SPIDER-MAN Quintessential Quintuplets   作:まゆはちブラック

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※注意
 本作に前田なんていません。理由としては、いてもいなくてもストーリーに影響を与えないからです。全国の前田ファンの方々、申し訳ございません。


#16 肝試しと訪れるときめき

日が落ち始める夕暮れ頃。

林間学校初日を迎える旭高校の生徒一同は宿舎に隣接しているキャンプ場にて、夕食のカレー作りに取り掛かっていた。

白飯を炊く甘い匂いと鼻腔をくすぐる香辛料の香りが周囲に漂う。

 

 

「じゃあ、私たちでカレー作るから、男子は飯盒炊さんよろしくね」

 

「ぅーい……」

 

 

同じ班の男子3人の気の抜けた返事を聞いた二乃(にの)はカレーの具材の切り分けに取り掛かる。

手慣れた包丁捌きで次々と、具材の野菜や鶏肉を一口サイズに切り分けていく。

 

 

「わっ!二乃(にの)、野菜切るの速っ!」

 

「家事やってるだけのことはあるね~」

 

「これくらい楽勝よ」

 

 

周囲の女子2人にどうってことないといった口ぶりで短く答える。

普段、五つ子たちの食事を全て担当している二乃(にの)にとってこれくらい朝飯前なのだ。

 

 

「(遂に始まったわね……林間学校)」

 

 

調理する傍ら、これからの予定に心躍らせる二乃(にの)

午前中はほぼ施設を利用する上の諸注意や歓迎式やら退屈なものばかりだった。なので、林間学校は実質、このカレー作りから始まっていると言え、後に控える肝試しやスキーなど楽しい予定ばかりだ。

 

そして、何といっても林間学校の大目玉はキャンプファイヤーでのダンスだ。

キャンプファイヤーを背景にダンスを踊った男女は生涯添い遂げる縁で結ばれるという伝説があるくらいの大イベントなのである。

年頃の女の子である二乃(にの)も半信半疑ながらも興味津々だった。

 

 

「(――もしかしたら、”運命の人”に出会えるかも………!)」

 

 

運命の赤い糸で結ばれた自分に似合う相手。

そんな淡い期待にときめきながら、二乃(にの)は調理を続けていく。

 

 

「これ、もう使った?片付けておくね」

 

「は、はい……!中野さん、美人で気が利いて、完璧超人かよ……」

 

「俺の部屋も片付けてほしいぜ」

 

 

さりげない気配りで同じ班の男子から注目をかっさらう一花(いちか)――

 

 

パキッ!

 

「いや、もう薪割らなくていいから!」

 

「あはは!これ、楽しいですね!」

 

 

薪割りが楽しすぎて、つい余分な分まで割ってしまった四葉(よつば)――

 

 

「待ってください。あと3秒で15分です……」

 

「細かすぎない……?」

 

 

手元のスマートフォンで煮込む時間を正確に測ろうとして、周囲から怪訝そうな目を向けられる五月(いつき)――

 

 

三玖(みく)ちゃん!?何、入れようとしてるの!?」

 

「お味噌……隠し味……」

 

「自分のだけにして!」

 

 

カレールーに絶対合わないであろう味付けをしようとして、周りから必死に止められる三玖(みく)――と、はちゃめちゃでありながらも五つ子たちはこの林間学校を楽しんでいた。

この先、中々体験できることではないのは彼女たちはわかっているので、この時間を有意義に満喫している。

 

 

天海(あまかい)。こんなもんでいいか?」

 

「ああ、いいと思うよ。レシピ通りにやったし」

 

 

一方、(まなぶ)も同じ班の風太郎と協力して飯盒炊さんをしていた。

釜戸にくべた薪で火を起こし、アルミの飯盒に米を入れて炊く……至ってシンプルな調理方法だが、アウトドアを滅多にしない者にとっては未知の手法だ。班全体の食事なので、失敗しないよう十分な確認を取っているのだ。

 

こういったグループ作業は友達が少ない(まなぶ)にとって苦難なものだが、同じ班に風太郎がいて安堵している。

話せる知り合いが同じ班にいるだけでこうも気持ちが軽くなる……風太郎がいてくれて良かったと(まなぶ)はしみじみ思った。

 

 

「何で……?一花(いちか)さん……」

 

 

ふと、(まなぶ)が横目を向けると、体操座りで縮こまる昂輝の姿があった。

昂輝は一花(いちか)にキャンプファイヤーのダンスのペアに誘ったが、既に涼介という相手がいたので見事玉砕。こうして落ち込んでいるわけである。

 

いつもなら、ガハハと笑い飛ばす彼も相当踊りたかったのか落ち込みの度合いが酷く、いつも周りにいる取り巻きも心配していた。

内心、ざまぁみろとほくそ笑んでいた(まなぶ)も流石に可哀そうになった。

 

 

「何でご飯焦がしてんのよ!?」

 

 

落ち込む昂輝に悼まれない目を向けている中、近くから非難の声が上がる。

声につられた(まなぶ)と風太郎は顔を向けると、2人組の女子が男子3人と言い争っていた。二乃(にの)がいる班だ。

女子の1人が坊主頭の男子に指指すると、鋭い剣幕で問い詰める。

 

 

「どーせ、ほったらかしにして遊んでたんでしょ!」

 

「ッ!?ち、ちげーよ!少し焦げたけど食えるだろ!」

 

「こっちは最高のカレー作ったのに!」

 

「やったことねーんだから、誰だってこうなるんだよ!」

 

「なっ……!?」

 

 

男子勢の言い分に絶句する女子勢。

無茶苦茶な言い訳だが、彼らも悪気あって言ったわけではない。売り言葉に買い言葉……まくし立てる女子の勢いに頭にきて、出たものである。

 

 

二乃(にの)、どうする?」

 

 

