ダンジョンで英雄を騙るのは間違っているだろうか? 作:モンジョワ〜
「ミア母ちゃん来たでー!」
残照が消え完全な夜を迎えた辺りで、ロキが予約を入れてくれた酒場に到着した。
彼女が女将の名前を呼べば、すぐにウェイトレス姿の店員がアイズ達を出迎えてくれる。
今日やってきた店の名は、『豊穣の女主人』。 西のメインストリートの中で最も大きなロキのお気に入りの店である。その理由はウェイトレスの制服が可愛いというのと店員が全て女性であるからだそうだ。
何人かの団員がカフェテラスに案内され、アイズ達主要メンバーは予約していた故に空いていた大きめの机に案内された。
木張りの店内はどこか落ち着きのある内装で、普段酒場に顔を出さないアイズもここには萎縮せずに来ることが出来るらしい。
席に座り、周りの冒険者の視線が集まってくる。
その中にいつもとは違う何かを感じた時アイズが気がついた。
「……ねぇ、皆。シャルルは?」
そういえばこういう催しでは必ずと言ってもいい程いて、必要以上に騒ぐ兄の姿がなかったことに。
「シャルル? あれ、さっきまでいたと思うけど……」
「こうなると分かってたから言わんかったのに、今度は目隠しでもつけへんと」
「無理矢理は駄目だよ、ロキ」
「まあええわ、あとでシャルルには絡むとして……とにかく皆ダンジョン遠征ご苦労さん! 今日は宴や飲めぇ!」
理由を分かっているらしいロキとフィン。
気になるけど、何か事情があるのかなと思ったアイズは追求せずに皆が乾杯する隅でティオナ達と乾杯し頼んだジュースを飲み始めた。
皆が騒ぎ、リヴェリアが飲み比べの景品になったりしたが、宴は順調。
この場所にシャルルもいれば良いのになと……少し恥ずかしいがそう思いながらもアイズはお酒だけは飲まないように楽しんでいると一人のエルフが近付いてきた。
「剣姫、シャルルはいないのですか。神ロキから来ると聞いてたのですが」
「……いないよ。何か用があるの?」
アイズが初めて彼女に会ったのは八年前。
ファーストコンタクトが最悪だった事もあるが、なんとなく彼女の事は苦手だ。
理由は分からないのだが、モヤモヤする。
「あの人は……分かりました。次は連れてきて下さい」
「……多分無理だと思う」
「何故……ですか」
バチバチと火花が散ったような気がしたと、後にレフィーヤが語る。
同じエルフがこんなに冷ややかな視線を他人に送れるなんてと恐怖すら覚えたと……。
そんなかるい戦争が起こっている中、酔った様子のベートが大声で何かを喋り始めた。
「そうだアイズ、あの話聞かせてやれよ」
アイズの斜め向かいに座る彼は、そうやって何かの話を催促してきた。
機嫌が良さそうな彼に小首を傾げれば、分かんないのかといいたように続けてこう言う。
「あれだって、ほらよっ、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス! その最後の一匹。お前が五階層で仕留めたやつだよっ! そん時の話だってっ! あのトマト野郎の!」
そこから先は酷かった。
あの時の白髪の少年を酒の肴にし、皆が釣られて笑いだす。
不快だ。酔っているとはいえ、誰かを笑うなんて……それをあの人が許すだろうか。こんな格好悪い行為を兄が許容するだろうか。
止めてと思った。
だけど言い出せない。
そういう事が苦手な自分はそう言い出す事が出来ない。
世界が遠くなる。見かねたリヴェリアが叱り始めたが酔ってるベートには効きははしない。
見かねたロキも仲裁に入るが彼は言葉の唾棄を緩めることがなかった。
少しでも何か言わないと、そう思うも上手く喋れない。
そして彼はそのまま喋り続けてこう締めくくった。
「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」
直後一つの影が立ち上がり、店員の叫びと共に一人の少年が駆けだして店の外に飛び出した。
◆ ◆ ◆
(畜生、畜生、畜生っ!)
暗闇の中、白髪の少年ベル・クラネルは駆ける。
今自分の中には数々の罵倒が浮かびそれを自分に浴びせ続けていた。
惨めな自分が恥ずかしくて恥ずかしくて、笑いの種に使われ侮蔑され失笑され、挙げ句の果てには庇われた自分を消し去りたいとすら思った。
(何もしてない僕に何かが起こるわけないだろう!)
青年の言葉を肯定した。
肯定してしまったのだ。
あの場で言われた言葉は事実だ。
雑魚じゃあ、弱いままの自分じゃあの人に近づけるわけがない。
何より何もせずに待っている僕は、一人の少女の前に現れることすら許されない。
悔しさだけが胸を支配する。
青年の言葉を肯定する自分が、何も言い返せない無力な自分が、彼女にとっては炉端の石でしかない自分が、彼女の隣に立つ資格を欠片ほども持っていない自分が悔しい。
強くならなくちゃいけない。
何よりも誰よりも、憧れに近付くためには――。
深紅の双眸が遙か前方を睨み付ける。
迷宮のように積み上げられた摩天楼施設が地下に口を開けて彼を待っていた。
目指すはダンジョン目指すは高み。
たった一つの願いを持って、彼は迷宮に疾駆した。
そして、それを見つけた影一つ。
黒と銀のコンビネーションを持つ髪色をした青年が彼の姿を見ていたのだ。
◆ ◆ ◆
「ロキの奴、あそこに連れてくなら言ってくれよ。絶対参加しなかったのに」
西のメインストリートにやってきた時点で嫌な予感がしていたが、本当に危なかった。
あそこには苦手……というよりあまり会いたくない人がいるから出来るだけ行きたくはないのだ。
……会いに行かないといけないのは分かるが、そんな勇気は俺は持てない。
何より資格がない。
「はぁ、駄目だな。これじゃあかっこよくない」
魔法が綻ぶ。
だけど、すぐに思考を切り替えて俺は前へと進む。
今の時間は皆が宴を開いていて、楽しんでいる頃だろう。
アイズは酒を飲んでいないだろうか? ベートは悪酔いしないだろうか? リヴェリアは苦労してないだろうか? ロキは……どうせセクハラしてるんだろうな。
自分から抜け出したとはいえ、皆の事が心配だ。
「……気晴らしにダンジョンでも行くかぁ。暇だしな」
目的を持ったことでダンジョンに向かう事にした俺はバベルを目指す。
その時だった。暗闇を疾駆する一人の冒険者を目にしたのは……。
「あの様子……心配だな」
死に急ぐようなその表情。
昔のアイズを思い起こさせるような強さを渇望する少年を見て、どうしてか俺は放っておけなくて。
「……追うか」
十二時頃にもう一話投稿するかも