「お待たせいたしました、ラピスさん。これが今回持ち込んでいただいた一部素材の買い取り額になります。現在では実力のある冒険者でも行けて四十七階層までとなっておりますので、それ以降で獲得された素材の大半はすぐに値を付けることが出来ません。その分は後日支払わせていただきます。ただ、冒険者は攻略中に亡くなってもおかしくはありませんので、その際はご家族に渡させていただきたいと思います。……よろしいでしょうか?」
「ええ、問題ありません。それでお願いします」
「では、こちらの用紙にご家族の名前とご実家の住所を記入してください」
ホルアドの冒険者ギルドにて。
七大迷宮を攻略することに決めたラピスは、場所がハッキリとしており、それでいてグリューエン大火山から最も手近な場所にあるオルクス大迷宮に挑戦することを決めた。
手に入れた空間魔法による転移術で町までの移動時間を短縮し、マッピングしつつ百階層まで降りてみたのだが、最下層にあった反逆者が用意したと思しき注意書きを見て一旦戻ることにしたのである。
『これより先、危険度は跳ね上がり、空間の力なくば引き返すことも能わない。覚悟の上で挑むことを望む。百の階層で私は待つ。……オルクス』
注意書きにはこうあった。つまり、最下層は百階層どころではなかったのだ。むしろ、百階層まではウォーミングアップに過ぎなかったのである。
流石にこれは報告しておいた方が良いだろうという判断だ。ここまでのマッピングで用紙が心許なくなったのも理由の一つである。
これまた転移魔法で時間を短縮し、魔石やら素材やらの買取を頼むと同時に地図を提出しつつこれらを報告。素材が素材ならば内容も内容だ。時間が掛かることを告げられ、買い出しなり食事なりで時間を潰し、漸くにして呼ばれたわけである。
渡された用紙に言われた通り記入して――
(そう言えば、結局顔を見せてないな。今からでも、一度顔を見せに行こうか)
と思い至った。
「確認いたしました。名字からもしかしてとは思っていましたが、メルド騎士団長の息子さんでしたか。偶然ですね。現在、メルド騎士団長も召喚された勇者様方と一緒に迷宮に潜られていますよ」
用紙を受け取ったギルド職員の言葉に素直に驚く。
「そうなんですか? 転送陣を利用したから、どこかで行違ったのかもしれませんね。――ところで、その『勇者様方』というのは? 恥ずかしい話ですが、最近は情報に疎くなってまして……」
「これほどまでの精度で未探査部分のマッピングを済ませたのです。それも無理はないでしょう。……そうそう、勇者様方についてでしたね。私も詳しくは知りませんが、魔人族による攻勢を重く見たエヒト様が上位世界より召喚されたとのことです。今日は二十階層で引き返すとのことでしたので、待っていれば会えるかもしれませんよ?
それと、おめでとうございます。今回の功績を以て、ラピスさんは金ランクに認定されました。今後も活躍されることを期待いたします」
「ありがとうございます。取り敢えずは久しぶりに父と会うことにして、その後は百階層以降に潜ってみようと思います。注意書きにあった『空間の力』は手に入れてますので」
激しい音を立ててギルドのドアが開いたのはそんな時だった。
「緊急事態だ! 至急、支部長と面会させていただきたい!」
怒鳴り込むようにしてドアから姿を見せたのはラピスの父、王国騎士団長、メルド・ロギンスだった。
「少々お待ちくださいませ!」
本来ならば窘める筈の職員だが、相手はメルドだ。王国騎士団長たる彼がこの様なマナー違反をする以上、文字通りの『緊急事態』と判断するのは当然であった。慌てて支部長室に駆けこんで行く。
「久しぶり。一体どうしたんだ、父さん?」
「……ッ!? お前、ラピスか!? そうか、生きていてくれたか……。悪いが、息子といえど言えぬことがある。分かってくれ」
驚愕し、次いで喜び、その後には顰め面を作ったメルドである。
「分かっているから訊いているんだが? 大火山の攻略やここの百階層までの到達を以て、ついさっきだけど俺は金ランクに認定された。だからこそ、内容次第じゃ俺に話が回ってくる」
「お待たせいたしました! 支部長がお会いになられます!」
「……分かった。お前も支部長室に同席してくれ」
悩むメルドだったが、ラピスのステータスプレートに金の印を認めれば、その言葉を信じざるを得ない。また、丁度そこに支部長の準備が整ったとの知らせが届けば、これ以上悩んではいられなかった。
