SPIDER-MAN Quintessential Quintuplets   作:まゆはちブラック

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#8 狂暴なる本能 リザード パート②

人々が歩く地上から地下深くに広がる下水道。普段よっぽどのことがない限り人が通らない通路をボロボロの服装を纏った1つの人影が歩いていた。

その正体はリザードこと石影だ。スパイダーマンとの戦闘で一瞬正気を取り戻した彼は混乱し、下水道へ逃亡したのだ。

変身した影響で疲労した彼の額からは脂汗が流れている。再生していた右腕も無くなっており、唯一ある左腕で壁に寄りかかりながら、フラフラと歩いていた。

 

 

「私は何てことを……」

 

 

苦しげに石影は後悔の念に苛まれる。

右腕が治ったと思いきやトカゲの怪物に変貌してしまった。その間の記憶は曖昧だが、闘争本能の赴くまま暴れたということだけははっきりとわかる。

 

――全人類を助けるどころか全人類に危害を加えるものを作ってしまった。

石影は自分がいかに軽率だったのかと後悔した。

今のところは元に戻っているが、次はいつリザードになるかわからない……。石影はその恐怖に苛まれながら、下水道の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トカゲ人間が高校を襲撃……?はんッ!コスチューム野郎の次はトカゲのミュータントか!!この町はいつからこんな連中の出入りを許したんだッ!!!」

 

 

翌日の午後15時。新聞社デイリー・ビューグルに訪れた(まなぶ)の耳に入ったのは、憤慨する紫紋(しもん)の第一声だった。

昨日のことは瞬く間にメディアに晒され、学校は警察の捜査と修理工事もあって休校となっている。そのため、平日の授業がある時間に(まなぶ)がいるのはそういうことである。

 

 

「スパイダーマンも現場にいたそうじゃないか!きっと奴が手引きしたに違いない!市民を脅かす悪党めッ!!」

 

 

そう言ってギリリ…と歯を噛み締める紫紋(しもん)。だが、市民のために怒っている割にはビッグニュースだと喜んでいる節も見られた。

悪党が嫌いと断言する紫紋(しもん)もそこはマスコミ。話題性が出るであろう事件に興味を出すのは彼の仕事性分ゆえである。

 

熱く持論を語る紫紋(しもん)に申し訳なく感じつつも、(まなぶ)は恐る恐る話しかける。

 

 

「あの~……」

 

「おお、天海(あまかい)!丁度いいタイミングだ!旭高校はお前が通っている高校だったな!?」

 

「は、はい……」

 

「よし、さっそく仕事だ!遠くでいい……リザードの写真を撮ってこい!スパイダーマンを撮れ慣れているお前なら簡単な話だ!」

 

「リザード?」

 

「例のトカゲ人間だ。トカゲ人間じゃ締まりが悪いだろ」

 

 

圧巻されている(まなぶ)の問いに丁寧に答える紫紋(しもん)

”リザード”と銘打たれたトカゲの怪物は未だ捕まっておらず、(まなぶ)自身もどこから来て、どんな目的で、どこへ消えたのかはっきりとわかっていない。

少し考える(まなぶ)の態度が返答に渋っていると思った紫紋(しもん)は改めて依頼する。

 

 

「とにかくだ!リザードの写真を撮ってこい!スパイダーマンもいたらついでだ!ギャラはいつもの倍にしてやるッ!!」

 

「……ッ、倍!?」

 

「撮れたらの話だ!!用件は言ったぞ!期限は1週間以内だ!!さあ、出ていけッ!!!」

 

 

言及された報酬に驚く(まなぶ)紫紋(しもん)は条件を1つ付け加えると、いつものように怒鳴って追い出した。

 

編集室を出た(まなぶ)はエレベーターで降りて外へ出た。

 

 

「(リザードの写真を撮れば倍の報酬!そして僕はそれを追うスパイダーマン!捕まえられるし、大金も貰える……あのケチな編集長にしては太っ腹だ!頑張って見つけよう!)」

 

 

通りを歩く(まなぶ)はリザードの撮影に意気込んでいた。

生活費諸々は中野家の家庭教師の分である程度は賄えるが、それでも余裕があるとは言い切れない。

それにいつもケチな紫紋(しもん)が好条件を出すことは滅多に無いだろう。この絶好の機会を逃す手はない。

 

