SPIDER-MAN Quintessential Quintuplets   作:まゆはちブラック

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※注意
 本作では五つ子たちが熱で寝込んでいる風太郎の部屋へ侵入する展開はありません。
理由としては、病床の人間なら気分が落ちているのでそっとしてほしいのが常識であり、原作内で風太郎が言っておりますが、うるさくて寝られないからです。
 そのままだと、五つ子たちが不自然に動かされているような気がするので、本作では”無し”となりました。
原作の展開が好きな方々、申し訳ございません。



#19 共に踊ろう

リフトを降りてから数時間後。

外はすっかり夜の戸張が下り、宿舎の外にある広場ではキャンプファイヤーが行われていた。

広場中央でメラメラと燃える焚火は暗闇を赤く照らし、幻想的な雰囲気を醸し出している。

ちなみに風太郎は離室に運ばれ、面会謝絶となっていた。

 

 

「最後のダンスどうする~~?」

 

「俺、今から誘っちゃおうかな!」

 

 

周囲からそんな楽しげな声が聞こえる中、隅っこの方で(まなぶ)は1人木の下で座って眺めていた。

五月(いつき)を誘ったはずの彼が何故、1人なのか。それは、五月(いつき)に踊るのを断られたからである。

 

 

『……すみません。お気持ちは嬉しいのですが、皆にご迷惑をお掛けしました………。私に踊る資格はありません……』

 

 

(まなぶ)はリフトで断られたときの言葉を思い返す。

五月(いつき)は今回の騒動で責任を感じており、姉妹や風太郎を慌てさせたにも関わらず、自分だけ楽しもうとすることはできなかった。

 

 

「はぁ……」

 

 

それを思い返した(まなぶ)は嘆息をつく。

彼女の意思を尊重して承諾したものの、本心としては一緒に踊りたかった。強く引き留めるべきだったかもしれない。

 

だが、後悔しても遅い。

既に過ぎたことを考えても仕方がない。

今はただ、キャンプファイヤーが終わるのを待つばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、五月(いつき)一花(いちか)の看病をしていた。

安静していたおかげか、一花(いちか)の顔色はよくなり、熱もすっかり冷めていた。

 

 

「ありがとう、五月(いつき)ちゃん。朝よりだいぶよくなったよ……」

 

「まだ寝ててください。完全に治ったと確証がありませんから」

 

「あははー……そーだね。緑川君には悪いけどね~」

 

 

五月(いつき)から水を搾ったタオルを手渡された一花(いちか)は身体の汗を拭きながら苦笑する。

一花(いちか)は本来なら涼介と踊ることとなっていたが、風邪がぶり返す恐れがあるので、涼介には謝ると共にキャンセルした。

 

キャンプファイヤーの話題を話してふと気になった一花(いちか)は尋ねる。

 

 

五月(いつき)ちゃんは行かないの?誰かに誘われたんじゃ……」

 

「……天海(あまかい)君に誘われましたが、お断りしました……。今回、皆を困惑させた発端ですし、そんな楽しむような資格は………私にはありません」

 

 

そう語る五月(いつき)だが、その本心は全くの逆で、(まなぶ)との誘いに乗りたかった。

だが、大騒ぎさせた罪悪感があってGOサインを出せずにいた。

心に従いたいが、主犯の自分が楽しんでは、巻き込んだ皆に悪い。それが許せなかったのだ。

 

一花(いちか)には長年暮らしてきたこともあり、末の妹が考えていることはお見通しであった。

彼女の心情を汲み取り、寄り添うように話しかける。

 

 

「……五月(いつき)ちゃん、自分を責めすぎだよ。どんなに失敗して、相手を傷つけても、幸福を求めちゃいけないなんて法律はないよ。ほら、”誰にだって幸せになる権利がある”って言うじゃん。もっと気楽に、プラスになるように考えなよ」

 

「……そうでしょうか?」

 

「そーだよ!五月(いつき)ちゃん自身は反省してるんでしょ?それで充分じゃない。明るくリラックス!そうじゃないと……この先もっとキツイよ?」

 

 

一花(いちか)は軽口ながらもつらつらと諭す。彼女の言動は昨晩、(まなぶ)が励ましてくれた影響によるものだ。

(まなぶ)はあまり深いことは言っていない。けれど、女優業が上手くいっていない一花(いちか)の悩みを吹き飛ばすのには充分だった。

一花(いちか)五月(いつき)が変に意地を張って、素直にならないことはよく理解している。

だからこそ、自分が望むことを精一杯楽しんでほしく、説得にかかったのだ。

 