話が平行線上にしか進まないと思った女子たちは二乃(にの)に判断を委ねる。

 

 

「じゃあ、私たちだけでやってみるから、カレーの様子見てて?」

 

「お、おう……」

 

 

男子に向き合った二乃(にの)は笑顔で案を講じる。

しかし、その目は全く笑っておらず、怒りが滲み出ている。

その迫力に気圧された男子たちは大人しく引き下がった。

 

 

「あれは相当、頭にきてんな」

 

「だね」

 

 

その様子を傍観しながら、風太郎が漏らした言葉に頷く(まなぶ)

口調こそ柔らかいが、雰囲気から誰がどう見ても怒っているのかは一目瞭然だった。

 

飯盒の蓋の隙間から甘い香りと共に泡がふつふつと湧く様子を見ながら、風太郎は別の話題を隣の(まなぶ)にふる。

 

 

「今夜の肝試し、楽しみだな」

 

「ああ。準備もバッチリだよ」

 

「よし。クラスの連中に面倒な役を押し付けたことを後悔させてやる……」

 

 

くっくっくっ……と企み顔で笑う風太郎に(まなぶ)は苦笑する。

(まなぶ)と風太郎はこの林間学校では何の役割も担わないつもりだったのだが、一部の意地悪いクラスメイトによって、勝手に振り分けられてしまったのだ。

なので、これを好機とし、とびっきり怖がらせてやろうと企んでいる。風太郎が乗り気だったのは、それが理由の1つである。

 

 

「上杉さん、天海(あまかい)さん。肝試しの道具、運んじゃいますね」

 

「「?」」

 

 

そんな話をしていると、四葉(よつば)が話しかけてくる。両手に抱える段ボールは今夜、(まなぶ)たちが使う肝試しの小道具や衣装が入ったものだった。

不可解に思った風太郎は眉を潜めて尋ねる。

 

 

「……?四葉(よつば)……お前、キャンプファイヤーの係だったろ?」

 

「はい!でも、お2人だけじゃ大変だと思ったので……私も全力でサポートします!」

 

「凄くありがたいよ」

 

 

四葉(よつば)からの申し出に感謝する(まなぶ)。2人よりも3人の方が出来る範囲が広がるし、効率も良くなる。風太郎は何も言わないが、許可する雰囲気であった。

 

直後、薄気味悪い笑みを浮かべた風太郎は(まなぶ)四葉(よつば)を見合わせた後、言葉を発する。

 

 

「よし、本気でビビらせてやろうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このように!!」

 

「――ッ!?うわぁぁぁーーーッ!!」

 

 

茂みから飛び出した風太郎を目の当たりにして、悲鳴をあげて逃げ出す男女。

その原因は頬まで引きつった笑みを浮かべるピエロの仮面と衣装に身を包んだ風太郎の脅かしにあった。

 

時刻はすっかり夜となり、肝試しの時間となった。

ルールとしては、2人のペアで森の中に備え付けてある証拠の紙を取ってくるというもの。

風太郎たちはその帰り際で脅かすという役割を担っている。

 

 

「くくく……」

 

「ははっ、楽しそうだね」

 

「絶好調ですね!ジャケットどうぞ!」

 

 

仮面の下で悪党のような笑みを漏らす風太郎に対し、思わず笑ってしまう(まなぶ)四葉(よつば)

自分に怯える姿を見て、日頃の鬱憤を晴らせて満足といったところだろう。

まだ終わってないのでこのままでいたいが、夜は冷えるので、風太郎は四葉(よつば)から手渡されたジャケットを着ると、茂みの陰で待機する。

 

 

「私、嬉しいです!いつも死んだ眼をした上杉さんの眼に生気を感じます!」

 

「そうか。蘇れて、何よりだよ」

 

 

嬉しそうに目をキラキラと輝かせる四葉(よつば)に風太郎はジョークを織り交ぜて返す。

ぶっきらぼうな口調だが、楽しそうな雰囲気は隠しきれていなかった。

風太郎の楽しそうな顔を見た四葉(よつば)は胸が温かくなるのを感じると、地面に視線を下ろす。

 

 

「もしかしたら、来てくれないかと思っちゃったから……」

 

 

四葉(よつば)は落ち着いた声で砂利が散らばる地面に人差し指で蚊取り線香のような落書きする。

いつも笑顔を振りまく彼女の曇った表情から不安だったのは本当だということが、2人にはわかった。

落書きから顔を上げた四葉(よつば)は風太郎と(まなぶ)に――

 

 

「後悔のない林間学校にしましょうねっ!」

 

 

ししし!と屈託のない笑顔で笑う。その笑顔は親に褒められた幼子を彷彿させる。

森は闇夜で暗くなってはいるが、風太郎と(まなぶ)には彼女の周りにはほんのりと温かい光が灯っているように見えた。

風太郎は照れ隠すように頭をポリポリとかく。

 

 

「……まあ、そうだな。めんどくさいことには変わりないが」

 

「にしては、嬉しそうじゃない?」

 

天海(あまかい)には負けるな。メイクにも相当、気合が入ってるようだし……」

 

 

風太郎は不敵に笑いながら、(まなぶ)の仮装を指摘する。

(まなぶ)はゾンビの仮装をしているが、血色のない顔の至る所が抉れ、中の肉が見えるほどのメイクをしており、衣装も血のりをべっとりとつけた薄汚れたものである。

高校の学校行事にしては気合が入っており、ホラー映画の撮影と言われても違和感がないくらいだ。

 

それに対し、(まなぶ)は照れくさそうに笑い――

 

 

「いや、僕、ホラー映画が大好きでさ……暇なときはいつも観てるんだ。あのスリル漂わせるカメラワークと恐怖演出が堪らなくて……!特に『死霊のはらわた』なんかはディスクが擦り切れるほど観たよ!」

 

「そ、そうなのか……」

 