 

《~♪♪♪》

 

「?」

 

 

やってやるぞと意気込んでいる中、ショルダーバックにしまっているスマートフォンから着信音(’67年版アニメ『スパイダーマン』のOPテーマのイントロ)が鳴る。

着信画面を見ると、相手は一花(いちか)だった。

(まなぶ)はまたからかわれると警戒しながら、電話に出た。

 

 

「やあ」

 

《あ、マナブ君。元気?》

 

「元気だけど……どうしたの?」

 

《いや、昨日先生にこっぴどく怒られたからしょげてないかなーって》

 

「ははっ……全然平気だ。僕が悪かったんだし、ちゃんと反省してるよ」

 

 

電話越しの一花(いちか)に苦笑しながら答える(まなぶ)は昨日のことを思い出す。

リザードと戦闘を終えた(まなぶ)は避難場所の体育館へ向かい、ずっといた風に装っていた。

だが、当然担任の先生にはバレてしまい、顔の傷含めて怒られてしまった。心配してくれていたからこそ出る反応だった。

 

 

《……もうっ!本当に心配したんだからね!五月(いつき)ちゃんも二乃(にの)も、マナブ君があの化け物に殺されたりしてないかってずっと不安にしてたから……!》

 

「……わかった。本当にごめん。二度としないから……」

 

 

ぷんすか怒る一花(いちか)に苦い顔で謝る(まなぶ)。軽い口調で叱っているが、彼女はきっと心配してくれてるだろう。電話越しで表情こそ伺えないが、言葉の抑揚にいつものからかいの調子が見られないことから、真剣な気持ちだということがわかった。

 

(まなぶ)の謝罪に「よし!その反省に免じて許してあげよう」と言って、いつもの調子に戻る。

気持ちのメリハリが出来るところが彼女の良いところだろう……。そんなことを思いながら、(まなぶ)も尋ねる。

 

 

「あー……君こそ平気?ケガしなかった?」

 

《うん、平気………でも、正直まだ落ち着けてないかな……。石川先生に手が生えてるって思ったら、トカゲの化け物が出てくるし……》

 

「はははっ、まさかぁ……。手が生えるなんて。あれは義手……ッ!?」

 

 

一花(いちか)がもらす心情に、(まなぶ)は石影の腕が本当に生えている事実を笑って誤魔化そうとした瞬間、頭の中に電流が走る。

石影に生えた腕……それが出来たのは彼が作った薬品の影響だ。そして、その薬品に使われたのは……。今思い付いた(まなぶ)の推理通りなら、次々と辻褄が合う。

こうしてはいられない。

 

 

「ありがとう!一花(いちか)!君のおかげだ!!」

 

《え?え?そう、なのかな?》

 

「そうだよ!じゃあ、電話切るね」

 

《う、うん……》

 

 

感謝されても何のことだかわからない一花(いちか)の曖昧な返事を受けた(まなぶ)は通話を切った。

会話の中で大きなヒントを得た(まなぶ)は自分の考えを纏める。

 

 

「(石影先生はトカゲの遺伝子組み換えした身体再生薬を作っていた。リザードもトカゲ……。”アレ”が見間違いじゃないとするなら……!)」

 

 

アレ──それは、(まなぶ)が昨日見た石影の首筋にあった爬虫類の鱗のようなもののことだ。

ゴミか何かが付着して鱗に見えたものかと自己解決していたが、リザードとのことを考えると関連性が高い。

思い返せば、体育館には石影の姿がなかった。裏付けとなる情報が浮かび上がる。

 

(まなぶ)は真相を突き止めるべく、ある場所へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから40分後。(まなぶ)は木々に生い茂った道を歩き、拓いた土地にある一軒家を訪れた。

そこは度々訪れている石影の家である。(まなぶ)はトカゲの遺伝子を用いた身体再生薬の開発を手伝っていたが、発案者である石影なら何か知っているのかもしれない。

まだ仮定ではあるが、リザードの正体が石影ではないかとにらんでいた。

 

 

「すみません。天海(あまかい)です」

 

 

