CLOCK  〜時間停止ヒーローが引退を決意したけど周りが放っておいてくれない件〜   作:雨 唐衣

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カーテンアップ・ある日の戦い

 

 

 大きな大きな球体だった。

 くるくるくる。

 

 大きく大きく回転していた。

 ぐるぐるぐる。

 

 罅割れて裂けていた。

 ぴゅるぴゅるぴゅる。

 

 直系10メートルにも届くほどの巨大球体――否、()()

 真っ赤に染まり、樹肌のような質感を持った円球が、無数の亀裂を抱えながらグルグルと回転していた。

 

 ぴゅーぴゅーぴゅー。

 押し込められていた植物園のビニールハウスを引き裂き、風が吹き出す。

 竜巻の如き暴風が、引き裂かれた布切れのようにゴミを撒き上げる。

 人々は声を上げて、逃げ出していた。

 

 


 

 ――童話級(メルヘン)怪塵(アクター) ――

 

 ――暫定名<北の風輪(ノース・リング)> ――

 


 

 怪塵(アクター)

 30年前に発生した幻想彩臨(リブート・イマジネーション)からこの世に現れるようになった驚異。

 

 あらゆる物語、その存在が怪物と化して現実へ降臨してしまった。

 植物園にて栽培されていた風信子(ヒヤシンス)の球根へと取り憑き、肥大化させたように。

 怪塵共の出現は世界のあり方を変えてしまった二大要素の一つ。

 そして、もう一つは――

 

『ぴゅーぴゅー』

 

 奇妙な風の音を鳴らして、割れた亀裂から触手が伸びる。

 大人の胴ほどにも太い球根の根を伸ばし、回転しながら北の風輪は破壊を広げていく。

 打たれた箇所が砕け散る。

 巻き起こす打風がアスファルトを粉砕し、触れた建物を、電柱を、転がった缶ジュースの缶を、粉砕していく。

 グルグルと回転するそれは、必死に民衆を逃がそうとする警備たちを諸共に砕こうと、地面を耕しながら目指し。

 風切音。

 

『ぴゅー!?』

 

 迫った触手が、灰色の閃光に両断される。

 灰色の水晶に覆われた異形の騎士。

 身の丈ほどにして2メートル弱、西洋のフルプレートめいたデザインの人型。

 両足から伸びるハイヒールめいた足剣が触手を貫き、切り裂いていた。

 

「マイフェアレディだ!!」

 

「ヒーローが来たぞ!」

 

 逃げ惑っていた人々の誰かが歓声を上げた。

 

「もう大丈夫。ここから先はオレがなんとかする! 早く逃げろ!!」

 

 <マイフェアレディ>と呼ばれた水晶の騎士――内部から威勢のいい少女の声が響く。

 風の回転。

 切り裂かれた触手もそのままに、残った触手がより集まり、身の丈を超える巨大な触手に変貌する。

 

『びゅぅうううううん!!』

 

 それは周囲全てを壊滅させる巨大な薙ぎ払い。

 自分の身の丈よりも巨大な大触根が、後ろに庇う者たち諸共消し飛ばさんと迫り。

 

Light・Up(ライト・アップ)

 

 水晶の騎士が両手を打ち付ける。

 鐘の音色のように澄んだ音が響き、巨大な刃が形成される。

 踵を鳴らし、アスファルトの地面に硝子のハイヒールを打ち付ける。杭打機の原理で固定。

 

「――Action(アクション)!!」

 

 斬打。

 水晶の騎士が暴力の風を切り抜けた。

 巨大大触根を真正面から両断し、切り飛ばされた根が勢いもそのままに空へと飛んで、黒ずんだ灰となって散った。

 

 ――怪塵は塵芥と化して消える。故に怪塵、何も生み出さない幻想そのもの。

 

「しゃあ! あとはぶっとば」

 

 両手の接合を解除し、周囲から前へと目を向け直したマイフェアレディは目があった。

 

 回転しながら、こちらを見る裂け目の中の【血走った目】を。

 

