SPIDER-MAN Quintessential Quintuplets   作:まゆはちブラック

15 / 25
Ⅲ The Legend of conclusion
#14 迫る林間学校


T市3番地区。都市開発が進むT市の中でも、比較的古い建物が並ぶ静かな地区。

古い建物には歴史的建造物が多く、特に明治初期に造られた赤レンガ造りの建物は当時の技術や歴史を知れる数少ない史料として、『建造物保存協会』が強く保持することを進めている。都市開発のために解体しようとする市役所とは意見の食い違いで揉めているのは日常茶飯事である。

 

そんな歴史が多く遺る街の一角の裏にある八丈目のラボ。

ここも赤レンガの建物であり、元々はワイン貯蔵庫だったものを八丈目が”500万円”で買い取って、外装はそのままに、内装を科学実験用の研究所へ改築している。

口うるさく反対するであろう建造物保存協会も流石に世界的な大科学者である八丈目には口出し出来ず、住まうことを許した。

 

貴重な赤レンガのラボの中では、白衣を着た(まなぶ)が今日も八丈目の研究の手伝いへとやってきていた。

ラボのワイヤーやコードが八丈目の腰に装着されている銀色のコルセットに繋がれていた。

八丈目の背後に鎮座する幾重ものワイヤーやコードが触手のようにも見えることから、(まなぶ)には八丈目がSF映画のエイリアンか何かに見えた。

 

 

(まなぶ)。始めてくれ」

 

「はい」

 

 

八丈目のGOサインを受けた(まなぶ)は壁に設置してあるレバーを降ろす。

電源から流れる電流は、八丈目のコルセットから伸びるワイヤーやコードを経由し、彼の近くにある人の手の形をしたロボットアームへ流れる。

 

起動装置の電流を受けたロボットアームは上下に動かす八丈目の腕の動きに連動して動く。

原理としては、装着者の脳波を受けたロボットアームが装着者の意思に応じて動くというものである。そういった科学技術は今現在あるが、八丈目はそれ以上、装着者自らの手足のように動くようにするための研究を進めているのだ。

 

ロボットアームの感触が良好であると確認した八丈目は、ロボットアームをテーブルの方へ伸ばす。

黒テーブルに置いているボールペンを手に取ってペン先を出すと、敷かれてあったA4サイズの白紙にボールペンを動かす。

 

『あいうえお』から始まるひらがなを順に書いていく。

ロボットアームと聞いて文字がぎこちないとは思うのが大半だろうが、八丈目のものは別物で、ロボットアームとは思えない精密さと速さで書いている。しかも、八丈目の筆跡を忠実に再現している。

八丈目の技術力に(まなぶ)は目を見張らせている頃には、ロボットアームは既に『さ行』を書き終えていた。

 

そして、『た行』を書き始めようとしたときだった。

突然ロボットアームがペン先を紙の上に置いたまま、ピタリと停止してしまった。

八丈目は意識を集中させて手を動かすが、ロボットアームはビクともしない。2人が困惑している間もなく、ロボットアームはプシューと煙を出した。

それを目にした八丈目は肩を落とす。

 

 

「また失敗か……。アームが伝送する脳波の処理に耐えきれず、ショートしてしまったんだな」

 

「でも、この前よりかは動きが良かったですよ」

 

「ああ……だが、核融合はデリケートなものだ。より精密に、より高度な処理が要求される。下手すれば大事故になりかねないものだからな」

 

「博士ならきっと出来ますよ」

 

 

腰のコルセットを外しながら失意の思いを吐露する八丈目を(まなぶ)は励ます。

(まなぶ)が助手に来てからの研究は捗っており、掌を握ったり開いたりといった単純な動作しか出来なかった最初期の頃とは段違いに上がっている。

 

だが、この研究の最終目標は核融合反応から新しいクリーンエネルギーを作り出すことである。

そのためには人間の手足のように動くロボットアームが必要不可欠であり、遠所から触れて制御することが何より重要。

なので、より高性能なロボットアームを作ることが八丈目の目標であり、現段階のロボットアームでは満足出来ないのである。

 

