鬼ストーリー外伝   作:れぼたろ

8 / 11
八之巻 序

 関東地方のとある山中で、二つの異形が対峙していた。特徴的な角を有し、胸部に襷のような装甲を纏い腰には装備帯を締めたその姿は――鬼。

 漆黒の肉体を持った鬼――火斗鬼が、青紫に輝く肉体を持った鬼――響鬼へと向かって行く。

 迎撃のため響鬼は両手に握った音撃棒・烈火を大地に打ち付けた。地を走る音撃が火斗鬼に向かって真っすぐに伸びていく。

 火斗鬼は横へ跳んで躱すも、響鬼はそれを見越してか既に鬼棒術・烈火弾(れっかだん)の体勢に入っていた。間髪いれず飛んでくる矢のような炎を、火斗鬼も炎を纏わせた音撃棒・葉隠で払いのける。

「先手必勝とは限らないぞ、青年」

 突っ込んでくる響鬼に対し、火斗鬼は上空へ向けて鬼棒術・天狗を放った。火斗鬼を中心に、周囲へ炎の雨が降り注ぐ。

 だが響鬼は鬼棒術・烈火剣(れっかけん)を頭上で振るい、炎を弾きながら向かってくる。リーチの長い烈火剣を警戒し、後方へ跳躍して距離を開けようとする火斗鬼だったが。

「おおおおお!」

 烈火剣を展開していなかった「烈火 阿」の方を、響鬼は渾身の力で投げつけた。「烈火 阿」は火斗鬼の顔面目がけて一直線に飛んでいく。火斗鬼が取るべき行動は避けるか防御するかのどちらかしかないが、いずれにしろ隙は生まれてしまう。

 火斗鬼は「葉隠 吽」で飛んできた「烈火 阿」を弾くと、振り下ろされた烈火剣を「葉隠 阿」の方で塞いだ。だが利き手ではない方だったこともあり、徐々に力押しされていく。

 響鬼の口が大きく開いた。鬼幻術・鬼火が至近距離から放たれるが、同じ炎属性故に効果が薄いのか、火斗鬼はそれに耐えて防御を続ける。

 だが鬼火によって火斗鬼の視界が塞がれた一瞬に、響鬼は左手の甲から鬼闘術(きとうじゅつ)鬼爪(おにづめ)を生やすと、火斗鬼の胸部装甲を狙って殴りつけた。激しい火花が散り、火斗鬼の身体が勢いよくすっ飛ぶ。

「よし、ここまで」

 そう言うと響鬼は両の「烈火」を装備帯に収め、顔の変身を解除した。火斗鬼も同じように顔の変身を解除する。

「ありがとうございました」

 立ち上がったカトキは、そう言うと深々と頭を下げた。

「流石はヒビキさん。常時その気迫に圧倒されてしまいました。まだまだ精進が足りませんでした」

「いやいや、青年こそ大した判断力だと思ったよ。こちらの出す技に次々と対応していった」

「自分はカトキであります」

「や、悪い」

「……本題に入らせて頂きます。どうかヒビキさんのお力を我々にお貸しください」

 そう言うとカトキは、再び頭を下げた。

「頭を上げてくれ。……悪いけど俺は力を貸すことはできない」

「それは何故でしょう。自分がヒビキさんのお力を試すような無礼な真似をしたせいでしょうか?」

「そうじゃない。ただ、今は駄目なんだ。今があいつにとって一番大事な時期なんだ」

 ヒビキの脳裏には、弟子である桐矢京介(きりや きょうすけ)の姿が浮かんでいた。肉体だけでなく精神の方もつきっきりで鍛えてあげなければ、彼の場合、あまりにも危うかったのだ。

 許してくれとヒビキは頭を下げた。

 猛士最強の太鼓使いにそこまでされてしまった以上、カトキはもう何も言えなかった。

 

 弥生。一年の巡りはあっという間だと大人になると思い知ることになる。遠道郷介も同じだった。

 息子のみちろうは来月には小学四年生へと進級する。亡き妻と一緒にランドセルを買いに行ったのがつい昨日のことのように思われた。お隣に住む大月賢司も、無事高校三年生に進級できそうだという。

 郷介はと言うと、相も変わらず売れない作家を続けている。今も取材のために東北地方を訪れていた。やはりゴシップ系の雑誌の埋め草記事を書くためだ。まさか一年も経たないうちにまた来ることになるとは思わなかった。