インターホンを鳴らしてそう告げてしばらく待つと、玄関の扉がガチャと開き、中から陽子が出てくる。

陽子はニコッと微笑んでいるが、どこか表情が固い……。正常とはいえない様子から、何か都合が悪いことが起こったのかと(まなぶ)には理解できた。

 

 

「あ、天海(あまかい)君。何の用?」

 

「石影先生はいらっしゃいます?僕の高校に出たトカゲの化け物についてお話ししたくて」

 

「ッ、竜……あーー今はいないわ……。今日はちょっと……バタバタしてて。また後で来てくれるかしら?」

 

 

(まなぶ)の問いにどぎまぎしながら答える陽子。

探りを入れたのだが、動揺を隠しきれていないことを受けて、(まなぶ)の中にある仮定は確信へと変わりつつあった。

──何かを隠している。そう疑った(まなぶ)は踏み込むことにした。

 

 

「……すみません。なら、待たせてもらっても……?」

 

「ごめんなさい。本当に今は駄目なの……!」

 

「ですが……」

 

「本当にごめんなさい!」

 

 

そう切り出す(まなぶ)を陽子はなおも拒む。

(まなぶ)は何とか粘ろうとするが、陽子は頑なに断り、扉を閉めようとするが──

 

 

天海(あまかい)君が来てるのか……?』

 

「「ッ!?」」

 

 

家の奥から石影の声が玄関へ届いてきた。

この声を聞いた(まなぶ)は陽子が隠し通そうとしたものがはっきりとわかった。それと同時に石影がリザードである事実も確信へと繋がった。

隠そうとしていた人物がいることがバレてしまった陽子は渋るが──

 

 

『彼なら信頼できる。中に入れてやってくれ……』

 

 

石影は家へ上げることを許可する。まだ会って間もないが、研究を共に行う中で、石影には(まなぶ)が悪質な人間ではないと見ていた。

そう言われた陽子は閉じかけていた扉を開けて、(まなぶ)を家の中へ入れた。

(まなぶ)は陽子の先導のもと、研究室の前へと案内された。

そして、陽子がドアノブを引くと、(まなぶ)は研究室の中へ足を踏み入れると、目を見開いた。

 

 

「ッ!先生……」

 

 

(まなぶ)の視線の先。研究室の椅子に座っているのは、件の人間──石影だった。服装はボロボロで、酷い汚れが白衣についていた。

しかし、驚いたのはそこではなかった。顔や左腕には爬虫類の鱗がびっしりついており、右腕は生えているが人間のものではなく、鋭い爪を生やした化け物の腕が生えていた。

この姿から、石影がリザードであるということを証明するには充分だった。

リザードの正体が石影であるなら、こうなるであろうとはわかってはいたが、いざ見るとあまりもの酷さに(まなぶ)は言葉を失ってしまった。その反応を見て、石影は自嘲気味に笑う。

 

 

「酷い有様だろ?人類のためにと長年続けてきた研究の成果がこれだ……」

 

「……」

 

「私は間違っていた。トカゲの遺伝子組み換えをし、人間へ適用できるようにしたが1つ欠点があった。トカゲには『理性』を司る前頭葉や大脳新皮質が存在しない……人間の『理性』が原始的なトカゲの『本能』に負けてしまい、脳が退化してしまっている。そのせいで、解毒薬を作ろうにも作れない……」

 

 

後悔の言葉を告げながら石影は紙に書きかけの配列式を(まなぶ)に見せる。途中まではしっかりと書けているのだが、筆跡が歪んできてきた以降はミミズがのたくったような文字が続いていた。どうやら、石影の脳はトカゲのものへと変化しており、配列式もろくに書けない状況のようだ。

顔を曇らせる石影と陽子……治そうにも治せない現状に苦しんでいる。そんな彼らを(まなぶ)は見捨てられない。

 

 

「先生。この配列式を完成すれば、解毒薬を作れるんですね?」

 

「ああ、そうだ……君が作ってくれるのか?」

 

「はい。僕も研究に携わってましたから……。絶対に作ってみます!」

 

「ッ、すまない……」

 

「私からもお願い」

 

 

(まなぶ)からの提案に申し訳なさそうな顔で頼む石影と陽子。

例え、彼らが断わっても(まなぶ)は解毒薬を作るつもりでいた。困っている人を前に逃げ出すことは彼にはできなかった。

 

