SPIDER-MAN Quintessential Quintuplets   作:まゆはちブラック

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#17 ドキドキ!夜の倉庫

 

 

「あ~~林間学校がいつまでも続けばいいのに~~」

 

 

肝試しが終わり、生徒たちが宿舎のロビーを行き交いしている頃。ご満悦といった表情を浮かべる二乃(にの)が甘い声を出していた。

肝試しが始まる前まで毒づいていた彼女がこんなにも機嫌が良いのは、スパイダーマン《運命の人》と巡り合うことが出来たからである。素顔はわからないが、崖から落ちる自分を助けてくれた彼の勇敢さと優しさにすっかり惚れ込んでしまったのだ。

 

 

「(どうしよう……あの時、無理やりでも断れば良かった……!)」

 

 

一方、その様子を遠くから見ていたスパイダーマンこと(まなぶ)は頭を抱えていた。

二乃(にの)を助けにいったが、あろうことか惚れられてしまい、ダンスにも招待されてしまった。

断ろうにもつい動揺して言葉が出なかったことと、五月(いつき)に見られると面倒なので隠れてしまった。

五月(いつき)を誘おうと思った矢先、自分を毛嫌いしている二乃(にの)と踊ることになるとは思いもよらず、後悔していた。

 

 

「(……でも、あの()が好きなのは僕自身じゃなくて、()()()()()()()()()()()()だ。直接言おうにも正体がバレるかも知れないし、結んだ約束を破ったら、それはそれで傷つけてしまうかもしれない……)」

 

 

スパイダーマンの正体が明かされるのは避けなければならない。

この情報社会が発達している時代。もし、少しでも正体に近付く情報が流されれば、特定されて、私生活に影響が及ぼす可能性がある。特に、スパイダーマンアンチの編集長がいる『デイリー・ビューグル』はしつこく糾弾するだろうし、最悪、裁判沙汰になる。

 

それに姉妹の中で一番気の強い二乃(にの)のことだ。

スパイダーマンの正体が今まで自分がけなしていた天海(あまかい) (まなぶ)と明かせば、怒るどころか、世間に公表する危険性がある。

危ない橋は渡れない。

 

冷や汗をかく(まなぶ)は再度、二乃(にの)に視線を向ける。

ニコニコ笑っている彼女の周りからは、『ぺかー』という擬音が見えてきそうだ。

幸せそうな二乃(にの)を見て、なおさら罪悪感を抱き、頭を悩ませる。

 

 

「よっ、肝試しお疲れさん。ほら」

 

「ッ、ありがとう」

 

 

――僕が2人いればいいのに。

叶わない願いを胸に秘めていると、後ろから親友の涼介がやってくる。自宅から持ってきたのか、缶ジュースを差し入れに来てくれたようだった。

(まなぶ)がひと言お礼を言って受け取ると、(まなぶ)の表情が気になった涼介は首を傾げて尋ねる。

 

 

「……どうした?顔色悪いぞ?」

 

「ああ……肝が冷えちゃって……」

 

「おいおい、脅かす側が冷えてどうするんだよ?」

 

 

(まなぶ)のジョークに涼介はおかしそうに笑うが、(まなぶ)本人は全く笑えておらず、ぎこちない笑みを浮かべていた。

 

 

「機嫌いいけど……何かあったのか?」

 

「……さ、さあ?あ、用事をあったから行ってくるよ。帰ったら神経衰弱でもやろう」

 

「?……ああ」

 

 

二乃(にの)を見て尋ねる涼介に(まなぶ)は目を逸らしてとぼける。

――実は彼女がスパイダーマンである僕のことが好きなんだ……なんてことは口が裂けても言えない。

これ以上考えたくないのもあり、(まなぶ)は疑問符を浮かべたままの涼介を置いて、そそくさと宿舎の外へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外へ出た(まなぶ)は風太郎含め、数人の生徒と共に宿舎に隣接しているレンガ倉庫にいた。

この倉庫にはキャンプファイヤーで使う数十本の丸太がある。集まる数人もの生徒はキャンプファイヤーの係で、丸太を広場へ運んで組み立てる仕事を行っているのだ。

 

係ではない(まなぶ)と風太郎が手伝っている理由は、肝試しを手伝ってもらった四葉(よつば)への恩返しである。

重い丸太を運ぶので人手が多いことには越したことはない……。誰1人として、ストップをかけなかった。

 