 

「お二人さん。科学の話で盛り上がるのもいいけど、ちょっと休まない?」

 

美代(みよ)

 

 

(まなぶ)と八丈目が今後の課題点を洗い出していると、奥からにこやかに笑う40代くらいの女性がコーヒーが入ったマグカップを手に持って歩いてくる。八丈目の妻・美代(みよ)である。

ロングヘアーがよく似合う女性で、彼女もまた科学者であり、八丈目の助手も務めているのだ。

 

 

「はい。コーヒーでも飲んでリフレッシュして」

 

「すまない」

 

「ありがとうございます」

 

 

美代からマグカップを受け取った八丈目と(まなぶ)は中に入っているコーヒーを一口飲む。

喉を通るほろ苦い味が渇いていた喉を潤し、溜まっていた疲労も吹っ飛ばした。

八丈目は満足そうに息を吐くが、コーヒーの味に慣れていない(まなぶ)は渋い顔を浮かべる。

そんな彼の顔を見て、美代はあっと口を開く。

 

 

「あら!やだ、ごめんなさい……。砂糖入れれば良かったわね」

 

「いえ、大丈夫です。最近、ブラックコーヒーに挑戦しているんですけど、砂糖なしじゃきつくって……」

 

「なぁに、じきに慣れるさ。実験と同じで、根気強く繰り返しやっていけば確実に」

 

 

自信なさそうに顔を俯かせる(まなぶ)の頭を八丈目は優しくポンポンと叩く。

子を慰める父親―――父親がいない(まなぶ)にはあまり湧くことがない感情だが、不思議と心の中でそう思った。湧き上がる嬉しさに(まなぶ)の頬は自然と緩んだ。

 

 

「あら、もうこんな時間。天海(あまかい)君、そろそろ帰った方がいいんじゃない?」

 

 

そんな話をしていると、美代がある箇所を見上げながら帰宅を促す。

(まなぶ)は彼女の視線を追った先にある時計を見ると、時刻は19時40分を指していた。外もすっかり暗くなっており、高校生ならアルバイトをしている者以外はとっくに帰宅している時間帯だ。

あまり遅くなると、叔母の(みこと)が心配する。

 

 

「すみません、お先に失礼します」

 

「ああ、気をつけて。今週のギャラもちゃんと振り込んでおくよ」

 

「また来てね」

 

「はい、失礼します」

 

 

和やかな雰囲気で見送る八丈目と美代にお辞儀すると、(まなぶ)はラボを後にする。

 

ラボを出た(まなぶ)は隣接している駐車場兼駐輪場に足を運び、停めていた白いスクーターを柵から引っ張り出す。

スクーターに乗ってヘルメットを被り、エンジンをかけると、叔母の待つ自宅へと走らせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりなさい」

 

 

約20分後。

自宅に着いた(まなぶ)が玄関先から声をかけると、(みこと)が温かく出迎える。リビングから香ばしい匂いが漂っている。腹を空かせている(まなぶ)にとっては効果覿(てき)面で、ぐぅ…と空腹の音が鳴り、口内から甘い唾液が分泌される。

 

 

「丁度、夕飯出来たから。手を洗ったら一緒に食べましょう?今夜はハヤシライスよ」

 

「わかったよ」

 

 

(みこと)の言いつけを微笑んで了承した(まなぶ)は洗面所へ向かう。

手に洗剤をつけて擦りながら(まなぶ)(みこと)の愛情に感謝していた。

『丁度、夕飯が出来た』と言っていたが、それが嘘だということは長年暮らしている(まなぶ)にはわかっていた。20時くらいならとっくに作って1人で食べ終えている時間だが、(みこと)はあえてしなかったのだ。

 

甥を1人っきりで食べさせたくない……両親がいない彼をこれ以上孤独にさせたくないという親心が起こしたことだった。

なので、(まなぶ)が帰ってくるまで夕食を食べなかったのである。

 

