CLOCK  〜時間停止ヒーローが引退を決意したけど周りが放っておいてくれない件〜   作:雨 唐衣

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おまたせしました


きっかけ/安楽椅子探偵

 

 

 

 

 ペラリと新聞をめくる。

 片手にはノート、シャーペンのヘッドを押して芯を出して読み取った数字、地名、場所を書き写す。

 何十ページと書き込んだノートは乱雑に纏められた情報で、意図がわからないと読み解くことも難解だろう。

 

「ふぅむ」

 

 冷房の利いた図書館の一室。

 積み上げた新聞、地図帳、スタンドで固定したスマホを並べた机の前で、渡鳥 岳流(わたどり たける)はシャーペンを口に当てて唸った。

 

(やはり事件が多いな)

 

 岳流がスマホの液晶画面をタップする。

 表示されたのは各地方の救急・消防などの通報サイト。

 市民への情報公開義務により出動した場所や、その時間、ざっくりだが何の理由で出動したのか告知されるものだ。

 

 同時に出動した公的ヒーローの記録も記載されているのだが……

 

(ほぼ同時刻で、違う場所で災害や通報、それに出動させられている)

 

 ヒーローの出動は怪塵案件だけではない。

 能力に適したものがあれば救助活動もするし、捜索や現場検証などにも出てくる。

 だから救助専用だの、捜査型ヒーローだの、そういう区別もされたりする。

 

 それらを踏まえて出動した場所と時間に、七枚カラーコピーした地図の上に赤くペケと時間を記入した付箋を貼り付けていく。

 

「…………」

 

 なんとなく曜日分用意した枚数の地図。 

 みるみる間に埋まっていく地図に、岳流の目つきが細まる。

 通報サイトに記載されているものだけではない。

 新聞やニュースサイト、俳優たちの活動を纏めているサイトを複数開き、ついでに電車や道路などの遅延情報なども調べて書き込んでいく。

 そうして出た結論に、彼は言葉を漏らした。

 

「これ飽和しないか?」

 

 無数のペケマークに、近似時間で揃えられた付箋の数。

 行政とヒーローたちの対処限界など知るよしもないが、明らかに異常な数だということが素人の目から見ても明らかだった。

 

(そういえば最近ニュースサイトの件数が多いな)

 

 事件が多いという噂は聞いていたものの、想像以上だった。

 こんな数が連日起きていて、現場のヒーローたちはどうにかなってるのか?

 

 佑駆がクロックを辞めてから、海璃も情報収集を止めている。

 海璃もなんだかんだ口で言いながらも、痛ましい事件が起きていれば胸を痛めるタイプだ。

 それでいて佑駆になんとかしてなんて他力本願に頼んだりしない。自己防衛として知らないほうが正しいのはわかっている。

 

 だからこうやって念のためと思いながら調べている岳流のほうが未練がましいのかもしれない。

 

(親友想いではないかもしれんな、俺も)

 

 そんな事を考えながらも、清書用のノートを取り出し、改めて情報を書き込んでいく。

 どのヒーローが、どの時間に、どれを対処したのか。箇条書きで記入し、整理していく。

 

 さすがにどのヒーローがどんなやつなのか、大まかに6~7割ぐらいしか岳流は覚えてないが、詳細は海璃にでも聞けばすぐに出るだろう。人のことを覚えるのは海璃のほうが得意だ。

 

 その上で当然知っている名前もあった。

 出動数として群を抜いているのが同じく十京(とうきょう)を活動の中心地にしているマイフェアレディ、そしてカトルカール。

 (アクト)の応用性に、群を抜く戦闘力で毎日のように怪塵や緊急性の高い救出事件に駆り出されている。

 

(クロックの活動していた時なら、それに優先してサポート出来るように作戦を練ったものだが……)

 

 ふとそんな事を考えて、誤魔化すようにペンを廻す。

 本当に未練がましい。

 

 自分が俳優(アクタレス)でもないのに。苦労し、命をかけるのは自分ではない。

 精々が海璃と同じく椅子の男(チェアマン)といったところだ。

 

「ふぅ」

 

 息を吐く。

 息を吸う。

 ゆっくりと息を吐く。

 

 マインドリセット。気持ちを切り替えて考える。

 

(佑駆に伝えるべきか……?)

 

 ノートを整理しながら幾つか拾える情報があった。

 放置しておけば危険だろう情報だ。だが今の佑駆はクロックじゃない、知る義務もなければ、行動する必要性なんてなかった。

 

 このまま自分の自己満足で済ませて、目を閉じていたほうが……

 

「――いや、それこそ自己満足だな」

 

 掠れるような声で、呟く。確認するために呟いた。

 

 自分の判断だけで情報を制限し、選択肢の数を減らす。

 

 それはあいつの親友でも、相棒の在り方でもない。

 ヒーローとして活動する、そう決めた時の誓いを未だに忘れてはいない。

 

 あの火事に、兄妹だろう子供が片方を抱きしめたまま息が止まっていたのを見て、助け出した佑駆の嗚咽を忘れてはいない。

 あいつはそういう奴だ。

 それから違うことを選んでも、それを尊重すると岳流は決めていた。

 

「……! もうこんな時間か」

 

 ふと見上げた時計の指す時間に、岳流は片付けを始めた。

 ノートだけ先に鞄にいれて、本棚から出した地図帳や新聞を戻していく。

 手を動かしながら、頭の中で拾い上げた情報の意味を考えていく。

 

(おそらくこの一連の事件、何かがヒーローたちの消耗を狙っている。明らかに尋常じゃない事件の数と、災害のじゃないものが混じっている)

 

 誰が。なんで。なにを。

 フィクションのような突飛な発想だが、そう思えてしかなかった。

 

