「今までとは趣が異なる。どうやらここが最下層か……」
マッピングをしつつ火山内を進み階段を下りたラピスの視界に映ったのは、道中とは様相の異なる空間だった。マグマに満ちた場所であることに違いはないが、そこは今までにないほど広い空間なのである。
グルリと一周できる足場があり、その先にはマグマの海。海を渡った先、中央には浮島があり、マグマがドームを作っている。浮島までの道らしい道はなく、精々が『ここを渡って行け』と言わんばかりに海から突き出ている飛び石ぐらいのものだ。
「さて、どうするかな……?」
道中、オルクス大迷宮のような転送陣は存在しなかった。見たところ、ここにもない。
つまり、ここから帰ろうとすれば、再度えっちらほっちらとダンジョンを後戻りしなくてはいけないということだ。……流石にそれは御免被る。
天然自然に出来た迷宮ならば転送陣などという便利な物がなくてもおかしくはないが、こと七大迷宮に限っては話が異なる。信憑性は定かではないが、これらは古の時代、神に反旗を翻した反逆者が作ったという説があるのだ。空中を流れるマグマなど自然に出来る筈はなく、その話を補強する。
こんな手の込んだ物を伊達や酔狂で作る筈もないので、きっとそこには何かしらの目的があるのだろう。ならば、目的を達成した者用の裏口などがあってもおかしくはない。
ぱっと見で見当たらない以上、おそらくはドーム内にでも帰還用の転送陣があるのだとは思うが、そのためにはドームをどうにかしなくてはならない。
そしてドームに近付くためには、飛び石を渡っていく必要がある。ハッキリ言って嫌な予感しかしない。
色々とドグマを身に着けたラピスだが、飛翔のドグマはその限りでは無い。難易度が高すぎるのだ。使えないわけではないが、『使いこなせる』とは言い難い。浮遊のドグマは扱えるが、それでは移動速度に難がある。ごく短距離の空間転移や跳躍などもやってやれないことはないが、流石に場所が悪すぎる。それに跳躍はまだしも空間転移は一回の消耗も大きいのだ。一歩間違えればマグマの海に一直線とあっては試す気にもならない。
そうなればラピスの取り得る手は一つだけだった。幸いなことに、道中と違ってここには十分な高さと広さがある。
ラピスは首飾りへと手をやった。自身の二つ名である青金石で作られた、騎士を模した像だ。
「目覚めろ、インサリアス!」
ラピスの声に応じるかのように首飾りが光輝き、魔法陣が浮かび上がる。それは徐々に大きくなり、次の瞬間、ラピスの傍らには首飾りそっくりの白いロボットが鎮座していた。それはトータスに有り得ない機動兵器――オート・ウォーロックである。普段は首飾りを介して亜空間に封印されているのだ。
アル・ワースにおける、エンデからの解放の契機となった先の戦乱において、魔従教団の有する戦力は反抗勢力に対して大きな戦果を上げることは叶わなかった。
それも無理はないだろう。教団の主戦力たるオート・ウォーロック『ディーンベル』は完成系と評される程に高い性能を有しているが、結局のところ量産機に過ぎず、その役割も砲台を主としている。また、使いやすさを優先して設計されているが故に軒並みリミッターを施されているのも特徴だ。量産機としては破格の性能を有していても、正直に言えばそこ止まり。
対し、相手は教団からの脱走者を筆頭に他国や異世界といった所属問わずの混成軍。挙句の果てに大半がワンオフという有様で、混成軍ゆえにかそのバリエーションも豊富極まる。装甲に物を言わせたタイプから機動力に物を言わせたタイプといった具合であるが、それだけでは済まない。機体のサイズもまちまちで10メートルに満たない物から100メートルを超す物まで実に様々だ。
裏切り者――イオリとアマリ――の駆るオート・ウォーロック『ゼルガード』を筆頭に、それらが見事な連携を取ってくるのである。
かろうじて相手取れたのは現導師――当時は法師だった――『黒曜石の術師』セルリック・オブシディアンの駆るディーンベルのカスタム機『ワース・ディーンベル』くらいであった。ワース・ディーンベルはリミッターが外されており、ディーンベルとは比較にならない性能を有していたが、それでも良質な数の暴力の前には敗退を余儀なくされている。
法と秩序の番人がその役目を果たせていないのだ。そうなれば『ディーンベルよりも優れたオート・ウォーロックを!』という声が組織内で上がるのは自然なことで、インサリアスはそうして作られた内の一機である。他国で使われている機体や件の混成軍団の機体をも参考にして作られた、正に新機軸のオート・ウォーロックだ。
