SPIDER-MAN Quintessential Quintuplets   作:まゆはちブラック

5 / 25
#4 天才との出会い

休日の家庭教師のアルバイトを終えて、2日後。

また訪れた平日に(まなぶ)はナイーブな気持ちで登校していた。

彼が落ち込んでいる理由は休み明けということもあるが、一番の理由は今朝の『デイリー・ビューグル』の新聞記事にあった。

 

 

「(『極悪の愉快犯!『スパイダーマン』 指名手配!情報求む』か……)」

 

 

一面に大々と打たれた見出しを思い出す(まなぶ)。こうなった原因は『デイリー・ビューグル』の編集長・紫紋(しもん)が新聞を通して世間に呼びかけたからだ。

紫紋(しもん)の意見はこうだ。スパイダーマンはいつも事件現場に現れる……つまり、スパイダーマンが現れるということは危険なことが起きることだ、と。

身元を明かさず、法に任せず自警活動しているのは不審でしかない。特に法律違反していないだろうという声があるが、勝手に人の家の敷地に入っていることで『建造物侵入罪』を犯しているという事実を突きつけて黙らせている。

 

これを受けた警察はスパイダーマンを指名手配し、逮捕に乗り出そうと公表した。

紫紋(しもん)もこれには上機嫌で、昨日一日中、(まなぶ)や他の社員に対して雷を落とすようなことはしなかった。給料は全く変わらなかったが。

思い返した(まなぶ)はますます憂鬱気味になる。

 

 

「(しばらく活動を控えるべきか……?いや、駄目だ!何を考えてるんだ!?僕はあの夜に誓ったんじゃないか!?大いなる力を受けたからには、大いなる責任を果たすって。大バッシングを受けてもやらなきゃ……!)」

 

 

スパイダーマンの活動を一旦中止する考えが頭を過るが、(まなぶ)は頭を横に振って妥協の考えを振り払う。”叔父の死”がその邪な気持ちを吹き飛ばした。

自分ができることを全力でやらないと誰かが犠牲になる──そんな思いは誰にもさせたくない。どんなに報われなくても、やる遂げるという覚悟はとっくにしていたはずだ。

冷静に考え直した(まなぶ)はふぅと息を吐いていると、後ろから眼鏡をかけた男子生徒が早歩きでやってくる。

 

 

天海(あまかい)君、おはよう!」

 

「……ん?マックス!おはよう!」

 

 

朝の挨拶をかけてきたマックス───最上(もがみ) (まさる)(まなぶ)は挨拶を返す。

マックスこと最上(もがみ) (まさる)(まなぶ)の数少ない友人の1人で、涼介とも友達である。その付き合いは中学時代から続いている。

ちなみに”マックス”と親しまれて呼ばれているが、彼はれっきとした日本人だ。愛称の由来は最上(もがみ)の”最”と(まさる)の”大”を合わせると、”最大”になるからだ。

マックスと呼ぶのは(まなぶ)と涼介のみであり、本人も好きに読んで構わないと言っている。

 

思いがけない友人との出会いに笑顔になる(まなぶ)だが、ふと気になったことを(まさる)に問いかける。

 

 

「……あれ?いつもバスじゃなかっけ?」

 

「そうだけど、今日は歩き。少しは節約しようと思ってね」

 

「へぇ~~偉いじゃない!健康にいいよ」

 

「最近、少し太った気がして……。林間学校でみっともない体を出すのは嫌だからねぇ」

 

「わかるよ。僕もプールの時間で昂輝に散々いじられてさー……」

 

「ははっ、そうかー」

 

 

歩きながら他愛のない話で盛り上がる2人。他の人からすれば大したことではないが、彼らにとってはコミュニケーションが捗る大きな話題なのだ。人の価値観は人それぞれというものである。

雑談は続き、一週間前での食堂で一緒に食べずに逃げたことも含めてあれやこれや話し歩いていると、あっという間にお互いの教室の近くについた。

 

 

「じゃあ、マックス。今日も頑張ろう」

 

「うん、そっちもね。それじゃ……」

 

 

(まなぶ)(まさる)はお互いを励ますと、お互いの教室へと入っていった。

自分の机で身支度を整えた(まなぶ)はチラッと横目で遠くの席にいる五月(いつき)に視線を向ける。五月(いつき)は眼鏡をかけて自習に取り組んでいるが、問題がわからないようで、問題集と睨めっこしていた。

