SPIDER-MAN Quintessential Quintuplets   作:まゆはちブラック

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#15 風太郎、空を飛ぶ

平日のある夜。

自宅の2階の自室の勉強机にて(まなぶ)は1人、工具キットで何かを作っていた。

学校や家庭教師が終わって就寝するまでの合間を縫って製作しており、その期間は一週間だ。

発明品は叔母の(みこと)にも内緒しており、まさに”秘密の発明”と呼ぶのが相応しい代物だった。

 

 

「……よし、出来た。超小型蜘蛛型発信機―――『スパイダートレーサー』の完成だ!」

 

 

数時間に渡る作業を止め、完成した小型発信機へ爛々とした目を向ける。

(まなぶ)の親指と人差し指でつままれているのは、小さな赤い蜘蛛のような形をした発信機だった。

 

(まなぶ)がこれを作ろうとした経緯はこれまで戦ってきた2体のスーパーヴィランから経た”後悔”である。

リザード、エレクトロ……スパイダーマンである(まなぶ)が勝利した強敵だが、いずれも初戦で逃げられており、再発見するのは事件が起きた後ばかりだった。

死傷者が出ていないリザードはともかく、エレクトロの場合は自分が見逃し、行方も掴めないせいで大勢の死者を出してしまった。

報われない被害者に対しての後悔もあって、(まなぶ)は今後もそういったことがないよう、スパイダートレーサーを開発したのである。

 

望みの物を作り終えて達成感が湧いた(まなぶ)はスパイダートレーサーを勉強机の上に置くと、後ろ向きでベッドへ飛び込んだ。

ふわふわとしたかけ布団の柔らかさが肌に伝わってくる……。その心地よさに酔いしれながら、天井を見上げた。

 

 

「(明日は林間学校か)」

 

 

(まなぶ)は明日から始まる林間学校について考えていた。

2泊3日で行われる学校行事で、スキーや森の肝試しといったアウトドアならではの体験が出来る。

 

そして、何といっても2日目――実質最終日に行われるキャンプファイヤーが一番の目玉だ。

『キャンプファイヤーをバックにダンスを踊った男女は生涯添い遂げる愛情で結ばれる』という伝説があるくらいで、旭高校の2年生はいつになく躍起になっている。

普段、学校行事に関心がない(まなぶ)もその伝説が気になり、林間学校が楽しみで仕方がなかった。

 

 

「よし、練習しよう」

 

 

――愛しの五月(いつき)と踊る。

前回、チャンスはあったものの台詞が浮かばず、結局誘いそびれてしまった。その反省を活かして、(まなぶ)は次こそ誘うべく、ベッドから身を起こすと、何もない虚空に五月(いつき)の姿を思い浮かべる。

スパイダートレーサーの開発の傍ら、誘う台詞を書き留めたA4サイズの紙を舞台の台本のように持つと、スゥっと息を吸って、妄想の五月(いつき)に向かって話しかける。

 

 

「やあ、五月(いつき)、元気?僕は元気さ。この前、話そうとしたことを言うよ……。2日目にキャンプファイヤーがあるだろ?そこのダンスのペアになってほしいんだ。嫌ならいいんだ……でも、僕は君だけしか誘うつもりはない。深い意味はないよ?ただ、誰よりも真っ直ぐで優しい君と踊りたいんだ。変に言っちゃったけど、それが僕の気持ち……」

 

 

メモ通りにスラスラと喋れた(まなぶ)は気分が乗る。

丁度そのとき、折りたたんだ洋服を抱えた(みこと)がノックして部屋の扉を開けた。

乗りに乗って、叔母の存在に気付かない(まなぶ)は「だから」と付け加え――

 

 

(まなぶ)。新しいお洋服買ってきた――」

 

「僕と踊って下さい―――!?」

 

「あら……」

 

 

と、勢いに乗るまま妄想の五月(いつき)に頭を下げた。

言い切った(まなぶ)だったが、自分以外の視線に気付いて冷や汗を流すと、潤滑油が刺さっていない機械の如く、顔を横へ向ける。視線の先には口をあんぐりと開けて佇む(みこと)の姿が。

(まなぶ)からすればキチンとした練習なのだが、傍から見れば、空気に向かって喋る怪しい光景ままならない……。

 

 

「~~~!!」

 

 

一部始終を見られたと把握した(まなぶ)は湯気が出るやかんの如く顔を真っ赤にさせる。

――恥ずかしい!ただ、ひたすらに恥ずかしい!