彼らの了承を得たところで、(まなぶ)はさっそく解毒薬作りに取り組んだ。配列式を完成させ、薬品作りに取り掛かる。

途中、帰ってきた琥太郎にも事情を説明し、不安ながら陽子と一緒に時間と共に苦しんでいく石影の様子を見ていた。

 

 

「パパ、大丈夫よね?もとに戻るよね?」

 

「ええ、大丈夫よ。お兄さんを信じて待ちましょう」

 

「……」

 

 

解毒薬を生成する最中、リビングから不安に駆られる琥太郎を宥める陽子の声が聞こえる。琥太郎もわかってはいるが、不安で押し潰されそうで口にせざるを得なかった。

そんな声を聞いた(まなぶ)は、改めて”助けよう”という決意を固めた。

 

 

「やった!完成!」

 

 

4時間が経過し、(まなぶ)は見事、解毒薬を完成させた。安堵の笑みを浮かべる(まなぶ)の手にある試験管には青い液体が入っており、色合いからトカゲの遺伝子を水の如く流し切るような印象を与える。

本来なら投与実験したいところだが、解毒薬なので試そうにも石影以外被験体がいない。つまり、ぶっつけ本番というわけだ。

 

(まなぶ)は薬品をこぼさないようにコルク栓でしっかりと締めると、研究室を出て、石影たちが待つリビングへ。

──これでようやく終わる。リザードの写真が撮れないのは残念だが、人を救うことが優先だ。(まなぶ)はそう言い聞かせて、リビングの入口の角を曲がろうとしたときだった。

 

 

「!?」

 

「パパ!」

 

「……ぅうう!ぐあぁぁぁーーーーーーーッ!!!」

 

 

時すでに遅し。苦痛の叫びをあげた石影の頭は牙が生えた獰猛なトカゲのものへと変化し、2mを超える背丈へとなっていく。

変身するさまに琥太郎と陽子はショックで固まってしまう。

ガギゴギと不気味な音を立てながらシルエットを変えていき、石影はあっという間にリザードへと変貌してしまった。

 

 

「パパ!しっかりしてよ!」

 

「琥太郎!」

 

ガアァァァァーーーーーッ!

 

 

呼びかけながら近寄ろうとする琥太郎を止める陽子。それでも正気に戻ってもらおうと必死に呼びかける。

だが、理性を失っているリザードには息子の呼びかけには応じず、無慈悲にも鋭い爪が生えた腕を振り下ろそうとする。

それを見た陽子は琥太郎をかばおうと前へ出て、琥太郎を抱きしめる。

リザードの鋭い爪が陽子の背中へ迫った瞬間――

 

 

ピシュッ!

 

ガアァッ!?

 

「「?」」

 

 

窓からウェブが発射され、リザードの顔面にくっつく。

突然目の前が真っ暗になり、リザードが混乱している中、不思議に思った陽子と琥太郎は窓の方を見ると、窓からスパイダーマンが颯爽と家の中に現れた。

その隙に陽子と琥太郎はリビングの隅へ避難する。

 

 

「こい!トカゲマン!」

 

ガアァァァァーーーーーッ!

 

 

本能によるものなのか、それとも前回やられた恨みからか……。リザードはスパイダーマンを睨みながらその挑発に乗ると、その場から駆け出して襲いかかる。

スパイダーマンは素早く横へ避けると、リザードはそのまま家の壁を突き破って外へ出た。

逃がすまいとスパイダーマンは壁にぽっかり空いた穴から外へ出ると、リザードの頬を殴りつける。

 

 

ガアァッ!

 

「ぐッ!?」

 

 

負けじとリザードはスパイダーマンの腕に尻尾を絡ませると、弧を描きながら反対の地面へ叩きつける。

スパイダーマンは苦悶の声が出ながらも立ち上がろうとするが、容赦ないリザードの拳が顔面に突き刺さる。

後頭部を地面に打ち付け、バウンドする衝撃にスパイダーマンはマスクの下で顔を歪める。

 

 

ガアッ!?