『ぴゅぅんぴゅぅんぴゅぅん!!』

 

 音を立てて、球体の表面が泡立ち、脈動する。

 そして、回転する巨体から無数の何かが飛んだ。

 

 真っ赤な円盤。

 

 それはマイフェアレディの上を飛び越えて、民衆へと向かう。

 

「させるか!」

 

 水晶の騎士(マイフェアレディ)が両手を打ち付ける。

 その両手からパラパラと白い粉が舞う。

 それは灰だった。

 真っ白な灰が舞い、マイフェアレディの両手から、周囲に纏わりつく。

 割れた黒曜石のように鋭く伸ばした槍――灰による再構築――が飛び放たれた円盤を同時に貫く。

 爆発音。

 

「なにッ!?」

 

 円盤が爆発した。

 真っ赤な煙を撒き散らし、爆砕する。そして、それを貫いていた棘も砕けていた。

 金剛石にも匹敵する戦闘舞装(ドレス)が摩耗していた。

 

「報告――あの円盤、いや植物だから種か?! 触れただけで壊れる! 再生してるが、生身で触れたらやばい!」

 

『返答――おそらく風化させる能力だね。撒き散らす風にもそうだが、あの()()()()()()()()()()()!!』

 

「北風と太陽ってそういう奴だったかぁ!?」

 

『こっちの避難完了まであと五分! 応援にいくまでなんとか凌げ!』

 

『ぴゅぴゅぴゅ~ん♪』

 

 口笛めいた音が響き渡り、数十を超える種円盤が殺到する。

 マイフェアレディがすかさず後ろに跳ぼうとして――避難している民衆とは逆サイドに跳ねる。

 風が不自然に吹いた。

 種円盤が風に吹かれて、軌道を変える。

 これだけの数に触れられば彼女のドレスは持たない。

 だから手を変える。

 

「灰を被れ」

 

 手を叩く。

 水晶のハイヒールが地面を叩き、叩いた両手が崩れ落ちる。否、砂のように崩れ去る。

 

灰被りの基準(シンデレラ・スケール)は――灰まみれ(アッシュ・トゥ・アッシュ)!」

 

 舞い散るのは灰。無数の灰。

 それが着飾るドレスのようにマイフェアレディの周囲にたなびいて、種円盤とぶつかり合う。

 灰にぶつかりそれは爆砕するも、灰の渦に呑まれて転がり落ちる。

 灰は砕けない。もう砕け散り、焼き尽くされているから。

 

「生身で近づくのはアウト。衣服を剥がす、皮膚もその範囲か」

 

 感じた言葉を彼女は率直に吐き出す。

 通信機越しの言葉は記録され、解析のためにバックアップに伝わるからだ。

 肩半ばまで灰に変換――戦闘舞装(ドレス)にしていた灰を還元し、それでも目の前まで迫った種円盤をハイキックで撃墜する。

 手袋を装着し、彼女の全身を覆う装甲から露出した黒のアンダースーツはボロボロと繊維から痛み出し、血が滲む。

 

「……問題はこの質量!」

 

 政府公認対処員であるマイフェアレディでさえこの苦戦レベル。

 そこらへんの連中だと戦いにもならないだろう。

 

「つっこむしかねえか」

 

 カンッ。アスファルトに踵を鳴らし、流線状に鎧の形状を変える。

 数を増す種円盤に、無視出来なくなってきた暴風に、踏み込もうと姿勢を低くし。

 

 

「美味しいお菓子と紅茶を一口、一息入れたら?」

 

 

 その種円盤がふわりと飛来した雲とぶつかって爆ぜた。

 

「この(アクト)、は……!」

 

 黄色い日傘《アンブレラ》を手に、彼女はふわりと舞い降りた。

 白色のゴスロリワンピースに、白いドロワが見え隠れする深いスリットの入った黒のスカート、色とりどりのブローチを複数つけて、飴を溶かしたような金髪をなびかせていた。

 

「カトルカール!」

 

「余裕を失ったら勝てる戦いも勝てないわよ♪」

 

