SPIDER-MAN Quintessential Quintuplets   作:まゆはちブラック

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#21 宿敵 グリーン・ゴブリン パート①

―――10月31日。

T市5番地区にある遊園地――アンバーソンランドでは、休日ということもあり、多くの来場者で賑わっていた。

このアンバーソンランドはオズコープがスポンサーなので最新の娯楽施設が揃っており、常に客を楽しませる試みをしているので、顧客満足度は常に上位をキープしている。

それにより、T市内でも最大の遊園地として存在を放っており、市内のみならず、市外から訪れる来場者も多い。

 

今日も大繁盛しているが、その来場者の大半は仮装をしていた。

アンバーソンランドでは毎年、10月31日にハロウィンフィスティバルが行われており、昼と夜にはパレードが行われる。

これが最大の目玉であり、行われるのもハロウィン1日限定使用のプログラムなので、こぞってやってくるというわけである。

 

そんな人で溢れかえっている園内……通路の端で(まなぶ)はポツンと佇んでいた。

彼がここに来たのはデイリー・ビューグル編集長――――紫紋(しもん) 慈英(じえい)にパレードで賑わっている様子を写真に収めるよう命じられたからだ。

首には新しく買ったデジタル一眼レフカメラを下げている。

 

珍しくスパイダーマン関連ではない命令に(まなぶ)は驚いた。

断れば「フリーのカメラマンのくせに俺に指図するのか」と怒鳴られるのは目に見えているので、引き受けることにした。

ちなみに入場料はケチの紫紋(しもん)らしく、(まなぶ)の自腹である。

 

 

「(多いな……)」

 

 

とはいえ、写真を撮るとはいっても園内はあちこち人だらけ。

パレードが始まる前とはいえ、この人混みでは移動だけでなく、撮影すらできるのが怪しい。パレードが始まれば、それ以上の数になることは容易に想像できる。

高所に乗れば自由に撮影できるが、変に注目を浴びてパレードが中止になればランド側に多大な迷惑をかけてしまう。

(まなぶ)はぶつからないよう人混みの合間を縫って、撮影に適した……人気が少ない場所を探していく。

 

 

「きゃっ!?」

 

 

気を付けて歩いていてもこの民衆では1人や2人にぶつかってしまうもの。

人気が少ない場所を探す道中、(まなぶ)は女性の肩にぶつかってしまう。

(まなぶ)は僅かに怯むものの、女性の小さい悲鳴を聞き、血の気がひく。

 

 

「す、すみません……!」

 

「いえ、こちらこそ…………え?」

 

「ん?」

 

 

(まなぶ)と女性は謝りながら、お互いの顔を見て目を丸くする。

聞き覚えのある声に馴染み深い顔……。一瞬の硬直ののち、(まなぶ)と女性は声をあげる。

 

 

「あっ、五月(いつき)!」

 

天海(あまかい)君!」

 

 

互いに素っ頓狂な声をあげる(まなぶ)と女性――五月(いつき)

今日は家庭教師はお休みなので遊びに行くことは考えられるが、同じ遊園地で会うとは思わなかった。

 

 

五月(いつき)ーー!もっと固まって動かないと………げっ!」

 

「あれー?」

 

天海(あまかい)がいるーー!」

 

「奇遇……」

 

 

こんな大所帯で五月(いつき)がいるということは残りの姉妹たちもいるということ。

(まなぶ)の予想通り、五月(いつき)の後ろから二乃(にの)一花(いちか)四葉(よつば)三玖(みく)が揃って現れる。

(まなぶ)を見るなり嫌そうな顔を浮かべた二乃(にの)は間を割って、五月(いつき)をかばうように立ちふさがる。

 

 

「あんた!五月(いつき)に変なことしてないでしょうね!?私たちが目を離した隙に……!」

 

「そんな!僕は偶然会っただけでここにいることも知らなかったんだよ!」

 

二乃(にの)。彼の言う通りです」

 

「……ふんっ」

 

 

 

あらぬ疑いをかけられた(まなぶ)は必死に説得する。

五月(いつき)のフォローもあって、二乃(にの)は疑惑の目を残しつつも、納得したように鼻を鳴らし、そっぽを向く。

彼女が異常なほどまでに警戒するのは実の父親に捨てられた過去からきている。そのことは林間学校で二乃(にの)から直接聞いているので、(まなぶ)はわかっている。

 

だが、わかっているものの、邪険に扱われるのは心が痛む。

チクッと針に刺されたような痛みが胸に伝わるのを感じつつ、(まなぶ)は苦笑する。

 

 

「ヤッホーマナブ君。わーっ、立派なカメラだね!ビューグルの写真?」

 

「ああ。パレードの写真を何枚か撮ってこいって言われて………」

 

「本当にカメラマンだったんですね!」

 

「フリーだけどね………疑ってたの……?」

 

「あっ、いや!決してそういうわけでは……あははーーー!」

 

 

(まなぶ)が下げるデジタル一眼レフカメラを見て、食いつくように話しかける一花(いちか)四葉(よつば)

フリーカメラマンであることを疑われた(まなぶ)がジト目で尋ねると、失言をしてしまったと自覚した四葉(よつば)は笑って誤魔化した。

 

 

「幾らしたの?」

 

「中古で3万ちょい。新品でも安いのは6万くらいかかるしね」

 

「なるほど……スパイダーマンの写真はどうやって?」

 

「ッ、あれは高いところに登って撮ってるんだよ。彼から連絡がくるから、そこで撮らしてもらってる」

 

「そうなんだ……」

 

 

三玖(みく)も普段通りの感情の起伏が読み取れない表情ながらも興味深々であり、次々と質問をぶつけていた。

途中、答えようによっては怪しまれる質問があったが、頭に浮かんだ言葉を使って上手く”嘘”を通した。

 

三玖(みく)がうんうんと頷いて納得していると、名案が浮かんだ四葉(よつば)はうさ耳のようなリボンをピンと立てる。

 

