一行の前には帝国兵の群れ。人数は多く、百人はいるだろう。それらが、兎人族を庇い立てするラピスらに対し攻撃態勢へと移った。
前衛は武器を構え、後衛は詠唱を開始する。
必勝のつもりなのだろう。大半が下卑た笑みを浮かべている。
たとえ神の使徒を騙るだけの実力を持っていたとしても、この数の前には敵うまい。
(――てなことを考えていそうだな。今のうちに潰してもいいんだが……)
一行の中では一番戦闘力の低いハジメだが、それでもこの程度の相手ならばスペックによるゴリ押しは出来る。油断なく構えてるつもりだろうが、奈落の魔物と比べれば隙だらけだし、ちんたらと詠唱してる最中など『どうぞ攻撃してください』と言ってるようにしか思えない。
どうするかと僅かに思案し、先手はくれてやることにした。
警告はしたのだ。その上で先手まで譲ってやれば、蹂躙したところで向こうは言い訳も立つまい。
この先、帝国に赴く可能性だって無いとは言えないのだ。その際に絡まれるのも面倒だし、ならば、この機会にこいつらを通して、帝国そのものに『実力差』を叩き込んでおくのも悪くない。
そうと決めたら、他が行動を起こす前に知らせる必要がある。ハジメは魔力操作で『念話』技能の込められた耳飾りを励起させた。普通に念話技能を用いた場合、対象は無差別となるが、こうすることで対象を限定することが出来る。
(「先手は譲ってやろう。その上で実力差を叩き込み、可能な限り帰してやる。……面倒だが、後々を考えるとその方が良さそうだ」)
(「なるほど。こいつら自体を帝国に対する警告――メッセンジャーに仕立て上げるということか……。悪くはないな」)
(「了解したけど、何人かは仕留めるよ。誰も殺さなかったら、それはそれで舐められる可能性があるからね」)
(「人殺しかぁ。気は進まないけど、そうした方が良いんだよね?」)
(「無理に香織が手を穢す必要は無い。やれる人がやればいい。それも役割分担」)
念話でやり取りしている間に、帝国兵の詠唱も終わったらしい。属性、等級を問わず、様々な魔法が放たれた。
対し、一行の誰も詠唱をしていない。トータスの常識で考えるならば、もはや防ぐ手立てはない。――だが、
ゆっくりと香織が前に出た。そして無言のままに手を前に出し――
「光絶」
ポツリと術名だけが紡がれた。
しかして、確かに障壁は展開された。光属性初級の防御魔法が、迫りくる魔法の全てを防ぎきる。
「バカな!?」
「有り得ない!?」
次々と帝国兵から上がる驚愕の声。
詠唱なく魔法を発動したこともそうならば、初級の防御魔法で防ぎ切ったこともそうだ。いや、前者だけならばまだ分かる。こちらには聞こえない声で高速詠唱をした可能性があるからだ。しかし、後者に限っては話が別だ。一体どれだけの実力があればそんなことが出来ると言うのだ。
実際に言葉には出されずとも、そんなことを思っているのがありありと分かった。
「言ったろう? 私たちはオルクス大迷宮の攻略を終えたと。この程度が出来ずして、七大迷宮の攻略など出来るわけがないだろうに。そこまで想像が回らなかったのかな? まあ、警告を無視したのはそちらだからね。死なないことを祈りなよ。……炎が身体を灼き尽くす。踊れ、IGENEST!」
恵里の前に魔法陣が展開され、灼熱のドグマが放たれた。炎は中空を踊る様に奔り、帝国兵を次々と灼いていく。
大半はそのまま焼死したが、中には生き残った者もいるようだ。――運が良いのかは分からないが。
「まあ、そういうことだ。これもまたお前たちが謳う『実力』に則ってのこと。死んでも恨むなよ。……青い稲妻がお前を攻める。受けろ、TONITARS!」
続いて、ラピスの放った数条の稲妻が襲いかかる。やはり、帝国兵に防ぐ術はない。
「天杓。砲皇。蒼天。凍雨」
ユエは淡々と魔法を放つ。雷撃を撒き散らし、巨大な竜巻を発生させ、蒼い炎の球を放ち、鋭い氷の針を雨のように降らせる。次から次へと繰り出しているが、いずれもかなり高位の魔法だ。
「ちくしょう! だったらテメエだ!」
辛うじて蹂躙を免れた帝国兵士は、警告したきり何のアクションも起こしていないハジメへと斬りかかる。
それは最適にして――最悪の選択だった。
繰り返すが、ハジメの戦闘能力は一行の中で最も低い。錬成以外魔法の適性を軒並み持たず、これといって武道を学んだわけでもない。戦闘に限って言えば、ハジメ自身に出来ることなど能力によるゴリ押しくらいのものだ。標的とするには最適の選択だろう。
