アルフレリックの他にも警戒心露わな長老衆を引き連れて、ラピスたちはオルクスの隠れ家へと転移してきた。
初めて経験する転移現象に、さしもの長老衆も動揺を隠せない。何せ魔法陣が光輝いたと思ったら、まったく別の場所にいたのだから。
「ここがオルクス大迷宮の最下層。正規の方法では迷宮を踏破した者のみが辿り着ける、オスカー・オルクスの隠れ家だ」
「オスカー・オルクス……偉大なる我らが祖、リューティリス・ハルツィナの仲間。ここがその人物の隠れ家と?」
「ああ。もっとも、当人は流石に亡くなっているがな。……行こうか。まずは彼の骸の元へと案内する。次いで、彼の手記の元へと」
「分かった。案内、よろしく頼む」
オルクスの骸の前で、長老衆は黙祷を捧げた。
オルクスは確かに人間族だが、それでもハルツィナの仲間なのだ。この時ばかりは、人間族を少なからず憎んでいる長老も静かに手を合わせた。
「ありがとう。我らが祖も、少しは喜んでくれると良いのだがな……」
「きっと、知れば喜ぶだろうよ」
次にやって来たのは二階にある書斎だ。
書斎だけあって色々な本があるが、現状の目的は手記だけだ。とは言っても、その文章量は多く、数も一冊ではない。彼の旅路が――全てではないにせよ――記載されているのだ。それを考えれば無理からぬことだろう。
「この量だからな、リビングで読んだらどうだ?」
「そうだな、そうさせてもらおう」
リビングに手記を持っていったら、黙々と読み耽る長老たちへとお茶を出し、ラピスたちは各々好きに過ごすことにした。
そうして幾分経った頃、ラピスは何人かの長老から声を掛けられた。
「人間よ、お前はここを攻略したと言ったな?」
「ああ、そうだが。……ところで、手記はもういいのか?」
「アルフレリックたちに任せてきた。……俺はジン・バントン。熊人族の長老だ。俺はこちらの方が得意でな。転移魔法などというものを目にしてはその実力に疑いようもないが、それでも、己が手で確認せずにはいられぬタチなのだ。一つ手合わせ願いたい」
握ったこぶしを強調しながら、ジンはその様なことを言ってきた。
カムからジンのことも聞いている。割と短絡的なタイプとのことだった。手記を投げ出して立ち合いを求めてくるのだから、その評に嘘はないだろう。
しかし、その言葉には長老らしい礼節も感じられた。
「別に構わないが、貴殿は人間憎しの急先鋒と聞いていたのだがな?」
「嘘ではない。確かに俺は人間を憎んでいる。……が、お前たちは力任せに接してくることはせず、相応の礼儀をとっている。ならば、俺も長老の一人として、相応の礼儀を返さねばなるまい」
その言葉に『嘘はない』とラピスは感じた。
まあ、樹海近辺で例に挙げられるのは間違いなく帝国の人間だ。あのような輩と比べれば、天と地ほどの差があるだろう。
ハウリア族を保護した際に追っ払った帝国兵を思い出しつつ、ラピスは静かに納得した。
「流石に家の中で闘うわけにもいかないからな。外に出るとしよう」
「うむ」
そして、ラピスとジンの手合わせが始まった。
「うおおおおッ!」
こぶしを振り上げたジンは雄叫びを上げ、ドスドスと音を立てながらラピスへと向かっていく。
熊人族は腕力と耐久力に秀でていると聞く。その剛腕は、一撃で野太い樹をへし折るほどの威力を誇るとも。ジンもその例に漏れずパワーファイターの様だが、長老ともなれば破壊力は更に上をいくだろう。
その剛撃を、ラピスは軽く受け流した。勢い余ったジンはたたらを踏む。
「む……ッ!? ぬおおおッ!」
容易く受け流されたことに驚きながらも、ジンはその身体を回転させ、今度は蹴りを繰り出した。
足の力は手の三倍あるという。それが事実だとするならば、先ほどよりも威力が大きいことになる。
だが、やはり結果は変わらなかった。またしてもラピスは軽く受け流す。
「……なぜ、攻撃して来ない?」
「悪いとは思うが、上手く手加減できる自信がないんだ。……二度受け流して分かったが、確かにそこらの冒険者や兵士相手ならば十分に渡り合えるだろう。魔法さえ使われなければ、勝つことだって可能だろう。だが、それはあくまでも『迷宮を攻略出来ない程度の輩』でしかないんだ。そいつらと渡り合えたところで、俺と渡り合うことなど不可能だ。
幸いなことに、今やっているのは手合わせだ。俺から仕掛けなくても、十分に実力差を知らしめることは出来る。だからまあ、納得するまでかかって来い」
自分からは攻撃を仕掛けないラピスをジンは訝しむ。
それに対し、ラピスはハッキリと断じた。『お前が俺に勝つのは不可能だ』……と。
今は自制が利いているとは言え、ジンは血気盛んな人物である。そうまで言われてキレないわけがなかった。
「があああッ!」
型も何もない。膂力任せの攻撃を次々とジンは繰り出し――
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