赤の他人ならまだしも、よりにもよって叔母に見られてしまうとは……。込み上げる恥ずかしさで硬直している(まなぶ)は穴があったら入りたい気持ちだった。

 

 

「ごめんね。盗み聞きする気はなかったのだけど……」

 

「……あ、ああ。何でもないよ。それ、新しい服?ありがとう」

 

「ええ……」

 

 

申し訳なさそうに苦笑する(みこと)に固い表情で新しい服を受け取る(まなぶ)

変に気を遣われたら、かえって恥ずかしくなる。それを避けるために話を逸らしたが、何ともいえない空気は未だ漂っていた……。

数秒――正確にいえば5秒32の静寂が訪れるが、このままではいけないと、(みこと)がいの一番に口を開く。

 

 

(まなぶ)。今のって……」

 

「え、ああーー……林間学校のキャンプファイヤーで一緒に踊る女の子を誘うための練習。思い出作りのためだけど、参加するには男女じゃないといけないから大変だよ」

 

「相手は見つかったの?」

 

「うん、一応はね……。まあ、一緒に踊ってくれるかはわかんないけど」

 

 

仲が良くても五月(いつき)は女の子……抵抗があって断られるかもしれない。

不安そうに話す(まなぶ)を見た(みこと)は彼の手を取ると、安心させるようにもう片方の手で包み込む。

 

 

(まなぶ)……自分を信じて、やれるだけやってごらんなさい。大切なのは相手に気持ちを伝えること。例え、駄目だったとしても、行ったことは無駄にはならないから……」

 

「……ありがとう。頑張ってみる」

 

 

(みこと)の励ましを受けた(まなぶ)は微笑む。

出来ないと決めつけるのではなく、反省するならやった後にしろ……ようは『当たって砕けろ』ということだ。

ダンスに誘うというほんの些細なことだが、真剣に相談を聞いてくれる叔母の温かさに(まなぶ)は胸がじわりと熱くなるのを感じた。

 

甥が抱えていた不安が消えたのを確認した(みこと)は柔らかい表情で微笑み返した。

 

 

 

 

 

その頃、1番地区にある通りの建物。

長年シャッターで閉じられている寂れた路面店の壁面には『うえすぎ』と書かれた袖看板が設置されている。

ここは風太郎とその一家が住まう家であり、通りに面した階段から上がった先にある2LDKほどの部屋が一家の生活スペースである。

 

その生活スペースでは、畳張りの床に敷いた布団で寝込むらいはの傍に座る風太郎があった。

実は今日、らいはは風邪をひいてしまったのだ。熱もあり、赤くなった顔からは大粒の汗が流れている。

父親は仕事でいないので、風太郎が看病しているのだ。

 

 

「ごめんね……熱があるっぽい」

 

「無理すんな。お前は風邪をひきやすいんだ。ほら、薬」

 

「ん……」

 

 

辛そうに喋るらいはに風太郎はそう答えると、処方された風邪薬と飲料水を飲ませる。

飲料水で薬を流すと、ゴクリと喉を鳴らし、薬を飲み込んだ。口内が潤ったおかげか、らいはの気分もいくらか楽になった。

 

 

「……ありがと」

 

「親父は仕事で明日まで帰れないそうだ……今夜は俺が面倒みるから、欲しいものがあったらいってくれ」

 

「うん……じゃー宿題やって?」

 

「おい。それはお前がやれ」

 

 

半目でツッコむ風太郎にらいはは「冗談だよ」と笑って返す。

風太郎としてはいつも家事をやってくれているらいはの看病することは彼女への恩返しでもあるので、やれるだけのことはやりたい気持ちだった。

もちろん、小学校の宿題など秀才な風太郎にとっては朝飯前でやってあげたいが、らいはの学力のためにならない。そもそも筆跡でバレてしまう。

要求の限度は常識レベルで敷いているのだ。

 

 

「お兄ちゃんも明日から林間学校だよね」

 

「ッ」

 

 

らいはの額や首に流れる汗をタオルで拭きとっている最中、彼女の口から出た言葉に風太郎は耳を留める。

明日から林間学校が始まるが、行われる期間は2泊3日。家を離れているその期間、病床のらいはは必然的に1人っきりになってしまう。

父親がいるものの、仕事もあるので家を空ける時間が多い……今日のように夜勤で帰れないときもある。

風太郎は12歳の妹を1人っきりにして、ろくな看病もせずに林間学校へ行ってもいいのだろうかと悩んだ。

 

