魔物を食べる前に魔力操作を覚えることを義務付けられたハジメと香織だったが、当然ながら一朝一夕で覚えることは出来なかった。
それでも必要としたのは一週間ほどだったのだから十分に早いだろう。色々と要因はあるが、言ってしまえば事前情報を得ていたからである。
ラピスの説明は十分な説得力があり、ハジメも香織も信じるのに異論はなかった。加え、ドグマで最も重要なのは破壊の意思である。『魔力操作は覚えられる』と断定した上で取り組めば、習得できない理由はないのだ。
その際、大いに役立ったのが香織の覚えた光属性上級魔法『廻聖』である。他者への魔力譲渡と他者からの魔力抜き取りを可能とするこの魔法は、手始めたる『魔力の認識』を行う上で非常に重要だった。
最初は何も感じなかったが、繰り返していれば次第に漠然と感覚に引っ掛かるモノが出てきた。そうしたら、今度はその『漠然とした何か』に更なる注意を向ける。……それの繰り返しによって、ハジメと香織は隔絶した速度で魔力を認識するに至ったのだ。
魔力を認識することが出来るようになったら、あとは自らの内にあるそれを操作できるように取り組むのみだ。断定した意思の下、日々魔力を操れるように試行錯誤を繰り返す。そうこうしている内に徐々に体内の魔力を操れるようになっていき、終には自在に操れるようになったのだ。
もっとも、ハジメにしろ香織にしろ、操れるようになった魔力を調子に乗って一気に全身に行き渡らせたその直後、この上ない苦痛に襲われてぶっ倒れる羽目になったのだが。
これは喜びのあまり、ラピスの注意を忘れてしまった二人にも原因がある。確かに魔力は身体の中を流れているが、昨今の事情によりこの経路は細く狭い。魔法の発動プロセスがプロセスなため、よく使われる部分は多少マシになっているが、だからこそ、そうでない部分との差が激しいのだ。
また、そんな事情もあって、認識した魔力を動かすにも普段からよく使われている部分の方がやりやすい。
普段使いされることによりある程度拡張された通路を流れる魔力を、細く狭い通路へと一気に流したらどうなるか。……想像するに難くないだろう。
結果として、ハジメと香織の二人は魔物を食う前に神水のお世話になったのだった。
だが、限りなく荒療治ではあったが、後から考えればこれで良かったのかもしれない。
勢いよく流された魔力は順当に経路を破壊した。しかも全身に流したのだ。普通ならお陀仏である。
しかし、神水の効果が二人にそれを許さなかった。魔力経路を、壊れた端から修復していったのだ。全身を、余すところなく、頑強に。
この瞬間、ハジメと香織の魔力経路は、恵里はおろかラピスすらも及ばぬほど強靭になったのである。
まあ、そんなこんながあったにせよ、これで漸く全員が魔力操作を出来るようになり、当初の予定通り魔物の肉を食らったわけである。
当然ながら、魔力操作を覚えるまでにも迷宮の探索は続けられていた。結果、現在の階層で出現する魔物は三種類だけだと判断。弱い順に狼、兎、熊である。普通に食料として考えるなら兎か熊なのだが、相談した一行は念のために狼から食べることに決めた。
食べた感想は『割とイケる』であった。下処理を怠らなかったからだろう。焼いて簡単でも味付けを行えば、普通に食べることが出来た。
なお、神水を併用して食べたからか、肉体に多少の痛みこそ走ったものの、覚悟していた崩壊は起こらなかった。
これは一行が魔力操作を可能とし、予め全身の経路を拡張していたことに起因する。変質した魔力が毒であるのに違いはないが、それでも魔力は魔力である。二尾狼程度では頑健になった経路を破壊することは叶わず、その毒素にしても全身を流れる魔力に押し潰されるだけでしかなかったのだ。神水による援護もあれば尚更である。
思いの外味気なかった結果に首を傾げつつも、一行はステータスプレートを取り出した。何か変化が起こっていないかを確認するためである。
そして、物の見事に変化はあった。称号と技能、及び能力値の増加である。
称号は『魔物食らい』。これは文字通りだろう。
そして技能は『弱肉強食の理』、『胃酸強化』、『纏雷』と三つも増えていた。
「……どう思う?」
さしものラピスとしても、ここまでの劇的な変化は想定外であった。
