SPIDER-MAN Quintessential Quintuplets   作:まゆはちブラック

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#10 扉を開けて

五月(いつき)と仲違いしてからしてから2時間後。

八丈目に全てのことを洗いざらい話した(まなぶ)は彼と共に喫茶店である人物を待っていた。

まだかまだかと不安で待ち望む中、遂にその人物はやってきた。

 

 

「よお、待たせたな」

 

 

彼らが待ち望む人物――そう、今回の揉め事の当事者の1人である風太郎だ。八丈目が詳しい事情を聞くためにも彼を呼び寄せるよう、(まなぶ)に頼んだのだ。

風太郎はアルバイトもないので伸び伸びと勉強したかったが、断ろうにも断れ切れず、渋々とやってきたのわけである。

 

風太郎は(まなぶ)の隣の席に座ろうとしたとき、対面席にいる見慣れない人物に眉をひそめる。

八丈目が何者なのかを(まなぶ)に尋ねる。

 

 

「知り合いか……?」

 

「八丈目博士。科学者で、今取り組んでいる研究の助手をさせてもらってるんだ」

 

「八丈目だ。上杉君だね?(まなぶ)から色々と聞いているよ。定期試験でもオール100点をキープするほどの優秀だそうだな。いきなり呼び出して悪いね。さあ、座ってくれ」

 

「はあ……」

 

 

愛想があるようなないような反応を示しながら差し出された手を取って握手をする風太郎。

こんな風な反応になるのも、人と対話することが嫌いで基本避けている彼が対話のマナーをあまりわかっていないからである。

勧められたまま風太郎が席に座ったことを皮切りに、八丈目は本題に入る。

 

 

「上杉君……。(まなぶ)から聞いたが、家庭教師先の生徒と揉めたそうだな。何でも、今度の中間テストで結果を残さないとクビになると……」

 

「はい……」

 

「成績優秀だが、人付き合いは積極的ではないと聞いている。そこで1つ気になった……。人付き合いが苦手な君が、何故あそこまで家庭教師の仕事をやっているんだ?答えにくいところは答えなくていい………話してくれないか?君の助けになりたい」

 

 

居心地が悪そうな風太郎に八丈目は真剣な眼差しで頼み込む。

八丈目は風太郎が改善すべきことを指摘する前に彼の動機を知りたかった。

何故、どうしてそこまで必死にやろうとしているのか……。それがわからなければ助言を上げようにも心に響かないだろう。

 

 

「……そんなプライベートなことを会ったばかりの人に教えられませんよ」

 

「わかっている。私も個人情報はベラベラと話したくない……。だが、こういう込み入った問題は第三者の手を借りなければ解決しないこともある。君の気持ちはわかるが、正直に話してくれないか?」

 

「……」

 

 

渋る風太郎だったが、しっかりと寄り添う気持ちで接する八丈目の言葉を聞いて考え直すと、自分が家庭教師を続けなければいけない理由を話した。

家には多額の借金があること…。妹のらいはを楽させてやりたいこと…。そのためには破格の給料が出るこの家庭教師のアルバイトが必要だということ…。

そして、頑張ってはいるが自分が頑張っているのに二乃(にの)五月(いつき)が協力的じゃないことを…。

 

 

「………なるほど。君は家庭の金銭問題を解決するためにどうしても家庭教師を続けたい……。そして協力してくれない教え子に手を焼いている、というわけか」

 

 

事情を全て聞いた八丈目が訊き返すと、風太郎は頷く。風太郎自身も今日のことは反省してはいるが、わだかまりがあってどうも正直になれない。

八丈目は目元に手を当ててしばし考えたのち、開かれた口から出た言葉は――

 

 

「私から君に言えるのは……”愚か”ということだ」

 

「ッ!?」

 

 

励ましの言葉でなく、風太郎を酷評する言葉だった。

これには風太郎だけでなく(まなぶ)も驚いた。八丈目なら風太郎を何とかできると考えたが、まさか過剰すぎるものが返ってくるとは思わなかったからだ。

2人が狼狽える中、八丈目は真剣な眼差しで風太郎を見据える。

 

 

