スクラップ・ジーニー   作:ふみどり

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レプリカの意地

 カリムが俺に相談もせず厄介ごとをもってくることについては、もはや諦めたと言っていい。事前に相談しろと言ったところでそれを守った試しはないし、結局のところ腹を決めて少しでもスムーズに片付くように全力を尽くすしかないのだ。

 しかしだからといって、俺だけがカリムの勝手に苦しむのは納得がいかないというもので。

 

「何っっっで僕を巻き込むんですか!」

「面倒ごとに巻き込まれた腹いせと八つ当たりだが?」

「開き直ってる! 何てひとだ!」

 

 きゃんきゃんと喚く便利で可愛い後輩は、それでも手だけはしっかりと動かして差し入れに持ってきたサンドイッチをカリムに渡し、スープを注いでいた。染みついた習慣は恐ろしいというか、どこまでも律儀なやつだなといっそ呆れる。

 

「お、このサンドイッチ美味いな! ジャミルのとはまた違う味がする」

「時間がなかったのでその辺にあったものを挟んだだけですけど……スープは寮で震えてたひとたちに作ってたものなので、いつもより辛いかもしれません」

「大丈夫だ、スープも美味いぞ!」

 

 漂うスパイスの香りが食欲をそそる。レッスンでかいた汗をタオルで拭いながら、俺もサンドイッチに手を伸ばした。するとさっとお手拭きを差し出してくるあたり、本当にこいつはよくわからない。

 

「ふなーっ! お前たちだけ美味そうなもん食ってずるいんだゾ!」

「あれ、タリク?」

「ああ、ふたりともお疲れ様」

 

 監視係という名目でこのレッスンに参加している監督生とグリムが、スパイスの香りにつられてかひょっこりと顔を出す。ホリデー以降、タリクと監督生たちは一応友人らしい関係を築いているらしい。

 どうしたの、と不思議そうに尋ねる監督生に、タリクはそっと目を背けて口を開く。

 

「……差し入れだけして帰るつもりだったんだけどね……」

「た、タリク……?」

「ああ、これからタリクも仲間入りだ」

 

 監督生もよろしくしてやってくれ、とタリクの頭に手を置くと、日を重ねるごとに素直になっていく彼は、顔全部を使って遺憾の意を表明していた。

 

 

 ***

 

 

 朝起きると、スカラビアの砂漠は一面の銀世界へと変貌していた。

 学内で突如発生した異常気象、その原因は学園が所持していた魔法石の盗難。犯人は春の祝祭「フェアリーガラ」の支度をしていたという「ものづくり妖精」。魔法石を取り返そうにも、下手なことをしてフェアリーガラの邪魔をしてしまえば、このツイステッドワンダーランドには永遠に春が訪れなくなる。何とかバレないように妖精女王から魔法石が飾られたティアラを取り返さなくてはならないらしいのだが、何で本当にこの学園はこんなにトラブルが多い上に、その解決を生徒に任せるのか。もっと言うと、何故俺やカリムが巻き込まれなくてはならないのか。学園長は本当に失脚すればいい。

 フェアリーガラでは、妖精たちによるファッションショーが行われる。それに俺たちも出場し、注目を集めている間にティアラをニセモノとすり替えるというのが現状の策だった。やるからには失敗をするわけにはいかない、とクルーウェル先生とヴィル先輩を講師に呼んだのだが、覚悟をしていたとはいえやはり鬼。さすがの俺もここまでくると苛立ちも募る。

 というわけで、俺はストレス発散を召喚することにした。あいつを巻き込む罪悪感? 砂一粒ほども感じない。

 

「失礼します。先輩、言われた通り差し入れを、」

「クルーウェル先生、彼のことはご存知ですよね?」

 

 レッスンの休憩中、ヴィル先輩がレオナ先輩の指導に夢中になっている間に、タリクに差し入れを持ってくるように連絡をした。そろそろカリムの腹がなく頃だ、ちょうどいい。

 何の疑いもなくポムフィオーレのボールルームに現れた可愛い後輩の首根っこをひっつかみ、レッスンを眺めていた先生の前に差し出す。ようやく少し肉がついたとはいえまだまだひょろいタリクは、差し入れの入ったバスケットを抱えたまま、大きな目を丸くしていた。

