太郎の教えを拒んで自分に見てもらっているので、(まなぶ)は正直、学校内外でも変わらない気がしていた。

 

しかし、彼の悩みの種はそこではなかった。

 

 

五月(いつき)

 

 

マンツーマンでの勉強をしている最中、2人の空間に割り込む声が1つ。

五月(いつき)(まなぶ)は声のした方へ視線を送ると、上杉 風太郎が関心したように両手に腰を当てながら立っていた。

彼の登場に五月(いつき)は先程まで穏やかだった表情から一変して、嫌そうな顔を浮かべた。

 

 

「何ですか?」

 

「いやーー頑張っているなーって思って。休み時間に勉強してるなんて偉い!」

 

「?」

 

「(もうちょっとマシな言い方あるだろ……)」

 

 

いつも人を馬鹿にする風太郎が珍しく褒める姿に五月(いつき)は困惑する。

(まなぶ)は風太郎の上から目線の物言いにこりゃ駄目だと額に手を当てていた。言葉の捉えようにとっては煽っているようにも聞こえる。

これがただの嫌味であればいいが、風太郎本人は褒めていると思っているので尚更タチが悪い。

 

何故、風太郎が急に褒め出したのか。理由は単純で、五つ子たちに勉強意欲を上げて、何としても赤点を回避してもらうためだ。

家庭教師をやっている以上、成果が見られなかったらクビにされてしまう……。その危険性を考慮した風太郎はまず、真面目な五月(いつき)から伸ばそうと実行に移したわけである。

 

風太郎は覗くように五月(いつき)の勉強している内容を見て、うんうんと関心したように頷くと、褒め伸ばし作戦を続ける。

 

 

「家でも自習をしてると聞いてるぞ?無遅刻無欠席で忘れ物もしたことがない……。同じクラスだからわかる。お前は姉妹の中で一番真面目だ」

 

「そうでしょうか?」

 

「ああ!」

 

 

褒められて悪い気がしない五月(いつき)はそっぽを向きながら問うと、風太郎は頷き――

 

 

「ただ馬鹿なだけなんだ!」

 

「あ……」

 

 

と、爆弾発言を投下する。風太郎の言いたいことは「真面目だけど要領が悪い」というニュアンスなのは(まなぶ)にはわかるが、傍から聞くと、ただの暴言にしか聞こえない。

実際に暴言と受け取った五月(いつき)の表情は段々と苛立ちが見え始め、頬を膨らませる。

 

 

「意地張ってないで、勉強会に参加してみろよ?もっと伸ばせるはずだぜ」

 

「も、もうその辺で……」

 

 

だが、自分の褒め言葉が煽りになっていることも露知らず。風太郎は褒め続けながら放課後に行っている勉強会へ誘う。

火に油を注ぐ発言に(まなぶ)はこれ以上言うのはやめさせようとストップをかける。

五月(いつき)はプルプルと肩を震わせつつも、爆発しそうな怒りをぐっと腹のうちに堪えると、ニコッと笑みを浮かべる。しかし、その表情の裏からは怒りが滲み出ていた……。

 

 

「……そうですね」

 

「……ッ、そうか!なら勉強会に――」

 

「いいえ。先生にも教えてもらいます」

 

 

希望を見出した風太郎の誘いを五月(いつき)はきっぱりと断る。風太郎の煽りにしか聞こえない物言いに五月(いつき)は頭にきており、あっかんべーと軽蔑するくらいだ。

 

そう、(まなぶ)の悩みの種はこれだったのだ。

風太郎の教えを乞わないと断言した五月(いつき)は風太郎主催の勉強会には一回も参加していない。

そのため、(まなぶ)がマンツーマンで教えているのだが、(まなぶ)自身としてはこの状況は好ましくなかった。

好きな女の子とほぼ2人っきりになれるので完全に悪いとは言い切れないが、1人で教えるのにも限界がある。(まなぶ)五月(いつき)専用の家庭教師ではないので、他の姉妹にも教える必要があった。

 

