鬼ストーリー外伝   作:れぼたろ

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二之巻

 卯月。出会いと別れの季節。東からの風が陰鬱な空を晴らし、新緑を薙いでいく季節。

 ただし日本中が全てそうだというわけではない。遠道郷介が訪れている秋田県では、道のそこかしこに残雪が見受けられた。

 ここは郷介の故郷である。仕事ではなく、息子のみちろうを連れてプライベートで訪れていた。ただし帰省ではない。自分を可愛がってくれた祖父の七回忌の法要に参列するためである。

 正直に言うと、あまり帰りたくはなかった。案の定両親や親戚からは、子どもがいるにも関わらず定職に就かないでぶらぶらしていると大目玉を喰らった。受賞してデビューした時にはあんなにも喜んでくれたのに、ひどい掌返しだ。

 いたたまれなくなったので、郷介はみちろうを残して外へと飛び出してきた。礼服のままである。

 今、郷介がいるのは秋田内陸線の車内だった。学生時代から郷介は、何か嫌なことがあると電車に飛び乗って遠くまで行くようにしていた。たった一人の時間で色々と自問自答したり妄想を巡らせたりしているうちに気が晴れるからだ。

 社会人でしかも人の親なのに、10代の頃と何も変わっていないんだなと郷介は自己嫌悪に陥った。

 そういえば三回忌の時は亡くなった妻も一緒だったなと思った。上京した大学で出会い、熱愛の末に学生結婚してみちろうを授かった。小説家としてデビューした時は、誰よりも喜んでくれたっけ――そんなことを考えているうちに郷介は眠りの中へと落ちていった。

 目が覚めた時、ちょうど阿仁マタギ駅に到着するところだった。無人駅だが、少し前に東北の駅百選に選ばれていた筈だ。

 降りてみることにした。

 既に夕刻である。駅周辺に数多く立てられた案山子が、田起こしを終えたばかりの田んぼに影を落としている。

 帰りは遅くなるだろう。友人に会うと嘘を吐いて出てきたので、最悪終電までそこら辺をぶらぶらしていても大丈夫だろう。……いや、そこまで長居しても何もやることはないと分かっているのだが。

「失礼。そこで何をされているのでしょう」

 いきなり声をかけられ、郷介は息が止まるのではないかと思うぐらい驚いた。完全に油断し切っていたのだ。なんとなく口調から警察官かと思ったのだが、立っていたのは白一色の服を着た眼鏡の青年だった。短くした髪も相まって非常に清潔感を漂わせている。今の郷介とは何から何まで対になっているように見えた。

「観光客ではないですね。ですが地元の方とも思えません」

 今の郷介はたった一人礼服を着て無人駅の傍に立っているのである。不審者以外の何ものでもないだろう。

「自分はカトキという者です。ここは危険です。早急に立ち去ることを提案します」

「危険……とはどういうことでしょう?」

「申し訳ありませんが、自分の口からこれ以上のことをお話しすることはできません。どうぞお引き取りを」

 カトキと名乗った青年は、そう言うと郷介に向かい深々と頭を下げて立ち去っていった。向かっているのは山の方だ。

 まだ次の電車が来るまで時間がある。好奇心に駆られた郷介は、青年のあとを付けてみることにした。

 

 東北の地はまだまだ肌寒い。コートを持ってきてはいるもののそれ以外の防寒具の用意は無いため、郷介は頻繁に両の手に息をかけて温めていた。

 星が瞬き始めた。この辺りは空がとても澄んで見える。東京とは雲泥の差だ。

 青年は迷いのない足取りで樹々を抜け、山の中へと分け入っていく。星明りに照らされて真っ白い服が闇の中にぼうっと浮かんで見えるので、それを頼りに郷介はあとを追い続けた。

「悪いことは言いません。帰りなさい」

 ふいにカトキが立ち止まってそう口にした。どうやら郷介の尾行はとっくにバレていたようだ。

 樹々がざわめいた。周囲の気配が変わったように郷介には思えた。

「……前言撤回します。離れた木の傍まで移動して、そこに隠れて動かないでいてください」

 前方の闇の中から、一組の男女が現れた。おそらく、以前説明を受けた童子と姫。邪悪なモノの育ての親。両者とも真っ白い着物を着ており、幽霊のように闇の中に浮いて見える。