 

「一年のタリク・シラージュだろう。サイエンス部の部員でもある」

「では、彼のユニーク魔法については?」

「いや、知らないが」

 

 やはり、タリクは自分のユニーク魔法を言いふらすような真似はしていないらしい。そもそも公言するようなものでもないのだが、特にタリクは自分のユニーク魔法を嫌っている節があるのは察していた。だがまあ、そんなタリクの心の葛藤など、俺にとってはどうでもいい。ただ、使えるものは使うだけだ。

 

「タリクのユニーク魔法なら、例のティアラを作れます」

 

 先生の瞳が、きらりと輝いた。

 

 

 *

 

 

「ひとのユニーク魔法を事細かに説明するなんて本当どうかと思うんですよ。よくもまあ僕の使い方まできっちり説明してくれやがりましたね」

「別に知られたからどうこうという類のユニーク魔法ではないだろう」

 

 そういうこっちゃないです、とタリクは不機嫌な顔を隠さない。それでも監督生とグリムに席を勧め、スープを注ぐことは忘れなかった。ほとんど無意識なのだろう、愉快というほかない。

 俺がしたのは何てことはない、出来損ないの魔法のランプ(スクラップ・ジーニー)の特徴とその使い方をクルーウェル先生に解説しただけだ。

 

『彼のユニーク魔法は出来損ないの魔法のランプ(スクラップ・ジーニー)と言って、頭の中で思い浮かべたものをそのまま具現化する魔法です』

 

 そこでタリクがうげっと顔をしかめたのは大層に面白かった。

 

『条件として、必ず同体積の材料が必要です。材料は砂で泥でも何でも構いませんが、見た目を変える魔法なので砂でつくった宝石も砂であることには変わりなく、それが《出来損ない》と銘打つ理由です。しかし、ホンモノと同じ材質で拵えれば問題なく同じもの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこでなるほど、とクルーウェル先生は面白そうに頷いた。ではタリクにティアラ(ホンモノ)の姿かたちを叩き込み、材料さえ用意すれば問題ないな、と。

 何か言おうとしたタリクの口をふさぎ、俺は笑顔で首を振る。

 

『そこが一番の問題です、先生。タリクは並外れた記憶力をもっていますが、目でものを覚えるのは非常に苦手なのです』

 

 俺の手を外そうともがいていたタリクの肩が、大きく揺れた。

 

『タリクはものの形を手で触れて覚えますし、文字ならば書き取りをして覚えます。ホンモノのティアラを手に取ることができればすぐに同じものを拵えるでしょうが、今回はそれができません。たとえティアラの画像を用意できたとしても、視覚情報のみでそっくりのものをつくるのは非常に困難でしょう。そうだろう、タリク?』

 

 そのときのタリクの顔ときたら!

 無表情なのに額に青筋が浮いており、その大きな瞳が「何言ってくれてんだテメー」と言っていた。愉快以外の言葉が出てこない。

 

『ですが、だからこそタリクに挑戦させたいんです。視覚情報だけで対象の姿かたちを記憶できるようになれば、彼のユニーク魔法はより使い勝手が良くなります。何より、試験勉強のたびに夜の砂漠で書き取りをして暗記をするなんてことをする必要がなくなる。彼のためにも、どうかティアラ作りをタリクに任せていただけませんか?』

 

 俺の言葉を聞いたクルーウェル先生は、それはそれは面白そうに笑って、愛用の鞭を片手に頷いたのだった。

 

「絶対先生も面白がってた……!」

「だろうな。だが俺は別に嘘はついていないぞ? 目で見るだけで記憶できるようになれば、出来損ないの魔法のランプ(スクラップ・ジーニー)の汎用性もかなり上がるだろう」

「そもそも僕はこのユニーク魔法を多用する気はないんですよ!」

 

 すごい魔法なのに、という監督生のつぶやきに、タリクはわずかに気まずげな顔を見せる。監督生の言葉は何の裏もない素直な賞賛であるだけに、言い返す言葉も見つからないらしい。

 そのまま黙ってしまったタリクに、相変わらず空気の読まないカリムはもぐもぐと口を動かしながら言う。

 

