お昼ご飯を食べ終え食器などを片付けた後、霊夢さんはお茶を入れ、ちゃぶ台越しに僕の反対側に、魔理沙さんの右手側に座った。湯気の立ち上るお茶を一服した後、彼女は口を開く。
「霊力っていうのは人が生まれながら備わってるもので、人によって多かったり、少なかったりと個人差のあるものなの。でも、決して普段の生活をしている内はその力を扱うことは出来ない。まず、その力を目覚めさせることが必要なの。これを開花と呼ぶわ。でも、その方法が厄介で本気で自分の力を出し切らせるような感じでの半分力技位でしか目覚めさせれないの」
僕はその話を聞いて博麗神社を訪れた日のことに納得がいった。あれは僕の霊力を目覚めさせるための、言わば開花のための儀式だったのだ。
確かに、僕はあの時彼女に言われたように本気で力を振り絞った。その結果、僕は霊力を扱うことができるようになった訳だが、何度も思う。
「僕の開花の時も思ったんですけど、説明くらいして欲しかったです」
心の底からそう思う。でなければあの時の僕はただ、お祓い棒で何度も力強く叩かれるだけの理不尽な目に遭っていると思い込む他ないのだ。
「説明しちゃったら開花のための本気が出せなくなるかもでしょ?」
そう言われて、僕は俯く。確かに、事情を知っていれば決して大事には至らないと思って力を出し切れないかもしれない。
「話を戻すわね。人は霊力を扱うことで色んなことができるようになるわ。例えば、あなたもしてるように霊力で身体を覆う様な感じで空を飛んだり、霊力を身体に通して身体能力を高めたり…まあ、色々ね」
肝心なところが漠然としている説明だが何となくは理解ができる。実際に僕自身も行ったことだ。空を飛ぶ。自身の力を強くする。その他諸々はこれから学んでいくのだろう。
「あと霊夢は弾幕を作って撃ったり、結界で相手の弾を防いだりしてるよな」
横で聞いていた魔理沙さんが、そう口にする。確かに霊夢さんは丸い紅白の弾を撃っていた。あれも霊力で出来ているのだろうか。そして、もうひとつの結界とは。それらを使うことが出来れば僕もまともに弾幕ごっこを行うことができるのだろうか。自分の頭で色々と考えている内に霊夢の言葉が僕の考えを切り捨てる。
「無理無理、今の想真じゃそういうのは使えないって」
その言葉を聞いた僕は霊夢さんに顔を向ける。
「そ、それってどういう…」
「ん〜 まあ、想真の霊力が少ないのと技術が無い…まあ諸々ね。
実際、霊力を使って弾幕を作るのって沢山作る必要があるからそこそこ霊力食うし、結界の方は、木刀に霊力を送るのすらままならない状態じゃ話にならないって感じね」
「う〜ん」
僕は霊夢さんの話を聞いて俯く。確かに、僕は先程の練習で只、空を飛んだだけで霊力があまり残っていない。弾幕ごっこになれば僕自身も弾幕を撃つことからさらに、霊力の消費は著しいものになるだろう。それに加え、僕がまだ霊力の操作に慣れていないことが響いている。身体全身に霊力を送り留めることは出来るが、腕などの部位にそれをすることは難しい。それが自分の体では無い木刀なら尚更だ。なら、霊力の事を知った僕が今すべきことはなんだろう。
「じゃ、想真はとりあえず霊力の量を増やすこととそれのコントロールが上手くできるようになってもらわないとね」
霊夢さんは僕の心を見透かしたかのような目標の提示をする。この人は人の心を読む能力も持っているんじゃないかと思うほど的確だ。
「でも、それってどうするんです?」
「霊力の量を増やすには、日頃から霊力を使った特訓をする事ね。霊力のコントロールは霊力の状態を保持したまま瞑想したり、霊力の出力のしかたを覚えていく感じね」
「なるほど…」
自分のすべき事が具体的にわかった。
「では、その特訓の内容は?」
「おつかいよ」
「は?」
予想外すぎる答えに僕は素っ頓狂な声を出していた。それも当然、特訓と聞いてどんなものかと思えばおつかいとは誰も思うまい。
「えーと、おつかいとは?」
「丁度、お茶っ葉が無くなりそうだから買ってきて貰おうかと思って」
霊夢さんは茶葉の入った袋を振り、中身がほとんどないことを示す。かといってそれを買いにいくのを特訓と言い張るのは少し無理がある気がする。
「それくらい自分で買いに行けよ…」