しかし、結局のところそれらは使われることなくお蔵入りとなった。ワース・ディーンベル同様リミッターが外されていることで非常に扱い難く、また『性能の追及』の下に色々と盛り込まれているせいで非効率的な部分も少なくはない。使いやすさを重視した設計のディーンベルに慣れた術士では使いこなせなかったのである。当時のラピスも無理だった。
この機体がラピスに与えられたのはトータスへ帰還する際である。エンデから解放され自由意思を取り戻した後、目標もあったからだろうがラピスのドグマは見違えて成長した。元居た世界に帰るにも関わらず、正式に法師として認められるほどだ。
それもあって『倉庫内で眠らせておくよりは余程いい』とラピスに与えられたのである。
十メートルに満たない小型機でありながら可変機構を有し、空陸の移動はもちろん水中や大気圏外の活動も問題なし。自己修復機能もついており、更には周囲のオドを吸収しエネルギー源とする一種の永久機関も備えている。……と、正に高性能を地で行っている仕様だ。
しかし、ゼルガード同様魔力の増幅率が不安定であり、乗り手の実力やコンディションによってダイレクトに戦闘力が変化するため、ラピスもまだ完全にインサリアスを使いこなせているわけではない。戦闘機動となると自信が無いのが正直なところだ。
なにせトータスでこんな物を表立って使えば間違いなく目立つ。ばかりか、そこらの魔物に対しては使いづらいことこの上ない。サイズ差のせいで小型の魔物に対しては攻撃を当てにくく、かと言って広範囲攻撃を行えば周囲への被害もバカにならない。
よって、頂戴したは良いものの専ら高空を飛んでの移動手段としてしか使っていないのが現状だった。
つまり、想定通りであれば、ここがトータスにおけるインサリアス初の実戦である。それもあって、心なしラピスは高揚していた。
即座に乗り込むと、間もなくして純白の魔法騎士は宙に浮かび上がった。
飛行したインサリアスがマグマの海を進んで行くと、突如として機体に振動が走る。見れば、ここの名物と言ってもいい『空中を流れるマグマ』から、次々とマグマの弾丸が放たれていた。
自動で発動する魔法障壁により大したダメージは受けていないが、そもそもにしてインサリアスは機動力に物を言わせた『避けて当てる』タイプの設計思想である。元々の装甲は薄いため、いくら自己修復機能と魔法障壁があっても過信は出来ない。永久機関を備えていても、攻撃を受け続ければエネルギーの回復が追い付かなくなるのは必定だ。
センサーがいまいち役にたっていないのが痛い。魔法的なものにも反応する物を組み込んでいるのだが、周りのそこかしこから反応があるせいで、ラピス自身が情報を捌ききれないのだ。操縦の補助システムとして人工生命体『ウォルンタス』を改良した物を組み込んでいるので情報が蓄積されていけばマシになるだろうとは思うが、現状ではこのまま対応するしかない。
「チィッ、案の定か!」
舌打ち一つ。ラピスは機体の速度を上げ、弾丸を縫うようにして中央の島へと一気に近付く。それで躱しきれるものではないが、そこは障壁に任せるしかない。
安堵する暇もなく耳障りな咆哮が響く。と同時に、マグマの海から大蛇が大口を開けて迫りくる。
「ッ!? 不意を突かれようと、それだけ大きければ!」
高機動型は伊達ではない。インサリアスは不意打ちを見事に躱し、擦れ違いざまにその手に持った剣で斬りつける。生身の時と同様、剣は風を纏っている。
幾重もの風の刃に斬り刻まれ、大蛇はその身を虚しく散らせた。――正確には、肉体と言うべきものが存在しなかった。大蛇の魔物がマグマを纏っているのではない。マグマが大蛇の形をとっているのだ。
「ちょっと待て、まさかこのマグマそのものをどうにかしろと言うんじゃないだろうな……?」
更なる大蛇を生み出している眼下に広がる海を見て、ラピスは思わず最悪の予想を口にした。インサリアスの性能を十分に引き出せたならやってやれないことはないだろうが、あくまでも性能を引き出せたらの話。現状のラピスはインサリアスを扱えてこそいるものの、使いこなせているとは言えないのだ。
もしそうなら、面倒だがダンジョンを逆走する方がマシである。そう思いつつも周囲を見渡した時、中央の島の岩壁が光っているのを確認出来た。オレンジ色の、拳大の光がポツンと輝いている。
最初に確認した時には光っていなかった。それは断言してもいい。ならば、なぜ今は光っているのか?