「何か意外ですね~……」

 

 

自身のホラー映画への愛を熱く語る。友達が少ない(まなぶ)にとって、ホラー映画は読書や論文を読むくらい重要な娯楽なのである。

大人しい(まなぶ)の意外な趣味に風太郎と四葉(よつば)は目を丸くする。

 

 

「あ、次の人来ましたよ!」

 

 

そんなやりとりをしていると、こちらに向かってくる懐中電灯の光が。

3人は声を殺し、近づいてくるまでジッと身を潜める。

 

 

「次、四葉(よつば)やってみなよ?」

 

「ッ、はい!」

 

 

小声の(まなぶ)に促された四葉(よつば)はサムズアップと同時に小さくも元気な声で答えると、ジャケットを脱いで二歩前へ進んで待機する。

彼女の仮装はミイラだ。とはいっても黒のアンダーウェアに包帯をグルグル巻いた簡素なもので、(まなぶ)と比べるとクオリティは低い。

だが、そのクオリティがかえって彼女の可愛さを上げていることには、彼女自身気付いていない。

 

ジャリッ……ジャリッ……と砂利道を歩く音が懐中電灯の灯りと共に近付いてくる。

四葉(よつば)はいつでも脅かせるよう、息を堪えてジッと身構える。

 

一歩、二歩、三歩……そして、自分の前を通り過ぎようとした瞬間――

 

 

「食べちゃうぞーー!!」

 

 

四葉(よつば)は出来るだけ恐ろしい顔(ちっとも怖くない)を作ると、大声を出しながら茂みから勢いよく飛び出す。

これでビックリするだろう――そう思っていたが……

 

 

「あれ?四葉(よつば)?」

 

 

視線の先に立っていたのは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする一花(いちか)三玖(みく)だった。

二人とも相手が妹なので脅かしは特に驚いておらず、発せられた大声に対して驚いていた。

 

 

一花(いちか)三玖(みく)!」

 

 

対する四葉(よつば)も姉だと知り、拍子抜けする。

その会話が気になり、(まなぶ)と風太郎も茂みから身を乗り出す。

 

 

「なんだ……ネタがバレてる二人か。脅かして損したぜ」

 

「あ、ごめ……わ、わぁ!びっくり予想外だー」

 

「お気遣いどうも」

 

「本当だよー」

 

「嘘つけ」

 

 

拍子抜けする風太郎を見かねて一花(いちか)は女優をやってるとは思えない棒読みの演技をするが、かえって風太郎や四葉(よつば)の羞恥心を高めた。

そんなやりとりをする中、三玖(みく)は風太郎の二の腕をちょんと触れ――

 

 

「……本物?」

 

「……??」

 

 

と、懐疑心たっぷりの表情で尋ねる。三玖(みく)はバスの車窓から見たのと同様、また幻覚でないかと疑っていた。

当然、そんなことを知るよしもない風太郎はただ首を傾げるだけだった。

 

三玖(みく)が懐疑的な目で風太郎を見る中、一花(いちか)はゾンビの仮装をしている(まなぶ)の方を見て、口を開ける。

 

 

「え?もしかして、マナブ君?」

 

「そうだよ。結構時間かかったけどね……」

 

「へ~凄いね!お姉さんわからなかったー!なるほど……」

 

「?」

 

 

別人しか見えないレベルのメイクにうんうんと妙に納得した笑みを浮かべる一花(いちか)

実はいうと、一花(いちか)はまだ(まなぶ)がスパイダーマンではないかと疑っていた。

涼介に言われ、一度は違うとは思ったものの、改めて思い直すと、スパイダーマンの声が(まなぶ)の声質に似ていると思った。

 

おぞましいゾンビにしか見えないメイクの腕……すなわち、スパイダーマンとしての”なりきり度”を証明しているのではないかと推理したのである。

眉をひそめる(まなぶ)に悟られないよう、一花(いちか)は微笑んで誤魔化した。

 

 

「お前ら、ちゃんとルート通りに行けよ?看板が出てるからわかると思うが、この先は崖で危ない。間違ったら、あの世行きだ」

 

「うん。気を付ける」

 

「わかってるってー……じゃっ!」

 

 

風太郎の注意喚起に三玖(みく)一花(いちか)は返事をすると、先の道へ進んでいく。

一花(いちか)たちを見送った(まなぶ)たちは次のターゲットに備えて、茂みの陰へ隠れる。

 

 

「驚いてくれなくて悔しいです……」

 

「しょうがないさ、知り合いだったんだし。次は僕がやるよ」

 

 

少ししょんぼりする四葉(よつば)を慰めた(まなぶ)は彼女の敵討ちも含めて、名乗りを上げる。

ホラー映画好きの知識を活かして、最高に脅かしてやろうと意気込みを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、数分後。次なるターゲットが歩いてくる。二乃(にの)五月(いつき)だ。

二乃(にの)がスマートフォンの懐中電灯で足元を照らしながら、五月(いつき)は暗闇が怖いので、彼女にしがみつくようにピッタリとくっついていた。

 

 

「うううう……。やはり参加するんじゃありませんでした……」

 

「ちょっと離れなさい」

 

 

不安げな声を出す妹を二乃(にの)は諫める。

くっつくのは構わないのだが、あまりにも密着し過ぎて歩き辛かった。人が通る道が敷かれてはいるが、凹凸が激しい砂利道であることには変わりない。石や木の根にひっかかりでもして転んだら最悪だ。

二乃(にの)五月(いつき)の足元にも気を配りながら、慎重に歩を進めていく。

 

 

「クラスメイトが言ってたのですが、この森は”出る”らしいのです……。森に入ったきり行方知らずになった人が何人もいるのだとか……」

 

「デマに決まってるじゃない。伝説もそうだけど、信憑性が無さすぎるわ」

 

 

森に関する噂に震える五月(いつき)に馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの口調で返す二乃(にの)

