「あれ、美波タバコ吸ってたっけ」
大学二限目。どうせまたあいつらのいちゃつきを見せられるだけで授業の内容なんかこれっぽっちも入ってこないんだろうなぁと憂鬱な気分になった俺はサボることに決め、とりあえずどうやって暇を潰そうか考えるために喫煙所に入ると美波がいた。
数年お互いの親友への恋を引きずりながら一緒にいたが、タバコを吸ってるっていうのは聞いたことがない。でも見た感じ様になってるから、最近吸いだしたってわけじゃないんだろう。
答えは俺の顔面に向かって煙を吐く形で帰ってきた。テメェ……。
「煙の臭いで銘柄当ててみろってか? 俺を舐めてんじゃねぇぞ!」
「予想してた怒りとは別の怒りで混乱してるから、ちょっと待ちなさい」
「おう」
ちょっと待った方がいいらしいので、その間にポケットからタバコを取り出し、手首を軽く振って一本飛び出させ、そのまま口で加えて引っ張り出す。初めてこれをやってる人を見た時死ぬほどカッコよくて俺は死んだ。ただその人に衝撃を受けすぎたためか、その人が吐いた煙がそのまま俺になり、今の俺はその時の俺ということになる。ちなみにこれは嘘の話。
火をつけるのはもちろんジッポ。世間的に害とされているタバコを吸うのなら、どうせならカッコよく。みっともなく背中を丸めてスパスパ吸うんじゃなくて、クールに吸うのが俺のポリシーだ。一口目は肺に入れず吐き出して、二口目から燃えすぎないようにゆっくり吸い込み、鼻で香りを楽しんだ後またゆっくりと吐き出す。
「ンンンンンンン!!! うみゃいぃぃぃぃいいい!!!」
「あんたのおかげで禁煙できそうで助かったわ」
「別にタバコ吸ってるやつがみんなこうなるわけじゃないから安心しろ」
どうしてこう何かをサボってるときに吸うタバコはうまいんだろうか。あれだな、もうなんでもいいやって感覚になれるからだろうな。どうせ試験で点数とりゃあ単位とれる授業なんて受ける意味もねぇし、それならヤニぶち込んで寿命縮める方がよっぽど有意義だわ。
「んで、いつから吸い始めたん?」
「一か月前くらい? あんたと一緒にいるとヤニヤニうるさいし、臭いからやめてほしいなって思ったんだけど吸わずに否定するのもなって思って」
「吸い始めたらやめられなくなったと。バカじゃねぇの」
「は?」
眉間に皺を寄せながら地上最強生物が如くメリメリとものすごい勢いでタバコを灰にしていく美波に、俺は無言で頭を下げた。煙が目に入って痛いが、頭を下げないともっと痛い目を見る。もしかしたら痛いって思う前にこの世から消えるかもしれない。
「でもさ、そういう知らないものを知らないまま否定しないのが美波のいいとこだよな。好きだわそういうとこ」
「あのー……不愉快」
「言い淀むならもうちょっと言葉選べ」
確かに俺も美波から好きだのなんだの言われたら不愉快になるけど、にしたってストレートすぎじゃねぇか? いくら何言ってもいい仲だからって限度あるだろ。じゃあ何言ってもいい仲じゃねぇじゃねぇか。ならいいや。
「あんたのせいですぐ短くなっちゃったじゃない」と理不尽な文句を叩きつけながら、美波が二本目に火をつけ、ようとするがちょうどオイルが切れたらしく、カチカチと無様にライターと格闘してから、諦めたように俺の方に手の平を向けた。
「ん」
「ん」
ジッポを放り投げると美波がノールックでキャッチして、片手で蓋を開けて火をつけて、片手で閉じて投げて返してくる。なんだこいつカッコよくねぇか? つか慣れてねぇか?