だが、決して戦えないわけではないのだ。むしろ、錬成特化型のハジメに対しての武器攻撃など、最悪の選択に他ならない。
「うぜえ……」
迫りくる刃に対し、ハジメは溜息を吐きつつ手を翳した。見て取れた行動など、本当にそれだけだ。
しかし、次の瞬間、帝国兵の武器はその形を失っていた。まるでドロリと溶けた蠟の様に。
それは当然のことだ。こんな末端の兵士に支給されている以上、その武器は何処までいっても『量産品』の枠を超える筈がない。いや、たとえ家宝だの何だのであっても大半は同じ結果を迎えるだろう。
所詮は表社会の職人がありふれた材料を基にありふれた工程で作成した物でしかないのだ。そんな物、奈落の底で錬成能力に磨きをかけたハジメにとっては、綻びまみれのゴミに等しい。
奈落で手に入る素材は、それこそ地上とは比べ物にならない程の質を備えていたのだ。それだけ加工も難しい。そんな難物を十全に加工できるだけの能力をハジメは備えたのだ。
だからこそ、こんなツギハギだらけの、武器と呼ぶのも烏滸がましい代物など、ほんの僅かに干渉してやるだけで御覧の通りだ。
「なんだと!?」
「理解したか? コレが『物を殺す』っていうことだ。……良かったな、狙ったのが俺で」
驚く帝国兵に、ハジメはドヤ顔で某作品における名台詞を言い放った。……実際は『物』ではなく『モノ』なのだが、そんなことを帝国兵が知る筈もない。ハジメも言ってみたかっただけである。
そしてそのまま手加減したヤクザキックをお見舞いした。型も狙いもないからこそ、ケガこそすれ生き残る確率は最も高いだろう。
そうして、百を超す帝国兵は僅か五人のパーティーに蹂躙された。
その後、生き残りの帝国兵を最低限動けるように回復し、今後自分たちの邪魔をしないよう帝国に伝えるメッセンジャーに仕立て上げた。その実力を恐怖と共に心身に叩き込まれた兵士たちは、間違いなく伝えてくれるだろう。
また、生き残りの数から逆算して不要となった分の馬車を徴収した。中には野営の道具や逃げる途中で捕まったのだろう兎人族が閉じ込められていたので、当然一緒に頂いた。神の使徒の警告を無視して邪魔立てまでしたのだから、この程度は当然だろう。
憔悴しきった帝国兵に口答えなど出来る筈もない。彼らは残りの馬車に乗って一目散に逃げ帰っていくのであった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「あの、ありがとうございました!」
そう言って頭を下げたのは一人の少女だった。ラピスたちに最も早く助けを求めた少女でもある。
しかして、その少女は周りの兎人族と少々違っていた。ウサミミが生えているのは変わらないが、その髪色は兎人族共通の濃紺ではなく、青みがかった白髪なのである。更に注視すれば、その体内を魔力が滞りなく流れているのが分かった。
つまり、この少女は亜人族が持たない筈の魔力を持つばかりか、それを全身に行き渡らせることが可能なほど操作に円熟しているのだ。
「その言葉、ありがたく受け取っておこう。……だが、異端の少女よ。俺たちが兎人族を助けたのは――俺たちなりの思惑もあるが――現状を打破しようというお前の意思あってのものだということも忘れるな」
「そう言ってもらえると、嬉しく思います。私は兎人族ハウリアのシアといいます。私たちを助けた目的は樹海の案内ですね。――それと、分かるんですか? 私が兎人族でも異端だって……」
最初は微笑を浮かべ、次いで真面目な顔になり、最後にはおっかなびっくりと少女――シアは問いかけた。
「お前からは、魔力が全身を淀みなく流れているのを感じられる。自在に魔力を扱えなくてはそうはならん。そして魔力操作は――とうに忘れ去られてしまったが――魔法を使う上での基礎技能だ。だからこそ自力で習得することも出来るが、先祖返り的に覚える者もいる。どちらにせよ現代社会ではごく少数だがな。
お前も先祖返りの類だろうが、魔力を持たないとされる亜人族がそんな技能を会得していれば、異端と言わざるを得んだろうよ。……まあ、かく言う俺たちも魔力操作持ちでな。エヒトへの信仰心がないことも併せて、表社会では生き難くて仕方ない。異端と言うなら俺たちだって変わりあるまい」
ラピスはシアへとそう告げて、兎人族と互いに自己紹介と情報交換を行った。
それによると、やはり事の発端はシアにあったようだ。