 

 

痛みを堪えながらスパイダーマンの渾身のフックがリザードの鼻っ面に炸裂。強烈な一撃にリザードは目を見開くと、激痛のあまり身をよじらせる。

その隙に起き上がったスパイダーマンは両手首のウェブで巨大な蜘蛛の巣と作ると、リザードを近くの木々に拘束する。

 

リザードが逃れようともがく中、スパイダーマンは腰の隠しポケットから解毒薬が入った試験管を取り出す。

前へ飛んでリザードの頭上の木に引っ付くと、試験管を片手にリザードの口に両手を突っ込む。

 

 

「ヌッ、オォォォォ………!」

 

ガアァァァァーーーーーッ!ガアァァーーーーーッ!

 

 

スパイダーマンは解毒薬を飲まそうと突っ込んだ両手に力を込めてリザードの上顎と下顎をこじ開けにかかるが、顎の力が強すぎて中々開こうとしない。

リザードは本能的に理解していたのだ。解毒薬が自分にとって不都合なものだということに。

大人しく口を開けない現状にスパイダーマンは悪戦苦闘する中、リザードは全身の力を込めて自身を縛っていたウェブを引きちぎると、スパイダーマンの頭を掴み、地面へ叩きつける。

 

 

「のあッ!?」

 

ガアァァァァーーーーーッ!

 

「くッ!」

 

 

地面に背中をぶつけ、肺から一気に空気が出る感触にスパイダーマンが悶えている隙にリザードは逃げ出そうとする。解毒薬が自分の天敵であると判断したからだ。

当然、このまま易々見逃す気はないスパイダーマンは両手で尻尾を掴むが――

 

 

ブチッ!

 

「なッ!?」

 

 

リザードはトカゲの自切のように尻尾を切って逃れる。驚くスパイダーマンの手にはビクビクと動く尻尾だけが残された。

リザードは尻尾を再生しながら、家の敷地外へと走り去っていく。

気持ちが悪いとスパイダーマンは尻尾を適当に投げ捨てていると、心配そうに陽子が駆け寄る。

 

 

「大丈夫?」

 

「ああ……。天海(あまかい)君から事情は聞いているから解毒薬は僕に任せて。あなたたちはここで待ってて」

 

「ええ」

 

 

スパイダーマンはすぐさま後を追うべく駆け足気味に陽子へそう告げると、ウェブを飛ばして空を飛んでいった。

お尋ね者の登場に陽子の脳内は混乱していたが、リザードのことはとりあえず彼に任せることにした。

 

 

「琥太郎。家に入っていましょうか………琥太郎?」

 

 

陽子はそう言いながら振り向くが、琥太郎の姿が見当たらない。辺りを探すが、彼の姿はどこにもなく、玄関に置いていた靴とスケートボードだけが消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、スパイダーマンは暗闇に紛れて逃げるリザードの後をウェブスイングで追っていた。

後を追ううち、場所は人里離れた森林地から活気溢れる街へと移り変わっていった。

 

 

「(石影先生、どこだ?)」

 

 

追うこと10分。夜の街をスイングして上空から追っていたスパイダーマンだが、リザードを見失ってしまった。

というのも、街は石影家とは違い、建物が複雑に入り組んでいるからだ。

さらに人、車や電車など様々なものから発する環境音がスパイダーマンの集中力を削ぎ、リザードがどこにいったのかわからなくなったというわけだ。

 

このままスイングしても無駄な体力を使うだけと判断したスパイダーマンは一旦ビルの壁面に引っ付き、考えを整理する。

 

リザードはトカゲと同様の本能に従って動いているのはスパイダーマンにはわかる。

動くもの()()に反応するのはまさにトカゲの行動原理だ。現に学校で現れたときは動く人ばかりを追っていた。

さらに四葉(よつば)から聞いた話によると、目の前にいた自分たちを差し置いて、非常ベルの方へ向かっていったという。

これらのことから、リザードはトカゲそのものと考えていい。

 

トカゲのいそうな場所……暗くてジメジメした場所。

それがこの街にありそうなものは――

 

 

「(下水道ッ!!)」

 

 

地上の路地裏にあるマンホールを見て、検討をつける。確かに下水道なら、トカゲが好みそうな環境ではある。

そうと決まるや否や、スパイダーマンは地上に降り、マンホールの蓋に手にかける。

普通の人間ならどけるのは困難だが、強靭な肉体を持つスパイダーマンにとっては赤子の手をひねるようなもの。ひょいと持ち上げ、蓋を近くの床に置いた。

 

