鬼ストーリー外伝   作:れぼたろ

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七之巻

 睦月。平成18年の幕開けである。遠道郷介は息子のみちろうを連れて初詣に訪れていた。

 初詣とは言うが、何処の神社に行っても構わないというものではない。神社によってご利益が異なるのだ。

 郷介が選んだのは柴又帝釈天だった。ここのご利益は複数ある。まずは作家として飛躍できるようにと商売繁盛。次が厄除けである。

 思えば一年前、屋久島に行ってから郷介の人生には大きな変化が訪れた。目の前で人が死んでいるという普通ならあり得ない状況にも遭遇した。厄除けは必須だろう。

 あとは無病息災と、良縁に恵まれるようにとの縁結び。都内の有名な寺社仏閣でこの四つが全部あるのは帝釈天だけである。

 初詣の帰り道、立花勢地郎と娘の日菜佳にばったり遭遇した。彼らの地元なので当然と言えば当然だろう。ただ、長女の香須実だけ姿が見えない。どうしたのかと尋ねると、正月返上で鬼たちと共にあちこち飛び回っているらしい。

 昨年九月から魔化魍の異常発生件数が増えて、それに伴い民間への被害が全国的に増加していた。関東だと特に埼玉の方で物凄い数の魔化魍が日中から湧き出たという。誰もが新年を素直に祝えたわけではないということだ。

「私やバンキさんも昨年末から大学を休学してるんですよ~」

 日菜佳が言った。それぐらい人手が足りないらしい。全国の支部も概ねそんな感じだという。

「店の方も休業が増えてね。正直、表の商売をやっている余裕もないくらいなんだ。それでも年中行事は大切にしたいから、気晴らしも兼ねてこうして出てきたわけだけど……」

 勢地郎の表情には、疲れが色濃く浮かんでいた。

 今こうしている間にも、魔化魍は何処かで人を襲っているのかもしれない。ただ、だからと言って戒厳令が敷かれているわけでもないので、人々は普通に日常を過ごしていた。事情を知っているとはいえ、郷介もその一人である。

「そうだ、みちろう君。はいこれ」

 そう言うと勢地郎は懐からぽち袋を取り出し、みちろうに渡した。

「ありがとう、おっちゃん!」

「すみません立花さん」

「いいよいいよ、気にしなくて。むしろ先生には猛士に参加してもらったばっかりに辛い目に遭わせちゃって……」

 どうやら勢地郎は、昨夏の件を負い目に感じているようだった。

 丁寧に礼を述べ、その場は別れたのであった。

 

 正月が明けてしばらくした後、担当編集者の葛原礼華から記事執筆の依頼が舞い込んだ。いつもの如く埋め草である。そしてその内容は、怪しげな遺跡の調査というものだった。関東地方のとある山中の平野部に、謎の巨石があるという話だ。その巨石には文字のようにも見える文様が刻まれており、そのため古代の遺跡ではないかとマニアの間では昔から噂されているのだそうだ。

「そういうのって、専門のライターの方にお願いした方がよいのでは? ムー的なところの人とか」

「そういう人は原稿料が高いんですよ」

「あ、はい……」

 そう言うと葛原は出されていたお茶を飲んだ。打ち合わせは電話で済まされる時も稀にあるが、基本的に葛原は郷介の家へとやって来る。絶対にサボりだ。勝手知ったる我が家だとでも言わんばかりに、戸棚から自分でせんべいを出してきてボリボリ齧っている。

「みちろうのおやつなんでお手柔らかにお願いします」

「次は塩せんべいでお願いしますね」

「あ、はい……」

 せんべいを食べながら葛原が話を続ける。何でも、過去に調査しようとしたルポライターがいたらしいのだが、私有地への無断立入として強制的に退去させられたという。

「そこ、私有地なんですか?」

「そんな話は全く知らなかったそうです。だから米国のMIBみたいな組織じゃないかとUFOマニアまで話に絡んできて、ネットの匿名掲示板でも未だ議論が続いているみたいですよ」