 

「そうだ!天海(あまかい)君さんも私たちと一緒に行きませんか?」

 

『えっ!?』

 

「みんなと一緒なら、もーーーっと楽しいですよ!」

 

 

太陽の如く眩い満面の笑顔を浮かべる四葉(よつば)の提案に(まなぶ)のみならず、他の姉妹たちも驚いた声をあげる。

四葉(よつば)としては仕事できてるとはいえ、せっかくの遊園地をたった1人で周るのが不憫と思ったからだ。1人増えるだけでも楽しさが倍増する……楽しいことは共有したい彼女らしい提案だろう。

 

(まなぶ)も昼のパレードが始まるまで3時間ほどあるので、正直なところ退屈していた。場所探しは重要だがどこにいっても多いので、ちょっとぐらいなら遊んでいいと思っていた。

せっかくの遊園地で遊ばずに帰るのは勿体なく、彼女たちといるのも別に苦でもないので誘いに乗りたい。他の姉妹も別に構わないといった様子だった。

 

 

「ちょっと待って。天海(あまかい)は仕事で来てるのよ?そんなに好き勝手に決めちゃ、かえって迷惑じゃない?」

 

「え?う~~ん……」

 

 

だが、四葉(よつば)に反発する者が一人。二乃(にの)だ。

親切そうに話してはいるが、本心は(まなぶ)を入れたくないからだ。

家庭教師の勉強を忘れ、せっかく姉妹水入らずの休日を過ごそうとしたのにも関わらず、その輪に家族でもない人間が入ってくるのは気に食わないと思っている。

当然、(まなぶ)にはその目論見は理解しており、張り付いたような笑顔からヒシヒシと読み取れる。

二乃(にの)の意見に考えが揺れる四葉(よつば)は頭を悩ませる。

 

 

「まーいいんじゃない?一緒に行かせても」

 

 

そんなとき、見かねた一花(いちか)が口を開く。

間延びしたような口調だが、芯の通った……ハッキリとした意見だった。

そんな一花(いちか)にピクリと耳を留まった二乃(にの)は一変して眉をしかめる。

 

 

一花(いちか)。話聞いてた?こいつは忙しい――」

 

「まぁまぁ……案外そうじゃないかもしれないよ?マナブ君。パレードの写真を撮ればいいんだよね?」

 

「ん?ああ、そうだけど……」

 

「ほら。パレードまで結構時間あるし、みんなも悪くないって感じだしさ」

 

「……」

 

 

二乃(にの)の反対意見に対し、一花(いちか)はそう言いながらチラリと妹たちの方を見る。二乃(にの)除く三人の妹たちは賛成と言わんばかりにうんうんと頷いていた。

二乃(にの)は納得してはいなかったが、流石に姉妹たち全員は分が悪く、引き下がらずを得なかった。

 

 

「意見も纏まったことですし、さっそく行きましょう!」

 

 

遊び友達が増え、嬉しそうに声を発する四葉(よつば)

こうして、(まなぶ)は五つ子たちと遊園地を周ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後。断続的に絶叫が響くジェットコースターのアトラクション出口を出た一同。

メリーゴーランド、ジェットコースター、お化け屋敷……これまで数々のアトラクションを満喫してきたが、流石に疲れが見えていた。

常人よりも体力に自信がある(まなぶ)も少しくたびれてきていたが……

 

 

「次!次はあれに乗りましょう!」

 

五月(いつき)。ちょっとは加減しなさいよ……」

 

 

ただ一人、五月(いつき)だけは元気な様子で先陣きって歩いていた。

あれだけ多くのアトラクションに乗ったにも関わらず疲れを全く見せず、姉妹たちに早く乗ろうと催促する始末だ。

流石に体力的にキツイ二乃(にの)はひと休みしようと進言するが、五月(いつき)は遊園地ではしゃぐ幼子のように楽しさで頭がいっぱいで聞く耳は全く持たなかった。

 

普段、しっかり者の五月(いつき)も17歳の女子高校生。

大人ぶってはいても、年相応の心には嘘をつけない。

ある意味で個性的な姉たちとの生活に加え、遊園地という普段の生活なら滅多に訪れない場所も相まって、五月(いつき)のテンションは上がりに上がりまくっていた。

 

 

「上杉さんも連れてきたかったな~~」

 

 

はしゃぐ妹を尻目に残念そうに呟く四葉(よつば)

遊園地に行く前々日、四葉(よつば)はメールで風太郎を誘ったのだが、『今日は休日だから断る。』とシンプルかつ家を出たくない気持ちが伝わるものが返ってきた。

風太郎の性格から理由は『勉強をしたいから』と容易に想像できる。

 

 

「仕方ないよ。フータローにとって勉強は大事だし……」

 

「1日ぐらいいいのに~!」

 

 

ブーブーぼやく四葉(よつば)に困り顔を浮かべる三玖(みく)

無理に誘ったとしてもそれはそれで風太郎に対して迷惑であり、断ったのなら仕方がないと流すしかない……潔く諦めるような意味を持たせて言う三玖(みく)だが、彼女自身も四葉(よつば)と同じ気持ちで来て欲しかった。

気になる相手と少しでも距離を縮めたい……そう願うのは人として当然のことだった。

 

 

「色んな写真を撮ってるんだね」

 

「ああ。特にこの水鳥なんかは苦労したよ。すぐ逃げるから」

 

「へ~……上手いね!お姉さん関心したよ~」

 

 

その後ろでは、(まなぶ)が今まで撮った写真の数々を隣を歩く一花(いちか)に見せていた。

(まなぶ)がフリーカメラマンとして活動する理由はお金稼ぎということもあるが、(まなぶ)自身、前々から写真を撮ることが趣味だったりするのだ。

草木や動物など、自然豊かな景色をカメラに収めるのが好きで、暇なときは腕磨きがてらに写真を撮っている。時たまにデイリー・ビューグルに持って行ったりする。紫紋(しもん)に『スパイダーマンの写真以外はゴミ』と突っぱねられるが。

