俺には、好きな子がいる。
ふわふわした茶色のミディアムヘア、くりくりした大きな目。誰にでも笑顔で接する女神のような女の子。出会いは四年前。高校一年、入学式の日。俺がシャーペンを落とした時、それを拾って笑いかけてくれたその瞬間に俺は恋に落ちた。
そして今。その子の隣には俺の親友がいる。えぇ、そうです。付き合ってます。俺の親友と俺の好きな子が。
「よっ。今日も相変わらず妬ましいわね」
「よう。嫉妬で狂っちまったぜ」
「狂いそうなのは聞いたことあるけど……」
俺たちが通っている大学のある教室。座席が自由だからか俺の親友と俺の好きな子……
「さ、今日も始めましょうか」
「あぁ。必ずやつらを破局させてみせる」
隣に座った戦友と頷き合い、いつものごとく二人で舌打ちをかまして親友カップルを睨みつけた。
これは、海斗の親友である俺、
高校三年生の卒業式。俺たち四人は名前が似ていることもあってか、高校一年生で出会ってからずっとつるんできた。そして美空に見事なまでに恋をしていた俺は卒業式の日に告白し、
「ありがとう。でも私、海斗が好きなの」
と、泣きそうな顔で断られた、俺にとっては帰ったら家が全壊し、総理大臣から「松浦青空はムカつくから死刑」と直々に言い渡されるくらいとんでもなく悲しい日。恥ずかしげもなく屋上に呼び出し玉砕して美空が去った後にやってきた、美波の一言から俺たちの物語は始まった。
「私、フラれちゃった」
「奇遇だな、俺もだ」
涙の痕が見えた美波に気づかないフリをしようと、空を見上げる。雲ひとつなく、心境が心境なら俺を祝福してるんじゃないかってくらい綺麗な空が、今は俺を嘲笑っているかのように見えた。
美波は海斗のことが好きで、俺と美波はお互いの気持ちを知っていた。だから協力しあってたし、お互いがお互いの好きな人と二人きりになるようにとか、好きな人の好みを教え合ったり。そんなことをしておいてお互いあえなく撃沈。これから全員同じ大学に行くってのに、希望も何もなく絶望しかなかった。
「海斗、美空のことが好きなんだって」
「奇遇だな。美空も海斗のことが好きなんだってさ」
何の冗談だ。お互いの好きな人がお互いの親友のことが好きって。ここが地獄か? 俺なにか悪いことしたか? してねぇよな。だから素で海斗に負けたってことじゃん。はは。
「ムカつく」
「奇遇だな、俺もだ」
「人の幸せってゲボが出ない?」
「奇遇だな、俺もだ」
俺たちはどちらからともなく目を合わせ頷き合い、握手した。
「なんとか破局させてうまい汁を啜ろう」
「心の友っていうのは、あんたみたいなやつのことを言うのね」
この日から、俺たちは固く誓い合った。
親友たちの恋愛を悉く邪魔して、死ぬ気で破局させようと。
まぁそんな決意空しく、もうあいつらが付き合って二年経ってるんですけどね。
「作戦を考えてきたんだ」
「どんな?」
でも性懲りもなく、俺たちは二人で顔を寄せ合って今日もあの二人を破局させるための作戦会議を始めた。性根が腐ってんな、マジで。
「海斗の顔をボコボコにして見てられなくするっていうのはどうだ?」
「私の好きな人をなんだと思ってんのよ」
俺のリーサルウェポンとも呼べるべき完璧な作戦は、ものの数秒で却下されてしまった。いい策だと思ったんだが、脳が足りないこいつには理解できなかったらしい。はぁ、日本の教育が嘆かわしいぜ。
「私も考えてきたわよ」
「どんな?」
「美空が毎晩夜の蝶になって花の蜜を吸ってるっていう噂を流すのはどう?」
「夜の蝶って比喩じゃなくて? 俺の好きな人をなんだと思ってんだ」
「というかあんたほんとに海斗の親友なのよね?」
「お前にだけは言われたくねぇよ」
「わ、私は、海斗が、好きだから、親友ってわけじゃ……」
「そっちじゃねぇよ」
親友たちをなんとか破局させようとしている俺たちだが、今のところまったくうまくいっていない。三人寄れば文殊の知恵。二人でもなんとかと思っていたが、現実はどうやらそんなに甘くはないらしい。まぁそんなに甘かったら今頃美空の隣にいるのは俺だし、海斗の隣にいるのは美波だろうけど。
「あっ、思いついた!」
「思いついた時、本当に思いついたって言うやついるんだな」
「二人ともお酒で死ぬほど酔わせて別れるって言質とるっていうのはどう?」
「そうと決まれば誘いに行くぞ」
「了解」
そうか、盲点だった! 今まで失敗に終わっていた作戦。でも今の俺たちは二十歳を越えてるから、酒っていう新たなピースが生まれている。やるな、美波。流石親友の恋路を邪魔しようとするクソ野郎なだけはあるぜ。
