時間が経つのは早いものだ。やるべきことを決めて準備に取り掛かった一同だが、優に一月はオスカーの隠れ家に滞在することになった。
まあ、それも無理はないだろう。
王国やら教会やらに献上するアーティファクトの作成、馬車など比較にならない速度を誇る移動手段の用意、転移魔法陣の敷設とセキュリティ用の鍵の準備、etc。
食事や睡眠の必要もある中で、そういったあれやこれやをやっていれば否が応でも時間は過ぎる。一々手作業なのだから尚更だ。
付け加えれば、ヒュドラ肉にも理由があった。一行にとっては既に食材と化した魔物肉だが、この迷宮における最後の番人だっただけあって、どうやら食材としても別格だったらしい。弱肉強食の理による肉体の強制強化は一つの魔物につき一、二回が精々だったのだが、これに関しては別の様で、強化回数が桁外れなのだ。
隠れ家での生活を始めてからというもの、基本的には毎食出てくるのだが、口にするたびに一行の身体には痛みが走るのである。それだけあのヒュドラは一つの生命体としての格や純粋な能力値が高かったのだろう。割合楽勝だったのは、人数ゆえの役割分担や情報分析が機能したこと、何よりもインサリアスというトータスには存在しない筈の兵器と、それを操るラピスがいればこそだ。
「迷宮の攻略中より、攻略後の方が神水の消耗が早いってどう思うよ?」
今日も今日とてヒュドラ肉のステーキを口にしながらハジメが言った。
経験蓄積とは異なる要因による能力値の成長だ。当然ながら何の代償もない筈はなく、上がり幅が大きければ大きいほど肉体には痛みが走る。もはや必要経費と割り切ったそれだが、一月経ってもヒュドラ肉は未だに成長を促してくるのだ。
それでも最近はマシになって来たが、最初の内は神水無しに耐えられるものではなく、結果としてヒュドラ肉を食べ始めてからの方が神水の消耗が早くなっていた。
食卓をよく見ると、ステーキと神水の他にサラダ、魚のフライ、スープもある。サラダにはドレッシングが掛けられ、フライにもソースが掛かっていた。如何にオルクスの隠れ家とはいえ、迷宮内とは思えないほど豪勢な食卓だ。
これは、隠れ家の探索中にとあるアーティファクトを手に入れた結果である。
通称『宝物庫』。紅い宝石のついた指輪型のアーティファクトであり、刻まれた魔法陣に魔力を流し込むことで物の出し入れが出来るという優れ物だ。どうやら宝石内に専用の別空間が用意されている様で、そこに仕舞われた物には経年劣化も起きないという格別のアーティファクトである。
実際、宝物庫の中には畑で使う植物の種や各種調味料が保管されていたのだが、神代以来初めて取り出されたと思しきそれらには何の劣化も起きていなかったのである。……生成魔法と空間魔法の他にも、時間に関する神代魔法が使われているのは明白だ。
宝物庫内に仕舞われていたそれらによって、一同の食事は豪勢な物となっていた。日本人的に米がないのは残念だが、野菜があって、魚があって、スープなり味噌汁なりもある。一行の料理係である香織の賜物だ。彼女がいなければ、たとえ食材があってもここまで豪勢な食事にはならなかっただろう。味付けもシンプル極まりなかったに違いない。
「無理もない、としか言えないな。おそらく、あのヒュドラは解放者による合作だろう。割合こそ分からんが、七大迷宮で手に入る神代魔法の全てが用いられていると見ていい。そう仮定すれば、未だに続く能力成長にも納得がいく」
答えたのは、これまたヒュドラ肉を口に運んだラピスである。
「言われてみればって感じだよね。宝物庫を始め、隠れ家で発見したアイテムには複数の神代魔法が用いられているのがあるし、ラピスさん曰くのオルクスの注意書きによると、そもそもの前提が空間魔法ありきなんでしょ? ……と言うか、あの毒階層とかを振り返ると『他の神代魔法ありき』って難易度設定な気がしてこない?」
「香織の言に同感だね。そも、ここで覚えた生成魔法にしたって、込められる魔法が少なければ作れるアーティファクトも高が知れる。役に立つのは多種多様な魔法を得ていてこそでしょ?」
「ん。報酬も迷宮の構成も手数の多さ次第」
「より正確には総合力だろうな。手数が多かろうと、それを適切に活かせなければ意味はない。……まだ王宮にいた頃にアマリが言ってたぜ。