 本音を言うと、知り合いに会うかもしれないので郷介としては東北行きはあまり乗り気ではなかった。親の耳に届こうものなら、また何を言われるか分からない。

 それでも仕事を引き受けたのは、春休みの家族旅行も兼ねてだった。

 レンタカーを運転し、釜石線と並走しながら道を進んでいく。助手席には担当編集の葛原礼華が乗っていた。珍しく今回の取材旅行に同行すると言い出したのだ。

「繁忙期もようやく終わって今ちょうど手も空いていますし、会社の金で東北旅行と洒落込ませて頂きます」

 部署にもよるだろうが、出版業界の繁忙期はだいたい一月から三月にかけてだ。葛原もストレスが溜まっているのだろう。

 後部座席にはみちろう、そして。

「滅茶苦茶のどかっスねえ。都会の喧騒を忘れるっつーんスか?」

 賢司も同行していた。今年から受験生なので春休みぐらい羽目を外したいとの希望から、郷介たちが東北へ行くと聞くや一緒に連れて行ってほしいと言ってきたのである。

「宿に着いて荷物を置いたら、早速取材に行きましょう。あなたたちもそれで構いませんね?」

「おう!」

「大丈夫っス」

 後ろの二人が元気よく答えた。葛原と賢司は初対面だったので何かトラブルが起きるのではとひやひやしたが、特に問題はなさそうだった。どうやら葛原が徹底して塩対応なのは郷介だけらしい。

「いや、先に食事にしませんか?」

 郷介が提案する。早くに都内を出発して、途中サービスエリアで休憩を挟みつつここまでやって来たわけだが、流石に空腹になってきた。時刻はとっくに正午を過ぎている。

「なんだ、父ちゃんはだらしないな」

「お前はお菓子を食べまくってるからだろ。あんまり汚すなよ、レンタカーなんだから」

 一行は最寄り駅までやって来た。ひとまず何処かに駐車して、歩いて飲食店を探すことにした。

「父ちゃん、あれ!」

 車から降りたみちろうが、駅前のロータリー付近に建っている像を指さして声を上げた。

「カッパだ!」

 岩手県遠野市――郷介たちが訪れた場所である。

 

 駅前のメインストリートを進んでいく中で、雰囲気の良さげな飲食店を見つけた。店の入り口の看板には「名物どぶろく」と書かれてある。

「どぶろく……」

「駄目ですよ遠道さん。まだこの後も運転するんですから。私は飲みますけど」

「葛原さん、こういう時はつきあって一緒に我慢するものなんじゃないんですか……?」

「何故です?」

 郷介と葛原がこのようなやり取りをしている間に、みちろうは入り口の扉を勢いよく開けていた。「いらっしゃいませ~」という明るい声が店内に響く。

 店内にはひと組だけ客がいた。入り口の方に向いて座っている男性が、郷介の姿を見て声を上げた。

「あなたは……」

「オニの兄ちゃんだ!」

 それは、昨年屋久島で出会ったシュンキという九州支部の鬼だった。シュンキの正面に座っていた男性――サポーターの夏目周一も郷介たちの方を振り返ると驚きの声を上げた。

「お知り合いですか?」

 そう尋ねる葛原に、郷介は猛士九州支部の鬼だと説明した。

 葛原は三ヶ月前の一件がきっかけで、猛士と魔化魍の存在について知っている。しかも意外なことに、彼女の方から猛士へ「歩」としての参加を申し出たのだ。面白そうだからという葛原らしい理由である。そういう意味では一年前の郷介も同じようなものだったが。

 折角なので一緒の席に座ることにした。夏目がシュンキの隣に移動し、更にその横にみちろうが座る。郷介は向かいの席に葛原と賢司に挟まれる形で着席したのだが、流石に狭いと感じた。それを見た店員が、他に客はいないからと入り口脇にある座敷席へ通してくれた。