 

「……今度、美味しいピザでも頼もうかな」

 

 

見えない叔母の愛情に胸が熱くなった(まなぶ)は、(みこと)へのお礼を考えながら、洗剤がついた手を洗い流した。

タオルで濡れた手を拭いた後、リビングで待つ(みこと)と夕食のハヤシライスに手をつけた。

香ばしいルーと具材の噛み応えと厚さに(まなぶ)は「相変わらず美味しい」と感嘆しながら、スプーンに掬ったハヤシライスを次から次へと口へ運ぶ。

 

 

「そういえば、明々後日から林間学校ね」

 

「あー……そうだった。すっかり忘れてた」

 

 

(まなぶ)がハヤシライスの美味しさに舌鼓を打っていると、(みこと)が思い出しかのように口を開いた。(みこと)の発言に(まなぶ)も思い出した。

そう、(まなぶ)が通う旭高校は今週の水曜日から金曜日にかけて、学校行事の1つである、2泊3日の林間学校に行くことになっているのだ。

 

アウトドアではない(まなぶ)はあまり乗り気ではなかったが、参加しないと、もれなく教師の監視のもと、5時間の自習があるので参加せざるを得なかった。

希望者のみでの参加とは言ってはいるが、どっちみち学校で自習するのは皆避けたいので、強制参加と何も変わらなかった。

 

 

「だったら、必要なもの準備をしないと……。物置にしまっているバック使えるかしら?」

 

「いいよ、準備くらい。僕、もう17歳だし」

 

「そう?でも、家にあるの古着ばかりだから嫌でしょ?服は新しく買うから、私に準備させてちょうだい……いい?」

 

「うん」

 

 

(みこと)の提案に了承する(まなぶ)。身なりなどあまり気にしない彼だが、旅行先でからかわれるのは正直嫌である。特に昂輝には。

着ていく服に関しては、自分よりファッションセンスがある(みこと)に任せることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の学校の放課後。エレクトロの襲撃があったにも関わらず、すぐに通常運営が出来るのは校舎が思ったよりも損傷が酷くないからである。

授業が終わったので(まなぶ)はそそくさと教材をリュックに詰めた。

 

 

「よお!天海(あまかい)!」

 

 

席を立ち、いつものように勉強会を行っている図書室へ行こうとしたとき、後ろからいじわるそうな声をかけられる。

振り向くと、そこにいたのは(まなぶ)のいじめっ子である(まこと) 昂輝だった。両隣には取り巻きが彼と同じようにニタニタといじわるそうな笑みを浮かべている。

 

――またからかいにきたのか。

表情からして昂輝が何をするのかは一目瞭然だった。

正直、今すぐ逃げたいが、後々執拗に絡まれるのも面倒なので、昂輝の話を聞くことにした。

 

 

「……昂輝。何の用?」

 

「2日目のパートナーは決まったのかよ?」

 

「?いや……まだだけど」

 

「そうかそうか」

 

 

何のことか思い当たる伏がない(まなぶ)がそう答えると、それを聞いて安心とクスクスと忍び笑いをする昂輝と取り巻き。

その反応に(まなぶ)は疑問で眉間にしわを寄せていると、ひとしきり笑った昂輝が言う。

 

 

「2日目のキャンプファイヤー……男女のペアでダンスするんだけどよォ、弱虫天海(あまかい)にいるわけないよな!ハハハーーーッ!!」

 

「(2日目のダンス?そういや、そんなのあったな)」

 

 

ゲラゲラと馬鹿にしながら笑う昂輝の話にまたもや忘れていた(まなぶ)は思い出した。

いつも皆にハブられて惨めな思いばかりしている学校行事には関心がなかった。1年生の体育大会でリレーでビリになったときの周りの視線など思い出したくもない。

思い出した(まなぶ)だったが、昂輝の態度に腹が立ってムッとしかめると、彼に訊き返す。

 

 

「そういうお前こそ、誘う相手いるのか?」

 

「ああ、もう誘う相手は決めてある……」

 