 

 

「(助けてあげよ……)」

 

 

困っている姿を見てられないと(まなぶ)は席を立つ。彼女の勉強の手助けはもちろんのこと、好感度を上げることになる。

そんな下心も抱えつつも、(まなぶ)五月(いつき)に声をかけた。

 

 

五月(いつき)、おはよう。どこがわからない?」

 

「あ、おはようございます……。お恥ずかしながら、ここの『商と余りを求めよ』というところが……」

 

 

恥ずかしそうに顔を俯かせながら五月(いつき)は問題集の設問に指指す。その問題は数学の整式の割り算だった。

パッと見て暗算し、答えがわかった(まなぶ)はわかりやすいように心がけて説明する。

 

 

「まず、余りはわかるとして、商の意味はわかる?」

 

「え?それくらいわかりますよ。割り算ですよね?」

 

「ああ、その通り。つまり、この問題はx3−6yx2+10y2x−8y3をx2−5yx+y2で割り算して、答えと余りを出せばいいってことなんだ」

 

「…?でも、xとyが入っているのに、どうやって計算すれば………?」

 

「大丈夫。ちょっとペンを借りるけど、問題集に書き込んでもいい?」

 

「どうぞ」

 

 

五月(いつき)からシャープペンシルを借りた(まなぶ)は問題集の端に書き込んでいく。それは整数式を筆算の形にしたものだった。

(まなぶ)は書きながら説明していく。

 

 

「まずこの形にする。やり方は先頭のアルファベットを消すように入れて計算すればいいんだ。この場合だと、最初はx、次に-yを入れたら、商x-y、余り4xy2−7y3になるはず。やってみて?」

 

「は、はい……」

 

 

(まなぶ)からひと通りの手順を学んだ五月(いつき)は、答えをサラッと出した(まなぶ)を不可解に思いながらも止まっていたシャープペンシルの手を動かし、計算していく。

問題を解くと、答えは(まなぶ)の言った通りのものと同じだった。

五月(いつき)はぱあっと表情が明るくなる。

 

 

「と、解けました!ありがとうございます!」

 

「やり方さえ掴めば、簡単だろ?」

 

「はい!でも、答えを知らないのによくわかりましたね?もしかして、暗算で?」

 

「うん。あーー……でも、証明問題は流石に無理だけどね」

 

「それでも充分凄いです!やはり、あなたに頼って良かったです……」

 

「いやぁ、はは……」

 

 

(まなぶ)に対する評価がますます上がる五月(いつき)は尊敬の目を送る。

対する(まなぶ)は照れくさそうに笑っていた。自分は隣に立ち、五月(いつき)は席に座っている。その体勢となれば自然と上目遣いになるので、(まなぶ)の鼓動は高鳴り、爆発しそうなまであった。

 

幸福感に満たされる(まなぶ)だったが、ハッと大事なことを思い出す。

土曜日のアルバイトの日に、風太郎の財布を取りにいったこと。そして、お風呂上りの二乃(にの)に遭遇したこと。

三玖(みく)には一応入室の許可を得るやり取りはしており、そのことは伝えられているはずだ。

咄嗟に隠れたことによって目撃者である二乃(にの)からは幻覚だと自己解決してくれてるが、三玖(みく)の話を聞いて何かしら気持ちが変わったかもしれない。危惧した(まなぶ)は念のため訊くことにする。

 

 

五月(いつき)。この間の土曜、何か変なことなかった?」

 

「変なことですか?」

 

「ほら、僕たちが帰ったあととかさ……」

 

 

(まなぶ)の問いに五月(いつき)はうーんとしばらく考えると、あっと思い出す。

 

 

「……そういえば、二乃(にの)がお風呂上りにリビングに行ったら、天海(あまかい)君の幻覚を見たって………」

 

「あ、そうなんだ。僕が上杉の財布を取りに帰ったときは会わなかったな。………ところで、他に何か言ってなかった?」

 

「そうですね………あなたが家に入ったことは三玖(みく)から聞きましたが、きっとすれ違ったかと………。二乃(にの)もそれで納得してます」

 

「そうか~(バレてないな……)」

 

 