 

 

「ははっ!」

 

 

(まなぶ)は深いえくぼを作って笑う。

自分はスパイダーマンの写真以外取り柄がないのか、と自信を失っていた。

なので、こうやって正当な立場で褒めてくれるのが嬉しく、表に出たのだ。

一花(いちか)は嬉しそうに笑う(まなぶ)を見て、自身も心が温かくなる。

 

 

「学校のこと……どうなったの?」

 

「……えっ、うん?」

 

「ほら、林間学校のときに言ってた……」

 

 

(まなぶ)の笑顔に気を取られ、尋ねられた一花(いちか)は一瞬、質問の意味がわからないでいたが、(まなぶ)が続けて言った捕捉で「ああ~」と声を上げる。

林間学校で2人は手違いで倉庫に閉じ込められてしまったのだが、その際に学校と女優活動の両立が難しいので中退するかもしれないという話を(まなぶ)にしたことを思い出した。

(まなぶ)がハッキリと言わないのは、周りにいる姉妹へ聞かれないための配慮だろう。

 

 

「……うん」

 

「そうか……まだ続けられそうだね」

 

 

一花(いちか)の返事を聞いて、安心したように微笑む(まなぶ)

『五つ子全員を卒業へ導く』というマルオとの約束もあるが、第一に中途半端な形で教示を終わらせたくなかった。

 

一花(いちか)としては閉じ込められた影響で心細かったこともあって、突拍子もなく出た言葉だった。

志していた女優業が上手くいっておらず、オーディションを受けても落とされ、自信だけが擦り減っていく有り様だった。

振り返ってみればらしくないことだった。

だが、そのおかげで腹の底に溜まっていたマイナスな感情を吐き出せ、楽になった。

 

それと同時に一花(いちか)は優しく接してくれる(まなぶ)の魅力に惹かれていく……。

一見、気が弱そうで頼りがいはなさそうに見えるが、心根は優しく、人の気持ちに寄り添って笑ったり、悲しんだりしてくれる。それが(まなぶ)の魅力。

倉庫で訪れた胸の”ときめき”は未だ続いており、彼のことを思う度に日に日に強くなっていく。

 

 

「(……辞めようかと思ったけど、もう少しこのままで……)」

 

 

一花(いちか)は高鳴る鼓動を抑え、頬をほのかに染める。

学校も夢も諦めようと思ったが、未練が出来てしまい、頑張ろうという気力が不思議と湧いてしまう。

(まなぶ)との関係を続けていきたいと願う。

 

 

「あっ!そろそろパレードが始まる時間だー!」

 

 

一花(いちか)(まなぶ)へそんな淡い気持ちを抱いていると、前を歩いていた四葉(よつば)が声を上げる。

彼女の視線の先にある時計台の時刻はパレードが始まるまで10分をきっていた。

その声を聞き、五月(いつき)に先導されていた二乃(にの)は彼女を逆に引っ張ってくる。

 

 

「あちゃ~……楽しくてつい忘れてたー」

 

 

気を紛らわせるように額に手を当てる一花(いちか)。アトラクション巡り、そして(まなぶ)へ気持ちが逸れていて肝心な場所取りすることを忘れていた。

 

 

「今から行っても人が多いし……」

 

「どうせなら高いところに行きましょうよ!展望台ならパレードが一望できるわ!」

 

 

嫌そうにもらす三玖(みく)に対し、二乃(にの)はそれならと提案する。

観覧車近くに位置する展望台の下にある通路はパレードの通り道であり、高所なので視線を遮られずに一望できる。

パレードの絶好のスポットに五つ子全員は満場一致した。

 

 

「ほら!あんた仕事でしょ?行った行った!」

 

「わ、わかった……」

 

 

そうと決まるや否や二乃(にの)(まなぶ)を追い出すように囃し立てる。一刻も早く、(まなぶ)を姉妹から引き離したいからだ。

二乃(にの)の勢いに押された(まなぶ)は呆気にとられながらも渋々従う。

 

 

「またね、マナブ君。……あっ!私たちが魅力的だからって、盗撮しちゃ駄目だよ~?」

 

「撮らないよ……」

 

 

いたずら気に笑う一花(いちか)のからかいに苦い顔で答える(まなぶ)

普段、犯罪者と戦う彼だが、盗撮するほどの度胸は持ち合わせていない。

彼女のペースに乗せられるさまに(まなぶ)は「口論ではいつまで経っても勝てないだろう」と重々に感じた。

 

 

天海(あまかい)君。ここまで付き合ってくださってありがとうございます」

 

「うん。僕も楽しかったよ。さあ、楽しんできて」

 

「はい。では、失礼しますね」

 

 

楽しかった時間もこれまで……。五月(いつき)と離れるのは名残惜しいが、頼まれた仕事が第一だ。

手を振る姉妹と、ペコリとただ一人礼儀正しくお辞儀しながら去っていく五月(いつき)(まなぶ)は微笑みながら、手を振って見送った。

――また来れるといいな。そのときは五月(いつき)と2人で……。

そんな願いが心の奥で仄かに灯った。

 

 

≈「ッ!?」≈

 

 

気持ちを切り替え、さっそく仕事に取り掛かろうと思った瞬間、(まなぶ)の脳内で危険信号が鳴り響く。

自身に危機が迫っているときに発動する危険信号―――スパイダーセンスだ。

これが発動するということは悪いことが起きうると知っている(まなぶ)は先程の緩みまくっていた表情から一変して緊迫したものへと変わる。

 

 

「(どこだ……?)」

 

 

眉をしかめ周囲を警戒する(まなぶ)

頭に響く危険信号は次第に強くなってきており、周囲の人々の賑やかな声が遠くになっていくような感覚に襲われていく。

 