 

自信満々の表情で返す昂輝に驚く(まなぶ)

ガキ大将の昂輝のことだから誘う相手は皆、先約がいるだろうと思っていたからだ。

予想外の返答に驚きつつも相手が気になる(まなぶ)は昂輝の口から出る名前を待った。

 

そして、数秒後、飛び出たのは――

 

 

「驚くなよ?中野 一花(いちか)さんだ!」

 

「……え?ああ………(五月(いつき)じゃなくて良かった……)」

 

 

と、馴染みがある人物の名前だった。

少し期待していたが、拍子抜けた(まなぶ)は、誘われたのが五月(いつき)じゃない安心感も含めて、から返事で返す。

そんな(まなぶ)の反応をよそに、昂輝は興奮気味に話す。

 

 

「これから誘いに行くところなんだ!ちょー美人だから緊張するけど、きっとOK貰えるぜ!なんせ、俺様だからなッ!!」

 

「ああ、そう。頑張ってね……」

 

 

――まだOK貰ったわけじゃないけど。既に勝ち誇ったように話す昂輝に対して、口からそんな台詞が飛び出そうになるが堪え、苦笑しながら一応応援を送ることにした。

 

 

「んじゃ!行ってくるぜーーッ!!ガハハハーーーーッ!!!」

 

 

(まなぶ)に勝ったと思ったのか、上機嫌になった昂輝は馬鹿そうな笑い声をあげながら、取り巻きと一緒に一花(いちか)のいるクラスへと走っていった。

絶対にOK貰えないだろうな、と心中に思いながら、(まなぶ)が教室を出ると、親友の涼介が廊下の壁によっかかって待っていた。

壁から背を離した涼介は(まなぶ)と一緒に図書室の方へ歩きながら話す。

 

 

「話聞いたぞ。まだペアを見つけてないんだって?」

 

「そうだけど……どうしてそんなに必死なの?」

 

「どうしてってそりゃあ、アレだろ。林間学校のキャンプファイヤーのダンスで一緒に踊った男女は”生涯結ばれる”って伝説があるからだ。恋に飢えている奴は、みんなやろうやろうって必死になってる」

 

 

高みの見物の如く語る涼介の話に(まなぶ)は興味が湧いた。

生涯想い人と結ばれる―――単なるおとぎ話にしか過ぎないであろう。現に涼介は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに笑い飛ばしていた。

 

だが、人は誰でも信憑性がなくても安心感から信じたいと思ってしまう生物だ。

占いや正月元旦のおみくじがいい例で、今日のラッキーアイテムとか運性に書かれている通りの行動をしても、必ず良いことが起こるとは限らない。

けれど、人は嘘か真か関係なく、行動は起こしたがる。科学が発展した現在でも占いやおみくじがあるのはそれが証拠である。

それに、もし伝説通りに憧れの五月(いつき)と恋仲になれれば……。考えるだけで妄想が膨らむ。

 

 

「涼介。そっちの相手は決まった?」

 

「ああ、一花(いちか)さんだ。誘ってくる奴が多くて困ってるからペアになってくれって言われてさ……。伝説には興味はないが、一応学校行事だ。貴重な学生生活だし、思い出は作っておきたいからな」

 

「へ~」

 

 

涼介の話に(まなぶ)は相槌を打つ。

一花(いちか)は学校中の男子から人気が高く、他のクラスの男子から話しかけられたり、告白されている風景をよく目にする。

彼女自身も表には出さないが困っており、ナンパよけのために異性の友人の中でも親しい涼介とペアを組んだのだろうと容易に想像できた。

 

しかし、ここで決定的にわかったことがある。

それは、昂輝が一花(いちか)とペアを組むことはないということだ。

あれだけ張り切っていたのに相手には既にペアがいると知ったらどう思うだろう……。(まなぶ)は空振りする昂輝を心で哀れむ半分、ざまあみろと嘲笑った。

 

 

「憧れの五月(いつき)さんは誘わないのか?」

 