そうして報告に同席したラピスには、メルドとギルド支部長、ロア・バワビスの連名により、この場で一つの依頼が提示された。内容は『神の使徒三名の救出、ないしは遺品の確保』である。無論、断る理由はなかった。どの道潜るつもりだったからだ。
最低限度に聞くことを聞き知ることを知れば、早々にその場を辞した。救出となれば時間との戦いでもある。生きている可能性は薄いにしてもゼロではない。
次に向かったのは王国直営の宿屋である。異世界から召喚されたのであれば、救出対象の顔写真なりを持っている可能性もある。無いなら無いで仕方ないが、その程度の確認ならば大したロスにはならない。
宿屋内の雰囲気は暗かった。宿の主人に依頼を受けたことを告げ、取次を頼む。
とは言え、一介の主人にそこまでのことが分かる筈もない。なので、比較的気力のある者の場所へと案内された。
まずは宿の主人に伺ってもらう。了承の返事を得たので入れ替わりに部屋へと入る。室内にいたのは二人の女性。片方はベッドに腰掛け、もう片方は傍の椅子に座って治癒術を行使している。
その、ベッドに腰掛けている方をラピスは知っていた。
「意外な場所での再会となったな、アマリ」
「ラピス君……ッ!?」
アル・ワースにおける同僚。藍柱石の術士、アマリ・アクアマリンは分かりやすく驚いたのであった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「発動しない……か」
アマリの協力もあり早々に必要な情報を仕入れたラピスは、まずは一行が罠に掛かった場所へとやって来ていた。同じ行動を取った方が見つかる可能性が高いからだ。しかし、残念ながら聞いていた罠は発動しない。
「なら、次はこれだ。少々強めにいかせてもらおう。征嵐のドグマ……TEMPESTA!」
ラピスの構築した魔法陣から雷交じりの嵐が放たれ、轟音を立てて壁は破壊された。すると情報通りに魔法陣と長い長い下り階段があった。階段を駆け下りる。
「そしてここから落ちていったと……」
崩壊したままの橋から奈落の底を見る。流石に生身で降りる気にはなれない。件の女子二人は、よくもまあ飛び込めたものだと感心する。
インサリアスで下りていくと、滝のように水が噴き出しているのを発見。それは何か所もあった。
更に下りていくと、壁から横穴がせり出ていた。滝の一部が流れ込んでいるのを確認出来たが、一先ずはそれも無視して降下を続ける。
底には水が溜まっていた。しかし、人の姿はない。見た感じは行き止まりだ。潜ってみてもそれは同じだった。
「となると、さっきの横穴から入っていったか……?」
最も可能性が高いのはそれだった。しかし、流石に機体が入っていけるほどの大きさはない。
先程の横穴まで飛翔し、そこで機体から降りる。即座に機体を封印し、風を纏って先へと進む。滑り台さながらで速度は早い。
出た先は薄暗かったが、何も見えない程ではない。滑り台から流れ出た水が川を作っており、その川沿いに人の姿を発見した。どうやら魔法で暖を取っている様だ。
「生きていたか。どうやらお前たちは悪運が強いようだな」
声を掛けると、内の一人が即座に警戒態勢に移った。攻撃して来ないのは、敵だという確証がないからだろう。
「冷静だな。ドグマの構築速度も十分。……どうやら君が俺の後輩のようだな? 方解石の術士、エリ・カルサイト。
俺はラピス・ロギンス。またの名を青金石の術士、ラピス・ラズライト。王国騎士団長メルドの息子で、金ランクの冒険者だ。今回、君たちの救出、ないしは遺品の回収を請け負った。
他の二人は錬成師、南雲ハジメと治癒師、白崎香織で間違いないか?」
「間違いないよ。……それにしても、法師ラピスか。可能性はなくもないけど、流石に出来すぎな気がしてくるね」
「そう思うのは俺も同じだ。……さて、状況説明といこう。ここはオルクス大迷宮の、おそらくは百一階層だ」
「百……一階層ですか? オルクス大迷宮は百階層までの筈じゃ?」
「正確には『そう言われている』だけでしかない。実際、お前たちと入れ違いになるタイミングで、俺は百層までのマッピングを済ませたが、こんな場所はなかった。
そして、百階層にはオルクスによる注意書きがあった。この先は危険度が跳ね上がり、空間の力がなければ引き返すことも出来ない……とな。
つまり、ここは百階層より下の階層で、君たちが生きて出るためには、否が応でも攻略するしかないということだ」
