霊夢から特訓と称されおつかいに駆り出された想真だったが、初めて来る人里に迷わないわけがなく途方に暮れている彼に阿求と名乗る女性が声をかける。
すっごい簡単にまとめるとこんな感じ
阿求さんが茶屋まで案内してくださったお陰で僕は霊夢さんからのおつかいの代物である茶葉を手に入れることができた。
「ありがとうございます! 無事に目的を果たすことができました!」
「別に大したことはしてませんよ。霊夢さんには日頃からお世話になってますしね」
さすがは霊夢さん、里の方からも慕われているようだ。そう考え僕自身も彼女に尊敬の念を抱く。
「想真さんはこの後なにか用事はありますか?もし良ければ私の知り合いを紹介したいのですが…」
彼女にそう言われ、僕は俯き考える。おつかいの途中で寄り道するのは如何なものだろうか。そもそもとして霊夢さんはどこへおられるのだろうか。
彼女は茶屋のわからない僕を人里のど真ん中に置き去りにしどこかへ行ってしまわれた。更にはおつかいの役を果たした後の集合場所を決めてすらいない。
そして、僕は阿求さんに案内をしてくださった事へのご恩をお返しせねばならない。
どうすべきか思慮を巡らす僕が出した答えは──
「いえ、特に用事などはございません。大丈夫です」
目の前の彼女についていくことだ。霊夢さんには申し訳ないが、茶屋まで案内してもらって何もせずに立ち去ることは僕にはできなかった。
だからせめて、阿求さんについて行き、話を聞くこと程度ならば今の僕にできるなにかだと思った。なにより、僕に声をかけた時の彼女の瞳は
なにか輝いているように見えたから。
しばらく阿求さんとともに人里の道を歩くと一つの店にたどり着いた。暖簾のかかった入口の上に看板があり、その中の一文字が傾いている。その店の名は…
「鈴奈庵…?」
「ここは人里の貸本屋で私の友達がここに住んでいます」
どうやら彼女は友達に僕を紹介しようと思っているらしい。どのような人なのだろう。そんな事を考えていると阿求さんが暖簾をくぐろうと手をかけるとその瞬間、空から声が降ってくる。
ふと上を見るとひとつの影が見え、すぐ近くに降り立つ。
「おっ、やっぱ捕まったか」
箒に跨ったままニシシと笑いながら神社にいたはずの魔理沙さんが言う。
「魔理沙さん、 やっぱとは?」
箒から降り、裾をパンパンとはたく彼女にその問いを投げかける。
「あ〜? 阿求は新しく幻想郷に来たやつに付きまとってそいつの事を根掘り葉掘り聞くんだよ。尋問みたいに」
魔理沙さんはやれやれといった感じでそう言う。それに対し阿求さんは、
「尋問とは失礼な!! 私はただ!!」
そう言い、高らかに一つの本をを掲げる。
「この幻想郷縁起に今の幻想郷に生きる者を記したいだけです!」
外の騒ぎを聞いてか、暖簾が捲れ鈴奈庵から人が現れた。
「あら?阿求、その人…?」
暖簾を捲ったのは特徴な飴色の髪を鈴のついた髪留めで二つ結にした女の子だった。その格好は紅と薄紅の市松模様の着物にその上から「KOSUZU」と刺繍の入ったエプロンを身につけていた。
「そう、噂の外来人の想真さん。無理言って来てもらったの」
僕が自分で名乗るより早く阿求さんは僕のことを紹介してくれた。
すると少女は「ふーん」と言いながらこちらに近づいてくる。そして、僕の前に立ち、顔を近づけてくる。顔の距離が近くなったことで少し恥ずかしくなり、僕は身を退けた。すると、自分のした事を自覚したようで直ぐにぴょんと一歩下がる。
「あ、あはは 、ごめんなさい。 え〜と、まず初めましてね。私は
「想真です。よろしくお願いします」
僕は彼女に手を差し出し、彼女がそれに答える。
「せっかくだし、中入ってよ!見せたいものもあるし!」
僕は握手した手をそのまま引かれ、店の中へ引き込まれる。実に元気な女の子だと思った。
店の中は数え切れないほどの本が所狭しと本棚に詰まっている。僕はそれを眺めるが彼女はそのまま僕を部屋の奥の机のところまで引っ張る。すると彼女は忙しなく、とたとたと部屋を駆け何やら書物を漁っている。全く状況が飲み込めていない中魔理沙さんと阿求さんはいつも通りのように振舞っている。魔理沙さんは何やら本を吟味し、阿求さんは持っていた巻物を確認する。各々、自由に書物を漁る中僕だけがその世界で取り残されている。