五月(いつき)の話を聞いて頷く(まなぶ)は内心ホッと胸をなでおろす。

家に入ったという証拠を手に、二乃(にの)が遭遇したのが幻覚ではないと断定しても物的証拠や第三者の目撃証言が無い以上、(まなぶ)を容疑者として扱うのは絶対できない。

 

 

二乃(にの)も被害妄想が過ぎます。いくら嫌ってるからといって………。上杉君はともかく、天海(あまかい)君がお風呂上りを狙うなんて最低な行為をするわけないのに」

 

「ッ!?そ、そうだよね。まさか………」

 

 

五月(いつき)の笑い話にギクッとなった(まなぶ)は苦笑する。

もし何かしらの証拠があって覗きをしていたと誤解されたら、文字通り”一巻の終わり”だった。そうなれば、家庭教師のアルバイトはクビ、五月(いつき)とも距離を取られるだろう。

あのとき隠れて良かったと(まなぶ)は冷や汗をかきながら重々感じた。

 

そんなこんなありながらも、今日も長いようで短い学校での1日が始まる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時が流れ、授業は6限目の時間帯へ。今日の6限目は理科の授業であるが、今日は少し違かった。

というのも、先週までの教師が学校を離れ、今日から理科は新しいやってくる教師が担当することになったのだ。

 

どんな先生なんだろうとざわざわと話し声が飛び交う中、ついに教室の扉が開かれる。

それを合図に静まった一同は席を立ち、日直の「気を付け、礼」の点呼に合わせてお辞儀し、着席する。

新しい理科の先生は教科書を教卓に乗せて眼鏡を直すと、静まり返っている生徒たちを見回し、微笑んで口を開く。

 

 

「ごきげんよう、1組の生徒諸君。家庭の事情で転勤することになった捨扶持(すてぶ)先生に代わって、新しく理科を教えることになった石影(いしかげ) (りゅう)だ。よろしく頼むよ」

 

 

にこやかな笑顔を浮かべる石影。

短く切った黒髪に眼鏡。年齢は40代後半くらいで、白衣を着ていることもあって貫禄が出ている。外見は至って奇抜ではないのだが、()()()()に生徒たちは注目していた。

生徒たちの視線の先にある石影の右腕は────肘から下が無かった。いわゆる隻腕だ。まるで画像の編集で切り取ったかのように綺麗に無かったのだ。

生徒たちの視線が右腕に向いていることに気付いた石影は──

 

 

「おっと、ここが気になるかな?昔、ある実験の事故でやってしまってね………。まあ、そのおかげで私はサウスポー。草野球界からは”黄金の左腕”と恐れられているよ」

 

 

自虐を含めたジョークを言うと、生徒たちは緊張が解けてクスリと笑う。皆、隻腕について気をつかって黙っていたが、賑やかな方が好きな石影は少しでもいいから笑ってほしかった。

そのかいあって場の空気が良くなったのを見越して、石影は本題に切り込む。

 

 

「……さて、理科──”化学”について君たちに訊こう。この科目は何のために学ぶと思う?」

 

「……そりゃあ、成績のためじゃねぇですか?」

 

「確かに。学業の成績のためで、将来の進路実現に必要だから勉強する。それは間違ってはいない……。だが、私はこう思う……………」

 

 

当たり前だと答える昂輝にそう返した石影は左手でチョークを持つと、黒板にある文字を書いた。

──『思考力』。あらゆる概念から1つのものを考え抜く力を意味する。

何だろうと生徒たちが思う中、チョークを置いた石影は説明する。

 

 

「理科という科目を学ぶ意義────それは、『思考力』を鍛えるためだ。例えば、火山の噴火に遭ったとする。その際、火山の知識があれば、どういう原理で周りにどういう影響を及ぼすのか考えることができ、その結果、自然災害への対策を”考えられる”……。それだけじゃない。アマゾン川をはじめとする河川に生息する電気ウナギは危険だが、逆に考えれば、人々の暮らしに役立つクリーンな電気エネルギーとなる可能性もある。諸君にはこの『思考力』を理科でしっかりと身につけてもらい、自分や周りの人たちの役に立てるようになってほしい」

 

 

石影の意見に生徒たちは胸を打たれた。今までやれテストのためだと渋々学んでいたが、この話を聞いて考え方が変わった。

 