行方不明事件が多発しているのなら、とっくにこの森は閉鎖されているだろうし、そもそも肝試しすらやらないだろう。明らかなデマだ。

 

この肝試しは自由参加なので宿舎で待っててもいいことになっている。ご覧の通り、心霊系の類が苦手な五月(いつき)は参加しないだろうと思っていた。

なのに、何故参加することにしたのか不思議でならなかった。

――怖いなら参加しなきゃいいじゃない、と言いたいが、言ってもどうにかなるわけでもないので、二乃(にの)はぐっと喉奥に堪える。

 

 

「こんなチープなおもちゃで誰が驚くのよ……」

 

 

二乃(にの)は前方の木の幹にぶら下がるちょうちんオバケを見て、嘆息する。

肝試しもさぞ楽しいだろうと期待してたのだが、小道具のクオリティから肝試し全体の完成度を推測するには充分だった。

心底がっかりしながら、プルプルと震える小動物のようにくっつく妹と共に、順路を示す看板に従って進んでいく。

 

順調に進み、行ってきた証拠の紙を回収した。

未だ怯える五月(いつき)に対して、二乃(にの)は退屈そうに歩いていた。

 

各々、正反対の気持ちを抱えながら、ルートも終盤に近付いてきた頃だった。

道の先に置いてある()()()()()()()に目が留まり、同時に足を止めた。

 

それは黒のポリ袋だった。ホームセンターなどで売っているごく普通のポリ袋だ。

森の落ち葉などに回収するので、それ自体には違和感がないが、問題は形状にあった。

横たわっているポリ袋は大きく、やけに横長に伸びていた。スマートフォンの光から反射する黒のポリ袋は人のシルエットが浮き出ていた。

()()()()()()()()……そんな物騒な考えに至るのは容易かった。

 

 

「う、うう、動くんじゃ……!」

 

「な、何言ってるの……!きっとただの置物よ……!動くと見せかけて動かないやつだわ!」

 

 

ギュッと抱き着いて怯える五月(いつき)を強気な口調で宥める二乃(にの)

とは言うものの、二乃(にの)自身も怖がっており、額から冷や汗が出始めていた。

 

 

二乃(にの)ぉぉ~~……別の道にしましょうよ~~」

 

「ここ一本道よ!?ゴールに行くにはここしかないから!」

 

 

二乃(にの)もできれば近くを通りたくないが、ゴールに行くためにはここを通るしかない。

幼子のように駄々をこねる五月(いつき)を強い口調で宥めると、二乃(にの)はポリ袋を警戒しながら慎重な足取りで歩く。

けん制するようにスマートフォンの光をポリ袋に浴びせながら、進んでいく。

秋の風になびく木々、草木から鳴く秋の虫の声、砂利を踏みしめる音……緊張しているからか、鮮明に聞こえた。

静寂に包まれた穏やかな森の景色もまるで先程とは違う、暗黒に包まれた恐怖の世界に見えた。

 

10m、5m、2m……固唾を呑んでゆっくりとポリ袋との差を埋めていく。

そして、あっという間に0m……すぐ近くになるまで近づいた。二人は何が来るか警戒しながら、隣を通る。

光の反射によってポリ袋が動いているような錯覚を覚えたが、ポリ袋は動かず、二人は難なく通り過ぎた。

何もなかったことに安堵した五月(いつき)は胸を撫で下ろす。

 

 

「ふぅ……怖かったですぅ……」

 

「ほら、言ったでしょ?あんなの、ただの置物だって――」

 

ガサッ!

 

「「!?」」

 

 

調子を取り戻した二乃(にの)が馬鹿馬鹿しいと言っている最中、後ろから何かが動く物音がした。

その物音を耳にした途端、二人の心は先程の不安と恐怖へと戻される。

固唾を呑んだ二人はゆっくりとスマートフォンの光を共に振り向くと、先程のポリ袋の中身が消え、ぺちゃんこになっていた。ポリ袋は内側から乱雑に破られている。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのように。

 

得体の知れない恐怖に震える二人。中にいたものはどこに消えたのか……。

顔は青ざめ、鳥肌が立ち、身体中から変な汗が噴き出していた。

二乃(にの)も毒を吐く余裕はとっくに消えていた。

 

 

ガサガサッ!ガサガサッ!

 

「ひぃいい……!」

 

「何なのよぉぉ……!」

 

 

途端、周囲の茂みから何かが激しく動き回る音が聞こえる。

右の茂み、左の茂み……”それ”は交互に移動しているような音を響かせ、二人はより一層身を固まる。

文句を言う二乃(にの)の声も泣き声に近いものになっていた。

 

しばらく続いていた茂みの音だが、途端にピタリと止まる。

”それ”は消え去ったのか、はたまた飽きたのか……静寂な夜の森の環境音だけが流れていた。

そのことに不信感を抱く二乃(にの)五月(いつき)だったが、一刻も早く森を抜け出したい気持ちに駆られる。

そして、振り返った瞬間――

 

 

It's Morbin' time……

 

 

おぞましいゾンビマスクで二人を見つめながら、地獄から這い出た死霊のような声を発する(まなぶ)

普段の大人しさが嘘のように怖く、恐ろしい演技を見せていた。

 

 

「わあぁぁぁぁぁーーーーーー!!?もう嫌ですぅぅぅぅぅーーーーーーッ!!!」

 

五月(いつき)!?待ちなさい!!」

 

 

その怪演のあまりものインパクトに遂に限界が来た五月(いつき)は悲鳴を上げると、ゴールとは反対の方向へ逃走する。

二乃(にの)も恐怖のあまり悲鳴を上げそうになったが、一目散に逃げた妹のことが気がかりとなり、急いで彼女の後を追っていった。

 

二人の怯え具合に呆然とする(まなぶ)は茂みから顔を出した四葉(よつば)に尋ねる。

 