神の使徒内で最も役立つのは俺と先生、次いで香織たち治癒師や結界師といった支援役、闇術師の清水もこの括りだな。後は情報収集に役立つという点で暗殺者の遠藤もか。
戦争のために呼ばれたことを加味すると、戦闘役は自分と恵里、強いて言えば八重樫がいればいい。勇者として持て囃されてる天之河を始め、能力値が高くても意味はないってな。
あの頃はよく分からなかったが、戦闘役に必要なのは『生きる覚悟』と『殺す覚悟』があるかどうかってことだろ。魔物相手に無双できても、魔人族を殺すことが出来ないんなら意味はない。高校生に求めるにはシビアな考えだが、ここを攻略する過程でよく分かったよ。
神の使徒の大半は戦闘系の天職持ちだ。戦争に用いる上での『手数』として見ればこの上ないほど最上だろう。……が、一般的な高校生に過ぎなかったヤツらだ。そう簡単に人を殺す事なんか出来やしない。いくら能力が高かろうと、戦闘系の天職持ちだろうと、肝心要の部分が脆いんじゃあ『戦力』としてはそこらの兵士にも劣るってわけだな。
対し、俺は錬成師という非戦系の天職持ちだ。挙句の果てには初期能力値も低かった。トータスにおける一般人の平均と遜色ないほどだ。……が、それでも俺はこの迷宮を生き残ることが出来た。運もあるだろうが、最低限の覚悟が定まったことも大きいだろう。
俺は『創る者』だ。いくら能力値が高くなろうと、純粋な戦闘能力では天之河たちに大きく劣るだろう。フェイントや何だと言った駆け引きに対応しきれるとも思わない。
それでも、今の俺と天之河が戦えば俺が勝つ。そう断言することが出来る。何故なら、『総合力』では俺の方が勝っている自信があるからだ。必要とあれば、俺は相手が人だろうと命を奪うことを厭わない。
例として先生を挙げるが……あくまで例だからな? 俺が尊敬してて、かつ戦闘能力の低い人物なんて先生ぐらいしか思いつかないんだよ。だから睨むな、香織、ユエ。
ともかく、俺が躊躇うことで先生を失う可能性があるんだったら、迷うことなく相手の命を奪うさ」
いつしか話題は移り変わっていた。
それはドグマを、神代魔法を扱う上でも欠かせぬものであった。
破壊の意思。どんな障害があろうとも、己の欲望を貫き通す覚悟。
完全ではないにしろ、今のハジメはそれを有している。だからこそか、その言葉は不思議な重さがあった。
「……変な空気にしちまったな。取り敢えず、飯を済ませようぜ?」
苦笑を浮かべたハジメは取り繕うようにそう言って、残った料理をかっ込むのであった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
時間の経過は、なにもハジメたちにだけ訪れているわけではない。迷宮の中にいようと外にいようと、等しく時間は流れ、その影響を受けているのだ。
「よっと。……こちらは終わりましたよ、畑山先生」
「ありがとうございます、天野さん。おかげさまで助かりますよ!」
「いえいえ。私が先生に同行させてもらっているのも理由があってのことですから。この程度は……」
「それでもですよ。天野さんにどのような思惑があれ、手伝ってもらって助かってるのは事実ですから。……他の子たちも、徐々に元気を取り戻してくれているようで良かったです。――迷宮攻略を続けている子たちも無事なら良いのですが……」
チラリと農作業に精を出している生徒たちを見やって、愛子は安堵の息を吐いた。それでも、次の瞬間には他の生徒たちを思って憂い顔になる。
ハジメの奈落落下事故――或いは事件――を経て、案の定メンタルにダメージを受けた生徒たちが出てきた。後を追うように香織と恵里が飛び降りていったことも拍車を掛けている。
そんな状態で実戦訓練の続行など出来る筈もない。上層部へ報告する必要もあるため、翌日には高速馬車で王国へと戻ることになった。
しかし、生徒にしてみれば無理からぬことではあるが、そんなことは教会や王国には関係ない。迷宮での事件や事故など珍しくも何ともないのだ。攻略に繰り出した冒険者が亡くなるなど日常茶飯事と言ってもいい。
そんな常識のズレもあって、王国や教会は訓練の続行を要請した。衣食住と高い金も掛けているのだ。『神が召喚した』という事実と合わさって、きちんとした成果を出してもらわなければあらゆる意味で傷がつく。