「上杉君。話からするに、君は成績優秀だが、それを鼻にかけている節がある。第一に言葉遣いだ。思ったことを口にするのは構わないが、君が言った言葉の意味が100%相手に伝わるとは限らない。変に解釈されて怒らせてしまうこともある。まだ相手のことをよくわかっていないのに『太るぞ』なんてタブーだ……」

 

「……ッ」

 

 

八丈目に指摘された風太郎は思い返す。初対面の五月(いつき)の頼みを無下にし、「太るぞ」と言って侮辱した。

その結果、印象を悪くしてしまい、今日まで中々勉強を教えさせる機会を与えてくれなかった。

 

 

「君に足りないのは”謙虚さ”だ。素直になって相手の言葉に耳を傾けること。逆も同じだ。君が正直になって話せば、きっと向こうからも心を開いてくれるはずだ」

 

 

問題点を厳しく指摘しつつも八丈目は優しく助言を授ける。相手を怒るのは誰でもできるが、叱ることはできない。彼らよりも長年生きてきた経験から成せることだ。

謙虚な心構えを風太郎がしかと受け止める中、八丈目は唐突に尋ねる。

 

 

「もう1つ……上杉君、君は今日の件について反省してるかね?」

 

「……ッ、ええ、はい」

 

「理由は?」

 

「それはもちろん、クビになるか――「そこだよ」――ッ!?」

 

 

当然のように答える風太郎だが、その返答がくることを読んでいた八丈目は一言遮り、ビシッと風太郎を指差す。

どういう意味だと風太郎が言葉を詰まらせていると、八丈目は答える。

 

 

「君にもう1つ足りないもの……それは”高潔さ”だ。アルバイトの継続にかかっているのはわかるが、それを言われた相手の心を考えたことはないのかね?」

 

「それは……」

 

「その相手が金持ちだからといって、苦労をしていないと決めつけるのは早すぎる……彼女も君と同じ1人の人間だ。いくら君の家が裕福でないにしても、心まで貧しくあってはいけない。高潔な精神を保たなければ……」

 

「……」

 

 

言い淀む風太郎の心に打ち込むように八丈目は訴えかける。

自分の周りがいかに不遇な環境だったとしても、自分よりも恵まれた身分に対してひがんだりするのは間違っているということだ。真の人の心を持った人間として向き合うべきというのが、八丈目の意見だった。

顔を俯かせる風太郎に八丈目は続けて言う。

 

 

「私も高校と大学で教鞭をとったことがあるから、言うことを聞かない生徒に腹を立てるのはわかる。痛いほどにな………。だが、この先の人生を生きるには周りの意見を聞き、誰かのために自分のプライドを捨てなければいけないときが必ずある。今までは誰の教えも受けてこなかったもしれないが、その後も上手くいくとは限らない。誰かの声にしっかりと耳を傾け、しっかりと手を伸ばす……ただ勉強を教えるだけじゃ『教師』と呼べない。周りに認められて、初めて『教師』と呼べる。………君は()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……ッ!」

 

 

八丈目に向けられた疑問に風太郎はハッと思い出した。

深い記憶の海に沈んでいた記憶……。それは幼き頃、京都で会った1人の小さな少女との約束。

声こそ覚えてはいないが、彼女と誓った約束は覚えている――――『お互いの家族のために頑張ろう』と。

 

風太郎が勉強を熱心に取り組むきっかけ。『誰かのために頑張る』………それは今の自分と真逆な、純粋で高潔で、謙虚な願いだった。

だが、時を経ていくうちにずれていき、”誰かのため”ではなく、”自分のため”と本来の目的からすり替わっていた。妹のためというものも結局は自分を正当化させるための壁にしか過ぎなかったのだ。

成績ばかりに目をとられ、大事な原点を見失っていた。それを自覚した風太郎は心を改める。

 

 

(まなぶ)。君はもっと自信を持て。出せるときに出せなかったら後悔ばかりを繰り返すぞ?」

 

「は、はい……」

 

 

神妙な顔を浮かべる風太郎の横では(まなぶ)が八丈目に指摘されていた。

彼の言う通り、自信をもって引き留めていれば結果は違っていただろう。

ぐうの音も出ない(まなぶ)は申し訳なさそうにただ返事するしかなかった。

 

その後、八丈目が会計をした後、3人は喫茶店を出た。

外は薄っすらと暗くなっており、街灯もポツポツと点き始めていた。

 

