案の定動き出した一つ目巨人を一行は瞬殺した。まともに戦えば苦労する相手だろうが、その巨体が逆に仇となったのだ。巨体である分だけインサリアスの攻撃を当てやすく、その攻撃に耐えられるだけの防御力も有してはいなかったのである。
「よっと。まあ、こんなものか……。それだけのスペックを有している機体ではあるが、だからこそ、やはり表立っては使えんな……」
機体から降りたラピスは、自らの戦果を見て呟いた。
こんな奈落の中で特別に用意されたと思しき魔物すら、インサリアスの相手にはならない。その事実は、インサリアスの能力の高さを如実に表していた。
そのあまりにも一方的な戦果に――
(エゲツねえな……)
と内心で思いながらも、ラピスが乗ったインサリアスが戦う場面を初めて見たハジメは性能の高さに戦慄し、昂った。言葉では聞いていたが、実際のそれは想像を軽くぶち抜いている。
「はい、魔石ゲット。十中八九、これが扉の鍵だろうね」
ハジメが戦慄している間にも、恵里は行動していたらしい。その両手には二つの魔石が握られていた。
「んで、どうする? 何があるか分からない以上、扉を開ける前にこれを食べちゃうのも一つの手だと思うけど?」
特に消耗しているわけではないが、一つ目巨人を食べることで能力値と技能が増える可能性は否定出来ない。また、外から鍵が掛けられている以上、扉内部からの襲撃が起こる可能性も低かった。
「……そうするか。可能な限り万全を期すに越したことはないだろう。ラピスさんもそれでいいっすか?」
「お前たちがそれで良いのなら俺は構わん。順番が前後するだけだ」
「了解っす。んじゃ香織、悪いが調理は任せた」
「任されたよ。階層によってはハーブとか採取できるんだから、この迷宮も捨てたもんじゃないよね」
香織の言葉通り、自然系の階層では野草を採取することが出来た。知識のない者にとっては雑草と変わらないが、基本的にソロで活動していたラピスは最低限の知識を有していたのである。むしろ、広く浅くでもいいから色々な知識を有していないと、とてもではないがソロで活動などしていられない。
香織の鼻歌に乗って、肉の焼ける香ばしい匂いが漂う。材料が魔物とはいえ、それは一行の腹を刺激して止まない。
ラピスも恵里も最低限の自炊能力を有してはいるが、その腕は遠く香織に及ばなかった。そのため、ヘタに手伝おうものなら逆に調理スピードを落としてしまう。その事実が判明した後は、基本的に香織の指示がない限りは待ちの一手である。
そして一つ目巨人の肉を美味しくいただいた後、一行はとうとう扉を開けた。
扉の奥には光一つなかった。光源と言えるものは、一行のいる部屋から扉を介して差し込む明かりのみ。
広大な空間で、幾本もの太い柱が二列、奥へと向かって規則正しく並んでいる。部屋の中央付近には、巨大な立方体の石が安置されていた。
その、立方体に『何か』が見える。注視すると、その『何か』は前面の中央辺りから生えているのが分かった。
「何だ……?」
思わず呟いたその声に反応するかのように――
「……だれ?」
室内から誰何の声が返された。その声は掠れて弱々しい。それでも、女の子の声だと分かる。
一行は顔を見合わせ、一つ頷いた後で声の元へと向かった。
近付けばよく分かる。
それは見るからに封印だった。十二、三歳くらいの女の子が、顔だけを出す形で立方体に埋められている。随分とやつれてはいるが、それを差し引いても美しい容姿をしているのが分かった。
ここ百年以上、オルクス大迷宮が攻略されたなどという話はないのだ。つまり封印されたのならそれより前だということであり、普通の女の子が生きているわけはない。そういったお伽話もラピスは聞いたことがなかった。
お伽話とは、教訓が形となった場合がある。つまり、この少女が何か悪行を成してここに封印されたのだとしたら、特にホルアド近辺にはそれらしいお伽話の一つでもあって不思議はないのだ。
だが、そういった伝承がない以上、この少女に関しては『情報を残すわけにはいかなかった』可能性も否定は出来ない。
「いくつか質問に答えてほしい。その返答次第ではお前をここから解放することを、青金石の術士の名の下に誓おう。……俺はラピス・ロギンス。ラピス・ラズライトでもいい。他の面々はハジメ、香織、エリだ。お前の名は?」
「答えたくない。いえ、忘れたい。信じていたおじ様にも、家臣の皆にも裏切られた。おじ様が王になりたいのなら、私はそれでも良かった。……でも、おじ様は『私を殺せないからここに封印する』って。それっきり、私はここに独りぼっち」