 

「帰ったら楽しいお話いっぱい聞かせてね。私は1人で大丈夫だから……」

 

「……」

 

 

そんな兄の悩みを見透かしてか、らいははにっこりと微笑みながら言う。

熱で辛いであろうに気を遣った笑顔を見た風太郎は胸に込み上げるものを感じると、口元を緩め――

 

 

「わかったから……ゆっくり寝ろ」

 

 

と、優しく声をかけながら、気持ちよさそうに寝るらいはの頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(楽しみだな~~)」

 

 

そして、訪れた林間学校当日。

集合場所のショッピングモールのものと同等な広さを持つ駐車場では、まだ日が出て間もない時間帯にも関わらず、旭高校2学年の生徒が集まっていた。

自分のクラスが並ぶ列に座った(まなぶ)はまだかまだかと待ちかねていた。

 

こうして、教師陣からの諸注意が終わった後、各クラスは停車している5台のバスに乗り込み始める。

いつもよりひと回り大きいリュックを背負った(まなぶ)もバスに乗り込む列に従って歩いていた。

 

 

天海(あまかい)君、ちょっといい?」

 

「……はい?」

 

 

バスに乗り込もうとしたとき、女性教師に呼び止められる。

(まなぶ)の記憶が正しいのなら、彼女は肝試し担当の教師である。その隣には五月(いつき)の姿もあった。

何だろうと頭の上に疑問符を浮かべた(まなぶ)はバスから離れ、女性教師のもとへ駆け寄る。

 

 

「……どうしたんですか?」

 

「肝試し実行委員の上杉君が来られなくなっちゃったの!」

 

「え?」

 

「そこで悪いんだけど、中野さんと2人でやってくれない?」

 

 

女性教師の口から語られるトラブルに(まなぶ)は驚く。

(まなぶ)は一昨日の図書室でした風太郎と肝試しの打ち合わせを思い出す。

めんどくさいとぼやきながらも真剣に取り組んでおり、自分と同様、林間学校が楽しみで仕方がない様子だったのは記憶に新しい。体調を崩しても参加する気迫であった。

五月(いつき)は空いた椅子の代理なのだろう。

 

 

「僕はいいですけど……」

 

「うん!よろしくね!」

 

 

戸惑う(まなぶ)の返事を了承と受け取った女性教師は笑顔と共に返すと、バスの方へ歩いていく。

残された(まなぶ)五月(いつき)は困惑した顔を見合わせる。

 

 

「どうしたんだろう?」

 

「わかりません……電話も出ないですし………。ですが、暗い場所に長時間いるのは嫌ですから、迎えに行ってきます!」

 

「……ちょっと待って!」

 

 

そう言い切って離れようとする五月(いつき)(まなぶ)は待ったをかける。

呼び止められた五月(いつき)が疑問を向けられる中、自信に満ちた声で理由を話す。

 

 

「上杉のことは僕に任せてよ。スパイダーマンに連れてきてもらうよう頼んでみるよ」

 

「え……?ですが………」

 

「平気。彼は地理に詳しいし、渋滞のない空ならすぐ着くよ。僕も後から行くから」

 

 

納得がいかない五月(いつき)(まなぶ)は上手いこと言いくるめる。

五月(いつき)をそのまま迎えに行かせてもいいが、そのために彼女を遅刻させるのは気が引ける……。

なので、ここは良いところみせようと自ら提案したのである。

 

五月(いつき)はしばしの沈黙の後、導いた決断を言う。

 

 

「……わかりました。上杉君のことはあなたにお任せします」

 

「ありがとう。じゃあ、また後で……」

 

 

五月(いつき)の了承を得た(まなぶ)はにこっと微笑むと、手を振って別れる。

五月(いつき)から離れた(まなぶ)は周囲を見渡して人の目がないことを確認すると、こっそりと1号車のバスの後部に近寄る。

 

 

「(さっそく、スパイダートレーサーの実地テストといくか)」

 

 

(まなぶ)はズボンのポケットから取り出したスパイダートレーサーをバスの表面にくっつける。

スマートフォンで自作したアプリを立ち上げると、スパイダートレーサーの反応は現在位置を正確に指し示していた。

機器に異常なしと見た(まなぶ)は自慢げに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、同じく朝を迎えた上杉家では、寝静まるらいはの傍で座り込む風太郎の姿があった。

