CLOCK 〜時間停止ヒーローが引退を決意したけど周りが放っておいてくれない件〜 作:雨 唐衣
大変おまたせしました
再開していきます
白い空。
見覚えのない廃墟群。冷たい空気。風の気配。
先程までいたのとは圧倒的に違う開放感。
「は? ッ!?」
視界端に瞬く影。とっさに彼女は動いた。
膝から抜いた落下速度で潜り、蹴り足を前へ、姿勢をより低く滑り込む。
地面はアスファルト。
頭上には空を切る掌底。
靴底が固定されてないの察しながら、お尻から落ちて後ろへと
そうして飛び退いた地面が
「ッ!」
さらに複数、飛び込んできた石礫を強引に避けて、ステップを踏んで距離を取る。
「ほおっ。さすが天下のヒロイン様、可愛いパンツをしてやがる」
「アイドルだからね、見せパンだよ」
聞こえた言葉に、彼女――カトル・カールは平然と答えた。
カトルカールは周囲に視線を散らした。
上空は青空。周囲は廃墟。足元はひび割れたアスファルト、整備されていない、破壊と時間劣化の痕跡。人の気配がない。建造物の特徴、日本式、おそらくまだ十京圏内。
(再開発待機地区だね。会場からおそらく離れても十キロ圏内、それ以上飛ばせる
再発待機地区。
30年前に発生した
だからこの十京では存在していた23区の半分以上を放棄して再整理され、集中した十区の外側には未だ廃墟が広がっていることは子供でも知っている。
そこまで考えたのを打ち切り、彼女は前を見た。
「で、どちら様?」
三方を囲むように立っている相手は三体。
――両手に拳大の石を持ち、ウサギの被り物をした男。
――トンカラトンと呟く包帯を顔の周りと口に縛るように巻いた日本刀持ちの不審者。
――肩から両手、スカートのようにどこからか剥ぎ取ってきたような分厚い布を巻いた女。
ウサギ男、包帯男、カーテン女、それぞれがスタッフ服を着ている。
先程の襲撃者は三人、つまりステージで襲ってきた奴らに間違いなかった。
「ヴィランだよ、見ればわかんだろ?」
「ごあいにく。見た目で人間を判断しない主義なの」
「そいつはどうも優しいねえ」
(どう考えても全員
ウサギ男のヘラヘラとした言葉を気にせず、暫定でモチーフを決めつける。
(手に持つ石に……ウサギ、カチカチ山? ミスリードでダビデとかじゃないといいけど。トンカラトンはたしかそんな都市伝説があったはず。カーテン女はまだわからない、脱ぎだしたらアメノウズメ辺りだと思うけど)
公的ヒーローとしての基礎研修として叩き込まれた有名所の民話、都市伝説、神話、童話の知識からざっと連想を当てはめる。
やばそうな上のやつからハメて、その動き方から見て下方修正していくのが大事だ。
有名どころならばその通りに動かざるを得ないし、そうじゃないマイナーな奴なら動きに個性が出てくる。
――
隠そうとしてもどこかモチーフが、特徴的なアイコンを残してしまう。
だから公的ヒーローはひたすら多くの物語を読み込まされ、学ばされ、その特徴を把握している。
(だからといって能力までわかるわけじゃないけれど)
「で? 何の用かな、人のステージを邪魔して、私のファンが泣いちゃうんですけどぉ?」
「そりゃあラストコンサートだ、感動で咽び泣くだろうさ」
「トンカラ、トン」
ヘラヘラとしたウサギ男――推定カチカチ山に、包帯男――推定トンカラトンが、わかり易い言葉を吐く。
(センスがないよね、こいつら。まあヴィランなんて自己紹介する奴らだ、頭が足りてない)
「なにそれ。脅しかな?」
胸元に手を当てて、漏らしそうになった舌打ちをカトルカールは飲み込んだ。
(しくじった。通信用のブローチがない)
緊急時の発信機も兼用しているブローチの代わりにあったのはライブ用の小型マイク。
ワイヤレスのそれだけどさすがに、数キロ離れたスピーカーに通じるわけもなく、精々拡声器機能ぐらいしか使いようがない、
(のんきにちょっと電話させてなんていってさせてくれるわけがないかな。というかスマホ、マネに預けたまんまだし)
「だぁいじょうぶ」
それまで黙っていたカーテン女が口を開いて、出てきたのはじっとりとした気持ち悪い声。
「これからあなだはえいえ゛んにかがやぐ」
そうやって取り出したのは一つのハンディカメラだった。