その全てを軽々と受け流された。
勝つどころか、まともに攻撃を当てることすら出来ぬまま、ジンは息を切らせて大の字に倒れ伏している。
「七大迷宮攻略者の実力、納得は出来たか?」
「……ああ。今の俺では、どう足掻いても勝てん」
ラピスが問えば、ジンは悔しそうに、それでいてどこか朗らかにそう答えた。
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「これはどうかな?」
「……三十点ってとこだろうな。着実に進歩はしてるし、基礎は抑えてる。そこらの錬成師よりはまともだろうよ」
「これまた厳しい評価なことで……。これでも一通りのドグマは収めたんだけどね。やっぱり専門分野になると上手くはいかないか」
長老衆が手記を読み耽っている間、恵里は錬成に精を出していた。道化師の天職を宿す彼女は、その
しかし、如何に素質があったところで、磨かなければ高が知れているのもまた事実である。
実際、恵里が現状で出来得る限り集中して創った代物も、ハジメからは『イマイチ』との判定を下された。
まあ、付け加えられた言葉によると、これでも一端の錬成師よりは上々らしい。それだけ錬成は奥が深く、同時に、地上では鍛えてもその程度が関の山ということだ。
現代では総じて『実力者』と呼ばれる者たちの質が下がり、手に入る素材の品質が低いことも理由の一つだろう。オルクス大迷宮の百層に到達できる者すらおらず、樹海の魔物の素材ですら『珍品』という評価が下されているのが現状だ。
つまり、良くて『普通』な品質の物を『高品質』と認識しているのだから、技量の上昇だってそこまで望めるわけがないのである。
それと比較して、ハジメは奈落で錬成の腕を磨いたのだ。品質が高く、それだけ錬成しにくい素材を相手にして。その結果、そんな難物すら容易く加工できるようになったわけだが、この時点で王国の筆頭錬成師などとっくに追い越している。
早い話、ハジメの基準は『世間一般のそれより遥かに厳しい』ということだ。
「まあ、確かに我ながら厳しい評価をしているとは思うが、俺たちの目的を思えばそうせざるを得ないのも確かなんだよ。……それはお前だって分かるだろう?」
「そりゃあね。じゃなきゃ、わざわざこうやって教えを乞うたりなんかしてないよ」
武器や防具であれば問題ない。基本的に恵里たちの装備は王国の宝物庫に仕舞われていた逸品だ。その時点で世間一般に出回っている武具よりはよほど優れている。
まあ、当然ながら優劣も存在し、ハジメの基準では物足りないのもチラホラあるが、中には聖剣を始めとして神代から引き継がれてきた物もあるほどだ。
それに、基本的に一行は後衛職や支援職揃いなのだ。中にはラピスのように前衛を熟せる能力を持っている者もいるが、その本質は魔法の行使にある。この時点で、直接的な武器の攻撃力や防具の防御力には『念のため』以上の意味はない。……普通に考えて、後衛や支援職が直接攻撃を受ける時点で敗色濃厚なのである。
だが、一行が旅路を続ける上でなくてはならないものがある。それは移動手段だ。七大迷宮を巡ることを考えれば、そこらの馬車では役に立たず、玄武でも物足りなくなるだろうことは目に見えている。
そもそも玄武はキャンピングカーだ。色々と仕込んではいるが、その主眼は『野外でも多人数が安全に寝泊り出来ること』にある。やってやれないことはないだろうが、元より砂漠や雪原の横断を念頭に置いて創られたわけではないのだ。
だから、これから先、玄武以上に優れた移動手段の創造はほぼ確定している。……のだが、何から何までハジメに任せるのでは、流石に彼の負担が大きすぎるという判断だ。作成はまだしも、メンテナンスぐらいは他の者が出来るようになっておいて損はない。
その役割を恵里が担おうとしているのだ。
それはハジメにとっても助かることで、だからこそ、こうして恵里の指導に時間を割いているわけだが、ふと思いついたことがあった。
「いっそのこと、目的に沿わない部分はスッパリと捨てちまっても良いかもしれないな。恵里が錬成に力を入れている主目的は移動手段のメンテナンスだろう? つまり、『物を創る』ってよりは『物を直す』って言った方が正しい。
錬成師は、すなわち『創る者』だ。そりゃあ、壊れた物を直すことだって出来るだろう。……が、恵里の目的を考えるなら、元から『直すこと』に主眼を置くのもアリなんじゃないか?」
「……なるほど、言われてみれば尤もだ。天職や技能の内容については手探りだから、逆に見知った情報に囚われ過ぎていた可能性もあるか……。
実際にいるのかは知らないけど、『修復師』なんて天職を宿す人だっているかもしれない。そして私の天職の性質なら、確かに意識の持ちようでそっち方面の技能を引き出せる可能性も否定は出来ない。
