ありふれた職業で世界最強~破壊の意思~   作:山上真

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プロローグ

 アル・ワースにおける法と秩序の番人――魔従教団。

 智の神『エンデ』とアル・ワースの大地を信奉する彼らは、教主・導師・法師・術士で構成されている。

 しかしながら、この世界の魔法『ドグマ』を極めた者が就く事が出来ると言われている最高指導者たる教主は、三千年の歴史を紐解いても設立以来この座に就いた者はなく空位のままである。

 よって、導師が事実上の最高責任者となっている。その役割はエンデの意思を教団員に神託として告げ、代行すること。

 法と秩序の番人であるからには争いを鎮めることもあり、実働部隊の指揮官として術士たちをまとめる立場にあるのが法師。

 教団内で最も多いのが一般的な構成員たる術士であり、ドグマを修めた証として『〇〇の術士』という二つ名を冠する。幼い内に各地からスカウトされてくることも決して珍しくはない。

 アル・ワースの中央に存在する巨大な樹『真実の世界樹』を聖地とし、アル・ワース各地の地脈に建造された神殿を本拠地としており、普段はドグマの研究と研鑽の日々を送っている。

 しかし、それらは決して真実ではなかった。

 崇めていたエンデの正体は神などではなく、むしろその真逆――魔獣であった。

 教団もその実はエンデの好物たる負の感情の収集のために存在しており、アル・ワースの戦乱をコントロールし、不要な戦いを引き起こしたり罪もない人々を容赦なく弾圧するなど、法と秩序の番人とはかけ離れた凶行を裏で働いていたのだ。

 構成員の大半はエンデの意思とシンクロする『破壊の意思』を持つ異界人で占められており、記憶の改竄により幼少期から教団で修練を積んできたと思い込まされていた。

 だが、先の戦乱でエンデは討たれ、教団はその支配から解放された。精神制御されていた者たちは各々が自由意思を取り戻していった。

 それは、決して喜ばしいことばかりではない。エンデが討たれようと争いは起こるのだ。相手は人間であったり野生の魔獣であったりと様々だが。

 当然、教団はそれを鎮めるために動かねばならないのだが、問答無用で異界より拉致されてきた者たちが元居た世界への帰還を望むのは自然なことであった。齢を重ねた者はまだしも、年若い者たちは大半が早期の帰還を願った。……正常化した組織なればこそ、それを拒むことなど出来る筈もない。

 それに、『争いを鎮める』と一言で言っても、その度合いはまちまちだ。中には命がけのものもある。そんな場所に意志薄弱な者を向かわせたところで役には立たない。

 結果、教団は人手不足に陥った。

 エンデが討たれたことにより大枠ではプラス方向に傾いたが、それほどの戦乱だ。爪痕やら何やらは大きい。

 そんな、人の減った魔従教団の廊下を一人の男が歩いていた。名をラピス・ラズライト。『青金石の術士』の二つ名を冠する異界人である。

 彼もまた元居た世界への帰還を希望していたが、他と違い特段急いではいなかった。正確には、帰る前に生身における更なる実力をつけることを望んでいた。

 ラピスの元居た世界には教団の用いるオート・ウォーロック――いわゆるロボットである――など存在していない。銃火器も存在しない。魔法はあるが、それとてドグマに比べればお粗末なもの。そして何よりも、『客観的に見ればエンデに支配されていた頃のアル・ワースと似ている』という環境が大きい。

 崇められる神と崇める教会。それだけならばまだしも、神託を受けた教会は精力的に動き回り、一国の王とてその意向を蔑ろには出来ない。そして神託の下、人間族は亜人種である魔人族と戦争を繰り広げているのが実情だ。歴史を紐解けば、吸血鬼族や竜人族も滅んでいる。確かな権勢を誇った種族が滅びるなど生半な事では不可能だろう。詳しい経緯は分からぬまでも、教会とその裏にいる神の関与を疑わずにはいられない。

 召喚され、エンデの尖兵として動き回り、その上で先の戦乱を生き残った。だからこそ、ラピスは客観的に元居た世界を見ることが出来た。――出来るようになってしまったのだ。