「手で触ったものを覚えられるだけでじゅーぶんすげーのになぁ」

「……今までそれで特に不自由してなかったんですけどね」

「あはは、でもさタリク、目を使うことを覚えるのもいいと思うぜ!」

 

 だってお前はもう、何も見えない暗闇のなかで生きる必要はないんだから。

 大口を開けてサンドイッチを頬張るカリムにとっては、特に意味のない、何てことない言葉だったのだろう。しかしタリクはその言葉に、確かに一瞬身体をこわばらせた。そして数秒たって、細く、深く息を吐く。

 息を吐き切ったタリクの顔に、もう苛立ちはない。

 

「……やりますよ、やればいいんでしょ」

 

 カリム先輩とジャミル先輩に言われた以上は逃げられませんし、と諦めを装ってこぼされた言葉。そこに少しだけ違う感情が含まれていることに、きっとカリムだけが気づかない。

 まったく、それでこそカリムというかなんというか。単純馬鹿だからこそ、タリクに与える影響というのは大きいのだろう。

 

「おう! 一緒にがんばろーな、タリク!」

「ところでカリム先輩、必要経費として用意していただきたいものがあるんですけど」

「……オマエ、ケチなのか?」

「サンドイッチ没収されたいのかな、グリム」

 

 にこっと向けられたタリクの笑顔に、ぱっと手に持っていたサンドイッチを口に押し込んだグリム。奪われる前にと口に入れたのだろうが、喉を詰まらせているあたり詰めが甘いというかなんというか。

 それにあきれつつ、それで、と俺も口を開いた。

 

「何が必要なんだ、タリク」

「紙とペンを、たくさん」

「紙とペン?」

 

 いいけど何に使うんだ、と不思議そうに言うカリムに、タリクは当然のように返した。

 

「スケッチですよ」

 

 

 ***

 

 

 

「ふむ、まだまだ甘いな。こまかな細工の形を捉えられていない」

「……はい」

 

 クルーウェル先生に指摘を受けることをわかっていたらしいタリクは、少しふてくされたように頷く。

 幾枚の白い紙に黒い線で描かれたティアラ。よく描けているように見えるが、確かにホンモノの画像と見比べるとわずかに違う点が見える。一日でいったいどれだけを描いてきたのか、タリクの袖は黒く汚れていた。

 

「いつもサイエンス部で記録用のスケッチをするときは細部まで完璧だが……あれは手で触れて形を確かめているのか?」

「はい、必ず触って確認してから描くので……ガラまでには間に合わせます」

「ああ、材料は用意しておいてやる。しっかり励め」

 

 む、と顔をしかめているのは上手くこなせない自分への悔しさだろう。見本にしているティアラの画像と何度も見比べながら、上手く描けなかった部分を指でなぞっていた。

 よく描けているのにな、と隣でカリムは腕を組むが、今回ばかりは芸術性より正確であることが重要だ。妥協はできない。

 

「画像はまだ用意できるが、大きさまで把握できそうか?」

「植物園は慣れてますから、背景のものの大きさからある程度正確に再現できると思います。まだ画像あるならいただきたいですけど」

 

 ティアラの厚みがよくわからなくて、とタリクがこぼしたそのとき、背後からぎゃあぎゃあと言い争う声が近づいてきた。そういえば今日はコントロール役の監督生が補習だかでレッスンに参加できないと言っていた。止め役がいないからいつもよりうるさいのか、と思わず息が漏れる。

 こつ、とヒールの音が床をたたき、よく通る声が響いた。

 

「あら、そのコが例の『ジーニー』?」

「あ、ヴィル! レオナのレッスンは終わったのか?」

「今日のところはとりあえずね。相変わらず玉子は玉子のままだけど」

「誰が玉子だ」

「レオナさん歩き方変ッスけど、もしかしてお尻痛いとか?」

「殺すぞラギー」

 

 そんな軽口を投げ合いながらも、三人はタリクをしげしげと眺めている。さすがというかタリクはすぐにいつもの笑顔を作り、その無遠慮な視線を意にも介さず軽く礼をしてみせた。

 