兎人族は総じて温厚で争いごとを嫌う。そのため、聴覚や隠密行動に優れていても攻撃に活かしにくく、そこに身体的スペックの低さも相俟って他の亜人族からは格下と見られる傾向が強い。
その代わりというわけでもないだろうが、兎人族は一つの集落全体を家族として扱うほどに情が深い。それは有り得ない髪色を持って生まれたシアに対しても同じであり、魔力操作を有していることが判明した後も変わらなかった。
しかし、樹海の中には兎人族以外の種族も多数生活しており、一つの国をも作っている。国の名を『フェアベルゲン』という。亜人族はフェアベルゲンの中や、その周辺に集落を作って生活しているのだ。
自分たち以外にバレたら間違いなくシアは処刑されるだろう。部族が異なるため、兎人族相手でもそれは同じだ。
そう判断したハウリア族はシアを集落の外に出すことなくひっそりと育てていたのだが、とうとうバレてしまったのだ。……むしろ、この齢になるまでバレなかったことの方が僥倖と言えるだろう。
そして、シアを潔くフェアベルゲンに差し出すことを良しとしなかったハウリア族は、勢いのままに樹海の外へと飛び出したのだ。当然行く当てなどなかったが、取り敢えずは山の幸を目当てに北の山脈地帯を目指そうとした。
だが、そこでシアが――
「南へ向かいましょう」
と言い出した。
この状況下で何の根拠もなく言うような少女ではない。また、元々行く当てなどなかったのだから強く否定する理由もない。
よって、ハウリア族はシアの進言を聞き入れて南を目指す事にした。とは言え、部族の移動となれば人数が人数だけに時間が掛かる。悠長に支度をしている暇などなかったため、ほぼ飲まず食わずなのだから尚更だ。結果、逃避行の最中に北からやって来た帝国兵に発見されて襲われた。
そこにラピスたちがやって来た……というわけだ。
「なるほどな……。シア、お前の固有魔法は『未来視』の類だな? いくらなんでも進言のタイミングが良すぎる。
だが、それと同時にあまりアテになる魔法でもないのだろうな。『定められた未来』ではなく、『仮定の未来』を視ていると言うべきか。仮定だからこそ変えようもあるが、同時に信も置き難い。絶対ではないからこそ、周囲への説明が難しく協力も頼みにくい。……これまで様々なジレンマに襲われてきたはずだ。
しかし、それでもお前は決断し、それが現状へと繋がっているのは否定しようのない事実だ。だからこそ、こう言おう。……よく頑張った」
言って、ラピスはシアの頭を撫でた。武骨な手だが、労りに満ちている。
「私、わたし、うわあああぁぁぁん!!」
堪えきれず、シアは泣いた。
そこには様々な理由があるだろう。簡単に想像出来るものから、そうでないものまで。
それでも、一つだけ言えることがあるとするならば。
その涙は、『悲しみからくるものではない』ということだろう。
(「すまんが、皆は野営と食事の用意を頼む。シアが泣き出したのは想定外だが、聞いた話、ハウリア族は飲まず食わずの逃げ通しだったみたいだからな。樹海の案内をさせるにしても、まずはゆっくりと休ませる必要があるだろう」)
ラピスが念話で頼めば、それぞれ了承の返事をすると共に行動に移った。
「ハウリア族でよかったよな? 疲れてるところ悪いが、動ける人たちは手を貸してくれ。今日はここで野営することにしたが、生憎と俺はテントなんて張ったことがねえんだ。アンタたちを休ませるためにアンタたちを使うってのは本末転倒だが、そこは勘弁してほしい。なにせアンタたちの人数も人数だしな。どの道、俺だけじゃ張りきれねえ。
ま、それが終われば女性陣の作る美味い飯が待ってるからよ」
ハジメはハウリア族へと声をかけ、比較的体力の余っている男衆とテントの準備に取り掛かる。
香織と恵里は調理係で、ユエはその補助だ。なにせ調理の際には水も使えば火も使う。それらを魔法で手早く用意出来るのだから、手伝いとしてはユエほどの人材もいない。
食材は宝物庫に詰め込んである分と、馬車に野営道具と一緒に用意されていた保存食を使用する。作るのは鍋物だ。なにせ人数が人数である。手間暇かけて凝った料理など作ってはいられない。
ハジメたちがテントを張り終える頃には、辺りに良い匂いが漂っていた。食欲が刺激され、ハウリア族の腹が鳴る。当然の如く、中には恥ずかしそうに俯く者もいた。
「はーい、出来たよー!」
「焦らず、順番に取りに来てくれ」
そこに香織と恵里の声が響いた。