しばらくして、気配を察知した(まなぶ)は空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、展望台の上階――一般客が立ち入らないVIP観覧席では、オズコープの株主や役員を交えた交流パーティーが行われていた。

室内には豪華なビッフェ方式の料理、高級なワインや日本酒がテーブルクロスにズラリと並び、バルコニーからは賑やかな音楽を奏でるパレードを見下ろせる。

社会を生きていくための社交辞令というものであり、皆、華やかなドレスや清潔感溢れるスーツを着込み、談笑していた。

出席者はほぼ齢50を超えた中年ばかりなので誰も話が途切れることはなかった。

 

だが、そんな大人だらけの空間の端にオズコープ社長の息子―――緑川 涼介はくたびれた様子で傍観していた。

オズコープが主催するパーティーなので、当然社長の身内である涼介も今後の縁を繋ぐため、顔を出す決まりとなっている。

 

けれど、誰もこれも知らない人ばかりが集まっており、社長の一人息子という肩書に寄ってたかり、贔屓にしてもらおうとすることしか話さない退屈なものである。

これまでも父親と共に数多くの社交パーティーに顔を出してきたが、欲深くすり寄ってくる相手をするのは慣れないものだ。

気まずさに耐えられなくなった涼介はホールを出ると、スマートフォン片手に一般用エレベーターへ乗り込んだ。

 

 

「(父さん……どこにいるんだ?)」

 

 

着信不出が並ぶ通話履歴を見て不安になる涼介。

父親である難一(なんいち)は朝からおらず、先に家を出たのかと思ったが、役員の誰に聞いても「知らない」、「ここへは来ないだろう」の一点張りだった。電話をかけても電源が切れてるのか全く出る気配がなかった。

メインであるはずの難一(なんいち)の不在に涼介は不思議に思うが、それも仕方がないだろう。

涼介はオズコープが海外企業に買収されること、そして難一(なんいち)が社長の座から降ろされたことも知らないのだ。

 

そんなことも知らず、14階に到着した涼介はエレベーターを出る。

14階は一般客の観光フロアであり、ガラス張りの窓には地上のパレードを眺めようと一般客が寄って集まり、賑わっていた。

あまりの多さに鬱屈になりそうだった涼介だったが、どこへ行っても同じなので気晴らしに飲み物でも買おうと売店へ足を運ぶ。

 

 

「お!緑川君じゃん!」

 

「ッ!」

 

 

涼介が人混みをかきわけながら歩いていると、少々驚いた様子の一花(いちか)とバッタリ鉢合わせる。

その後ろには他の姉妹四人が縦一列になっていた。迷わないための策であろう。

思いがけない知り合いとの遭遇に涼介が嬉しく思っていると、一花(いちか)は休日とは不釣り合いの恰好をした涼介を見て尋ねる。

 

 

「何で制服着てるの?」

 

「ああ、オズコープのパーティーでね……社長の息子の俺も出席することになってるんだ」

 

「へ~~そうなんだー。さっすが金持ち~!」

 

「君もだろ?その様子だと、あらかた、パレードの観覧席を探してるってとこかな?」

 

「そうなのよ。どこに行ってもよく見れなくって……あんた、御曹司権限で何とかできないの?」

 

「おいおい、無茶言うなよ。”社長の息子”っていう肩書だけで、俺自身には何の権限も持ってないよ」

 

「ふ~ん……社長の息子と言っても、あんまり大したことないのね」

 

 

二乃(にの)の無茶ぶりに苦笑する涼介。

二乃(にの)の不満に対して何とか応えてやりたい涼介だが、彼はまだ子供。大勢の人間をどうこうできる立場ではないのだ。

自分の力不足を痛感する涼介。とはいえ、友人と会話できたのは彼にとっては大きなプラスであり、窮屈だった心は軽やかになった。

 

 

「見てアレ!」

 

「飛んでるー」

 

 

そんな他愛ない会話をしていると、展望窓に集まる一般客がざわつき始める。

周りにいる他の一般客もその視線の先にあるものに気付き、真下で賑わうパレードからそちらに注目が集まった。

気になった涼介と五つ子たちは丁度空いた展望窓に寄った。

 

 

「何だアレ……?」

 

 

涼介が訝しげな目を向ける先。

遠い空の彼方……灰色の煙を立てながら、高くそびえ立つ遊園地の建物を縫うように飛ぶ板のような飛行物体が飛んできていた。

その飛行物体には操縦者らしき人影が見えていた。

未知の物体に展望台だけでなく、下にいる来場者たちもパレードよりもその飛行物体へと興味の目を注いでいた。

 

 

「新しい出し物かな?」

 

「いや……あんなの聞いてないぞ。万が一落ちた際に対応のしようがないからやらない決まりのはず……」

 

 

目を爛々と輝かせる四葉(よつば)の発言に異を唱える涼介。

涼介の言うようにアンバーソンランドのパレードでは、飛行機械は来場者に落ちる危険性と操縦者の安全性が保障されていないので出し物として出さない決まりとなっている。この遊園地が創設して以来ずっとだ。

 

けれど、現に今、空を飛んでいるものが目に映っている。

涼介が訝しげに思う中、飛行物体はその姿形がはっきりと見えるほど展望台の方へと近付いてきていた。

 

飛行物体―――その正体はグライダーだった。

グライダーとは言っても一般的なそれでなく、エンジンが搭載された金属質な機械だった。グライダーは逆U字に湾曲しており、さながら翼を広げたコウモリを彷彿させる。

 

そして、何より目を惹くのが、グライダーに跨る操縦者だ。人の形を保った全身緑色の怪人だった。

緑色の怪人はサイバーチックなスーツに仮面で顔を隠していた。仮面はエイリアンのように伸びた後頭部に見るもの全てを震え上がらせる黄色の双眸、頬まで引きつった笑みを浮かべているおぞましいもので、悪魔のようだった。

 

グライダーに乗った緑色の怪人は一旦展望台を通り過ぎ、観覧車の周りを撫でるように一周して旋回すると、再び展望台に近付く。

皆が新しい出し物だと賑わっている最中、涼介は何故か嫌な予感がした。

おぞましい緑色の怪人の雰囲気から本能的に危機感を感じ取っていた。

 

 

―――ハッハッハハハハーーーッ!!