風太郎は昨晩でのやりとりの後、らいはの看病をするために家に残ることにしたのだ。

これもらいはを1人にさせないためにしたことであり、不器用ながらも精一杯出来る風太郎の愛情から出た選択であった。

 

 

「(よく寝てんな……)」

 

 

風太郎はすやすやと穏やかな寝息を立てるらいはの寝顔を見て、微笑む。

風邪薬と汗をびっしょりかいたおかげか熱が冷めており、赤かった顔も健康的な色へと戻っていた。

自分の看病が報われたような気がして、喜びに満ち溢れる。

 

 

「らいは!生きてるか!?」

 

 

そんな中、2人の狭い部屋に金髪の若そうな男が切羽詰まった顔でドタドタと足音を立てながら入ってくる。

風太郎とらいはの父――上杉 勇成(いさなり)だ。

風太郎とそんなに年齢が変わらないように見えるが、れっきとした彼らの実の父親である。

 

激しい物音から、父親の存在に気付いた風太郎は振り向くと、「しー」と口の前に人差し指を縦一直線に立てる。

 

 

「親父。寝ている子を起こすなよ」

 

「看病してくれたのか……って!もう林間学校のバス出てんじゃないのか!?」

 

「そうだっけ?どうでも良すぎて忘れてたぜ……。しかし、これで3日間、思う存分勉強できるぜ………」

 

 

せいせいしたと言わんばかりの口調で愚痴りながら、いつものように教材を入れたリュックを背負って玄関の方へ歩いていく。

しかし、言葉とは裏腹に、風太郎の足取りは重たかった。

横切る息子の嘘を見透かしていた勇成はふとゴミ箱の方へ視線を送ると、乱雑に捨てられてある紙製の冊子が入っていることに気付いた。

 

 

「……」

 

 

その冊子を拾いあげると、それは林間学校のしおりだった。

風太郎が自らの手でやったのかしわくちゃになっているものの、各ページに付箋がこれでもかと貼り付けらていた。

ページを開くと、蛍光ペンで重要そうな箇所にアンダーバーを引いており、書き込みも多かった……これを見てなお、どうでも良いとは思える人はそうそういないだろう。

 

 

「風太郎、忘れ物だぞ」

 

「……ッ」

 

 

深く考える前に行動に出た勇成は風太郎を呼び止めると、振り向いた瞬間にしおりを差し出す。

それを目にした風太郎が声を漏らすな否や、勇成は続け様に神妙な表情で話す。

 

 

「早く帰れなくて悪かったな……。母さんが亡くなってから、お前やらいはには我慢ばかりさせちまった……不甲斐ない親父でごめんな」

 

「……」

 

「家のことは俺に任せて、たまにはうんと羽を伸ばしてこい……。それに、一生に一度のイベントだ。今から行っても遅くはないんじゃないか?」

 

 

勇成の謝罪を含めた説得に風太郎の心は揺らいだ。林間学校に『行く』と『行かない』の選択肢に。

行くことを一度は諦めたが、勇成の言うように一生に一度しか体験できない……たまにはわがままするのも悪くはないかもしれない。

風太郎の本心は林間学校に行きたいのだが……

 

 

「………バスも無いし、別に大丈夫だ」

 

 

悩んだ末に口に出した選択は本心とは真逆のものだった。

確かに羽を伸ばす名目で行ってもいいのだが、病床の妹を1人っきりにするのはやはり出来なかった。

風太郎は顔を俯かせ、『行きたい』という本心を押し殺した。

何とも言えない空気が流れていると――

 

 

「――あー!!お腹空いた!」

 

「「……!?」」

 

 

いつの間に起きたのか……見かねたらいはが腹に手を当てながら、声をあげる。

驚いた2人は冷や汗を流しながら振り向く。

 

 

「え……らいは……?熱は……?」

 

「治った!」

 

 

訝しげに尋ねる風太郎にらいははこの通りと言わんばかり、元気いっぱいに腕を上げる。

風太郎の看病もあって、すっかり元通りになったようである。

 

 

「なんで、お兄ちゃんまだいるの?ほら、早く行った行った!」

 

「お前!俺の気遣いを返せ!!」

 

「ありがとっ!私はもう大丈夫だから、林間学校行ってきて」

 

「いや、しかしなぁ……」

 

 

渋る風太郎を笑顔で後押しするらいは。

らいはとしては体調が良くなったのでもう構わず行ってほしいが、風太郎は行きたくともバスが既に出発しているので、どうしようもなかった。

 