 カトルカールと呼ばれた小柄な少女は、傘を投げ上げ、両手を前に出す。

 両手の間からわたがしのようにふわふわした雲が一つ出現する。

 

「ビスケットが一つ」

 

 小さな少女が手を叩く。

 

「ビスケットが二つ」

 

 手を叩いて、開いた。

 雲が二つ。

 

「ビスケットが四つ」

 

 もう一度手を叩く。

 雲が四つ。

 

 手を三度叩き、二つ、四つ、八つと数を増える。

 

Lighting(ライティング)魔女の開菓(ヘクセン・ブルーム)

 

 ふわふわと落ちてくる日傘を、優雅に受け止めて。

 カトルカールはくるりと手首を回して、雲を並べる。

 

「焦げてしまいなさい」

 

 雲が光った。

 超小型の雷雲から放たれた雷撃が種円盤を焼いた。

 

「まあまあカメラカットだわ。ボクを彩るには少し絵面が悪いけれど♪」

 

 少女はポシェットから取り出した飴玉を一つ。口に放り込んで噛み砕く。

 種円盤が通じないと判断したのか、北の風輪の繰り出す触手をすかさず水晶騎士が斬り捌く。

 さながら姫を護る騎士のような光景。

 

「オシッ! オレが踏み込む、援護を!」

 

 灰から甲冑に戻し、全身を再び騎士と変えたマイフェアレディが吠える。

 走り出す彼女の後ろを、とことこと少女が追いかける。

 カトルカールが手を叩く。その度に、雲が雷を放ち、飛来する種を焼滅していく。

 マイフェアレディが突き進む。その度に、暴風に吹き飛ばされた残骸が打ち砕かれる。

 

「さあてせっかくの豪華共演(クロスオーバー)、華麗に締めましょ……うん?」

 

 カトルカールが小首を傾げる。

 北の風輪がゆっくりと回転を止めていった

 

「諦めたのかしら」

 

「まさか。なにかしてくるに決まってる――な!?」

 

 足を止めて歩幅を揃える彼女たち。経験豊富な二人は感じている、ただで終わるわけがないと。

 そう考えてなお、絶句した。

 

 怪塵が輝いていた。

 

『フェティッシュ値が急速に上昇している! まずい、これはもはや童話級じゃなく』

 

 亀裂の合間から光が漏れ出し、膨れ上がる。

 

伝説(レジェンド)級だ!

 

『びゅぅううう! うぅうぅうぅうぅうぅううう!!』

 

 溶鉱炉から取り出されたばかりの硝子瓶のような形、そして輝き。

 醜い風船のように膨らんで、膨らんで、漏れ出る光に――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

Light・Up(ライト・アップ)!」

 

 マイフェアレディが、全速力で踏み出す。

 灰が舞い上がり、その甲冑を、二振りの大剣へと変える。

 

Lighting(ライティング)!」

 

 カトルカールが、両手を大きく広げる。

 その裾から光る小石――ざらついた結晶が飛び散り、みるみる間に膨れ上がっていく。

 

 

「「――私たちを映せ(Action)!!」」

 

『びゅ、ごぉおん!』

 

 

 地上に太陽が出現した。

 直視する事もできないほどの閃光が迸る。

 マイフェアレディが二振りの剣を突き出して光を受ける――不透明な光を通さない曇り硝子の刃が、光を散らす。

 カトルカールが防壁を生み出す。地面から膨れ上がった雲が固く、煉瓦の壁となって光を遮ろうとする。

 

 だが抑えきれない。

 

 曇り空の隙間から光が差し込むように、漏れた光が一直線に地面をなぞりながら駆け抜けていく。

 

「きゃあ!!」

 

 声がした。

 

「!!」

「なっ」

 

 二人は後ろを見た。

 

 そこには出口の側、歓声を上げて応援をしていた群衆。

 スマホを片手に見物していた人たちが、遅れたように悲鳴を上げて逃げ出す。

 迫る光を見た。

 触れたものを蒸発させ、その水分ごと命を奪う暁色の閃光を。

 