 

「上杉さんたちが手伝ってくれて助かります」

 

「よし!俺に任せろ!」

 

 

四葉(よつば)の期待に応えるべく、さっそく風太郎は両手で丸太の端を掴んで持ち上げにかかる。

グググ……と両腕と足腰に力を入れるが……

 

 

「はあっ……はあっ……」

 

 

 

丸太は少しも地面から浮かなかった。

歯を食いしばって持ち上げようと奮闘するも、丸太は少しも動かず、ただ息を切らすばかり。

一般の男子高校生でも両手で運べる重さなのだが、身体能力が平均以下の風太郎にはとても成しえない代物だった。

 

そんな風太郎を見かねた四葉(よつば)が丸太の反対の端を持つ。

すると、丸太は水面に乗せたボートのようにフワッと持ち上がった。

 

 

「あはは……上杉さん、無理しないでくださいね」

 

「……」

 

 

風太郎を気遣って苦笑する四葉(よつば)

その笑顔は良いところを見せるどころか逆に気遣われた風太郎には面子丸潰れであり、恥ずかしさから何も言えなかった。

 

 

「よいしょ」

 

 

2人のやりとりをよそに、(まなぶ)も丸太を持ち上げにかかる。

ほんの少し力を込めると、丸太は簡単に地面から離れた。スーパーパワーを持つ(まなぶ)にとっては、この程度の重さは屁でもない。片手でも楽々にいける。

 

しかし、軽々しく力を見せていると、周囲から忌避の目を向けられてしまう。

その孤立感は、まだこの力の意味を理解していないときに昂輝を殴り飛ばしてしまった過去に痛いほど味わっている。

それに、自分がスパイダーマンであることも突き止められる危険性があるので、(まなぶ)は”普通”

”を装って、両手で重そうに持ち歩いているように演技するようにしているのだ。

 

そんな一幕がありながらも、丸太は運ばれていき、広場中央に井桁型に重ねて組み立てていく。

真ん中には薪や小枝などを燃やすスペースを設けている。風で飛ばされる可能性を考慮して、当日に入れる手筈になっている。

(まなぶ)と風太郎?の助力もあって、倉庫に積み上げられていた丸太はあっという間に無くなり、残り1本となった。

 

そのラストバッターは(まなぶ)

これを運び終えたら終わり……。最後なので、気合を入れた(まなぶ)が持ち上げたとき、変な浮遊感があった。誰かに持ち上げられているような感覚だ。

不思議に思った(まなぶ)が丸太の反対の端へ顔を向けると、両腕で支えている一花(いちか)の姿があった。

 

 

「わっ、重っ……おや?よく見たら、マナブ君じゃん。お久しぶり」

 

「お久しぶりって……君、この係だし、持っていくときに何度もすれ違っただろう?会話もしたし」

 

「あははー!そうだった」

 

 

この場で初めて会いましたと言わんばかりの反応をする一花(いちか)(まなぶ)が眉根を下ろしてツッコむと、一花(いちか)はてへっと舌先を出して笑う。

傍から見れば和やかな雰囲気だが、(まなぶ)は警戒心を高めていた。

知り合った頃から、一花(いちか)のからかいに振り回されっぱなしで、乗せられないように努力するも、いつもペースに乗せられてしまう。

出来ればあまりからかわないでほしいが、彼女が悪意を持ってやっていないことは(まなぶ)にはわかっているので、言うに言えないのだ。

 

 

「ねぇ、ダンスの相手決まった?」

 

 

(まなぶ)が丸太をいざ運ぼうとしたとき、一花(いちか)のふとした質問に耳を留める。

――新手のからかいか?シンプルに五月(いつき)を誘うつもりと言ってもからかわれるのがオチなので、はぐらかして答えることにした。

 

 

「いや、まだだけど……」

 

「へ~そうなんだ。五月(いつき)ちゃん、誘わないの?」

 

「考え中。そっちは涼介と踊るんだろ?」

 

「まーねー。特に意味ないんだけど、誘ってくる人が多くてさー」

 

 

間の伸びた声で答える一花(いちか)。彼女は男子の中でも人気があり、あまりにも申し込まれるのが面倒なので、同じクラスで友人の涼介とペアになったのは(まなぶ)も知っている。