「よせよ。まだ考え中……」

 

 

涼介の問いに苦笑して濁す(まなぶ)。ニタニタとした笑みを浮かべていることから、からかいモードに入っていることはすぐわかった。

ここで「誘うつもりだ」と答えても、からかわれて恥をかくだけなので、適当に答えたわけだ。

 

 

「ふ~ん、そうか……」

 

 

だが、(まなぶ)の予想とは裏腹に、涼介は顎に手を当てて頷いていた。

普通に興味本意で聞いただけであり、ニタニタとしていた顔も素の表情へと変わっていた。

ちゃんと答えるべきだったのかと(まなぶ)が思っていると、いつの間にか図書室の前へとついていた。

勉強会に参加しない涼介とはここでお別れとなる。

 

 

「じゃ、また明日な」

 

「ああ。また明日」

 

 

涼介と(まなぶ)が別れの挨拶を互いに交わし、各々が行くべき場所へと足を運ぼうとしたときだった。

あっと声をあげた涼介は振り向き――

 

 

(まなぶ)。あの()もそうとう可愛いし、早めに動かなきゃ誰かにとられてしまうぞ?ガッツだよ、ガッツ」

 

 

と、ウィンクしながら励ましの言葉を送ると、涼介は立ち去っていった。

確かに五月(いつき)は容姿はもちろんのこと、背伸びしているけど空回りするところも魅力であり、(まなぶ)はこれまで何度も胸をときめかせた。

だが、それは同時に五月(いつき)に夢中になっているのは自分だけじゃないかもしれないということだ。周りには多くの人間が見ており、彼女の内面の可愛さに気付いた人も多いだろう。

 

 

「ガッツか……」

 

 

――うかうかしてられない……。

親友の唐突な声援に困惑していた(まなぶ)だが、『考えるより行動を起こせ』という親友の真意に応えるべく、腹に力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図書室に入った(まなぶ)は本棚の陰に隠れながら周囲を見渡す。

静かな時が流れる図書室では立ち読みしている者、本など興味がなく、雑談を交わす者、参考書を開いて勉強をしている者。はたまた、机に突っ伏して居眠りしている者までいる。

 

そんな多種多様な考えを持つ利用者がいる中、奥の机の一角で何やら盛り上がっている集団があった

風太郎と五つ子たちだ。一花(いちか)三玖(みく)四葉(よつば)が風太郎を囲って話している姿が見えた。

五つ子とは言っても次女の二乃(にの)の姿が見当たらない。勉強を拒む彼女の性格から図書室にいないことはわかっていた。

 

 

「(……いた!)」

 

 

そこから少し離れた机で黙々と勉強をする五月(いつき)を見つけた。

解き方がわからないのか、ペンの動きは止まっており、眼鏡越しから問題集をジーっと睨めっこしていた。

お目当ての人物を見つけたことで、ダンスのペアに誘うべく、さっそく(まなぶ)は行動に移すことにした。

 

 

「やあ」

 

天海(あまかい)君」

 

 

(まなぶ)がいつものように微笑んで声をかけると、気付いた五月(いつき)はかけていた眼鏡を机上に置く。

彼女の美しい青い双眸に胸が高鳴るが、平静を装うと、話を続ける。

 

 

「……勉強、どう?」

 

「はい。お恥ずかしいですが、まだわからないところが多くて……」

 

「そうか。どうしてもわからないところがあったら教えてね?上杉と僕が出来る限りのフォローはするから」

 

「はい!」

 

 

(まなぶ)の言葉に微笑み返す五月(いつき)

中間試験前のいざこざがあって以来、彼女は以前よりも素直になった。

確執がなくなった風太郎にも積極的に教えてもらうようになり、(まなぶ)にも前以上に頼るようになった。

風太郎との間はまだ少し障壁があるようだが、変わろうと成長の兆しを見せている。そんな五月(いつき)(まなぶ)は応援している。

 

そんな他愛のない話を挟んで順調な滑り出しを実感した(まなぶ)はさっそく本題に切り込む。

 

