日本の食文化を守るために変態技術を駆使しまくった結果   作:(´鋼`)

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美味い飯は程よい空気感の場所で食うのがベスト

 

 

 

 まさかの出会いに遭遇した『大将』たる青年は、行きつけの店【ゆきや】で働くC.C.への密やかな監視のために若干不定期気味に見えるような形で訪れることとなり、何度か会って他愛もない話を続けていくうちに話し相手ぐらいの距離感にはなれた。ただただ飯を食べ酒を飲み、今日の天気や暇な時どうしてるかなど中身なんて何も無い会話ばかりだがゆっくりと着実に当初彼女が抱いていたであろう警戒心は程々に解けたのだろう。出来れば何も起きて欲しくない所だが、先というのは何が起きるか分からない。願わくば食文化にとっての危機が起きないように青年は今日も【ゆきや】へと行く。

 

 

 

*─────*

 

 

 

 ちわー、邪魔するよー。

 

 

「邪魔するなら帰ってくれ」

 

 

 はいよー。……って、自分お客としてここ来たんだけど。

 

 

「大阪のノリとやらに乗ってやったんだ、感謝されても文句は受け付けん」

 

 

 んー、唯我独尊自己中心的。ま、人のことは言えないけども。今1人?

 

 

「ユキは今日、用事があると言っていたからな。時間になったら開けてもほしいとも」

 

 

 ふーん、そう。それじゃ、今は自分と2人きりって訳か。あ、先に黒霧おねがーい。

 

 

「少し待っていろ」

 

 

 はいよー。そういや今日快晴だったな、運転日和だったもんでトライクで少し遠出したわ。そっちは何かあった?

 

 

「いつもと変わらず、上の部屋でテレビばかりだ。とはいえ時折面白い番組もあったのでな、退屈はしなかった」

 

 

 あー、確かにたまに面白いのあるよね。意外と勉強になったりするし何より観てて飽きないし、まぁ最近テレビ観てないんだけどさ。何観てた?

 

 

「N○Kの科学技術特集」

 

 

 おー、そういうのか。良いよね科学の発展、どんな未来にどんな物が生まれてくるのかワクワクしてくる。それを想像するだけでも楽しいし、何よりそれに携わってみたいって思うのもまた良い。空想を現実にしてやるとか、新たな常識を作りたいとかさ。……ちょっと喋りすぎたかな?

 

 

「特にどうも思わん、好きに喋ったら良い。ほれ黒霧とお通し」

 

 

 あんがとさん。筍の土佐煮か、これまた良いものを。あ、注文お願い。さば味噌煮と出汁巻き玉子、ピリ辛ニラ玉につくね串5本。あっと白飯もお願い。

 

 

「分かった」

 

 

 それじゃ、いただきます。……うんうん、美味い。そんでもって黒霧を1杯、っぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙進むねぇ! 鰹出汁の味付けと筍の程良い歯応え、酒とご飯が進む!

 

 

「の、割には酒は1杯しか飲まないがな」

 

 

 酒はこのぐらいで嗜む程度が丁度いいの、そんなガブガブ飲むもんじゃないって。悪酔いしたら自分が帰れなくなるじゃないの、店の迷惑にもなりたかないし。

 

 

「なるほど、確かに迷惑はかけたくないものだ。私もこの店は好きだしな」

 

 

 そーそー、消費者は生産者に迷惑かけちゃならないって事よ。……にしてもマジで美味いな土佐煮、鰹節の量が巧い具合に調整されてやがる。おばちゃんの土佐煮も下町の味って感じがして乙なもんだけど、こっちはプロの料理人が作ったみたいな味してやがる。毎度思うがスゲェな本当、ここに来たの2,3ヶ月前とかなんだろ? いやはや感服するわ。

 

 

「煽てても何も出ないぞ。悪い気分ではないがな」

 

 

 うまうま。あ、そういやこれ聞いても良いか?