「称号はそのまんまとして、弱肉強食の理ってのが端的に表してるんじゃないですか? 名前もそうだし、他の部分も鑑みれば『弱い奴は強い奴の糧になれ』って技能でしょう? 各々の能力値の上昇幅のばらつき具合を見てもそうとしか思えませんよ。俺は全体的に百単位で上昇してるけど、ラピスさんはそうでもないし。『お前を食って生き残った俺はお前より強い。だからお前より能力値が低いわけがない』ってな具合に急上昇してるんじゃないですかね?」
「正にジャイアニズムが具現化したような技能だね。能力値の上昇だけならともかく、『お前の物も俺の物』理論で技能まで奪ってるんだからさ。流石にそっくりそのままってわけじゃないみたいだけど。
胃酸強化は単に魔物を食べて生き残ったからかもしれないけど、纏雷の方はそれっぽいのをこの狼が使ってたし、まず間違いないでしょ」
「おかげでこの先は大分便利になりますね。食事に困ることはないですし、技能が増えれば出来ることも増えますし。まあ、その分だけ選択肢に困ることにもなりそうですけど……」
順にハジメ、恵里、香織である。恵里はともかく、ハジメと香織はすっかりタフになっていた。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
そんなわけで、食事に困らなくなった一行の攻略速度は、見立て通り大幅な向上を迎えることになった。
食料を現地調達することが可能になった。能力値の上昇により死に難くなり、万一の保険として神水もある。魔物を食う度に高確率で技能が増加するので、その分だけ出来ることも増える。……これで攻略速度が上がらなかったら嘘というものだ。
階層を下り、下り、下りに下って――
「邪魔!」
言葉と共に香織は杖をフルスイングした。それにより気色の悪い虹色蛙は見事に叩き潰される。麻痺毒を撒き散らす蛾も同様だ。
香織はイラついていた。現在の階層は――おそらく階層内全体が――薄い毒霧で覆われているのだ。このままでは行動するのもままならないので、必然として香織が常時結界を展開することになった。
とは言え、一行の中で一番適性があっても香織の天職は治癒師である。結界師であるクラスメイト、谷口鈴には遠く及ばず、全員を覆うことは出来てもその範囲は然程余裕があるわけではない。
いつも以上にハジメとくっついていられるのは嬉しいが、結界を切らさないよう常に維持し続けねばならないので喜んでばかりもいられない。そんな状態にもかかわらず、魔物はこっちのことなど知らんとばかりに襲ってくるのだから、香織がプッツンするのも無理はなかった。
挙句の果てには、生きるためとはいえこんなものも食べなければならないのだ。地球でも世界各国に目を向ければ、信じ難い物を食材にしているところは少なからず存在する。そう考えれば、これも理屈としては同じなのだろうが、日本の一女子高生としては料理するにも抵抗がある。
結局、現状ではレパートリーが限られるので、単純に串焼きと相成った。元々毒攻撃を繰り出してくる輩だ。味付けしたところで期待は出来ない。また、他の魔物よりも毒が強いことが想定されたので、予め少量の神水を口に含んでから食べることに決められた。
結果としてその判断は正解だった。食べた瞬間、これ以上ないほどの激痛に襲われたのである。神水による治癒がなければ、間違いなく死んでいただろう。
まあ、その結果として耐性技能を獲得したので、常に結界を展開する必要は無くなったのだが。
当然ながら、それからも攻略は続く。階段を見つけては下っていく。
そして、現在の階層は密林だった。物凄く蒸し暑くて鬱蒼としている。不快度も大きい。棲息する魔物は巨大なムカデとトレントもどきであった。
普通に考えれば、こんな不快な空間に長居したくはない。一行もそれは同じで、全体マッピングなど知るかとばかりに次なる階層への階段を探すのを重視していた。
その方針が変わったのは、トレントもどきが頭の果実を投げて来たことに端を発する。リンゴのように赤いその果実を食べてみたら、甘く瑞々しかったのである。その味はまるでスイカであった。
最低限に工夫をしているとは言え、ここ最近の食事は基本的に魔物である。まともな食事など百一階層に下りたての頃に捕っていた魚以来だった。食は人間の基本欲求の一つである。
なので――
「おら、テメエ! その頭に生やしてる果実、全部寄越せや!」
ハジメが人が変わったようにトレントもどきを追い立てるのも無理はないと言えるだろう。
