鬼ストーリー外伝   作:れぼたろ

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三之巻

 皐月。大型連休も終わり、非日常から日常への移行が完全に終わった頃、遠道郷介は息子のみちろうを連れて柴又を訪れていた。猛士関東支部が表の顔として経営する「甘味処たちばな」へ行くためだ。

 郷介が来るのは二回目である。屋久島での一件の後、こちらを訪れて猛士の一員として活動するに当たっての説明を受けていた。郷介のような人間は全国に千人以上いるらしく、様々な理由から猛士に協力しているのだそうだ。

「着いたぞ」

 みちろうにそう告げる。前回は平日の昼間に来たため、みちろうは学校に行っていて一緒ではなかった。

「おお~! 古いたて物だ」

 四辻に建つ「たちばな」は、三階建ての木造建築だ。外観に関しては少なくとも昭和初期からこのままだという。秋葉原駅から神保町方面へと向かう道すがら、似たような造りの建物が並んでいる一帯があるが、同じ人物が設計したのだろうか。

 玄関を開けると「いらっしゃいませ~!」という元気な声が店内に響いた。看板娘の立花日菜佳(たちばな ひなか)だ。

「ああ、先生! お待ちしてましたよ~。ささっ、こちらへ」

 店内にいた何人かの客が郷介の方を見る。特定の人物が連日出入りしても近隣住民に怪しまれないよう、各支部は何らかの店舗に偽装しているという説明は以前に受けていた。だが今日ここにいる客は一般人だろう。以前来た時にお茶菓子を出されたが、普通に美味いのである。

 通されたのは二階の座敷席だった。

「ちょっと待っててくださいね~。あ、ご注文は何にします?」

「お姉ちゃん、オススメは何だ?」

「うちはきび団子がお勧めですよ~」

「そっか。じゃあオレ、クリームひやしぜんざい」

「おい、みちろう」

「先生のお子さんですよね~。一番可愛い盛りなんじゃないんですかあ?」

 そう言うと日菜佳はニコニコと笑った。

 郷介は揚げまんじゅうとあんみつを頼んだ。意外と甘党なのである。特にあんみつは、前回食べて惚れ込み、次に来た時は絶対にまた食べようと思っていた。

 注文した品が出て来る前に、店主にして関東支部長の立花勢地郎(たちばな いちろう)が現れた。その横にはもう一人、黒い和装の老人が立っていた。ロマンスグレーの髪を首まで伸ばしている。手にはステッキ。眼鏡の奥の瞳は眼光鋭く、老いを微塵も感じさせない。

「お久しぶりです。こちらは吉野にある総本部から来られた京極(きょうごく)さん」

 立ち上がって挨拶をしようとする郷介を制し、勢地郎と京極が向かいに着席する。

「京極です」

 黒衣の老人はそう言って軽く頭を下げた。

「私が昔関西支部でお世話になっていた頃、本部にある図書室で司書をされていた方です。役職は『金』になるのかな」

「それは30年近く前の話だよ。今はもう息子が跡を継いでいる。特別顧問などという大仰かつ無意味な肩書以外は、何処にでもいるしがない老人さ」

 タイミングよく日菜佳が現れ、郷介親子に注文した料理を、勢地郎と京極にお茶を出していった。

「どうぞどうぞ、食べちゃってください。揚げまんじゅうは温かいうちに食べないと」

「では頂きます」

「いただきます!」

「では僕も注文しよう。君もつきあいたまえ」

 勢地郎に向けてそう言うと、京極はぜんざいを二つ注文した。

「ごめんね、なかなか時間が取れなくてこんなに先延ばしにしちゃって」

「いえ、大丈夫です。それより立花さん……」

「東北支部のカトキくんから話は伺っているよ。ちょっと今ここにいる人間じゃ対処できそうにないので助っ人を呼んだんだ」

 その助っ人というのが、京極と名乗った老人なのだろう。

「遠道君だったか」

「なんか用か?」

「君じゃあなくってお父さんの方だよ。では僕から話をさせてもらおう。君は1月31日に屋久島にて魔化魍と遭遇し、僅か三ヶ月足らずで今度は阿仁中村で魔化魍と遭遇した。間違いはないね」