「観光ですか? それともお仕事ですか?」

 互いに簡単な自己紹介を済ませると、郷介に向けてシュンキが質問してきた。あの時同様にヘッドホンで音楽を聴きながらである。

「取材旅行です。 お二人は観光ですよね?」

 九州支部の鬼が東北にいるなど、プライベートな理由以外は考えられなかった。ところが返ってきた答えは郷介と同じく仕事とのことだった。

「ここで東北支部の人と待ち合わせをしているんですよ」

 夏目が答えた。

 猛士東北支部は、福島県のとある霊山に居を構えている。しかし立地的な問題により以前から移転の話が多く出ていた。ここ遠野に聳える霊峰・早池峰山(はやちねさん)の麓も候補の一つであり、現在は出張所として最低限の設備が用意されていた。わざわざそこを指定したということは、この岩手県で何かが起きているのだろうとシュンキは解釈していた。

「あの、九州支部の鬼がわざわざ東北まで出向く理由って何です?」

「それは……」

 その時、入り口の扉を開けて一人の女性が来店した。

 その横顔を見て、郷介と賢司は絶句した。髪型こそ異なるが、それは紛れもなく――。

「せ、先生……!?」

 亡くなった筈の姫路舞だった。

 

「九州支部の皆さんですね! 私、鈴木綾子(すずき あやこ)って言います! こんなに大人数で来て頂けるなんてびっくりです!」

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことを言うのだろう。元気いっぱいに挨拶をしているのは、何処からどう見てもあの舞だった。

「ああ、九州支部から来たのは僕とこっちの彼だけです」

 夏目が言った。シュンキはと言うと、綾子の顔をじっと見つめていたが、おもむろにヘッドホンを外すと立ち上がって挨拶をした。

「珍しいね、シュン君がヘッドホンを外すなんて」

「僕の場合、大抵のことは耳で聞けば判断できますから」

「え?」

 一方、郷介と賢司は先程から呆然としたままだ。みちろうはと言うと、こちらも分かり易いぐらい目をぱちぱちさせていた。やはり今の状況が上手く呑み込めず思考が停止しているようだった。

「遠道さん、どうしました?」

「え? いや……」

 葛原の問いかけに対し、郷介は気の抜けた返事をするのが精一杯だった。

 夏目が自分たちの紹介を綾子にしてくれているのだが、それでも郷介は何も言えなかった。ただただ綾子を凝視している。

 他人の空似なのだ。当然である。郷介は葬儀に参列しているし、賢司に至っては死の瞬間に遭遇している。だが、それにしてはあまりにもよく似ていた。瓜二つだった。特徴的な大きな目も、白磁のように真っ白な肌も何もかも。

「あの、さっきから私の顔を見ていますけど、何かありましたか?」

「あ、いえその、知人とあまりにもそっくりだったもので、つい……」

 鈴を転がすような高い声と、ちょっと舌足らずな喋り方まで同じだ。ここまで一致していると本当に他人なのか疑わしくなってしまう。だが葬儀の際、舞に姉妹はいないということは確認していた。

「うわあ、そうなんですね。その人も私みたいに美人ってことかな? 是非会ってみたいですぅ!」

「その人は……既に亡くなってるっスよ」

 明らかに舞とは違う――そう納得できたのかようやく賢司が口を開いた。

「あ……変なこと言っちゃってごめんなさい!」

 深々と頭を下げる綾子に、気にしていないと郷介は言った。賢司は未だ複雑そうな表情をしている。

「それでは我々はこれで」

 微妙な空気を察したのか、シュンキは座敷から降りて靴を履きだした。夏目もあとに続く。彼らが店を出ていく時、綾子は何度も郷介の方を見ていた。それが何のサインなのか郷介には分からなかった。

「おどろいたなー。オレ、ゾンビかと思ったぞ」

 三人が店を出てから真っ先に口を開いたのはみちろうだった。

「俺、ここまで心乱されたのは初めてっス……。できるならもう二度とあの人とは会いたくないっスね」

 賢司は未だショックが続いているようだった。

「遠道さん、あの女性について説明をお願いします」

 郷介は昨夏に起きた出来事について、掻い摘んで葛原に説明した。

「そこまでそっくりなのですか? 私も古い友人に似ているなとは思ったのですが」

「まあ、世の中には自分にそっくりな人が三人いると言いますし」

 ちょうどそこへ、注文しておいた料理が届いた。葛原は宣言通りにどぶろくも注文している。

 遅めの昼食は、会話が弾むことなく淡々と進んでいった。




ここまでが当時スレに投下した分のセルフリメイクとなります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。