 

 

涼介が不安に思っている矢先、緑色の怪人――グリーン・ゴブリンは低くしわがれた笑い声と共にグライダーから取り出したかぼちゃを模したメタリックオレンジの爆弾―――パンプキンボムを涼介たちがいる展望台目掛けて投げ飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドガァァーーーーンッ!!

 

 

けたたましい爆発音と共に展望台の一室がパンプキンボムによって爆発した。

爆発によって粉々になった外壁とガラス片が地上へと降り注ぐ。

グリーン・ゴブリンの攻撃を知った途端、これまで楽観視していた来場者たちは一斉にパニック状態となり、悲鳴を上げながら逃げ始める。

 

 

「緊急事態発生!緊急事態発生!」

 

 

地上で警備していた警察官――井ノ内 譲治警部は手持ちの無線機で緊急事態を呼びかける。

その間にも緑色の怪人はグライダーで飛び交いながら、次々とパンプキンボムを展望台へ投げ込む。

展望台の爆発に巻き込まれた来場者たちは恐怖に震え上がり、我先にと階段に駆け込む。

爆発で大怪我を負った人々は絶望と共に次々と倒れていく。

涼介たちも避難しようとするが……

 

 

「きゃあっ!」

 

 

床が崩れ、五月(いつき)と涼介たちが分断されてしまう。

五月(いつき)は壁などなく、手すりしか残されていない……文字通り崖っぷちに一人取り残されてしまった。

 

 

五月(いつき)!」

 

「ッ、危険だ!」

 

 

妹のピンチに助けに行こうとする二乃(にの)を涼介が止める。

ただでさえ足場が崩れそうになっているので、もし変な動きをして振動を与えてしまったら、さらに危険である。

今の彼らには五月(いつき)を助けることは不可能だった。

 

 

「ッ」

 

 

阿鼻叫喚が舞う地上。

逃げ惑う来場者たちとは真逆の方向である展望台へ走る(まなぶ)

――人々の平和を脅かす敵が現れた今こそ、スパイダーマン(自分)の出番だ。

間の抜けた顔から一気に引き締まったヒーローの顔つきへなった(まなぶ)は走りながらシャツの胸元を開き、蜘蛛のシンボルマークを露出させる。

 

 

「おぉぉお……!?」

 

 

その頃、展望台頂上にいる役員たちもパニック状態になりながらも逃げ出そうとする。

是非仲良く、と交友関係を築いていた相手のことなど知ったことかとばかりに。

 

 

俺がクビだとォォ!?

 

 

だが、そう易々と逃がすグリーン・ゴブリンではない。

グライダーをバルコニーに寄せると、怨恨の叫びと共にパンプキンボムを役員たちの足下へ放り投げる。

パンプキンボムから発する一瞬の輝きの後、役員たちは白骨死体となり、灰となって床へ崩れ落ちる。

 

役員を殺害したグリーン・ゴブリンはもっと混乱を巻き起こしてやろうかとその黄色の双眸で辺りを見渡す。その黄色のレンズの下にある目は何して遊ぼうかと好奇心旺盛な子供のようだった。

 

 

 

 

しばらくして、下の階で今にも崩れ落ちそうな足場で踏ん張っている五月(いつき)を見つける。

下に落とされるかもしれない恐怖と戦う五月(いつき)の怯えた顔……それを見て、新しいおもちゃを見つけたとばかりに仮面の下で口元を歪めたグリーン・ゴブリンはグライダーを五月(いつき)がいる場所へと近付ける。

 

 

ごきげんよう、お嬢さん

 

「……ッ!?」

 

 

グリーン・ゴブリンはいたずらなゴブリンのように茶目っ気のある言葉をかける。

対する五月(いつき)は爆発テロの主犯が自分のすぐ目の前にいることへの恐怖で言葉を失っており、笑う余裕などどこにもなかった。

その震えた表情を見て、ますます興味が湧いたグリーン・ゴブリンは彼女の方へ手を伸ばす……。

 

 

「スパイダーマン!」

 

 

グリーン・ゴブリンの魔の手が迫るそのとき!

地上にいる1人の来場者の希望に満ちた声と同時に指差す空から、颯爽とスパイダーマンが現れた。

ウェブスイングで建造物の合間を縫いながら、猛スピードで展望台へ接近する。

 

 

「────ヌゥアァーーーーーッ!!」

 

ッ!?ウオァァーーーッ!?

 

 

あっという間に展望台へ辿り着いたスパイダーマンはウェブスイングでつけた勢いのまま、グリーン・ゴブリン目掛けて両足蹴りを炸裂させる。

直撃したグリーン・ゴブリンは乗っていたグライダーから投げ出され、そのまま地上のテントへと真っ逆さまに転落していった。

操縦者がいなくなったグライダーは明後日の方角へ飛んでいく。

 

蜘蛛のように展望台の壁に張り付いたスパイダーマンは五月(いつき)を助けに向かおうとするが……

 

 

「警部!」

 

「ッ!」

 

 

地上から悲鳴に似た警察官の叫び声が耳に入る。

スパイダーマンは地上を見下ろすと、崩れ落ちるハロウィン仕様のアーチの真下に譲治が。

操縦者を失ったグライダーは行き場もなく動き回った結果、アーチの留め具を破壊してしまったのだ。

仲間の声に気付いた譲治だが、反応が遅れてしまい、逃げるほどの余裕はなかった。

このままだと押し潰されてしまう。

 

 

ピシュッ!

