ありふれた職業で世界最強~破壊の意思~   作:山上真

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14話

 伝令が去ってから一時間ほどが経過した頃だろうか。霧の向こう側から複数の気配が近付いてきた。感じ取れる気配は魔物のそれではない。

 姿を現したのは、伝令を含めた数人の亜人たちだ。

 中央に立つのは初老の男性だった。ユエにも負けず劣らずの美しい金髪。碧の双眸からは、深い知性を備えていることが窺える。尖った長耳で、痩身は吹けば飛ぶかのよう。幾分シワが刻まれているものの、その容貌は威厳に満ちている。

 他の亜人たちは、その初老の男性を囲むように立っていた。その立ち並びを見るに『要人と、その護衛対象』という表現がピッタリだろう。

 

「待たせてしまったかね? 私がフェアベルゲン長老衆の一人、アルフレリック・ハイピストだ。伝令からは『七大迷宮を順次攻略中で、大樹の下に行きたい』と聞いたが、間違いないかね?」

「ああ、間違いない。俺はラピス・ロギンス。冒険者だ」

「俺は南雲ハジメという」

「白崎香織です」

「中村恵里だよ」

「ユエ。吸血鬼族」

 

 アルフレリックの問いに答え、順に名乗っていく。

 

「最初に言っておくと、俺と香織、そして恵里の三人はこの世界の人間じゃない。数ヶ月前、エヒトとかいう神が行った『勇者召喚』に巻き込まれる形で連れて来られたんだ。

 腹は立つが、生活基盤がない以上、生きていくためには教会や王国の要請に応えなけりゃならない。そんなわけで実戦訓練がてらオルクス大迷宮に潜っていたんだが、同じく召喚されたヤツの一人がトラップを発動させちまってな。底の見えない暗闇の上に立つ橋の中ほどに飛ばされ、魔物に囲まれ、結果として、俺は奈落の底に落っこちた。んで、香織と恵里はそんな俺を追って飛び降りた」

「その後、俺が三人の救出依頼を引き受け、合流。脱出手段がないために、迷宮攻略に乗り出した」

「その過程で、封印されていた私を助けてくれて、以来一緒に行動している」

 

 過程の簡単な概要を説明すると――

 

「なんとまあ……。聞くだけで波乱万丈だな」

 

 アルフレリックは呆れたように唸った。

 

「そして、七大迷宮の攻略を果たすと神代魔法が手に入るのさ。……怪しい神や、それを信奉する教会の言うことなんぞ信じきれるもんでもない。そんなわけで、神代魔法に帰還の方法を求めているってわけだ」

「付け加えると、私たち全員が魔力操作を覚えていてね。教会の権勢著しい現代社会じゃ生き難くて仕方がない。神代魔法を求めるのは帰還のためでもあるが、場合によっては煩わしい神を討ち果たすためでもある。神を放置しておくと、帰ったところでまた召喚されかねないからね」

「魔力操作だと!? そなたら全員が忌むべき魔物と同じ力を有しているといるのか!?」

 

 恵里の言葉を聞いたアルフレリックは、驚愕を表情に浮かべて声を荒げた。

 

「そういう反応になるだろうとは思ったが、まずは落ち着いてほしい。魔力操作は、何も特別な力じゃない。永い歴史の中で忘れ去られただけで、本来ならば魔法を扱う上での基本技能だ。

 一つ、例を挙げる。オルクス大迷宮で覚えた生成魔法。これは鉱物に魔法の効果を付与することでアーティファクトを創る魔法だ。……これだけを聞くと神代魔法は現代魔法より優れていると思うだろうが、当然ながら式の難易度も相応でな。魔力操作を覚えていない場合、簡単なものでも現代魔法の比ではないほどに長々と詠唱をする必要がある。

 考えてみてくれ。確かにアーティファクトを創る魔法は便利だと思うが、掛かるコストを踏まえて割に合うと思うか? 増してや、これが他の戦闘用魔法なら?」

「むぅ……。我らは魔力を持たず、故に魔法を使うことも出来ぬから確かなことは言えぬが、聞くだけでは『割に合わぬ』と感じるな」

 

 難しい顔でアルフレリックは答えた。

 

「だろう? 早い話、神代魔法ってのは魔力操作が前提なのさ。それが歴史の中で忘れ去られ、今のように伝わっているわけだ。

 それと、訂正を一つ。あなたは今しがた『亜人族は魔力を持たず、故に魔法を使うことは出来ない』と言ったが、それは間違いだ。ハッキリと断言出来る」

「ほう? 間違いというだけならともかく、断言出来るとまできたか。理由を伺っても?」

「簡単な話だよ、森人族の長老殿。七大迷宮を作り上げたのは解放者だ。では、この迷宮を作った解放者は誰だ? 

