ありふれた職業で世界最強~破壊の意思~   作:山上真

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13話

 逃避行を続けていたハウリア族も、一晩ゆっくりと休めたことにより気力と体力を取り戻していた。

 野営中の見張りは特に用意しなかったが、それは周囲を囲むようにアーティファクトを設置して結界を展開していたためだ。

 香織にしろユエにしろ、結界の精度では鈴に及ばないだろうが、能力値がそれを補って余りある。また、自分たちが使うこともあり、魔法を込める素材も厳選している。まず間違いなくここら辺に棲息する魔物では――魔物に限ったことではないが――突破することなど不可能だ。

 そんなわけで、ハウリア族だけでなくラピスたちも十分に休息は取っている。

 朝食も十分に行き渡った。昨日の食事に比べれば些かグレードは劣るが、それは仕方ない。元より宝物庫には『ラピスたちの人数で余裕を持たせた数』しか食材を入れていなかったのだ。一気に百人ほど食い扶持が増えれば、すぐに足りなくなるのは当然だ。

 だが、それはあくまで『鮮度の良い食材』に限った話だ。保存食を用いるのならば話は別となる。

 巡回か、訓練か、それとも元から亜人族を捕らえる気だったか。その目的は定かではないが、帝国もまたハウリア族に負けず劣らずの人数で行動していたのだ。彼らを暫く保たせるほどの量なのだから、ハウリア族に食わせたところで暫くは保つ。単純に対象が変わっただけに過ぎないのだから。

 ハウリア族を馬車に分譲させ、樹海への道をゆっくりと向かう。

 基本的に亜人族は樹海の中で暮らしているのだ。馬車を手に入れたところで、十全に運転できる筈もないのが道理だ。御者をハジメたちに代えたところでそれは同じである。直接馬に乗るのもまた然り。……百人もいるのだから例外もあるだろうが、割合を考えれば期待は薄いし、一人ずつ試すのも面倒だ。

 キャンピングカー玄武で牽引する案も出たが、実行前に却下された。そこらの馬車とでは根本的に馬力が違いすぎるのだ。少し飛ばせば間違いなく馬車がイカレるだろう。馬も、車体も。

 玄武の速度を落としてちんたらと走る分には馬車に問題は出ないだろうが、運転する方にストレスが溜まる。

 どの道ゆっくりと走るしかないのであれば、牽引しない方がマシと言う判断だ。

 そして今現在、馬車に囲まれながら走っている玄武の中にはシアの姿もあった。

 

「ねえシア、もしかしてだけど、君は私たちの旅についてくるつもりかい?」

「あう……ッ。分かりましたか?」

 

 恵里が訊ねれば、シアは気まずげに答えた。

 

「別に確信も確証もあったわけじゃないけどね。ただ、『君がなぜ家族と同じ馬車に乗らず、玄武に乗り込んだのか』を考えると、その可能性が最も高かったのさ。

 私は過去の経験から父さんは尊敬しているけど、母さんはその限りじゃない。むしろ、なぜアレが母親なのか憤るくらいさ。……が、君の様子を見るにこのパターンは当てはまらない。父親はもちろん、部族の皆とも仲は良好そうだ。

 次に浮かんだのは『玄武の珍しさに惹かれて』というものだ。有り得なくはないが、これも違うだろう。確かに珍しいだろうが、普段樹海の中に住んでいる亜人族にとっては馬車ですら珍しい筈だ。話に聞いただけでしかないが、霧の漂う樹海の中で馬車なんて普段使い出来るとも思えないからね。

 そうやって考えていくと、君と私たちの共通項――魔力操作に行き当たった。仲が良ければこそ、『家族との違いに思い悩まずにはいられない』と言ったところかな? そんな時に『同類』が現れ、人当たりも悪くない。増してや、自分のせいで家族は住処を追われたばかりだ。なら、『自分さえ家族と一緒にいなければ』と考えてもおかしくはないだろう。

 そう、君は『思いやるが故の別離』を選択した。……違うかな?」

「凄いですね。……ええ、その通りです。私さえいなくなれば、他の皆は――多少の罰則こそ受けるかもしれませんが――集落に戻れる筈です。安定した生活を送れるんです。

 なら、後は私の処遇のみですが、自分で求めたわけでもない力のせいで処刑なんて真っ平御免です。かと言って、樹海の外に出て独りで生きていけるとも思いません。ですので、無理やりにでも皆さんについて行くつもりでした。この馬車? に乗り込んだのもその一環ですね。その時が来るまでに少しでも仲良くなっておけば、断られる可能性も減ると考えました」

 

 恵里の推測を聞いたシアは、感嘆の表情を浮かべた後、訥々と語った。

 

「それが君の破壊の意思ならば、私たちは受け入れよう。……ただし、私たちの旅は危険極まりない。無茶難題に付き合ってもらうだろうし、無理を通して道理を蹴っ飛ばしてもらうことにもなるよ。その覚悟はあるのかい?」