店内は本の世界になり、静寂が訪れたが少女の騒がしい足音がその静寂を壊す。
僕が座っている前の机にバサッと様々な分野の本をばら撒く。
「これは?」
僕は息を切らしている彼女に問う。
「ハァハァ… 外の世界の本よ!」
それを聞いて僕はそれらを手に取る。しかし、全て内容がよくわからない上に読めない字のものもある。僕は異国の字や横文字はよくわからないのだ。
「で!どう?! なにか感じた?」
凄い勢いでこちらに詰め寄ってくる小鈴さん。どうやら彼女は外の世界に興味津々らしい。しかし、そんな彼女の期待に添えず僕は首を振る。
「うーん、そっかー 。なにかわかることがあったら教えて欲しかったんだけど」
どうやら漸く落ち着きを取り戻したようで彼女はそばにあった丸椅子に座る。
「結局、なにが目的だったんですか?」
「新聞で見たけど、記憶喪失っていうから外の世界の本を読んでもらうことで思い出してそれについて教えてくれるかもって思って…」
彼女の意図が漸く汲み取れた。どうやら彼女は僕を通じて深く外の世界を知りたかったらしい。それ程までに外の世界はこの幻想郷の人々から見て未知の世界であり、好奇の対象なのだろう。目の前の彼女を見ているとそう思えてくる。
僕が外の世界の知識を完全に持たないことを知ると彼女は椅子から立ち上がり、机の上にぶちまけた本や雑誌をまとめ片付ける。
「なにか気になる本があったら読んでみてね。せっかく来てもらったんだしなにか一つ貸してあげる!」
そう言われ、僕は立ち上がり、本棚にぎっしりと詰まっている本を一望する。突然、本を貸すと言われてもなにを選べば良いかわからない。
「なにかお勧めの本はありますか?」
「この長編小説とかお勧めですよ。霊夢さんも面白かったって言ってました。貸して三日で返しに来たのは驚きましたけど…」
「なるほど…」
彼女がその小説を取り出したことで空洞の空いた本棚を見ると、同じ題名の小説がズラっと並んでいた。
(この量を三日で…… さすが、霊夢さんだ)
心の中で関心しながら別の本棚をちらりと見ると、ふとある本が目に入った。僕はその本を手に取り──
「小鈴さん、この本にします」
「はいはい、なんの本?」
「料理の本です」
それを聞くと、小鈴さんは口に弧を浮かべる。
「家政婦みたいね」
「どっちかというと夫の方の家政”夫”だけどな」
小鈴さんが冗談を言うと魔理沙さんが便乗し、囃し立てる。
「まあ…一応従者なもんで」
僕がその言葉を口にした直後──
「そうよ!こんなことしてる場合じゃないわ!」
阿求さんは突然大きな声を出し、その場に立ち上がる。その場にいた僕、小鈴さん、魔理沙さんの三人の身体をビクッと震わせる程の声量だ。
「なんだいきなり…」
魔理沙さんは呆れながら聞く。そんな魔理沙さんの問いに答えずにずんずんと僕の方に近づき、口を開く。
「想真さん、あなたを博麗の巫女の従者として幻想郷縁起に書かせてください!!」
「幻想郷縁起?」
「はい!これのことです!」
そう言い、彼女は持っていた書物を僕の目の前に押し付けてきた。どうやらこれが幻想郷縁起とやららしい。縁起とはよくわからなかったが、恐らく幻想郷のことが記された書物なのだろう。
「その書物にこの僕を?」
僕は言われたことを反芻するように言葉を口にした。
「はい、この縁起の英雄伝の部分にあなたのことを載せたいと思ってます!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください!」
目の前の興奮気味の阿求さんを抑えつつ、魔理沙さんたちの方を見る。魔理沙さんはやれやれという感じで呆れている様子。小鈴さんはそっぽ向いてこちらに目を合わせようとしない。どうやら助け舟は出なさそうだ。
そんな困惑している僕を置いて、彼女は話を進める。
「能力は? 従者になったきっかけは? 記憶を取り戻したらなにをしたいですか? 霊夢さんのこと、どう思ってますか?──」
言葉の弾幕が僕に向かって放たれる。どうやら彼女はこの幻想郷縁起に関してはかなり情熱的であるようだ。お淑やかな印象から一転、文々。新聞の文さんのような雰囲気に変化した。
その弾幕から逃れるために僕は少し話を逸らすことにした。