「なるほどな。では、名前については構わない。……『お前を殺せない』とはどういう意味だ?」
「言葉通り、勝手に治る。魔力が残っている限り、怪我してもすぐ治るし、首を落とされてもそのうち治る。……私、先祖返りの吸血鬼。魔力、直接操れる。魔法を放つのに陣もいらない」
「今は亡き吸血鬼族。その、しかも王族の生き残りか。……最後の確認だ。お前はここを出たいか?」
「……出たい!」
正直に言うならば、ラピスが確認したいのは最後の内容だけだった。それ以外はオマケである。
この少女は、未だ諦念に支配されきってはいない。封印されている以上、自分で何が出来るわけではなくとも、その意思を示す事は止めなかった。こちらを信じられる保証などないのにだ。
ならばラピスは、『ここから出たい』というその破壊の意思を蔑ろには出来ない。出来るわけがない。
「なら、お前をそこから解放してやる」
少女が破壊の意思を露わにした時点で、ラピスの行動は決まっていた。
だが、そこに『待った』を掛ける人物がいた。ハジメである。
「この子を解放するのは俺がやる。こういったのは錬成師たる俺の本分だしな。……ラピスさんはインサリアスに乗っててくれ。こういう場合、解放して終わりなわけがない。解放した後に最後の番人が待ち受けているのがお決まりだ」
「出来るんだな?」
「信じろよ。……代わりと言っちゃあ何だが、その後は任せたぜ?」
短いやり取りの後、ラピスはインサリアスを召喚して乗り込んだ。
それを見届けたハジメは立方体に手を置いて――
「さあ、往くぜ!」
気合を込めて錬成を発動。蒼天を思わせる空色の魔力が迸った。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
名前を捨てた囚われの少女――ハジメが便宜的に『ユエ』と名付けた。その髪と瞳の色に月を連想したらしい。――をメンバーに加えた一行は、とうとう最下層へと辿り着いた。
ユエを解放した後は案の定番人と思しき魔物が出てきたが、やはりインサリアスの敵ではなかった。そも機動兵器などトータスでは考えられない存在である。仮想敵があくまでも人や魔物である以上、攻撃や防御もそれに準じたものになるのは自明の理。比較的小型とはいえ、インサリアスは色々と盛りに盛った高性能機だ。それが魔法まで使うのだから、並大抵の魔物など相手になるわけがない。更には『大きければ強い』を地で行く魔物ほど攻撃を当てやすくなるのだから、つくづくトータスでは反則的な存在である。
メンバーに加わったユエだが、言葉通り、彼女は魔力操作を習得していた。神水により魔力の回復した彼女が放った魔法は、正に圧巻の一言である。属性を問わず高威力の魔法をぽんぽんと打ち出す様は、さながら砲台であった。惜しむべきは、放たれる魔法があくまでも現代魔法であることだろう。
とは言え、戦力としては十分である。そもそも、ドグマといいインサリアスといい、アル・ワース絡みのモノこそが例外なのだから。
ともあれ。
更なる攻撃要員が加わったこともあり、一行の攻略速度は更なる向上を果たしたのだ。道中面倒な敵がいないわけではなかったが、対処は十分に可能だった。それぞれの得意とする役割が異なるため、多角的な手が打てるのだ。……冒険者がパーティーを組むことを推奨される理由でもある。
さて。
最下層は無数の巨大な柱に支えられた、広大な空間であった。天井まで三十メートルはあるだろう。必然、インサリアスの召喚に問題はない。
等間隔に並ぶ柱の間を進むこと二百メートル程だろうか。そこで柱は途切れ、三十メートルほどの空白を隔てた先には巨大な扉がある。全長十メートルほどの両開きの扉だ。美しい彫刻が施されている。
おそらくは扉の奥にオルクスが待っているのだろう。だからこそ、この柱と扉の間にあるスペースは怪しいことこの上ない。
「準備は?」
「万全!」
「いつでも」
「大丈夫です!」
「んっ!」
インサリアスに騎乗したラピスの問いに、ハジメ、恵里、香織、ユエが応える。全員、戦意は十分だった。
ハジメは改良に改良を重ねたゴーレム――『バルバトス』と命名――を纏っていた。その外装は『シュタル鉱石』で作られている。魔力を込めた分だけ硬度を増す特性により、その防御力は尋常ではないほどに高い。魔物を食うことで能力値が高くなった割に魔力の使い道が少ないハジメが装着すれば、正に金城鉄壁である。動く城塞といっても過言ではない。
他の面々も、ハジメの錬成によって作られた装備を纏っている。特にシュタル鉱石を材料にした小楯は、万一の守りとして全員に渡されていた。
