鬼ストーリー外伝   作:れぼたろ

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八之巻 破

 早池峰山の麓に建つ猛士東北支部出張所の表の顔は、観光客を当て込んだ土産物屋兼定食屋だ。そのカウンター席で一人の男が真っ昼間から地酒を飲んでいる。

「また飲んでるんですか、タテワキさん。これから他の支部の方々と顔合わせだというのに」

「そう言うなって。谷垣も飲め」

 谷垣と呼ばれた男は、タテワキと呼ばれた男の隣に座るとコップに注がれた酒をひと息で飲み干した。これで飲酒を咎められても、タテワキだけが恥をかくことはなくなった。

 タテワキは東北支部に所属する弦の鬼である。年齢は三十代半ば。関東支部最古参のサバキとそう歳は違わない。東北支部は呪術に明るい鬼が多く集っているという特徴があるが、タテワキもその例に漏れず禹歩(うほ)と呼ばれる大地を清める歩行術を身につけている。その技術を活かして、手の空いている時には鬼剣舞(おにけんばい)という地元の伝統行事で踊り子をやっているそうだ。谷垣信繁(たにがき のぶしげ)は彼と行動を共にするサポーターである。

 店は今日からしばらくの間、臨時休業となっていた。そのため、他の支部の鬼たちは裏の勝手口から入ってくる筈である。

「ここが東北支部の出張所だね」

「古いお店。外も、中も」

「でも何か」

「いい感じ」

 どうやら早速やって来たようだ。現れたのは一組の男女である。まだ少年少女と言っても構わないくらい年若く見える。

「東北支部の谷垣です。こちらはタテワキさん」

「僕たちは」

「中部支部から来ました」

「「ソウキです」」

 最後は二人してハモった。どちらがソウキなのかと尋ねると、二人ともだとやはりハモりながら返してきた。

 双鬼(ソウキ)という名は、代々双子の鬼が継承する名前なのだという。かつての日本では双子は「畜生腹」と呼ばれ忌み嫌われ、片方は間引かれるのがザラだった。まつろわぬ民が多く参加していた中世の猛士においても、双鬼の名を継承できる存在は稀であり、中部支部に数百年ぶりに誕生した双鬼が二卵性双生児のこの二人だった。

「お前ら、その喋り方はどうにかならんのか」

「そんなこと言われても僕たち」

「私たち」

「小さい頃からずっとこんな感じなんで」

「今更どうすることもできません」

「「ご了承ください」」

 二人揃ってぺこりと頭を下げるソウキに向かって、タテワキは「いいよいいよ、分かったから」と言うとまた酒をひと口飲んだ。

「中部支部の人ならカチドキさんが迎えに行った筈ですよね」

「あの人なら」

「私たちをここまで送ると」

「「また出かけちゃいました」」

「あいつ今日シフトだったか。大変だな」

 東北支部の主だった鬼は、オロチ現象に端を発した全国的な魔化魍大量発生の際の戦いで負った傷や後始末のせいで、身動きが取れずにいた。そのため今回の任務は各支部に助力を求めることとなったのだ。

 何処の支部も同じようなものだったが、それでも北海道支部、北陸支部、中部支部、九州支部から人員を派遣してもらえることとなった。これにタテワキ、そしてカトキを加えた七人で任務に当たることになる。