真意を突いた説得は岩のように固まっていた五月(いつき)の心を動かすには効果抜群だった。

揺らぎ始めているが、まだ負い目が邪魔して動けないでいた。

けれど、それもあと一歩というところだ。一花(いちか)はその”あと一歩”というピッケルを振り下ろした。

 

 

「マナブ君は悪い人じゃないし……それに一生に一度の思い出だからさ。行ってきなよ」

 

「……ッ」

 

 

そう言って微笑みかけながら、五月(いつき)の心を突き動かす。

一花(いちか)の後押しを受けた五月(いつき)は重い腰を上げると、寝室の出入口の扉の前へ行く。

 

 

「ありがとうございます……行ってきます」

 

「うん」

 

 

そして、振り返り様に告げると、扉を開け、広場の方へ向かっていった。

扉が閉まる音を耳にしながら、一花(いちか)は出ていく寸前の五月(いつき)の顔を思い返す。

その顔は表情豊かで明るいものだった。

まだぎこちなさはあるものの、先程までの自責の念で押し潰されていた暗いものよりも断然良かった。

そのことを思い返すと、自然に笑みが浮かぶ。

 

それと同時に別の感情が込み上がる。”後悔”という名の後ろめたい気持ちに。

五月(いつき)には後押ししたものの、(まなぶ)と一緒に踊るということを考えると、何故かもやもやした不安が押し寄せる。

 

 

「(何でこんな気持ちになるんだろ……?)」

 

 

――応援しているはずなのに。

一花(いちか)は取り除こうとするが、”もやもや”は粘着テープがくっついているように粘り強く、胸の奥から離れない。

 

自分が取った行動とは相反する気持ちに、一花(いちか)は一人、困惑するのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、広場ではキャンプファイヤーを囲ってダンスを踊っていた。

選んだ相手と手を取り合い、火の灯りで影が伸びる。周囲には喜びに満ちた男女の笑い声が飛び交っていた。

 

終盤に近付くにつれ、ヒートアップしていく様を(まなぶ)は達観した目で眺めていた。

(まなぶ)は視線の先で踊る同級生たちの姿が羨ましかった。

――もし、五月(いつき)からOKを貰っていたら、あの場所に加わってたかもしれない。目に映る幸せそうな顔、耳に聞こえてくる声でどこか虚しく感じる。

 

 

「(誘えただけでも良かった……)」

 

 

とはいっても、現実は変わらない。

理想は叶わなかったが、勇気を出して誘っただけでも大成果だった。

曇った感情に包まれる(まなぶ)は自分を褒めて、気を紛らわせていた。

 

 

天海(あまかい)君」

 

 

理想を諦めていたとき、ふと、聞き覚えのある声が後ろから。

まさか……と驚き半分、嬉しさ半分で振り向くと、気まずそうにこちらを見下ろしている五月(いつき)がいた。

一瞬、目を丸くして硬直する(まなぶ)だったが、すぐに我を取り戻すと、地面につけていた腰を上げて立ち上がる。

 

 

「……どうしたの?」

 

「先程は断ってすみません……。ですが、自分に問いかけてみたところ、踊ってみたいと思いまして……気分を害すのなら、いいんです。天海(あまかい)の自由ですから――――」

 

「――そんなことないよ!こちらこそ、大歓迎だ」

 

 

五月(いつき)の心の変化に戸惑う(まなぶ)だったが、五月(いつき)の声のトーンが落ちていくのを見るなり、微笑んで承諾する。

やや食い気味に答えたことに(まなぶ)は内心恥ずかしがりながらも、再度勇気を出して、手を差し出す。

 

 

「僕と踊ってくれますか?」

 

「はい……」

 

 

(まなぶ)が丁寧な口調で誘うと、五月(いつき)はニッコリ微笑んで、差し出された手を取る。

理想が叶い、(まなぶ)は内心テンションが上がる。

飛び跳ねたいのなら、今すぐ飛び跳ねたい気持ちだった。

――声に出して良かった……!(まなぶ)はこの場にいない叔母に感謝した。

 

 

「「あ……」」

 

 

五月(いつき)の華奢な手にどぎまぎしながらも、そのまま行こうとしたが、キャンプファイヤーの周りに踊る人数を前に踏みとどまる。

これから視線の先にある集団に混ざって踊ることとなるのだが、その人間は全て自分たちが通う高校の同級生……つまり、見知った顔が多いということである。

 

