天然の処刑場、ライセン大峡谷。
その断崖の下をひた走る一台の車があった。車と行っても、トータスに存在するような馬車ではない。異世界人、南雲ハジメが現時点で持てる技術と情熱を費やして作ったキャンピングカー――玄武と命名――である。
車体に仕込まれた錬成機能により、玄武は悪路を物ともせずに進んで行く。フロントガラス――と言っても、正確にはガラスではないが――からは日が差し込み、開けられた窓からは風が自然の空気を運んでくれる。
土の匂いと、時折混じる血の臭い。シュタル鉱石製の車体は、立ち塞がる魔物を容赦なく轢殺していた。それでも、車内への振動は思いの外少ない。製作過程で香織とユエに協力してもらい結界魔法を組み込んでいることも理由の一つだが、終局的には乗り心地の良さを追究したハジメの努力の賜物である。
そんな折、ハンドルを握るハジメへと香織が話しかけた。
「ところでハジメ君。今更ながらに疑問があるんだけど、訊いてもいいかな?」
「あ? 別に構わねえよ。内容によっちゃ答えられるかどうかは分かんねえけど……」
「何て言えばいいかな……? ハジメ君の好きな小説なんかじゃ、私たちみたく異世界転移なり異世界転生なんかして、それが魔法に重きを置いている社会だったら、『現代兵器で無双する!』ってのがよくあるパターンじゃない?」
「何で俺の好きな小説の傾向を知っているのかは置いとくとして、まあ、確かにパターンっちゃパターンだな」
「でしょ。それでハジメ君は折角錬成師なんていう天職なのに、銃火器とかを作る素振りを見せないから気になっちゃって……」
「あ゛~」
呻きとも取れない言葉を発しながら、ハジメは納得げに頷いた。そしてしばらく沈黙した後、再び口を開く。
「ぶっちゃけて言えば『必要がない』からだな。確かに俺は錬成師だ。召喚当初に比べて腕は上がったし、奈落の底でいろんな技能を覚えて、いろんな素材も手に入れた。だからまぁ、作ろうと思えば銃火器も作れるだろうさ。
けどな? 俺はそこまで銃に詳しいわけじゃない。構造だって何となく知ってる程度だ。そんなザマで、実物を作るのにどれだけの時間と材料が必要になる? よしんば上手く作れたとして、銃の筐体はともかく、弾丸自体は消耗品だ。量産設備なんて整ってないから一々手作りするしかない。筐体にしたって、使っていれば弾詰まりすることだってあり得る。オマケに、俺は銃の訓練なんて受けたことがない。狙った場所に当てられるようになるまで、どれだけ掛かるか分かったもんじゃないのさ。時間的な意味でも、材料的な意味でもな。静止した標的相手にそれなら、動く標的相手だと尚更だ。……ここまで言えば分かるだろ? あらゆる意味でコストパフォーマンスが悪いんだよ。
まあ、奈落に落ちたのが俺だけだったりしたのなら、それでも銃火器に頼る必要があったのかもしれないがな。生憎と物好きな奴らが後を追って来たし、加えて凄腕の実力者が救出依頼を受けてやってきた。そして、その誰もが戦闘面で俺以上の能力を誇ってる。なら、わざわざ手間暇かけて銃火器作って練習する必要なんかねえだろ。役割分担に適材適所だ。俺が戦闘に参加するにしても、身の安全を固めて
そう語るハジメの顔には、悔しみの表情など見えない。真実そう思っていることが窺えた。
「そっか」
「ああ」
笑みを浮かべるハジメと香織。
自分では理解しきれない話題にふくれ面となるユエ。
ボーイミーツガールな様子に精神的ダメージを受けるラピス。
そんな様子を面白がって観察する恵里。
外部で起こっている魔物の悲劇とは裏腹に、車内はある意味で喜劇の様相を呈していた。
そんな風に、十把一絡げに魔物を蹴散らしつつ我が物顔で進んでいる玄武であったが、カーブの向こう側から今までとは異なる魔物の咆哮が聞こえてきた。……まあ、だからどうしたという話である。ここまでの道中を考えると、大峡谷の魔物は敵にもならない。五百の数値が千に上がったところで、一万を超す数値には敵う筈もないのだ。