 次に現れたのは、北陸支部のリンキとそのサポーターの栗生えりだった。二人を案内した鬼も、やはりすぐに次の現場へ向かって行ったという。

 その次に現れたのが、カトキと彼に案内されてきた北海道支部の女性である。眼光鋭く、射るような気配を周囲に撒き散らす女性だった。

「お嬢ちゃん、殺気出しすぎ。ここに敵はいないし、現場でもそんな感じだったら魔化魍が警戒して寄ってこないでしょ」

 そう言うタテワキを睨みつけると、女性は喧嘩腰に言った。

「あたしはあたしの好きなようにやる。オッサンは黙ってな」

「可愛くないねえ。俺はタテワキ。お嬢ちゃんの名前は?」

「……あたしはミユキ。言っておくがお嬢ちゃんじゃあない。二度とそう呼ぶな!」

「はいはい。カトキもお疲れさん。こんなじゃじゃ馬の送迎は大変だったろ」

「いえ、自分は任務をこなしただけであります」

 次はじゃじゃ馬かよとミユキが苦々しげに言った。

 だがいくら待っても、残った九州支部の鬼は現れなかった。そこへ迎えに行っていた鬼から連絡が入る。待ち合わせに指定していた店には誰もいなかったとのことだった。

「分かりました。そのまま任務に戻ってください。あとはこちらで……はい、はい。では失礼します」

 通話を終えると、谷垣は「何か起きたようです」とだけ告げた。

「僕たちで探しに行きます?」とリンキが言った。

「そうだな。支部長には俺の方から連絡しておくから、皆は遠野駅まで行ってくれ」

「何であんたが仕切ってんのさ」

 突っかかってくるミユキに、タテワキは「俺が最年長だからな」とだけ告げた。

 タテワキ以外のその場にいた面々は、遠野駅へと向かって行った。全員が出て行ったのを確認すると、タテワキは携帯電話を取り出して何処かへと掛け始めた。

 

「あんた、さっき関東支部へ行ってきたって言ってたわよね。詳しく聞かせてよ」

 ミユキは今、カトキの運転する「天外」に二ケツして遠野駅へと向かっている。その最中、ミユキは東北支部出張所へ向かう道すがら聞いた話について尋ねた。

 カトキは、ヒビキに直接協力を要請しに行ったのだと答えた。オロチ現象の際、カトキは儀式のために磐座を叩く響鬼の姿を見て鬼気迫るものを感じ、いつか手合わせをしてみたいとずっと思っていたのだそうだ。だからこれ幸いと協力要請にかこつけて手合わせをしに行ったのだという。

「結局断られてしまいましたが」

「あんた、真面目そうに見えて思い切ったことするじゃない。気に入ったわ」

 あれから二ヶ月が経過したが、オロチ現象の爆心地とでも言うべき関東では今もゴタゴタが続いていた。オロチ現象の邪気に当てられ、強大な魔化魍の復活が各地で予測されたからだ。実際、装甲響鬼が儀式を敢行している最中、芦ノ湖の方ではクズリュウ(九頭龍)という強大な魔化魍が復活を遂げており、こちらは小暮耕之助の呼びかけに応じて全国から駆けつけた鬼のOBたちによって祓い清められている。ヒビキ以外の鬼も、東北まで応援に行く余力は残念ながらなかったのだ。

 江戸幕府の重鎮だった慈眼大師(じげんだいし)天海(てんかい)が帝都に施した結界のお蔭で最低限の被害で済んでいるが、最悪な場合首都壊滅は免れなかっただろうと吉野総本部は今回の一件を総括している。誰もが大きな爪痕の残る中で、必死でかつての日常を手繰り寄せようとあがいているのだ。

「関東支部のことが気になるのですか?」

「……あたしの師匠が関東支部の鬼なんだ」

 彼女の師の名はフブキ(吹雪鬼)。関東支部に所属する菅使いの女性の鬼だ。昨春まで関東支部で戦っていたが、その後管の鬼が手薄な北海道支部へと出向し、魔化魍退治と並行して若い管使いの鬼のトレーナーを務めている。

 出発前、もし関東支部の鬼に会ったら宜しく伝えてくれとフブキから言われていた。特にエイキという鬼だった場合は念入りにとも言われていたが、その理由はミユキには分からなかった。

 と、ミユキの携帯電話にメールが入った。確認してみるとタテワキからで、行方不明になっている九州支部の鬼についての情報だった。名前はシュンキ。サポーターと共に東北を訪れているとのことだった。ポジションは特別遊撃班。シフトに関係なく行動し、他の鬼に加勢したり独自に魔化魍を追うことができる。屋久島での一件のあと、シュンキ自身が提案しその役目を買って出ていた。他の鬼と共闘することで経験を積みたいというのが理由である。

「ねえ、あんたもこんな専用のバイク貰ってるってことは、遊撃班なんでしょ」

「肯定です。自分はかなり早い段階から東北支部で特別遊撃班として独自行動を取っています」

「ふぅん、エリートなんだ……」

 そこから駅に到着するまでの間、会話は途絶えてしまった。

 