「あ、あの!幻想郷縁起を少し拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい!是非ご覧になってください!」
僕は幻想郷縁起を受け取り、何とか彼女の弾幕を避けることが出来た。しかし、彼女の目はこちらを凝視していた。僕は敵に狙われた獲物の気持ちを理解した気がした。
僕は彼女の目線を気にしないようにするために縁起を開き、内容を読むことにした。頁を開くとそこは目次の部分だった。
目次には妖怪図鑑、英雄伝、危険地域案内の順で書いてあった。
「元々、幻想郷縁起はまだスペルカードルールが敷かれていないころに少なからず人を襲っていた妖怪の出没地や能力、弱点など妖怪を敵対視した妖怪対策の本でした。ですが、スペルカードルールに則った現在の幻想郷では里のものが妖怪に食われることがほとんどなくなりました。
それ故に、幻想郷縁起も内容を今までのようなものではなく、妖怪の対策法や注意等をそのまま記した上で新しい妖怪の見方をするという
阿求さんは人に本を読み聞かせるように元々用意していたかのような言葉、口調で僕の手にしている幻想郷縁起について語った。
その事を聞いて僕はひとつ気になるところがあった。
…里のもの。
これはここ、人里で暮らす人々のことを指すのだろうが、その他の場所で暮らす人はどうしているのだろうか。 それらの方々は僕が心配する必要がないほど身を守る術に富んでいるのやもしれない。 となれば、人里に暮らす方々は自分の身を守る術を十分に会得していないのではないか。
そのことについて尋ねるとスペルカードルールが施行されてから里の方は人里の中にいる間、 身を案ずる必要がないほど安全になったのだそうな。むしろ妖怪が人里に遊びに来たり、逆に妖怪の住処に人間が招待されるようなこともあるらしい。
その事を聞いた僕は頭の中でその情景を想像しようとするが、実際に妖怪に襲われた僕の頭ではとても考えられない。
「里の方々は妖怪を恐れてはいないんですね」
「完全にとは言いませんが、敵対視しない程度に怖いやら不気味やら思っていると思いますよ」
阿求さん落ち着いた口調ではそう教えてくれた。しかし、その口調とは逆に筆を手にしている右手が震えていた。恐らく、早く僕に質問して僕のことを今、僕が手にしている幻想郷縁起に綴りたいのだろう。
その問答を終えると小鈴さんが阿求さんに声をかける。
「想真さんが幻想郷縁起に載るとしたらまた新しい縁起を刷るの?」
「ええ、そうね。よろしく頼むわ」
「はいはい、了解」
どうやらこの幻想郷縁起はこの鈴奈庵が印刷して製本しているようだ。
小鈴さんが本の印刷から製本まで行える事に感心を覚えながら頁をめくる。そこは目次の通り妖怪図鑑となっており妖怪の種類の部分に鬼や天狗などの有名な妖怪の名があったが、その後に幽霊や妖精などが記載されていたがそれは果たして妖怪なのかと疑問に思ったが幻想郷に出没する人ならざるものが正確に記されていた。この部分を読んでなにか対策できればと思い様々な妖怪の情報に目を通していると、ひとつの妖怪に目が止まった。その妖怪の名は──
ルーミア。
名前の横に阿求さんが描いたであろう絵が載っているが、それは一目でその妖怪が分かるように上手く特徴を捉えていた。
幼い少女の姿。赤い眼に黄色い髪に赤いリボン。そして、黒い服。全てが僕の記憶と合致した様がそこにあった。
その絵を見た瞬間、僕は反射的に彼女と会った時のことが頭を過ぎった。普通の女の子だと思い込んで安心して近づいた自分の愚かな無知。
何が何だか解らずただその彼女から逃げる滑稽な自分の姿。
そして、僕を喰らおうと眼前に迫った彼女の顔。 その顔に埋まった瞳の赤。紅。赫。
「──さん。 そ…さん」
自身の記憶の水泡に触れ、ただ自分の中の闇に埋もれた僕はただその絵の中ににいたはずの少女の眼をを見つめていた。
「想真さん!!」
闇に完全に溺れていた僕は自身の名を呼ぶ声を、叫びを聞き意識が現実へと移り変わる。
「っ!!」
意識が現実に戻った反動か目眩がし、今の今まで呼吸を忘れていたからか激しく心臓が胸を叩く。それに合わせるように肺に空気を取り込む。
顔を前に向けると阿求さんの心配を絵に書いたかのようなお顔がそこにあった。