その中で踊ることが意味することは、自分たちが踊る姿を見られるということである。

友人ではあるが、一緒に踊った姿を見られて変な噂や熱い目を向けられるかもしれない……。

そのことが一瞬で脳裏に巡り、恥ずかしくなる。

 

 

「……ちょ、ちょっと離れたところで踊ろうか」

 

「……はい」

 

 

苦笑する(まなぶ)の提案に五月(いつき)も苦笑しながら頷く。

五月(いつき)も同じ気持ちだったのだ。

2人はキャンプファイヤーから離れた場所に移動すると、手を取り合って踊り始める。

 

 

「ダンスの経験は?」

 

「全然。それっぽく踊ってるだけだよ」

 

 

五月(いつき)の問いかけに(まなぶ)は眉根を上げて答える。

2人はフォークダンスを踊っているのだが、お互いにダンスの経験がないので、その動きはぎこちなく、タイミングもずれにずれていた。

ダンス経験者が見れば、鼻で笑われるレベルであろう。

 

だが、2人にとって技術は問題ではなかった。

この場所で、この時間帯で、心に決めた相手と踊ることが重要なのだ。

 

 

「スピード大丈夫?速すぎない?」

 

「このくらいで平気ですよ」

 

「そうか」

 

 

安心したように微笑む(まなぶ)を見て、五月(いつき)は心が温まるのを実感した。

必要のない気遣いだったが、誰しも心配してくれていると思い、嬉しくなるものだ。

それと同時に、善人の塊である(まなぶ)を自分たちを捨てた実父と重ねてしまったことを後悔した。

 

 

「(ヤバい……)」

 

 

対する(まなぶ)は緊張で頬を赤く染めていた。

艶々とした長い髪は広場から届く火の灯りで赤く反射し、白くきめ細かな肌も灯りによって陰影を作り出しており、五月(いつき)の美しさをより引き立たせている。

憧れの女の子と踊っている……その幻想的な光景も相まって、バクバクと鳴る胸の動悸が止まらないでいた。

まだ踊り始めて1分くらいしか時間が進んでいないが、(まなぶ)にはその倍の感覚があった。

 

 

「フィナーレまで!10……9………」

 

 

そんなこんなしているうちに広場の方からカウントダウンをする声が。

まだ早いと思う2人だったが、そもそも踊り始めたのが終盤も終盤だったので、当然の流れだった。

 

 

「(……五月(いつき)は知ってるのかな?)」

 

 

カウントダウンを耳にして、(まなぶ)はチラリと五月(いつき)を見る。

この林間学校に伝わる伝説。

キャンプファイヤーの結びの瞬間、手を結んだ2人は生涯を添い遂げる――――。

カップルにはたまらない話なのだが、眉唾物なので、(まなぶ)も疑っていた。

 

だが、なれるものならなりたいもの。

五月(いつき)と恋人になれる可能性があるのならやりたい。神社でおみくじを引くような感覚だ。

 

しかし、それは自分の場合である。五月(いつき)はどう思っているのだろうか。

クラス中で話題にはなってはいたので聞いたことがあるだろうが、彼女は不思議と話題にしなかった。

そもそも、知らないのかもしれない。意外と鈍感なので、あり得る話だ。

 

では、逆に知っていたとしたら?

好きでもない男と踊るというのはどういう気分なのだろうか。

――義務?それとも……。色々考えるが、五月(いつき)の気持ちはわからない。

何かしてはいけない気がした(まなぶ)は繋いでいた手を離そうとするが――

 

 

「まだ終わってませんよ?」

 

「……ッ!」

 

 

力が緩んだのを察した五月(いつき)が手を繋ぎ直して阻止する。

驚く(まなぶ)だが、きょとんとする五月(いつき)の顔を見て納得した。

――結びの伝説については何も知らない、と。

五月(いつき)としては、責任感によるもので、最後までやり遂げようという気持ちからくる行動だった。

 

 

「―――3!2!1!0ーーッ!!」

 

 

妙に納得していると、カウントダウンが終わってしまった。

キャンプファイヤーの周囲に囲った吹き出し花火から激しい火花が飛び散る。

吹き出し花火によって、より一層広場の灯りが強まっていく。

 

(まなぶ)五月(いつき)はその美しさに目を惹かれ、結びの瞬間を見た。

飛び散る花火と燃え盛る火……。夜空に赤い火の粉と白色の火花を舞い上がらせる芸術的な光景にすっかり魅了された(まなぶ)は手を離そうか離さなまいかという悩みは既に吹き飛んでいた。