なので、勉強会に参加してもらった方が効率が良くて助かるのだが、彼女自身が意地を張って動かない。

風太郎の妙な煽り性能も相まって、勉強会の件は平行線上になっていた。

 

だが、悩みの種はこれだけでなかった。授業が終わり、放課後の廊下。

(まなぶ)は勉強会に参加するために図書室に向かって歩いていると、先の廊下から歩いてくる二乃(にの)の姿が見えた。

 

彼女もまた五月(いつき)同様、勉強会に参加しない1人である。

何度か誘おうと試みたがことごとく無視され、家庭教師の時間になっても全く参加する意思を見せない。

声をかける度、辛辣な態度を取られるので、正直(まなぶ)の胃は限界に近かった。

 

 

「あっ」

 

 

ある程度距離が縮まると、こちらに気付いたのか二乃(にの)は手を振る。しかも、今まで(まなぶ)に見せたことがない微笑み顔で。

やっと自分のことを認めてくれたと嬉しくなった(まなぶ)は微笑んで手を振り返す。

 

 

「やあ、二乃(にの)。どうかな?この後、勉強会があるから一緒に――「そっちにいたのー?連絡してってばー」―――どうか…な………」

 

 

いい機会だと思った(まなぶ)は勉強会に誘うが、二乃(にの)の視界には入っていないのか、彼女はそのまま横を通り過ぎる。

疑問に思った(まなぶ)は振り向くと、二乃(にの)は先にある登り階段で待っている2人の女子の方へ向かっていた。彼女が手を振ったのは(まなぶ)に対してでなく、その後ろにいた友達に向けてのものだった。

勘違いと知り、恥ずかしさから段々と声のトーンを落としていく(まなぶ)をよそに、やってきた二乃(にの)に対し、女子2人は「ごめんごめん」と談笑すると、階段を上がっていく。

 

 

「あの人、二乃(にの)のこと呼んでなかった?」

 

「あいつ、私のストーカー」

 

「えーこわ……」

 

「……」

 

 

遠くから聞こえる女子と二乃(にの)の会話に(まなぶ)は何ともいえない表情を浮かべる。

去り際に聞こえた辛辣な言葉は心を傷つけるのに充分で、(まなぶ)は気持ちが沈んでいくのを実感した。

 

 

「こっぴどくフラれたな~」

 

「涼介」

 

 

呆然と立ち尽くす中、フラッと横から涼介が苦笑しながら現れる。(まさる)も一緒だ。

どうやら、彼らは一部始終を見ていたようだ。

涼介は(まなぶ)を気遣うようにその肩に手を置く。

 

 

「ありゃ酷いよな……。何にも悪いことしてないのに、勝手に決めつけられるんだから……。アルバイトでも、あんな風に毎回言われてるのか?」

 

「ああ……でも、これでもマシな方。最悪のときは睡眠薬を盛ったりするらしいから」

 

「え……」

 

「マジかよ……」

 

 

苦笑する(まなぶ)のとんでも話に絶句する(まさる)と涼介。

侮蔑の言葉のみならず、睡眠薬を盛るとは……。思っていた以上に苦労していると思った2人はなおも家庭教師を続けている(まなぶ)に同情と尊敬の念を抱いた。

何ともいえない空気に包まれる中、涼介は場の空気を替えようとあっと声を出す。

 

 

「そうだ、(まなぶ)。この後空いてるか?また勉強教えてもらおうって思って」

 

「あ~~……いいけど、この後、一花(いちか)たちと勉強会やるんだけど一緒に来る?上杉いるけど」

 

「ゲッ!マジかよ……」

 

 

(まなぶ)の提案に途中まで乗り気だった涼介は風太郎の名を聞いた瞬間、不快な表情を露わにする。

涼介は風太郎のことが大嫌いであり、この前の花火大会のときも睨み合っていた。対する風太郎は相変わらず不愛想な態度だったが。

当然(まなぶ)はそのことをわかっているので、涼介と風太郎のためにもあらかじめ言ったわけである。

 

涼介はしばらく悩んだのち――

 

 

「仕方がない……アイツがいるのは癪だが、成績のためだ。我慢しよう」

 

 