どうやら僕は激しい幻覚を見ていたらしい。鈴奈庵の夥しい数の本が保管されている店内にはけしてそのような紅の瞳をした少女はおらず、ただ心配そうにこちらを見る阿求さん、小鈴さん、魔理沙さんだけで例の彼女は本の絵としてそこに映っていただけだった。僕はその頁を閉じ、机の上に幻想郷縁起を置き身体から力が抜けるように椅子に座った。
「大丈夫ですか?顔色がすぐれていないようですが…汗も凄いですし…」
自分の肌に触れると春だというのに玉粒の汗をかいていた。背中にもそれがあるのか背筋が冷える感覚があった。 そして連鎖的に口の中に乾きを覚える。
「………水」
「はい?」
漸く口を開いた僕の言葉に彼女は困惑する。まず僕の状態について彼女は聞きたいのだからそれを話すべきだろうが、今はただ喉の乾きを潤したかった。少しでも記憶の中の彼女を紛らわせたいからだ。
「…水を頂けますか?」
「水? 水ですね。 小鈴ー!!水持ってきて〜!」
小鈴さんから手渡された湯のみを受け取りその内容物を即座に飲み干す。しかし、喉の奥になにかものが詰まっているような感覚があった。無論、錯覚である。
しかし、僕はそれを錯覚だとはとても思えなかった。僕の脆弱な心がそのような幻を産んだ。自分の心がどれほどか弱いか痛感した。その弱さを吐き出すかのようにため息をついた。それから間もなくして漸く息が整った。
僕は彼女たちに自分を襲った妖怪の少女について話した。僕が妖怪を酷く恐れていること。自分の弱さを彼女らに晒した。博麗の巫女の従者という大層な肩書きを持った者がここまで情けない者だとは夢にも思わなかっただろう。
「恐らく想真さんは妖怪を酷く恐れる、いわば妖怪恐怖症だと思います。主に妖怪に襲われた方がその経験がトラウマになって人一倍妖怪を恐れてしまう。そんな心の病気です。」
阿求さんが僕に対してそのような診断を下す。妖怪恐怖症…まさしく僕の患っている心の病だ。その疾患が僕の心に巣食い、妖怪に対しての恐怖心を増幅させている。
「想真はどうしたいんだ?」
魔理沙さんが頬杖をしてこちらを見ながら言った。僕にはその質問の意図が汲み取れずにいると、彼女は言葉を修正して再度僕に問う。
「この人間と妖怪が共存している幻想郷でどう生きたいんだ?」
そのような質問をした魔理沙さんは真顔の状態でこちらをみている。ただ僕の様子をじっくりと伺うようにけして視線をほかに移さず、ただこちらを見ている。
…どう生きたい。
その言葉が僕の病んだ心に投げかけられた。この妖怪を恐れ酷く怯えた心に。まるで産まれたての子鹿のようによろよろと不安定さを持ち合わせたこの心に。
…この心を治す為にはどうすれば良いのだろう?
答えは至極単純。妖怪を恐れなくなればいい。
では、どうすれば妖怪への畏怖を無くせるだろうか?
そのような自問自答を繰り返し、僕が問いに出した答えは──
「…霊夢さんのように、 …魔理沙さんのように、強くなれるかは分からないけれど少しずつでも、一歩一歩でも強くなって博麗の巫女の従者に恥じぬよう胸を張って生きたいです」
僕の答えを聞いた魔理沙さんはニッと笑い後ろを振り向き入口の暖簾に向かって声を投げかける。
「だそうだぜ、霊夢」
すると、暖簾がふわりと動き中へと客を迎え入れた。迎え入れられたのは、青みがかった銀髪の女性と──
「れ、霊夢さん…」
「……」
霊夢は僕の様子を見るとため息をつき、頭を抱えた。
「…慧音」
「あ、ああ」
「例の件は彼の妖怪恐怖症が完治してからね」
「そうだな。里の中も妖怪がだんだん増えてきたし」
どうやら霊夢さんはこの方と何やら話をしていたらしい。例の件とはなんだろうと考えていると銀髪の女性が僕の前に立つ。
「私は上白沢慧音。この人里で寺子屋の教師をしている者だ」
「慧音さんですね。想真です。よろしくお願いします」
僕達は挨拶を終え、握手を交す。その際に慧音さんが例の件とやらについて話す。
「想真くんは聞いていると思うが、想真くんには人里の人達と親睦を深めるために何でも屋をしてもらうことになった」
慧音さんは鈴奈庵の店内にいる人たちに例の件ついて伝える。勿論、まだその事を聞いていない彼女らは顔に驚きの表情を見せる。しかし
「えっ?」