 樹海そのものは天然物かもしれないが、この霧は間違いなく人為的なものだ。そして亜人族は――大樹へ向かう場合を除き――霧に惑わされることがない。

 こんな、亜人族優位な霧を用意したのは?」

 

 そこまで口にすれば、ラピスの言いたいことが分かったのだろう。アルフレリックだけでなく、他の亜人族もどよめいている。

 

「まさか……!?」

「そう、樹海を作ったリューティリス・ハルツィナは森人族の女性だ。……そのことは、オルクスの手記にしっかりと書かれていたよ。

 つまり、シアは忌み子でも何でもない。解放者が『神の血を引いている』と言われていることを踏まえれば、それこそハルツィナか、亜人族を生んだ神の血を引いている可能性が高いだろう。

 亜人族が魔力を持たずして生まれてくるのは、共通して魔力を持ちにくい性質でも持っているんじゃないか? 例えば『魔力と相反する力を持っている』とかな。そうでなきゃ、同じ人型生物で亜人族だけが魔力を持たずに生まれてくる理由に説明が付かないんだ」

 

 その言葉に、亜人族のどよめきは一層深まった。

 

「……なるほど。わざわざ私を指名してきた理由に納得がいったよ。この様な話、到底信じられるものではない。しかし、全てではないにせよ筋が通っているのもまた確か。

 さて、長老の座に就いた者には、代々伝わる掟がある。それに従い、私の名の下、君たちに大樹に赴く許可を出す。まずはフェアベルゲンに案内しよう。無論、ハウリアの一族も共にな」

「よろしいのですか、長老? 掟というのなら人間たちは仕方ありませんが、ハウリア族までとは……」

「先ほどの話はお前たちも聞いていただろう? 樹海の創設者、リューティリス・ハルツィナが魔法を使っていたのはほぼ間違いない。そして、件の人物が亜人族に縁深い者だと思しき根拠はそこら中に存在しているのだ。それを踏まえれば、我らがシア・ハウリアに下した判断が誤っていた可能性は否定出来んよ。

 ところでラピスとやら、話に出たオルクスの手記は持ってきているのか?」

 

 取り巻きの亜人族へと答えたアルフレリックは、不意にラピスへと向き直った。

 

「いや、手元にはないな。隠れ家に置いたままだ。取りに行くことは可能だが……」

「シア・ハウリアに対する処分を撤回するためには、実際に確認する必要があるだろうな」

 

 アルフレリックがオルクスの手記を求める理由は尤もなものだった。オルクスの遺した実物があるのであれば、ハルツィナ=森人族であるという言葉にも説得力が生まれる。それは自らの祖が魔法を使っていたということでもあり、シアの忌み子認定を取り消す一手になる。

 

「なるほど。ところで、ハルツィナが森人族だということは例の掟とやらで伝わってはいないのか?」

「残念ながらな。書面ではなく口伝てに伝わっているものだ。永き時の流れの中、或いは伝えられなかったこともあるだろう」

「ならば、あなた方をオルクスの隠れ家へと連れて行こう。俺が持って来るよりも、そちらが実際に赴いた方が信憑性も上がるだろう」

「尤もな言葉だが、そう簡単なことなのか? 一部の種族を除けば我らの戦闘能力は低く、そもそもにして樹海の外では迫害対象だ」

「俺はオルクス大迷宮の前に大火山も攻略しており、そこで空間魔法を会得している。そしてオルクスの隠れ家には二つの神代魔法を使った転移陣を敷いてきた。そこと結ぶ陣を敷く許可をくれるのならば、あなた方の国から安全に転移することが出来る」

「いやはや、空間転移とはな。相応に長く生きてきたが、神代魔法のデタラメさには言葉を失ってしまうよ。……ふむ、それが本当ならばお願いするとしよう」

 

 会話をしながら歩くこと暫く。

 突如、目の前の霧が晴れた。

 だが、周囲に目をやれば、霧は確かに漂っている。晴れたのは、本当に目の前だけの様だ。

 それは、さながら霧のトンネルだ。よく見ると、霧とトンネルの境界たる地面には、青い光を放つ結晶が埋められていた。その大きさは拳大で、半分ほど顔を出している。

 

「フェアドレン水晶というものだ。霧や魔物――こちらは比較的とつける必要があるが――を寄せ付けぬ性質を持っているため、国と集落の周囲はこの水晶で囲んである。……おそらく、お前さん方の言っていた生成魔法とやらで用意した物なのだろう。

 便利なので特に気にすることもなかったが、これを人為的に創ったとなれば神代魔法の凄まじさの一端は分かるというものだ。そしてそれだけの数を用意するとなれば、なるほど、長い時間をかけて詠唱していたのでは割に合うまい。それでも、必要とあれば行うであろうがな……」