扉へと向かい、空白部分へと一歩踏み出す。
その瞬間である。空白部分を埋め尽くすかのように巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、まるで脈打つかのような音を響かせている。
全員が素早く戦闘態勢を整える。
それとほぼ同時、魔法陣が弾けるように光を放った。
「巨大な体長をした六つの頭を持つ蛇だか龍だか。言うなれば神話の怪物、『ヒュドラ』ってとこか……ッ!」
「それぞれ色違いの紋様が頭に刻まれているね。えーと、赤、白、緑に――」
「――青、黄、黒だね」
「魔法の属性色……?」
出現した魔物に対する観察を行い、各々が感想なり情報なりを口にしていく。こういった行いもバカには出来ない。それが明暗を分けることもあるのだから。
「だとするなら、赤が炎術、緑が風術、青は水術か氷術で、黄色は地術か? んで白が光で黒が闇って判断で大丈夫か!?」
「おそらくはそれで合っている筈だ! なら、最優先は白で次点は黒だ! 白が光なら回復されるし、黒が闇ならこっちにデバフを振りまいてくるに違いない!」
「そういや、いつぞやにアマリが言ってたぜ! バックアップや支援は重要だってな!」
「黒いのは俺が仕留める。お前たちには白を任せた!」
言葉を交わす間にもヒュドラは攻撃を仕掛けてくる。最初は赤い紋様の頭がその口から火炎放射を。それを躱せば、青い紋様の頭が氷の礫を散弾のように吐き出してきた。……どうやら、紋様と属性の推測は合っていたらしい。
「緋槍!」
ヒュドラの攻撃の合間を縫って、ユエの放った円錐状の炎の槍が白い紋様を仕留めんと迫る。
だが、黄色の紋様が射線上へと割り込む。その頭は一瞬で肥大化し、淡く黄色に輝く。爆煙が消え去れば、そこには無傷の頭があった。
「防御役かよ! なら、テメエには俺の相手をしてもらおうじゃねえか! どっちが硬いか勝負といこうぜ!」
言いながら、ハジメが黄色い紋様の頭へと吶喊した。超硬度を持つ質量の突撃である。如何な防御役とて何の準備も無しに耐えられるものではない。
接近するハジメに気付き、黄紋様は防御形態へと移った。絶対の守り同士が激突し合う。
「ぐぅぅぅおおおおお……ッ! 総合力ならそっちの方が勝ってんのかも知れねえが、顔一つ相手なら、勝てねえ道理はねえんだよ!」
「クルゥゥゥアン!」
そして競り合いの末――
「俺の勝ちだ!」
「ボクの接近に気付かなかった君の負けだよ。征嵐のTEMPESTA!」
勝ったのはハジメだった。
こぶしを天へと掲げ、高らかに吼える。
それと同時に、密かに白紋様へと接近していた恵里が征嵐のドグマを放った。魔法陣から雷交じりの嵐が放たれ、暴風の奔流が黄紋様を回復しようとしていた白紋様を呑みこむ。
「青い稲妻がお前を攻める! 受けろ、TONITARS!」
インサリアスを操り、その手に持つ剣で黒紋様を相手取っていたラピスだが、白紋様が倒れたと見るや即座に魔法攻撃へとシフトした。……なお、想定通り黒紋様はデバフ攻撃を行ってきたが、ラピスはそれを無効化していた。アル・ワースからトータスに戻る前に覚えた『精神耐性』技能の賜物である。
インサリアスの前に複数の魔法陣が現れ、そこからビーム状の雷撃が放たれる。放たれた雷撃は黒紋様のみならず、他の頭をも急襲した。……矢継ぎ早に放たれるユエの魔法を防いでいるところへと。盾役たる黄紋様が斃れた今、当然、防ぐことなど叶うわけがない。
ただでさえ高いラピスの魔力が、インサリアスに乗ることで増幅されているのだ。そうして放たれる魔法の威力は、生身で放つのとは雲泥の差がある。それを示すかのように、雷撃を受けた頭は断末魔の叫びを上げることすら叶わず灼き滅ぼされた。
「これで終わり――」
「――なわけがないよなあ……ッ!」
戦闘において残心は必須である。目に見える相手だけが全てとは限らず、油断を突いてくる相手など数えきれないのだから。
故に、その胴体から音もなくせり上がる、銀色の紋様が刻まれた七つ目の頭に気付いたのは必然であった。
「銀色で考えられる属性は!?」
「不明!」
「なら、やられる前にやるだけだ!」
「了解!」
まるで不意を打つかのように最後の最後で現れた相手だ。わざわざ相手が攻撃するのを許す理由などありはしない。
しっかりとした役割分担が出来ていたからこそ、各々の消耗はそれほどでもなく即座に攻撃に移る。
ドグマが、魔法が、体当たりが次々と叩き込まれ、何をすることも出来ず銀紋様は倒れ伏すのであった。
ヒュドラ戦はアッサリと。