驚きの声を上げたのは他でもない。僕だ。
「ん?なにか言い間違えたか?」
彼女はなにか間違って伝えてしまったかと焦りを少し含ませた口ぶりで僕に対して聞く。しかしどこをどう間違えたかは伝えることが出来ない。なぜなら──
「すみません。僕その件について知らされてないです」
僕自身がその事について知らなかったからだ。
その事を聞くと慧音さん及び聞いていた皆様が霊夢さんの方へ向く。
その当の本人から出た言葉は
「あれ?言ってなかったっけ?」
霊夢さんがそう言うと、慧音さんは頭を抱え深くため息をつく。
「…なんでその事を肝心の想真くんに伝えてないんだ」
慧音さんは霊夢さんが伝えていた何でも屋について事細かに教えてくれた。 店の手伝い、畑の農作物の収穫、お使い、子どもの遊び相手、悩み相談など様々な仕事を請け負う仕事らしい。代金などは条件によるが物品でも支払えるようにするらしい。それらをこなして里の人たちのお手伝いをし、親睦を深めることを目的としたことらしい。
もちろん、僕もその事については了承したが一つだけ飲み込めない部分があった。
「妖怪の退治ですか…」
僕は思わず声が下がる。
「ああ、問題はその部分なんだ」
慧音さんは小鈴さんから出されたお茶を啜る。それから一息つき、言葉を続ける。
「基本的には知性のある妖怪は里の人間を襲わない。そういう決まりが妖怪の中で浸透しているからだ。問題は知性を持たない妖怪、またはなりかけだ」
「なりかけとは?」
僕がそう問うと霊夢さんが答える。
「長く生きてる動物は段々と妖気を帯びて妖怪になっていくの。特にに、恐れられてる動物がなりやすいわ。昔から人を襲ったりするやつとかで動物と妖怪の中間がなりかけよ。 妖怪も危ないには危ないけど今の幻想郷で一番危ないのはなりかけね。獣が妖怪になりかけた状態だと普通の獣だった時より力が強く、その上群れたやつだと統率をとってたりするし、それでなったばっかなもんだから里の人間を襲うなって決まりも知らないし」
「まあ、その他にも人を仇なす獣などを追い払って貰うようになると思うが…」
そこで慧音さんは言葉を止める。そして、視線はこちらに向いている。恐らく、僕の妖怪恐怖症のことを思ってのことだろう。 自分は大丈夫だと言葉に出したいが…出来ずに俯いていると──
「何でも屋の件は想真の妖怪恐怖症を治してからでもいいかしら」
霊夢さんが慧音さんにそう告げる。慧音さんはそれを聞くと安心したように笑顔になった。
「そうだな。私もそれがいいと思う。霊夢からもその言葉が聞けてよかったよ。てっきり無理やりにでも想真くんを駆り出させるのかと」
「そこまで鬼じゃないわ」
「ならなんで想真くんにそのことを伝えてなかったんだ?」
「それは…そう!成り行きよ!」
「どんなだ!」
霊夢さんと慧音さんが言い争いにも近い問答を繰り返す傍ら魔理沙さんらが話をしていた。
「図らずも重要な現場に居合わせたもんだな」
魔理沙さんが机に腰かけながら言う。僕も自分に伝えられずにそのような事を霊夢さんが考えていたとは夢にも思わず特訓の意味が分からずにいた。ただのお使いかと思えばあまりにも予想外な展開。人と関わり、紹介という形で連れられ、そして自分の弱さに向き合いこの幻想郷での目標も見つけることが出来た。周りに恵まれた結果であることは明白だ。
「霊夢さんがここまで僕のことを考えてくれてるとは思ってませんでした」
「? どんな風にですか?」
「恐らく、霊夢さんは早く僕のことをを里の方々に馴染んで貰うようにより近い距離で関わることができるようにしてくださったのだと思います」
「なるほど、だから色々なことをする何でも屋にしたのね」
僕たちがそのような想像をして話していると──
「いいじゃない!想真を使って参拝客稼ごうとしたって!」
その一言で僕たちの会話はただの空想として消えた。
しかし、それをきっかけに店の中は花咲いたかのように笑いに包まれ、暫し話し合っているうちに外は暗くなりつつあった。
「それじゃあ、小鈴。私たちはそろそろお暇するよ」
慧音さんがそう言うと僕たちも身支度を済ませ暖簾を潜る。
「はい!またいらしてくださいね!」
「色々とお世話になりました」
「またなんか面白い本が入ったら教えてね」