「お前さては今日忘れただけで、ジッポ持ってるだろ」
「持ってないわよ。でもカッコよさそうだったから調べて勉強しただけ」
「可愛いなお前」
「は? 黙れ」
「もうちょっと可愛げある反応できねぇのかよ」
「あんたさっき私のこと可愛いって言わなかった?」
なんでこいつは素直に褒め言葉を受け取らないんだろう。美空ならほっぺ赤くして「……ありがと」って恥ずかしそうにそっぽ向きながら言ってくれるのに。そこだよな、女の子として美波が完全敗北してる点って。
「大体あんたね、そうやって軽口ばっか叩いてるから本気に聞こえないのよ。そんなこと続けてたら誰にも相手されなくなるわよ?」
「おいおい、俺に説教でもするつもりか?」
「してたつもりだったんだけど、伝わらなかったみたいね」
いやぁでもなぁ。思ったこと言ってるだけでそんな変なこと言ってないと思うんだよなぁ。可愛いは可愛いだし、好きは好きだし、キモイはキモイでうざいはうざいだろ。軽口叩いてるわけじゃなくて思ったことを言ってるだけだ。
だから軽いって言われてんのか。納得した。
「それで、ちょっと相談したいことあるんだけどいい?」
「は? 美波が俺に? 珍しいな」
「どうやったら美空を地獄に落とせると思う?」
「珍しくもなんともなかったわ」
俺たち二人が集まってその話がまだ出ていなかったことの方が珍しい。この前酒を飲ませて潰して別れるって言質をとろうっていう作戦も、結局美空がふらついたあたりで海斗が「もう限界みてぇだから送ってくわ!」とできる彼氏ムーブを披露され、俺と美波がブチギレるだけに終わったし。いやぁでもなぁ。潰す寸前まで行ったからいい作戦だと思うんだけどなぁ。
「私たち成人したから、前までできなかったことができるようになったわけでしょ?」
「タバコもそうだし、酒もそうだしな」
「でも、海斗はすごくいい男だから、美空が酔い潰れそうになったら助けちゃうでしょ?」
「俺も助けるけどな」
じとっとした目で見られた。いや、ほら。前のやつはちょっと行動が遅れただけで、海斗は平気そうだったからあの場面で俺が未空を送るって言っても不自然だろ? 決してヘタレたわけじゃなくて、いくら二人を別れさせてやろうって言ってもそういう配慮ができねぇような人間じゃねぇんだよ俺は。じゃあ酔わせて別れるって言質とるのは配慮ができてるのかって言われたら、俺は負ける。
「まぁいいわ。酔い潰れそうになっても助けられないように、飲酒にゲーム性を持たせればいいんじゃないかなって思ったわけよ」
「例えば、罰ゲームで飲むとか?」
「そう。今はお酒が飲めるようになってセーブがかけにくい時期。そこにゲーム性を足せば、介抱する暇もなく言質をとれるってわけ」
「お前みたいなやつを天才って言うんだろうな」
しかしなるほどな。前は店で飲んでたから量を守って飲んでたところがあるかもしれないし、そこにゲーム性を持たせる、つまり飲まざるを得ない状況に持ち込めば酔い潰し作戦が成功するかもしれない。ってなると、何のゲームでどんなルールでやるかが重要になってくる。
「で、肝心のゲームはどうするんだ?」
「そこを相談したいのよ。あんたみたいな低能が役に立つとは思えないけど、何か案ない?」
「一つまともな提案をしてやるが、人にものを頼む態度を学んだ方がいい」
「あんたと私の仲、でしょ?」
「いい風に言ってんじゃねぇぞ」
こいつ本当に海斗に好かれたいって思ってんのか? それにしちゃあ暴言が過ぎるだろ。海斗が好きになったのは美空で、海斗の好きなタイプが美空みたいな子だって仮定すると勝ち目ねぇだろ。あ、それは俺の立場でも言えることか! ははは!
「ちょっと、どうしたの? そんな『あーあ、美空が海斗のこと好きになったんだったら、美空の好きなタイプは俺みたいなやつじゃないってことだし勝ち目ねぇか』って諦めたような顔して」
「お前は俺かよ」
「いきなりえっちなこと言うんじゃないわよ」
「聞かせてくれ。何が?」
今の言葉のどこがえっちだったんだ? ひん曲がった解釈すると『(体を重ね合わせ、お互いのことを知り尽くしたが故)お前は俺かよ』って言ったって思われたのか? どんだけイカレてんだこいつ。海斗嫌いだけどこいつに好意向けられてることに関してだけは同情するぜ。あとこんなやつと四六時中顔を合わせてる俺もかわいそうだ。
「なんかそういうのに最適なボードゲームねぇかな」
「スマホっていう文明の利器があるんだから、それで調べなさいよ」
「俺に相談してきたテメェが言うんじゃねぇよ」
ごめんね? と腰をくねらせて女をアピールしたつもりになっている美波を鼻で笑って、スマホでボードゲームを調べる。美空でもねぇのに女をアピールするなんざ片腹痛すぎて片腹なくなったかと思ったわ。
どうせなら、お酒が入ったことで変化のあるボードゲームがいい。そんなこと言ったら大体変化あるだろって思うけど、例えば喋ることが主軸のやつとか、演技しなきゃいけないやつとか。あわよくば美空が酔って可愛いところを見られる。俺みたいなやつのことも天才って言うんだろうな。
「これなんかどうだ? 『ハァ? っていうゲーム』」
「あ、知ってる! あれよね、ハァ? っていうのよね」
「その程度の知識でよく知ってるって言えたな。誰でも言えんだろそんなことは」
『ハァ? っていうゲーム』。例えば、『突然プレゼントをもらった時』の『うそ』、『相手をバカにしてる時』の『うそ』、『告白した相手の好きな人が自分の親友だった時』の『うそ』、っていう色んなシチュエーションがあって、自分の役に沿って演技して『うそ』って言って、どの役を演じたのか当ててもらうゲーム。最後のやつなんだよ、喧嘩売ってんのか?
「なるほど。これ、『恋人に言う時』の『バカ』っていうのもあるみたいね」
「つまり、合法的に恋人になった気分を味わえるかもしれないってことだ」
「そうと決まれば、さっさと買いに行くわよ」
「ついでに飯でも食いに行くか」
「賛成。人の奢りで食べるご飯はおいしそうね」
「はぁ?」
「まだゲーム始まってないわよ」