「覚悟があるかは分かりません。所詮は樹海の引き籠りですし、未来視以外に何が出来るのかも分かっていないんです。そんなザマでは『覚悟がある』なんて言うことは出来ません。

 ただ、それでも言えることがあるのならば、『無理やりにでもついて行く』ということだけです。……先ほども言いましたけどね」

 

 恵里は車内の皆と視線を交わした。誰しもが頷きで返して来る。

 

「オーケーだ。なら、無理やりにでもついてきてくれ。……歓迎するよ、シア・ハウリア」

「よろしくお願いします!」

 

 シアは一行へと頭を下げた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 話に聞いてはいたものの、樹海は何とも奇妙な場所だった。

 外から見る限りでは、ただの鬱蒼とした森にしか見えない。霧が出ている様子など微塵もない。

 しかし、一歩樹海の中に踏み込めば、途端に霧に覆われたのだ。

 

「予測はしていたが、この霧……自然のものではないな。十中八九、樹海の創始者たるリューティリス・ハルツィナが用意したものだろう」

「なるほど、人為的な霧だったわけか。おかげで納得がいったよ。亜人族が樹海の霧に惑わされることがないのは、元より彼らを対象外に設定しているためか」

「考えてみりゃあ納得のいく話だ。解放者ってのは、すなわち神への反逆者だ。そんな御大層な奴が、神を信奉する教会の教えるがまま亜人族を差別するような輩に、果たして試練を受けさせるか? 神代魔法を授けるか? 普通に考えりゃあ有り得ねえだろ。

 グリューエン大火山に挑むには大砂漠を超える必要があり、オルクス大迷宮は百階層に到達してからが本番だった。候補として予測されているライセン大峡谷は魔法に縛りが付けられ、氷雪洞窟は吹雪くシュネー雪原を踏破する必要がある。そしてここの場合、おそらく本番だろう大樹に挑むには樹海の霧に対処する必要があり、そのためには『亜人族を味方につけなければならない』ってわけだ。……どの迷宮も仕様の異なる難所を乗り越えなければ挑むことすら出来ないんだから、ほんとよくよく考えられてるよ。

 まあ、難題過ぎて元々の目的を果たせてないように感じるのはどうかと思うがな」

 

 神を討とうというのだから仕方のない難易度なのかもしれないが、『手段に凝り過ぎた』きらいがあるのは否めない。

 一行の知る限り、生粋のトータス住民で迷宮を攻略出来た者など、現在の『魔人族の誰か』と『ユエを封印した者』くらいしか思いつかないのだ。……これだけで『数百年』という時間の開きがある。

 絶賛攻略中の一行だが、ハジメたちは地球人だし、ラピスにしてもアル・ワースの影響を受けているため、生粋のトータス住民とは言い難い状況にある。つまりは例外的存在だ。

 早い話、『神からの解放を未来に託す』とか言うわりに、解放者はところどころ片手落ちな部分が目立つのだ。……オルクスといいグリューエンといい、『他の七大迷宮の場所くらい残しておけ』と声を大にして言いたくなる。

 迷宮を作って試練を課すのは良いが、重要なのは解放者の目的を継ぐ者が絶えないことだ。反逆の芽すら生まれなくなってしまっては本末転倒である。そして案の定、情報が失伝するという有様だ。

 それでも、オルクスはまだマシな方だろう。

 オルクスの手記には他の解放者として『ミレディ・ライセン(・・・・)』、『ナイズ・グリューエン(・・・・・・)』、『メイル・メルジーネ』、『ラウス・バーン』、『リューティリス・ハルツィナ(・・・・・)』、『ヴァンドゥル・シュネー(・・・・)』の名前があり、それぞれとの出会いも綴られていた。

 そして現在に伝わる七大迷宮の名前を考えると、候補地であるライセン大峡谷とシュネー雪原のどちらにも迷宮が存在する可能性は十分に高い。活発化した魔人族の侵攻を考えれば、氷雪洞窟は間違いないだろう。

 そう、詳細な場所は分からずとも、名前からある程度の絞り込みが出来る余地は残っているのだ。神代のお伽話を当たれば、残る大迷宮の場所も分かるかもしれない。そのヒントとなるのが『メルジーネ海賊団』と『白光騎士団』である。

 ラピス、恵里、ハジメがそんな話をしている傍らでは――

 

「縛煌鎖! 光刃!」

「風刃」

 

 絶賛、香織とユエ、そしてハウリア族が魔物の対処に当たっていた。

 気配も消さず、会話をしながら大人数で歩いているのだ。曲がりなりにも『迷宮』の名を冠する以上、魔物が襲いかかってくるのは必然であった。

 しかし、姿を見せるや無数に伸びた光の鎖で動きを封じられ、そこを光の刃と風の刃で斬り裂かれた。後方から襲いかかろうと『死』という結末は変わらない。違いは誰に仕留められるかだけだ。