「初めまして、スカラビア寮一年のタリク・シラージュと申します。今回、ティアラのレプリカ作りをさせていただくことになりました。よろしくお願いいたします」

「アンタのことはルークから聞いたことがあるわ。礼儀をよく心得ているいう話だったけれど本当みたいね。アタシたちの自己紹介は必要かしら?」

「いえ。この学園で皆さんのことを知らない生徒なんていませんよ」

 

 まあ当然よね、と口元に手をやるヴィル先輩を押しのけるように、レオナ先輩が前に出る。品定めでもするように頭の先からつま先までタリクを見つめ、そして面白そうに笑った。

 おもむろに自身の髪を飾る花の装飾に手をやり、ぽいっとそれをタリクに投げ渡す。反射的にそれをキャッチしたタリクは、一瞬で意味を悟ったらしい、ほんのわずか目を細めた。

 

「見せてみろよ、ランプの精(ジーニー)とやらの力」

 

 その髪飾りを作ってみろ、とどこまでも高圧的に言い放つレオナ先輩。どう見てもそれは好意的なものではなく、強者が弱者を見下すそれだった。芸のひとつも見せてみろとでもいうようなその態度が、ひどく癇に障る。

 キングスカラー、とクルーウェル先生が咎めるよりも先に、その程度の威圧など慣れきっているだろうタリクは、にっこりと微笑んだまま切り捨てた。

 

()()()()()()

 

 ボールルームの空気が、凍った。

 かすかに、レオナ先輩の唸りともとれる声が低く落ちた。その背後で、ラギーもまた表情を消す。

 やりやがった、と息をつくが、自分の口角が上がろうとするのを止められない。ああ、俺はタリクの()()()()()()()を気に入っている。

 

「……今なんつったテメェ」

「お断りします、と申し上げました。僕はランプの精(ジーニー)なんて大層なものではありませんが、それでも命令を聞く相手は選びます」

 

 主人(あるじ)じゃない方の言葉に従うほど、僕も安くはないもので。

 いつもより幾分か低い声で、タリクはそう言い切った。獰猛な百獣の王に睨まれても欠片もひるんだ様子を見せないが、これはどうやら強がりではない。その程度にひるんでいて生き残れるような生活ではありませんでしたから、と後になって彼は平気な顔で語る。まったく、忠実で頼もしいジーニーだ。

 しかし、後輩にここまでさせて黙っているわけにもいかず。ほとんど同時に、俺たちはタリクを背にかばうように前に出た。

 

「悪いなレオナ、そこまでにしてやってくれ」

「すみません先輩、躾の行き届いた後輩でして」

 

 おおかたヴィル先輩にしごかれるだけしごかれた上での腹いせ半分の命令だったのだろうが、残念ながらタリクは誰の言うことでも聞くほどプライドは低くない。そして、タリクを腹いせと八つ当たりに使っていいのは俺だけだ。自分がやるのは一向にかまわないが、ひとにされるのは面白くはない。

 眉間にしわを寄せたままのレオナ先輩は、それでもせせら笑うように顎を上げる。

 

「ハ、ずいぶんと忠実に仕立て上げたじゃねえか。カリム、ジャミルに裏切られたからって慌ててスペアをつくったか? ずいぶんと趣味が悪ィな」

「何言ってるんだレオナ、ジャミルはジャミルだしタリクはタリクだ。ふたりとも大事な友達だ、代わりになんかなるわけないだろ?」

「いや友達ではない」

「ええ、友達ではないです」

 

 精髄反射で口から出た訂正にタリクが続く。

 う、と言葉に詰まったカリムは、とにかく、と気を取り直して口を開いた。

 

「うちのタリクが失礼な態度をとってごめんな。だけどタリクはただジャミルのことが大好きなだけなんだ。大目に見てやってくれ」

「……は?」

「ほら、マジフト大会の前にラギーがジャミルに怪我をさせただろ? タリクはジャミルのことをすげー慕ってるからさ、今でもそれを引きずってるんだ。だからサバナクローには態度がちょっと、」

「待って、いや本当に待ってくださいそんな誤解されるくらいなら変な意地張るのやめます大変申し訳ございませんでしたはい出来損ないの魔法のランプ(スクラップ・ジーニー)!」

 