笑われものの自分と違って、皆から憧れの眼差しを向けられているのは羨ましくもあった。

 

 

「人気者は辛いね……ッ!?」

 

 

それがあってなのか。

嫉妬心から、ほんの少しいじわるしてやろうと(まなぶ)はそう言って嘲笑するも、一花(いちか)へ顔を向けた瞬間、言葉を失う。

 

―――涙。一筋の涙が彼女の目から頬を伝って流れていたのだ。

そこまで悪気があって言ったわけではないが、傷つけたと思った(まなぶ)は顔面蒼白になって慌てる。

 

 

「え……!?ご、ごめんっ!そんな……傷つけるつもりはなかったんだ!癇に障ったなら謝るよ!」

 

「……違うの。ただ………ごめん。一旦、置いていいかな?」

 

「え?あ、はい」

 

 

顔を俯ける一花(いちか)からいつもと違う雰囲気であることを察した(まなぶ)はかしこまると、丸太を入口付近の壁に立てかける。

動揺を残しつつも(まなぶ)一花(いちか)に涙の意味を問おうとしたとき――

 

 

「よーし、全部運んだわね」

 

「疲れたよー」

 

「「ッ!!」」

 

 

倉庫の外から女子の話し声が聞こえ、(まなぶ)一花(いちか)はどちらからともなく、反射的に立てかけた丸太の陰へ隠れた。

 

 

「これって、隠れる必要ある?」

 

「ははっ……」

 

 

外にいる2人に聞こえないくらいの声量で苦笑する一花(いちか)(まなぶ)は笑い返す。

悪事を働こうというわけでもないので、コソコソ立ち回る必要はない。

しかし、後ろめたい理由がないのにも関わらず、『見られてはマズイ』という気持ちが考えるよりも先に2人の身体を突き動かしたのだ。

 

――これ以上隠れても仕方がない。

(まなぶ)が丸太の陰から身を乗り出そうとした矢先――

 

 

ギィィーーー……ガシャン!ガチャ!

 

「ガシャン……」

 

「ガチャ……」

 

 

と、入口から金属製の扉が閉まるような音と施錠音が倉庫内に響く。

それを耳にして、嫌な予感がした(まなぶ)一花(いちか)が入口に向かうと、扉はピッチリと閉じられていた。

 

 

「嘘、噓噓噓……!!」

 

 

青ざめた(まなぶ)は外にいる人間に出してもらうようにドンドンと扉を叩くが、外にいた女子たちは既に引き払っており、倉庫の周囲には誰もいなかった。

 

――閉じ込められた。

その事実だけがはっきりと伝わった。

(まなぶ)が本気を出せば、このくらいの扉でも楽々に壊せるが、すぐ近くには一花(いちか)がいる。無闇に出せない。

つまり、どうしようもないということなのだ。

 

 

「あはははは……」

 

 

何も出来ない状況に2人は「こりゃ一本とられたね」と、顔を見合わせて笑うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いな……」

 

 

その頃、宿舎のロビーではベンチに腰掛ける涼介が缶ジュース片手に(まなぶ)の帰りを待っていた。

別れ際に神経衰弱をする約束をした。待とうとも部屋で待っていられず、すぐに会えるロビーで待つことにしたのだ。

 

だが、遅い。あまりにも遅すぎる。

キャンプファイヤーの準備にしても、長くて1時間くらいで終わる作業だ。

既に作業を終えた生徒たちは30分前には宿舎の方へ帰っていた。

 

 

「何やってんだよ……」

 

 

未だ来ない親友に涼介は少し苛立ちながらも、時計を見上げる。

もうすぐで就寝時間の22時に差し掛かろうとしていた。今帰ってきたとしても、遊ぶ時間はもうないだろう。

その現実に涼介は嘆息をつく。

 

 

「上杉さん!運動にもなって、良かったですね!これぞ、一石二鳥!」

 

「ああ……いい運動になったよ………」

 

 

そんな中、正面玄関の方から2人の男女の話し声が聞こえてくる。四葉(よつば)と風太郎だ。

彼らもようやく作業を終え、帰ってきたのだ。

いい汗かいたー、と元気な顔を見せる四葉(よつば)とは対照的に、体力が限界な風太郎はぜぇぜぇと息を切らしながら皮肉を吐いていた。

 