 

「(どっちみちテストやるんだろ。点を取る以外、意味はない……)」

 

「(いい先生だ……)」

 

 

同じクラスなので話を聞いていた風太郎と(まなぶ)だが、その反応は異なっていた。

気持ちがどうなろうが全て成績だと振り切った風太郎はつまらなそうにしている反面、(まなぶ)は石影に感銘を受けていた。

今までの学生生活で理科の教師から色々教わったが、ここまで情熱を注いでいる人はいなかった。(まなぶ)は元々理科が好きだが、この話を聞いて、ますます関心を深めた。

 

(まなぶ)が感動している中、石影は教科書を開く。

限られた時間しかないので授業に入ろうという考えだ。

 

 

「長々と話したが、授業に入ろう。教科書68ページを開いて。ここには爬虫類について書かれている。特にこのトカゲだが、尻尾を欠損しても時間が経てば再生する………。この能力を活かせば、社会に役立てるとは思わないか?さて………君。上杉君」

 

 

誰を当てようかと見渡したときに目があった風太郎を指名する。

人前で発表するのが嫌いな風太郎は渋るが、石影に立つようにジェスチャーされ、渋々起立した。

 

 

「トカゲの能力を活かせば、何に役立てると思うかね?」

 

「教科書には全く書いてないんで、俺にはわかりません」

 

「そんなこと言わず。ほら、思考を膨らませて………」

 

 

冷たくあしらう風太郎に石影は苦笑しながらも再度問いかける。しかし、不機嫌な風太郎は全く答えない。頭の中は質問の内容ではなく、さっさと座らせてほしいという我儘な願望だった。

黙り込む風太郎に石影が頭を悩ませていると──

 

 

「異種間遺伝子交配」

 

「?」

 

 

という声が聞こえ、石影と生徒たちは振り向く。視線が注目する先にいるのは、挙手している(まなぶ)だった。

注目が彼に向いていることを察した風太郎はどさくさに紛れて席に座る。

普通の高校生から出ない単語が頭に引っ掛かった石影。座るのを許可していないのにも関わらず、勝手に座った風太郎のことなど忘れていた。

 

 

「えと…………」

 

「何だよ、天海(あまかい)。もったいぶらずに早く言えよーー」

 

「こら。さあ、続けて」

 

 

周りの目が気になって上手く喋れない(まなぶ)をからかう男子生徒を石影は諫めると、続けるように促す。

未だ緊張が取れていない(まなぶ)だったが、石影の穏やかな眼差しを見て心を落ち着かせると、自身の考えを述べていく。

 

 

「トカゲの優れた再生能力の遺伝子情報だけを取り出し、それを腕や足を欠損した人の遺伝子と組み合わせれば………自分自身で再生できる。髪の毛が毎日抜けて、生え変わるように……。他にも様々な遺伝子の交配を考えれば、視力の回復やパーキンソン病を治すことも可能です………」

 

「ほう?では、パーキンソン病の原因はわかるかね?」

 

「ドーパミンを作る脳細胞が減少することです。……ですが、ゼブラフィッシュはいくらでも自分の細胞を再生できます。もし、仮に与える技術があれば………大きな社会奉仕になると思います」

 

「ははっ……!なら、これはわかるかね?」

 

 

(まなぶ)の話を聞き、石影は不思議と笑みがこぼれる。馬鹿にするのではなく、褒め称える意味でだ。

──もっと知りたい。(まなぶ)への興味が源泉のように湧き出た石影は授業であることを忘れ、チョークで黒板にある数式を書く。それは崩壊率アルゴリズムと呼ばれる粒子に関わる方程式だった。

内容は高校生でやるものでなく、答えられるわけがない。

 

しかし、(まなぶ)の場合は別だ。科学・化学が大好きで、あらゆる原理や数式を網羅した彼にはお茶の子さいさい。

黒板の前に立った(まなぶ)は迷うことなく、チョークでスラスラと解いた。

それを目の当たりにした石影は目を丸くする。

 

 

「素晴らしい……どうしてわかった?」

 

「独学です。科学は好きなので……」

 

 