 

 

「綺麗ですね……」

 

「……ッ!あ、ああ……」

 

 

手を繋ぎながら呟く五月(いつき)(まなぶ)はドキッと胸が高鳴る。

広場から発する花火とキャンプファイヤーの光の反射を受けた瞳は何とも言えない煌びやかさを醸し出しており、一種の宝石のようだった。

――君の方が綺麗だよ、と言いたいところだが、自分が言うと鼻がつくので、ぐっと心の中にしまった。

 

――――結びの伝説。

この思い出は(まなぶ)にとって、五月(いつき)にとって忘れられないものとなった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。林間学校が行われている宿舎から遠く離れたオズコープの研究所では、オズコープ社長――緑川 難一(なんいち)と共同研究責任者の古流博士が身体増強薬……別名《ゴブリン・フォーミュラ》の完成を急いでいた。

 

大手企業で世界的なシェアもあるオズコープだが、ここのところ、海外の企業に市場を抜かれ、経営難に陥っていた。

この身体増強薬はそれを乗り越えるための起死回生の一手なのだが、未だ完成まで漕ぎ着けていなかった。

 

それでも期限の日までに完成させようと試行錯誤を繰り返すが、失敗に失敗を重ねるばかり。

難一(なんいち)も古流もお互いに疲弊しており、研究所で夜を明かすことも多かった。

 

耐えに耐えかねた難一(なんいち)は照明の灯りによって緑色に光る身体増強薬を手に取ると、投与装置に設置する。

そのまま備え付けのパソコンに起動コマンドを打ち込んでいく。

 

 

「緑川博士、やめてくれ……完成前の薬だ。人体投与できる段階じゃない。頼むからやめてくれないか?まだ危険だよ……!」

 

「そんなに臆病でどうする?危険は科学実験に付き物だ……」

 

 

慌てる古流の制止を無視してキーボードに次々と入力していく難一(なんいち)

難一(なんいち)が行おうとしていること……。そう、自らへの人体実験である。

身体増強薬は人間の身体病を治すために開発を目指している。

実現すれば、まさに”万能薬”だが、投与実験は人体どころか、マウスの段階で失敗している。あまりにも危険すぎる。

 

 

「医療スタッフを揃えて、新たに実験をやり直そう……まだ3日ある!」

 

「……3日だ?3日後には、このプロジェクトも会社も消えてしまう。私自身が実験体になるしかない……」

 

 

古流が代案を進言するも、難一(なんいち)は程よく却下。投与しやすいために上着を全て脱ぐ。

難一(なんいち)も前例がないので怖いが、会社のことを思えば背に腹は代えられなかった。

ここで躊躇していれば先へ進めないのは古流もわかっているので、強くは言えなかった。

 

程よく引き締まった上半身を露わにした難一(なんいち)は自身が入る投与カプセルから飛び出した簡易ベッドへ横になる。

ベッドといっても手術台の形をしており、その端々には金属製の固定具が付いている。手術というよりも、大罪を犯した罪人を裁く処刑台のようだった。

 

古流は不安を隠せずにいたが、ここまで来たらもう止めようがない。

渋々難一(なんいち)の腕周りと足下を固定し、電極を身体中に張り付けていく。

 

 

「おおっ……!冷たいな……冷めきったカイロより酷いな」

 

 

金具から伝わる冷たさに難一(なんいち)は微かに笑みを浮かべる。

この言葉の意味は特になく、先の見えない不安から気を紛らわせるために自分自身に言い聞かせたものだった。

 

 

「(神様、どうか……!)」

 

 

難一(なんいち)を拘束した古流は無事であるように神頼みしながら、パソコンから投与装置を起動させる。

ウィィン……という稼働音が鳴ると、簡易ベッドに拘束された難一(なんいち)は研究所の中心部にある投与カプセルの中へと入っていく。

投与カプセルはヘキサゴン型をした植物園の温室のような外見となっており、外界との繋がりは被検体を入れるためのゲート、研究員用ゲート、ガス排気口の3つしかない。

文字通り、ガラス張りの密室となっていた。

 

カプセルの中心部へ着くと、ベッドが上へ動き、難一(なんいち)を縦一直線に起き上がらせる。

”気を付け”の姿勢になった難一(なんいち)