そういった『大人の事情』を分からなくもないアマリだったが、そもそもにして要請に従っていたのは『そうしなければ生活が出来ない』からだ。
だが、最早状況は変わった。召喚当初から時間が経過していることもあり、ある程度の常識は覚えた。王国騎士団長の実力も垣間見た。出奔したところで生活が出来ないわけではない。『籠の鳥』では分かることにも限度があるのだ。他の生徒たちのことが気がかりではあるが、己が耳目で世界を感じなければ
愛子が近隣の農村から戻って来たのはそんな折だった。
事情を知った愛子は一も二もなく王国と教会へ食って掛かった。その背中には『生徒第一』という意思が透けて見える。状況もあったとは言え、そして半ば流されてしまったとは言え、信じて預けていた結果がコレだ。自責もあったが、愛子が吼えるのも無理はないと言えるだろう。
アマリはそこに便乗することにしたのだ。この状況ならば、無理なく各地を見ることが出来る。なにせ愛子の天職は『作農師』だ。上手くやれば『世界の食糧事情を一変させる』ことも可能である。
結果、アマリの見立て通り、王国も教会も愛子に譲歩した。それにより、戦闘行為に忌避感を抱いていた生徒たちへの干渉を取り止めることに成功する。
そこに――
「ありがとうございます、先生。私、先生に同行してお手伝いをすることにしますね」
と笑顔で申し出れば、愛子が断りきれる筈もない。
アマリが動いたことにより、
そして今現在、一部の生徒たちは『愛ちゃん親衛隊』として愛子に同行して各地を巡っているわけである。
その中には香織の親友である八重樫雫、恵里の親友である谷口鈴の姿もあった。
「うん、こういう作業も悪くないわ。魔物相手に剣を振ってるよりよっぽど気が楽ね」
「気が楽っていう部分は同意だけど、鈴はシズシズほど身体能力高くないからな~。農作業に向いてる魔法も使えないからすっごく疲れる!」
剣の代わりに鍬を持った雫が言えば、種植え係の鈴が腰に手を当てながら答えた。疲労に汗を浮かべてはいるものの、その顔には笑みが浮かんでいる。
少し離れた所には親衛隊に志願した他の生徒たちの姿もあった。
「……あ! ねえねえアマリン、今夜あたりこっちから連絡を取ることって出来ないかなぁ?」
アマリたちの視線に気付いたのだろう。雫と鈴が駆け寄ってくる。
かと思えば、鈴はキョロキョロと周りを見渡して小声で問いかけた。
雫は香織の、そして鈴は恵里の親友ということもあって、奈落に落ちた一行の無事を伝えてある。それは愛子も同じで、タイミングさえ合えば連絡を一緒に受けることもあった。
ドグマの粋を集めて作られた通信機による連絡は、アマリがラピスから借り受けた小型機であっても映像投影を可能とする。ドグマを扱えなければ操作も覚束ない代物だが、スマホも役に立たないトータスでは破格の逸品と言っても過言ではない。
表立って使える物でないことは鈴たちも理解している。状況が状況なので、基本的には深夜帯、それも不定期に来る連絡待ちなのも我慢は出来た。それでも、最下層に着いたことを伝える連絡から一ヶ月も経ったのだ。
以降も時折連絡が来ていたとはいえ、鈴が毎回同席出来たわけでもない。親友の顔を見て、声を聞きたくなっても不思議はなかった。
「……そうですね。分かりました。今夜、こちらから連絡してみましょう。ただ、ラピス君の通信機は、分かりやすく言うとアニメで出てくるような人型ロボットに搭載されているんですよ。オマケに、普段は別空間に封印されていると聞いています。なので、確実に繋がるとは言えませんので、そこは了承しておいてください」
少し悩んだ末、アマリはそう答えた。
自由を阻むモノに容赦はないし、小悪魔チックで天然気味なところもあるが、基本的にアマリは礼儀正しく、真面目な、心優しい女の子なのである。今の状況を鑑みた場合、友人のお願いを無下に切り捨てることなど出来る筈もなかった。
トータスに似つかわしくない単語も出てきたが、それを言えば通信機の時点でアレである。また、言われて通信時の向こうの背景を思い出せば、それっぽいと言えばそれっぽかった。
なので――
「わーい! ありがと、アマリン!」
返答を聞いた鈴がアマリに抱き着いたのも、妥当と言えば妥当な結果であった。