対向車がいるわけでもないが、一応はブレーキを掛けつつ回り込む。
真っ先に目に入ったのは、二つの頭を持つ恐竜型の魔物だ。実際に目にすれば、大峡谷の魔物の中では今までで一番の威圧感を放っている。――が、所詮は大峡谷の魔物であることに変わりはない。つまりはザコだ。
それでも、ハジメは玄武を止めた。
何故か? 答えは簡単。初見の魔物だからだ。例外はあるにせよ、可能な限り初見の魔物からは素材と肉を剥ぎ取ると決めている。
「誰が行く?」
「私はパス。基本は砲台役なんで魔力が勿体ない」
「私が行くよ。この程度なら錆び落としの練習台にもってこいだし」
ハンドルを握ったまま呑気に問いかけるハジメ。
真っ先に答えたのはユエだった。魔物肉の摂取により尋常でないほどに高まった身体能力があれど、その言葉通り、基本的に彼女は砲台役だ。魔法への限りない適性に肉体が自動で再生することも相俟って、接近戦を挑まれても基本は魔法のゴリ押しで済む。封印される前からそんななので、白兵戦の心得など持ち合わせてはいないのだ。
名乗りを上げたのは香織だった。彼女も身体を動かすのはそんなに得意ではないが、忘れてはならない。彼女は八重樫雫の幼馴染なのだ。そして八重樫家は有数の武道場を開いている。道場では基本的には剣と体術を教えているが、教えられるのは何もその二つに限ったことではない。
そんな場所に、香織は幼い頃から入り浸っているのだ。そんな中で、愛娘の友人に対する当たり障りのないプレゼントとして、護身術代わりに幾つかの技を教わったりもしているし、実際に修めてもいる。
だから、実のところ香織の白兵戦ポテンシャルは思いの外高いのだ。彼女が『身体を動かすのは得意じゃない』と言うのは、偏に比較対象が悪かったからである。道場の愛娘である雫に、外側は完璧超人の光輝、脳筋の龍太郎。そんな連中と幼馴染をやっていれば、そういった結論に達するのも無理はないと言えるだろう。
早い話、ユエと違って香織には接近戦の下地があるのだ。ラピスがそのことに気付くのが当然なら、思い違いを指摘するのも当然だった。
なので、ここ最近は身体を動かすのに余念のない香織だったが、流石に奈落の魔物相手に錆び落としをする余裕などある筈もない。その一方で、あまりに弱すぎれば錆び落としの練習台にならないのも否定出来ない事実である。
だからこそ、香織の言葉通り、目の前の魔物は錆び落としの練習台に打ってつけだった。
香織が王宮から頂戴したアーティファクトは杖だ。あくまで治癒師としての使用を目的に受け取った物だが、武器として使えないわけではない。実際、『突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀。杖はかくにも外れざりけり』と謳われるのが杖である。
それを証明するかのように、香織の杖は千変万化の動きを見せた。迫りくる牙を、爪を、香織は往なし続ける。その気になれば一撃で仕留められるだろうが、あくまでも目的は錆び落としである。サッサと仕留めてしまっては意味がない。
自分からは攻めることなく、双頭竜の攻撃を捌くことどれくらいか。最初は拙かった動きが、見る見ると上達していく。やがて自分でも納得がいったのだろう。
「うん、こんなもんかな。付き合わせちゃってごめんね、もう眠っていいよ」
一つ頷き、香織は哀悼の言葉を眼前の双頭竜へと捧げた。かと思えば、いつの間にかその杖は二つの頭を穿っていた。見事なまでの早業である。
「お疲れさん」
「ううん、待たせちゃってごめんね。早速捌いちゃおっか」
短いやり取りの後、手早く素材と肉を回収し、一行を乗せた玄武は再びひた走るのであった。
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その後、特に何の問題もなく崖上へと登れる階段まで辿り着いた。……強いて特筆すべき出来事を挙げるとするならばワイバーンモドキに襲われたことぐらいだが、玄武の障壁と装甲を抜くことは出来ず、さながら飛び込み自殺の様相であった。無論、素材と肉は剥ぎ取ってある。