単純な戦闘力で言えば、ハジメは一行の中で最も劣る。しかし、そもそもにしてハジメは『創る者』だ。『戦う者』ではない。元より戦闘力など求められてはいないのだ。
だが、だからと言って戦えないわけではない。地球においても、人は創意工夫を以て戦闘力に勝る獣を駆逐してきたのだ。時に武器を持ち、時に罠を仕掛けて。その質も、時代の流れと共に洗練し発展している。
迷宮を攻略する過程で、ハジメの錬成能力は格段に上達した。もはや王国の筆頭錬成師でも追い付けないだろう程だ。
そして幸運なことに、ハジメの近くにはラピスという存在がいた。地球ともまた違う、異界の知識を伝える者。
異界の魔法であるドグマ、異界のロボットであるオート・ウォーロック、異界で使役されるルーン・ゴーレム。これらはハジメをこれ以上なく刺激した。
それはハジメの元々持っていた知識と組み合わされ、向上した錬成能力の下に一つの存在をトータスへと産み落とした。言ってしまえばゴーレムであるが、地球とトータス、そしてアル・ワースの知恵と技術の合いの子である。
ゴーレムではあるが、その滑らかな肢体を見るととてもそうは思えない。また、単純な自律行動も可能であり、場合によってはハジメの鎧としても機能するのだから尚更だ。
式を組み立てるのには難儀したが、ハジメは溢れんばかりの情熱をもってそれを成し遂げたのである。流石に遠距離攻撃こそ持っていないものの、迷宮で手に入る様々な鉱物を用いてチューンアップされているおかげで頑丈さはかなりのものだ。所々に簡単なギミックも施されている。
「ワイルドなハジメ君も素敵……」
フルプレートで樹に蹴りを入れるハジメの姿に、一人の乙女が頬を染めたりもしていたがそれはそれ。
ともあれ。
採れるだけの果実を保冷箱に入れた一行は、漸く攻略を続けるのであった。
そして階段を下りて下りて、その異質な場所に行き当たった。ラピスのドグマによって描かれているマップによれば、丁度半分下りた百五十階層である。
「さて、どうする? 下への階段は既に見つけてある。スルーしようと思えばスルー出来るが……」
通路から顔を覗かせるようにしてラピスは問いかけた。
視線の先には開けた空間。そこには荘厳な両開きの扉があった。高さは三メートルほどで、なにやら装飾が施されているのが分かる。扉の両脇には一つ目巨人の彫刻が、壁と一体化する様に鎮座していた。
ともすれば、あの扉の奥に最下層へ進むための鍵がある可能性だって否定は出来ない。ハジメの好きなゲームにだって、少なからずそういうパターンは存在した。
だが、同階層の中でこの場の造りだけが異なっているからこそ、そうとも言い切れない。この場の異質さは、まるで後から手を入れたかの様でもある。
あまりにも『いかにも』過ぎて、逆に判断に困ってしまったのだ。
「入ってみようぜ。迷宮攻略には関係なくとも、表立った場所には置いておけない『何か』があるのは間違いないだろう。もしかしたら、俺たちが地球に帰還するのに役立つものかもしれない。ラピスさんには付き合わせることになっちまうが……」
「そこは構わんさ。俺とてあの先に何があるのか興味はある」
「決まりだね」
「じゃあ、往こう!」
一ヶ月以上もの間一緒に潜り続けていれば、仲も深まって然りである。当初ほどの余所余所しさはなくなっており、それは言葉遣いにも表れていた。
そんな一行は、意気軒昂と扉に向かって進むのであった。
魔力操作持ちを比較した場合、ユエは金髪、シアは青みがかった白、ティオは黒髪とバラバラ。
経路にしても、女性陣にはハジメのような赤黒さを強調する描写がない。ユエの場合は魔力色が黄金であることが描写されている。
これらの理由から、原作のハジメは『経路の拡張』、『魔物の毒素による浸食』、『弱肉強食による能力値の急成長』が一度に襲いかかってきたため、結果的に二尾狼の体毛と同じ白髪、魔力色になったと解釈。
ならば、自前の魔力で経路の拡張が済んでいた場合、残るは毒素、及び能力値の急成長における負担との対抗になる。
この内、毒素に打ち勝てたならば、髪色や魔力色が変化することはないと判断。
平たく言えばハンター×ハンターの念能力の目覚め方。ゆっくりと自発的に魔力を感じ取り、操作できるようになるのが本来の獲得法であり推奨法。
ただ、『歴史の中で歪に伝わったため、肝心要の部分が失伝した』というのが本作における設定。