うちの美少女AIが世界征服するんだって、誰か止めてくれぇ 作:月城 友麻
「あ……」
シアンがいきなり嫌な声を出す。
「な、何だよ!」
「百目鬼から着信だゾ」
シアンは首を傾げ、玲司に言う。
「はぁ? 今さら何だってんだよ!」
「どうする? 切る?」
「むぅ……。話だけしてみるか」
「ダメよ! 何言ってんのだ! 話すならもう一発当ててからなのだ!」
美空は真っ赤になって怒った。
「いや、でも、話し合いで何とかなるかもしれないじゃない?」
「何言ってんのだ! 奴は殺しに来てんのよ?」
「話だけでも聞いてみようよ。判断するのはその後でいい」
「バカッ! 好きにすればいいのだ!」
美空はプイっとそっぽを向いた。
「つなげて」
玲司はシアンを見る。
「はいよ!」
浮かび上がるひげ面の仮面男、百目鬼だ。
「やぁ、玲司君。君、凄いじゃないか」
陽気に話しかけてくる。
「散々殺しにかかってよくそんなこと言えますね? 一体何の用ですか?」
「いやいや、君のことを見直したんでね、対立するのは止めたいと思ってね」
手を広げながらオーバーなゼスチャーをする百目鬼。
「それは嬉しいですが……、どういった条件が?」
「クックック……。世界の半分をやろう。どうだ、悪くない話だろ?」
お面の向こうで目がギラリと光る。
「人を殺すプランには乗れません」
玲司は毅然とした態度で返す。
「ふーん、それじゃ平行線だな」
「それに世界の半分をくれる保証だってないですしね」
「ほぉ、よく分かってるなぁ……。あ、お前そこにいたのね。じゃあ、死んで」
そう言うと百目鬼は消えていった。
え……?
「言わんこっちゃない! 時間稼ぎをされたのだ!」
美空はバン! と玲司の背中を叩いた。
「ど、どうしよう!?」
飛んでいたドローンは大きく旋回をすると、こちらにまっすぐに進路を取ってやってくる。
玲司は慌てて中華鍋を向けるが、いつまで経ってもドローンの制御は奪えなかった。
「ダメだ! 外部からの指示を受けないようになってる。逃げるゾ!」
シアンはそう言ってツーっと逃げ出した。
「逃げよう!」
玲司は中華鍋を放り出し、エレベーターホールまでダッシュをするとボタンを押した。
「バカね! エレベーターなんて堕ちるのだ!」
美空はそう叫び、隣の非常階段のドアを開け、駆けおりていく。
「うわぁ、待ってよぉ」
二人は飛ぶように非常階段を駆け下りていく。
「せっかくの勝機を逃したのだ!」
美空は叫ぶ。
「悪かったよぉ」
「もう知らんのだ!」
直後、ズン! という衝撃がビルを襲い、まるで大地震のようにグラングランとビルを揺らした。
「うわぁぁぁ!」「キャ――――!」
ガラス窓が次々と吹き飛び、非常階段の下の方が崩落していく。
「ヤバい! ヤバい!」「ひぃぃ!」
漆黒の爆煙が辺りを埋め尽くし、二人はなすすべなく揺れる非常階段の手すりに何とかしがみつく。崩落してくる瓦礫が非常階段にもガンガンと当たり、危険な状態が続いた。
ケホッケホッ!
美空が次々と吹きあがってくる爆煙にせき込む。玲司は目をつぶり、ただ沈静化を待つしかできなかった。
爆煙が晴れていくと、状況が分かってきた。非常階段はすぐ下五階分くらいが吹き飛んでなくなっており、落ちたら即死間違いなかった。また、二人がしがみついている鋼鉄製の非常階段はパイプ一つで上につながっており、今にもちぎれそうである。
まさに絶体絶命。今、二人の命は風前の灯火となってしまった。
美空の手がブルブルと震えている。
それを見た玲司はハッとして、『美空は自分が守らねば』と、冷静になることができた。
美空を、大切な人の安全を確保せねばならない。こんなことに巻き込んだのは自分のせいである。たとえ自分が死んでも美空だけは守らねばならないのだ。
玲司は生まれて初めて、自分の命より大切な存在があることを知る。無責任に楽して暮らしたがっていた高校生は、この世界に生きる意味の一端にたどり着いたのだった。
「美空、先に上に行って。そーっと、そーっとな。下は見るなよ~」
玲司はやさしく声をかける。二人同時に動いて揺れるとちぎれかねないので、まず、美空を行かそうとしたのだ。
ひぃっ!
つい下を見てしまって真っ青な美空は足がガクガクと震えてしまう。
「大丈夫、大丈夫。さぁゆっくり行こう」
玲司は冷や汗を流しながらも笑顔を作り、ゆっくりと優しく声をかけた。
美空はこくんとうなずき、歯をカチカチと鳴らしながら一歩一歩上を目指す。
風が吹くたびにゆらゆらと揺れる非常階段。二人の命運は頼りなげな細いパイプ一本にかかっていた。
「よしよーし、いいぞ。ゆっくりな」
ふぅー、ふぅー、という美空の荒い息が聞こえる。
そして最後の段まで行き、手すりに手を伸ばした。
「そうそう、もう少し……ヨシ!」
ガシッと美空の手が手すりをつかんだのを見て、玲司はホッと胸をなでおろす。
次は自分の番だ。体を動かすと階段も揺れ、実に頼りない。
冷汗を垂らしながら一歩一歩上を目指す。
もう少しのところで美空が腕を伸ばしてくれた。
「早く捕まるのだ!」
「サンキュー!」
美空の手をガシッと握り、お互いに目を合わせてニヤッと笑った。
と、その時だった。ビュゥと一陣の風が吹き抜け、階段が大きく煽られる。
運命の女神は何が気に障ったのか、決定的な場面で二人に意地悪な試練を課したのだった。