流石に玄武に乗ったままで階段を登ることは出来ないので、プライベートボックスへとしまい込む。
えっちらほっちら、岩壁を削って作られた階段を登っていく。流石に高さが高さなので、崖上に出るまでに何度かの折り返しを経ることとなった。
「あれは……ハルツィナ樹海か?」
階段を登り切った先、遠方に樹海が見えた。場所を考えれば、間違いなくハルツィナ樹海だろう。
「なあ、ラピスさん。樹海に寄って行ってもいいか?」
「お前たちがそれで良いのなら俺は構わない。あそこも七大迷宮の一つ。何れは攻略する必要があるからな。――だが、樹海に広がるという迷いの霧を突破出来る保証はないぞ?」
「それならそれで良いさ。どの道、実際に体感してみなきゃその判断も付けられないんだ。……だろう?」
ハジメは他の三人へと顔を向けた。提案はしたものの、同意を得られないのなら無理に寄り道をする必要もない。
「確かにね。……まあ、そもそも情報の失伝が痛いんだけど。七つの内、断定されてるのは三ヶ所。可能性を挙げられているのが二ヶ所。残りの二つについては全くと言っていいほど情報がない。――いや、ないわけじゃあないんだけど、それが指し示す場所の目星すら付いてないのが現状だ。何せ情報源はオルクスの手記だからね。『メルジーネ海賊団』と『白光騎士団』で絞り込みをかけていくしかないだろう。
かてて加えて、場所によっては他の迷宮の攻略が前提になっている可能性が高いときた」
「そう言えば、オルクス大迷宮は空間魔法を会得してからの挑戦を推奨してたんだっけ……。情報が少ないから断言は出来ないけど、推奨じゃなくて指定している可能性を否定は出来ないかなぁ」
「ん。総当たりしていくしかない」
「ちなみにだが、グリューエン大火山には他の迷宮についての手がかりは全くなかったぞ。オルクスのような充実した隠れ家もなく、必要最低限の機能だけで殺風景極まりなかった」
情報を整理すれば、この先を考えた場合、ダメ元でもこの機会に行ってみた方が良いという結論に達した。
挑戦できればそれで良し。ダメならダメで、候補地を当たるか情報を収集するかしかないのだ。選択肢を狭められるだけで十分と言えるだろう。
「決まりだな。んじゃ、樹海を目指して出発――と言いたいところだが、誰か運転代わってもらってもいいか? 対向車に注意を向ける必要がないとは言え、初めての運転で流石に疲れちまった」
「なら、俺が運転しよう。車だったらアル・ワースにいた頃に運転したことがあるからな。配置の確認だけさせてくれ」
最低限のやり取りの後、今度はラピスの運転で樹海へと向かった。
「……何だ? 人が追われているのか……?」
玄武を飛ばしていると、遠目にポツポツと人の姿が映った。詳しくは分からないが、その人影は一心不乱にこちらへと走っている。そして、その更に向こうには馬車の姿も見えた。
より接近すればハッキリと分かった。濃紺の髪にウサミミを生やした者たち――兎人族が追い立てられている。追っているのは数台の馬車。
「帝国の奴隷狩りか。兵士か商人かまでは分からんが、見ていて気持ちのいいものじゃないな」
不機嫌そうに言うラピスだが、その行為を止める正当性がなかった。
トータスにおいて海人族を除く亜人族は人権を認められていない。加え、帝国では亜人族を奴隷として扱うことが公に認められている。つまり、あの奴隷狩りは別に法を犯しているわけではないのだ。樹海の外に出た兎人族が迂闊としか言いようがない。……と、これが常識的に考えた場合の話だ。
「予め言っておく。あの兎人族が俺たちに助けを求めて来た場合、俺は彼らを助ける。……奴隷狩りに追われ、目の前には見たこともない乗り物から降りる人間たち。その状況下で、なおも生き足掻くために助けを求めると言うならば、俺はその破壊の意思を放ってはおけない」