と観念したかのように言うと、深いため息をつく。

嫌いな相手と同じ空間で勉強するのは涼介自身避けたいが、テストのことを考えると背に腹は代えられないので、提案に乗るしかなかった。

涼介は隣の(まさる)に尋ねる。

 

 

「マックス。お前はどうする?」

 

「あー……いいや。今度は自分の力だけでやってみたいんだ」

 

「そうか……。テスト返却日に誕生日だなんてツイてないな~」

 

「うん。でも、乗り切ったご褒美だと思って頑張るよ」

 

 

同情する涼介に苦笑しながら返す(まさる)。中間試験は2日間あるのだが、答案用紙の返却日は(まさる)の誕生日なのだ。

気を抜いてもいい喜ばしい日なのに気を抜けないとは不運なものである。

涼介同様に同情した(まなぶ)も苦笑する。

 

 

「……わかった。マックス。もし、わからないところあったら教えて?」

 

「うん。じゃあ……」

 

「またな」

 

 

3人は別れ際にそう告げると、(まさる)は下駄箱の方へ、(まなぶ)と涼介は図書室へと向かう。

 

 

「ちなみにどこを教えた方がいい?」

 

「数学だ。確率が意味不明で……」

 

「わかった。できるだけわかりやすく教えるつもりだから、途中で逃げるなよ?」

 

「………お手柔らかに」

 

 

道中、歩きながら何気ない会話を挟む2人。

やる気満々の態度を見せる(まなぶ)に涼介は恐々とするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、お前ら!中間試験が一週間後に控えてるが、正直言ってこのままでは乗り越えられない!国数英社理の五科目……これから一週間、徹底的に対策するぞ!」

 

「「え~~~」」

 

 

それから数分後、図書室。風太郎の口から威勢よく今後の試験対策が飛び出す。

当然、勉強が苦手な一花(いちか)四葉(よつば)はわかりやすいくらい拒否反応を示していた。

風太郎と(まなぶ)はこれまで五つ子たちの学力を確認してきたが、どれも赤点を回避するには程遠い点数ばかりだった。

時間的に考えて今までのペースで教える余裕はない……なので、せめて赤点は回避できるようにしようと切り出したのである。

 

一方、(まなぶ)はというと、風太郎たちから5mくらい離れた席で勉強する涼介に教えていた。

こうなったのも涼介が「上杉の近くには寄りたくない」と申し出があったからだ。ここまで距離が開いても勉強会には支障はきたさないので(まなぶ)は承諾したか、そこまで嫌う必要があるのかと疑った。この件について色々と訊きたいが今は勉強が先決なので後回しにすることにした。

 

 

「フータロー君。リラックス、リラックス……。そんなに張り切ってちゃ逆に疲れちゃうよ?」

 

「そーですよ!ほら、ことわざで『過ぎたるはなよなよが如し』って言うじゃないですか。やりすぎは逆に危ないって……」

 

 

風太郎の提案に一花(いちか)四葉(よつば)は考え直すよう口々に返す。

正論のように言っているが、実際は勉強がしたくなくて逃げたいだけだ。

 

 

「ほう……試験は眼中にないってか?頼もしいな。じゃあ、試験は余裕で乗り切れるのだろうな?」

 

「あはは……」

 

「それはー……」

 

 

風太郎が冷たい眼差しで尋ねると、途端に言葉を詰まらせる一花(いちか)四葉(よつば)

彼女たちが考えていることは普段の家庭教師の経験から風太郎にはお見通しであり、試しに追求すると御覧の通りである。

風太郎は顔を俯かせて深くため息をつくと、顔を上げ――

 

 

「はあ……だろうな。無理だってことはお前たち自身でわかってるだろ?それに『なよなよが如し』じゃなくて、『過ぎたるは猶及(なよ)及ばざる如し』だ。逃げずにちゃんとやる、わかったか?」

 

「「はーい……」」

 

 

と幼い子供を躾けるように言うと、観念した一花(いちか)四葉(よつば)は揃って返事する。

勉強嫌いを治したいのは(まなぶ)だけでなく風太郎もだが、今はそれを考える時間も惜しい。一刻も早く勉強させなければ……!