(まあー、これぐらいのことプロなら当然分かってるだろうがな)

 

 どんな対策を打っているのか、準備しているのかわからないが。

 さっさと平和になって欲しい。

 

 岳流は心の底からそう願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数千円する栄養ドリンクが十本。

 それがこの3日間で消費された数だった。

 

「マイフェアレディ帰還! 三十分の休憩を申告しています!」

 

「超過労働だ。一時間酸素カプセルで休んでろって言っておけ! 彼女が倒れたらおしまいだぞ!」

 

「カトルカール。救助活動順調に処理中、サイドバッカーの手配が出来ましたが?!」

 

「本人の申告ではなく現場担当官(マネージャー)の判断を優先しろ! 問題がなさそうなら次の現場に先行させろ!」

 

「はい!!」

 

 怪塵対策特殊班。通称エディター。

 日本国内に複数の支部を持ち、十京(とうきょう)における怪塵対策、その対応俳優(アクタレス)――すなわちヒーローたちを管理する管理機構。

 その業務内容は煩雑を極めていた。

 

「ええい!! 手が足りん!」

 

 レッテルの上では怪塵対策と記載されているが、実質は上下に関わる案件を処理する歯車だ。

 下からはそれらしいという通報があればそれの調査を行い。

 上からそれらしい案件があれば受け止めて調査を行い。

 怪塵のみならずヴィラン……犯罪行為に(アクト)を用いてる俳優であれば対処を行う。

 

 幻想彩臨から30年。

 

 この日本でも専用の対策機関が無数に生まれては成長し、あるいは廃止され、時には合併し、技術と組織として成長を続けているが……

 

「人手が、た、ら~~ん!!」

 

 この一週間で睡眠時間が10時間を超えていない男は、火が出るような思いで言葉を吐き出した。

 人、人、人、とにかく人だ。

 

「もっと政府所属のヒーローが増えなければなんともならん!」

 

 俳優の数は、日々発生する怪塵に対して圧倒的に足りない。

 一人十殺どころか千殺を業務目標に訓練と雇用を行っているが、それでも大半の俳優は企業や警備会社に流れる。

 何故なら――仕事が多いからだ。

 広範囲に活動し、公共のために戦うというのはきついのだ。

 

「もっとビッグになれよぉおお!!」

 

 活動が増えればそれだけ目立つ。

 それだけ知名度が上がるというのに、どいつもこいつも民間企業に流れる。

 それが男には悲しかった。仕事でしんどい時ならばなおさらにしんどかった。

 

「このペースでいけば遠からず潰れるぞ。学生も使うか?」

 

 男は自分の設立に関わった俳優専用の学園のことを連想する。

 優秀なモチーフを宿した俳優に絞って、緊急で引っ張ってくるか考えて。

 

「いかんいかん!」

 

 バシバシと自分の顔を叩いて気を戻す。

 お茶と減塩煎餅をかじりながら、先程飲んだばかりの栄養ドリンクから目をそらす。

 

「ろくに使えもせんやつを放り込んでも現場が混乱するだけだ。私が判断を誤ってどうする」

 

 自慢のつぐみめいたヒゲが乱れていたのを直しながら、息を吐く。

 時計を見て、三分間だけ思考を整理する。

 

「……明らかに異常だ。だが何が起こっているのかわからん」

 

 急増する通報。使い捨ての携帯を用いて多発的ないたずら。

 急増する災害。災害というには多すぎる多発的な火事や、土砂崩れ、建物の崩落。交通事故。

 その上で、各地に出てくる怪塵共に、妙に金回りがよくなった反体制団体の活動。

 

 これらにどこもかしこも引っ掻き回されている。

 

 今はその実行犯らしきものに対する資金源を調査させているが、災害と怪塵騒ぎまで多発しているのはどうなっている。

 

「声は出しているが、どこまで冷静に回せているか」

 

 不吉な予感はするが、それらはどこまでも彼の予測だ。

 より違うアプローチ、可能性から調査を行っている陣営も多いし、なによりも目の前の事件処理に手一杯なのが多い。

 今彼らがそうであるように。

 

「くそ。クロックめ」

 

 そして、思い出すのはこの事態を加速させた非合法ヒーローの名前。

 

 

 

「引退するだと。そんなもの今発表したらどれだけ炎上するか分かってないのか」

 

 

 元より賛否両論のある正体不明。

 そこにバッシングからの引退声明など、火事現場にガソリンを注ぐところか爆薬を放り込むようなものだ。

 もろとも消し飛ぶだろうが、被害が大きい。

 

「どう扱ったものか」

 

 頭痛が酷い。

 これを聞いたマイフェアレディは怒り心頭だし、サプライズは今直ぐ捕まえて金と待遇で新生デビューさせましょー! と正反対の反応。

 カトルカールには伝えているが、その表情から感情が抜け落ちていた。

 

 現場で対応するだろうヒーローや一部の関係者には伝えているが、どう動くか、広告担当共々相談して判断を止めている。

 

「ぬうぅう」

 

 そこまで考えて三分が経過した。

 仕事の時間だ。

 

 

「なにもかんも仕事が忙しいのが悪い。それがこの世の不幸だ!」

 

 

 そういって彼は仕事に取り掛かった。

 幾つもの面の中でやるべきことを考えながら。

 

 

 世界と世間は回っている。時間が止まらないように。

 

 

 

 

 

 

 

 





活躍する俳優は一人で活動することは出来ない

大多数の黒子、スタッフによって支えられている。

エディターは彼らを支えたい、その輝しき道に彩りを与えるために設立された組織
ヒーローたちは応援されなければならない

それが人類が戦い続けられるための条件だと、ある偉大な俳優は言葉を遺した
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