 ぱちん、とタリクの指が鳴ると同時に、どこからかチリのように光る粒がタリクの手の中に降り注ぎ、それらは渦を巻いて形を作る。レオナ先輩の髪飾りと寸分違わぬものがタリクの手に現れ、その魔法を初めて見たひとたちは小さな感嘆の声を上げた。

 見せてみろ、とクルーウェル先生がそれらを手に取り、じっと見比べる。

 

「……グッボーイ。確かにまったく同じだ、わずかな傷まで再現されている。手に取ってすぐ、ほとんど観察することもなくこのレベルか。手で触って形を記憶することに長けているのは本当のようだな」

「そういう訓練をしてきたもので。あ、ちなみに材料にシャンデリアの飾り少しもらいました」

「え? ……やだ、シャンデリアの石がひとつなくなってるじゃない!」

「命じたのはレオナ先輩なので、請求はそちらにお願いします」

「レオナ!」

「あーうっせぇな。……ったく、できるんなら最初からやれってんだよ」

 

 毒気を抜かれたらしいレオナ先輩はひとつ鼻を鳴らしてそっぽを向く。その後ろからひょいっとハイエナが顔を出し、シシシッと面白そうに笑った。

 

「で、結局タリクくんはジャミルくんが大好きなんです?」

「違います」

「照れなくていいんだぞ、タリク。俺も後輩に慕われて悪い気はしない」

「わかってるくせに面白そうに言ってんじゃないですよ。確かに僕がサバナクローの皆さんにいい印象をもっていなかったのも、それがマジフト大会前のジャミル先輩の怪我がきっかけなのも事実ですが、別に慕ってるとかそういう理由じゃありません。うわ鳥肌立ってる」

 

 さすさすと腕をさする可愛い後輩は、心底心外だという顔を隠さない。

 

「早い話が食い物の恨みです」

「食い物?」

「ジャミル先輩が怪我をしてしばらく、おかわり自由の美味いタダ飯にありつけませんでした。寮の片づけを手伝ったらカレーを作ってもらう約束してたのに」

「お前、料理に関してだけは素直に褒めるんだな。まあ俺の料理が美味いのは当然だが」

「……おい待て、まさかそれが理由か?」

「飢餓を味わったことのない王族の方は黙っていただけます?」

「あっ俺今めちゃくちゃ親近感覚えたッス」

 

 そりゃ恨まれるのも無理ないッスねえ、と苦笑するラギーに、レオナ先輩はいまだ不服そうな顔。

 あの頃はまだタリクが何か手伝ってくれたときや宴のタイミングがあったときしか食事をともにしていなかったので、タリクにとっては貴重な機会だったのだろう。一応付け加えておくと、タリクは美味かろうが不味かろうが腹が膨れるならそれでかまわないというタイプだが、舌が馬鹿なわけではないので美味いに越したことはない、という主義らしい。

 だからこそ、タダな上に味も良い俺の料理はちょっとした贅沢だったというわけだ。まあ悪い気はしない。

 

「まあ俺も、レオナさんからもらったおさがりの制服をどっかの馬鹿に汚されたり破られたりしたら殺意覚えるッスからね。愚者の行進(ラフ・ウィズ・ミー)で高いところからダイブしてもらうッス」

「ブッチ?」

「あ、やだなぁ言葉の綾ッスよ先生」

 

 シシシッと笑うラギーにクルーウェル先生はため息をひとつ。

 ひどく疲れた顔をしたタリクは、あーもう、とがっくりと肩を落とした。

 

「カリム先輩にそんな説明されて誤解されるくらいならもう意地は張りません。改めて、大変失礼いたしました、先輩方」

「ふん、次はねえぞ」

「まー気にしなくていいッスよ」

「でもそれはそれとして、僕を使おうとするなら対価はきちんとお願いします。無償で出来損ないの魔法のランプ(スクラップ・ジーニー)使うのはこれが最初で最後なので」

「……タリクくんマジで他人と思えないんスけど、実はうちのスラムに住んでたりしました?」

「残念ながらしがない砂漠育ちですね。盗賊村ってとこなんですけど」

「アンタそれ堂々と言っちゃうのね」

 