 それが本当なら、何とも怪しい話である。

「ちゃんとした学者による調査は行われていないんですか?」

「学術的な価値が見出せないんだそうです。青森のキリストの墓みたいなものですね。真面目に調査しようなんて誰も思わない」

 確かに、ちゃんとした調査が入るような場所をわざわざ怪しげなオカルト雑誌が記事にはしないだろう。ただ、問題が一つ。

「その遺跡、何処にあるんですか?」

「分かりません」

「ルポライターが取材に行ったんでしょう?」

「あくまで噂ですから」

 それでいったいどうしろと言うのか。そもそも本当にそんな遺跡があるのか。

「なくても問題はありません。こういう記事を何度か書いてみて理解できたこととは思いますが、重要なのは過程なんです。読者の望みは途中のワクワク感なんです。むしろ発見できない方が、こちら側としては再利用できるのでありがたいです」

 だったら取材になど行かず、完全な捏造で構わないのではないかと思う。だが葛原はヘタレ編集長の意向だと譲らないのであった。まあ取材費を貰ってそれで取材に行かないのは、郷介としても良心の呵責に苛まれてしまうだろうから行けと言われれば行くしかないのだが。

 とりあえず郷介は、関東地方にあるという噂を頼りに調べてみることにした。

 

 その日、郷介は国会図書館で資料と睨めっこをしていた。国が運営している施設は民間と比べて何かあった時に休館・休園になる確率が高いのだが、幸いなことに通常通りに開いていた。

 ネットで調べた噂を基に、古地図や地方の民俗学会の会報、遺跡の発掘調査報告書などを片っ端から当たってみたのだが、有力な手がかりは得られなかった。

 少し切り口を変えて地相学に関する本を当たってみたところ、龍脈(りゅうみゃく)に関する記述が目に留まった。

 龍脈――大地に流れる気を龍の体に見立てたものだ。大陸から伝わってきた風水の概念だが、日本でも陰陽道に取り入れられている。龍脈から力が噴き出す場所を龍穴(りゅうけつ)と呼ぶが、そこには古社が建っていることが多いという。

 そういえば謎の遺跡とは巨石のことだったなと郷介は思った。

 再び資料に目を通す。神道では古くから巨石を信仰対象とするケースが見られる。磐座(いわくら)と呼ばれるモノだ。古代の祭祀場であったとされている。

 龍穴と磐座、この両方から当たってみればそれらしき場所が見つかるのではないかと郷介は考えた。

 

「まさか特定するとは思いませんでした」

 助手席に座った葛原が言う。

 郷介はいつものようにレンタカーを借りて、当たりをつけた場所へと取材に向かっていた。いつもと違うのは、気紛れから珍しく葛原が同行している点だ。後部座席にはみちろうも乗っている。久々の遠出に興奮を隠せないようだ。

「みちろう君、学校は楽しいですか?」

「おう! くずはらのねーちゃんは仕事楽しいか?」

「そうですね……。わざと隙を見せたらセクハラ仕掛けてくる偉い人が多いので、証拠と共に労基へ報告するのがとても楽しいです」

「葛原さん、それは仕事とは違うのでは……」

「みちろう君は今年で何年生ですか?」

 大方の予想通り、郷介の発言は軽くスルーされた。

「四年生だ!」

「ということは遂に10代に突入ですね。一度きりの10代、楽しんでください」

 そう、みちろうは春に進級する。だが魔化魍の出現がどんどん増えて社会情勢がおかしなことになれば、折角進級しても学校には行けなくなるかもしれない。だからと言って郷介にできることは、猛士の鬼たちを信じて事態の終息を待つぐらいしかなかった。

 と、遠くから何やら音が聞えてきた。一定のリズムで打ち鳴らされるそれは。

「……太鼓?」

 葛原の呟きに、思わず郷介は急ブレーキを踏んでしまった。衝撃が車体を揺らす。

「遠道さん、これは何の真似ですか」

 太鼓の音は間断なく聞こえてくる。こんな山中で太鼓が響くとしたらそれは鬼が魔化魍と戦っていると見るべきだろう。

「遠道さん、聞こえてますか?」

「はい、聞こえてます! 急ブレーキを踏んでごめんなさい!」

「ブレーキを踏んだのはこの音のせいですか?」

 ここまではっきり聞こえるのだ。誤魔化しようがない。

「オニがたたかってんのかな」

「鬼? みちろう君、それはどういう意味ですか?」

「これは虚空太鼓(こくうだいこ)という怪現象ですね! 何処からともなく太鼓の音が聞こえてくることが往々にしてあるそうです」

 郷介は慌てて誤魔化した。「虚空太鼓」という怪現象自体は実在するので嘘を吐いたわけではない。……場所も時期も何もかも違う点はこの際目を瞑ろう。

「遠道さん、あなた何か隠していませんか?」

 葛原が疑いの目を向けてきた。それでも白を切る郷介に対し、葛原が言う。

「能登半島に行った時のこと、覚えてますよね。あの時、屋敷の地下で何があったんですか? 私、あの時は何も言いませんでしたが、隠し部屋の奥に何かおかしなモノが見えたんです。遠道さんは知っているのではありませんか?」