「きゃあ!」

 

 それから逃げようと慌てた少女が一人、つまずいて転んだ。

 それに気づいた母親が手にしていたスマホも放り出して悲鳴を上げる。

 

「や、ぁぁあああ! やあああああああああ!!」

 

 子供が泣き叫びながら、迫る光に声を上げる。

 

「クソが!」

 

 助けは間に合わない。

 ――マイフェアレディは一刻も早く倒すために、剣を抱えて投げる。

 

「間に合え!」

 

 助けは間に合わない。

 ――カトルカールは雲を操りながら、少女に向かおうとする光へ身を投げ出す。

 

 けれど二人共間に合わない。

 絶望的に時間が足りない。

 

 だからこれは愚かな逃げることをやめた民衆の末路。

 危険判断を間違えた人間の末路。

 当然の結末。

 

 

 ――GO・REDN・TIME(ゴー・ルデン・タイム)――

 

 

 光が、外れた。

 否、光が駆け抜けた場所に、誰もいなかった。

 

「え」

 

 閃光が焼くはずだった地面より、わずか3メートル横にずれていて。

 それどころか無数の防ぎきれなかったはずの光が、焼くはずだった軌道上には誰もいなかった。

 

 誰も死んでいなかった。

 

「避難ハ・完了シタ」

 

「うお!?」

 

 後ろから聞こえた声に、水晶騎士(マイフェアレディ)が振り返る。

 だがそこには誰もいない。

 

「剣ヲ刺シタ・ダガ・モット砕カナイト駄目ダ」

 

 再び耳元で声がした。

 目を向けるが、誰もいない。

 

「攻撃ヲ・シロ」

 

 けれど、振り返った方角に見える怪塵は、不自然に脈動を起こしている。

 隙間から刺さった二振りの剣が深く突き刺さっていた。

 

 そして、マイフェアレディは見た。

 

 目をパチクリとしているカトルカールを。

 正確に言えば、そこに現れた黒ずくめの男を。

 黒いジャージ姿に顔を覆うニット帽に、ライダーゴーグルを付けた男に抱えられていた。

 ファイヤーマンズキャリーで。

 

「おい」「オイ」

 

「?」

 

 二人の少女の声に、怪人が小首をかしげながらカトルカールを降ろす。

 

「え、セクハラ? セクハラじゃないよね、ちゃんと服の部分だけ触ってるから!」

 

 チックタックと左目側のゴーグルにはめ込まれた秒針が音を鳴らしていた。

 

「どうした?」 

 

「どうしたもこうしたも……!」

 

 光る。

 不意打ちの明滅した怪塵の光。

 

「防g」/「空k」「借りるぜ、マイフェアレディ」

 

 マイフェアレディは庇おうと動き出し、カトルカールは赤面していた顔を引き締めて。

 

Cut(カット)・」 ――螺子押し(スタンプ) 「In(イン)

 

 それよりも早く光が曲がり、明後日の空を貫いた。

 屈折現象。

 閃光の軌道線上に投げ込まれた水晶の欠片が、光に当たり、軌道をずらしていた。

 実行したのはライダーゴーグルの人影。

 その投げる姿が誰にも見えなかった。

 

「イクゾ。囮ニハ・オレガナル」 

 

 奇妙に間延びした声が、普通に聞こえるという矛盾。

 同時に人影が瞬きとともに消えて。

 

「おいごら!」

 

「もうちょいアピールしなさい!」

 

 ――少女たちは視線を前へと向けて叫んだ。

「無理無理、そういうの苦手なんだって!」

 

「「クロック!!」」

 

 

 そう叫ばれた怪人は、舞い上がる風と障害物を踏み台に、怪物の前へ躍り出ていた。

 

 

 非合法ヒーロー。

 

 超速ヒーロー。

 

 クロック。

 

 それが彼の名だ。

 

 

 

 

 

 これは彼がヒーローを辞める物語である。

 

 

 





おまわりさん、あいつ不審者です
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