古流は今すぐにでも中止したかったが、難一(なんいち)に「やれ」と言わんばかりに顎で指示されると、投与装置のスイッチを押した。

 

投与装置に接続された緑色の液体は管を通って気化し、難一(なんいち)の待つカプセルの中へ移動する。

緑色の気体となった難一(なんいち)の足下から噴射され、徐々にカプセル内を充満していく。

数秒経つ頃には難一(なんいち)を覆い隠し、内部の様子が浮かがえないほどになっていった。

備え付けのパソコンに表示されている身体能力値は心拍数と共に瞬きよりも速く上昇していく。

 

 

「―――ぅぅうッ!!?うっ、おぉぉあッ!あぁあぁぁ………ッ!!?」

 

「……緑川?」

 

 

古流が不安そうに見守っていると、不安的中とばかりにカプセルから難一(なんいち)から苦しむ声が。

その声に嫌な予感がした古流は目を凝らして投与カプセルを覗くと、充満する緑色のガスの合間に白目を剥いて痙攣する難一(なんいち)の姿が見えた。

 

 

「緑川ッ!緑川ッ!」

 

「あぁぁあああぁぁ―――――ッ」

 

 

一瞬で血の気が引いた古流は装置を停止させて、カプセルの中に溜まっているガスを排気させる。

ガスが抜けた途端、痙攣していた難一(なんいち)の体はピタリと止まり、ぐったりと気を失う。

 

 

ピーーーー!

 

 

ほっとする古流だったが、それも束の間。不吉な警告音が聞こえる。

振り向くと、パソコンに表示されている難一(なんいち)の心拍数が止まっていることに気付いた。

 

 

「どうなっている……?緑川ッ!緑川ッ!しっかりしろ……!緑川ッ!」

 

 

顔面蒼白となった古流は尻に火が付いたが如く走り、研究員用ゲートを開けて投与カプセルの中で生死を彷徨っている難一(なんいち)のもとへ駆け寄る。

両腕の拘束具を外し、急いで心臓マッサージを始める。

――目標を前に死んではしゃれにならない……。脂汗で手が滑るが、必死に力を込めて、心臓部に衝撃を送り続ける。

 

だが、古流の奮闘虚しく、難一(なんいち)はピクリとも動かず、マッサージの振動でぴくんぴくんと揺れるばかりだった。

息も全くしておらず、肌の血色も徐々に白くなっていく。

その現状に絶望する古流。投与実験を止められなかった自分への不甲斐なさで泣きそうだった。

 

 

――パッパッパッパッ……!

 

「ッ!?」

 

 

だが、そのとき。パソコンから急に心拍数が正常である音が聞こえてくる。

古流が驚いて振り向こうとした矢先、先程まで意識を失っていた難一(なんいち)の目がグワッと見開いたや否や、古流の首を掴んだ。

 

首の圧迫感に目を見開いてパクパクと苦し気に口を動かす古流を難一(なんいち)は引き寄せる。

その顔は今まで一緒に研究を重ねてきた古流が見たことがないくらい、おぞましい憤怒の形相だった。

 

 

”一から見直す”……?うぅあぁーーーーッ!!

 

「わぁぁーーーッ!?」

 

ガッシャーーーンッ!

 

 

憎々しげにそう呟いた難一(なんいち)は悪鬼の叫びをあげると、古流を真正面に突き飛ばした。

常人を遥かに超えた力で吹き飛ばされた古流は後ろにあった投与カプセルのガラスを粉々に突き破り、そのまま研究機材にぶつかった。

ぐしゃぐしゃに破壊された機材から火花が散り、古流は白目を剥いて、意識を手放した。

 

 

はぁぁ………!!うぅぉあーーーーーッ!!!

 

 

拘束具を強引に外し、手足が自由になった難一(なんいち)はガラスが割れた投与カプセルの縁に乗っかる。

両手を広げ、腰を落とし、不気味な程の笑みを浮かべた難一(なんいち)は檻から放たれた猛獣の如く唸ると、跳躍してどこかへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、8番地区にある研究委員会本部の立体駐車場から、一台の高級車が走り出していた。

後部座席には、ふくよかな男とへつらった笑みを浮かべる男の2人が座っていた。

どっしりと座る太った男は研究委員会の代表であり、隣にいるのはその部下だ。仕事が終わり、帰路につこうとしていた。

 

駐車場の階層を下っていく中、ふと気になった部下は恐る恐る尋ねる。

 

 

「委員長。オズコープへの資金援助は打ち切るつもりで?」

 