 

「……や、やりすぎちゃったかな?」

 

「ですかね……。五月(いつき)、オバケ苦手ですので……」

 

「悪いことしちゃったな……」

 

 

同じく呆気にとられる四葉(よつば)の言葉にバツの悪そうな顔を浮かべる(まなぶ)

暗い場所が苦手だとは聞いてはいたが、ここまでとは……。ホラー大好きな自分とは真逆の趣向に(まなぶ)は何とも言えない感情を抱く。

そんなやりとりをしていると、ハッと何かに気付いた風太郎が口を開く。

 

 

「不味くないか?あいつら、看板と反対の方へ行ったぞ!」

 

「「!?」」

 

 

風太郎の言葉に血相を変える(まなぶ)四葉(よつば)

看板の案内とは反対……すなわち、崖がある危険な道へ行ってしまったということだ。

 

 

「僕が探してくる!何かあったら連絡するから!」

 

「お、おい!」

 

 

――僕の責任だ。

居ても立っても居られない(まなぶ)は矢継ぎ早に言うと、風太郎が止める間もなく、急いで後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五月(いつき)ー?どこ行ったのよー」

 

 

一方、二乃(にの)は危険ルートに入っていった五月(いつき)を探していた。

見知らぬ土地ながらも、勘とスマートフォンの光を頼りに舗装されていない道を歩いていく。

 

 

「こっちで合ってんのかしら?一旦、戻ろうかな……」

 

 

妹の姿が中々見当たらなく、現在位置もままならない。

そう思った二乃(にの)が戻ろうとした矢先、足元を照らしていたスマートフォンの光が消えた。

 

 

「えっ?嘘っ、もう!?昨日、充電するの忘れてたかも……」

 

 

驚いて何度も電源ボタンを押すが、バッテリー切れの表示が出るだけだった。

頼りのスマートフォンの光が無くなり、二乃(にの)はますます気落ちする。

 

 

「何なのよ……せっかくの林間学校なのに……。班の男子は言うこと聞かないし、スマホのバッテリーがゼロになるし、しまいにはこんなところで一人に……」

 

ザァァ……

 

 

ただ一人愚痴をこぼしていた二乃(にの)の耳に風になびいて揺れる木々の音が聞こえる。

周囲は真っ暗な不気味な森が広がっており、生えている木々の奥に広がる暗闇はまるで地獄へと誘う怪物が大口を開けてこちらを待ち構えているように見えた。

灯りもなくたった一人……その不安が恐怖へと変わり、二乃(にの)の心を蝕んでいく……。

 

 

ザッ!

 

「いやっ!?」

 

 

後ろから草木を踏む音が聞こえ、驚いた二乃(にの)は肩を飛び上がらせると、ペタンとその場に座り込む。

 

 

「………最悪……」

 

 

毒づきながら、緊張で荒くなる呼吸を整える。

――何で自分が、何でこんな目に合わないといけないのか?ぶつけようのない不満が二乃(にの)の脳内を駆け巡っていた。

 

 

二乃(にの)!」

 

 

そんな中、木陰から(まなぶ)が現れる。

やっと見つけられてひと安心している。

だが、今の(まなぶ)の顔はおぞましいゾンビだ。精巧なメイク……ましてや灯りも少ない夜の森に出会ったことが不味かった。

 

 

「きゃあぁぁぁーーーーーッ!!?」

 

 

当然、二乃(にの)(まなぶ)の顔を見るなり悲鳴を上げると、その場から逃げだす。

 

 

「え!?待って!僕だ!」

 

「嫌ッ!来ないでッ!」

 

 

二乃(にの)の逃走に(まなぶ)は動揺しつつも自分だと証明しようと追いかけるが、逆効果。二乃(にの)はますます恐怖心に駆られ、走る速度を上げる。

この状況はまさに美少女を追いかけるゾンビというホラー映画のような構図となっていた。

 

逃げ続けること数秒。暗闇の森を突き進む二乃(にの)の前から月の光が漏れていた。

希望――この先を進めば森を抜けられると思った二乃(にの)だったが、その先は……

 

 

「――あっ」

 

 

道もない崖だった。

これこそ、風太郎が再三注意していた危険な崖だったのだ。

足から伝わる地面の感触が無くなり、ふわりと浮遊感に襲われたのち、二乃(にの)の体は真っ逆さまに崖の淵へ落ちようとしていた。

 

 

「くッ!」

 

 

二乃(にの)に追いついた(まなぶ)は彼女のピンチに血相を変える。

自分がスパイダーマンであることを隠すため、能力は出来るだけ使いたくないが、命には代えられない。

右手の中指と薬指を折り曲げた独特な構えを取ると、手首から蜘蛛糸――ウェブが射出される。

 

真っ直ぐ放たれたウェブは二乃(にの)の背中を捉えると、(まなぶ)の動きに従って、二乃(にの)を崖から引き上げる。

 

 

「痛ぅ~~…!え?」

 

 

草木が生える地面に仰向けに倒れた二乃(にの)は背中の痛みに顔を歪め、背中を擦っていると、背中にウェブが付着しているのに気付いた。

 

 

「これって……スパイダーマン?」

 

「(軽率だったかもしれないけど良かった……)」

 

 

ウェブを目にした二乃(にの)は先程の恐怖心はどこへやら、興味深々な目で周囲を見渡す。

その様子を(まなぶ)はほっとひと安心すると、木陰に隠れつつ、特殊メイクを取ろうとしたときだった。

 

 

パキッ

 

 

足元に落ちていた枯れ枝を踏んでしまう。

枯れ枝の折れる乾いた音が周囲に響く。

 

 

「ッ!そこにいるの?」

 

「(しまった……!?)」

 

 

その音に勘づいた二乃(にの)(まなぶ)が隠れている木のもとへ足を運ぶ。

このままだと、自分がスパイダーマンであることが発覚してしまう。それだけは避けなければならない……!