控えめな口調で答える(まなぶ)に石影の頬は緩む。独学だとしても、崩壊率アルゴリズムを勉強し、理解しようとする高校生は滅多にいないだろう。

彼の才能から未来を見出した石影は、ますます(まなぶ)への関心を深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君。天海(あまかい)君……だったかね?」

 

「?」

 

 

全ての授業が終わり、皆が掃除時間に取り掛かる頃。(まなぶ)も掃除しようと箒を手に廊下に出ようとすると、石影に呼び止められた。

突然何だろうと(まなぶ)が思っていると、石影は言う。

 

 

「お願いがある。もし時間があれば、放課後、私の家に来てほしい。明日からでもいい……」

 

「何をするんです?」

 

「私の研究を手伝ってほしい。研究の内容はここでは言えないが、()()()なものだとは言える。それを実現するために君の知恵が必要なんだ。なに、暇なときで良いんだ。時間も自由。どうだ?」

 

 

一般の高校生に研究を手伝ってほしいという提案。普通ならあり得ないことだが、石影は(まなぶ)の才能を見込んだうえで持ちかけたのだ。

 

 

「(今日は確か家庭教師はお休み。先生の研究内容が気になるし、人助けになるなら………)」

 

 

石影の提案に(まなぶ)は少し考える。他の先生の頼みなら悩むところだが、自分と同じで科学・化学に情熱を持つ石影なら信用できるし、何よりも研究内容が気になってしょうがなかった。

周りから全く見向きもされなかった科学・化学への知識が役に立つのなら……。そう思った(まなぶ)は返答に悩むまでもなかった。

 

 

「はい。今日から是非、手伝わせてください」

 

「ありがとう。君の叔母さんには私から言っておくよ。放課後、職員室の前で待っててくれ」

 

「わかりました」

 

 

OKをもらった石影は嬉しそうに話すと、教室から離れていった。

(まなぶ)はこの出会いに、五月(いつき)との出会いとは違った高揚感を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。(まなぶ)は職務を終えた石影に連れられて、彼の住む家へと向かった。

電車に乗って3駅目で降り、歩くこと30分。人里から離れ、樹海のように木々が生い茂り、舗装された道を歩くと、白い壁が特徴の平屋についた。石影の家である。

木々が生い茂っている中、平屋の周りは手入れが届いているのか、まっ平な地面が広がっている。

不思議な空間に(まなぶ)は目を見張らせていた。

 

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさい」

 

 

入口を開けた石影は(まなぶ)を中に招き入れると、声をかける。

すると、奥の方からエプロンを着たショートボブの女性が出迎える。

更に奥から小学校低学年くらいの男の子がドタドタと駆け寄り、石影に抱き着く。

 

 

「おかえりなさい、パパ!」

 

「ただいま、琥太郎(こたろう)。ははっ、お利口にしてたか?」

 

「うん!」

 

 

ニコニコと元気いっぱいに答える琥太郎(こたろう)の頭を石影は左腕で優しく撫でる。

何とも言えない微笑ましい光景に(まなぶ)は頬が緩んでいると、(まなぶ)に気付いた女性は石影に尋ねる。

 

 

「そちらの方は?」

 

「ああ、紹介するよ。うちの学校の生徒で、今日から私の研究を手伝ってくれることになった天海(あまかい) (まなぶ)君だ。天海(あまかい)君、こちらが私の妻の陽子(ようこ)。このわんぱくっ子が息子の琥太郎だ」

 

「初めまして。お世話になります」

 

「ええ、こちらこそよろしくね」

 

「よろしくー!」

 

「ああ、よろしく」

 

 

紹介された(まなぶ)は軽く頭を下げて陽子と琥太郎に挨拶を交わす。

どうなるだろうと(まなぶ)は不安だったが、2人とも明るく迎えてくれたので杞憂となった。

 

 

「こら。目上の人に対しては”よろしくお願いします”って教えたろ?」

 

「あ!ごめんなさい……」

 

「あ、別に僕は気にしてないので……」

 

 

石影に指摘されてしょぼんと落ち込む琥太郎を見て、(まなぶ)は苦笑しながらフォローする。自分のせいで気を悪くしてしまった気がしてならなかったからだ。

彼の謙虚さにますます関心する石影は(まなぶ)と一緒に靴を脱いで、家へ上がらせる。

琥太郎を自室で大人しくするように言うと、研究室へと向かう。その最中、横を歩きながら陽子は尋ねる。

 