 

コンコン……

 

『?』

 

 

行く行かないで事態が膠着していると、窓から軽くノック音が聞こえ、奇妙に思った上杉一家は固まる。

ここから地上は8mあり、まず人が気軽に訪れるような高さではなく、梯子でも使わなければ到底届かない。

しかし、ノック音が聞こえた。音から明らかに人によるものだった。

怪奇現象に見舞われたように肝が冷えた3人を代表して、勇成が恐る恐る窓に近付いて開くと、そこには……

 

 

「おはようございます」

 

「!?あんたは……!」

 

 

T市話題の人物――スパイダーマンが爽やかな挨拶をしてきた。

ウェブを駆使して、蜘蛛のように逆さまの状態でぶら下がっていた。

思いがけない来訪者に勇成は目を丸くするが、安心すると、すぐにニカッと笑みを浮かべる。

 

 

「驚いたな……マジモンだ。まさか俺ん家に来るなんて………」

 

「お騒がせしてすみません」

 

「いやぁ、いいんだ。人生にはほんの少し刺激があった方が楽しいって言うしな。ビューグルはあんたのことを悪く言ってるが、俺は応援してるぜ!」

 

「ははっ、どうも」

 

 

尊敬の目を向ける勇成にスパイダーマンはマスクの下で軽く笑うと、短く感謝を告げる。

自分を非難する人は数多くいるが、それと同時に応援してくれている人もいる。ほんの少しの喜びだが、スパイダーマンの心の支えになっている。

勇成とは初対面だが、こんな身近に応援してくれる人がいるだけで嬉しいものだ。

 

このまま話していたいが、時間がない。

気持ちを切り替えると、本題に切り込んだ。

 

 

「林間学校のバスがもう出てしまったので、僕がお送りしたいのですが……息子さんお借りしてもいいですか?」

 

「ああ、いいぜ」

 

「え!?」

 

 

スパイダーマンの頼みをあっさり承諾する勇成に驚く風太郎。

初対面のはずなのに疑いもせずに息子を任せるとは思いもしなかったからだ。

 

 

「そんなあっさりで良いのかよ?」

 

「おう!俺ァ、何千何百もの人間を見てきたが、こいつは信用できる。ここに熱く誠実なハートを持っている」

 

 

驚いた拍子に問いかける風太郎に勇成は自身の胸に手を叩いて、自信満々に答える。

勇成は見た目に違わず外交的な性格で、色んな人たちと関わってきた。なので、相手が信用すべきに値するかは経験から、風太郎以上に理解していた。

そんな父親が言うになら、本当に信用しているのだろうと風太郎は思った。

 

 

「よし!善は急げだ!準備はしてるんだろ?早く身支度しな」

 

「お、おう……!」

 

 

勇成に言われた風太郎は前日に準備していた荷物を纏めたリュックをかるう。

玄関から持ってきた靴を履き、準備万端と、スパイダーマンの背中に負ぶうような形で乗っかっていると、1つの懸念が浮かぶ。

 

 

「……移動方法は?またこの前みたいに飛ぶんじゃないよな……?」

 

 

風太郎は以前、花火大会の際にウェブスイングを体験したのだが、あまりものスピードと高さが怖く、二度としたくないと思っていた。

するわけないよな、と固い笑顔を向ける風太郎にスパイダーマンは――

 

 

「僕が専用車を持ってると思う?」

 

「……」

 

 

と、当たり前のように返す。

期待していたものとは真逆の答えを聞いた風太郎はしばらくの沈黙ののち、逃げ出そうとするが、らいはと勇成に止められる。

必死に抵抗するも2人には敵わず、スパイダーマンが待つ窓際に戻された。

 

 

「お兄ちゃんをよろしくお願いしまーす!」

 

「楽しんで来いよーー」

 

「もうターザンごっこは嫌だ――「しっかり掴まってて」うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーッ!!?」

 

 

らいはと勇成が手を振って見送る中、スパイダーマンは泣き言を言う風太郎と共に空へと駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街を歩く人々が小さく見えるほどの上空。

腕を回す風太郎を背負うスパイダーマンはビルの合間を縫うようにスイングしていた。

建物の壁を蹴り、交差するモノレールの隙間を潜り抜け、乗用車で賑わっている道路の真上を華麗に通る。

 

 