 

「(おえっ……どうせなら花屋に隠れてくれた方がいいのに………)」

 

 

スパイダーマンはマンホールの奥から込み上げてくる悪臭にマスクの下で顔を歪める。

正直抵抗感はあるが、石影の家族のことを考えれば、どっちみち入るしかない。

心中で愚痴りながらもスパイダーマンはマンホールの中へ飛び込んだ。

 

スパイダーマンを飛び込む様子を1つの小さな影が物陰から目撃していた。

その人物は琥太郎で、スケートボードを使ってこっそりスパイダーマンの後をつけてきていたのだ。

 

 

「(待っててね、パパ。僕も行くから)」

 

 

全ては父親に会うため。

琥太郎もマンホールの梯子をつたって、下水道へと降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

活気溢れる地上から地下。静寂に包まれた下水道をスパイダーマンは蜘蛛のように壁を這い回って探していた。

つんざくような悪臭に気が散りそうになりながらも隅から隅まで探した。

しかし、リザードの姿はどこにも見当たらなかった。

 

 

「(いない。いてもネズミしかいない……。ハズレか?)」

 

 

スパイダーマンは通路に降り立ち、顎に手を当てて考え込む。トカゲの生態を考えれば下水道が妥当だと思っていたが、結局見当たらない。

――あてが外れたか?振り出しに戻ったと思った瞬間――

 

 

ガアァァァァーーーーーッ!

 

≈「ッ!?」≈

 

 

水路から突如リザードが現れ、スパイダーマンの足首を掴んだ。

スパイダーセンスの反応が遅く、ふいを突かれたスパイダーマンはそのまま水中に引きずり込まれた。

 

このままだとまずいと危険を感じたスパイダーマンは何とか浮上しようと泳ぐが、リザードの尻尾が腰に巻き付けられて妨害される。

スパイダーマンは水中で戦うことを余儀なくされた。

 

 

ガアァァァァーーーーーッ!

 

「(ぐッ!?がッ!?)」

 

 

いざ戦おうと拳や蹴りを見舞うも水の抵抗を受けて、思うように攻撃が届かない。

それに反して、水中戦も得意なリザードはワニのように軽やかに遊泳すると、容赦ない体当たりをスパイダーマンに何度もぶつける。

 

慣れない水中戦に窮地に立たされたスパイダーマンは水面に向けてウェブを飛ばすが、水中では勢いよく飛ばない。ひらひらと蜘蛛糸が漂うだけだ。

その間にもリザードは体をぶつけてくる。スパイダーマンはろくな抵抗もできず、一方的に攻撃されていくばかりだった。

 

 

ガアァァーーーッ!!!

 

「ッ!」

 

 

次から次へとくる攻撃にスパイダーマンがぐったりしていると、リザードはとどめと言わんばかりに大きく口を開きながら迫りくる。頭を嚙み砕くつもりだ。

青ざめたスパイダーマンは残された力を振り絞り、体を回転させ――

 

 

……?ガアァァッ!?

 

 

オーバーヘッドキックをリザードの脳天に炸裂させる。

蹴りによって無理やり口を閉じられ、上歯と下歯をガチンとぶつけたリザードは苦しみ悶える。

その隙にスパイダーマンは水面に向かって泳ぎ、通路へと乗り上げた。

 

 

「ごほっ!ごほっ!」

 

 

地下ではあるが、自分に馴染む空間へと出たスパイダーマンは四つん這いになって咳き込む。

リザードとの攻撃で水が鼻や口、耳に大量に入ってしまい、危うく溺れるところだった。

しかも、今のスパイダーマンにはもう体力が残されていなかった。その理由はリザードの猛攻に加え、先程放ったオーバーヘッドキックで残された全ての体力を使いきってしまったからだ。

スパイダーマンは一旦休むため距離をとろうとするが……

 

 

ガアァァァァーーーーーッ!