 

 

「何だ唐突に?」

 

 

 いや、こんな腕前なら料理業界から引く手数多だったろうに何でこの店なのかなと。ああ勿論この店を貶したくて言ってるわけじゃないって事を念頭に置いてくれ、この店に世話になりまくった身だからな。で、何でこの店を選んだのかなと。

 

 

「……あまり厳格な場所は好まん、それだけだ。それにユキには恩がある、それを返したいからここに居るのさ」

 

 

 恩、ねぇ。あんまりこう聞くもんじゃないんだろうけど、それっておばちゃんに拾われたこと? 姪とかそんな理由じゃなくて。

 

 

「…………」

 

 

 1つ言っておくと、自分はこの店を害する気もおばちゃんを害する気もアンタを害する気もさらさら無いよ。そうならこうやって不定期に通い続けて多少話せる関係を構築するなんて面倒しない、無理矢理にでも何かするもんさ。そうだろ?

 

 

「……少なくとも脅しには使える。懐柔させて上手いこと操ってやろうとする輩も居るものだ」

 

 

 まぁ仮にそうだとしても自分食事の時間だけは邪魔されずにのんびりとしたい人なのよ、飯の時間を邪魔するなら誰であろうと容赦しないぐらいには。それにさっき言ったろ、少なくともこの店には迷惑かけたくない。おばちゃんには昔から人間関係の悩みで世話になったからな、恩を仇で返すような真似はしないさ。で、話は戻すけど……正直に言うとアンタ拾われた身でしょ。2,3ヶ月ってのは多分本当なんだろうけど。

 

 

「……分かっているような口振りをしているのなら、私から言うことは何も無い。黙って食べていろ」

 

 

 ……はいよ、そうさせてもらうさね。あ、この事を誰かに言うつもりは全くないんで、そこの所よろしく。言いふらすメリットが無いし。

 

 

「ニラ玉だ」

 

 

 どーも。

 

 

 

 

 

§─────§

 

 

 

 

 

 暫くして店じまいの時間になると、C.C.は店主のユキと一緒に片付けを始めた。青年の方は客が入り始めてきた頃合には既に会計を済ませて帰っており、言葉通り何をすることも無く食事をして帰っただけに留まった。とはいえC.C.からしてみれば正体を知っている可能性のある人間がここに出入りしていたことに対しての不信感が勝っているだろう。何度も店に通い食事だけして帰るため何かしら被害を出したい訳では無いことも事実なのだろうが。

 

 このことを店主のユキに話さなければならないのだろう、けれど迷惑をかけてしまうことに対して二の足を踏んでいる。せっかく見つけた安息の地、彼女に拾われて人の暖かさを知ったC.C.にとってこれは1人で解決しなければならないと思い込む。別れてしまうことを言わなければならないのだろう、それを言おうとして言葉が詰まる。悶々としたまま複雑な表情をしていると、それに気付いた彼女は訊ねた。

 

 

「美咲ちゃん、どうした? 今日何かあったかい?」

 

 

 変わらず笑顔で接してくれる彼女は今のC.C.にとってこれほど有難いことはなく、これほど心苦しいものは無いだろう。何を言うべきか、何を言わざるべきか。彼女はC.C.のことをある程度理解しているが、それを考慮した上でどう言葉を紡げれば良いのか全く分からない。幾つもの月日を生きてきた筈なのに、ただ話すことが出来ない。そんな様子にユキは柔らかく微笑んで言う。

 

 

「今日は一緒に寝ようかね、C.C.ちゃん」

 

「へっ?」

 

 

 そうしてあれよあれよと流されて、結局何も言えないまま2人して寝床に着くことになった。暗い部屋の中ただユキの寝息と自分自身の心臓の音だけが耳へと入ってくるためか眠れない、横になってC.C.はユキの方を見やる。ぐっすりと寝ているようで何を言ったとしても反応しないだろうが、今はそれが良いと思ってしまう。何を言ったとしても彼女には気付くことはないのだから。

 

 

「……いつもありがとう、ユキ」

 

 

 ああ、願わくばこの平穏がいつまでも続くようにと願いながらC.C.は眠りにつく。

 

 その翌日、C.C.は店の営業時間になっても帰ってこなかった。

 

 

 


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