「うぉわぁぁぁああぁぁぁーーーーーーーーッ!!?」

 

 

スイングする度、風太郎の絶叫が街中に響く。

ウェブスイングに慣れているスパイダーマンならともかく、日常ですることは絶対ない風太郎にとっては刺激が強すぎた。

あまりもの声の大きさに煩わしく感じたスパイダーマンはマスクの下で眉をしかめると、風太郎に言う。

 

 

「悪いけど、もうちょっと声のボリューム下げてくれる?」

 

「そっ、そんなこと言っても!お、落ちるゥゥーーーッ!?」

 

「……それもそうだね」

 

 

怯える風太郎に仕方ない、と思ったスパイダーマンは適当な建物の屋上を見つけると、ひと休みのため、降り立った。

 

 

「た、助かったぁぁ~~……」

 

 

地に足があることを確認した風太郎はスパイダーマンから離れると、安堵の息を漏らしながら、どかっと座る。スイングから来る浮遊感はジェットコースターの比なんてなく、普段、泣き言を言わない風太郎もこればかりは言わずにはいられなかった。

 

風太郎がバクバクと早まる鼓動を抑える中、スパイダーマンは腰の隠しポケットから取り出したスマートフォンでスパイダートレーサーの反応を見ていた。

スパイダートレーサーを付けたバスは現在、高速道路に入ろうとしていた。

 

 

「マズイな……思ったよりも速い」

 

「……何してんだ?」

 

「バスの現在位置を見てるんだ。バスに発信機を付けたから、それを追ってる」

 

「発信機!?それって犯罪じゃ――ッ!」

 

「今更だろ?このままだと追いつけないから、スピードアップして電車で行くよ」

 

「え、嘘だろ……もう限界だ――あぁああぁぁーーーーーーッ!!?」

 

 

風太郎が抗議する間も与えず、風太郎を抱えたスパイダーマンは助走をつけてビルの屋上を飛び降りた。

風太郎の悲鳴が響く中、スパイダーマンはウェブを高所につけて上昇すると、ウェブスイングで電車の線路に向かっていく。

バスが通っている高速道路は途中、スパイダーマンが現在向かっている路線の真上を通る。先回りして、追いつこうという作戦である。

 

スパイダーマンは風太郎の悲鳴で鼓膜が破れるような思いをしながらも、ウェブスイングで線路の真上についた。運が良かったのか丁度、向かっている方面へ走る電車があった。しかも特急電車だ。

スパイダーマンはスイングの勢いで飛び出すと、そのまま電車の天井に着地した。

 

前方から迫りくる風圧によって、自然と蜘蛛が這うような姿勢になる。

風太郎が吹き飛ばされないようスパイダーマンはウェブを赤子を抱えるおんぶ紐のように自身に括りつけ、手足の吸着力で天井にしがみつく。

あまりもの風圧と恐怖に風太郎は悲鳴を通り越して無言となっていた。

スパイダーマンは申し訳なく思いながらも特急電車はぐんぐん進み、あっという間に高速道路の真下に着いた。

 

 

「よし、行くよ!」

 

「あ、ああ……」

 

 

特急電車が通り過ぎる前にスパイダーマンは両手首からウェブを飛ばして高速道路の塀にくっつけると、グイッと手前に引っ張って上昇する。

特急電車が真下で通り過ぎる中、高速道路の真上に飛び上がったスパイダーマンは目立たぬよう、案内標識の裏に引っ付いて隠れる。

 

片手で取り出したスマートフォンでバスの現在位置を確認すると、バスはまだ後ろの方にあり、スパイダーマンがいる地点に辿り着くまで時間がかかる。

スマートフォンを持ったままスパイダーマンは振り向き様に言う。

 

 

「ごめん、あと30分くらいこのままいることになる」

 

「そうか……」

 

 

スパイダーマンの謝罪に風太郎は文句を言うことなく、短く返事した。

風太郎としては下手に動かれるより何もせずに待っていた方が安心感が増すからである。

風太郎とスパイダーマンは特に会話を交わすことなく、ジッとバスを待つことにした。

 

 

「……来た!」

 

 

案内標識の裏でマスクを着けた男と男子高校生が密着しながら30分を過ぎた頃だった。

口を閉ざしていたスパイダーマンがスマートフォンに向かって嬉しそうに声をあげる。スパイダートレーサーの反応がすぐ近く……つまり、バスが遂にやってきたということだ。

スパイダーマンと風太郎が標識の端から縦一列に揃えて顔を覗かせると、林間学校に向かう自分たちの学校のバスが奥から走ってきていた。

 

――やっと解放される。

ウェブスイングの刺激から解放される喜びに打ち震える風太郎は頬を緩めた。

 

 

「飛び降りるよ」

 

「やってくれ」

 

「いちにの……さんッ!」

 

 

最後尾のバスが真下を通る瞬間を狙い、風太郎を背中に背負うスパイダーマンは掛け声のタイミングで標識から飛び降りる。

スパイダーマンの優れた身体能力からなる跳躍力によって、見事バスの天井に着地した。

 

 

ドッ!