我先にと飛び出す者は皆無で、子供、老人、女、男と行儀良く並んだ。その中には泣き止んだシアの姿もある。
全員へと行き渡り食事を済ませたら――疲労が溜まっていたこともあるのだろう――ハウリア族の大半は早々に眠りについた。
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「改めて、ありがとうございました、皆さん。これほど良くしてくださり、感謝してもしきれません」
そう言って頭を下げたのは、シアの父にしてハウリア族の長――カム・ハウリアだ。
「こちらにも目的があってしたことだ。あまり礼を言われると逆に困るな」
「然様ですか。……たしか、目的は樹海の案内でしたな?」
「ああ、俺たちは七大迷宮の攻略を目指している。しかし、情報の失伝により正確な場所は三つ――すなわち、オルクス大迷宮、グリューエン大火山、そしてハルツィナ樹海だな。――しか分からないのが現状だ。候補として挙がっているのはライセン大峡谷とシュネー雪原にあるという氷雪洞窟だけで、残る二つは手掛かりはあれど場所については皆目見当も付いていない。
この内、大火山は俺が、オルクス大迷宮は俺たち全員が攻略を果たしたが、残念なことに他の迷宮の場所に関する手がかりは得られなかった。よって、ダメ元で場所のハッキリしている樹海を目指したわけだ。
と言うのも、七大迷宮にはどうも攻略の推奨順があるらしくてな。大火山には特にそんなこともなかったのだが、オルクス大迷宮の方は注意書きで大火山攻略後を推奨していたんだ。だからまあ、もしかしたら樹海にもそういう推奨がある可能性が無きにしも非ずでな。どの道、行ってみなければ確かなことは分からんのだが……。
カム殿は樹海の迷宮に関して何かを知ってはいないか? ちなみに、これらがそれぞれを攻略した証なのだが」
基本的に人との関わりの薄い亜人族だ。情報交換の際に簡単に話したが、ラピスは改めて説明した。一つの部族の長ともなれば、もしかしたら知っていることがあるかもしれない。
「ふぅむ、そう言われましてもな……。ん? その証とやら、よく見せてもらってもよろしいですかな?」
首を捻っていたカムだったが、攻略の証を目にした瞬間、様子が一変した。断る理由もないので、素直に渡す。
「これは、やはり大樹の……」
攻略の証をつぶさに観察したカムは、ブツブツと呟いた。
「心当たりが?」
「はい。樹海の最深部にはウーア・アルトと呼ばれている一本の樹があります。フェアベルゲンの建国前から枯れており、それでいて朽ちることのない大樹が……。
大樹の周囲は特に霧が濃く、普段は私たちでも方角を見失ってしまいます。そのため、一定周期で訪れる、霧が弱まるタイミングでなければ近付くことは叶わないのです。そんなわけで、近づく者こそ滅多にいませんが、大樹は神聖な場所とされています。
その、大樹の根元に石板があるのですが、そこにこれと同じ紋様が刻まれていたような気がします。ただ、私も部族に順番に訪れる石碑の掃除当番の時くらいしか近付かないので、覚え間違いの可能性は否定出来ません」
言って、カムはラピスへと証を返した。
「いや、十分過ぎる情報だ。感謝する、カム殿」
「問題があるとすれば、その様な理由もあって周期があやふやなのです。樹海の案内は構いませんが、タイミングよく大樹に近付けるかどうか……」
「そこはまあ、行ってみるしかないだろうが……。あとは他の亜人族と鉢合わせた場合だな。素直に見逃してくれるとも思えん」
「その通りでしょうな。魔物と同じ性質を持つ子として、間違いなくシアを処断しようとするでしょう」
「つまり、問題は魔力操作か。ならば、相手次第だが話の持っていき方でどうとでもなるな。国の上役で冷静に話を聞いてくれそうな者に心当たりは?」
「冷静に、ということであれば、長老衆の一人で森人族の長――アルフレリック・ハイピスト殿でしょうな。長老は他にもおりますが、血気盛んな者も少なくはありません」
「当然と言えば当然か……。明日は樹海に行くわけだが、変にこそこそせず堂々と案内してくれ。『疚しいことなど何もない』。そんな態度でな。
十中八九警備なりに見つかるだろうが、それを機として逆にアルフレリックに面会を申し込む。すんなり通るとも思わんが、その時は力の一端を見せつけるまでだ。
さて、長話に付き合わせてしまったな。明日は早い。カム殿もそろそろ寝られた方が良い」
話を切り上げ、ラピスはカムに就寝を促すのだった。