 

 

知り合いでもない譲治のピンチにスパイダーマンの体は迷うことなく動いた。

五月(いつき)も助けたいが、まずは先に消えそうな命……そう判断したスパイダーマンは壁を蹴って飛び立つと、ウェブを駆使して地面スレスレに飛び、激突寸前のところで譲治を素早く救出した。

地上に降り立ったスパイダーマンは譲治を優しく地面へ降ろす。

 

 

「平気?」

 

「あ、あぁ……」

 

 

スパイダーマンの尋ねに譲治は驚きの色を隠せないまま、曖昧に返答する。

譲治は一瞬の救出劇に驚いていたこともあるが、それよりもスパイダーマンが自分を助けたことに驚いていた。

警察とスパイダーマンは追う、追われる側の立場であり、いわば敵同士だ。そんな敵である組織に所属する自分を助けたのだ。普通ならありえないだろう。

だが、現にスパイダーマンはそれを実行したのだ。

 

 

「(正義を建前に好き勝手やるアウトローかと思っていたが………彼は()()かもしれないな)」

 

 

世間ではスパイダーマンのことを『ヒーロー』と呼ぶ者がいるが、譲治自身は全く信じていなかった。

しかし、実際に助けられて彼の根本的な信念――『誰であっても助ける』というのがハッキリとわかったのだ。

目の前にいるスパイダーマンを見て、譲治はスパイダーマンへの見方がガラリと変わった。

 

一方、地上へ墜落したグリーン・ゴブリンは崩れ落ちたテントからゆっくりと顔を出して起き上がる。身体増強薬によって強化された肉体は墜落した程度では致命傷にはならない。

テントを蹴ったくって歩き出すグリーン・ゴブリンの周りを警察官が即座に囲む。

 

 

「何者だッ!」

 

降参する!

 

「そこを動くな!」

 

「マズイ……」

 

 

警察官の問いに両手を上げて降参の意思を見せるグリーン・ゴブリン。

だが、その行動や言動とは裏腹に全くその気がないことを悟ったスパイダーマンはマスクの下で冷や汗をかく。

 

 

フゥゥンッ!

 

「ごっ!?」

 

「がぁぁッ!?」

 

 

その読み通り、グリーン・ゴブリンは警察官に近寄ると、上げていた両手を下ろし、警察官1人1人を殴り飛ばしていく。

拳銃を取り出そうとするのなら、素早くその手を掴み、捻り上げるだけだ。

 

次々と倒れ伏していく警察官を見て、スパイダーマンはウェブを使って素早くグリーン・ゴブリンへ接近する。

発達した筋力から繰り出されるストレートパンチをお見舞いしようとしたが……

 

 

見事だ!

 

「ッ!?どあぁぁあーーーーッ!!?」

 

 

片手で難なく受け止められ、ヤクザキックで逆に吹き飛ばされる。

後方に大きく吹き飛んだスパイダーマンはパレードの装飾を突き破り、逃げ惑う人々の真横を通って、電灯に衝突する。

スパイダーマンの体重に加え、蹴りの勢いによって電灯は根本から倒木のように落ちる。

 

 

ハッハッハ………ハッハッハハハハーーーーーッ!!!

 

「ッ!?」

 

 

グライダーを自身のもとへ呼び出したグリーン・ゴブリンは乗り込むと、すかさず、グライダー前方部の機関砲をまき散らしながら、倒れているスパイダーマンのもとへ飛んでいく。

緑色の怪人が機関砲を打ちながらグライダーでやってくる物騒な光景を目の当たりにしたスパイダーマンは血の気がひくと、急いで逃げ出す。

 

機関砲から放たれる銃弾で地面からは火花が立ち、グライダー底部からのミサイルで爆炎が舞う。

流石に強靭な肉体を持つスパイダーマンでもひとたまりもない。

 

スパイダーマンはウェブを観覧車の柱に引っ付けると、グルリと一回転したのち、無人のゴンドラの天井に着地する。グリーン・ゴブリンはすぐさま追おうとしたが、あまりもの速さに失速する。

モーターの稼働によってゆっくりと動く観覧車のゴンドラの天井から腰を下ろして機を見計らうスパイダーマン。グリーン・ゴブリンのグライダーに飛びかかろうという作戦だった。

 

グリーン・ゴブリンは煙で弧を描きながら、スパイダーマンの方へと向かってくる。

その際に放ってきたミサイルをスパイダーセンスでいち早く感知し、前方を跳躍してミサイルを避ける。ミサイルはスパイダーマンが先程までいたゴンドラに直撃して、爆発を起こす。

 

 

「はぁッ!」

 

 

飛び上がったスパイダーマンはグリーン・ゴブリンのグライダーに飛び移る。

背後を取ったスパイダーマンは拳の応酬で攻め立てるが、グリーン・ゴブリンも振り落とそうと同じく拳の応酬で応える。

前後左右に不安定な動きで飛ぶグライダーの狭い足場を舞台に繰り広げる肉弾戦は白熱しており、どちらも一歩も引かない状況だった。

油断したらやられる……そんな言葉が似合う状況だろう。

 

 

フンッ!

 

「がッ!?」

 

 

だが、一枚上手だったのか。この肉弾戦を制したのはグリーン・ゴブリンだった。

グリーン・ゴブリンの拳を顔面に受けたスパイダーマンはグライダーから落ち、真下にあったジェットコースターのレーンに背中をぶつける。

背中と鼻の痛みにマスクの下で苦悶の表情を浮べながら、スパイダーマンは蜘蛛のような姿勢で低く身構える。

 

 

「(……強い!エレクトロやリザードとはわけが違う!)」

 

 

グリーン・ゴブリンの強さにスパイダーマンは戦慄する。

先程の肉弾戦でわかったことなのだが、身体能力はグリーン・ゴブリンの方が”上”であった。

これまで数々の犯罪者、スーパーヴィランと戦ってきたが、彼らはいかに強くても明確な弱点があった。

リザードは本能に従う故の弱点、エレクトロは怒りに身を任せて故の弱点……それぞれあった。

 