魔理沙さんが横から至極当然のことを言う。
「いいじゃない、私ってお茶がなくなると結構辛いのよ。だから、これは重要なことよ。大丈夫、途中までついて行くから」
「まあ、僕はいいですけど」
断ることの出来る立場ではないし、きっと霊夢さんのことだからなにか意図がある気がする。…あって欲しい。そんなことを胸に抱き、承認する。
「じゃ、早速行きましょ」
霊夢さんは席を立ち、縁側から靴を履き境内へ出る。僕もそれを直ぐに追いかけたかったが、草履を玄関に置いていたためそちらから回った。
霊夢さんの元へ行くと、彼女はいきなり木刀を袋に入った状態でこちらに投げてきた。
「念の為持っておきなさい」
彼女はそう言うと、すぐに振り返り境内にいたあうんさんに歩みよる。
「あうん、留守番よろしくね。魔理沙が変なことしないように」
「はい!おまかせください!」
「おい」
その問答を終えると霊夢さんはあうんさんの頭を撫でる。その感触を味わうかのように目を瞑り、気持ちよさそうな表情をあうんさんは浮かべていた。
…なにか言いたげな魔理沙さんを傍らに。
頭を撫で終わると、霊夢さんは境内から浮かび上がり空を飛ぶ。
「あうんさん、いってきます」
「はい!お気を付けて!」
僕はあうんさんと魔理沙さんに一礼し、刀袋を背中に掛け、霊夢さんを追いかける。
幻想郷の春の風景を眺めながら、ただ前を見ている彼女を追いかける。その背中からの姿は彼女がなにを見ているのかわからないが、おそらく目的地を見据えているのだろう。遠くからでも見ることの出来る活気溢れた人の街を。
霊夢が特訓と称し想真をおつかいに連れていってしばらくあと、私霧雨魔理沙は博麗神社の居間の畳の上に寝転がっていた。
「……暇だ」
自身の身を蝕んでいるその毒の名を口にする。暇とは人や妖怪、また神など万物に通じる猛毒だ。今の私はそれに侵されている。最近、異変という異変も起こっていないので平和だが、その平和がもどかしい。せっかく想真の話を聞きに来たのに、弾幕の練習相手にさせられたり、昼飯の準備を手伝わされて彼の話をあまり聞くことが出来なかった。もっとも、新聞に書いていた通りあいつが記憶喪失なら聞ける話はそれほど多くはないだろうが。
そんなことを考えながらふと境内にいるあうんに目をやる。やはり彼女は忠犬のようで真面目に留守番をしている。ついでに私の監視も。ここには盗むべきまたは借りるべきお宝や魔導書、マジックアイテムなども存在しないから心配は無用だというのに。
身体を起こし、ちゃぶ台の上や部屋の所々を見てみる。しかし、それでもあの小人の姿を認めることができなかった。
「……針妙丸は?」
「お昼ご飯食べてから用事があるからって出かけましたけど」
「…そうか」
所在の確認が済むと私はまた畳に横になる。そういえば霊夢が霊力のうんたらかんたらを話してる間にはもういなかった気がする。あいつの用事とはなんだろうと考えたが結局、浮かび上がらなかったのでその事を考えるのをやめた。
ただ天井を見上げるだけの作業を退屈が強制してくる。その強制力はけして抗えないものではないが、春の陽気がその抵抗心を割く。
「…こんなにも暇なら私もついていけばよかったなぁ」
出ていった二人のことを考えると心の奥底から後悔がふつふつと湧いてくる。わざわざ人里からここへ来てまた人里に戻るのもなぁと考えた自分が愚かだった。身体を再び起こしお茶を啜る。しかし、時間が経っていて出涸らしはすでにぬるくなっていた。そのなにもかもが出来損ないの状態のお茶をグイッと飲み、再び畳に仰向けの状態で横になる。
新しい茶でも注ごうかと思ったが、もう茶葉もないんだった。
だから霊夢は想真におつかいを頼んだのだ。その事を考えるとふと疑問が浮かぶ。
「…なんで霊夢は想真におつかいを頼んだんだ?」
その疑問を境内で春の陽光を身に浴びているあうんに投げかける。
「茶葉を買ってきて欲しいからじゃないんですか?」
まあ、それは当然だ。だがそれならば
「なんで霊夢はついていったんだ?」
「…想真さん一人じゃ危ないからじゃないですかね?」
確かに、想真が一人で人里まで行ってきて無事に帰ってこられる保証は無い。だとしたら
「…なんで霊夢は一人で行かなかったんだ?」