「うん……ああは言ったが、最初から期待しとらんよ。資金は(ねぎ)コーポレーションへ移すことにする。先の見えない会社などには金は渡せん」

 

「流石、委員長!」

 

「ふっふっ……」

 

 

部下におだてられ、上機嫌に肉の厚い頬を綻ばせる。

委員長は焦る難一(なんいち)に対し、安全性が大事だなどと親身に訴えかけたが、実のところ、早々に資金援助を打ち切るつもりだったのだ。

人間の生まれ持った身体病を治せる薬などできるはずない……。

そんなことはいくらオズコープでも作れないと夢物語で片付けていた。

 

 

「何が身体能力薬だ……馬鹿馬鹿しい………」

 

 

委員長はそう呟いて、鼻で笑う。

難一(なんいち)の計画は全て子供の絵空事と同じであり、聞くに聞くだけ馬鹿馬鹿しいと嘲笑う。

夢を援助するはずの人間が夢を貶す有り様は、形容し難い悪意があり、その顔も醜悪に染まっていた。

 

そんな話をしながら、車が駐車場の外へと出たときだった。

後ろの空から煙を上げる物体がこちらへ向かってきていた。

 

 

「……?何だアレ……?」

 

 

気になった委員長は窓から顔を出して、後ろから追ってくる飛行物体を見上げる。

暗くてよく見えないが、煙を上げるものの正体はグライダーであり、その上には何者かが乗っていた。

委員長が怪訝に思うや否や、謎の人物はグライダー底部にあるミサイルを車を狙って発射した。

 

 

「お、おい君!スピード上げろ!」

 

「えっ!?あ―――」

 

ドッガァァァーーーンッ!!

 

 

委員長は必死な形相で運転手に急かすが、もう遅い。

安全運転で走っていた自動車では急にスピードを上げても、発射されたミサイルを避けることなどできない。

緑色の輝きと共に、自動車にいた3人は悲鳴をあげる間もなく、木っ端微塵に爆発四散した。

自動車だったものは跡形もなく粉々に吹き飛んでおり、着弾地点からはごうごうと燃え盛る火炎と爆煙だけが舞っていた。

 

 

アッハッハッハ………!

 

 

この惨たらしい光景を上空から楽しそうに見物する謎の人物。

その態度は憎い奴を殺して清々したと言わんばかりで、その笑い声は人を堕落へと貶める悪魔のようであった。

 

 

アーーーーーッハッハッハッ!!

 

 

謎の人物はグライダーを方向転換すると、真反対へ飛んでいく。

悪魔が発する笑いは静寂に包まれる夜空へ響き渡った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の昼。

林間学校も最終日となり、旭高校の生徒たちはバスに乗って、旭高校目指して走らせていた。

 

 

「(林間学校、楽しかったな~)」

 

 

バスに揺られながら、林間学校で起きた数々の思い出を振り返る(まなぶ)

 

――風太郎をウェブスイングで連れてきたこと。

 

――肝試しが面白かったこと。

 

――二乃(にの)にダンスを誘われたこと。

 

――一花(いちか)と倉庫に閉じ込められたこと。

 

――五月(いつき)の変装劇で大事になりかけたこと。

 

――そして、何よりも、憧れの五月(いつき)と踊れたこと。

 

様々な出来事がこの3日間に詰まっていた。

苦しいこともあれば、逆に楽しいこともあった。学校行事なのであまり良い印象を持っていなかった(まなぶ)だったが、思いの(ほか)楽しめた。

昨夜に五月(いつき)と踊ったことを思い出せば、ふとニヤニヤと頬が緩んでしまう。

 

 

「(修学旅行も楽しみにしとこう)」

 

 

いい思い出だったと(まなぶ)は微笑む。

学校行事での外泊で良い印象を抱いた(まなぶ)は林間学校以上に楽しいと言われる、3年生の修学旅行への期待に胸を膨らませた。

 

だが、このとき彼は知らなかった。

自身とその周囲の人間に忍び寄る『悪魔』が目覚めたことに………。

 

 

 




◆イースター・エッグ◆
(ねぎ)コーポレーション
 (ねぎ)とは、「五等分の花嫁」原作者である『春場ねぎ』先生がpixiv上でのペンネーム。


シンビオートを登場させる?

  • さあ、ノッていこうぜ…(YES)
  • じゃあな、マヌケ(NO)
  • 何だよ、ゴブリンJr.…泣くのか?
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