令和2年、世界は未曽有の危機に陥っていた。新型ウイルスの世界的蔓延だ。日本も例外ではなく、緊急事態宣言が発令され人心は荒みつつあった。
長い間臨時休業中の「たちばな」店内で、猛士関東支部所属の「金」である遠道郷介は報告書に目を通していた。
あれから14年、郷介は色々とあって正式に猛士の一員となった。「歩」だった自分が「と」に成ったわけである。学業との両立に忙しい立花日菜佳を手伝って吉野への報告書の作成や資料の整理を手伝っているうちに、なし崩し的にそうなってしまったと言った方が正しい。だからあくまでも本業は作家のままだ。開店休業中だが。
関東支部の鬼たちは、不安になった社会情勢に呼応するかのように各地に出現している魔化魍を相手に、奮闘を繰り広げていた。14年前には新人だったトドロキたちも今では当時のヒビキの年齢を超えた大ベテランとして日夜駆け回っている。
既に鬼を引退し吉野の総本部長に就任したイブキが、かつての経験を踏まえて鬼の増加を決定したこともあって、日本各地の支部に所属する鬼の数は15年前の倍になっている。しかし徒弟制度というのが最近の若い世代には合わないらしく、折角弟子に就いても「すぐに強くなれない」「思っていたのと違う」と文句を言って辞めてしまう者が続出しているらしい。どうにか免許皆伝して前線へ出ても、実際に間近で遭遇する巨大魔化魍に恐れをなして負傷したりトラウマを抱える者も多いようだ。結局のところ、実際に現場に出ている鬼の数は数字よりも少ないというのが現状だった。
それでもどうにか回っているのは、外国人研修枠の設置だろう。当然ながら吉野の中でも異を唱える者は多くいたそうだ。だが昭和50年代の関東支部に外国人の鬼がいたという前例が決め手になったらしい。しかもそれを踏まえて外国人枠の設置を支持したのは、あの小暮耕之助開発局長だったらしいと郷介は聞いている。
スマホに着信が入った。大月賢司からだ。彼も今、関東支部でサポーターをしている。
「定時連絡っス。郷介さん、そっちは変わりないっスか?」
「静かなものだよ。京介君と一緒なんだよね?」
ヒビキの弟子だった桐矢京介は、最年少で鬼への変身能力を得たことで猛士内ではちょっとした有名人だった。だがそこからが続かなかった。険のある性格も相まって周囲と壁を作り続け、昨年には色々と問題を起こし吉野からも問題視されていた。
そんな京介も今では響鬼とそっくりな見た目の鬼に変身し、関東支部の一員として正式に戦っている。
「今はキョウキさんっスよ。本名で呼んだらまた機嫌を損ねちゃうっス」
立花勢地郎から正式にヒビキの名を継いだらどうかと提案されていたが、京介はそれを拒否している。ヒビキに直接会って正式に襲名するまではその名は継げないとの一点張りだった。そのため便宜上「響鬼」と書いて「キョウキ」と読むコードネームが与えられている。
「みちろうの奴は元気にやってるっスか?」
「まあ元気なんだと思う。あんま連絡はしてこないけどな」
一人息子のみちろうもとっくに社会人になって、家から出ている。小さい頃に暴れん坊だった分、今は落ち着きと優しさを兼ね備えた郷介自慢の息子に成長していた。
少しばかり雑談を楽しんだ後、ようやく本題に入った。
「またコロナの魔化魍みたいっス。これで何件目っスか?」
「コロナじゃなくてコロリだよ」
郷介が訂正した。
コロリ(虎狼狸)――その名の通りトラ、オオカミ、タヌキを合成したような姿をした魔化魍である。幕末の日本に初めて出現し、赤死病が世界的に蔓延する中で人々を襲い続けたとされている。その30年ほど前に東北地方に出現したとされる
あまりにも全国各地に同時に出現しているので、あの男女の差し金かと疑う者も多いようだがその辺りのことは調査中となっている。
「気をつけるようキョウ君にも言っておいて」
郷介はキョウキのことをキョウと略して呼んでいる。かつて出会ったシュンキやリンキの影響だろう。
通話を終え、次に郷介は支部へ届いた郵便物の整理を始めた。
基本的にはダイレクトメールばかりである。大抵の用事はメールやSNSで済んでしまうからだ。ごく稀に高齢の「歩」の方から挨拶状が届いたりすることもあるが、それぐらいである。
と、一通のエアメールが目に留まった。見覚えのある文字で関東支部御中と書かれてある。
郷介は独断で封を開けた。そこには一枚の手紙と写真が入っていた。写真には、現地の人と肩を組んで一緒に笑っているヒビキの姿が写っていた。
かつて郷介が異界へと迷い込んだように、ヒビキも並行世界での戦いに巻き込まれたことがあるらしい。最重要機密ということで詳細は吉野総本部が厳重に管理しているが、郷介を始めとした関東支部の関係者はヒビキ本人から直接話を聞いていた。
自分の力も及ばないような強大な敵、それと何十年にも亘って戦い続ける「仮面ライダー」と呼ばれる存在を知ったヒビキは、一念発起して修行の旅に出ることを決めたのだ。
「目標は三浦知良! あの人が現役の限り俺も戦います」
修行の旅を決めたヒビキが皆の前でそう語った時のことを、郷介は昨日のことのように覚えている。
当初は自分のルーツだと語る屋久島に籠っていたのだが、外国人研修枠の導入と共に海外でも似たような組織が存在し怪物と戦っている事実を知ったヒビキは、そのまま外国へ行ってしまったのである。それを事後承諾で伝えるための手紙には「今の時代はグローバル!」と書かれてあり、勢地郎が苦笑していたのを覚えている。
手紙が投函されたのは、どうやら南米のようだった。これからアマゾン熱帯雨林でサバイバルをしてくると書かれてある。ということは今頃、ヒビキはジャングルの中だろうか。
郷介はマスクを着けると外に出た。青空が広がっている。大きく伸びをして強張った身体をほぐす。ヒビキが元気そうで何よりだった。早く他の皆にも教えてあげなくては。
ぼくたちには、ヒーローがいる――こんなに嬉しいことはない。 完