 事実は事実なので、とタリクはにっこりと笑う。自分の生い立ちを欠片も恥じる様子のないことに、少し苦笑した。この強かさは、呆れを通り越して心強い。

 ようやく話が落ち着いたところで、ぱしん、と小気味の良い鞭の音が響く。愛用の鞭を手の中でもうひとつ鳴らしたクルーウェル先生が、楽しそうに告げる。

 

「もう夜も更けてきた、そろそろ寮に戻れ。シラージュ、明日また一番よく描けたスケッチを提出するように。追加の画像は用意しておく」

「わかりました」

「グッボーイ。では解散だ、仔犬ども。十分に休息をとって明日以降に備えろ」

 

 はい、とぱらぱらと協調性のない返事があがり、その場は解散となった。

 

 

 *

 

 

 寮へと戻る帰り道、タリクは歩きながらティアラの画像をじっと見つめる。危ないぞ、と声を掛けるが、前と足下は見てます、と言って聞こうとしない。段差は軽く飛び越えていたので、どうやら本当に見えているらしい。

 

「まだイメージが掴めていないので……目に焼き付けるしかないじゃないですか」

「あんまり根を詰めすぎるなよ?」

「大丈夫ですよ、カリム先輩。おふたりが二人三脚して学園一周してるの見たらだいぶ気晴らしになったので」

「夕飯抜きにされたいのか?」

 

 冗談じゃないですか、と笑うタリクは、それでもティアラから目を離さない。

 放っておくと徹夜でもしかねない様子に、俺は仕方なくマジカルペンを握ったのだった。

 

蛇のいざない(スネーク・ウィスパー)

 

 飯食って風呂入ってさっさと寝ろ馬鹿。

 

 

 ***

 

 

 そして次の日はまたぎゃーぎゃーと文句を言われたわけだがまあそれはどうでもいい話。

 何日かかけてタリクは先生と自分のお眼鏡にかなうスケッチを完成させ、今度は実際にユニーク魔法を使ってのティアラの作成に取り掛かった。これもまた順調とは言い難かったようで、連日オーバーブロットを起こさないように注意しながらマジカルペンを振るい続ける。

 さすがに無理がたたったのだろう、フェアリーガラの前日に俺たちが最後のレッスンを終えたところで、タリクは床で寝落ちているところを発見された。その手元には、完璧に作り上げたティアラ(レプリカ)が転がっている。

 それを拾い上げたクルーウェル先生は、仕上げとばかりにティアラの中心に魔法石によく似た美しいガラス石を飾る。それすらも、タリクが作り上げたもの。ニセモノだけで構成されたそれは、まさにホンモノと見紛うほどの美しさだった。

 

「……撮影でもよくイミテーションのアクセサリーを使うけれど、これほどの美しさをもつものは見たことがないわ。やるじゃない」

「すっげー! 本当にすごいなタリクは! そっくりだ!」

「こらカリム、あまり大声を出すな」

 

 転がったタリクを背負いあげながらカリムを咎める。

 たとえレッスンで疲れていようが、ひょろいタリクのひとりくらい運べない俺ではない。カリムの声でもまったく起きる様子のないタリクは、いったいどれだけ魔法を使い続けたのだろうか。オーバーブロットはしなかったにしろ、相当な負荷がかかったに違いない。仕方がないので魔法薬と滋養のある食事くらいは用意しておいてやろう。まったく、つくづく便利で手のかかる後輩だ。

 完成したティアラをじっと見つめていたクルーウェル先生が、改めてタリクの寝顔を見て、口を開く。

 

「バイパー」

「、はい」

スクラップ(ガラクタ)だろうか、レプリカ(ニセモノ)だろうが、その価値を決めるのはシラージュ自身であり、俺たちでもある」

 

 そして俺が思うに、と先生はひどく教師らしい顔をして、続ける。そこにあったのは賞賛であり、ひとつの課題をやり遂げた生徒の成長に対する、喜びであった。

 

「レプリカなりの意地を感じるこのティアラの美しさは、紛れもない本物だ」

 

 シラージュが目を覚ましたらそう伝えておけ、と。

 黒と白で身を包んだおよそ教師らしくない教師は、ひどく満足気な笑みを浮かべてそう言った。

 

 

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