 

「ところでさ、今週の水曜の林間学校でキャンプファイヤーのダンスがあるって知ってる?」

 

「え?はい。男女でペアを組むんですよね?」

 

「うん、そうだよ……。あの、良かったら……もし、良かったらなんだけど……そのーーえーーと……そう……」

 

「??」

 

 

(まなぶ)は何とか誘おうとするが、緊張のあまり言葉が詰まってしまい、続きの言葉が言えない。

胸に熱いものが込みあがり、(まなぶ)の思考を狂わせているのだ。

あまりに先に進まないので、待っている五月(いつき)も首を傾げている。

これ以上待たせてはいけないと勇気を振り絞った(まなぶ)は精一杯の言葉を紡ぐ。

 

 

「僕と一緒に踊――「あ!天海(あまかい)さん!来てたんですね!」――ッ!?」

 

 

(まなぶ)がお誘いの言葉をかけようとした瞬間、(まなぶ)がいることに気付いた四葉(よつば)が遮るようにやってくる。

彼女の無邪気な声に反応して、一花(いちか)三玖(みく)、風太郎が振り向く。

 

 

「やっほーマナブ君。お取込み中だったかな?」

 

「遅い……」

 

「やっと来たか。肝試しの実行委員のことも含めて勉強するぞ」

 

「わ、わかった……」

 

 

口々に言われた(まなぶ)は慌てながら返事をすると、彼らのもとへ行くために席を立つ。

とても五月(いつき)を誘える空気ではなかったので、ダンスの件は後回しにすることにした。

 

 

五月(いつき)。また今度ね」

 

「は、はい……」

 

 

(まなぶ)がそう告げると、ダンスの件など露知らずの五月(いつき)は困惑しながらも頷いた。

有耶無耶になってしまったが、次こそはちゃんと誘おうと決心した(まなぶ)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丁度、その頃。

オズコープの本社の敷地の一角にある研究部門の研究所では、市の研究委員会が視察に来ていた。

目的は新型の身体増強薬《ゴブリン・フォーミュラ》の開発過程の調査である。

 

 

「――このグライダーは推進力だけでなく、閉所での機密性、搭乗者の安定性もクリアしております!」

 

 

役員会議で遅れている研究責任者の難一(なんいち)が来るまで、共同研究者である古流(こりゅう)博士は研究委員会にグライダーのテスト飛行をプレゼンテーションしていた。

緑色のサイバーチックなスーツに身を包んだテスト飛行者がコウモリのような形をしたグライダーで研究所内を縦横無尽に飛び回る。

 

これだけでも充分凄い技術なのだが、研究委員会の面々は興味がなさそうに見ていた。

目的はあくまで身体増強薬であり、グライダーのテスト飛行を見にきたわけではないからである。

それでも古流は何とか時間稼ぎしようと、あの手この手で説明を続けていた。

 

 

「遅れて申し訳ございません。ようこそ、我がオズコープへ!」

 

 

そして、数分後。白衣を纏った難一(なんいち)が遅れてやってくる。

微笑んで歓迎する難一(なんいち)の姿を見た古流は、開放感からほっと胸を撫で下ろす。

階段を駆け下りた難一(なんいち)は研究委員会の面々と握手を交わすと、さっそく身体増強薬についての報告に入る。

 

 

「緑川社長。身体増強薬……えぇ……《ゴブリン・フォーミュラ》と言ったかね。進捗状況はどうかね?」

 

「ええ、順調です。衰弱した実験用のマウスに投与したところ、みるみる回復するだけでなく、身体能力も元の8倍になりました」

 

「……これが実現すれば、喘息など生まれつき体に何かしらの持病を抱える患者を救うことが出来ます!」

 

「ほぉう?素晴らしい」

 

 

難一(なんいち)と古流の報告に、研究委員会の視察団のリーダーの白髭が良く似合うふくよかな男は満足そうに頷く。

難一(なんいち)と古流が作っている身体増強薬《ゴブリン・フォーミュラ》は体が生まれつき弱い人を健康体へ改良することをコンセプトに研究を進めている薬だ。難一(なんいち)は優れた知能をフルに使い、今まで多くの人助けに貢献してきた。