――同じ作業をしていたあいつらなら知っているかもしれない。

そう思い立った涼介は四葉(よつば)のもとへ駆け寄る。

 

 

四葉(よつば)さん」

 

「あ、緑川さん!どうしたんですか?」

 

(まなぶ)を見なかったか?」

 

天海(あまかい)さん?う~~ん……そういえば見てませんねー……」

 

 

涼介に尋ねられた四葉(よつば)は顎に手を当てて、首を傾げる。

四葉(よつば)は先程まで一緒に作業をしていたのですれ違った姿は覚えているが、あまり意識して見てはいなかった。

記憶に詳細なデータがないことを尋ねられたので、声を唸らせることしかできなかった。わからなすぎて、頭頂部のうさ耳のようなリボンもクエスチョンマークを作っていた。

 

 

四葉(よつば)一花(いちか)知らない?」

 

 

3人が(まなぶ)の行方について考えている中、三玖(みく)が尋ねてやって来る。その後ろには五月(いつき)の姿もあった。

彼女らも一花(いちか)の帰りが遅いことを心配してやって来たのだ。

 

 

「ううん……見てない………あっ!でも、倉庫に行くのを見たかも……」

 

 

首を横に振る四葉(よつば)だったが、少ない記憶から割り出した光景を思い出す。

はっきりとそうであるかは自信はないが、倉庫のある方向へ歩いていく姿を目撃した。

そうとわかるな否や、五月(いつき)はいの一番に声を上げる。

 

 

「わかりました。なら、私が探してきます」

 

「おっと。俺もついていくよ。こんな夜道に女の子一人で行かせるわけにはいかないからな」

 

「緑川君、ありがとうございます!」

 

 

ペコリと律儀に頭を下げる五月(いつき)に涼介は「いいってことよ」と言わんばかりに微笑む。

さっそく、五月(いつき)と涼介は倉庫の施錠を解くため、鍵を管理している教師のもとへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この前、夜に目が覚めてリビングに行ったんだけどさー……台所から灯りがついていたの。深夜2時くらいだから、誰も起きてるはずがないの。で、台所に行ったら五月(いつき)ちゃんがいたんだ」

 

「え、それで?」

 

「うん。何してるのかなーってコッソリ見たら、シュークリームを食べてたんだよ。夜中にね。それで『夜食したら太っちゃうよ?』って言ったらさ、面白いこと言ったの!」

 

「何て言ったの?」

 

「『これは水分補給と同じです。これを”食べ物”と自覚しない限り、いくら口にしても太りません』って!アハハッ!それがおかしくてさ~!」

 

「ははっ!無茶苦茶な理論だな~」

 

 

一方、倉庫に閉じ込められた一花(いちか)(まなぶ)は入口の扉によっかかって座っていた。

現状、どうしようもないので助けが来るのを待つしかないが、ただ待つのも退屈なので、こうして談笑していた。

始めは何か罠があるのかと警戒していた(まなぶ)一花(いちか)の話の面白さにすっかり魅了され、気付いたら興味津々に聞いていた。

 

 

「冷えるね~」

 

「ああ。厚着してくれれば良かった」

 

「同感。あと暖房も」

 

 

談笑していた2人だが、冬近くの倉庫の寒さに身を震わせる。

暖房もない倉庫は夜もあって冷え冷えとしており、扉や床、壁も全て氷のように冷たくなっていた。

しかも、一花(いちか)(まなぶ)は上着一枚のラフな服装。そんな恰好で、ただでさえ冷えている倉庫にいるのは厳しい。

2人は口々に後悔を呟いた。

 

秋の夜の冷たさを前に余裕がなくなり、会話が途切れる。

いつも余裕綽々な一花(いちか)でもこの寒さには大分応えており、寒そうに体操座りのまま、身を固めていた。

話のペースが乗ってきたのを崩すわけにはいかない、と思った(まなぶ)は自分から話を振る。

 

 

「……ねぇ?何かモノマネっていうか、演技してみてよ」

 

「え?」

 

「あ……女優業やってるのは知ってるけど、生で見たことないから。良かったら、見てみたいなーって……」

 

 

唐突の提案にきょとんと顔を向ける一花(いちか)