「その通りです」

「作家だと聞いているが、阿仁中村へは取材で行ったのかね?」

「いえ、電車に乗っていてたまたま途中下車したんです。降りてすぐにカトキさんに会って……」

 京極は郷介の目をじっと見つめると、次いでこう口にした。

「同じ人物が三ヶ月以内に南と北という異なる場所で偶然に鬼と関係を持ち、魔化魍に遭遇した。猛士の関係者でも普通はあり得ないのだよ」

 カトキも同じことを言っていたのを思い出す。

 京極は懐から一枚の紙片を取り出すと、机の上に置いた。そして郷介に動けと強く念じながら触るよう促す。どうも裏側に何か文字が書かれてあるようだ。呪符という物だろうか。

 事情が呑み込めないながらも言われた通りにしたところ、僅かにだが紙片がぴくりと動いたように見えた。

「やっぱり……」

 勢地郎が京極の方を見てそう口にする。

「結論から言おう。君は術者の血を引いている可能性が極めて高い」

「術者? 僕が?」

「この紙は式神と言って、力ある者が触れることでその意思を汲み姿を変え、使役することができる。昭和50年代までは猛士の鬼にも使い手が多かった。今は金属を器にして、科学の力で制御した簡易版が主流になっているがね」

 屋久島でシュンキが使っていた赤い鳥を思い出す。おそらくあれのことを言っているのだろう。

「東北のカトキ君は戦前から活躍している鬼の家系だ。術の心得もある。だから気づいたのだろう」

「関東支部にも以前は術に長けた鬼がいたんだけど……。だから京極さんをお招きしたんだ。私たちじゃ対応できるか分からなかったからね」

「なんだ? 父ちゃんはちょーのーりょく者だったのか?」

 目をキラキラさせながらみちろうが聞いてくるが、郷介には何も答えることができなかった。そもそも郷介の実家は一般家庭だし、親戚にもそんな人間はいなかった筈だ。まさに寝耳に水というやつである。

「……あの、何か問題があるんですか?」

 カトキが言っていた「異質」の意味は分かったが、わざわざ相談するようアドバイスまでされたという点が引っかかる。何かマズいことでもあるのだろうか。

 京極はひと口茶を啜ると言った。

「昭和50年代の中頃、北陸支部で問題が起きたことがある。カルト団体が外法を用いた儀式で魔化魍を生み出そうとしたのだ。儀式に必要な生け贄に選ばれたのは、術者の血を引く人物だった」

「待ってください。つまり、その危険が僕にもあると……?」

「あくまでも可能性の話だよ。だがそれ以上に問題なのは、ここ最近の魔化魍異常発生の影響か、君の中に流れる術者の血が覚醒して災いを引き寄せていることだ」

「僕が屋久島や秋田で魔化魍に遭遇したのは、偶然ではなかったと?」

「正直に言えば今すぐにでも君を猛士の管理下に置きたい。隣で貼り倒したくなるような表情で舌鼓を打っている君の息子もだ。しかしそんな権限を我々は有していない。だからなるべく危険な行動はしないようにと、そう釘を刺したいわけだよ」

 慌ててみちろうの方を見ると、頭の中にプレーリードッグが営巣でもしてるんじゃないかと言いたくなるぐらい知性の欠片も感じさせない表情で、舌とよだれを口からだらしなく垂らしつつあんみつをペチャクチャと食べていた。

「お前、父ちゃんのあんみつを! 自分の分も食べておきながら!」

「ああ遠道さん、お代わりを持ってこさせるから落ち着いて」

 ぜんざいを届けに来た日菜佳に向かって、勢地郎があんみつの追加を注文した。

 京極はぜんざいをひと口食べると、郷介の方にお品書きを差し出した。ぜんざいのところに指を添えてある。

「作家の先生に言うまでもないことかもしれないがね。ぜんざいは漢字で『善哉(よきかな)』と書く。元々は仏教の言葉だ。言祝(ことほ)ぐという古語を聞いたことはないかね? 祝福の言葉、言霊(ことだま)というやつだよ。これに使われている小豆も古代より邪気を祓うと信仰されている」

 君のこれからに幸多からんことを――そう言うと京極は続きを食べ始めた。 了

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