 

「博士。お忙しいのにすみません……」

 

「いやぁ、気にするな。私自身も色々と勉強になって良かったよ。とにかく、結果は考慮せず、彼女たちには真実を伝えるべきだ。いいね?」

 

「は、はい」

 

 

八丈目にそう言われた(まなぶ)はやや不安を見せつつも返事する。クビの件については隠さず、正直に明かすことが信頼への第一歩だと八丈目が話したからだ。

一方、風太郎は昔出会った少女のことで頭がいっぱいであり、うわの空だった。八丈目はきっと悩み考えているのだろうと察すると、考えていることには触れず、ペコリと軽く頭を下げて帰っていった。

 

八丈目との対話で悩みが消えた2人は明日にやるべきことに備え、それぞれの家路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。(まなぶ)と風太郎は勉強を始める前に五つ子たちに全て打ち明けることにした。今度の中間試験で赤点を取ると家庭教師をクビになってしまうことを……。

いつも通り中野家のマンションに入ったが、五月(いつき)の姿はなかった。どうやら街の図書館で自習しているそうだ。

 

 

「ごめん」

 

「早く言うべきだった……」

 

 

件の五月(いつき)もいてほしかったが、(まなぶ)と風太郎はとりあえずその場にいる四人に洗いざらい話し、隠していたことを謝った。

これも信用を得るため、協力を得るためだが、どんな反応が返ってくるかわからず、2人は申し訳なさで縮こまっていた。

それを受けた姉妹の反応は……

 

 

「なーんだ。そういうことだったんだー」

 

「だから焦ってた………勿体ぶらず言ってくれたら良かったのに」

 

「そういうことならもっと勉強頑張ります!お2人を絶対に辞めさせたりしません!」

 

 

すんなりと受け入れ、協力的な姿勢を見せた。一花(いちか)三玖(みく)四葉(よつば)は黙っていたことを追求することもなく、普段よりもやる気を見せていた。

出会ってから一ヶ月しかないが、一緒に同じものを取り組むうちにある種の友情のようなものが彼女らに芽生えてきたのだ。

てっきりプレッシャーを与えるとばかりと不安になっていた(まなぶ)と風太郎は拍子抜けするも、気持ちが軽くなったような気がした。

 

 

「ふーん……。赤点取ったらクビねぇ…………」

 

 

反対に二乃(にの)は良いことを聞いたとばかりに怪しげな笑みを浮かべていた。

何かを企んでいるようだが、今はそれについてどうこうする場合ではない。全てを話し終えた(まなぶ)と風太郎はいつもの流れで勉強会を始めた。当然二乃(にの)は参加しないが。

今回はテスト対策とあって、テスト範囲を中心に勉強していった。

 

 

「上杉さん!『討論』って英語で何て言うんですか?」

 

「おお!『debate』って言うんだが、これは確実に試験に出るぞ!”でぱと”で覚えるんだ!」

 

「マナブ。これ、何て読むの?」

 

「『Amazing』だ。素晴らしいとか、信じられないって意味で、想像を超える事柄に対して称賛するときに使われるんだ」

 

 

二乃(にの)除く姉妹たちは次々と質問し、わからないところを埋めていく。

彼女たちのやる気に感化された風太郎と(まなぶ)もいつも以上に張り切って答えていく。この光景を一ヶ月前の自分たちに見せたらきっと開いた口が塞がらないだろう。

そんなことを考えていながら勉強を始めてから3時間が経過した頃だった。

 

 

「ただいま帰りました………ッ」

 

 

玄関先からリビングへ歩く音と共に一つの声が。(まなぶ)と風太郎は振り返ると、図書館帰りの五月(いつき)がそこにいた。

いつもの調子の五月(いつき)だったが、(まなぶ)と風太郎を見るなり、すん…と冷めた表情へ変わる。

 

 

「ッ、五月(いつき)!昨日は……」

 

「これから自習がありますので。三玖(みく)、ヘッドホン拝借してもいいですか?」

 

「…?いいけど何で?」

 

「1人で集中したいので。それに……」

 

 

 

風太郎はすぐさま昨日のことについて謝ろうとするが、無視した五月(いつき)三玖(みく)からヘッドホンを借りた。

尋ねる三玖(みく)にそう答えた五月(いつき)は語尾に接続詞を付け加えると続けて――

 