『何か面白い話をしてよ』といきなり振られたときに似た反応だ。

予想外の反応に(まなぶ)は言葉を詰まらせながらも、精一杯伝える。

すると、一花(いちか)はクスリと笑うと、その場から立ち上がり――

 

 

「しょうがないなー。そこまで言われたら、お姉さん断れないよー。特別にやったげる」

 

「ありがとう」

 

 

と、いくらか余裕を取り戻したのかいつもの口調で提案に乗る。

機嫌を損ねなくて良かったと(まなぶ)がほっと安堵していると、一花(いちか)(まなぶ)の正面に立ってモノマネをし始める。

 

 

「ちょっと、天海(あまかい)!私から20m離れなさいよ!」

 

「え?二乃(にの)だ!」

 

「……抹茶ソーダ、飲む?」

 

三玖(みく)!」

 

「あまかいさんってどういう字なんですか?」

 

「はー、四葉(よつば)だ!」

 

「お腹空きました~~!」

 

五月(いつき)だ!凄いな!」

 

 

一花(いちか)の多彩な演技力に(まなぶ)は脱帽する。

声だけでなく、身振りしぐさ、顔の動きなども忠実に再現していた。

あまりの演技力に”凄い”と言わざるを得ず、気付けば拍手を送っていた。

 

 

「凄いよ!ここにいないのに、本人かと思っちゃったよ!」

 

「喜んでくれて、ありがとう。じゃあ、アンコールに応えて、狼狽えるマナブ君のマネでも……」

 

「いや、それは結構。アンコールしてないし」

 

 

一花(いちか)の提案をキッパリと断る(まなぶ)

それはそれで見たい気がするが、彼女の演技力から普段の自分を見るようで恥ずかしくなる。

一花(いちか)は「自信あったのにー」とぶつくされながら、元々座っていた(まなぶ)の隣へ座った。

 

しばらくいつもの余裕の表情を見せていた一花(いちか)だったが、ふっと沈んだ表情に変わる。

足先から続く床を見ながら、ボソッと呟く。

 

 

「………私、学校辞めるかも」

 

「えっ」

 

 

その呟きを聞き逃さなかった(まなぶ)は凍り付く。

学校を辞める……。その不安を煽る一言は、これまで聞かせてくれた話のどれよりも衝撃的だった。

驚きの表情を向ける(まなぶ)一花(いちか)は自嘲的な笑みを浮かべる。

 

 

「お祭りのときに受けた映画のオーディション……。あれ以来、たくさんのドラマや映画のオーディション受けても落とされてばかりでさ………上手くいってないんだ。学業と演技のレッスンの両立ってやっぱ厳しくて、事務所の同年代の子たちも留年覚悟で休んだり、融通の利く学校に転校してるみたい」

 

「そんな……あんなに良い演技してたじゃない。素人の僕からしても上手かったと思ったのに、辞めるって……」

 

「いい。ほら、私って知っての通り、学業は絶望的だからさ、高校には未練がないかなーって。演技の先生にも『役者の世界を選ぶか、学業を取るのかはあなた次第』って言われて……。でも、私、オーディションに落とされてばかりだし、どっちを選んでもキツイよね?」

 

 

一花(いちか)はそう自嘲気味に言うが、(まなぶ)には全く笑えなかった。

アカデミー女優……その遠くも輝く夢。夢の実現のために学業の合間を縫って奮闘する彼女を笑えるはずがなかった。

笑みを浮かべていた一花(いちか)だったが、すぐに悲しそうな顔に変わると、両膝の前に組んでいた腕にすっぽりと顔を埋める。

 

 

「自分で選んだのに……」

 

「……」

 

 

一花(いちか)の物悲しい呟きに(まなぶ)は何とも言えない顔を浮かべる。

(まなぶ)はあのときに流した涙の意味がわかった。上手くいっていないときに『人気者』なんて言われれば、意図してなくとも心に突き刺さる。自分の失言を反省した。

いつもお姉さんぶっている一花(いちか)も自分と同じ悩みを抱える10代の少女なのだ。

 

だが、このままにしておくのはいけない。

こんな悩みを抱えている一人の少女を前にして、見過ごすわけにはいかなかった。

(まなぶ)は慎重に言葉を選びながら、話しかける。

 

 