 遠野駅周辺を手分けして探してみたが、シュンキと夏目の姿は何処にも見当たらなかった。周辺の店も一軒一軒訪ねてみたが、何ら手がかりは得られなかった。

 待ち合わせに指定されていた店では、昼過ぎにそれらしい客は来ていたとの情報を得ることができたがそれ以上は何も分からなかった。

「一緒に話をしていた人たちってのが気になるよね。成人の男女がひと組に高校生ぐらいの男の子と小学生ぐらいの男の子……親子連れかな?」

 リンキが栗生に尋ねる。

「そのあとにやって来たっていう若い女性も。芸能人だと石原さとみみたいな人だったって話だけど」

「その石原さとみが怪しいわね。ううん、と言うか家族連れも怪しい。これは難事件よ。名探偵クリちゃんの灰色の脳細胞がギュンギュン活性化しているわ!」

 だからといって事件を解決に導くような閃きが降りてくるわけでないことを、リンキは重々承知していた。ただ言いたいだけである。

「とりあえず他の皆さんと合流しよう」

 リンキに促され、合流場所に指定された駅前のカッパ像へと向かう。そこには既に聞き込みを終えた谷垣とソウキたちが待っていた。

「お疲れ様。そっちはどうだった?」

「目撃情報はあったんですけど、その後の足取りまでは……。谷垣さんたちの方は?」

「こちらは何も手がかりは掴めなかった。カトキさんたちの方もおそらく同じだろう」

 遅れてカトキとミユキもやって来たが、谷垣の予想した通りの結果だった。

「これはミステリーよ! まさに現代の神隠しだわ!」

「ちょっとあんた、騒がし過ぎるんじゃあないの?」

 ミユキが呆れたように言う。だが栗生が口にした神隠しという単語に、谷垣は内心ドキリとしていた。実は東北支部の管轄内では、この二ヶ月の間に大量の行方不明者が出ているのだ。しかも一切の痕跡が残っておらず、それは文字通り神隠しとしか言いようがなかった。

 一度出張所へ戻ろうという谷垣の提案に従い、一行は引き返していった。

 

 宿に荷物を置いた郷介たちは、まだ明るいうちに取材をある程度進めておこうと、再びレンタカーに乗って市内を回り始めた。午後5時過ぎには真っ暗になってしまう。

 伝承園のような施設は翌日にゆっくり回るとして、まず一行は恋愛成就のご利益があるとされる卯子酉(うねどり)神社へと向かった。

 今回郷介が書く記事の内容は、『遠野物語』を絡めた現地の観光案内という、今までと比べると非常にまともな内容のものだった。

『遠野物語』は民俗学者・柳田國男(やなぎた くにお)の手による、遠野地方の伝説や風習、実際に起きた怪事件を記録した説話集である。平成22年には刊行から百周年を迎えるとのことで、今から関係各所は準備に余念がなく、葛原の出版社のように便乗を目論むところも現れていた。

 鳥居を潜り抜け、神社の境内へと足を踏み入れる。そこに広がる光景に、郷介は思わず息を呑んだ。

 境内の一角、小さな社の脇にある樹々の間に張り巡らされた縄に、無数の赤い布が結びつけられていた。

 この神社では恋愛成就のために、願い事を書いた赤い布を左手で縄に結びつけるという風習があるのだそうだ。つまり境内にぶら下がっている布は全て誰かの願望の欠片であると言える。

 近づいてよく見ると、日光や風雪に晒されて変色した布も多く見られた。それだけの長い年月、ずっとここにあるのだ。この布を結んだ人物の願いは叶ったのだろうか。

「こりゃ凄いっスねえ。まるで赤いベールみたいだ」

 賢司が漏らす。確かに、ぱっと見た感じ赤い幕が張られているように思える。人によっては綺麗だと思うだろう。だが郷介は、これ全てに生々しい情念が宿っているかと思うと恐怖を感じてしまった。

 みちろうの監視を賢司に頼むと、郷介は写真を撮り始めた。

「試しに遠道さんもやってみたらどうです?」

 そう言いながら葛原が近づいてきた。手には授与所で購入してきたと思しき赤い布が握られている。

「それもそうですね。ありがとうございます」

「百円です。貸しにしておきますから」

「あ、はい……」

 それぐらい奢ってくれてもいいのにと思ったが、口には出さず布を受け取る。

 何を書こうかと少し悩んだが、あえて叶う筈のない願いを書いてみることにした。左手のみを使って縄に結ぼうとするが、これが結構難しい。不器用な人間は恋愛をする資格がないとでも言いたいのだろうか。時間をかけて、いびつながらもどうにかこうにか結ぶことができた。

「何を書いたんです」

「それは流石に葛原さんにもお答えできません」

 ひと通り取材を終えると、一行は神社をあとにした。

 

