ありふれた職業で世界最強~破壊の意思~   作:山上真

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16話

 タイミングが良いのか悪いのか、触れを出した翌日は大樹へ近づくことが可能な周期だった。

 慌ただしいことこの上ないが、この機会を逃すわけにもいかない。ラピスたちはカムとシア、そしてアルフレリックの案内で大樹の下へとやって来た。

 

「話には聞いてたが、見事なまでの枯れ木だな、おい」

 

 大きさは途轍もない。周りとは比較にもならない程だ。

 しかし、周囲の樹々が青々とした葉を盛大に広げているからこそ、逆の意味で浮いている。

 だが、惹かれるものがないわけではない。枯れているのに朽ちず倒れずある様は、さながら弁慶の仁王立ちか。どことなく勇壮さを感じさせる。

 

「大樹はフェアベルゲンの建国前から存在しているようだが、その時から既に枯れておったそうだ。長い年月を朽ちることなく存在し続けるその姿に、我らはいつしか神聖さを見出した。身近でありながら、どこか遠いその異様を代々語り続け、今もこうして共にある。

 まあ、その結果、現在では観光名所的な扱いになっておるのも否定は出来んのだがな。その一環として、各部族の者たちには順繰りでここの清掃を申し付けてあるのだ。いくら大樹が朽ちずとは言っても、周囲の樹々はいずれ葉を落とす。掃除をせぬわけにはいくまいよ」

 

 アルフレリックは静かに語り、かと思えば苦笑して続けた。言ってることは尤もだが、そう言われると神聖さが失せていく気がするのだから不思議である。

 

「ともあれ、これが件の石板だ。その方らの持つ攻略の証。それに刻まれた紋様と同じであろう?」

 

 大樹の根元まで歩み寄ったアルフレリックは、そこに建てられた石板を指し示す。

 その言葉に、各々が証を取り出す。

 石板に刻まれた七つの紋様。その内の一角と証の紋様は、確かに同じものだった。

 

「石板の裏には窪みもある。何を意味するのかまでは分からなかったが、証を見せられた時にピンと来たよ。何せ位置関係的には表の紋様に対応しているのでな」

 

 流石は年の功と言うべきか。幾度となく足を運んでいることもあるのだろうが、カムが気に留めていなかった――正確には覚えていなかった――部分までも、アルフレリックは把握していた。

 

「そんじゃあ、お言葉に従ってみますか」

 

 ハジメがアルフレリックの提言に従い、オルクスの指輪を窪みに嵌め込んだ。

 それを契機として石板が輝き出す。

 

「これは……ッ!?」

 

 アルフレリックが驚きの言葉を漏らす。 

 その間にも光は収束していき、形を変え、最後には文字を形作った。

 

「四つの証――」

「再生の力――」

「紡がれた絆の道標――」

「全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう」

 

 誰ともなしに浮かび上がった文字を読んでいく。

 

「エゲツねえな。特に三つ目と四つ目の条件が……」

 

 苦々しい表情でハジメが零した。

 

「それは、どういう?」

 

 理解しきれなかったカムが訝しげに問いかける。

 

「まずは一つ目の条件。四つの証……これは七大迷宮のうち四ヶ所を攻略して来いってことで間違いないだろう。

 次に再生の力……これは再生魔法を習得して来いってことさ。一つ目と被っていいのかまでは判断がつかないけどね。

 で、問題の三つ目。紡がれた絆の道標……これは亜人族と信頼関係を設けて道案内にしろってことだろう。実際、私たちはアンタたちの案内の下でここにやって来た。

 だが、最後の条件にある『全てを有する者』という部分が曲者だ。これを信じるなら、亜人族に頼らず独力でここまで辿り着いても意味がないのさ。

 挙句の果てに、この条件を知るためには、最低でも他の七大迷宮のどこかを攻略する必要がある。口伝で亜人族には『迷宮の攻略者には敵対するな』と忠告しているようだが、挑戦する側にとってはそんなの知ったことじゃない。

 仮定の話。変成魔法を会得した魔人族が、樹海の霧を無効化する魔物を用意したら? 変成魔法が手に入るのは、十中八九に魔人族の領土たる雪原洞窟だ。独力で霧を無効化することが可能になった魔人族が、迫害対象にある亜人族相手に下手に出ると思うかい? 大半は口伝など知ったことかとばかりに斬り捨てるだろうね。邪魔立てするなら殲滅しつつ進むかもしれない。そうしてここまで辿り着いても後の祭り。全ての条件を満たすことは出来ず、迷宮に挑むことは叶わない。……どっちにも得のない最低の結末さ。

 或いは、単に樹海を焼き払うなんて手段に出る者もいるかもしれないね。ここが厄介なのは、樹海という環境に霧が加わった点にある。霧だけならば、と暴挙に出る者がいてもおかしくはない。そうなった場合、果たして亜人族は逃げ切れるかな?