そう思いながら風太郎は渋々勉強を始める2人を見ていると、ふと同席していた三玖(みく)が気になった。

顔をそちらへ向けると、三玖(みく)は既に黙々と勉強をしていた。しかも彼女が苦手だと言っていた英語をだ。

 

 

「……ッ!三玖(みく)が自ら苦手な英語を勉強をしている……!熱でもあるのか?勉強なんていいから休め?」

 

「(もっとマシな言い方ないの……?)」

 

 

驚いた風太郎は心中で思っていたことをそのままぶつける。

またもや煽ってるような言い方に遠くから聞いていた(まなぶ)は嘆息をつく。

労わる風太郎に対して三玖(みく)はピクッと反応を示したのち――

 

 

「平気。少し頑張ろうと思っただけ……」

 

「「……」」

 

 

と言うと、ペンを動かして勉強を再開する。三玖(みく)の内なる気持ちは誰にも伺えない。

しかし、風太郎と(まなぶ)はこのやる気から彼女の何かが変わりつつあるのを感じた。

 

 

「よーし!私も頑張ろーー!」

 

「ゆっくりやりますか……」

 

 

彼女の姿に触発された四葉(よつば)一花(いちか)も負けてられないと積極的に取り組み始める。

このあまりにも良い風向きに風太郎も(まなぶ)も呆気にとられるが、すぐに気を取り戻すと、姉妹たちと涼介に勉強を教えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、(まなぶ)。これでテストも乗り切れそうだ……。やっぱりお前は頼りになるな」

 

「ははっ、どういたしまして。また明日」

 

「ああ」

 

 

それから数時間後。三姉妹と別れ、涼介と(まなぶ)は他愛ない会話を交わすと、校門を出た2人は別れ際に手を振ると別々の方角へと歩いていく。

(まなぶ)は先に待っていた風太郎と一緒に帰り道の歩道橋を歩きながら、今後の勉強の方針について話しているときだった。

 

 

「待ってくださーーいッ!」

 

 

後ろからこちらを呼び止める声が。2人は振り向くと、五月(いつき)が駆け足でこちらに向かってきていた。

息をきらした五月(いつき)が落ち着くのを待った風太郎は尋ねる。

 

 

「何だよ?勉強会ならとっくに終わったぞ?」

 

「違います。電話をあなたたちに取り次げとのことです」

 

「「??」」

 

 

五月(いつき)の言葉に頭の上で疑問符を浮かべる風太郎と(まなぶ)

一体誰だろうと彼女が持つスマートフォンの画面に目をやると、『お父さん』と書かれた着信画面が映っていた。

電話の主は五月(いつき)たちの父親――中野 マルオだった。

普段滅多に電話をかけてこない依頼主に緊張が走った2人は(まなぶ)が取り出したイヤホンをお互いの片耳に装着すると、風太郎は恐る恐る声をかける。

 

 

「……もしもし?上杉ですが………」

 

《上杉君か。娘たちが世話になっているね。天海(あまかい)君も近くにいるかな?》

 

「はい。僕もいます」

 

《良かった。中々顔を出せなくてすまないね。どうだい、家庭教師の方は順調かな?》

 

「ええ、順調ですよ。全員積極的なもんで、逆にこっちが困るくらいですよ~」

 

 

嘘も方便に風太郎は自信たっぷりの口調で虚偽の報告をする。相手はマルオだ……もし真実を言えば即クビにされる可能性があるので、生活費や借金を稼ぐためにも嘘をつくしかなかった。隣で聞いている(まなぶ)も同じ気持ちだ。

ただの近況報告かと2人はほっと安堵しているや否や、次の瞬間、マルオが放った一言で表情が固まる。

 

 

《それは良かった。ならば、近々行われる中間試験も問題ないようで何よりだ。天海(あまかい)君も丁度いるようだし、ここで君たちの”成果”を見せてもらいたい》

 

「「………え?」」

 

 

ピキンと緊張が走り、冷や汗が流れる風太郎と(まなぶ)