それを見てカトルカールは理解した。
――
「イメージ・ビデオの撮影にはスタッフ足りなさすぎない?」
カカトを鳴らし、不満をアピール。
「スナッフビデオは素材が八割だぜ」
ウサギ男はカチカチと石を慣らす。
おそらく、いや、間違いなくカーテン女が持っているハンディカメラ以外にもカメラが仕掛けられている。
配信がされていれば相手の<力>は上がる。
「残り二割は?」
「――シチュエーションさ。素敵に泣き叫んでくれよ、
「トンカラトン」
「せがいのにんぎものにしてあげる」
息を吐く。
カトル・カールはゆっくりと片手を顔の前に掲げて、指を鳴らした。
パチンと、カメラの向こうの誰かにも届くように。
「教えてあげる」
笑顔で。
「こんな時にヒーローは負けないんだから」
手首のスナップを切る。
身につけたポーズで、磨き上げたモーションで、ヒロインは不敵に告げた。
「囲んで叩こうなんて負けフラグ立ってる雑魚には絶対にね」
「
一人と三体が動いた。
「
カトルカールが上から下に振り下ろして手を叩く。
「させるとでも?」
それが彼女の、
足元をめがけて飛び込んできたそれを飛び退いて避ける。
「トンカラトン!」
同時に動きが止まった彼女を目掛けて、錆びついた日本刀が振り抜かれ――滑った。
その刀身をカトルカールの掌に浮かぶ雲のような板が受けて捌いた。
「ビスケットも斬れないナマクラだね」
足払い。
踏み込んできた[トンカラトン]の前足を蹴り払い、カトル・カールの肩が駆動する。
顎に左掌、腹に右手を、踏み込んで叩きつける。
それはさながら十字の姿勢。
「トッ」
イメージするは竹筒から吹き出す水銀。
「トべ」
横隔膜を殴打され、鈍った包帯男の身体に発勁――合気とほぼ同一合理の運動質量を叩き込んだ。
カトル・カールは武器術を含めた合気道を習得している。
それと同時に楊式太極拳を師事、合気道の合理を応用し、幾つかの暗勁*1を憶えている。
包帯男がくの字にのけぞってたたらを踏んだ。
「!!」
それで気づいた。
カトル・カールの功夫はまだ達人とは呼べない。僅かに地面を踏み締めなければ勁は通しきれない。
―<
「
カーテン女が自らの胸元を掴んで――引きちぎるように左右に開いた。
そこにあったのは醜く書き記された「¥10」「罵ってください」「見世物」「安い」「哀れな生き物です」「同情してください」「いいねをください」「評価してください」 尊厳を侮辱するような言葉の羅列の胴体、何重にもベルトで繋がれた両手両足肘膝。
それが解けて――伸びた。
ベルトに繋がれた”繋がってない両手が迫ってくる”。
「
掌を打ち付けて、生み出した2つの雲。
二振りの短い飴細工の棒となって、掴みかかる掌を受け止めた。
――その飴杖がへし折れた。
否、切断されたように分割される。
「!?」
カトルカールの右手と左足を、ベルトの手が掴む。
次の瞬間、肘と膝から激しい痛みが伝わってくる。
握られている手首ではなく肘と膝から赤い血の線がぷつりと滲んだ。
「
両手を叩く。
煌めく雲が生まれて、二度目の拍手で弾ける。
「ッぅ~!」
自分ごと電光を走らせて、握りしめていたベルトの手を焼いた。
バネ仕掛けのように指が開く感電性の痙攣。
それを身を竦めるような挙動で引き剥がし、続けて跳ね上げた右足で飛び込んできた石を蹴り払った。
「さすがに決まったと思ったんだがなぁ」
瓦礫の上に登ったウサギ男が、小石を弄びながらそういった。
見れば吹き飛ばしたはずの包帯男も離れた瓦礫の上に飛び乗っている。
言うまでもなくカーテン女……否。
「だるま女かぁ。趣味が悪いね」
カトルカールは血の滲んだ手と足を見下ろして息を吐く。
だるま女。
誘拐・拉致をされた女性が両手両足を切られ見世物小屋で慰み者や見世物とされているという
20世紀後半に流行った都市伝説で、その元になったのはフランスの噂話、オルレアンの女とされている。
それは<人が消えるブティック>
そして、それから行方不明になった人間は人身売買の売春婦として売られて、その末路としてだるま女などにされて消費されるという噂。
――女、人体の分解。
――カーテンに覆われて見えなくなったら消える神隠し。