「…確かに」
あうんもそこは疑問が残ったようだ。やはりその理由が気になる。気になることがあればそれをハッキリしないと落ち着かないタチなのが霧雨魔理沙である。
「いよっし! 私も人里へ行くぜ!!」
私は寝っ転がっていた畳からぴょいと起き上がり靴を履き箒を手に持ち跨る。目指すは幻想郷の真ん中のちょい南 人間の里だ。風に飛ばされぬよう帽子を手で押さえ、飛翔する。
「じゃあなぁー」
私は博麗神社の境内にいるあうんに大声で呼びかける。その声が山に向かって叫んだことでこだまする。どうやらあそこにも山彦がおるようだ。そのこだまと同じようなふうに境内からいってらっしゃいませー と声が聞こえた。留守番任せたぞ、あうん。
振り返り、私はもうすでに人里に着いているであろう二人を追う。桜を散らす春風が私を急かす。そんな気がした。
しばらく空の旅を楽しんだ後、僕達は目の前に広がる活気溢れる人々の営みを目にしていた。ここは人間の里。通称 人里。
名前はそのまま、妖怪が跋扈しているこの幻想郷で人が集って暮らす町だ。そこでは商売に精を出す売り手の声、大工の子方らを鼓舞する親方の大声、井戸端会議を開く女性のひそひそ声、キャッキャッとおいかけっこを楽しむ子どもたちの笑い声、それら喧騒を聞くだけでとても賑わっていることがよくわかる。とても妖怪を恐れている様子は見受けられない。それらを里の入口から覗いていると霊夢さんは門番さんに挨拶をきて中へ入っていった。僕もすぐに門番さんにお辞儀をして彼女を追いかける。
霊夢さんの背中を追いかけていると彼女は突然こちらに振り返り、巾着を渡してきた。それを受け取ったときのチャリンという音で中には小銭が入っていることがわかった。
「じゃ、私ちょっと用事があるからおつかいおねがいね」
「え? れ、霊夢さん!」
僕は聞きたいことを聞く前に彼女の姿は人々の波の影に消えていった。
その場にポツンと残された僕一人。流石にあの人の中から彼女を探すのは難しいだろう。
「どうしよう…」
どうするべきか考える僕の耳には周りの喧騒がより騒がしく感じられた。
周りを見て付近にある店を確認する。八百屋、魚屋、肉屋、豆腐屋など食べ物のお店が多いが、茶葉その付近には見受けられなかった。どの付近に茶屋があるかも教えてくれなかったのでどのあたりを歩けばいいかもわからない。
「…散策がてら適当に歩くか」
そう独り言を零し僕は人里の大通りを歩き始める。目的の茶葉を求めて
私は人里の道のど真ん中で想真を放任した後、寺子屋へ向かっていた。それはある人物に話をするためだ。その人物とは──
「慧音〜 、いる〜?」
私は寺子屋の玄関の戸を叩き、寺子屋の教師の名を口にする。その呼び掛けに答えるように引き戸が開く。
「珍しいな、霊夢。お前からこちらに出向くとは」
「ちょっと話があってね」
彼女は上白沢慧音。この人里の守護者兼寺子屋の教師で人間と妖怪のハーフ。霖之助さんと同じ半人半妖である。そんな彼女は自身の能力である「歴史を食べる程度の能力」と満月の夜にのみ使える「歴史を創る程度の能力」で歴史の編纂を行っている。そんな彼女は人里での人望は厚く、多くの人からの信頼を得ている。そんな彼女に話す内容はーー
「私の従者のことでね」
勿論、想真のことである。彼の今後のことのため人里の中心に近い人物に頼みたいことがあるのだ。
「ああ、彼の話は既に聞いているよ。人里でも随分と大きな噂になったものだ。なにせ博麗の巫女であるお前のことだからな。確か、想真くんだったな」
「そう、その想真のことでちょっと頼み事をね」
私は腕を組み、慧音に彼のことを頼む。傍から見ると私の態度はとても人に物を頼む態度には見えぬだろうが、私は普段からこの姿勢である。改めようとしたことは一度もない。これが私だと 主張するようにしている。
「まあ…茶でも飲みながら話そう」
慧音はそう言い、私を寺子屋の中へすすめる。そういえば茶葉を目的としたおつかいをしている想真は道に迷っていないだろうか。
そんなことを考えながら開かれた引き戸をくぐる。
人の往来がけして少なくなる様子のない人里の道の中心でこの僕、想真は一人で突っ立っている。なぜ歩みを進めないのかと問われるとこう答える。