 

「研究を手伝うって言ったけど、あなたの研究を手伝わせるの?」

 

「その通りだよ」

 

「でも、天海(あまかい)君はまだ高校生でしょ?化学者だったあなたは良くても、実践経験が無さすぎるわ……」

 

「平気さ。彼の才能は素晴らしい。むしろ、高校生であること自体が不思議だ。試しに崩壊率アルゴリズムを出したら、簡単に解いてしまった。しかも独学で覚えたそうだ」

 

「本当!?」

 

「ああ、本当だ。彼さえいれば、私の長年の研究が実を結ぶ。気持ちはわかるが、何事も挑戦だよ。それが研究する者のモットーだ」

 

 

不安がる陽子に石影は(まなぶ)の優秀さをアピールしつつ、当たり障りのない言葉で不安を和らげる。

化学者の研究は理科の実験とは比べ物にならないくらい危険なものが多い。それを弱い17歳の少年に手伝わせるのは無茶苦茶すぎるのは当然の考えだ。

しかし、石影は(まなぶ)という人材を見つけた以上、逃すことはできなかった。数々の高校を渡り歩き、何千、何百もの生徒を見てきたが、彼ほどの優秀な頭脳を持つ生徒はどこを探してもいなかった。

(まなぶ)との出会い………これは天が授けてくれたチャンスなのだと石影は思ったのである。

 

そんな会話をはさみながらも研究室へとついた。扉を開けると、様々な薬品やビーカー、顕微鏡といった研究道具が部屋中のあちこちに並んでいた。壁際の飼育ケースには研究で使うと思われる数匹のトカゲがいた。

研究室とはいっても、中はそこまで広くなく、一般住宅の寝室をまるまる利用している印象があった。

それでも充分魅力的と感じた(まなぶ)は目を輝かせながら、研究室中を見渡していた。陽子は2人に尋ねる。

 

 

「お飲み物持ってくるわね。何がいい?」

 

「ああ、コーヒーで頼むよ。天海(あまかい)君は?」

 

「僕もコーヒーで」

 

「わかった。じゃあ、待っててね」

 

 

要望を聞いた陽子はコーヒーを用意するため、研究室を後にした。

陽子が台所へ去っていったのを機に、石影は椅子に腰かけ、反対の椅子に(まなぶ)にも座らせると、彼に本題を話し始める。

 

 

「待たせたね。わざわざ君を家まで連れてきたのは、まだ世間には発表できる代物ではないからだ。さっそく、研究内容を話そう」

 

 

そう切り出した石影は理科室にありそうな黒い長机に置いてあったパソコンを開き、未完成の電子文書を(まなぶ)に見せる。それは『遺伝子交配によってトカゲの再生能力を人に移植する薬品の研究』についてのレポートだった。

 

 

「これは……」

 

「ああ。私は教師をする傍ら、今日の授業で君が言ったような研究をしている……。体の部位を欠損している人たちを救いたいと思い、長年研究し続けてきた。私自身の失った右腕を治したいという個人的な願望もあるがね………。模索する中、尻尾を失っても数時間で再生するトカゲに目をつけた。トカゲが欠損した部位を再生できるのは、人間にはない(かん)細胞があるからだ。それを異種間遺伝子交配で薬品を作り出せれば──」

 

「困っている人たちを苦しみから解放できる?」

 

 

先にある言葉を言い繋げる(まなぶ)に石影はその通りだと頷く。

石影のスケールの大きな話を聞いた(まなぶ)は圧巻される。授業では実現できるかは考慮せず、あくまで想像のうえで答えたものだ。

もし可能ならば、ノーベル賞は確実だ。しかも自分はその手助けとなれる。実現とは程遠いと思っていたが、遺伝子組み換えした蜘蛛に嚙まれて、特殊な能力を得た”自分”という実証例があるので、期間はともかく、実現はまずできるだろう。

(まなぶ)がそう思っていると、石影は真剣な表情で問いかける。

 

 

「……そこで、もう一度君に訊きたい。この研究について大まかに話したが、危険が伴うかもしれない。それでもやってくれるか?」

 

 