 ここまで言えば分かったろう? このメッセージは迷宮への挑戦者に向けたものであると同時に、亜人族に向けたものでもあるのさ。そして、この場に亜人族がいなかった場合、挑戦者から聞かされない限り、このことを知る術はないってわけだ。……ほら、エゲツないだろう?」

 

 恵里が、このメッセージから読み取れる推測を語った。

 それは確かに推測でしかないが、決してバカに出来る様な内容ではなかった。恵里の語った情景をカムも思い浮かべることが出来たからだ。普通に有り得る事態として。

 そして、条件に関わりのある亜人族そのものが、その事実を知らないのだ。重大性をキチンと認識出来ていないのだ。……確かにエゲツないと言えるだろう。

 

「まったく……。以前から解放者には片手落ちな部分が目立つと思っていたが、今回はとびきりだな。情報の秘匿は結構だが、それもキチンと考えて選別すべきだろうに。最悪の場合、このことを知っているかどうかが亜人族という種族の存亡を分けるぞ」

 

 深い溜息を吐いて呆れがちにラピスが言った。

 世の中、知らぬが故に助かることもあれば、知るが故に助かることもあるのだ。

 このメッセージを亜人族が前もって知っていたのなら、強硬手段に出る挑戦者相手にも交渉の余地が生まれるのだ。

 挑戦者にこのメッセージのことを伝えたとしよう。相手は『命乞いだ』と一笑に付すかもしれない。だが、その脳内には間違いなく『もしかしたら』という疑念が宿る。真実だった場合のことを鑑みれば、少なくとも確認を終えるまでは最後の一線を超えることはない。相手が一廉の理性を宿す者であればあるほど、その可能性は高くなる。

 しかし、現実として長老のアルフレリックすらこのメッセージのことを知らなかったのだ。これでは交渉の余地がない。口伝の内容を伝えたところで、相手が止まる可能性は低いだろう。口伝は口伝に過ぎないのだ。この石板のように物証として機能するわけではないのだから。

 

「アルフレリック殿、悪いがもう暫くフェアベルゲンに滞在させてもらう。当初の予定では挑戦できない場合はすぐに去るつもりだったが、流石にこれを知ってしまっては心情的に難しい。何れ再びここを訪れるつもりだが、その時に挑戦できなくなっていては意味がないのでな。防備やら何やらと可能な限りの助力をさせていただく」

「そういうことならば、我らとしても異存はない。手間をかけてすまぬが、よろしくお願いする」

 

 こうして、一行は暫くの間フェアベルゲンに滞在してから出発することになった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 一方その頃。

 愛ちゃん親衛隊の面々は往路にある農村や未開拓地の改善を終え、復路の途上にあった。行きとは別の道を通ることで、エリア内をバランスよく回れる寸法だ。

 そうして立ち寄った農村にて――

 

「山賊……ですか?」

「ええ、はい。この村は見ての通りの農村です。街からも遠く、近くに迷宮などもないため、冒険者に依頼を出すにも難儀します。一応、領主様には遣いをやったのですが色よい返事を貰うことは出来ず……」

 

 村長宅に挨拶に伺った愛子たちは、逆に村長から相談を受けていた。

 何でも、ここ最近、採れた農作物を隣町――馬車で一日かかる距離にある。冒険者ギルドはない。――に卸しに行ったタイミングを狙われているらしい。毎回ではないにせよ、行きに農作物を奪われたこともあれば、帰りに売った金で買ってきた品々を盗られたこともある。

 村人たちには戦闘経験と呼べるほどのものはなく、試しに腕自慢を護衛につけてみたが大して役には立たなかった。

 そう簡単に冒険者に依頼を出すことが出来ず、頼みの領主にも期待は持てない。そうこうしている内に被害は増える一方。唯一の救いは、荷を奪われた際にケガ人こそ出たものの殺された者はいないことか。

 

「不幸中の幸い、と言うべきなのでしょうが……」

「どうにも、ただの山賊とは思えませんね。相応の思慮深さが窺えます」

 

 村長の言葉に相槌を打った愛子は、チラリとアマリに目をやった。

 視線を受けたアマリは、愛子に続いて意見を口にした。

 

「思慮深さ……ですか?」

「ええ。仕事柄、私たちはこれまでにも各地を回ってきましたが、やはり大なり小なり賊騒ぎは起こっていました。ですが、その大半は鎮圧という結果に終わっています。冒険者や傭兵によるものもありますが、ほとんどは領主の出した手勢によるものです。

 そこで話をこの村に戻しますが、件の賊はケガ人を出しこそすれ、死人までは出していないんですよね? これは『領主の介入を避けているため』と捉えることも出来ます。領主にとっても賊は厄介です。普通なら鎮圧に動かない筈がないんです。けれど、それにも優先順位というものは回ってきます。……考えてみてください。荷を奪う際に『死人を出す賊』と『ケガ人で済ます賊』。領主にとって優先して対処すべきはどちらになりますか?