ラピスが言えば――
「助けを求められなくても、私は助けますから。あんな行為、見ていて我慢ならないし!」
「好き好んで面倒事を背負いこむ気はないが、今回は話が別だ。アイツ等を助ければ、樹海の案内役がゲットできるしな」
「私も同感。……それに、幸せな家族をぶち壊すヤツって、我慢できないんだ」
「私はどっちでもいい。だから、皆がそう言うなら助けるのに異存はない」
口々にそう答えた。
そんなやり取りをしている間にも更に距離は近付き、一行は車を降りる。
さて、どう出るか――
「そこの方々! お願いします! 私たちを助けて下さい!」
身構える暇もなかった。
ラピスたちの姿を認めるや否や、兎人族の少女が大声で助けを求めてきたのである。そこには一切の逡巡が見られなかった。
それを僅かに疑問に思うも、状況は逼迫している。確認は後回しにしても問題はない。
「承った。その破壊の意思に応えよう」
言いながら、ラピスが兎人族を庇うように前に出た。ハジメたちもそれに続く。
「なんだぁお前らは? 奴隷商……ってわけじゃあなさそうだな、その身なりだと。冒険者か? まぁどっちでもいい。そこをどきな。俺たちは任務の遂行中だ。邪魔立てするなら容赦はしねえぞ」
「揃いの格好に任務って言葉。……確認するが、お前たちは帝国兵か?」
「ああッ! だったらどうだってんだ!? おおッ!」
ガラの悪い誰何の声に、イラつきながらもハジメは問いかけた。問答無用でシバいても良いのだが、常識ある人間としては確認しておく必要があったのだ。
返事は肯定。曲がりなりにも国に仕える者とは思えない態度だが、帝国の成り立ちを考えれば――
(無理もないか。『実力至上主義』と言えば聞こえは良いが、どうにも戦闘能力のみを謳ったもののようだし……)
と納得した。
「帝国兵だってんなら、一応は警告しておいてやる。こいつらの身柄は俺たちが預かる。お前たちはとっとと失せろ」
「おいおい、ハジメ君。それじゃあケンカを売ってるのと変わりないぜ? 補足すると、私たちはエヒトに召喚された者とその護衛だ。現在は順次七大迷宮の攻略に取り掛かっている。オルクス大迷宮の攻略を終えたんで、次は樹海に挑もうと思ってね。この人たちは案内役に丁度いいのさ。
それと勘違いしてほしくないから言っておくが、エヒトに召喚されたとはいえ、私たちはエヒトを信奉しているわけじゃない。何しろ問答無用の拉致同然だったからね。そんなわけで、必然的にこの世界に対する心証も最悪に近い。
ただまあ、それでも召喚当初、王国には生活の世話になったし、人柄を気にいった人もいる。……つまりだ。君たちへの警告は、『帝国が王国と同盟を結んでいる』という事実があるからこその義理立てに過ぎないんだよ。君たちの生死には何の頓着もない。
以上を踏まえて、引くかどうかを判断してくれ」
ハジメの警告を恵里が補足した。言っていることに嘘はない。
つまり、『引かないのなら死ぬ覚悟をしろ』と言外に述べたのである。何せ能力値に格差がありすぎるのだ。良識ある人間として好き好んで殺す気もないが、警告した上でかかって来るのなら、死なないようにわざわざ手加減をしてやるほどお人好しでもない。……恵里の言葉はそれを踏まえてのものだ。
「……なるほどな。お前らの何人かは噂に聞く神の使徒ってやつか。確かに、王国と同盟を結んでいる以上、帝国兵としてはその言葉を無下には出来ねえな。――だがな、だからと言って『はいそうですか』と帰れるわけもねえんだよ。ガキの使いじゃねえんだからな」
「つまり?」
「拒否させてもらうってんだよ! お前ら! 相手は神の使徒の名を騙るヤツらだ! 手加減なんざしなくていいぞ!」
「ま、こうなるよな……」
分かりきった結果だ。残念に思うこともない。
こうして、召喚されて初めての、生死問わずの対人戦が始まるのであった。