予想外のピンチに血の気がひいた(まなぶ)は慌てつつも、ズボンのポケットから取り出したスパイダーマンのマスクを装着した。

 

(まなぶ)が隠れる木へと近付いた二乃(にの)は期待に満ちた顔でその裏を見るが、そこにはただ月明りを受けて伸びる木の影だけがあった。

期待通りの展開にならなかった二乃(にの)は首を傾げる。

 

 

「あれ?気のせい――」

 

「やあ、お嬢さん」

 

「――ッ!?」

 

 

二乃(にの)が疑問に思った瞬間、突然後ろから声をかけられ、ビクッと肩を震わせる。

驚いた二乃(にの)は緊張で体を強張らせながら振り向くと、木の枝にウェブを引っ付け、蜘蛛のように逆さまにぶら下がるスパイダーマンの姿があった。

正体が自分であるという危険性を考えた(まなぶ)は急いでスーツを着た……否、そうせざるを得なかった。

とぼけても彼女の性格上、根掘り葉掘り訊かないと満足しないので、いっそのことスパイダーマンとして姿を現すのが最善と踏んだのである。

 

その効果あってか、驚いていた二乃(にの)はスパイダーマンの姿に安心したのか、ほっと胸を撫で下ろしている。

自分の判断は正しかったとスパイダーマンも安堵する。

 

 

「スパイダーマン……!もうっ!脅かさないでよ!」

 

「ははっ、ごめんごめん。脅かすつもりはなかったんだ」

 

「心臓が飛び出るかと思ったわ!」

 

 

ぷんすか怒る二乃(にの)にスパイダーマンは苦笑する。

いつものように苦言する二乃(にの)だが、その口調はキツイものではなく、友人と話すようなもので、表情も心なしか嬉しそうにしていた。

 

 

「(さて、どうするか……)」

 

 

地面に降りたスパイダーマンは悩む。

スパイダーマンとして登場はしたものの、その場しのぎのことしか頭になく、先のことは全く考えていなかった。

このまま適当なことを言って立ち去りたいが、ここは夜の森。二乃(にの)も自分にとっても未開の地である。

何があるのかわからない暗闇を女の子一人を置き去りにすることなんて出来ない。

打開策を考えるが、中々思いつかない。

 

 

「……ねぇ?」

 

「うん?」

 

 

思案する中、二乃(にの)の話しかける声が聞こえ、スパイダーマンは一旦思考を停止する。

スパイダーマンに見つめられた二乃(にの)は恥ずかしそうに数秒沈黙したのち、口を開く。

 

 

「妹とはぐれちゃったの。一緒に探してくれないかな?」

 

 

二乃(にの)の提案にラッキーと心の中で呟くスパイダーマン。

彼女の方から言えば、適当な理由を言わずに済むし、五月(いつき)を探すという目的を果たせる……一石二鳥、願ったり叶ったりである。

天からの助けと思ったスパイダーマンはその提案に乗っかることにした。

 

 

「オーケー。任せてよ」

 

「ありがとう」

 

「じゃあ、行こうか」

 

「待って!」

 

 

そう言ってスパイダーマンが森の中へ入ろうとしたとき、二乃(にの)が呼び止める。

スパイダーマンが首を傾げて振り向くと、二乃(にの)は視線を逸らしながら左手を差し出す。

 

 

「……怖いから……手、握って……」

 

 

いつもの強気な態度はどこへやら……二乃(にの)は恥ずかしそうに頬を赤らめ、しおらしくしていた。

普段の態度を知らなければ、どこにでもいる普通の女の子だった。

 

 

「……」

 

 

あまりもの豹変振りにスパイダーマンは言葉を失うも、彼女の手が震えていることに気付いた。

二乃(にの)とて、怖いものは怖い、普通の人間なのだ。

 

――仕方がない。

ここで立ち往生しても意味はないので、スパイダーマンは二乃(にの)を手を握る。

強気な態度とは反して、女の子らしい小さな手に少し驚く。ほんの少し力を込めれば、折れてしまいそうだった。

 

 

「……ッ!」

 

 

手を繋いでくれたのが嬉しかったのか、二乃(にの)もぱあっと明るい顔を浮かべると、握られている手をギュッと握り返す。

固くてごつごつとした感触に心の底から安心感が込みあがる。

それと同時に胸の鼓動が高鳴ったことを実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手を繋いだスパイダーマンは行方知らずの五月(いつき)を探すべく、森の奥へと歩いていく。

スパイダーマンの視力は優れており、灯りが無くとも周囲の光景はナイトレンズのように大体把握することが出来る。

とは言っても夜の森が危険なことは変わりないので、慎重に進んでいく。

 

 

「あなたってここに住んでるの?」

 

「いや、気晴らしに来たんだ。親愛なる隣人にも休暇が必要だからね」

 

「へ~……歳はいくつなの?」

 

「君と変わらないくらいだ」

 

「そうなんだ!何か親近感湧くな~……で、どこに住んでるの?」

 

「あー……それは言えない。T市に住んでるとしか……」

 

「あ、ごめんなさい……。ところで、何で顔を隠してるの?」

 

「僕って……とっても、シャイなんだ。誰かと話すのも緊張するから、こうやって顔を隠してるわけ」

 

「ふ~ん。意外とお茶目なのね」

 

「ははっ……」

 

 

捜索の道中、二乃(にの)の口から次々飛び出す質問に、スパイダーマンはドギマギしながら適当に答える。

表の顔である天海(あまかい) (まなぶ)に繋がるようなことは言えないので、気が気でなかった。

(まなぶ)のときには全く興味を示さなかったのとは打って変わって、興味津々に聞いてくる。

――これが逆であればいいのに。スパイダーマンは切に思った。

 