「まあ、確かにな。霧に惑わされねえったって、いくら何でも四六時中霧の中じゃあ気も滅入るだろ。住処の霧くらい晴らしたいと思えば、長時間かけて創り上げてもおかしくはねえ」

 

 トンネルの中を進むと、やがて巨大な門が姿を現した。

 太い樹々が絡み合ってアーチを作り、そこに高さ十メートルはあるだろう木製の扉が鎮座している。

 扉は両開きの様で――

 

(国の門って言えばこうじゃないとな……)

 

 とハジメは妙な感慨に耽っていた。

 防壁は天然の樹を活用しており、その高さは三十メートルはあるだろうか。

 総じて『樹海の中の国に相応しい威容を誇っている』と言えるだろう。

 

「開門せよ。この者たちは、掟に従い、この私の客人として扱う。また、後ろのハウリア族についてもそれに準ずる。危害を加えることまかりならん」

 

 門の前に立ったアルフレリックが自らの口で宣言した。

 防壁の上を始めそこかしこから戸惑いの気配が伝わってくるが、流石に長老の言葉には逆らえないのだろう。少し経った後、重そうな音を立てて門が僅かに開いた。

 門の先は、まるで別世界だった。

 巨大な樹々が乱立しているだけならばともかく、フェアベルゲンの者はその樹の中を住居としているようなのだ。更には極太の樹の枝が絡み合い、空中回廊を形成している。ばかりか、エレベーターみたいな物や空中水路まである。

 趣は異なれど、その見事さは王国にも負けていない。

 

「マイナスイオンでも放出されてんのかな? 空気がすげえ美味く感じる」

「そうだね。それに、街並みも自然との調和具合が凄すぎて、上手く言葉にできないくらい」

 

 ハジメと香織が口々に感想を述べた。

 

「そう言ってもらえると、我らとしても誇らしい。……さて、まずは会議所へ行くとしようか。私の家でも良いのだが、お前さん方だけならともかく、ハウリア族もとなれば流石に収容しきれんのでな。

 遠からず他の長老たちがやって来るだろうが、だからこそ、そこに件の転送陣とやらを敷いてもらいたい。言葉だけでおとなしく納得できる者ばかりではないのでな。論よりも証拠を突き付けた方が話は早く済む」

「了解した。……そこそこ広いスペースを必要とするが?」

「ロビーなら大丈夫だとは思うが……」

 

 流石に会議所と呼ばれているだけあって、連れて行かれた場所は十分な広さを持っていた。目的ごとに部屋分けされているそうだが、ロビーならば陣を敷くのに問題ないとラピスは判断した。

 

「それじゃあ、ここに陣を敷かせてもらう」

 

 ラピスが床に手を当てると、勝手に魔法陣が描かれていった。魔力操作の賜物である。式の構築は済んでいるで、あとは魔力を流すだけで良い。手早く言えば『ショートカット』だ。

 魔力操作が可能な者は『魔法と構築式を一纏めにして保存しておくことが出来る』のだ。保存ヶ所は定かではないし、上限だって分からない。意識的にやっているのか無意識的にやっているのかさえ不明だ。

 それでも、一度使ったことのある魔法ならば、その魔法を使おうと思うことで使えるのだ。

 結果、然程の時間を使わずして会議所のロビーには複雑精緻な魔法陣が完成していた。

 

「これで完成だ。……アルフレリック殿、これを」

 

 転移陣を敷き終わったラピスは、アルフレリックへとアクセサリーを渡した。

 

「これは?」

「防犯や警備の一環として、魔法陣に乗っただけでは転移しないように設定してあってな。そのアクセサリーは転移するための鍵だ。基本的には身に着けている者だけを対象とするが、触れ合っていればその限りじゃない。

 今は俺の魔力を込めているため、魔力を持たない亜人族でも使えるが、備蓄分の魔力が尽きたら再度補充しない限り使えなくなるから注意してくれ」

 

 魔力云々に関しては、敢えて嘘を言った。魔法陣の起動に必要な魔力は、大地から汲み上げる様に式を組んである。アクセサリーには、文字通り鍵としての機能しかない。

 これは転移陣の乱用を防ぐためだ。アルフレリックとはある程度言葉を交わしたものの、それと亜人族全体を信用出来るかはまた別となる。この様な状態で真実を話すほどお人よしではない。

 

「乱用は出来ぬ、というわけだな。了解した」

 

 それを察しているのかいないのか、アルフレリックはそう言って頷いた。

 そうこうしている内に、会議所の外が騒がしくなってきた。慌ただしく接近する気配があるので、おそらくは他の長老たちがやって来たのだろう。

 会議所のドアが騒がしい音を立てて開かれたのは、それから間もなくのことだった。

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