だが、このグリーン・ゴブリンにはそれが全くない。否、見つかり辛いのだ。

自分と同じ仮面で顔を隠してるせいで表情が読み取れず、機関砲やミサイルといった高火力武器を用い、楽しんでいるようで実に冷静な思考を持っている。

隙というものが少なく、自分が炙り出そうとすると、逆にやられてしまう。

 

これまでのスーパーヴィランとは毛色の違う相手にスパイダーマンは苦戦を強いられていた。

 

 

「きゃあッ!?だ、誰か……!」

 

「ッ!(五月(いつき)!)」

 

 

そんなことを思っていると、五月(いつき)の悲鳴が耳に届く。

既に崩壊寸前だった五月(いつき)の足場は先程よりも悪化しており、分断された箇所からメキメキと鉄骨が折れ曲がっている最中だった。少しでも動けば落ちてしまう状況だったので、五月(いつき)は全く身動きできずにいた。

 

――毛色の違う相手に戦慄している暇はない。

スパイダーマンは自身に言い聞かせると、ウェブを使って飛び出し、パレードで使っていたバルーンを足場変わりにして、次々と跳躍して五月(いつき)のもとへ近付いていく。

 

そして、目前に近付いて、飛び出した瞬間――

 

 

――ヌゥゥンッ!

 

「うぁぁッ!!?」

 

「きゃあッ!?」

 

 

背後からグリーン・ゴブリンがグライダーで突進し、スパイダーマンを両手で捕らえると、五月(いつき)を通り過ぎ、展望台の中央にある壁に顔面を衝突させる。

その衝撃で展望台は揺れ、五月(いつき)の足場の崩壊は更に速まっていき、瓦礫が地上へと落ちていく。

 

グリーン・ゴブリンはスパイダーマンの頭を乱暴に掴むと、壁に何度も顔面をぶつけていく。

ゴンゴンと鈍い音が響くと同時にスパイダーマンの脳が震盪していく。

 

 

「はッ!」

 

ヌアッ!?

 

 

負けじとスパイダーマンも肘でグリーン・ゴブリンの顔面を強打する。

怯んだ隙に後ろに回り込むが、すかさず腹に肘を3発入れられ、裏拳で顔面を打ち込められる。

 

 

「うあぁーーーッ!?」

 

 

背中から床へ落ちたスパイダーマン。

腹と顔面の痛みにマスクの下で顔を歪めるが、ふと視線を向けた先の五月(いつき)の危機的状況を見て、痛みは吹き飛んだ。

戦闘の衝撃で崩壊が速まった足場は最早人が座れるようなスペースを保っておらず、鉄骨やら何やらが剥き出しとなり、柳のように垂れ下がっていた。

五月(いつき)は僅かに残された足場と手すりを使って、必死にしがみついている。今にも落ちそうな状況だった。

 

 

「待ってろ!」

 

「ッ、危ない!」

 

 

助けにいこうとするスパイダーマンだが、前方を見て叫ぶ五月(いつき)の声で振り返る。

グライダーを壁から引き抜いたグリーン・ゴブリンがグライダーの機関砲で不意打ちを仕掛けようとしていた。

そうはさせまいとスパイダーマンは手首からウェブを発射。放たれたウェブは見事命中し、グリーン・ゴブリンの目を覆い隠した。

 

 

……ウゥオッ!?

 

 

グリーン・ゴブリンが暗闇となった視界に気を取られている隙にスパイダーマンはバク転。グライダー底部の浮遊安定ユニットを引っこ抜いた。

空中で制止させるための装置を失ったグライダーは制御不能となり、不規則な動きで明後日の方角へと飛んでいく。

 

 

また会おう!スパイダーマァァーーーンッ!!!

 

 

暴れ馬のようにあっちこっちへ飛ぶグライダーを力づくで制御しながら、グリーン・ゴブリンはそう吐き捨てると、グライダーから噴出された灰色の煙を残して去っていった。

スパイダーマンはこれから戦うであろう強敵の姿を目に焼き付けた。

 

 

「ッ、きゃあぁぁーーーーーッ!!!」

 

 

一難去ってまた一難。

グリーン・ゴブリンを追い払ったのもつかの間、とうとう五月(いつき)の足場が限界に達し、完全に崩壊してしまう。

五月(いつき)は宙に放り出され、重力に従って地上へと落ちていく。

 

 

「ッ!」

 

「―――きゃあぁぁーーーーーーッ!!!」

 

 

スパイダーマンはすぐさま床を蹴り、水泳の飛び込みのように飛び立ち、救出に向かう。

垂直に落ちる五月(いつき)の真下にはトランポリンもクッションもない硬いコンクリートの地面。もし落ちれば命はないだろう。

地面に叩き付けられる恐怖に悲鳴をあげる五月(いつき)と救出に向かうスパイダーマン。

地上の人々が祈るように見守る中、2人の距離は10m、5mとだんだんと近付き……

 

 

「ハッ!」

 

ピシュッ!

 

 

落ちていく五月(いつき)を背中から左腕で抱え、片方の手首から発射したウェブを展望台最上階から突き出ているバルコニーの下に引っ付ける。

地面ギリギリのところでウェブがピンと張ったのち、バネの伸縮のように弾んだウェブによって2人は上昇。

スパイダーマンは五月(いつき)を抱える腕を持ち換え、すぐさま新しいウェブを射出すると、五月(いつき)を連れて遊園地から離れていった。

遊園地の人々からの称賛の声が浴びながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……!」

 

 

ウェブスイングで発生する風を受けながら、五月(いつき)は安堵の声をもらす。

高層から地上へ落ちる危機一髪の状況だったのだ。安堵せざるを得ないだろう。

 

遊園地から離れたスパイダーマンと五月(いつき)は現在、街中を飛んでおり、地上ではこちらを見て驚く様子を見せる通行人がちらほらと見える。

注目を浴びるのは五月(いつき)としては少々恥ずかしいが、命を助けてもらったことには代えられない。

 

 

