CLOCK 〜時間停止ヒーローが引退を決意したけど周りが放っておいてくれない件〜 作:雨 唐衣
大変おまたせしました!
その破滅は眩しいほどに輝いていた。
その光景は恐ろしいほどに非現実的だった。
その濁流は黄金に満ちていた。
比重という言葉がある。
石の比重は3前後。
砂鉄の比重は5~6。
金はそれに対して19.3。
かつて砂金採りにおいてその比重の差を用いて砂金を洗い出す道具や方法が編み出された。
コンクリートもまた2.3、つまり同じ大きさの水と比べて2倍強の重さがある。
一人の贋鍮王の両手に触れた濁流が、無尽蔵の砂金の津波となって都市を押し流す現実。
30年前の幻想再臨。
「
――
時間が止まる。
降り注ぐ豪雨が停止する。
迫りくる金色の津波が静止する。
非現実的な光景の中で、誰よりも疾く、時間を停めたのは
駆け出そうとした姿勢のまま、この能力でもっとも優れているといえる時間稼ぎの発動。
息が続く限り、ジッターだけが考える時間を得る。
(考えろ、考えろ、どうすればいい?!)
息を止める、稼げる時間は数十秒、その間に思考を回せ、連続で止めるにしても次の停止中に動くべきことをしなければ全滅する、考えつけ、決めて動け、無駄な事は出来ない間違は出来ない間違えられないどうやって止める? 一人ずつ動かすか? 無理だ、雨の中で一人ずつ動かすなんて現実的じゃない、雨は一人でははねのけるだけでも硬いそもそも到達するまであと現実時間で十秒もない時間加速をすればいいか? それなら少しだけ余裕が出来るそれであのヴィランを殴れば止まるか? 全力で移動しても相手は遥か彼方、キロ単位の距離があるだろ無理だ、到底間に合わない、どうやって止める、誰を選ぶ、いや出来るか、全員を助けるんだ、それ以外ない、方法はどうする想いつけまだ時間はある俺がやればいけるあと三十秒ぐらい連打すれば稼げる考えろ思いつけ諦めるなでもどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする時間が足りないどうする考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ思い付け思い付け思い付け思い付け思い付け。
カトルカールがこちらを見上げていた。
手を伸ばして、ジッターの腕を掴んで見上げていた。
時間が止まっているのに。なんで。いや、時間止める寸前に手を掴んでいた? なんで。いやそうじゃない。
彼女の手から肘に、肩に、なぞるように頬に触れる。
申し訳ないが、これで時間停止が緩和される。
距離を詰めて、触れそうな距離にまで顔を近づける。
「!?」
「聞こえるか?」
吐息を漏らした、これで空気が通る、声が通る。
こくりとカトル・カールがうなづく。
(何を言うか、状況の説明? いや今更何を言う)
目の前に濁流が迫っている。
距離に余裕はあっても逃げ切れない。カトルカールが加わったところで。
目と鼻が触れそうな距離で、金髪に濡れた少女の唇がゆっくりと形を変えた。
「二人、を」
手が引っ張られる。
胸を軽く叩かれて、彼女の目が時間が止まっているマイ・フェア・レディに、次にサプライズを見る。
(俺に二人の時間停止を解除しろということか?)
だがそれをしても時間がない、結局禄に動けるのは俺だけで。
息苦しそうに唇を閉じながら、目の前の
――信じて――。
そう口が動いて、ジッターは手を伸ばした。
三人のヒロインに。
正義の味方を信じない選択肢なんてない。
◆
白いうさぎは終わりを
この黄金の津波を防げるものはいない。
超人たる<ジャグルジム>は自分を守れても、災害を食い止める事は出来ない。
守護者たる<
監視者たる<
【天穹武会】であってもこの規模を防げるのは四神に一人か二人いるかどうか。
【ゲルニカ】【ライフメーカー】【
そのどれもが成し得ない。
白いうさぎが知る限りの
それこそ神話の、海を開く預言者でもない限り。
洪水神話は、神の裁きは、防げない。
「これでエンドロールウサ」
くるりと掌を廻して、白いうさぎはつまらなさそうに告げた。
その両手が叩かれる。
◆
手に触れる。
三人のヒロインが、一人のヒーローだった少年に手を叩かれる。
――
それで全員が、時間停止空間から開放される。
「これは?」
マイ・フェア・レディが漏らした言葉は、どこにも届かない。
同じようにサプライズも周囲の止まった時間と空間を見て、身動きをしようとして、取れないそれに身じろぐ。
『今時間を止めている』
そんな二人にカトルカールが、発光させたスマートフォンの画面を見せた。
『だくりゅうを止める つぎ かいじょしたとき いきをすって じゅんびを』
どうやって? とサプライズが目で言う。
『しんでれら』
『くろすおーばー』
逆転の文字を示した。
◆
「まだだ」
寸前に、声が響いた。
王が告げる。
「うさ?」
「エンドロールには」
濁流の先、悲劇の先、豪雨の先で、光が灯った。
輝き。
夜の闇の中で、何かがきらめいた。
「まだ早い」
偽鍮王は笑みを浮かべた。
それは。
◆
一瞬の追想。
あるいはカットイン。
――能力解除――
ジッターは時間停止を解除する。
それが終わって始まるのは今再びの災厄。絶望的なシーンの続き。
回避不可能の暗闇。
わずか十数秒後には自分たちを飲み込み、一分後には都市部に届き、修復困難な破壊を齎す圧倒的破壊。
――能力再開――