「……あー……その、あまり卑下しない方がいい。君はしっかりやれてるよ。辞める必要なんてない」

 

「……え?」

 

 

(まなぶ)の言葉に耳を傾けた一花(いちか)は伏せていた顔を上げて、クリっとした大きな目で見つめる。

興味を持ってくれた好機と、(まなぶ)は話し続ける。

 

 

「素人の僕が言うのもなんだけど、本当にいい演技してたと思うよ?」

 

「……そう?」

 

「うん。だって、君は”アメイジング”だ。言葉通りに受け取ってよ?君は本当に素晴らしいよ……君はアメイジングだ。自分で言ってみて?」

 

 

とにかく褒める。(まなぶ)が精一杯思い浮かべた最適解はこれだった。

自信を無くしている一花(いちか)にとっては論理的に言うよりも、感情で慰める方が効果があると踏んだのだ。

 

 

「……ぷっ、あははっ!!何それー!」

 

 

その効果あってか、一花(いちか)は吹き出すと、面白おかしく笑う。

笑う意味はなかった。ただ、笑いが込み上げてきたから笑ったまでである。その笑いは、先程まであった悩みも吹き飛ぶ勢いだった。

励ますつもりが意図せず笑わせてしまったことに(まなぶ)は苦笑しながら尋ねる。

 

 

「おかしかったかな?」

 

「あははっ!何でもない。ただ、うじうじしていた自分がおかしくって……!フータロー君なら、『俺の給料はどうなる?』とか、言いそうだよねー」

 

「ああ。彼なら、言いそうだ」

 

 

風太郎の声真似しながら話す一花(いちか)の想像に微笑んで頷く(まなぶ)

風太郎の普段の口ぶりから台詞を想像するのは容易い。風太郎本人は悪気があって言ってるのではなく、素直になれないところから来ているものだ。

 

 

――トクンッ

 

 

精一杯考え、励ましてくれる。

たどたどしいながらも気力を与えてくれる(まなぶ)の行動に、一花(いちか)は胸の高鳴りを感じるが……

 

 

「(いけない、いけない……。吊り橋効果に惑わされちゃ……)」

 

 

と、自分に言い聞かせ、高鳴る胸の前に手をそっと添える。

これは彼にときめいたのではなくて、閉鎖的な環境に置かれた心理によるものに違いない、と。

それに(まなぶ)が好きなのは五月(いつき)である。異性として好きになるなどあってはならない。

 

 

「よっと……ッ」

 

グラッ……

 

 

一花(いちか)は気持ちを切り替えようと立ち上がるが、踏み外して立てかけていた丸太に足をぶつけてしまう。

重心がずれた丸太は重力に従って、その2mを優に超える長さをもって一花(いちか)の方へ倒れようとしていた。

 

 

「――ッ!」

 

 

血相を変えた(まなぶ)は飛び出すように立ち上がる。

そして、素早く一花(いちか)の腰を腕で引き寄せながら、左回りにターンしながら丸太を避けた。

丸太が扉にぶつかる音が倉庫内に響く。

 

 

「……」

 

「大丈夫?」

 

 

一瞬の出来事に一花(いちか)は言葉を失っており、安否を確認する(まなぶ)の声も聞こえなかった。

 

すぐに我を取り戻した一花(いちか)は現在の自分の体勢に気付く。

後ろへ倒れ込む自分の背中を(まなぶ)が腕で抱えている……さながら、社交ダンスの振り付けのような体勢だった。

なので、顔の距離も自然と近いものとなっていた。

 

 

「怪我……ないみたいだね……」

 

 

返事がないことに不安を持ちつつも、ひとまず微笑む(まなぶ)

何事もなく良かったと安堵してのものだった。

しばらくして、扉の衝撃を受けた防犯センサーが警報音を鳴らす。

 

 

ビー!ビー!ビー!