――成果を見せてもらいたい。その言葉に2人の血の気はだんだんと引いていき、聞き間違いかと思い、訊き返してしまった。

凍り付いている2人のことなど露知らず、電話越しのマルオは再び言う。

 

 

《一週間後の中間試験………5人のうち1人でも赤点を取ったら、君たちには家庭教師を辞めてもらう》

 

「「――!?」」

 

 

マルオの口から放たれたノルマに言葉を失う(まなぶ)と風太郎。赤点だらけの五つ子たちを一週間以内に赤点回避できるようにしなければ、即クビ………。

無謀ともいえる条件に一体何が何だかわからずに混乱する中、風太郎は異を唱える。

 

 

「そんな……!考え直してください!卒業まであと一年半あります!いくら何でも尚早では!?」

 

《確かに君の言うことはもっともだ………。だが、この程度の条件を達成できなければ、安心して娘たちを任せておけないよ。ここでハードルを設けさせてくれ……。それでは、健闘を祈る》

 

 

風太郎の言い分を異に返さず、言うだけのことを言ったマルオは通話を切った。

スマートフォンからビジー音がプープーだけが虚しく聞こえる中、ヘッドホンを取り外した風太郎が取った行動は――

 

 

「くそッ!」

 

「ッ!?待って待って!!」

 

 

やり場のない憤りを発散するため、五月(いつき)のスマートフォンを地面へ叩きつけようとしたが、慌てて(まなぶ)が止める。

思いとどまった風太郎からスマートフォンを取り上げた(まなぶ)はすぐさま持ち主である五月(いつき)へ返す。

自分のものを叩き壊されてはたまったものじゃない五月(いつき)はホッと安堵しながらスマートフォンを大事そうにカバンへしまうと、2人へ尋ねる。

 

 

「父から何を言われましたか?」

 

「ああ……実は今度の中間し――「いやーーー!世間話をしてただけだ!朝食はパン派だとか、舞茸が大好きだとかの何でもない話だ!!はははーーーッ!!」」

 

「……?とてもそうは見えませんが……」

 

 

言われたことをそのまま正確に話そうとする(まなぶ)の声を大声でかき消す風太郎。

焦りきって汗をだくだくと流れる様子を怪しむ五月(いつき)に風太郎は固い笑顔で返しながら、横にいる(まなぶ)に「お前も言え」とばかりに小突く。

それを受けた(まなぶ)はあっと声を出すと、相槌を打つ。

 

 

「そうそう!何の変哲もない世間話!上杉の言う通りだよ!」

 

「そうですか……?」

 

 

笑って返す(まなぶ)の拭いきれていない固さに五月(いつき)はますます怪しむ。

納得の片鱗を見せない状況に困っている中、風太郎は話を逸らそうと別の話題について逆に尋ねる。

 

 

「そういう五月(いつき)はどうなんだ?中間試験の対策はしてるんだろうな?」

 

「……ッ!も、問題ありません!」

 

「問題ないわけあるか。今日、学校でやった数学の小テスト悪かったろ?」

 

「ッ!?見たのですか!?」

 

 

痛いところを突かれた五月(いつき)は頭頂部のアホ毛をピンと逆立てて声を捲し上げる。

その反応から点数が悪かったのかと確信した風太郎は嘆息する。

人のプライベートをこっそり覗いていたことに(まなぶ)は人間的にどうなんだと疑うものの、この話から五月(いつき)は対策をしっかりと練られていないとわかった。

五月(いつき)には(まなぶ)がついて教えているものの、勉強は結局のところ彼女自身の認識力による。教え方を今までと変えないといけないなと考えている中、風太郎は――

 

 

「わからないところがあったら教えてやるぞ?」

 

 

五月(いつき)へ声をかける。風太郎は五月(いつき)五月(いつき)なりに頑張っているのだろうと気遣ったつもりで言ったのだが、またもや言い方が尾を引いた。

 

 

「何ですか……私を信用できないのですか?」

 

 