 

「ッ!?」

 

 

泣きっ面に蜂。復活したリザードが水中から飛びかかってくる。

当然、体力が限界のスパイダーマンは避けることができず、首を掴まれて壁に叩きつけられる。

リザードはそのまま手に力を込め、首絞めにかかる。

 

 

「ぐッ!うぅうぅぅぅ………ッ!」

 

 

首の圧迫にスパイダーマンは苦しみから逃れようともがくが、リザードの強靭な腕力の前ではびくともしない。

首を絞められた影響で肺に空気を送り込めない。スパイダーマンの意識は段々と遠ざかっていく。

 

リザードは更に駄目押しとばかりに腕を引いて片方の爪を立てる。狙いはスパイダーマンの心臓部だ。

朦朧とする意識の中でそれを目にしたスパイダーマンはウェブを飛ばそうとするが、本能で察知したリザードの尻尾に手首を巻き付けられ、けん制される。

――絶対絶命。その四文字が頭に浮かんだスパイダーマンの心は、恐怖に塗りつぶされようとしていた。

 

 

「パパ!やめて!」

 

………?

 

 

絶対絶命の中、こちらに向かって制止する声が飛ぶ。

声を発したのは琥太郎で、変わってしまった父親――リザードに呼びかけていた。

その声に耳に留まったリザードはスパイダーマンを解放すると、琥太郎のもとへ近寄り始める。自分より倍以上ある体格に琥太郎はビクッと体を震わせながらも、呼びかけを続ける。

 

 

「パパ!ねぇ、こんなのやめてよ!もとのやさしいパパに戻ってよーーッ!!」

 

 

悲鳴に似た叫びで心に訴える琥太郎。琥太郎はどんなに変貌しても、石影にはまだ人の心があることを信じていた。

元の父親に戻ってほしい……それが彼の切実な願いだ。

 

 

ガアァァ………!

 

「に、逃げろ……ッ!」

 

 

しかし、非情にもリザードは異に返さずに殺そうと舌なめずりしながら距離を詰めていく。

スパイダーマンは詰まるような声を出しながら逃げるように促すが、琥太郎は一歩も動かない。

 

 

ッ!

 

 

そして、1mもない距離まで近づき、リザードが爪を振り下ろそうとしたときだった。

リザードはあるものに目が留まり、攻撃の手を止める。その視線の先……それは琥太郎の涙だった。

琥太郎は優しい父親が獣のように暴れ回る姿を見て悲しみ、それが自然と涙となって流れたのである。

 

 

こ…た…ろう……

 

 

愛する息子の涙を見て、リザードは息子の名を口にした。

ほんの僅かだが、リザードは人間・石影としての意識を取り戻したのである。

その証拠にリザードの目は穏やかな人間の目へと戻っていた。

 

 

「(そうか……先生はまだ完全に理性を失ったわけじゃないのか)」

 

 

その様子を後ろから見ていたスパイダーマンはリザードに石影としての心があることを確信した。

そうでなければ琥太郎の名前も呼ばない。石影の理性はリザードの本能と戦っているのだ。

こうはしておれまいと身体中の痛みに鞭打ちながら立ち上がったスパイダーマンは、生じた一瞬の隙に解毒薬が入った試験管の栓を抜くと走り出し、リザードの背中に飛びかかる。

突然飛びかかれたリザードが動揺して口を開いた瞬間、スパイダーマンは解毒薬を一気に流し込む。

 

 

ガアァァァッ!?ガアァァァァーーーーーッ!!!

 

 

全て流し込んだスパイダーマンは飛び退くと、リザードは頭を抱えて苦しみ出す。身体がドンドン縮んでいき、生えていた尻尾や全身を覆っていた鱗、再生していた右腕も消える。

苦しみにあまり膝をついたリザードはあっという間に人間・石影 竜へと戻った。

琥太郎は心配そうに石影へ駆け寄る。

 

 

「パパ……?」

 

「……琥太郎?」

 

「パパッ!」

 

 

見覚えのある顔、聞き慣れた声。それら全てを見て、元の父親に戻ったと確信した琥太郎は涙を流しながら石影に抱き着く。

石影も謝罪の意味を込めて、元々あった左腕でそっと抱き締めた。

その感動的な光景にスパイダーマンはほっとひと安心していると、あることを思い出す。それはデイリー・ビューグルから依頼された、リザードの写真だった。

 

 

「(リザードを止めようと躍起になって、うっかりしてた……!写真を撮らなきゃ……)」

 

 