席を立ちあがり、親友たちのもとへ向かう。講義が終わってデートにでも向かおうとしていたのか、楽しくお喋りしながら立ち上がろうとしていた二人を挟み込むようにして回り込み、あくまで『酒に酔わせてめたくそにしてやろう』とは悟られないよう爽やかな笑顔で声をかけた。
「よう海斗。ぶっ飛ばすぞ」
「ちょっと青空! ごめんなさい。ちょっと飲みに行かない? って誘いに来たのよ」
「そのフォローで納得できねぇくらいの怨念ぶつけられたんだけど……」
あぶねぇ。美波のフォローで事なきを得たが、危うく俺たちの作戦がバレるところだった。
だって仕方ないじゃん。好きな子と付き合ってるやつって例え親友だろうと親の仇くらい恨めしいもんだろ? 美波だって美空に「お父さんとお母さんは元気?」って言って遠回しに家族を人質に取ってるし。いや、あれはそういうんじゃないか。流石に俺の考えすぎか。
「え、いいの? やった! 大学入ってからあんまり仲良くできてなかったし、私たちも気を遣って誘えなかったから」
「き、気を遣って。へぇー。私に。気を遣って」
「おい落ち着け! 殺人はダメだ!」
ブチギレ溢れ出始めた美波を取り押さえ、「離しなさい! 今がやらなきゃいけない時なの!」と暴れる美波に「海斗は暴力的な子は好きじゃない」と魔法の言葉を囁くと、「ごめんあそばせ」とお淑やかに微笑み始めた。バカだな、こいつ。
「ふふ」
「? どうした、可愛いぞ」
「お前人の彼女に軽々しく可愛いとか言うなよな。可愛いけど」
「おい美波。致死量の毒は持ってるか?」
「あったら使ってるわよ」
こいつに武器を持たせるのはやめておこう。本当にやりかねない。
そんな危険思想を持っているような人でなしよりも、えげつなく可愛く笑う美空が気になりすぎて今日の講義内容がすべて飛んで行ってしまった。流石美空。俺が協力関係を結んでいる邪悪とは人としてのランクが違うぜ。
「やっぱり二人、仲いいね。もしかして、付き合ってたり……?」
「あ、そうか。なんかやけに二人でいること多いなーって思ったら」
美波と目を合わせて、同時に首を傾げる。今なんて美空は何て言った? 俺と、美波が、付き合ってる?
「ちょっと美空。なんで私がこのウスラカスと付き合わなきゃいけないのよ」
「カスの上に薄れてんのかよ。俺の人権舐めてんじゃねぇぞ」
「ははっ、やっぱ仲いーじゃん!」
「ご、ごめんね。ずっと二人でいるからてっきり」
「いくら美空でも言っていい冗談と悪い冗談があるわよ。あんた、こいつのことフってるんだから」
「……うん、ごめんなさい」
あーあ。美波ってなんで海斗に選ばれなかったんだろうな。底抜けにいいやつだし、場の空気が悪くなろうがよくないことはよくないって言える。そのせいで周りから敬遠され気味なところはあるけど、深く付き合えば美徳にしかならないって十分わかる。
まぁ相手が悪かったな。いくら美波が美波だろうと、美空に勝てるわけないし。
「ありがとな。でも気にしてねぇからよ。海斗もそんな顔すんな」
「いや、無神経だったな。ワリィ」
「それなら、お詫びに私たちに一杯奢りなさいよ。それで許してあげるわ」
「うん、ありがと」
じゃあ今日の授業全部終わったらまた集合で。それだけ言って、俺は美波と教室を出た。
「お前美空に暗い顔させやがったな。ぶっ飛ばすぞ」
「嘘でしょあんた」
確かに惚れた女の子からの「二人って付き合ってたりする?」はかなりのダメージをもらっちまったが、それとこれとは話が別。俺がどれだけダメージを受けようと美空が好きで大事なことに変わりはない。だからこそ、俺がどれだけ傷つこうとも美空が笑っていればそれでいい。それなのにこの人でなしは美空に暗い顔をさせやがった。万死に値する。
「冗談だよ。俺はあぁいうとこでへらへらしちまうタイプだから、正直言ってくれてかなり助かった」
「あら、じゃああんたも私に奢ってくれる?」
「美空になってから出直してこい」
「なれるもんならなりたいわよ」
「バカ言ってんじゃねぇよ。美波は美波だからいいんだろうが」
「うっさいわね」
吐き捨てるように言って歩き出した美波の隣に並んで、窓の外から空を見る。あの日から、なんとなく空を綺麗だと思わなくなってしまった。晴れていようが曇っていようが雨が降っていようが、いつも同じ。濁っているようにしか見えない。
入れ込みすぎててキショいなぁと我ながら思う。でも『好き』ってそういうもんだから仕方なくね? と開き直っていたりもする。
「何でモテねぇんだ、お前」
「私もあんたに同じこと聞きたいんだけど、聞く気ある?」
「ねぇ」
「私もよ」
俺たち二人は親友への恨みを吐き出すかのように、同時にため息を吐いた。