「試してみるか!」
いくつかの可能性が思い浮かび、最も妥当と思われるものを試してみることにした。
「奔れ、TORRENT!」
インサリアスの前に幾つかの魔法陣が浮かび上がり、そこから魔力の衝撃波が放たれた。奔流のドグマである。
衝撃波は全てとは言わないまでも何体かの大蛇を呑みこんだ。次の瞬間、岩壁に更なる光が灯る。
「やはりか! それなら話は簡単だ!」
十中八九、一定数の大蛇を仕留めれば良いのだ。数こそ分からぬまでも、それだけ分かれば十分でもある。生身ならば厳しかったかもしれないが、オート・ウォーロックならばその限りでもない。鬱陶しい熱気も、空調を利かせたコクピット内ならばある程度遮断できる。更には単純な攻撃範囲からして生身とは雲泥の差があるのだ。
四方八方から放たれるマグマの弾丸は躱しきれるものではないが、威力の大部分は障壁に軽減される。ならば一先ず無視してもいい。大蛇の方は自分から噛みつきに近付いてくるので、近寄ったところを反撃で仕留めていけばいいだけだ。
そして実際、それから数分と経たずして規則正しく用意された岩壁の光は全てが輝いた。その数はちょうど百。
マグマのドームはその姿を消し、内部から現れたのは漆黒の建造物。
インサリアスを動かし接近。何の妨害もなかった。
「眠れ、インサリアス」
機体から降り、首飾りを翳す。再び魔法陣が浮かび上がり、言霊に従うかの様に白騎士はその姿を消した。
念のためある程度の距離を取り、グルリと回って建造物を確認する。ぱっと見ではドアも窓もない。
建物の傍らには地面から数センチほど浮遊している円盤があった。試しに乗ってみたがまるで動かない。宙に浮かんでいる以上、エネルギーが切れているというわけでもないだろう。動かす何かが足りない、と言ったところだろうか。
「となれば、この建物のどこかに……」
今度は接近し、壁に手を当てつつ壁面を確認していく。そうして調べたところ、壁面の一部に文様が刻まれているのが確認出来た。怪しいことこの上ない。
油断せず文様の前に立つと、その部分が音もなくスライドする。
「センサーの類でも仕掛けられていたのか。迷宮内の仕掛けといい、とてもじゃないが現代のトータスでは考えられんな……」
呟きつつ中に入ると、音もなく扉が閉まった。
建物内を見渡して真っ先に目に入ったのは、床に刻まれた複雑精緻な魔法陣である。……と言うか、それ以外には何もない。殺風景極まりない場所だった。
魔法陣を見てみるが、その内容は分からなかった。現代魔法では及びもつかないほどに高度過ぎるのだ。強いて言うならばドグマで扱う魔法陣に似ている部分がなくもないが、だとしても高度であることに違いはない。辛うじて分かったのは『精査』や『継承』に関する式が組み込まれていることぐらいだった。
「入るしかないか……」
どちらにせよ、ここまで来た以上は入るしかないのだ。
溜息を吐きつつ、けれど警戒は絶やさぬようにして魔法陣に入る。
次の瞬間、魔法陣が輝くと同時に迷宮攻略に入ってからの記憶が勝手に溢れ出した。強制的な記憶探査に、何とも言えない感覚を覚える。
「うぐッ……!?」
だが、マグマ蛇の討伐を終えたところまで記憶の閲覧が進むと、明確な痛みが走った。『とある魔法を刷り込んでいるからだ』と、何故か理解することが出来た。
やがて痛みが治まると、ラピスは自分に何が起こったのかを理解していた。魔法陣に入った者の記憶を精査し、条件を満たした者に『神代魔法』を授ける仕組みだ。ここで授けられたのは『空間魔法』である。
「しかし、これは一体どういうことだ……? この空間魔法とやら、まるでドグマじゃないか。まさか、神代魔法はみなドグマとでもいうのか……?」
空間魔法を刷り込まれたことで、それがドグマであることに気付いた。魔法陣が似ているのは偶然でも何でもなかったということだ。
刷り込まれたのはあくまでも基礎的な部分だけなので、このままでは世界の壁を超えることは出来そうにない。空間に関する魔法だけあって消費は激しそうだ。だが、今まで用いていたドグマの術式と合わせることでそれも軽減できるだろう。
魔法陣の輝きが収まると、音を立てて壁の一部が開いた。それだけではなく、壁面に輝く文字が浮かんでいく。
「人の未来が自由な意思のもとにあらんことを切に願う。ナイズ・グリューエン……か。その意見には賛成だな」
アル・ワースでは記憶を改竄され、精神を制御され、そこに自由意思などはなかった。ただただ盲目的にエンデと教団の教えに従う存在に成り下がっていた。唾棄すべき、されど忘れてはならない大切な過去である。
そんなラピスにしてみれば、自由意思を願うのは至極尤もであった。
「とは言え、これだけだと何が何やらだな……。あっちには何がある……?」
トータスとアル・ワース。神代魔法とドグマ。この奇妙な親和性は分からないままだ。
開いた壁のところに向かうと、中にあったのはペンダントであった。見事な意匠が施されているが、『何のためにここが用意されたのか』、『何のために用いるのか』といった肝心な部分はまるで分からない。
とは言え、唯一手に入った物品だ。おそらくはこれが、外の円盤を動かすための鍵なのだろうと判断することは出来た。
素人なりに室内をざっと調べてみたが、隠し扉などはなかった。
「これ以上は無意味だな。さっさと迷宮を抜けるとしよう」
結論を出し、ラピスは建物を出て円盤に飛び乗った。案の定、円盤は動き出す。
アル・ワースでの経験がある以上、どうせ市井に紛れての生活は困難なのだ。短時間ならばともかく、長時間となれば神への不信感から遠からずボロが出る。
だから、謎を解き明かすためにも、他の七大迷宮に挑むことを心に決めた。