スパイダーマンは腰の隠しポケットからデジタルカメラを取り出す。電源を点けると、幸いにも正常に起動した。

マスクの下で頬を緩めたスパイダーマンはカメラを構える。リザードを倒すだけでなく、正体を突き止めた。紫紋(しもん)に提示された以上の額を貰えるかもしれない。

湧き上がる欲望に心躍らせながら、シャッターを切ろうとしたときだった。

 

 

『……(まなぶ)。いくら相手が友人や家族だったとしても、やっていいことと悪いことは必ずある。目先の利益ばかりにこだわってちゃ駄目だ。”親しき仲にも礼儀あり”……絶対守るんだぞ?』

 

「……」

 

 

今は亡き叔父――天海(あまかい) (つとむ)が幼き頃の自分に遺した言葉が頭を過る。

小学生の頃の自分は何ひとつ意味を理解できなかったが、今ははっきりとわかる。

もし石影がリザードだとわかれば、間違いなく大スクープになる。だが、石影一家はどうなる?

マスコミや野次馬が集まり、行く先々で白い目で見られるだろう。そうなると、表社会では生活していけなくなる。

先のことを考えたスパイダーマンは………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく来た、天海(あまかい)!さっそくだが、リザードの写真を貰おう!」

 

 

後日、デイリー・ビューグル。

いつものように編集長室のデスクでふんぞり返る紫紋(しもん)はリザードの写真の提出を求める。

それに対して、(まなぶ)は――

 

 

「ああ……すみません。カメラが壊れてて写真が撮れませんでした」

 

「………何だと?」

 

「ですから、カメラが壊れてて写真が撮れなかったです」

 

 

訊き返す紫紋(しもん)に臆せずはっきりと答える(まなぶ)

わかるかと思うがカメラが壊れたのは嘘であり、叔父の言葉を思い出して思いとどまった結果、写真を撮るのを止めたのだ。

石影の研究は振り出しに戻ってしまったが、これが最善だと(まなぶ)は判断した。

 

当然、そんなことも露知らずの紫紋(しもん)は怒りでプルプルと肩を震わせ――

 

 

 

「馬鹿者ーーーッ!!カメラマンたる者がカメラの1つや2つを管理してなくてどうするッ!?ええいッ、写真が無いのならギャラも出さんッ!!とっとと出ていけーーーーーーッ!!!!!」

 

 

火山の噴火の如く怒鳴り散らした紫紋(しもん)(まなぶ)をつまみ出す。

大人しく従った(まなぶ)は編集長室から出ると、副編集長の比呂が駆け寄ってくる。

 

 

「悪いな……」

 

「いえ、もう慣れましたから」

 

 

代わりに謝ってくる比呂に(まなぶ)は苦笑して返すと、デイリー・ビューグルの編集室を出た。

エレベーターに乗って地上階に出た(まなぶ)は正面玄関へと歩いていく。

 

 

「(お金は貰えなかった……。でも、それでいいじゃないか。少なくともあの家族の絆は守れたんだ。みんなが褒めてくれなくても、僕にとっては最高の報酬だ……)」

 

 

スパイダーマンは見返りを求めない……。(まなぶ)は心の中でそう言い聞かせると、正面玄関を潜り、明るい街へと繰り出した。

 

 

 




◆イースター・エッグ◆
(まなぶ)のスマホの着信音
 本文でも書かれているが、’67年版アニメ『スパイダーマン』のオープニングテーマのイントロとなっている。スパイダーマンをよく知らない人でも一回は聞いたことがある有名な音楽で、今現在のスパイダーマン映画の予告でも使われている。

②青い液体
 マーク・ウェブ版「アメイジング・スパイダーマン」(2012)では、リザードが町中の人々をトカゲにしようとしていた薬品に対抗するため、ピーターがグウェンに頼んで作ってもらった解毒剤の色が青色。

③足首を掴まれて、水中に引きずり込まれるスパイダーマン
 アメコミ原作「アメイジング・スパイダーマン」#6(リザード初登場刊)にて、池からリザードがスパイダーマンを水中に引きずり込むシーンのオマージュ。

スパイダーマンを増やす?

  • YES!(ヒロインなし)
  • YES!(オリジナルヒロイン)
  • YES!(五つ子の中からヒロイン)
  • NO
  • It's Morbin time
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