上から目線で勉強面の不出来さに哀れんでいると受け取った五月(いつき)は頬をぷくっと膨らませる。

機嫌を損ねた五月(いつき)は回れ右してツカツカとした足取りで反対方向へ帰ろうとする。

このまま帰してはまずいと察した風太郎と(まなぶ)も後を追う。

 

 

「あなたに教えは乞わないと言ったはずです!勉強なら天海(あまかい)君に見てもらいますから!」

 

天海(あまかい)だって、他の奴らの勉強を教えないといけない!お前専用の家庭教師じゃないんだぞ!お前は真面目だが、要領が悪い!他の奴ら……例えば、俺にとかに頼ってくれよ!」

 

「結構です!第一、私は最初にあなたに頼りましたが、それを拒否したのはあなたでしょう!嫌々相手されるなんて御免です!」

 

「ッ!」

 

「ふ、2人ともそこまでで………」

 

 

ますますヒートアップしていく口論に不穏な空気を感じた(まなぶ)は戸惑いながらも止めようと声をかけるが、冷静さを失っている2人の耳には届かない。

頭にきた風太郎は痛いところを突きまくってやろうと感情をそのままぶつける。

 

 

「だったら……!お前1人で赤点回避できるって言うのかよ!?」

 

「できます!例え、中間試験が間に合わなくても――」

 

「それじゃ駄目だ!今回駄目だったら、()()()()!」

 

「……えっ?」

 

 

風太郎の発した意味深な言葉に五月(いつき)は一瞬耳を止めるが、彼に対する怒りですぐさま上書きされ、不満を露わにする。

 

 

「これも仕事なんだッ!我儘言ってないで受け入れろよ!」

 

「我儘を言ってるのはあなたでしょう!」

 

「もういい……!」

 

「お前だって成績を上げたいんだろ……!だったら――」

 

 

収束がつかない口喧嘩へと発展した風太郎と五月(いつき)(まなぶ)は切な願いで止めようとするが、気持ちが高ぶっている2人には通用しない。

怒りと不満が募りに募り、感情的になった風太郎は遂に――

 

 

「黙って俺の言うことを聞いていればいいんだよッ!!!」

 

「ッ!?」

 

 

と、この場で言ってはいけない禁断の言葉を口にする。

黙って言うことを聞けばいい………それは自分の意思を尊重する五月(いつき)には逆効果であり、止められなかった(まなぶ)は苦い顔を浮かべる。

目を丸くする五月(いつき)を見て、ハッと我に返った風太郎は弁明しようと口を開く。

 

 

「ッ、いや……今のは……」

 

「あなたのことを少しは見直していたんですが、どうやら私の見込み違いだったようですね……。所詮、()()()()()()()ですか」

 

 

五月(いつき)の冷えに冷え切ったまでの言葉にまたもカチンときた風太郎は開き直ると、またもや感情に身をゆだねる。

 

 

「……金のために働いて何が悪い。何不自由なく暮らしてるからそんなこと言えるんだ……。仕事じゃなきゃ、誰がお前みたいなきかん坊の世話を焼くか」

 

「……ッ!無理して教えてもらわなくて結構!!私はお金儲けの道具じゃありませんからッ!!!」

 

五月(いつき)!」

 

 

そう言い捨てると、五月(いつき)は早歩きで去っていった。

焦った(まなぶ)は一瞬、風太郎の方を怒りと悲しみが籠った目を向けると、急いで五月(いつき)の後を追いかける。

 

 

五月(いつき)!確かにあんな言い方はないけど、彼だって必死なんだ。言いたくて言ったわけじゃない。落ち着いて話し合おうよ」

 

 

歩道橋を降り、歩道を歩く五月(いつき)に追いついた(まなぶ)は早歩きする彼女の隣を歩きながら説得を促す。

勉強だけでなく心までバラバラになると、中間試験は突破なんて不可能である。

 

信頼している(まなぶ)の説得に応じず、しばらく無言を貫き通していた五月(いつき)だがピタリと足を止める。

ようやく説得に応じてくれたかと(まなぶ)が思った矢先――

 

 

「………上杉君に言われてきたんですか?」

 

「え?」

 

 