 また、そこにこの村の立地が加わります。冒険者や傭兵に依頼するにも難儀する。……仮に、賊がこのことを知って動いているとすれば? 正に真綿で首を絞められるが如きです。

 無論、私の考えすぎという可能性も否めませんが、そこいらの山賊と同一視するのも早計に思えます」

 

 首を傾げた村長に、アマリは自身の見解を述べた。

 こう言っては何だが、アマリのイメージする賊は『ヒャッハーしてナンボ』である。つまりは場当たり的な行動に出ることが多いということだ。

 天職持ちが優遇される傾向が強いとは言え、亜人族でもない限り働こうと思えば働ける社会を形成しているのだ。そんな状況で賊なんぞをやっている以上、我慢弱いのは明らかだ。

 しかし、だからこそ、この村を悩ませている賊騒動は『異質に過ぎる』と判断せざるを得ないのだ。

 

「実際に被害に遭われた方にお話を伺うことは出来ますか?」

「おお! それでは対処していただけるので?」

「全員ではありませんし、どこまで力になれるかも分かりませんが……。それでも、放っておくわけにはいかないでしょう」

「すみません、天野さん」

 

 案内状を受け取り村長の元を辞した後、愛子は申し訳なさげに言った。

 本来ならば、生徒たちの引率役として、このパーティーの責任者として、辛くとも愛子が宣言すべきだったのだ。戦闘力の都合上、実際に対処するのはアマリに任せるにしても、そうするのが責任者の在り方である。

 ただ、やはり愛子としてはこういったことを生徒たちに任せるのには忌避感を覚えるため、雁字搦めになり動けなくなってしまうのだ。

 愛子の謝罪は、それを理解しているが故でもあった。

 

「謝る必要はありませんよ。……ただ、そういうわけですので、何人かは私と一緒に賊の対処に当たってもらいます。必然的に先生の護衛と農作業の手伝いも減ることになってしまいますので、そこはご了承ください」

 

 アマリもまた申し訳なさげに言った。愛子の心情は理解しているつもりだ。その上で『他の生徒にも手伝ってもらう』と告げているのだから、愛子に与える精神的ダメージは如何ばかりか。

 実際に賊と相まみえたならば、その対処はアマリ一人でも十分だろう。

 だが、アマリ一人ではそこまでの過程に問題がある。特段探索能力に優れているわけでもないため、賊の塒を探すのにもどれだけかかるか分かったものではない。それをどうにかしようと思えば、人海戦術か、それこそ適任者にやってもらうしかないのだ。

 互いに根が優しいからこそ、互いを思い合ってダメージを受けている二人であった。

 

「分かりました。賊の対処は天野さんに一任します。……それで、手伝いには誰を連れて行きますか?」

「まず、雫さんと鈴さんは確定ですね。いずれ恵里さんたちと再会した時には私同様ついて行くと思いますので、経験を積んでおいて損はありません。あとは遠藤君と清水君ですかね」

「遠藤君の天職は暗殺者でしたよね?」

「ええ、そうです。この字面だとイメージが悪いですが、忍者と捉えればどうですか? 『不意打ち主体の情報斥候』と考えれば、それほど的外れではないと思いますけど……。少なくとも、私たちの中では情報収集に最も向いていると思います。面と向かってのそれは除きますが……」

「それは仕方ないでしょうね。……けど、なるほど、忍者ですか。そう聞くと納得してしまうのですから不思議ですね」

 

 誠に失礼なことではあるが、両者の脳裏には影の薄さに嘆く少年の姿が浮かんでいた。

 けれど、その影の薄さが情報収集の際にはプラスに働くことは間違いない。面と向かってすら気付かれないことが多いのだ。盗み聞きや秘匿資料の確認などには、これほど向いている人材もそうはいるまい。

 実際、愛子には内緒だがアマリは浩介に色々と頼んでいた。立ち寄った町や村でコッソリと動いてもらい、不正の証拠なども相応に手に入れている。いざという時には役立つだろう。

 

「それで、清水君はどうして?」

「彼は闇術師ですから。これが何かの企みごとの一環である場合、精神に作用する力を以てすれば内容を掴めるかもしれません」

 

 こう答えたが、それ以外にも理由があった。

 アマリから見て、清水には危ういものを感じるのだ。それが何かまでは掴み切れていないが、だからこそ、この機会に読み取ろうと思ったのである。

 

「分かりました。お願いする私の言えることではないかもしれませんが、気を付けてくださいね」

「はい。先生の方もお気をつけて」

 

 こうして愛ちゃん親衛隊は、とある農村での賊騒動に巻き込まれるのであった。

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