 どうすればよいのかと郷介は悩んだ。葛原はマスコミ関係の人間である。猛士と魔化魍について話すことで、その情報がもし世間に開示されようものならどう転ぶのか郷介には想像もつかなかった。ただ葛原は必ずしも組織に忠実な人間というわけではない。話すことで今後協力してくれる可能性も充分にある。

 郷介の今の心境を表すかのように、聞こえてくる太鼓の音はどんどん激しさを増していった。

 その時、乗っていた車が急に浮き上がり、次いで半回転して大地に激突した。三人ともシートベルトを締めていたので頭部を強打するような大事には至らなかったが、このままでは身動きが取れない。

「みちろう!」

「オレはだいじょーぶだ!」

「葛原さんは……」

 助手席の葛原は気を失っているようだった。どれだけ呼びかけても返事はない。

 シートベルトを外し車外へ脱出しようとする郷介だったが、引っくり返った車の上に何かが乗ってくるのが衝撃で分かった。咆哮が聞こえる。どうやら魔化魍のようだ。

「冗談だろ……」

 また呼び寄せてしまったのか。自分が死ぬのは嫌だが、それ以上に自分のせいでみちろうと葛原が死ぬことはもっと嫌だし耐えられなかった。

「父ちゃん……」

「ちくしょう、ちくしょう……」

 その時、けたたましい唸り声が聞こえた。これは威嚇か? 郷介はそう思った。

 何かが凄まじい速さで大地を駆けてくる音が聞こえた。刹那、悲鳴と共に爆発音が周囲にこだまする。誰かが――おそらく鬼が戦っているのだと郷介は思った。

 ものの二、三分で再び周囲は静まり返った。そして「大丈夫?」と声が聞こえてくる。

「大丈夫です!」

 郷介はシートベルトを外すとどうにかして車外に脱出した。

「まだ中に二人……」

 そこで郷介は、自分の前に立っている人物の姿を見て絶句した。彼の眼前にいるのは角の代わりに尖った耳を持ち、のっぺりした顔とは異なり口元が突き出た――。

「お、お……狼男ぉぉ!?」

 そこにはギターを持った狼男が立っていた。

 

 狼男は郷介と協力してみちろうと葛原を車中から引っ張り出すと、引っくり返った車をたった一人で半回転させて元の状態に戻した。

「あー、屋根がベコベコ。まあ命は無事だったし仕方ないざんすね。C'est la vie」

 狼男が言う。

「あの、あなた誰なんです? 鬼の仲間ですか?」

「あ、僕の姿を見て驚かないなと思ったら、この国の鬼と知り合いなんざんすね」

「この国? もしや外国の……?」

 狼男はル・ガルーと名乗った。欧州を拠点として活動する組織の実行部隊の一員で、他の仲間と一緒に仏蘭西から来日したのだという。

「海外にも猛士のような組織があったんですね……。それにしてもその日本語は……?」

「もう20年ぐらい前になるざんすかねぇ。僕、欧州にやって来た一人の鬼と行動を共にしていて……その人から簡単な日本語を教わったんざんす。あとは独学。あの人の故郷に一度行ってみたかったざんすからね」

「……語尾の『ざんす』もその人から教わったんですか?」

「日本のマンガやアニメで覚えたざんす。日本に来た仏蘭西人は語尾に『ざんす』をつけるのが常識だって。変わった風習ざんすね」

「いや、あなた絶対『おそ松くん』見たでしょ!?」

 そんな風習はないと教えてやると、ル・ガルーは芸人顔負けのリアクションで驚いてみせた。もう、何処までがボケなのか分からない。

「スゲーな、このシッポ本物か?」

 みちろうはル・ガルーの尻尾が気になるらしく、触ってはピクピクと動く様子を見て笑っている。

「尻尾は弱いざんす。やめてちょ」

 どうやら「ざんす」で押し通すつもりらしい。

「ル・ガルーさん、今何が起きているのか分かりますか?」

「日本の鬼が大がかりな儀式をしているざんす。そろそろ終わると思うざんすよ。ホラ」

 そう言ってル・ガルーが指さす先には、三台のヘリが飛んでいた。

 