 

「……?」

 

 

天井から聞こえる小さな着地音に運転手は首を傾げるが、気のせいだろうと気にせず運転へ意識を傾けた。

 

スパイダーマンと風太郎は目的のものに辿り着けた安堵感でほっとひと安心する。

 

 

「ありがとな」

 

「こちらこそ」

 

 

風太郎はスパイダーマンへ感謝を告げる。

スリリングではあったが、一度諦めた学校行事にこうして参加出来たので、感謝の気持ちでいっぱいだった。

それに対し、スパイダーマンは少し照れくさそうに返す。

 

――これで任務完了。ほっとひと安心するスパイダーマン。

だが、安心しきっているときにこそ、トラブルはやってくるものだ。

突如、風太郎に括りつけていたウェブが段々と溶け始めていた……。(まなぶ)――スパイダーマンのウェブの持続時間は本人も知らないが約1時間であり、タイムリミットが来たために自然消滅し始めたのだ。

 

当然、ウェブの強度が弱くなったので、時速72キロのバスから生じる風圧を受けた風太郎は宙に投げ出された。

 

 

「うぉあぁぁーーーーーッ!!?」

 

「――ッ!?」

 

 

後方へ吹っ飛ぶ風太郎を目にしたスパイダーマンは予想外のハプニングに驚くものの、風太郎を救うべく、急いでウェブを射出する。ウェブは真っ直ぐ飛び、風太郎の胸元にくっついた。

 

ウェブで風太郎を引っ付けると、獲物を捕らえた釣り人のように足で踏ん張りながら、力いっぱい引き上げにかかる。

しかし、向かい風の風圧は凄まじく、風が強い日の凧揚げするくらいにコントロールがし辛く、引き上げようにも風圧にさらされた風太郎が上下左右に激しく動くので中々上手くいかない。

油断すれば、スパイダーマンも助けるどころか一緒に吹き飛ばされる危険性があった。

 

 

「くッ、うぅうう………!」

 

 

顔面蒼白の風太郎をスパイダーマンは歯を食いしばって腕に力を込める。

このまま離せば、風太郎はアスファルトの道路に身体を打ち付けて間違いなく大怪我する。最悪、死だ。

――自分が好きに連れてきたのに大怪我させるなんて絶対出来ない……!

スパイダーマンは風邪の抵抗に逆らいながら、ゆっくり確実にウェブを手繰り寄せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やった~!勝ち~~!」

 

「むぅ……」

 

 

最後のカード1枚を出して嬉しそうに勝ち名乗りをあげる四葉(よつば)に対して、むくれる三玖(みく)

スパイダーマンがすぐ上で救出に奮闘する頃、バスの中にいる四葉(よつば)三玖(みく)がUNOで遊んでいた。

 

 

「これで10勝17敗だね!はじめは押されてたけど、流れが来てるし、着く頃には逆転勝ちかな?」

 

「……次は負けない」

 

「えへへっ、そうはさせないよ~?」

 

 

瞳に静かに闘志を燃やす三玖(みく)。人間、誰しも負けたら悔しいもので、普段無表情の三玖(みく)でもそれは同じだった。

勝ち負けにこだわるようには見えないが、そこは彼女も人間。人という種に刻まれたある種の遺伝子とも言っていい、”勝利への渇望”が確実に存在していた。

 

四葉(よつば)は受けて立つと笑うと、三玖(みく)の持っていた手札を加えて山札を切ると、互いの手札を配る。

配られた手札を手に、いざ勝負しようとしたとき、ふと、三玖(みく)の目が窓に向く。窓の外では風になびきながら必死な形相を浮かべる風太郎がバスと並走するように宙に浮いていた。

 

 

「……ッ!?フータロー!?」

 

「え?」

 

 