別れのあいさつを言うと僕と霊夢さん、慧音さんは同じ方向へ歩を進める。
私たちは想真たちの背中が遠ざかっていく様子を見送った後、会話を始める。
「結局、あんまり情報を掘り下げられなかったな」
「そうですね。でも、彼が妖怪恐怖症なのは少し意外でした。次、会った時はもっと色々伺いましょうか」
阿求はそう言うと何か悪いことを企むが如く口元を隠し笑う。
「程々にしとけよ…?」
「もちろん、あくまで目的は彼を私の縁起に載せることですから。小鈴、その時はよろしくね」
「うん。まかせて!また製本の準備をしておくわ」
小鈴はそう言うと自分の胸を拳で叩く。どうやら久々の製本に腕がなるようだ。
「それじゃ、私は阿求を送ってから帰るか」
「あら、いいんですか?」
「ああ、喋る相手も欲しいしな」
「それはそれは、ぜひご相手させていただきましょうか」
小鈴にあいさつを済ませ、私たちは鈴奈庵を後にする。鈴奈庵は人里の外れというほどの場所では無いが近くに居酒屋などが無いためその帰りは静かだった。
「…阿求は想真を見てどう思った?」
そう私は話を提示した。単純に私の質問だが、
「どうとは?」
「まあ、よくあるだろ。そいつのことを初めて見た時どんな印象を抱いたか。要は第一印象だ」
「第一印象ですか…」
阿求は私の言葉を反復した後、少し考え込んだ。しかし、それも少しの間だった。
「普通の人だと思いましたよ」
やはり阿求も私と同じ印象を抱いたようだ。それもそうだ。想真はどこからどう見ても普通の人間にしか見えない。私は暗くなっていく空を眺める。
「なんで霊夢はあいつを従者にしたんだろうなぁ?普通なら外来人は外に送り返すのに」
「…そうですね」
この幻想郷から出る手段はないわけではない。寧ろ、明確に存在している。それは博麗神社を訪ね、博麗の巫女に結界の外に繋いでもらうこと。主な手段はこれだが、安全を考慮しないのであれば強大な力を持った大妖怪などの手を借りるなどが挙げられる。神出鬼没のスキマ妖怪。
正体不明や化け狸も然り。もちろん、そのような妖怪が素直に協力してくれるとは限らない。恐ろしい取引を要求されるか、最悪、食い殺されるか。外の世界に迷い込んだ人間の扱いは妖怪にとってそんなもんだ。
「記憶を無くしてるって話だから記憶が戻るまで保護してやるつもりなのかね?」
「…確かにそれも考えられますね」
阿求と自分らの推論を述べ合いながら人里の道を進む。実際の所、答えは霊夢のみぞ知ることだが、こういうことを話すのも楽しいもんだ。
「もしかしたら、霊夢が想真のこと気に入って婿入りさせたりするかもな!」
そんな冗談を言って、お互いに笑いながら阿求の家までの静かな道を辿る。
「くしゅん!」
人里の入口までの道のりで話していると霊夢さんがくしゃみをする。
「どうした?風邪か?季節の変わり目は引きやすいから気をつけておけよ?」
「幻想郷は少し前まで冬だったんですね」
「まあそうね、でも春になったからって普段暖かくしてるはずなんだけどな〜」
霊夢さんは鼻をすすりながらそう言う。確かに博麗神社は日中は春の陽気で、夜中は火鉢を使っているので暖かさには隙がない。なので、寒さによって風邪をひくなどは考えにくい。
「誰か、噂してるんですかね?」
「なら、きっと魔理沙辺りね。きっと私がいない所でグチグチ言ってるに違いないわ!」
「言われる様なことをしてるのか?」
「いや、別に」
そう彼女はキッパリと否定する。あまりの即答だったので、僕と慧音さんは困惑していた。
「ところで霊夢は想真くんをどのように鍛えるつもりだ?」
「うーん、まあ弾幕は撃てるようにならないと話にならないからまずはその部分からしていこうかな。でもその前にまず霊力の扱いを覚えて もらわないと」
「そうですね…」
実際のところ、僕は霊力の扱いのほとんどがまだ出来ていない。空を飛ぶことは出来ても、弾幕を形成し、撃つ。木刀に霊力を纏わせる。などの自分の体外で行う霊力の操作を未だに習得していない。それどころか身体の一部分に霊力を集中させるなどもまともに出来るかどうか…。
「まあ、弾幕の事に関してはわかった。だが、彼の妖怪恐怖症はどうする?」