 そもそもにして、ラピス一行にしろハウリア族にしろ、魔物が姿を見せる前から存在を感知しているのだ。その時点で魔物の奇襲は奇襲たり得ない。

 能力値的にハウリア族は厳しいものがあるが、だからこその縛煌鎖である。相手を捕縛する性質を持つこの魔法を香織が広範囲に展開することにより、ハウリア族に被害が及ぶ前に魔物の動きを封じているのだ。

 

「フッ! ハッ!」

 

 動きの止まった魔物であれば、ハウリア族であっても攻撃に転じれる。その先槍を務めているのはシアだった。魔力操作を得ているシアの動きは、ハウリア族の中でも群を抜く。両手に持った短剣――ハジメ作――を振る度に、魔物が割断されていった。

 兎人族の例に漏れず心優しいシアだが、一行の旅について行くことを希望した以上は役に立ってみせなければならないのだ。最初から高望みはされないだろうが、ならばこそ、いつまでも『攻撃は苦手』などと言ってはいられず、この程度はやってみせなければならない。

 だが、それは決して義務感などではない。シア自身の意思によるものだ。この程度を熟せない様では、シア自身が自分を許せないのである。

 

「へえ。これはなかなか……」

 

 シアの動きに、恵里は感嘆の息を吐いた。ハウリア族の特性――聴覚と隠密能力に優れている――は伊達ではないことを感じさせる。 

 動き自体はまだまだ粗削りだが、それを言ったら少し前の自分たちだってそうだったのだ。十分に成長の余地はあるし、現時点でも光るものはある。どうやら思わぬ拾い者だったようだ。

 樹海に余計な被害を及ばさぬよう使う魔法を選別している香織とユエだが、流石に無音というわけにはいかない。

 魔物の断末魔、戦闘の騒めき、その他にも様々な要因があるだろうが、この場に更なる闖入者を呼び寄せた。シアという忌み子を出したばかりということもあり、いつも以上に警戒態勢を敷いていた亜人族である。その数は数十人といったところか。……亜人族が樹海を住処としている以上、闖入者はラピスたちの方が正しいかもしれない。

 

「フェアベルゲンの者かな? ならば丁度いい。俺たちは七大迷宮の攻略に勤しんでいる者だ。大樹ウーア・アルトに赴きたく、その許可を得るため、長老、アルフレリック・ハイピスト殿にお目通りを願いたい。

 まあ、そうは言っても素直には頷けぬだろうが、攻撃を仕掛けてくるのは止めた方が良い。保護し、道案内として雇ったハウリア族を除き、俺たち全員が全てとは言わずとも他の七大迷宮を攻略済みだ。……仕掛けてくるのなら、五体満足で済ませられる保証が無い」 

 

 口を開こうとする隊長格と思しき虎型亜人の機先を制し、ラピスは要求を告げて僅かに威圧を放った。

 ラピスの基準で『僅か』である。並大抵の戦士にしてみれば、それは十分なまでの重圧だ。

 

「……ぐ……むぅ……ッ!? なぜ、大樹を目指す? 七大迷宮と言うのなら、この樹海自体がそうだろう?」

 

 当然ながら、虎型亜人は気圧される。それでも、己の職責を果たすためか、大樹を目指す理由を問うた。

 

「それも間違いではないのだろうが、推測が正しければ樹海そのものは前座に過ぎんよ。大火山の前の大砂漠、氷雪洞窟前の雪原、百階層ずつからなるオルクス大迷宮と言った具合に、七大迷宮は前座と本番で成り立っているみたいだしな。その例に当て嵌めれば、樹海で最も怪しいのは大樹となる。

 それとアルフレリック殿を指定した理由だが、カム殿に一番冷静な上役を確認したところ、その名が挙げられたのでな。人間と亜人族の歴史を紐解けば、『冷静な話し合い』なんてまず望めたものじゃないのは分かるが、それでも手は尽くすべきだろう? 

 実際、人間の俺たちとハウリア族が一緒にいることで、お前たちは殺気全開だっただろう? 俺が機先を制さなければ、問答無用で攻撃命令を下していたんじゃないか?」

 

 神妙な様子の亜人族に対し、ラピスは気軽に答えた。……その様子が、両者の実力差を如実に物語っていた。

 

「……分かった。この場において、強者は間違いなくそちらだ。それが実力行使に出ることもなくわざわざ警告で済ませてくれたのだから、信憑性はあると判断する。

 部下を伝令にやってアルフレリック様にお伺いを立てる。返答が来るまで、そちらもこの場で待機願いたい」

「ありがとう。冷静な判断を下してくれて感謝するよ。……そうそう、これはオルクスを攻略した証だ。念のため持っていくといい」

 

 ラピスは虎型亜人に礼を告げ、伝令にオルクスの指輪を渡すのだった。

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