 

「足手纏いにはなりたくありませんので」

 

 

とはっきり答える。ヘッドホンを首にかけるために俯く彼女の顔は前髪に隠れていることもあるが、暗いものだった。

風太郎が話す間もなく、五月(いつき)はスタスタと自室へ繋がる階段を昇り、自室へ入ってしまった。

賑やかだった空間がシーンと静まり返る中、(まなぶ)五月(いつき)のもとへ行こうとしたときだった。

 

 

「ねぇ、ちょっと休憩しない?もうクタクタだよ~」

 

 

一花(いちか)が見計らったように休憩を提案する。休憩するにはまだ早い時間だと疑問に思う(まなぶ)と風太郎だったが、彼女たちの様子を見て納得する。

一花(いちか)はいつもの調子ではあるが、疲れている様子で、他の二人もやる気はあるが疲れている様子だった。

ここまで根気よくやったことは今までないので、疲れてしまったのだ。

 

 

「どうする?」

 

「そうだな……ちょっと早いが、休憩にしよう」

 

「う~~ん……!休憩だー!」

 

 

(まなぶ)に尋ねられた風太郎は少し考え込むと、休憩を許可した。それを耳にした四葉(よつば)は嬉しそうに腕を伸ばして背伸びをする。

普段の風太郎ならば絶対に許さないが、彼女たちの頑張りに免じて許そうと考えたのだ。相手のことを考える………これも八丈目の教えから受けた風太郎なりの思いやりである。

 

 

「マナブ君、ちょっと」

 

「?」

 

 

皆が休憩に入る中、(まなぶ)は再び五月(いつき)のもとへ行こうとしたが、手招きする一花(いちか)に呼び止められる。彼女はベランダに繋がる透明ガラスの扉のドアノブに手をかけており、こっちに来てと言わんばかりだった。

(まなぶ)は首を傾げながらも、一花(いちか)に連れられてベランダに出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここの景色、悪くないでしょ?」

 

「そうだね……」

 

 

ベランダの手すりに手をかけながら、夜空を眺める一花(いちか)の感想を求める声に頷く(まなぶ)

流石にオズコープタワーや叔父が亡くなった際に立ち寄った山と比べたら高さは劣るが、これはこれで悪くなく、街では灯りが点いており、夜空にはポツポツと星々が輝いていた。

夜景の美しさに目を奪われていた(まなぶ)だが、すぐに我に戻ると、一花(いちか)に疑問を投げかける。

 

 

「そういえば、何か用?」

 

「フータロー君と五月(いつき)ちゃんって、喧嘩でもしたの?」

 

「ッ!?」

 

 

一花(いちか)の問いに驚く(まなぶ)

一花(いちか)たちには五月(いつき)と仲違いしたことは伏せていたが、流石長女ということもあり、妹の異変には気付いていた。

 

 

「……ああ。実は………」

 

 

――ここは正直に話そう。(まなぶ)は気まずそうにしながらも風太郎と自分が五月(いつき)と揉めたことを話した。

そして、全てを話し終えると、一花(いちか)は苦笑する。

 

 

「そうだったんだ……。フータロー君と五月(いつき)ちゃんは会う度に喧嘩してるしね~」

 

「まあ……」

 

「あの2人、()()()()()()だから」

 

「……?似たもの同士?」

 

 

――五月(いつき)と上杉が似たもの同士?疑問に感じた(まなぶ)が尋ねると、一花(いちか)はうんと頷き――

 

 

「フータロー君っていつも強がってて、正直になってもいいところで意地張っちゃって……五月(いつき)ちゃんも同じ。あの子、昔から不器用で変に意地を張る子だったから、素直になれないんだよ……。だからこそ、私は()()()喧嘩してほしいなって思ってて……」

 

「……」

 

「きっと今も苦しんでる。自分の弱さを打ち明けようにも明かせない苦しみに……」

 

 

遠い目で話すと、(まなぶ)は考える。五月(いつき)は真面目で優しい女の子で、そこが自分が惚れたところだ。

しかし、仲良くなれたからって彼女のことを全て知っているわけではない。昨日だって、風太郎のことを理解してやってると勝手に押し付けたように言ったが、それが神経を逆なでした……つまり、知ったかぶりだったのだ。