相手が優秀であるものの、まだ17歳の子供だ。大人として、教師としての責任がある。

引き返すのなら今のうち………石影は引き下がってほしいという思いもある反面、手伝ってほしいという気持ちもあった。

石影の真意を汲み取った(まなぶ)の答えは決まっている。

 

 

「それでもやります。研究内容を知ったんです………最後まで手伝わせてください」

 

「本当か!ははっ、そう言ってくれて嬉しいよ」

 

 

(まなぶ)の承諾に石影は左腕で彼の肩をポンッと軽く叩き、快く感謝を告げる。ここまでやってきたのに引き下がるのは心が痛むと(まなぶ)は思ったからだ。

そうと聞くや否や、石影は(まなぶ)に白衣を貸し与え、自身も手慣れた動きで白衣を纏うと、さっそく実験へと取り掛かった。

 

 

天海(あまかい)君。人間の遺伝子アルゴリズムに注入したいのだが、あと一歩足りないんだ。わかるか?」

 

「そうですね………免疫をつけるためにたんぱくの制御を──」

 

 

実験に取り掛かった2人。(まなぶ)のアドバイスを受けたことで実験は捗り、次々と山積みだった課題点を解決していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから実験を終えて3時間。外はすっかり暗くなり、時刻は夕飯時となっていた。

灯りが灯る玄関先で帰り支度をした(まなぶ)を石影夫婦が見送りにきていた。

石影は感謝を告げる。

 

 

「こんな夜遅くまでありがとう。君のおかげで40%しか進んでなかった研究が70%まで進んだ」

 

「……いえ、ただ僕は手伝っただけですので」

 

「本当に夕飯食べていかなくていいの?」

 

「気持ちは嬉しいですけど、叔母が心配しますので……。それでは、失礼します………」

 

「うん。気を付けて帰るんだぞ」

 

 

陽子のお誘いをやんわりと断り、そう言って(まなぶ)は帰ろうとすると、門扉の前で一台の車が停まる。

3人は振り返ると、銀色の高級そうなセダン車だった。車から照らすライトで『た 19-63』というナンバープレートがはっきりと見える。

誰だろうと3人が思う中、エンジンが切られると、中から運転していた男が出てくるとこちらへ歩いてくる。

 

 

「ッ!?(この人は!?)」

 

 

玄関の灯りで見えた男の全貌に(まなぶ)は目を丸くする。その男は眼鏡をかけ、幸せそうな体型をしたどこにでもいそうな中年男性だった。

しかし、(まなぶ)には彼が誰なのかすぐわかった。向こうとは知り合いでないにせよ、(まなぶ)にとっては知っている人物だ。

どうしてここにいるのかわからないでいると、中年男性は陽子に微笑みかけたのち、石影と握手を交わす。

 

 

「やあ、石影。元気にしてたかね?」

 

「元気さ。来るなら連絡くらいよこしてくれればいいのに……」

 

「ああ、すまない。驚かしたくてね」

 

「わざわざ来たのか?家からここまで遠いだろう?」

 

「いやー心配いらない。最近、この町に引っ越してきたんだ。今日はその挨拶とをね……」

 

 

親しげに会話する中年男性と石影。2人の間は、まるで十数年ぶりに再会した友達のような雰囲気に包まれていた。

 

 

「あの……失礼ですが、あなたは八丈目(はちじょうめ)博士では?」

 

 

そんな空気を壊したくないと思いつつも気になった(まなぶ)は恐る恐る質問する。

八丈目 博昭(ひろあき)────。世界的に有名な科学者で、これまで数多くの科学賞を受賞してきた大物中の大物だ。

その声を聞いた中年男性──八丈目は首を傾げながら、(まなぶ)の方を向く。

 

 

「その通りだが………君は誰かね?」

 

「……天海(あまかい) (まなぶ)です。旭高校に通ってます。今日は石影先生のお手伝いをしにきました。僕、あなたのファンで論文も全部見ました。次世代のクリーンエネルギーに関する研究はとても心惹かれます………」

 

「ほぉう……私の研究に興味を持つ若者がいるとは。原理はわかるかね?」

 

「原子周波数を調波させ、波長を増強して、凄まじいエネルギーを発生させる………。つまり、核融合を利用した新しいエネルギー開発です」

 

「そう、その通りだ。核融合反応により、第二の太陽を作り出すようなものだ……。はははっ、面白い少年だ」

 