慧音さんがそう言うと、僕は自分の身体が強ばるのを感じた。霊夢さんはどのような処置を取るのだろうか?もしかすると、夜の闇の中に僕一人を放り出し、妖怪と相対させる。なんてことになるのではと想像し、背筋が凍った。
「それは、私の妖怪退治に付き添わせる形で慣らしていこうかなって思ってる」
それを聞いて僕は胸を撫で下ろす。どうやらそのような惨事にならないようだ。慧音さんもその事を聞いてホッとしているようだ。
「まあ、想真の妖怪恐怖症が治ったら伝えに来るわ」
「ああ、楽しみに待ってるよ」
人里の入口で慧音さんと別れた後、僕と霊夢さんは神社までの夜空を飛翔する。空から見る幻想郷の景色はいつも美しく思えたが、いつか妖怪と戦うことになる不安からか、夜の幻想郷の姿はとても不気味に思えた。
神社であうんさんから出迎えられ、夕餉を共にし、あうんさんが温泉に入っている間に僕は縁側で夜空を眺めていた。空に浮かぶ満月の姿に風情を感じ、なにか詩でも詠もうかと思ったが生憎そのような知識も感性も無いためただ呆然とお使いで買ってきた茶葉で入れた茶を啜りながら夜空を眺めていた。
「何
後ろから声に反応し、振り向くと霊夢さんがいた。
「月が綺麗だなと思いまして」
「あんたって結構ロマンチスト?」
霊夢さんが言った見知らぬ言葉に首を傾げる。その様子を察してか霊夢が補足を入れてくれた。
「あ〜、確か夢想家とかそんな意味だった気がする」
「では僕はただ眺めていただけなので違いますね」
「そう」
ただ二人で月を見上げ、何気ない会話をする。それからしばらく時間が経った後、霊夢さんが立ち上がり
「散歩でもいく?」と言った。
「こんな夜中にですか?」
「こんな夜中だからよ」
僕には彼女の言い分はよく分からなかったが、おそらく暇だったのだろう。僕はそれに承諾し二人で神社を後にした。
霊夢さんに連れられて向かった場所は、神社の近辺の森。僕が目覚めた場所に近い場所ではあったが、その時は昼間だったため自然の風景をこの目で味わうことが出来たが、月明かりしかないため雰囲気はまるで違う。おどろおどろしいといった感じだ。ただ噎せ返るような緑の匂い。水のせせらぐ川の音。視覚が全く働かず、それ以外の感覚が顕著であった。
「散歩というか肝試しに近い感じがしますけど…」
僕は目の前の霊夢の背中に向かってそう言う。
「そう?霊力を目に回せば結構明るく見えるわよ」
「だとしてもこれを持って行くようならやはり肝試しの方が近いかと」
そう言い、僕は背中の木刀に手をやる。霊夢さんも手にはお祓い棒を持っていた。完全に妖怪が出る事を想定している。
「別にいいじゃない。肝試しだとしても妖怪に肝を食われたりしないって」
不安を無くす為に言ってくれた冗談なのだろうが僕には不安をさらに加速させる言葉にしか聞こえなかった。
霊夢さんはズカズカと前へ進んでいるが、僕は気が気でならないので周りを見ながら進んでいる。風で葉が揺れる音。木に留まるフクロウの鳴き声。枯れ葉を踏む音。様々な情報が僕の耳に流れ込んでくる。そんな中、一つだけ異様な音が混じっていた。ガサガサと僕たち以外の生物が移動する音。皮肉にも視界を潰した暗闇によって鋭くなった耳によってそれに気づくことが出来た。
「! 霊夢さん今なにか!…え?」
周りを見ていた僕の視界をすぐさま霊夢さんのいる前に向けるが、そこに霊夢さんの背中はなく、ただ周りと同じ闇があっただけ。
それに気がついた頃には周りの異様な音はすぐ後ろまで来ていた。
僕は恐怖に飲まれ、身を投げ出して後ろから迫る脅威を避けた。すると、後ろではガチッと歯と歯が獲物を捕らえずただ空気を食み、かち合う音が聞こえた。
僕はようやくその脅威を暗闇の中で僅かに働く目で認識することが出来た。狼だ。闇の中に二つの眼光。光沢を帯びた鋭い牙。そして、同じような特徴を持ったモノが茂みから二つ出てきた。三匹。
三匹の狼が此方をじっと睨んでいた。
「くっ」
僕はそれらから逃れようと体勢を立て直し、走り、逃げるために空を飛ぶ。 ……が、それが叶わなかった。
「なっ!」
いつも、霊力を身に纏い空を飛んでいたがそれが出来なかった。原因は霊力が出なかったから。霊力を使いすぎて切らした訳ではない。確かに人里への通行で霊力を使い空を飛んだが、それでもまだ余裕はあった。発動できなかったのだ。何故?何が原因?