「ごめん……高いところ駄目だったよね?」

 

「いえ、いいんです……慣れましたから」

 

「良かった。もう少しだから、しっかり掴まってて?」

 

「はい……」

 

 

見かねたスパイダーマンは不安そうに尋ねるが、五月(いつき)の柔らかい返事を聞くと、胸を撫で下ろし、再びスイングに意識を集中させる。

 

五月(いつき)は言われた通りに、よりスパイダーマンにしがみつく腕の力を強める。

固く、引き締まったスパイダーマンの体格と体温が服越しに伝わる。

スパイダーマンの温かさ……。それは体温だけでなく、胸の奥にある”心”の温かさを五月(いつき)は感じ取り、じんわりと自分の心に染み渡っていくのを実感した。

 

素顔を知らない男性への信頼感……。

実の父親のこともあり、警戒していた五月(いつき)だが、不思議とスパイダーマンに対してはそんな気は起きなかった。

 

 

「(温かい……)」

 

 

心の温かさを肌で感じた五月(いつき)はそっと微笑んだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、数十分後。

街中を飛び回った2人はあっという間に五月(いつき)たち五つ子が住まうマンションの屋上に到着した。

降り立ったスパイダーマンは五月(いつき)をゆっくりと地面へと降ろす。

 

 

「――フゥッ!リムジンより速かっただろ?……あぁっ、お構いなく!彼女はすぐ降りますから」

 

 

スパイダーマンはジョークを五月(いつき)に言っていると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている警備員に目が合う。

空から突然やって来たのを見て驚いてしまったのは想像に容易い。

スパイダーマンはそう一声かけると、再び五月(いつき)へ視線を向ける。

 

 

「警察に事情聴取されるのは面倒だよね?勝手に連れてきてごめん。姉妹にも後で連絡しておいて」

 

「いえ、こちらこそ………助かりました」

 

「そうか。じゃあ――」

 

「待ってください!」

 

 

五月(いつき)に異常がないことを確認したスパイダーマンはお役御免と感じ、背を向けて去ろうとするが、五月(いつき)に呼び止められる。

ふいに声をかけられたスパイダーマンがどうしたのかと向き直すと、五月(いつき)は尋ねる。

 

 

「あなたは誰ですか?」

 

 

スパイダーマンが素顔や本名を明かせないのは五月(いつき)自身理解している。

だが、特に理由もないのに一度ならまだしも二度も助けられた。自らの危険を省みず、助けてくれたのだ。

そんな恩人のことを知りたいという気持ちが高まり、自然と声に出たのだ。

それに対して、スパイダーマンは――

 

 

「君は知ってる」

 

「知ってる……?」

 

「親愛なる隣人、”スパイダーマン”だ!」

 

 

そう明るく言い残すと、スパイダーマンは屋上から飛び降り、ウェブスイングで飛び去っていく。

スパイダーマン自身、正体が(まなぶ)であることを明かしたかったが、誰がどこで見ているのかわからないので明かすわけにはいかなかった。

それに正体を隠すのもミステリアスで悪くない、とマスクの下で頬を緩めていたのは誰も知らない。

 

 

「フォーーーフォーーーーーッ!!!」

 

 

高揚感高まる声をあげながら、街中へと消えていくスパイダーマン。

声と共に遠ざかっていく彼の姿を五月(いつき)は姿が見えなくなるまで見届けた。

その表情は明るい、満開の花のような笑顔だった。

 

 

 




◆イースター・エッグ◆
①アンバーソンランド
 アメコミ原作のオズコープ社長であるノーマン・オズボーンの父親、『アンバーソン・オズボーン』から。
 アンバーソンは名うての実業家だったが、会社と財産を失ってからアルコール依存症になり、妻や息子のノーマンを日夜虐待するようになる。
これによって、ノーマンは父を激しく憎み、上昇志向や権力欲に囚われるようになる。

②遊園地ではしゃぐ五月(いつき)
 原作「五等分の花嫁」第56話にて、試験勉強で行き詰った五つ子たちに気分転換にと風太郎が遊園地に行くことを提案。そこで1日勉強を忘れ、アトラクションを楽しむのだが、特に五月(いつき)は普段の彼女から考えられない年相応の顔を見せる。
 普段はしっかり者なので、抑圧された気持ちを開放したかったのだと思われる。作者のお気に入りシーン。

③『今日は休日だから断る。』
 原作「五等分の花嫁」第36話にて、勤労感謝の日に遊びに誘う一花(いちか)三玖(みく)それぞれに対して返信した文章と同じ。
 風太郎は勉強がしたいので断ったのだが、らいはに諭されて、結局、林間学校での感謝を送るために四葉(よつば)と遊びに行くことになってしまった。

五月(いつき)たちが展望台にいた階層
 14階……14はアメコミ原作「アメイジング・スパイダーマン」にてグリーン・ゴブリンが初登場した刊と同じ数字。
 このときはグリーン・ゴブリンの正体は伏せられており、2年後に刊行された#39まで正体が明かされなかった。

⑤パレードを襲撃するグリーン・ゴブリン
 サム・ライミ版「スパイダーマン」(2002)では、グリーン・ゴブリンがオズコープ主催のパレードを襲撃するシーンのオマージュ。
 リストラされたノーマン・オズボーン=グリーン・ゴブリンは自身の地位を守るべく、自分を見捨てた役員たちを抹殺した。

五月(いつき)を助けるスパイダーマン
 サム・ライミ版「スパイダーマン」(2002)にて、崩壊するバルコニーから落下するMJを助けるシーンのオマージュ。

⑦「リムジンより速かっただろ?」
 原作漫画「五等分の花嫁」第3話にて、五つ子たちがリムジンを使って登校してきたことへの小ネタ。



シンビオートを登場させる?

  • さあ、ノッていこうぜ…(YES)
  • じゃあな、マヌケ(NO)
  • 何だよ、ゴブリンJr.…泣くのか?
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