 三つの白い影が対峙した。

「来てあげたよ……」

 姫の方が喋ったように見えたが、聞こえてきたのは男の声だった。

「そちらから打って出てくるとは好都合」

 童子と姫の姿が、それぞれ怪童子(かいどうじ)妖姫(ようひめ)と呼ばれる異形の姿へと変わった。そして樹々の合間を縫うように迫ってくる。

「これより迎撃態勢に入る」

 カトキは眼鏡を投げ捨てると、変身音叉(へんしんおんさ)を取り出して手の甲に当て、次いで額に翳した。カトキの周辺から炎が吹きあがり闇を照らす。

 気合一閃、炎を吹き払い火斗鬼(カトキ)がその姿を現した。変身前の真っ白い服とは対照的な、漆黒の肉体。頭部には巨大な一本の角が生え、その両脇から小さな角が生えている。唯一、胸から背中にかけてを覆う装甲板が星明りを受けて白く輝いていた。

 変身完了までの一瞬のうちに、怪童子と妖姫は闇の中に身を隠していた。奇襲を仕掛けようという魂胆なのだろう。ひょっとしたら自分のすぐ傍なのではと郷介は今になって恐怖を覚えたが、今いる場所から移動するのはもっと危険だろう。

「敵の狙いを把握。ここは鬼棒術による炙り出しが定石」

 そう言うと火斗鬼は、音撃棒・葉隠(はがくれ)を手に取り構えた。息を深く吸い、丹田に力を込める。

 両の鬼石に炎が灯った。炎は見る見るうちに激しく燃え上がり、そして。

鬼棒術(きぼうじゅつ)天狗(あまつきつね)

 上空に掲げた「葉隠」から炎が飛び出し、上空で炸裂して流星群のように地表へと降り注いだ。炎の雨に炙り出される形で怪童子と妖姫が飛び出してくる。どちらもつららのような武器を逆手に握っている。

 まず怪童子が火斗鬼の頭部に向けて武器を振り下ろし攻撃を仕掛けるが、火斗鬼は紙一重で避けると足払いを仕掛けて怪童子の体勢を崩した。次いで時間差で仕掛けてきた妖姫の武器を「葉隠」で弾き、体勢を立て直した怪童子の方に向かって廻し蹴りで吹っ飛ばす。そして改めて「天狗」を放ち、両者の身体を灰燼へと帰した。

 その炎の勢いから郷介は火事を危惧したが、炎はほんの少しだけ燻るとすぐに消滅してしまった。おそらく陰火と呼ばれる、物理的に燃焼しているわけではない炎の類なのだろう。

 火斗鬼は「葉隠」を構えたまま、未だ警戒を解いていない。まだ親玉が残っている。遠くから聞こえてくる足音は、それが近づいてきていることを示していた。

 樹々を押しのけて魔化魍の巨体が姿を現した。大きいことは大きいのだが、樹々から頭が飛び出るほどの高さは無い。それでも周囲との比較から、三メートルは優に超えていることが分かる。全身を真っ白い体毛に覆われた、類人猿のような見た目だ。その長く伸びた毛は、あたかも白装束を纏っているかのようだ。

鬼幻術(きげんじゅつ)焦熱地獄(しょうねつじごく)

 掛け声とともに、火斗鬼を中心に放射状に炎が伸びていった。郷介に向けて離れろと言った意味がよく分かった。炎は郷介の目の前まで来ると吹きあがり、炎の壁を作って火斗鬼と魔化魍を閉じ込めた。熱は感じるが延焼する様子はない。これも陰火なのだろう。

 魔化魍が苦しそうに声を上げた。どうやら熱に弱いようだ。

 魔化魍が鋭い爪の生えた剛腕を力任せに振り下ろした。だが火斗鬼は横に向けて跳躍すると、木の幹を蹴って魔化魍の背へと取り付く。そして音撃鼓・不退転(ふたいてん)を首の部分に貼り付けた。

気炎万丈(きえんばんじょう)の型、はっ!」

 打ち鳴らされる「不退転」。日の落ちた山に響き渡る咆哮。連打、連打。打撃の度に小さな炎がパッと弾ける。

 徐々に魔化魍の声が弱々しくなっていく。そして。

「せいっ!」

 掛け声と共に重い一撃が叩き込まれ、魔化魍の巨体は爆裂四散した。降り注いだのは雪だった。ゆっくりと宙を舞い落ちる灰雪は、炎の壁に触れてあっという間に消えてなくなってしまった。炎も徐々に小さくなっていく。山が静寂を取り戻すのに多くの時間は掛からなかった。