それにカトルカール、マイ・フェア・レディ、サプライズ――三人のヒロインが足を踏み上げた。
「「「Action!!」」」
音が鳴る。
踵を叩きつけて、足を踏み鳴らす。
迫る濁流の止まった世界で、足音が鳴り響いた。
黒くよごれた泥が、降り注ぐ雨が、迫る音が急激に減速していく。
「
彼女たちは
――
阻まれない。
それはジッターの二度目の時間停止、否、加速。
しかし。
演者三名を中心にした相対的スローモーションとなる。
彼女たちだけの時間。
そして、始まるのは三人の劇場。
「顔を伏せて、諦めていた」
歌い出すのは硝子の、
濁流の、汚れた雨に濡れて、天へと手を伸ばしながら、足を踏み出す。
前に、中央に、ポジションを
「ちゅうちゅう泣いて、物陰の隅で私はそれを見ていた」
続けるのは、分厚いフードで
汚れた泥の流れ、それに押し流されそうになりながらも、前に立つ少女の後ろに立つ。
「迫る時間、迫る時間、置き去りにされた少女を自分は見ていた」
遠く、遠くに響くように聞こえる轟音。
未だにどこかに悲鳴が、晴れる見込みもない嵐の唸りの中で、
クルリと薄汚れた外套で、雨飛沫を払いながら、くるりとターン。
「置き去りにされた、母は、姉たちは、私を見捨てる」
迫るタイムリミット。
「貴方に資格はない、貴方に夢はない、貴方にドレスはないと言う」
張り上げる声は、雨音に、風に打ち消されてしまう。
「べそべそと泣き腫らす、時間は過ぎ去っていく」
言葉を
言葉を
言葉を
気持ちを前に、足を前に、必死に押し出す。
吹きすさぶ嵐の中に、打ち付ける雨風に負けないために、三人が手を翳す。
これは儀式。
これはパフォーマンス。
これは誰かに見せつけるための動き。
繋ぐ言葉は、お互いの存在を繋ぐためにかけられて。
紡ぐ言葉は、お互いの物語を紡ぐためにうたわれて。
接ぐ言葉は、お互いの意味を接ぐためにさけばれた。
これは演者たちの舞台、演者たちの物語、そのための高等技術。
お互いにグリム童話というシナジーが存在する。
だがしかし。
(熱が足りない)
(説得力が足りない)
(なによりも、観客が足りない!)
少女たちが歯を食いしばる。
湧き上がるものはある、感触がもどかしく感じる、だが足りない。
これは本来、事前に告知し、カメラを用意し、誰もが人々の注目を集めてようやく成り立つ大技。
今はただのシンデレラ、今はただの靴屋の妖精、今はただのヘンゼルとグレーテルの物語。
共演には程遠く、ただ同じ位置にいるだけ。
誰も興味を持たない、がらんとした舞台席のような白けた冷たさ。
必死に廻し続けるほど熱が冷めていく。
「ああ、なんて退屈なんだ」
そこに言葉が差し込まれた。
「来る日も、来る日も、代わり映えのない。ありふれた景色、ああ、誰か違うものが見れないものか」
それを差し込んだのはジッター。
訓練もしていない、外見も似つかわしくない、ポッと出の男の登場。
言葉を差し込み、彼は後ろへと下がる。
黒子のように。
「ああ、なんて苦しいのだろう」
それに、マイ・フェア・レディが、顔の装甲を剥ぎ取って。
「夢を見たい」
赤い髪を、雨に濡らしながら、叫ぶ。
「夢が、見たいのです!」
嵐に向かって、風に向かって、叫ぶ。
胸に手を当てて、誰かに伝えるように叫ぶ。
「昨日とは違う明日を夢見たいのです! それが、あそこに!」
指を指す。
濁流の、全てを破壊する破滅の先へ、指を差し向けて。
それは
「奇跡を掴みたいのです! 顔を覆うばかりじゃなくて、前を見たいのです!」
足を踏み鳴らす。
サプライズが、分厚い雨よけの外套を剥ぎ取って、自分の存在を示すように、靴を、泥を踏みしめて刻む。
「ならば」
外套を剥ぎ取る。
カトルカールが、時間差で、降り終えた雨の中で、空までまだ届かない加速の中で。
止んだ、空いた、空間に、
その手には、星色の飴玉の杖が掲げられていた。
「叶えて上げましょう」
それは――眩しいほどに、内側から輝いた。
「魔法をアナタに」
◆
「前を見るか」
カメラの向こう。
この惨劇を映し出すために用意された監視カメラの数々に、
白いうさぎは見ていた。
災厄の前で立ちふさがる三人の少女の後ろで、凍りついていた
彼らが発光灯を、照明を、タブレットを用意し、少女たちを照らし出したのを。
偽鍮王は見ていた。
光の当たらない場所で、誰かが、走り回り、瞬くような速度で舞台を整えていくのを。
呑まれるはずだった光の当たらない
うさぎは端正な眉を歪める。
王は仮面に覆われていない口元を歪める。
二人は理解していた。
肌でわかる。
空気が、冷たいはずの雨の中でも。
激昂/高揚で。
不快/愉快で。
◆
空気が変わった。
それは俳優ならば、この世界に生きるものならば、誰もがわかる。
高揚。
「夢を魅せてくれ!」
誰かが叫んだ。
三人の。
灰被りが、妖精が、魔法使いが希望を踏み出す。
「――
輝ける舞台が幕を上げた。
【フェティッシュ値】
配信媒体による同時接続数、世間的認知度、ファンたちによる興奮や執着を、感情を介さないAIによる計算式によっ平均的に割り出したもの。
これが高ければ高いほどアクトの階級が高く、影響力も先鋭化していき、
この世界における怪塵の求めるものであり、俳優が俳優たらしめる力の計測値。
愛着、願いは呪いであり祈りである。
この用語を定めた舞台作家は、他にも数々の用語と起こり得る事態に警鐘を鳴らした。
我々は世界の中に神を見出すか、あるいは人の外に神を生み出すことだろう。