そのことに気付かされた(まなぶ)は反省していると、一花(いちか)はにこっと微笑みを向ける。

 

 

「私にやれることはやってみるけど、フータロー君……マナブ君にしかできないことがある。マナブ君、あの子をお願いね」

 

 

一花(いちか)五月(いつき)のことを任された(まなぶ)は理解した。これは一種の”責任”だと。

身内である一花(いちか)に推測であるが五月(いつき)が何を考え、何を苦しんでいるのかを全て話してくれた。それが同時に彼女が自分を信用してくれていることに。身内で一番姉妹のことを見ている彼女だからこそ納得ができる言葉だ。

そうとわかれば、五月(いつき)に話すべきことはわかる。

 

 

「……わかった。ありがとう」

 

「うん、頑張って」

 

 

――信頼に応えねば。一花(いちか)の応援を受けた(まなぶ)は微笑み返すと、ベランダを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、五月(いつき)は1人自室に籠って勉強を続けていた。

音楽を聴いているわけではないが、耳にヘッドホンを着け、黙々とペンを動かしていた。

余計な雑音がシャットアウトされたことによって集中力が高まっていたが……

 

 

「………」

 

 

何故か虚しく、心苦しかった。自分で決めたはずなのにだ。

あまりもの心苦しさに目尻に涙を浮かばせ、ノートに涙の粒がポツポツと零れ落ちた。

涙で目が滲み、勉強に集中できなくなった。

 

五月(いつき)自身、自分でどうにかできると豪語したものの、実際は自信がなかった。今やってる数学も教科書通りに写して書いているだけで、解き方や構造については理解できていなかった。

――助けてほしい。本心ではそう願ってはいるが、素直になれない自分がいる。

感嘆だが、中々その一歩を踏み出せない歯がゆさが五月(いつき)の心に影を落とす。

 

 

コンコン……

 

五月(いつき)?僕だけど、今大丈夫?」

 

「ッ!」

 

 

そんな心苦しい時、ノック音に続けて(まなぶ)の呼びかける声が聞こえてきた。

五月(いつき)は急いで涙を拭うと、呼びかけに応じる。

 

 

「………何でしょうか?」

 

「ああ……えっと……この前はごめん。君のことをわかったようなマネして……。上杉も酷いこと言ったけど、彼、反省してるんだ……。謝るチャンスをくれないかな?」

 

「……」

 

 

扉越しで頼み込む(まなぶ)。できるだけ当たり障りのない言葉を選んでいるのか、ぎこちない喋り方になっている。

――彼は何も悪くないのに。五月(いつき)は八つ当たりした後、すぐに謝ろうと思ったが、どうすればいいかわからずにいたのだ。謝るべきはむしろ自分なのに、相手から謝ってきていることに罪悪感を覚えた。

 

心の中では色々と思ってはいるが、現実では無言だ。

五月(いつき)から中々返事が返ってこないことに言葉が詰まる(まなぶ)だが、すぐに気を張ると、話し続ける。

 

 

「この前、君のお父さんと話したことなんだけど………実は僕と上杉は……今度のテストで赤点を回避させなかったら、この仕事を辞めさせるって話をしたんだ」

 

「ッ!?」

 

「本当にごめん……嘘をついて。もっと君のことを信じればよかった」

 

 

(まなぶ)の明かした事実に驚く五月(いつき)

通話が終わった後の妙に風太郎が焦っていたことに合点がいった。自分のクビがかかっている話が来るなら、誤魔化そうとするのは当然だった。

謝罪する(まなぶ)五月(いつき)は心痛めながら耳を傾けていると、(まなぶ)は言う。

 

 

五月(いつき)……僕が君たちに勉強を教えているのはもちろんお金のためだ。それは否定しない……」

 

「……」

 

「でも、それは決して君をお金稼ぎの道具として見ているからじゃない……助けたいだけなんだ。頑張ってるけど、中々思うようにいかないのを何とかしてあげたい。綺麗ごとかもしれないけど、本当にそう思ってるんだ……。君は決して足手纏いなんかじゃないよ……。だから、()()()()()()()()()()()()

 

「……ッ!」

 

 