捜索に全く集中できないスパイダーマンを尻目に二乃(にの)は夜空を見上げる。

綺麗な北斗七星が点々と輝いている。

その美しさに想いを馳せていると、あっと声を上げて再び尋ねる。

 

 

「スパイダーマン?いつもみたいに、ほら……糸出して、ビューンと飛ばないの?」

 

「したいけど、蜘蛛糸を引っかけられそうな高さのものがないし、僕もこの森の地形がわからない。僕はいいけど、君が野鳥や虫に刺されでもしたら大変だからね」

 

「へ~そこまで考えてくれてるなんて……。頭がいい人って憧れちゃうなー」

 

「………そりゃどうも」

 

 

ぽっと頬を赤らめ照れる二乃(にの)を見て、スパイダーマンはマスクの下で苦い顔を浮かべる。

二乃(にの)が言う”頭がいい人”に該当する人物は風太郎と(まなぶ)の2人だが、彼女は全く言うことを聞かず、いつも反抗的な態度ばかり取っている。

裏の顔と言うべき、普段の二乃(にの)を知っているスパイダーマンにとっては複雑なものだった。

 

そんな二乃(にの)に苦笑していると、スパイダーマンはある名案が思い浮かぶ。

――これは好機だ。スパイダーマンは逆に二乃(にの)に素朴な質問をぶつけてみることにした。

 

 

「あー……僕からも質問いい?」

 

「ッ、う、うん!いいよ!」

 

「相談を受けてね……どうして、上杉君や天海(あまかい)君を嫌うんだ?」

 

 

至ってシンプルな、前々から疑問だったことを尋ねる。どうして自分たちを毛嫌いするのかを。

考えてはみたが、どうも思いつかなかった。

普段の自分では訊けないことも、安心しきっているスパイダーマンであるときでしか訊けないことがあるかもしれない。それにかけたのだ。

 

その質問に二乃(にの)は笑顔から一変して目を点にすると、不快な表情を浮かべる。

――思い返すだけでも嫌なのか、とスパイダーマンが思っていると、二乃(にの)は口を開く。

 

 

「……私たち、()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

「驚いた?でも、本当。今のパパはママの再婚相手……私たちがまだうんと小さいときにね。まあ、ママは無理が祟って死んじゃったけど………」

 

 

遠い目をする二乃(にの)から語られる衝撃の事実にスパイダーマンは言葉を失った。

裕福な暮らしをしている彼女らに壮絶な過去があったとは……。

それに彼女ら五つ子の父親――中野 マルオは養父だったというわけだ。娘との距離感が離れすぎていることにも説明がつくわけだ。

スパイダーマンが納得していると、二乃(にの)は眉間にしわを寄せる。

 

 

「なのに、何?パパは何もわかってないわ!ママが近寄ってきた男のせいで人生、滅茶苦茶になったことは知ってるくせに!家庭教師か何か知らないけど、得体の知れない男を招き入れて……!パパもみんなもどうかしてるわ!」

 

 

忌々しく語る二乃(にの)に何とも言えない感情を抱くスパイダーマン。

そこまで信用していないのかとショックを受けた。

だが、理由ははっきりした。風太郎や(まなぶ)に敵意を向けるのは、全て母親の二の舞になりたくないからである。

それと同時に二乃(にの)がどんなに姉妹のことを大切に思っているのかも理解できた。

母親と同じ目に遭わせたくない……それが彼女の行動原理なのだ。

 

とはいえ、あまりもの情報の濃密さにスパイダーマンも頭が痛くなる。

こんな暗い話が飛び出るとは予想できなかった。

反応に困っていると、二乃(にの)が尋ねる。

 

 

「君、パパやママはいるの?」

 

「いないよ。僕が4歳の頃に科学実験中の事故で……」

 

「そうなんだ……何か、ごめん」

 

「いや、平気」

 

 

申し訳なさそうに顔を俯けて謝る二乃(にの)にスパイダーマンは気にしなくていいと返す。

スパイダーマンこと(まなぶ)の両親も幼い頃に喪った。共に過ごした思い出もあまり覚えていない。

 

二乃(にの)は顔を俯けるスパイダーマンに悲哀の眼差しを向ける。

顔がマスクで隠れていて表情こそ伺えないものの、悲しそうにしているのは伝わった。

何とかしてあげたい――母性本能だろうか。哀愁を漂わせる彼を見て、二乃(にの)は胸がときめいた。

 

 

「(あれ、これって……)」

 

 

顔が赤くなって胸の奥が締め付けられるように高鳴る感覚……。

今まで体験したことがない不思議な感情を二乃(にの)は知っていた。

――運命の人。目の前にいる覆面の紳士にときめいた二乃(にの)は湧き上がる感情に従って、あることを思いついた。

 

 

「……スパイダーマン。君は明日もいるのかな?」

 

「え?ああ……うん」

 

「良かった……。私たちの学校、明日キャンプファイヤーがあるんだ。その時にやるフォークダンスに伝説があって、フィナーレの瞬間に手を繋いでいたペアは結ばれるらしいの」

 

「そうなんだー」

 

 

いきなり別の話題を話し出した二乃(にの)にスパイダーマンは動揺しつつも適当な相槌を打つ。

同じ学校に通っているスパイダーマンは『結びの伝説』のことは既に知っており、五月(いつき)を誘おうと計画している。

だが、知っている素振りを見せると疑われるので、知らないフリを貫き通す。

 

 

「伝説って……ほんと大袈裟で……子供じみてるわ。正直馬鹿馬鹿しいと思ってる。でも、私もまだ子供ってことかしら。だからね、スパイダーマン……」

 

「(え、この流れって……)」

 

 

妙な甘い雰囲気を出し始めた二乃(にの)にスパイダーマンはまさかと息を呑む。

そして、その予想通り――

 

 

「私と踊ってくれませんか?」

 

 