 次に一行が向かったのは、神社からほんの少し先にある五百羅漢(ごひゃくらかん)である。江戸時代に遠野地方を大飢饉が襲った際、一人の僧が供養のため、山中の岩に五百もの羅漢像を彫ったという。

 山中はまだ雪が残っているため、一行は長靴に履き替えて山へと向かった。

 雪を踏み分けて山中へと入っていく。そんなに奥まで入る必要はない。ものの十分もすれば、五百羅漢まで辿り着ける。

「おー、岩だらけだな!」

「こら、走っちゃ駄目だぞ」

 目の前には苔むした多数の岩が、雪を被って鎮座していた。五百羅漢はこの山にある大小さまざまな岩の表面に彫られてあった。ただ雪が積もっている関係で、まともに見られる物は少なかったが。

「彫ってあるって言うから彫刻みたいなのをイメージしてたんスけど、線が彫られてあるだけなんスね」

 五百羅漢像は彫刻のように立体ではない。岩の表面にまるで絵筆を走らせたかのような線が彫られてあるというのが実情だ。個人で五百もの数を用意する以上、手間はかけられなかったのだろう。ただ、こちらも風雪によって像が薄くなっている物も見受けられた。

 郷介が写真を撮っていると、少し離れた木立の傍に誰かが立っているのが見えた。観光客だろうか。

 よく見るとそれは、鈴木綾子と名乗ったあの女性だった。彼女もまた、郷介の方をじっと見ている。シュンキたちと共に東北支部へ向かった筈なのにどうしたのだろう――そう思って郷介が近づこうとすると、綾子はその場からいなくなってしまった。

「遠道さん、そろそろ日が暮れますよ」

 背後から葛原に声を掛けられ、郷介ははっとした。

「どうしました。野生動物でも目撃しましたか?」

「いや、そういうわけじゃないです」

 あれは幻だったのだろうか、そう郷介が感じるのには理由があった。綾子の顔は、昼間会った時は舞と瓜二つだった。だがさっき見かけた時は、どちらかというと……。

 もやもやした想いを抱えながら、郷介は山を下りた。

 

 翌朝、宿をチェックアウトすると、郷介たちは残りの観光スポットを巡り始めた。

 カッパ淵、伝承園、遠野市立博物館と回って、最後に続石(つづきいし)を見学に訪れた。続石を最後に持ってきたのは山登りをすることになるからだ。もっとも、本格的な装備が必要というわけではないが。

 残雪に覆われた雪道を15分ほどかけて登り、ようやく辿り着いた続石は実に奇妙な姿をしていた。二つの岩の上に、まるで蓋をするかのようにもっと大きな岩が横たわっているのだ。幅7メートルはある巨岩だ。

「これ、自然のものなんスか? 誰かが置いたとしか思えない……」

「『遠野物語』によると、あの武蔵坊弁慶(むさしぼう べんけい)が載せたって言い伝えがあるらしいけど……。こら、みちろう! 上ろうとするんじゃない!」

 ちょっと目を離すとすぐこれである。

「そう言えば『遠野物語』には、この向こうの山で怪しい男女に遭遇して殺された人の話もあったな」

 それはやはり魔化魍の童子と姫だったのだろうか。そんなことを考えていると、葛原が肘で小突いてきた。

「ちょ、何です葛原さん!?」

「遠道さん、そういうのは口に出すと実際に出てくるって聞いたことありませんか?」

「俗信でしょ!?」

 と、葛原がこちらを見ずに一点を凝視していることに気づく。視線の先を追ってみると。

 奇怪な風体の男女――魔化魍の童子と姫が不気味な笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「うおおっ!」

 童子と姫に気づいたのか、みちろうが叫びを上げる。それを合図とするかのように、童子と姫が動き始めた。

「逃げろ!」

 郷介が叫ぶ。葛原が、みちろうの手を引いて賢司が一目散に駆け出した。まさか奥山でも何でもないこのような観光地にまで出てくるとは思わなかった。と、郷介の耳に懐かしい声が聞こえた。それは確かに「こっちに逃げて」と言っていた。

 ふいに郷介の腕が引かれた。そのまま斜面を転落していく。悲鳴を上げる間もなかった。

 