五月(いつき)は半目で(まなぶ)のことを疑い出した。

今の五月(いつき)は頭が冷え切っておれず、信頼しているはずの(まなぶ)すら怪しいと思えたのだ。

突拍子もない疑惑に(まなぶ)が絶句する中、五月(いつき)は問い詰める。

 

 

「上杉君に頼まれたんですか?それとも自分の身の潔白を晴らすためですか?」

 

「い、いや……僕はただ……君を放ってはおけないと思って………助けたいだけなんだ」

 

「助けたい?そんな理由で納得するとでも?あなたも自己の意思は二の次に、お金のためだけに教えているのでしょう?」

 

「!?そんな違う……!」

 

「私には誰も信用できません………とにかく、あなた方からは今後一切教えを乞いません!」

 

 

説得するどころか火に油を注ぐことになってしまった(まなぶ)が戸惑う中、五月(いつき)は青信号が点滅している横断歩道を駆けていった。

我に返った(まなぶ)も追おうとしたが、横断歩道の信号はすでに赤となっていた。

五月(いつき)は不満げな表情を反対側にいる(まなぶ)へ向けると、人混みの中に消えていった。

 

 

「(ど、どうしよう……)」

 

 

自己嫌悪に陥った(まなぶ)は愕然とする。

説得しようとしたが、かえって怒らせてしまった。しかも好きな女の子にだ。

風太郎だけでなく自分までも嫌われてしまった(まなぶ)は目まいがしそうなぐらい気分が悪くなる。ここが自宅なら今すぐ寝たいぐらいだ。

 

 

「(上杉から謝ってもらった方が早いけど、プライド高いしな~……」

 

 

事情を全て話し、風太郎から謝れば済む話だが、彼の性格上それを受け入れる可能性はゼロに近い。今すぐ歩道橋に戻ってもきっといないだろうし、電話をかけても応じてくれないだろう。

自身の辞職にもかかった一大事な時期なのに内輪揉めが起きるとは(まなぶ)も予想だにしてなかった。

――どうすればいいのだろう。そう思って悩んでいた矢先――

 

 

(まなぶ)だろ?ははっ、奇遇だな」

 

「ッ、博士……」

 

 

横から親しげに話しかけてくる声が1つ。振り向くと、その男は(まなぶ)が尊敬する科学者――八丈目 博昭だった。

手には食品が入ったエコバックを持っていることから、買い物帰りであることが伺える。

八丈目の姿を見て、(まなぶ)は暗闇に差す一筋の光にも思えた。

 

 

「どうした?悩み事でもあるのか?」

 

「……はい。実は――――」

 

 

違和感に気付いた八丈目に尋ねられた(まなぶ)はこの人なら信用できると包み隠さず、全てを話した。

家庭教師のアルバイトをしていること…。生徒である姉妹たちの相手に手を焼いていること…。中間試験で五つ子たちが赤点を取ると自分と風太郎がクビになってしまうこと…。

そして、五月(いつき)と風太郎が喧嘩し、仲裁に入ろうとした自分も嫌われてしまったことも。

 

八丈目は話に割り込まず、うんうんと頷いて全て聞き終えると、(まなぶ)の肩に優しく手を置き――

 

 

「……わかった。私が相談に乗ろう」

 

 

と、任せてくれとにっこりと微笑み返す。

この時、(まなぶ)には八丈目が救世主かに見えた……。

 

 

 




◆イースター・エッグ◆
二乃(にの)が自分に手を振ったと勘違いする(まなぶ)
 サム・ライミ版「スパイダーマン」(2002)にて、ピーターが憧れのMJが自分に手を振ったので微笑んで振り返したが、実は後ろにいる友達に向かっていたというシーンから。
ここで、この映画のピーターがどんなに冴えない人間なのかが伺え、作者も大好きなシーンの1つである。

②朝食はパン派
 「五等分の花嫁」原作者の春場ねぎ先生の朝食はパン派であることから。

③舞茸が大好き
 こちらも「五等分の花嫁」原作者の春場ねぎ先生の好物から。

スパイダーマンを増やす?

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  • YES!(オリジナルヒロイン)
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