「………迷った」
道に迷った人はその場で歩みを止める。至極当然である。そして、その事例と同じように僕も今ここで立ち止まっている。霊夢に置き去りにされあれからしばらく道を歩いたが、茶屋を見つけることが出来ずにいた。おつかいとはここまで難しいものだとは恐れ入った。はじめて来た場所でおつかいを行う。 どこに何があるか分からない無知なる状態ではそのこどもに任されるようなことでも困難を極めた。そしてこの人里、思った以上に広いのである。空から見た時とはやはり見え方は大いに異なる。はっきり言って油断していた。情けないことにただの人里の道に足をすくわれてしまった。そんなことを俯きながら考えていると周りの視線が僕に集まっていることに気がつく。どうやら道の真ん中で道に迷い、俯いている様子は周りから酷く憐れに見えたらしい。
…と思ったが、そんな風な様子ではなくそれらの視線は憐れみが含まれているとは思えなかった。しかし、僕はあまり目立つことが得意ではないようで少し恥ずかしくなり、顔が熱くなる。はやくこの場から離れなければと思い、歩を進めようとしたその刹那──
「あ、あの!」と声をかけられる。
その場から離脱することがかなわなくなった僕は自分を落ち着かせるために呼吸を整え、後ろを振り返る。するとそこには若草色の着物の上に花柄の黄色の中振袖を重ね着した少女が立っていた。その振る舞いは上品でとても可愛らしく華やかだった。少女は巻物を両手で抱えながらこちらに近づいてきた。そして僕の前でぺこりと礼をする。
「私は稗田家九代目当主、
「は、はぁ」
僕は突然の出来事にまだついていけず、気の抜けた返事をする。それも当然、人里の事はまだ全く知らないがその人里での名家の当主であろうお方に声をかけられたのだ。僕は自己紹介をして下さったのにこちらも名乗らないのは失礼極まりないと思い、姿勢を直し自己紹介をする。
「え〜、僕は…一応博麗の巫女の従者をさせて頂いている想真というものです。幻想郷の方がいう外来人です。どうぞよろしくお願いします」
僕は自らの自己紹介を終え、深々とお辞儀をする。顔を上げると少女は口を袖で隠しくすくすと笑っていた。なにかおかしなことを言ってしまっただろうか。
「そんなにかしこまらなくて大丈夫ですよ。お互い、肩の力を抜いた方があるでしょう?」
「はい、ありがとうございます」
そう言いつつ、まだ肩の力の抜けていない己の様子を見て再び少女は笑う。
「真面目なんですね」
「いえ、単に融通が利かないだけで。はい、恥ずかしく思います」
「ますます言葉がかしこまってきてますよ」
どうも僕は初対面の方と話すのが苦手らしい。ましてや相手が身分の高い方となると緊張してしまう。
「人里になにかご用事が?」
「実は霊夢さんにおつかいを頼まれて茶葉を買おうとしたのですが、案の定道に迷ってしまって」
「でしたら案内しますよ」
「本当ですか!」
願ってもない申し出につい声が大きくなってしまう。すぐに平静を取り戻し、恥ずかしくなった。
「ありがとうございます。阿求様」
僕の言葉の抑揚を目にした彼女は口元に弧を浮かべる。まるで企みが上手くいったかのように。 そして諭すように僕に言う。
「様なんてつけず、呼び捨てしても構いません。歳もさして変わらないですし友達のように接していただければと思うのですが」
彼女の意外な申し出を受けた僕は少し考えた。僕はどうするべきか思慮を巡らすが程なくして僕は答えを出す。
「ありがとうございます。阿求さん」
呼び捨てなんてことは僕にはまだ早い。とてもだがそんなおこがましいことは出来ない。これはせめてもの妥協だ。童のような意地を張る僕を見て阿求さんは頬を膨らます。
「まあ、いいです。 これからゆっくり慣らしていくとしましょう」
そう言い、彼女はくるりと後ろを振り返る。そしてこちらに顔を向け、
「では、行きましょうか」
「はい」
僕は彼女の後を歩き、人里の道を進む。周りの視線がこちらに向いているが気にしない。なぜなら僕は周りの人達が思うほど特別ではないから。きっとこの視線も阿求さんか僕の肩書きに向いている。でもいつかは僕自身にも目を向けてもらえるようになりたい。そう思いながら阿求さんが案内してくれている茶屋の道を辿る。