「遠道さんは!?」

「分かりません!」

 必死で下山しながら賢司が叫ぶ。山を下りれば追ってこないという保証はないが、それでも今は逃げるしかない。

「おろっ!」

 雪に滑り、賢司がバランスを崩した。背後からは童子と姫が迫ってきている。万事休すかと思われたその時、大きな何かが回転しながら後方へ向けてすっ飛んで行った。

 悲鳴が上がる。振り向くと、姫の胸に幾何学模様がペイントされた一本のギターが刺さっていた。間髪入れず姫は爆発し、残った童子は怪童子へとその姿を変える。

 地面に落ちたギターを怪童子が拾い上げる。だがその腕を、いつの間にか接近していた一人の鬼が掴んで締め上げた。

「僕の『降魔』だよ。気安く触らないでほしいなっ!」

 そう言うと鬼――燐鬼は怪童子の赤ら顔を殴り飛ばした。その甲には鬼爪が生えている。顔面を抉られた怪童子はそのまま絶命し、爆発四散してしまった。

「ふう、まさかこんな所にヤマビコの童子と姫が出るなんて……。皆さん、大丈夫でしたか?」

「はい、助かったっス」

「あれ、驚いてないみたい? それに何処かで見た人が……」

「リンくーん! 大丈夫ー?」

 そこへ大声を上げながら栗生がやって来る。

「あ! 去年会った編集者の人!」

「そういうあなたはあの時の身分詐称女」

「葛原さん、お知り合いっスか?」

 意外な再会である。既に猛士について知っている葛原は、栗生の登場からこの鬼の正体もある程度当たりをつけることができた。まあ堂々とリンと呼ばれていたのでま ず間違いないだろうが。

「なあ、父ちゃんどこだ?」

 みちろうのそのひと言で、郷介が何処にもいないことを一行はようやく把握したのだった。

 

 葛原、賢司、みちろうの三人は事情聴取のために早池峰山麓の出張所へとやって来ていた。続石の周辺はリンキからの知らせを受けた東北支部の鬼が、周辺の調査と魔化魍の退治を引き継ぐことになったのでまあ大丈夫だろう。

 問題は郷介の行方である。来た道を引き返したが何処にも姿がない。ヤマビコの魔化魍は人間の喉を食らうので、襲われたとしても死体が残っていないのは不自然だった。

「まーた神隠しかぁ」

「また?」

「東北支部では、魔化魍に襲われたにしてはあまりにも多くの人が行方不明になっているんだそうです。僕たちが応援に来たのも、それ絡みだって聞いてます」

 栗生に代わってリンキが説明した。今日の二人は能登の時と同様にペアルックを着ているが、栗生は白、リンキは黒のシャツだった。

「問題は遠道先生の行方よね。でもあれだけ探しても見つからないなんて何処へ行っちゃったのかしら」

 捜索にはディスクアニマルも用いられたが、浅葱鷲の目を以てしても郷介を探すことはできなかった。他に打つ手はないと思われた。が。

「そんな時は」

「私たちにお任せ!」

 いつの間にか戻ってきていたソウキの二人が自信満々に告げた。

「誰です、あなたたちは。遠道さんを探せると言うのですか?」

 男性の方のソウキ(どうやら弟らしい)が、変身音叉を使って一枚のディスクアニマルを起動した。やけに大きなディスクだ。従来のそれよりもひと回り大きく見える。

 起動したディスクアニマルは四つ足の獣の姿となり、ガチャガチャと大きな音を立てながら動き出した。見た目こそ緑大猿に近いが色々と細部が異なっている。

「おおー、スゲー! へんけいロボだ!」

 みちろうが興奮しながら言った。

「ロボじゃないよ。これは翡翠熊(ヒスイグマ)

「私たちのパートナー」

 翡翠熊は、吉野にて試作品が開発されたばかりの新型である。野生の熊の嗅覚は訓練された警察犬のそれを遥かに上回っており、獲物の匂いを辿って何処までも追っていく。このディスクアニマルもまた嗅覚に特化しており、僅かな匂いを頼りに目標を追跡することが可能だ。ただし嗅覚センサー搭載の都合上、他のディスクアニマルより大型且つ重量級になってしまっているが。

「はは~ん、なるほど。中部支部がこの二人を派遣した理由はこれね」

「もちろんそれもあるけど」

「私たちも強いよ」

「「ねっ」」

 最後の台詞は、二人で顔を見合わせながら言った。

 ソウキの提案で、早速郷介の匂いを翡翠熊に覚えさせ、改めて続石周辺の捜索をすることになった。

「じゃあ僕たち」

「行ってくるね」

 そう言うとソウキの二人は出張所を出て行った。あとはあの姉弟に託すしかない。

 その頃、外に出ていたタテワキはリンキから届いた報告のメールを見ていた。どうやら猛士の関係者が山中で失踪したらしく、その匂いを手がかりにソウキが捜索に当たるとのことだった。