おそらく女特攻の、拉致能力。手足が千切れたまま動かせるだるま女という怪異はどこかの解釈か、怪物として逸脱してる。
「その上カチカチ山ね、ぼくの靴は泥舟じゃないのだけど」
さらにはドロリと溶けた安全靴の爪先を見ながら、言う。
(人工物を溶かす、泥の舟に見立てるってこと? めんどうだね)
トンカラトンはまだよくわからないけれど、まあろくな能力じゃないのはわかる。
迂闊に受ければ致命的になるのも珍しくない。
こうして足元がズブズブと沈み込んでいっているように。
「チェックメイトだぜ、カトルカール」
「泥舟に乗せて勝ち誇ったつもり? 可愛くないウサギ」
「負け惜しみは品格を下げるぜ。わかってんだろ、もう詰んでるってことがよ」
そう語るウサギ男がヘラヘラと嘲笑っているのが感じられる。
辺り一帯の地面、アスファルトも含めてグズグズに溶け出している。
ウサギ男――かちかち山の石が触れた場所は溶け落ちる。泥舟のように、そしてその末路のように沈み込ませる。
ヴィラン共がそれぞれ高さのある瓦礫の上に登ってるのはもしも彼女が飛び上がっても叩き落とせるように、そして見下ろす構図で力関係を伝えるための
カチカチ山、トンカラトン、だるま女たちの力が高まっているのを感じ取れる。
これが
実際の強さだけではない、知名度とそれに伴う信憑性と流れの説得力。
だからヒーローもヴィランも誰かに見られながら、それを演出しながら戦っている。
そうでないと力を発揮できないから。
信じてもらわなければ強くなれないから。
カメラでどこかに配信されているんだろう視聴者たちは、ヴィラン共の演出を楽しんでるに違いない。
そして見事、カトルカールを無惨に殺したならばその名声と功績はヴィラン共にそっくりそのまま刻まれる。
カチカチ山のヴィランは、カトルカールよりも強い。
トンカラトンのヴィランは、ヒーローを倒せる。
だるま女のエピソードは、カトルカールをも脅かす。
それが――
より気高い強者を蹴落とし、自分の格を上げるヴィラン共の少なくない暴れる理由。
「わかるだろう、カトルカール。やろうと思えば俺たちはお前を瞬殺することも出来たんだ、だが抵抗を許してやった」
「かく、づけ♪」
「トンから、トントン……」
あえて目が覚めるまで様子を見ていた。
だから抵抗を許していたのだとヴィラン共は語る。
そして、ここまで追い込んだがゆえに余裕を持って喋っている。
「ねえ、もしかして、勝ったつもりなのかな」
「つもりじゃねえ。勝ってんだよ」
カチンと石を叩きつけて、火花が散った。
そして、地面が燃えた。
メラメラと揺らめいた火がついている、かちかち山の
「
それは真っ赤に焼けたパンの窯の中のようで。
「お前は
高笑いをするウサギ男。
カチカチ山のタヌキを成敗したウサギ。
勧善懲悪の物語。
全ては予定調和。悪は正義に負けるのだ。
「お前の目は悪いのね」
「あ?」
火に囲まれて、ブルブル震えながらカトルカールは目を閉じる。
祈るように、小さく呟く。
「 さん」
そして、だらりと手が下がった。
「……魔女か」
両手を下げたまま、声が漏れる。
「それなら確かに負けるかもしれない」
手を振り上げる
「だけど」
下から上に、
「ボクは負けない」
高く、高々と、目を醒ますように。
「なぜなら」
ズブズブと沈んでいたカトルカールの足が止まる。
「この物語は焼けて死ぬものじゃない」
それ以上沈むこともなく、ゆっくりと目を開く。
「ボクらの物語は幸せになるのだから」
その
【
・照明をつけること。
・写真が目的通りの仕上がりになるよう、被写体に当たる照明をコントロールすることをライティングと呼ぶ。
【
現代映画作品において良く使われているカラーグレーディング。
水色とオレンジには補色関係があり、明暗にメリハリのある映像を生み出しやすい。
【カトルカール】
ランク:
十京専属の魔法少女。
自らが生み出す粉雲から多くのものを生み出せる力を持つ。
お菓子をモチーフにした物品、武器、建造物、電撃、磁力、多様のものを生み出せる万能の魔法少女。
お菓子の家を思わせる性質に、その物語はヘンゼルとグレーテルの魔女だと言われているが……
【挿絵表示】