二乃(にの)は貴族のようにロングスカートの裾を上げ、スパイダーマンをダンスのペアに誘った。

背景に浮かぶ月は彼女の美しさを醸し出していた。

しかし、スパイダーマンにははっきりとわかったことがある。二乃(にの)()()()()()()()()()()に恋していると……。

本心は五月(いつき)と踊りたいので断りたいが、新鮮な彼女の姿を見て、返す言葉が思いつかなかった。

 

 

「そのマスクの下に隠れてる顔を見せてくれなくても構わないわ……待ってるから………」

 

「……ッ」

 

 

頬を赤らめながら付け加えるように言って、微笑む二乃(にの)

この状況にスパイダーマンは困ったことになったと頭を悩ませる。

 

 

「わぁぁぁ~~」

 

「「ッ!」」

 

 

そんなとき、スパイダーマンが答えを渋っていると、近くの木々からゾンビのような声が聞こえてくる。

怖くなった二乃(にの)はスパイダーマンの後ろに隠れる。

スパイダーマンは二乃(にの)を後ろにつかせながら慎重な足取りで、声のする方へ近付く。

すると、そこにいたのは――

 

 

二乃(にの)ぉ……どこ行ったんですかぁ~~?」

 

 

2人が探していた人物……五月(いつき)だった。

迷子になった幼子のように泣きながらとぼとぼと歩いている。大方、帰ろうにも怖くて、周辺をウロウロしていたに違いない。

本物のゾンビでなくて良かったと安心した二乃(にの)五月(いつき)に駆け寄る。

 

 

五月(いつき)!」

 

「ふぇぇ……?」

 

「あんた紛らわしいのよ!」

 

「良かった……心細かったです~~」

 

 

姉の姿を見た五月(いつき)二乃(にの)のもとへ駆け寄る。

身内がいて安心したからか、先程まで流れていた涙も止まっていた。

 

妹と再会できて余裕が出来た二乃(にの)はいつもの調子に戻る。

 

 

「もう帰るわよ」

 

「よく一人で平気でしたね」

 

「違うわ。私は………あれ?」

 

 

そう言って二乃(にの)は振り返るが、先程まで後ろにいたスパイダーマンの姿はどこにもなかった。

キョロキョロと辺りを見渡す二乃(にの)に疑問を感じた五月(いつき)は尋ねる。

 

 

「どうしました?」

 

「何でもない。さ、帰りましょ」

 

「ま、待ってください!」

 

 

夢中になってわからなかったが、いつの間にか分かれ道近くへと戻ってきていた。

灯りが無くても後は大丈夫だろう。

首を傾げる五月(いつき)にそう返すと、二乃(にの)は歩き出す。

置いていかないでと駆け寄る五月(いつき)を背後に感じながら、二乃(にの)は蜘蛛糸を取り出す。それはスパイダーマンが先程自分を救ってくれたウェブの残りだった。

傍から見ればただの蜘蛛糸の残骸だが、二乃(にの)にとっては運命の赤い糸ならぬ……”運命の蜘蛛糸”だった。

 

 

「待ってるから……」

 

 

誰にも聞こえない声でそう呟くと、蜘蛛糸を大事そうにギュッと握りしめて、五月(いつき)と共に帰路へついた。

 

 

「(どうしよう……)」

 

 

その一部始終を木の上から見ていたスパイダーマンを頭を抱える。

――断れば良かった。

五月(いつき)をダンスに誘えるような余裕は彼にはなかった。

 

置かれた状況に悩みながらも、スパイダーマンは闇夜に隠れて、宿舎の方へ戻っていった……。

 

 

 




◆イースター・エッグ◆
①ゾンビの仮装をする(まなぶ)
 MARVEL COMICから発刊されている「マーベル・ゾンビーズ」では、スパイダーマンは他のスーパーヒーロー共々、ゾンビ化している。
 また、アニメ「ホワット・イフ…?《シーズン1》」(2021)では、スパイダーマンはゾンビハンターとして活躍している。

②死霊のはらわた
 1981年に公開されたホラー映画で、スプラッタホラーの金字塔と呼ばれている。
カルト的人気を誇っており、数多くの続編やリブート作が製作されている。
 ちなみに、監督は初期スパイダーマンシリーズ(2002~2007)に携わることになる、サム・ライミである。

③「It's Morbin' time……」
 みんな大好き史上最高のダークヒーロー映画「モービウス」(2022)に関連する海外のネットミーム。由来はモービウス本編……ではなく、海外版のスーパー戦隊「パワーレンジャーシリーズ」から。モービウス本編ではこのような台詞は一度も言っていない。
パワーレンジャーが変身する際の掛け声『It's Morfin' time』をもじったダジャレ。”モービウス”と”モーフィン”をかけている。
 モービウスのあまりもの完成度に感動したネットユーザーは『It's Morbin timeと言いながら、インフィニティ・ストーンで指パッチンするモービウス』などのコラ映像をネットの世界に放出し、大きな話題となった。
 これを見たSONY側は「モービウス」が人気があると勘違いし、アメリカの1000の映画館で再上映され、平均7人の来場者数を記録したほど皆に愛された。




※アンケート 『スパイダーマンを増やす?』の結果
 どうも、作者の「まゆはちブラック」です。アンケートにご協力頂いた方、貴重な一票を頂きありがとうございました。

アンケートの結果、『スパイダーマンは増やさない』という方針に決定しました。

 やはり、スパイダーマンは1人で悩み、解決しなければならないという王道のスタンスを望む声が多いですね~。
今後も、(まなぶ)がたった1人で襲い掛かる苦難に立ち向かう姿を見届けて頂けたら幸いです!


シンビオートを登場させる?

  • さあ、ノッていこうぜ…(YES)
  • じゃあな、マヌケ(NO)
  • 何だよ、ゴブリンJr.…泣くのか?
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