 家族との再会は望むところだが、元居た世界の異常性を鑑みればこのまま帰るのは躊躇われた。帰ったところで異端審問にかけられる可能性は決して否定出来ない。

 よって、ラピスは実力の向上を目指した。一種の現実逃避ではあったが、一面においては正解でもあった。

 ドグマには『破壊の意思』が必要不可欠。非常に曖昧な『破壊の意思』だが、それは『現状を打破しようとする意思』と言い換えることも出来た。所詮は推測だが、あながち間違いとも言い切れない。

 ラピスは詳しいことを知らないが、滅ぼされたエンデに代わり希望の神『ホープス』がその座に就き、アル・ワースを支えているとは聞いている。件の神は喜びや愛、希望といった正の感情を好んでいるとも。

 エンデが滅んでもなおドグマを使用出来る事実にそれらが相俟って、先の推測を補強する要因ともなっていた。

 早期の帰還を望まなかったラピスは教団より鎮静の助力を乞われ、それを了承したことであっちこっちを巡っていたのだ。一段落ついたこともあり、今日はその報告である。

 導師の執務室へと向かうラピスの視界に、反対側から歩いてくる者たちの姿が映った。

 男と女の二人組。未だ年若いその二人を知らぬ者など現在の教団にはいなかった。それもその筈で、二人は先の戦乱におけるエンデ討滅の立役者だ。

 男の方はイオリ・アイオライト。二つ名は『菫青石の術士』。

 女の方はアマリ・アクアマリン。二つ名は『藍柱石の術士』。

 この二人と、ラピスは面識があった。二人が教団より脱走する以前、部隊を共にしたこともある。互いに『青』を冠していることもあり、特にイオリとは会話することも多かった。

 

「イオリとアマリか。久しいな。……そう言えば、二人ともそろそろ元居た世界に帰るのだったか?」

「ラピスか。本当に久しぶりだな。……いつまでも帰らないわけにはいかないからな」

「お久しぶりです、ラピス君。……家族も心配してるでしょうからね」

「無理もないだろう。一年以上も無断で親元を離れていたことになるのだからな。環境にもよるだろうが、帰ったところですんなりと元の生活に戻れるとも思えん。相応に面倒事はあるだろうよ。

 かく言う俺ももう少し実力をつけたら元の世界に帰るつもりだ。ともすれば、お前たちとはこれが今生の別れになるかもしれないな」

「かもしれないが、俺はまた会えることを願うよ。だから『さよなら』は言わないでおく」

「ええ、意思を力とするのがドグマです。こうして召喚された以上、間違いなく私たちの世界とこの世界は繋がっています。相応に難度は高いでしょうが、元居た世界に帰ってもドグマを扱うことは出来る筈です。ならば、戻って来ることも十分に可能な筈です」

「何とも前向きな事だな。……なら、俺も『さよなら』は言わずにおく。いずれ、再びこの世界で会おう」

 

 そうして、三者はこの場を別れた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 月日は流れ、現在、ラピスは元居た世界に帰っていた。

 とはいえ、幾つかの理由があり家には帰っていない。とあるダンジョンに籠っている。

 早く家族と再会したいのは事実だが、真っ正直に打ち明けるわけにはいかないのだ。そんなことをすれば、異端審問待ったなしである。よって上手く誤魔化すしかないのだが、そのためには相応のやり方が必要となる。ダンジョンに籠っているのは、誤魔化しの裏付けを作るためだ。

 

「いかんな。ついつい現実逃避をしてしまう。それもこれも、この暑さがいただけない」

 

 ラピスがいるのは故郷『トータス』において『七大迷宮』と謳われる危険地帯の一つ――『グリューエン大火山』である。

 七大迷宮とは言うものの一部の情報が失伝しており、正確な所在は三つしか判明していない。内部情報もまた然りで、判明している迷宮も特定階層までしかマッピングされていない。