「討伐完了……」

 火斗鬼が郷介の方に向かって歩いてきた。無事を確認すると、きつい口調でこう告げた。

「何故自分のあとを付けてきたのか、納得のいく説明を所望する」

 まあそうなるよな、と郷介は思うのであった。

 

 郷介は今、カトキが運転する専用バイク「天外(てんがい)」に二ケツしている。家まで送ってくれると言ってくれたので、厚意に甘えることにしたのだ。勿論、色々と面白そうな話が聞けると考えたからでもあった。

「眼鏡無くて大丈夫なんですか?」

 郷介が尋ねる。焼けた服は着替えを用意してあったのだが、投げ捨てた眼鏡は熱でフレームが曲がって使い物にならなくなっていた。

「あれは伊達眼鏡です。目潰しを仕掛けてくる敵性体もいるので」

 よく通る声でカトキは答えた。

 既にカトキからは、彼自身や猛士東北支部についての話をいくつか聞き出していた。郷介もまた、関東支部の「歩」であることを説明してある。

「だからといって遠道先生の行動は褒められたものではありません。猛省してください」

 なんとなく葛原を思い起こさせる口調に、郷介はひたすら謝ることしかできなかった。

 カトキはサポーターをつけず、基本的に単独で行動しているらしい。昨今魔化魍の出現件数が増大し、シフトに関係なく動ける人材が必要になった結果だという。

「ところで、あの魔化魍は何だったのか教えてもらえますか?」

「あれは世間一般では雪女、雪男と呼ばれる存在です」

「雪……えっ?」

 姫と童子がそれぞれ伝承における雪女、雪男と呼ばれる存在であり、魔化魍の方は海外ではサスカッチ、イエティ、ウェンディゴ等の名前で呼ばれている。日本でも『古今百物語評判』という江戸時代の書物に巨大な雪女が描かれているが、おそらく絵師が姫と魔化魍を混同して描いたのだろう。

「山の方はまだ雪が積もっているため、活動が確認されています。火を苦手とするため自分のような火属性の鬼が担当しています。ただ、大型かつ凶暴な個体は滅多に発生しないので普段はそこまで脅威ではありません」

 逆を言えば凶暴な個体が発生したのは、何か自然の摂理が狂うような事象が現在進行形で起きている証左だとも言える。

 それにしても、とカトキは言った。

「鬼でもサポーターでもない人物が、三ヶ月の間に二度も魔化魍に遭遇する……。普通はあり得ないことです」

「はい、反省しています……」

「失礼ですが遠道先生はご出身はどの辺りなのでしょう」

「秋田ですよ。内陸線の沿線の……」

「質問を変えます。先生の家系は昔から秋田の地にお住まいなのでしょうか?」

「さあ、そこまでは……。あの、何故そんなことを?」

「興味本位です。忘れてください」

 日付が変わる前には、郷介は実家に帰り着くことができた。広間の明かりは点いているし、賑やかな声も聞こえる。親戚連中が夜通し飲んでいるのだろう。流石にみちろうはもう眠っていると思うが、ならばこっそり部屋に戻って自分もそのまま寝てしまおうと郷介は思った。

「送ってくれてありがとうございました」

 そう告げたところ、カトキは郷介に向かってこう言った。

「老婆心ながら一つだけ。東京に戻ったら関東支部長に相談してみることをお勧めします」

「えっ、何をです?」

「あなたからは異質な何かを感じます。関東支部長は猛士の事務局長も兼任されているお方です。必ずや力になってくださるでしょう。自分の方からも連絡を入れておきます」

「ちょっと待ってください、異質って一体……?」

 だがその問いに答えることなく、カトキは一礼すると去って行ってしまった。

「異質って何だよ……」

 無視することのできない言葉を胸に、しばらくの間郷介は玄関口に立ち尽くしていた。と、庭の方で何かが動くのが見えた。大きなイヌのように見えるが、実家でペットは飼っていない。おそらく野生のキツネだろう。今の郷介はまさにキツネにつままれたかのような心持ちだった。

 星降る夜は、静かに更けていった。 了

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