「世話になったな。俺たちはこれで失礼させてもらうが、いずれまた会おう」
フェアベルゲンの門前にて。
そう言って軽く会釈したのはラピスだ。
「なに、それを言うならこちらの方だろうて。森の外まで送ってやれないのは心苦しいが……」
その言葉に嘘はないのだろう。アルフレリックの表情は申し訳なさげだ。
実際、ラピス一行が亜人族に齎したものは大きい。
第一に、直接的な防御力を持たせた結界型アーティファクトを用意・設置することで、フェアベルゲンや周辺集落の防御力を高めた。
これにより、フェアドレン水晶だけでは心許なかった魔物による被害が格段に減ることとなったのだ。
第二に、亜人族の防衛体制の見直し・強化を図った。
亜人族の大半は直接的な戦闘能力の低い兎人族を見下していたが、一行にしてみればそれは余りに勿体ない。臆病なればこそ、危険には敏感だ。どうせ樹海から出ないのであれば、元々の特性と相俟って兎人族ほど斥候として優れた者は他にない。
特性云々は他の種族にも言えることで、どの種族にも相応の『強み』は存在する。それらを上手く組み合わせられたならば、今まで以上の強さを発揮出来るのは間違いない。
よって、試験的に種族の垣根を超えたグループを幾らか作らせ、樹海の魔物をひたすら狩らせた。こればかりは数を熟すしかないので仕方ない。だが、思惑通り、後になればなるほど効率的に魔物を狩ることが可能となった。
第三に、武具の提供だ。
武器は鈍器に刃物と様々だが、共通してその素材は奈落産であり、製作者はハジメである。素材が素材ゆえに頑強さは言うに及ばない。
大半は素材を錬成しただけの代物だが、中にはアーティファクトにした物もある。特に『風爪』技能を組み込んだ刃物の鋭さは、都会で扱っている『一級品』を軽く凌駕している。武器の中には『纏雷』技能を仕込んだ物もあり、そちらは受けた相手を強制的に麻痺させることが可能となっている。
グループを組み、他の種族に認められることで劣等感を払拭した兎人族は、これらの武器を扱うことで元々の隠密能力の高さと相俟り樹海内では並ぶ者のない暗殺者と化した。兎人族に共通する純粋な膂力の低さを補って余りある程の威力を、ハジメの創った武器は有しているのだ。
防具に関してはアクセサリーに限定してある。鎧の類を用意すること自体は可能だが、サイズ別で複数用意するとなると面倒どころの話ではない。それよりは『耐性』技能を仕込んだアクセサリーを複数用意する方が手間は少なかったのだ。
第四に、長老衆に限定して転移陣の真実を話し、鍵の増産も行った。
これにより、いざという時はオルクスの隠れ家への退避が可能となったのだ。
それほど長居したわけではなく、それぞれを並行して行う必要があったため、特にアーティファクトの質に関しては妥協した部分が大きい。用意したハジメにしてみれば、あくまでも『量産品』の枠を出ない代物ばかりである。まあ、数を優先すれば仕方のないことではあるのだが……。
それでも、亜人族にとって大きな助けとなったのは事実だ。確かに亜人族も一行が滞在する間の衣食住を提供したが、『世話』と言うならば亜人族の方が大いに受けているのは否定できない。
アルフレリックの言葉はそれ故のものだ。
「気にすんなよ。シアが俺たちに同行する以上、霧に迷うこともないしな」
ポンとシアの頭に手を置きつつ、ハジメが応えた。
「そうか。……シア・ハウリアよ。元はお前を処刑しようとした私が言えることではないのかもしれぬが、我ら亜人族の代表として頑張ってほしい」
アルフレリックは、そう言ってシアへ頭を下げた。
長老の一人、すなわち一国のトップに立つ者が、一介の少女へと頭を下げたのだ。
それに慌てたのは他ならぬシアである。
「あ、頭を上げてください、アルフレリック様! 私が言うことではないかもしれませんが、仕方のない部分もあったと思います! ……時の流れによる情報の遺失と閉塞した環境。これらが悪い意味で重なった結果です。
今現在は、このように見送っていただけています。なら、私はそれで十分です」