 予想外の出来事だが、逆にこれは有利に転ぶかもしれないと思った。

「どうしました?」

 自販機で飲み物を買ってきた谷垣が尋ねた。

「定時連絡。そっちのケータイにも来てるんじゃないか?」

「あ、本当ですね」

 谷垣から渡されたブラックの缶コーヒーはホットだったが、タテワキは構わず一気に飲み干した。

 

 その夜、東北支部出張所の客間では葛原、賢司、みちろうの三人が寝泊まりしていた。本来は続石の取材を終えたあとに東京へ戻る予定だったのだが、郷介を残して帰れないと三人ともここへの滞在を希望し、タテワキが便宜を図ったのだ。

「父ちゃん、ちゃんとねてるかな」

 横になったまま眠れないでいるみちろうが、ぽつりと呟いた。

「無事を祈ることしかできないもんな。もどかしいけど」

 賢司もまた、眠れないでいた。葛原は既に気持ち良さそうに寝息を立てている。春休みの自分たちと違って葛原は戻らなくても大丈夫かと賢司は思ったが、そう尋ねたところ事後承諾で有休にさせたと告げてそのまま寝てしまったのである。

 同じく出張所内の資料室では、許可を取ってカトキとミユキがオロチ現象の発生前後から今日に至るまでの報告書を洗い直していた。東北全域のため、その量はかなりのものだ。

「行方不明者数は今日の遠道って人を含めて138人。年齢も性別も出身もバラバラ。魔化魍の仕業にしては不自然な点もあるし……本当に何が起きてるのよ」

 ボヤくミユキに、カトキが言った。

「一つだけ行方不明者には共通点があります。いずれの事例も最後に目撃された場所は山中、辻、坂、トンネル、橋、海上と……」

「ああ、『境界』か」

 カトキが挙げた場所は、いずれも民俗学において異界との境界とされている場所である。

「じゃあ本当に神隠し……つまり行方不明者は異界へ迷い込んじゃったと?」

「今から33年前に関西支部の鬼が隠れ里へ迷い込んだという記録を閲覧したことがあります。当事者は小暮耕之助開発局長、他三名」

「小暮ってあの? あのオッサン、話を盛るって有名じゃない。たとえ公的文書でも信用できないわよ」

 だが他に何か良い説明があるわけでもない。ソウキが何か手がかりを発見できれば進展はあるのだろうが。

「ねえカトキ。あんたは知ってるんじゃないの? わざわざ他支部の鬼を動員してまでやらなきゃならない任務っての。そう――あたしたちが力を合わせて戦わなければならない相手について」

 日本各地で暗躍をしているという謎の男女は、オロチが鎮まってから何一つ動きを見せていない。それとも拠点を東北に移して何か悪だくみをしているのだろうか。

「それは俺から説明するわ」

 まるで見計らったかのようにタテワキが資料室に入ってきた。彼も今夜は出張所に残って待機していたのだ。

「お疲れちゃん。あんま根を詰めるなよ」

「はっ、ありがとうございます。……話してしまっても宜しいのですか?」

「構わねえよ。あんたも聞いたことあるだろ。オロチの時に関東支部の管轄でクズリュウって魔化魍が復活しかけたって話」

 ミユキは頷いた。

「俺も支部長権限でデータベースの中でも特にヤバめの記録を閲覧させてもらったことがあるんだけどさ、昭和50年代には色々と厄介な魔化魍が現れたらしい」

 アクル(悪樓)、鞍馬山僧正坊(くらまやまそうじょうぼう)大山伯耆坊(だいせんほうきぼう)、スクナオニ(宿儺鬼)、金毛玉面九尾狐(こんもうぎょくめんきゅうびぎつね)と、ほんの10年足らずの間に記紀神話に名を連ねるような魔化魍が立て続けに日本各地で出現したのだそうだ。中には、あの男女による人為的なものもあったようだが。

「あの時代、社会情勢が不安になった影響で魔化魍が去年と同じレベルで頻出していたそうなんだ。で、そういった過去の事例もあったから東北支部の管轄内に封印されているヤバい魔化魍が復活してるんじゃないかと調査してみたら……」