あり得ない光景に三玖(みく)は窓の方を指差して、思わず驚きの声を上げる。

その反応に気になった四葉(よつば)が振り向くと、丁度風太郎が上昇し、窓の視界から消えた。四葉(よつば)の視界には風太郎の姿なぞなく、ただ高速道路の景色が広がっているだけだった。

首を傾げた四葉(よつば)は怪訝な顔を三玖(みく)に向ける。

 

 

「……三玖(みく)?押されそうだからハッタリかけて驚かそうって考えには乗らないよ?」

 

「ち、違うよ!本当に見た――ッ、後ろ!」

 

「?」

 

 

真実を訴えかける三玖(みく)の視界に再び宙に浮く風太郎が現れ、振り向くよう指差す。

四葉(よつば)は半信半疑のまま、再び窓の方へと視線を移すが、またも風太郎が上昇して視界に消えたので、彼女には自動車が行き交いする高速道路の景色しか見えなかった。

 

――どうして?確かにいたのに……!

混乱する三玖(みく)の肩に四葉(よつば)はポンと手を乗せ――

 

 

三玖(みく)。寝疲れてるんだよ……。疲れてるから、上杉さんの幻覚を見たんじゃ……」

 

「~~~???」

 

 

温かい目で労わる。三玖(みく)二乃(にの)同様に疲れからくる幻覚を見たのだと。

一方の三玖(みく)は何が何だかわからず、ただ目をグルグル回して混乱していた。

 

そんなやりとりが行われている最中、スパイダーマンは遂に風太郎をバスの天井へと手繰り寄せた。

うつ伏せになったスパイダーマンは今度は絶対に離さないという決意でガッチリと風太郎の肩を片腕で掴んで、抱き寄せる。

 

 

「ごめん、大丈夫?僕がしっかりしていれば……!」

 

「……全然、だいじょばない………」

 

 

安否を問うスパイダーマンに生気の抜けた声で毒づく風太郎。

高速道路を走るバスの風圧を受けたことに加え、落ちるかもしれないという恐怖心で風太郎の精神は疲弊していた。

心なしかスパイダーマンには風太郎の顔が一気に老けたように見えた。

 

不安に駆られるスパイダーマンだったが、バスはサービスエリアへと入っていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、風太郎を降ろしたスパイダーマンは物陰に隠れてスーツを脱ぐと、少し遅れて(まなぶ)としてクラスのもとへ合流した。

どうやって来たのかと教師に問われた際は、タクシーでやってきたという(てい)で誤魔化した。

 

ちなみに風太郎だが、林間学校の宿舎に着くまで死んだように意識がはっきりせず、ただバスに揺られていた。

隣に座る五月(いつき)も何が起こったのか、気が気でなかった。

この有様に(まなぶ)は無理をさせてしまったと後悔した。

 

意識が戻った頃に風太郎が放った第一声は――

 

 

「もうスイングは懲り懲りだ」

 

 

 




◆イースター・エッグ◆
①「寝ている子を起こすなよ」
 『スパイダーマッ!』こと東映版「スパイダーマン」(1978)にて、スパイダーマンがもぬけの殻となったバスの座席で寝転びながら、鉄十字団に向かって放った台詞。

②「僕が専用車を持っていると思う?」
 本作のスパイダーマンは高校生なので、当然四輪車は持っていないが、アメコミ原作では『スパイダーモービル』という専用車がある。『ファンタスティック・フォー』のヒューマン・トーチと共に設計した。ちなみにスパイダーマンは免許を持っていない。
 また、東映版「スパイダーマン」(1978)では、『スパイダーマシンGP-7』というスパイダーマン専用車が存在する。

四葉(よつば)の戦績
 10勝17敗であるが、これは「五等分の花嫁」単行本1巻発売のCMが『マガジンチャンネル』にてアップロードされた日と同じ(2017/10/7)。
 この30秒のCMでは、四葉(よつば)役の佐倉(さくら) 綾音(あやね)氏が五つ子全てを担当していることで有名。

④「次は負けない」
 原作漫画「五等分の花嫁」の第60話でケーキ屋にて、三玖(みく)一花(いちか)に対して敵意剥き出しに祝勝する際に出た台詞。
 作者は何故このように敵意を出させたのか理解に苦しんだ……


スパイダーマンを増やす?

  • YES!(ヒロインなし)
  • YES!(オリジナルヒロイン)
  • YES!(五つ子の中からヒロイン)
  • NO
  • It's Morbin time
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