今回も同じで、喘息や先天性の皮膚疾患で苦しんでいる多くの人たちを救うために、身体増強薬を作ったのである。

 

 

「それで、副作用は?」

 

 

満足そうに頷いていた研究委員会のトップだが、一変して神妙な表情で尋ねる。

薬には必ずつきものである副作用……薬の効能が強力であればあるほど強くなる影のようなものだ。

 

 

「一例ありますが、問題ありません……」

 

「いえ、その……」

 

「何だね?どんな副作用なんだね?」

 

 

難一(なんいち)は笑って誤魔化そうとするが、古流が挙手して待ったをかける。

難一(なんいち)とは真逆の反応に気になったトップは報告するように促す。

古流はおどおどしながらも禿げ上がった頭をかいて、口を動かす。

 

 

「マウスが狂暴になり、錯乱状態に……。他に飼育していたマウスを共食いするほどに………」

 

 

そう話す古流の顔は青ざめていた。まるでこれから殺処分される野犬のように恐怖で震え上がっており、眼鏡の奥に見える双眸もガタガタと震えていた。

その様子から、よほど恐ろしい光景を目の当たりにしたことは誰が見てもわかった。

 

一方、難一(なんいち)はというと、思わないことを口にしてしまった古流に対して憤っていた。

視察なので出来る限り良い面だけを見せて帰らせたい……それが大企業の人間であればあるほどだ。

難一(なんいち)は古流に「余計なことを言うな」と目で諫めると、研究委員会のトップに向き直る。

 

 

「失敗は”一例だけ”です。他は全て成功しております。古流博士以外の全ての研究員は、人体への投薬テストの段階だと考えております……」

 

「古流博士。あなたの見解は?」

 

 

報告を聞いた研究委員会のトップは古流に尋ねる。

難一(なんいち)はGOサインを出して欲しいと願うが――

 

 

「”一から見直すべき”かと」

 

 

期待とは真逆の答えが古流の口から出た。

申し訳なさそうに難一(なんいち)を見る古流だが、彼にも安全第一という考えがあってこその判断である。まだ安全性が保障されていないものを試すのは、あまりにも危険すぎる。

 

 

「……一から見直す?」

 

 

戸惑う難一(なんいち)が古流を見つめながらそう呟く中、深いため息を吐いた研究委員会のトップはある決断を下す。

 

 

「期限は一週間だ……それまでに成果を出せなければ、この計画ごと資金援助も打ち切る」

 

「ッ!?そんな……!」

 

「緑川社長。オズコープが経営難に陥っていることはわかっている。だが、安全性の方が優先だ。地雷は避けて通らないといけない……わかってくれ」

 

 

悲観する難一(なんいち)にそう告げると、研究委員会のトップは他のメンバーを連れて立ち去っていく。

オズコープは大企業ではあるが、ここ数年は経営に苦しんでおり、これまで突き放していた海外のライバル企業に差を埋められつつあった。

身体増強薬はまさに社運をかけた一大プロジェクトなのである。

 

しかし、その希望も断たれようとしている。

資金援助が無ければ、身体増強薬なぞ完成できやしない。

 

 

「(どうすればいいんだ……?)」

 

 

突きつけられた残酷な現実……。

呆然と佇む難一(なんいち)はただ、頭を悩ませるしかなかった。

 

 

 




◆イースター・エッグ◆
①スクーター
 サム・ライミ版「スパイダーマンシリーズ」の第2作品目と第3作品目では、ピーターはスクーターに乗っており、ピザの宅配やデートの移動手段として使っている。
 アメコミ原作でもバイクに乗っている。

スパイダーマンを増やす?

  • YES!(ヒロインなし)
  • YES!(オリジナルヒロイン)
  • YES!(五つ子の中からヒロイン)
  • NO
  • It's Morbin time
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。