それらを逡巡したのは飛べないのわかった宙に浮く間。瞬く間に、僕の身は地面に腹から落ちた。腹に鈍痛が走るが、痛みに堪えている間も奴らは容赦しない。三匹の内の一匹が飛びかかって来たため、身を転がして避ける。従者の服に泥が付く。構う暇もなく、相手を見据える。もう一匹が既にこちらに突っ込んできていた。それを避けると残りの一匹がさらに飛びかかって来ていた。僕はそれを身体をひねり、避けて木刀を背中の刀袋から抜き、すぐさま木刀をその一匹の振り下ろす。狼の身にその刀身が激突し、鈍い感触が手に伝わる。が、狼は怯んだ程度。すぐさま、三匹ともこちらを睨み突っ込んできていた。
「くっ」
僕はそれらに背を向け、走っていた。一旦、距離を取りどうするべきか考える時間が欲しかった。走りながら考える。何故、霊力が使えなかったのか。森を疾走しながら考える。月明かりに照らされた道とも呼びがたい道を進む。ちらりと後ろを見れば三匹とも恐ろしい速度で追いかけてきていた。このまま追いかけっこの状態が続けば追いつかれるのは火を見るより明らかだった。なので、僕は思考を一度辞め心を落ち着かせることに注力した。そして、走るのをやめ急停止し身体を翻し、追いかけてきていた狼がこちらの間合いに入った瞬間を切りつけた。しかし、それもすんでのところで躱された。狼たちは獲物が逃げるのを辞めた故、様子を伺う為か三匹とも違う茂みに姿をくらませた。疾走から一転、静寂に変わった。僕にとってその静寂も、奴らが姿をくらませたことも好都合だった。目を閉じ、息を整える。心を落ち着かせる中で、霊力が再び使えるようになったことを理解していた。なので、このまま飛び去ってしまうのも一つの手だったが、僕は何とかして一矢報いてやりたかった。なので、空を飛ぶ為に霊力を身に纏う様な事はせず、自身の苦手としていた霊力を身体の一部分に集めるということを行っていた。霊力を蓄える場所は木刀を握っている右腕。だが、さらにその先に霊力を集中させた。右腕からさらに右手、それから身体から抜け出し木刀に蓄える。
「…」
永遠にも続くと思えたその閑靜。しかし、その終わりは呆気なく、そして瞬きすら許さぬ一瞬。葉のざわめきがそれを伝える。
それを瞬時に感じ取れたのは、目をつぶっているからか。それとも静寂のお陰か。もしくはその両方か。
茂みのざわめきが聞こえた方向に霊力を帯びた木刀を振るう。手応えがあった。先程の鈍い感触とは違う。物を切り裂く感覚。毛皮に覆われその上で強靭な筋肉の鎧を身に纏った狼の肉体を木刀の刃が浅く切り裂いた。しかし、それで事足りた。獲物にそのような手傷を負うとは思っていなかったのか森の奥に逃げ込んだ。仲間がやられた様子をその目で見たからか残りの二匹も逃げ去る様子を草木のざわめきが教えてくれた。
その場に残ったのは木刀を手にした僕と切り裂かれた際に生じた狼の血溜まり。鉄錆じみた匂いが鼻腔を刺激し、不快な気分になった。霊力のほとんどをあの一太刀に使ったせいか倦怠感がこの身を襲う。木刀を杖のようにし、その場で片膝を付く。乱れた呼吸を整えていると、空から降りてくる御方がいた。
「お疲れ様、いい肝試しだったでしょ?」
霊夢さんだった。
「…お陰様で」
散歩とは何だったのかと思いながらため息を吐く。そんな僕を知ってか知らずか話を続ける。
「わかったでしょ?妖怪を恐れてはいけない理由の一つ」
彼女がこちら見ながら言う。
「…」
言葉でなく沈黙で答える。それはもう身に染みるほどわかった。なにせ霊力を使うことが出来ず、酷く慌てふためいていたのだから。
「まあ、一つは霊力がまともに使えなくなること。相手を前にし心を乱し恐れおののけば、さっきみたいに逃げ惑うことしかできなくなる。そして、もう一つは」
霊夢さんが片膝ついている僕に合わせるようにかがみ、僕の額を細く白い指で突く。
「妖怪に力を与えてしまうこと」
言葉と共にこちらを見据える瞳が鋭さを増した気がした。
「妖怪は誰かに恐れられないと存在できない存在。だけど、恐れられれば恐れられるほどその力は強くなる。そして、その恐れている相手が目の前にいるなら尚更」
その話をしながら指は額から首へそして自分の胸にまで降りてきていた。
「その恐れは直接的に妖怪に流れ込み、さらに妖力は増す。あなた、相手が狼でなく妖怪だったとしたら五回は死んでたわよ」
その言葉と共に僕の胸を、心の臓を突く指の力は増す。強かに胸を突かれたことで肺から息が漏れる。
「妖怪との戦いは戦闘だけじゃない。精神的な面も深く作用する。それを忘れない事ね」
彼女はそう言い、僕の胸から指を離す。僕はその指された胸に手を当てる。この微かに残る痛みを忘れぬようにする。そう思いながら木刀についた狼の血を、持っていた手拭いで拭こうとすると刀で言う所の棟区、刃区の間が薄く光っているのに気づいた。その光は細く、白く文字を刻んでいた。
「桜花…?」
僕は月明かりの下、初めてその木刀の名を口にした。