 

(まなぶ)の熱心な科学愛に関心を示す八丈目。(まなぶ)がここまで科学に熱心になったきっかけは、幼い頃に八丈目の活躍を耳にしたからである。

周りがゲームやアニメに夢中になる中、(まなぶ)は八丈目の論文を余すところなく見ていた。今でもたまに学校で読むくらいだ。

彼のような科学者になること──それが(まなぶ)の夢である。

 

憧れの人物を目の当たりにして興奮気味になりそうな(まなぶ)だが、心を落ち着かせると、石影に尋ねる。

 

 

「石影先生。八丈目博士とはどういった関係なんです?」

 

「彼と私は20年来の友人でね、同じ科学者として切磋琢磨してきた仲なんだ……。もっとも、彼は量子工学専門、私は生物専門だがね」

 

 

微笑みながらサラッと答える石影に(まなぶ)は度肝を抜かれた。

──石影先生も充分天才だけど、まさか八丈目博士と繋がっているとは。思わぬ天才同士のパイプに驚かないわけはなかった。

(まなぶ)の八丈目への熱いアピールに突き動かされた石影は八丈目に提案する。

 

 

「そうだ、八丈目。君、実験で使うアームの開発に難航していただろ?彼に手伝ってもらったらどうだ?」

 

「いやぁ~……ありがたいが彼はまだ高校生だ。知識があっても、私の研究についていけるとは考えられない」

 

「彼は優秀だ。私の研究も彼のおかげでかなり進んだ。この私が保証する」

 

「………」

 

 

断ろうとしたが石影の猛プッシュに考え直す八丈目。

──そこまで押すなら、と顎に手を当ててしばらく考え込むと、八丈目は口を開く。

 

 

「……わかった。君がそこまで言うのなら心配は無用というものだ。君──あぁと、(まなぶ)と呼んでいいかね?」

 

「はい」

 

「よし……。石影の手伝いや学業を優先して構わない。暇なときに私のラボに顔を出してくれ。相応のギャラも出そう……。手伝ってくれるかな?」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

 

憧れの人物の研究を間近で体験できる絶好の機会。(まなぶ)は断るはずもなく快く承諾し、八丈目から差し出された手を取って握手する。

2人の天才と巡り会えたこの瞬間は(まなぶ)にとって最高の輝きだった。

ラボの詳しい場所や日時を簡単に聞かされた後、(まなぶ)は家に帰ることにした。

 

 

「今日はありがとうございました。失礼します」

 

「ああ、今度も頼むよ」

 

「また会おう」

 

 

別れの言葉を告げる(まなぶ)にそう言って見送る石影と八丈目。

(まなぶ)はペコリと頭を下げると、門扉から帰っていった。

 

 

「いい教え子を持ったな」

 

「そうだな……」

 

 

(まなぶ)が去っていった方角を関心の目で見る八丈目の呟きに石影は頷くのだった………。

 

 

 




◆イースター・エッグ◆
①「上杉くんはともかく、天海(あまかい)君がお風呂上りを狙うなんて最低な行為をするわけないのに」
 「五等分の花嫁」第5、第6話にて風太郎が本棚から落ちてくる本から二乃(にの)をかばった際、お風呂上りのJKを襲う男子高校生というとんでもない構図となり、それを帰宅した五月(いつき)が目撃したことで尋問へと発展した。

捨扶持(すてぶ)先生
 アメコミ原作「スパイダーマン」の原作者の1人である「スティーヴ・ディッコ」から。初期のスパイダーマンの作画を担当し、大いなる貢献を果たした人物。

③八丈目の車のナンバー
 車のナンバープレート『た 19-63』の”1963”はアメコミ原作「アメイジング・スパイダーマン」#1が創刊された記念すべき年。

(まなぶ)が呼んでいた論文
 本作の#1にて、転入してきた五月(いつき)が教室に来るまで(まなぶ)が読んでいたのは、八丈目の論文である。
 その後、五月(いつき)に夢中になってしまって、論文の内容を忘れてしまったのはご愛嬌。

スパイダーマンを増やす?

  • YES!(ヒロインなし)
  • YES!(オリジナルヒロイン)
  • YES!(五つ子の中からヒロイン)
  • NO
  • It's Morbin time
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。