 オロチ現象による魔化魍が無限に湧き続ける中、装甲響鬼(アームドヒビキ)は遺跡の太鼓岩に音撃棒を叩き込み、清めの音を間断なく大地に流し続けていた。

 関東支部の残り九人の鬼全てが響鬼救援のために集結し、彼の周りで魔化魍相手に足止めを続けるも、数の暴力の前に劣勢を強いられていた。オロチ現象の魔化魍は音撃を用いなくても簡単に雲散霧消するという特性がある。肉体を構成する穢れた気が少ないからだろう。しかしそれでも、巨大と等身大が群れを成して襲いかかってくるのだ。加えて鬼たちは、それぞれ自分の持ち場で戦いを終えて満身創痍のまま駆けつけている。

 だが装甲響鬼は、否、関東の鬼たちは誰一人として諦めてはいなかった。不屈の闘志で自分が為すべきことをするべく闘い続けていた。

 そんな中、三台のヘリが戦場の上空に現れた。一台は猛士の吉野総本部が保有するヘリ「韋駄天(いだてん)」だ。残りの二台は独自のルートで軍の払い下げを購入した、人員輸送用のヘリである。

「待たせたな、諸君!」

「韋駄天」のハッチから開発局長の小暮耕之助(こぐれ こうのすけ)が姿を現す。その手には装甲響鬼が使う装甲声刃(アームドセイバー)のプロトタイプとでも言うべき拡声器型言霊増幅装置「(かがやき)」が握られていた。

「さあ皆の者! 行け!」

 号令と共に輸送ヘリから、日本各地の支部から集結した計六十人もの鬼が次々と変身しながら大地へ向かって飛び降りる。猛士所属の鬼は百十九人と言われているので、その半数以上がこの地へ集結したことになる。

「OH! 凄いざんすね。日本の鬼がこんなにたくさん。しかもバリエーション豊富」

 遠くからその様子を眺めながらル・ガルーが言った。まるで花火でも見物しているかのようなノリだ。

 距離もあって郷介は気づかなかったが、集結した鬼の中には迅鬼、火斗鬼、燐鬼の姿もあった。それぞれが音撃武器を手に、勇猛果敢に魔化魍の群れに立ち向かっていく。

 小暮が「輝」をマイク代わりに、朗々と歌いだした。力ある声によって飛行型の魔化魍が次々と墜落し爆発していく。

「ポップコーンが欲しかったざんすね。……うん?」

 ル・ガルーが、腰に巻いた革ベルトのポケットに入れてあった通信デバイスを取り出す。携帯電話とは明らかに違う、どちらかというとビジネスマンが使っているPDA端末のように見えた。

「Allô……D'accord. J'arrive tout de suite」

 どうやら通話機能があるようだ。郷介はこの謎の端末が気になって仕方がなかった。数年後、この通信デバイスはスマートフォンという名称で市場に出回るようになるが、それはまた別の話である。

「ごめんね。どうやら仲間が追っていた相手を発見したらしくって。僕も行かなきゃならないざんす」

「行ってください。ここは大丈夫ですから」

「気をつけて帰るざんすよ。Au revoir!」

 そう告げるとル・ガルーは手を振りながら凄い速さで去って行ってしまった。あとには郷介たち三人が残された。

 太鼓の音も歌声も聞こえなくなった。どうやら全て終わったようだ。周囲は、祭りのあとという表現がぴったりくるぐらいの静けさに包まれていた。

「……そろそろ話して頂けますか」

「わっ!」

 いつの間にか葛原が郷介の後ろに立っていた。気を失っていた葛原は、起こした車の後部座席に寝かせてあった筈なのだが……。

「まあ、あれだけ騒がしかったら起きちゃいますよね」

「と言うかずっと起きてました」

「いつからです?」

「最初から。気絶したフリでした」

「ちょ、それズルくないですか!?」

「あのざんすざんすうるさい狼男は何者なんです? あの太鼓の音と歌声とヘリとそこから光りながら飛び降りていた謎の人物たちと空を飛んでいた怪物は?」

 矢継ぎ早に捲し立てる葛原に、郷介はとうとう全てを話す決意をしたのであった。

 