「復活していたの?」

「と言うよりいなかったんだよ」

「は? いなかったってどういう意味よ」

 その魔化魍が封印されていると記録に残る津軽地方を徹底的に調査したところ、該当箇所がごっそりなくなっていたのだとタテワキは言った。

「ごっそり何もかも。封印の場所を示す祠があったらしいんだけど、そこを中心に半径百メートル圏内が樹も草も石も、綺麗さっぱり消失していたんだ。嘘みたいだろ?」

 そう言うとタテワキは携帯電話を取り出してミユキに見せた。そこには更地が写されていた。

「クレーターになってるわけじゃないから爆発が起きたわけじゃない。そもそもそんな記録、現地には残ってない。こりゃ何かあったなと支部では大騒ぎになったが、じゃあ何が起きたのか分からない。吉野への報告も有耶無耶になっちまった」

「つまり、そのヤバい魔化魍を探して退治するのがあたしたちが集められた目的ってわけね」

「そういうこと。ただ、行方不明者が大量に出ているものの因果関係は証明できないし、それ以外は何も起きてないからな。だから詳細な理由も話せなかったんだ。それでも五人も集まってくれて助かったぜ。一人行方不明だけどな」

「失礼ながら、サポーターの夏目氏も含めて二人かと思われます。それに栗生氏も数に含んでおりません」

「そうだったそうだった、悪かったな。……まあそういうわけなんだ。納得できたか、お嬢?」

 相変わらず名前で呼ばないタテワキにイラつきを感じるミユキだったが、ひとまず礼を述べておいた。封印されていた古の魔化魍、もしこれを退治することができたら――そう思いミユキは決意を新たにするのだった。

 

 郷介が目を覚ますと、そこは真っ暗な空間だった。よく見ると何か光り輝いている。これは、星だ。つまり郷介は仰向けになって寝転がっていることになる。

 起き上がり周囲を見回すが誰もいない。確か自分は斜面から転落した筈である。つまりここは続石がある山の中ということになる。

 少し歩けば車道に出られるかもしれない――そう考えた郷介は歩き始めた。携帯電話の明かりをライト代わりに足元を照らしながら進んでいく。

 自分は誰かに腕を引かれた筈だが気のせいだったのだろうかと郷介は思った。腕時計を見るが故障してしまったのか針は動いていない。携帯電話も表示がおかしくなっており、通話も不能となっている。みちろうたちは今頃どうしているだろうと心配になった。

 と、明かりが見えた。車の明かりではない。おそらく人家があるのだろう。小走りに駆け寄ると、それは紛れもなく人家だった。ただ異常に古い家屋だ。今朝見学に行った伝承園の敷地内に移築されている、明治期の古民家と同じぐらいの古さに見えた。

 インターホンは無い。郷介は入り口の扉を叩き、声をかけた。

「すいません、誰かおりませんか? 助けてください!」

 返事はない。だが、扉に手をかけるとスッと開いた。郷介は中に入ってみることにした。不法侵入で通報されたとしても、このまま遭難するよりは遥かにマシだった。

 中を探索する。意外と広い。各部屋には明かりが灯っているが人の気配は皆無だった。留守なのだろうか、だとしたら何と不用心なのだろう。

 とある部屋から何かいい匂いが漂ってきたので入ってみると、そこには食卓が置かれてあった。その上には綺麗な重箱に入れられた豪華な料理が並べられている。漆塗りの高そうな椀に入ったご飯や汁物は、今作ったばかりのように湯気を立てていた。

 ――まさかここはマヨイガか?

 郷介の脳裏にマヨイガ(迷い家)という単語が浮かんだ。『遠野物語』にも登場する山中異界のことだ。話では豪邸だった筈だが、それでも料理など他の要素は一致している。

 試しに縁側から外へ出ようとしてみたが、玄関と違いガラス戸はピクリとも動かない。次に郷介は玄関へと戻ってみたが、扉は一切開かなくなっていた。

 郷介は考えた。ここが伝承通りにマヨイガなら、脱出方法は分かっている。だがこのまま外に出るのとどちらが危険なのだろうと。

 腹の音が大きく鳴り響いた。郷介は出された食事を食べることにした。我ながら凄い度胸だと思う。昨年に色々と体験した賜物だろうか。

 煮物をひと口食べた郷介の箸が止まった。この味、郷介には食べた覚えがあった。とても懐かしいこの味は……。

「お口に合いましたか?」

 いつの間にか、傍に女が立っていた。

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