うん、ちょっとやってみるとするよ。ダメだった場合は、引き続き指導をよろしく」
「おう。そん時は遠慮なく声を掛けてくれ」
そうして、恵里は視点を変えてチャレンジしてみることにした。実例を見たことがないので難しいが、元より意思を力とするのがドグマである。試すだけ試しても損はない。
それから暫くの間、皿の割れる音が庭の片隅で木霊し続けるのであった。
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「う~ん、流石に驚きだね。まさか、解放者が『神の支配からの解放』を意味していたとは……」
「そうだな。このようなこと、迂闊に残せるものでもない。口伝が抽象的で曖昧な内容なのにも納得がいったよ」
「まあそれはそれとして、シア・ハウリアの忌み子認定は取り消さざるを得ないね」
手記を確認していた長老衆が言葉を交わす。
手記の内容を確認すれば、自ずと口伝の正しさにも納得がいった。それは同時に手記の正しさを証明することになる。……である以上、自分たちの祖たる樹海の創設者、リューティリス・ハルツィナが森人族であることの証明でもあった。
一言に『亜人族』と言ったところで、それが示す種族は多い。だが、その何れにしろ神代を直接に知ることはないのだ。にも関わらず口伝を今に伝えているのは、それだけ自分たちの祖を誇りに思っているからであった。
ならば、その仲間の手記を疑うというのは――たとえ相手が人間族であったとしても――回りまわって祖の遺志を蔑ろにしてしまうことと同義となる。
確かに、手記を読んでもハルツィナが魔力を操作出来たかは分からない。ラピスの口八丁と言われればそれまでだ。
しかし、樹海の状況を鑑みれば、かなりのレベルで魔法を使いこなしていたことは間違いないだろう。
その上で想像する。魔法を使うごとに一々長々と詠唱していたと考えるよりは、省略できるところは省略していたと考えた方が祖として誇らしいしカッコいい。どうせ真実など分からないのだ。ならば、自分たちの祖にカッコよさを求めて何が悪いのか。
だが、そうなるとハルツィナは魔力を操作出来たことになり、必然的にシアの忌み子認定は取り消さざるを得なくなる。魔力を操作出来ることでシアを忌み子と認定するならば、同時に自分たちの祖をも否定することになってしまうからだ。
そう結論を出した折、いつの間にかリビングから姿を消していた長老たちが戻ってきた。
「熊人族長老ジン・バントンは、ラピス・ロギンス一行を正式に客人として認定する」
そして、開口一番、ジンはそう言った。虎人族の長老ゼルと、土人族の長老グゼもそれに続く。
「お前さん方、一体どうした?」
「ジンがラピス殿に手合わせを挑んでな、終始あしらわれ続けたんだよ。まともに一撃を入れることも出来ず、終いにはジンの体力切れだ。……アレを目にすれば、とんでもない実力の持ち主だってのは嫌でも分かる」
「ああ。感情任せに敵対していい相手ではない。手向かった者が殺されるだけならまだマシで、最悪の場合はフェアベルゲンそのものが滅ぼされるだろう。何せラピス殿の他に四人も攻略者がいるのだからな。……人によって沸点は違って然りだ。理屈で付き合えるのならば、その方が良い」
「同じ魔力操作を持つ者同士だ。シア・ハウリアを預けるのも一つの手だろう。繋がりを保持しておいて損はない」
武断派が次々と口にした。隠れ家に来る前とは打って変わった態度だが、言わんとすることは分かる。
(これほどの強者たち、敵に回すのもバカらしい。多少融通するだけでコネが作れるのであれば、その方が得である。……と、つまりはこういうことだろうな)
武断派の言葉を意訳したアルフレリックは納得の頷きをした。
さて。
手記の全てに目を通せば相応に時間も過ぎる。樹海に戻った時には既に夜も更けていた。
そんな中、長老衆はラピスたちを敵に回さぬためにも夜を徹して動いた。民衆に周知するためには、口にするだけではダメなのだ。確かな書面の形にして示す必要がある。それも早ければ早いほど良い。現在はハウリア族を会議所の一室に押し込め、民衆に余計な刺激を与えぬようにはしているが、それで確保出来る安全も長くは続かないのだから。
そして徹夜の甲斐あってか、早朝には触れを出すことに成功した。
その内容はラピスたちの正式な客人認定とシア・ハウリアの忌み子認定の取り消しである。客人とシアに危害を加えた場合、処罰することがあり得る旨も記載された。
人間族への対応といい、忌み子認定の取り消しといい、これまでと一転しての掌返しだ。当然ながら住民たちの困惑は大きかった。しかし、長老衆の名で出されたのなら従わざるを得ない。感情面では納得出来ぬ部分もあるが、一応ながらそれぞれの理由も記載されているとあっては是非もなかった。
こうして、シアを始めとしたハウリア族は、大手を振って国の中を歩けるようになったのだった。