「君たちが、ねえ。すると、あなたは例外なのかな?」
「フッ、よく気が付いた。俺はグリューエン大火山を攻略した際に空間魔法を覚えたからな。
だが、流石に神代魔法だけあって難度が高い。一応改良を重ねて使いやすくはしてみたが、その対象はあくまでも俺一人。お前たちを連れての転移は現時点だと不可能だ」
「そう、ですか……」
流石の事実に士気の低下は否めないようだ。
どれくらいの時間が経っただろうか。やがて、ハジメが顔を上げて問いかけた。
「あなたは、僕たちが生きてここを出られると思いますか?」
「難しいが不可能ではない、と言ったところだな。無論、そのためにはお前たちの成長が不可欠だが。また、出るにも相当の時間が掛かるだろう」
「可能性はゼロではないんですね? ……分かりました。僕たちは生きて帰るんだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。
だから、そのためにも指示をください。僕たちには迷宮攻略のノウハウが圧倒的に不足しています」
「私からもお願いします。こんなところで、死にたくはありません」
「当然私も同意見」
「承った。お前たちも、生き残るために己が『破壊の意思』を見定めてくれ」
そうと決まったら、まずは安全地帯を確保しなければならない。ここは危険極まりない七大迷宮だ。オマケに、オルクスの忠告が正しければ上の百階層までとは危険度が比較にならない。ハジメたちは上の魔物にすら敵わなかったのだから、いつまでものうのうとしているわけにはいかなかった。
「まず、ハジメにはそこらの壁を錬成してほしい。安全地帯を確保する。ここは水場だ。水は生きるのに欠かせない。魔物が近付く可能性も高いかもしれないが、俺たちが橋頭保とするのにももってこいだからな」
「ッ!? 分かりました」
言われ、初めてそのことに気が回ったのだろう。ハジメは壁に向かって錬成に取り掛かる。
「香織はハジメの近くへ。いつでも結界を張れるように準備してくれ。俺とエリは周囲の警戒だ」
奈落の底で、生き残るための行動が始まった。
気絶していた間に魔力も回復していた様で、ゆっくりと、しかし確実にハジメの錬成により壁に穴が開いていく。
錬成の効果範囲は一度に二メートルほどだったが、告げられた現状への危機感と、それでも『一人ではない』という安心感、更にはアマリや恵里からの評価が無駄な焦燥感を消し、適度なリラックスを与え、その分だけ集中して発動できるようになり効果範囲を広げさせていた。
そのままある程度進んだところで、今度は広さを拡張する。四人が寝転んでも少しばかり余裕がある程度の広さになったところで、ハジメは魔力が尽きかけているのを感じた。
そもそもベヒモスとの戦闘で魔力は尽きていたのだ。気絶中に回復したとは言っても、完全な回復には至っていなかったのだろう。或いは、完全に回復したものの魔力の絶対値が少なすぎるせいかもしれない。
どちらにせよ、魔力が回復しないことにはあと一度か二度の行使が精々だ。
「ラピスさん、体感的にあと一、二回で打ち止めです」
「分かった。それじゃあ、アマリにお前たちの無事を知らせたら、今日はもう引き籠るとしよう」
「無事を知らせるって……ああ、例の空間魔法とやらですか?」
「いや、違う。いくら安全地帯を用意したとはいえ、確証がない以上、お前たちを置いて戻るわけにはいくまいよ。
まあ、表立って使うには難儀な代物だが、皮肉なことにここならば問題ない。……お前たちならば見た方が早いだろう。――目覚めろ、インサリアス」
ラピスの言葉を合図に、どこからともなく傍らに機体が現れた。
「……ロボット?」
ぽかんとした表情でハジメが呟く。
「より正確に言えば、異世界アル・ワースで作られたオート・ウォーロックに分類される。名はインサリアス」
「ふーん、見た目からしてディーンベルとは大分違うね?」
「ディーンベルは使いやすさを重視した量産機にして魔従教団の主力機だが、こいつは色々と盛り込まれた完全な試作機だからな。おかげで使いやすさなんて考慮外の仕様となっている。……ちょっと待ってろ」
機体に乗り込んだラピスが操作すると、騎士然とした姿はその形を変えた。変形後の見た目はまるで戦闘機である。
「これで良し。コイツを使ってアマリに通信を送る。お前たちも登って来い。顔を見せた方が向こうも安心できるだろう」
驚き冷めやらぬままハジメたちも機体に上がり、アマリを通して一部の人員にのみ無事を伝えたのであった。