 ル・ガルーは二人の仲間と合流すると、目当ての人物が目撃された場所へと向かった。しかしそこには既に誰の姿もなかった。

 周囲を調べてみると、彼らが追いかけていた人物たちとは別に、誰かがいた形跡が見つかった。つまりこの場所には直前まで合計四人の人物がいたことになる。

 臭いを辿って追いかけようとしたが、途中で完全にロストしてしまった。これ以上は手詰まりである。

「捜査はふり出しかぁ。ようやく尻尾を掴んだと思ったんだけどなあ……」

 ル・ガルーがボヤく。

 彼らが追ってきたのは、欧州各地に発生するモンスターを生み出していると思しき謎の男女だった。極東に向かったらしいとの情報を頼りに日本までやって来たのだが、間に合わなかったようである。

 日本の鬼の様子はどうだったかと仲間が聞いてくる。この周辺で何かのfestival(儀式)をやっていることは把握しており、それでル・ガルーが単身で偵察に出ていたのだ。

 ル・ガルーは答えた。

「とても素晴らしいfestival(お祭り)でしたよ。皆さんにも見せたかったです」

 

 魔化魍の大量発生は解決した。その裏に鬼たちの活躍があることは、誰も知らない。

 この一連の騒動の顛末を有耶無耶にするため、猛士に協力している政界やマスコミの関係者は随分と骨を折ったようだった。ネット上に出回ったいくつかの映像や写真、目撃証言はそのまま残っているため、海外を中心にフェイクかどうかの検証も行われているようだ。だが、いずれは広大なネットの海に沈み、本当に有耶無耶になってしまうだろう。そして未来永劫、虚実のあわいを彷徨い続けるのだ。

 一月末のある日、郷介はみちろうを連れて墓地を訪れていた。妻の命日が近いからだ。

 墓前に花を供え、線香を灯し、静かに手を合わせたあとで郷介はみちろうに言った。

「俺、父ちゃん失格なのかもな……」

 顔は墓石に向けたままだ。みちろうに話しかけていると言うよりは、亡き妻と対話をしている感じだった。

 あの時、一歩間違えれば三人とも死んでいただろう。大事な一人息子を危険に晒してしまった。しかも自分が引き寄せてしまったと言っても過言ではない。父親として失格だと、あれからずっと郷介は自責の念に駆られていた。

 みちろうは何も喋らない。

 郷介は糾弾してほしかった。父親失格だと容赦なく責めてもらいたかった。

「……よく分かんねーけどオレは父ちゃんのこと、すきだぞ」

 その一言に郷介の中で張りつめていたモノが切れた。それは嗚咽となり、涙とともに外へ溢れ出てきた。

「うわっ! どーした父ちゃん! 持病のシャクか!?」

「……ちげーよ。何処で覚えたんだよそんな言葉」

 冬晴れの空は何処までも高く澄み切っている。その下には、日常を取り戻した都会と人々の暮らしが賑やかに横たわっていた。 了




この話に関しては少しばかり解説をさせて頂きます。
かつて2ちゃんねるの「特撮!板」に建てられていた「【響鬼】鬼ストーリー【SS】」スレは、複数の作者様が同じ設定を共有するシェアードワールドでした。
海外にも鬼と同じような存在――狼男が所属する組織があり、モンスターと戦っているという設定は別の作者様が最初に書き始めたものです。私はその設定を使わせてもらい、高鬼SS終了後に欧州が舞台の話(こちらも完結済み)を書いていたことがありまして、ル・ガルーはその時のキャラの一人です(ただ、こんなキャラじゃなかったような気はします)。
オロチ現象終息の裏で全国の鬼が集結していたというシチュエーションは、これまた別の作者様(スレを最初に建ててSSを書かれた方)の設定です。私も当時、その方へのリスペクトを込めて同じ設定を使わせて頂きました。
こちらの方もハーメルンの運営側から「処罰の対象となるのは本文の一致である」として、現時点では問題はないとの見解を頂戴しております。
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