会話に慣れていない(まなぶ)が精一杯出した言葉。ぎこちないが、その想いは五月(いつき)の心を突き動かすには充分であり、涙を流した。

しかし、それは先程の悲しみが籠ったものではなく、嬉しさと解放感から来るものだった。

気付いたときは五月(いつき)は扉の鍵を開け、ドアノブを捻って扉を開放した。

 

 

「……」

 

 

だが、勢いで出たはいいものの言葉が出ない。

謝るという気持ちはあるが、中々いい言葉が思いつかず、五月(いつき)は固まってしまった。

 

 

 

「えっと……五月(いつき)?ごめん、何か気に障った……?」

 

 

固まる彼女を見て、(まなぶ)は心配そうに尋ねる。彼が心配する理由が自分の涙であると気付いた五月(いつき)は涙を拭うと、ペコリと頭を下げる。

 

 

「すみません……。私こそ変な意地を張って……」

 

「いいよ。わからないところある?」

 

「……ッ!はい!」

 

 

申し訳なさが溢れた謝罪に対し、気にしていないと微笑みながら尋ねる(まなぶ)に目を丸くする五月(いつき)

文句の1つや2つはあるだろうに……。彼の心の広さに感動しながらも五月(いつき)ははっきりと答えた。

その後、わだかまりが解けたことで(まなぶ)は風太郎を呼び、五月(いつき)と謝罪する場を作った。

 

 

「悪かった」

 

「いえ、こちらこそ……」

 

 

気まずそうに謝る2人。言葉は短いながらも、お互いの心は充分に通じ合った。いつも通りになるのも時間が解決するだろう。

自分たちを阻む亀裂がなくなったことで、(まなぶ)五月(いつき)の部屋でマンツーマンで彼女に勉強を教えていた。仲直りしたとしても、いきなり風太郎と一緒の空間でやるには気まずいだろうと考えたからである。

 

 

「ああ。そこは代入しないと」

 

「あっ!そうでしたか、すみません」

 

 

(まなぶ)に間違っている箇所を指摘された五月(いつき)はノートに書かれている式を修正する。

謝る彼女だが、先程までの心苦しさはなく、伸び伸びとしており、表情も嬉しそうに微笑んでいた。

 

そして、あっという間に1時間半。家庭教師終了の時間となった。

(まなぶ)は荷物を片付けると、玄関で靴を履く。

 

 

天海(あまかい)。俺は泊まらせてもらうことにしたが………」

 

「いや、僕はいいよ。叔母さんを1人にしておけないから」

 

「そうか。悪いな」

 

 

玄関先で見送る風太郎に答える(まなぶ)。風太郎は一花(いちか)の提案で泊まり込みで勉強を教えることにしたが、(まなぶ)は断った。

理由としては叔母である(みこと)を1人にしておけないというのもあるが、スパイダーマンとして活動する際に支障が出ると考えたからである。もし、自分がスパイダーマンであるとバレたりでもしたら一巻の終わりだ。

本当は泊まりたかったがそれを考慮すると断念するしかなかった。

 

 

「じゃあ、また……」

 

「ああ」

 

 

見送る風太郎たちに(まなぶ)は軽く手を振ると、外へ出ていった。

 

 

「(天海(あまかい)君……)」

 

 

五月(いつき)は彼が去っていった扉をしばらく見つめていた。

1時間半という長くも短い時間は彼女にとって、今までの勉強の中で最高の時間だった。

この出来事で胸に灯った暖かさを彼女は永遠に忘れなかった……。

 

 

 




◆イースター・エッグ◆
①『Amazing』
 素晴らしい、驚くほどという意味。スパイダーマンでは頻繁に使われる言葉で、主役を務めるコミック名が『アメイジング・スパイダーマン』、2012~2014まであったアンドリュー・ガーフィールド主演の映画シリーズも『アメイジング・スパイダーマン』だった。

②「だから、君の部屋の前に立っている」
 サム・ライミ版「スパイダーマン2」(2004)にて、MJが自分の恋を諦めようとするピーターに向かって発した台詞を変えたもの。この励ましによってピーターはMJと一緒になる勇気をもらった。

スパイダーマンを増やす?

  • YES!(ヒロインなし)
  • YES!(オリジナルヒロイン)
  • YES!(五つ子の中からヒロイン)
  • NO
  • It's Morbin time
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