「そう言ってくれるか……。感謝する。我らもまた此度のことを教訓とし、後世へ伝える努力を欠かさぬようにしよう。――では、達者でな。再び訪れる時を楽しみに待っている」
「はい! 次に来るときには成長した姿をお見せします!」
そして、一行はフェアベルゲンを後にした。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
樹海を抜けたところで。
ハジメが玄武を取り出したのを確認したラピスは、出発を制するかのように口を開いた。
「さて、シアも仲間になったことだし、改めて確認しておこう。最終的には七大迷宮全てを攻略するつもりだが、目下の目的地はホルアドとなる。依頼の完了報告をしなくちゃならないからな」
「俺たち三人の救出依頼だよな?」
「ああ。場所が場所ゆえに時間が掛かることは向こうも了承済みだが、脱出を果たした以上は報告を行う必要がある。……冒険者のランクが上がれば複数の依頼を同時に受けることも可能となるが、報告を済ませないことには枠が埋まったままだからな。お前たちの重要性も相俟って金ランクの限定依頼だ。それだけに枠の圧迫率も大きいし、報告をしないことには低ランク依頼しか受けることが出来ないわけだ」
「普通に考えて、高ランク冒険者が低ランクの依頼を受けるのもあまり良しとはされないだろうしね。どれくらいの圧迫率なのかは分からないけど、そんな状態をさっさと抜け出したいってのは分かる話だ。飯の種たる依頼が受けられないんじゃ、冒険者をやってる意味が低いだろう」
「全く以てその通り。そんなわけでホルアドを目指すつもりだが、まずは近隣の町である『ブルック』に向かう。……理由は分かるか?」
グルリと顔を見渡してラピスが問いかけた。
「素材の換金と消耗品の補給、で合ってるかな? 一言に『ホルアドを目指す』って言っても距離はあるし、兎人族相手に大放出しちゃったから、少なくとも食料を補給する必要はあると思うんだけど……」
「それと情報収集。私たちは世間一般における近況を知らなすぎる」
答えたのは香織とユエだった。
食料に関しては野生の動物や魔物を狩って済ませることも出来るが、金を払って普通の食料を買えるのならばその方が良い。それが文明的な人というものだ。
よって、香織の答えは間違いではない。
ユエの答えもまた然り。
ユエの言う通り、一行はここ最近の情報をほとんど知らないのだ。知っているのは通信機を介してアマリたちから齎されたものばかり。あまりにも限定的だ。……まあ、オルクス大迷宮→ライセン大峡谷→ハルツィナ樹海といった道程だったのだから無理もないが。
情報の伝達手段が地球やトータスと比べて格段に低いとは言え、数ヶ月もあれば色々な情報が更新されているだろう。旅を続ける上で知るべきことは色々とある。
そういったあれやこれやをこの機会に仕入れるのは正しい判断だろう。
「付け加えれば、ユエとシアのステータスプレートも発行したいところだ。それも教会じゃなく、ギルドでな。どちらでも発行は出来るだろうが、ギルドの方は商人としての『利』を重視する。樹海や大峡谷の素材を持ち込んでやれば、それだけで俺たちに『利』を見出してくれるだろう」
二人の言葉に頷いたラピスは、樹海の素材を入れた袋をジャラリと揺らしてそう言った。
「何だってわざわざ袋に入れているのかと思えば、そういうことかよ」
納得した風にハジメが言えば、『それだけじゃないがな』とラピスは続けた。
「こういった辺境の町ならともかく、都会に行けば行くほどに出入りの際のチェックは厳しくなる。ステータスプレートを持たない者は、余程の理由でもない限り簡単に出入りすることは出来ないんだ。入り口で止められ、面倒な手続きを行い、再発行されたステータスプレートで本人と認められて漸く、と言ったところだな。場合によってはこれで数日かかることもあるらしい。……流石にそんなのはゴメンだろう?」
「そいつは同意だ。……なるほどな。情報の伝達に難があるからこそ、裏取りそのものが難しい。確定部分だけを告げれば、他は誤魔化したところでどうとでもなるか」
「確定部分……『私たち三人は神の使徒である』、『ラピスさんは私たちの救出依頼を受けた』、『私たちはオルクス大迷宮の攻略を果たした』、『シアは魔力を持っている』ってところかな?」