 だからこそ、たとえ完全攻略は出来ずともそんな危険地帯のマッピングを済ませれば、長らく音沙汰がなかったことに対して深くは突っ込まれないだろうという算段だ。他の傭兵や冒険者とは異なり、ラピスが単独(ソロ)であることもその後押しをする。アル・ワースとは違いトータスには通信装置などないからこそ可能な事だ。

 ぼやいて汗を拭ったラピスは、懐から丸められた紙の束を取り出した。紐を外して広げると、その紙束は左上で綴じられているのが分かる。それを一枚一枚めくっていく。

 

「三十階層は超えたか。さて、一体何階層まであるものか……」

 

 紙には火山内の簡易ながらも精緻なマップが描かれていた。遭遇した魔物の情報なども載っている。手書きとは思えないそれはドグマによるものだ。一種の記憶転写である。研究と研鑽の過程で生まれたものの中には、こういったドグマも相応に存在する。

 当然、迷宮内でそんな悠長な真似をしていれば魔物が襲いかかって来るが、ラピスは手に持つ剣を振り一閃の下に斬り捨てた。よくよく見れば、剣のみならずラピスの周囲では風が渦巻いていた。旋風のドグマである。

 

「流石は七大迷宮と言うべきなのだろうが、やはりおかしい。この差異はどういうことだ……?」

 

 ここまでの道中で積もった疑問を思わず呟いた。

 半ば家を飛び出し、アル・ワースに召喚される前から冒険者をやっていたラピスだ。魔物とは相応に戦っているし、七大迷宮の一つである『オルクス大迷宮』にも潜ったことがある。しかし、火山内という環境もあるだろうが、それを差し引いてもここの魔物は強力だと感じてならなかった。

 あっさりと仕留めることが出来ているのは、あくまでもドグマを用いているからだ。トータスへ帰還するに当たり鍛え直したとはいえ、純粋なまでの剣技や現代魔法だけではヤバかったを通り越して死んでいた可能性は否めない。

 だからこそ疑問が生じる。同じ七大迷宮なのに、グリューエン大火山とオルクス大迷宮では魔物の強さに雲泥の差があるのだ。環境の違いという一言では片付けられない。

 とは言え、考えたところで答えなどでない。推測は出来るが、あくまでも推測止まりだ。ラピスは頭を振って無為な疑問を追いやった。

 

「しかし、まさかここまでVARTEXが役に立つとは。やはり基礎はバカに出来んな。基礎だけあって消耗も少ないし。まあ、IGENESTが役に立たないのは痛いと言えば痛いが、多少消耗は増すがTONITARSやTEMPESTAで遠距離も問題ない。ドグマ様々だな」

 

 基本、魔物を狩ったら魔石を取るものだが、ここの魔物は強さの割に大きさや質が低い。オルクス大迷宮の四十層レベルとどっこいだ。わざわざここで手に入れる必要性は薄かった。結果、初見の魔物以外は魔石の獲得を無視している。

 とは言え、それはあくまで魔石に限った話だ。魔物自身の特性によるものという可能性は否定出来ないが、マグマに入っても無事な外皮だ。ラピス自身は素材の良し悪しなど細かには判断できないが、皮以外も色々と剥ぎ取っておいて損はないだろう。

 VARTEXの威力を調整し、短剣を突き立てる。風を纏った刃は軽々と剥ぎ取ることを可能にした。剥ぎ取りの出来次第で買い取り価格も上下するが、そもそもにして一番近い町でもここに棲息する魔物の情報はなかったのだ。多少雑でも十分な収入は期待出来た。

 

「集中力も低下してきた。今日はそろそろ休むとするか」

 

 一通りの素材を獲得したところで、休息することに決めた。

 魔従教団は岩人形(ルーン・ゴーレム)を制作し戦力としていた。それらのノウハウを用いれば、この様な場所でも一時の安全地帯を作ることは十分に可能だった。壁に魔力を注入して造形を変化、穴を開けて小さな密室を用意する。熱気を遮断するために穴を小さくし、周囲の隙間を埋めれば休憩場所としては十分。ついでとばかりに氷結のドグマで冷房を用意すれば完成だ。

 保存食糧を口に入れたラピスは早々に眠りにつくのであった。

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