 

「~~~ッ!」

 

 

警報音が鳴ると同時に、顔の距離が近いことで一花(いちか)は一気に頬を赤らめる。

倉庫中に鳴る警報音は彼女の胸の高鳴りを現すかの如く、激しく響いていた。

幼さを持ちながら、どこか逞しく哀愁を感じさせる(まなぶ)の笑顔に一花(いちか)は顔の熱が高くなっていることを感じていた。

 

一花(いちか)がドキドキと胸の早鐘を打つ中、防犯センサーからアナウンスが鳴る。

 

 

《衝撃を感知しました。30秒以内にアンロックしてください。解除されない場合、直ちに警備員が駆け付けます》

 

「えっ!ちょっと、やば!は、放してっ!」

 

「ああっ!?ちょっと、暴れないで!転んじゃう……うわっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

 

アナウンスの内容に加え、急に恥ずかしくなった一花(いちか)は降ろすようジタバタ暴れ出す。

(まなぶ)は慌てて止めようとするが、暴れたことに伴ってバランスを崩し、床へ倒れ込んでしまう。

 

 

ガチャ!

 

 

丁度、2人がすったもんだしているとき、扉の施錠が解かれる音と共に警報音が止まった。

扉が開けられると、外から五月(いつき)が入ってくる。

 

 

天海(あまかい)君、一花(いちか)。いますか――――ッ!?」

 

「あ」

 

 

五月(いつき)は2人の安否を確認しようと声をかけるも、目の前の光景に唖然とする。

目を丸くしてこちらを向く(まなぶ)一花(いちか)を押し倒しているような体勢だった。

それもそうだろう。扉の先にいる男子が女子を押し倒している………しかも、相手は友人と自分の姉だ。いかがわしいことをしようとしているにしか見えなかった。

 

 

「~~ッ!」

 

「あ!ちょっと、五月(いつき)さん!?」

 

 

見てはいけないものを見てしまった羞恥に頬を赤らめた五月(いつき)は回れ右して、その場から逃げるように駆け出す。

反対側から少し遅れてやってきた涼介にも顔を合わせず、一心不乱に夜道を駆けていった。

 

 

「何なんだ……?」

 

 

ことの顛末を知らない涼介はすれ違い様に去っていった五月(いつき)の後ろ姿を、困惑した眼差しで見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倉庫から100mほど離れた木々の陰に身を隠す五月(いつき)

(まなぶ)一花(いちか)を押し倒しているような光景を目の当たりにしてつい動揺してしまい、反射的に逃げ出してしまった。

 

はぁはぁと切らした息を整えると、冷静に状況を整理する。

一花(いちか)(まなぶ)を探しに教師から鍵を借りて、倉庫へ行ったら、(まなぶ)一花(いちか)に乗りかかっていた。

只事ではない……。友人関係の男女であるのなら、絶対にあり得ないシチュエーション。より親密な関係でなければしない行動である。

目撃情報から、五月(いつき)はひとつの答えを導き出す。

 

 

「(天海(あまかい)君は一花(いちか)のことを……)」

 

 

――好き?

友人としてでなく、()()()()()()()だということだ。

そんなに意識しているようには思えなかったが、思い返せば、2人で登校してきたり、廊下で談笑しているときもあった。

恋愛関係であることを大っぴらにしないことが、より現実味を深ませる。

 

 

「(……嘘っ!?)」

 

 

――一花(いちか)天海(あまかい)君が恋仲?

その妄想に五月(いつき)は冷静でいられず、ドクンドクンと早鐘を打つ胸は爆発しそうなぐらい高鳴り、顔は熟れたリンゴのように真っ赤に染まっていた。

やかんであれば蒸気が飛び出そうなくらいだ。

 

 

「(ああ、お母さん。私、どうすればいいのでしょう……!)」

 

 

ありえないと思うが、現実……。

考えれば考えるほど混乱し、頬を手に当て、今は亡き母に助けを求めるのだった。

 

 

 




◆イースター・エッグ◆
①裁判沙汰になる
 「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」(2021)では、スパイダーマンの正体がピーターと明かされたことで、私生活に多大な悪影響を及ぼした。
 実際、ミステリオ殺害、スターク社のドローンを使ってのテロ行為の容疑で裁判沙汰になり、学校にもまともに通えなく、志望の大学から入校を断られた。

②「君はアメイジングだ」
 「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」(2021)にて、ピーター2がピーター3に対して放った台詞。ピーター3役であるアンドリュー・ガーフィールドが憧れたピーター2こと、トビー・マグワイアに認められたような夢の瞬間でもある。


シンビオートを登場させる?

  • さあ、ノッていこうぜ…(YES)
  • じゃあな、マヌケ(NO)
  • 何だよ、ゴブリンJr.…泣くのか?
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