「そんなところだろうね。法師の依頼受注書を見れば、前三つは状況証拠として十分に機能する。私たちの名前の響きもそれを後押しするだろう。
また、オルクスの攻略を果たした法師が他の七大迷宮の攻略を目指しても何も不思議はない。実際にグリューエンは攻略済みなわけだしね。だからこそ、シアを迎え入れていても説得力はある。
バックストーリーとしてはこんなところかな? 『オルクスの最下層には彼の人物の隠れ家があり、そこにはユエが暮らしていた。久々の人との出会いに触発された彼女は私たちへの同行を希望した。オルクスの出口は転移魔法陣で、それはライセン大峡谷に続いていた。峡谷を抜け、ついでとばかりに樹海に足を延ばしたところで、魔力を持っているが故に排斥されていたシアと出会い仲間に迎え入れた。樹海の迷宮に挑むには亜人族の案内者と他の迷宮四ヶ所を攻略した証が必要であり、一先ず樹海を後にした』。……どうだい?」
「悪くない。ついでに私たちも冒険者登録をすれば尚のこと良いと思う」
サラリと恵里が語った作り話にユエは頷いて見せた。
ステータスプレートを発行する以上、ユエとシアのステータスはギルドの知るところとなる。
その点だけを踏まえれば確かに面倒だが、これから先、二人を一度も街に入れずに済ませるなど不可能だ。実際、目下の目的地はホルアドなのだし、ステータスプレートの発行に関するあれこれは確定した面倒事なのだ。
ならば、距離的にも王都に近いホルアドよりは、辺境とも言えるブルックで済ませておいた方が良いだろう。
エヒトは人間族に共通して信仰されているが、だからと言ってその宗教までは話が別だ。
確かに聖教教会の総本山たる神山に近ければ近いほど権勢は強い。だが、逆に言えば離れれば離れるほど権勢も弱くなるのだ。
だからこそ、都会で二人のステータスプレートを発行しようとすれば、教会が要らぬ口を挿んでくる可能性は決して否定出来ないのだ。
町の出入りに関する手間だけで考えても、ブルックで済ませておいた方が確実に楽だろう。
対応した職員が異常なステータスや技能に疑問を覚えても、ハジメの言う通りに誤魔化しようはある。何せ実際に現地に赴いて確認する術がギルドには無いのだ。ギルド側は前提として『表示される情報』と『語られる情報』を信じるしかないのである。
加え、『金ランク冒険者』というラピスの肩書が役に立つ。
高ランク冒険者はギルドにとっても貴重だ。実力と人格を兼ね備えている者は尚のこと。……ギルドも商売の一種である以上、金でランクを買う者も皆無ではないのである。
その点、ラピスは功績を上げた上で昇格を果たしている。ちゃんとした実績があるのだ。
そんな彼が仲間として連れている以上、ギルドにしてみれば他の面々にも期待が持てる。種族がどうであれ、そんな人物が冒険者になるのであれば、ギルドとしても悪い話ではない。
そもそも亜人族に対する差別は、大きな理由として『魔力を持たない』ことが挙げられている。その点においてシアは魔力を持っているのだから、『例外』として扱うことは不可能ではない。
魔力を持たない海人族だって、海の幸を手に入れる上で大いに役立っているからこそ、亜人族なのに差別を免れているのだ。
要は『役に立つかどうか』なのである。
「上手く事が運んだとしても、シアは他との同行が必要不可欠だろうがな。ステータスプレートの所持だけで大手を振って歩けるほど、亜人族との溝は浅くない。不便だとは思うが、首輪を着けずに済むだけマシだと思ってもらいたい」
「首輪を着けずに済むなら、それだけで上等ですよ」
そもそもが海人族を除いた亜人族は樹海の引き籠りだ。たとえラピスたちに同行していても、元より人の町で大手を振って歩けるとは思っていない。むしろシアとしては奴隷の証たる首輪を着ける必要があると思っていたのだ。
そんなシアにしてみれば、上手くいった場合とはいえ首輪を着けずに済むなら上等である。
「そう言ってくれると助かる。……それじゃあ、ブルックに向かうとしよう」
目下の方針を話し終え、一行は玄武に乗り込んだ。