CLOCK 〜時間停止ヒーローが引退を決意したけど周りが放っておいてくれない件〜 作:雨 唐衣
アウルマクスのデザインイラストの公開が抜けていたので追加
例えばマイ・フェア・レディはシンデレラ、サプライズは靴屋の妖精、カトルカールはヘンゼルとグレーテルの兄妹。
しかし、この世に現れたのはキャラクターだけなのか?
世界にはこぼれ落ちてきたように不可思議が現れている。
魔法の絨毯、願いごとが叶うかもしれない魔法のランプ、願いを捻じ曲げて叶える猿の手、無限に塩を生み出す石臼、食べ物が途切れない魔法の釜、松明三十本分の輝きを放つ聖剣、被れば透明になれる兜、手にするものを世界の覇者にする聖なる槍。
空想と創作、幻想と現実の区別はもはや曖昧に薄れてしまったこの世界において、これらを求めるものたちは途切れることはない。
道具、キャラクターは存在する。
ならば舞台は?
当然、出現する。
英国のキングス・クロス駅、9と4分の3番線。中国大陸の西方、聖なる山。合衆国、エリア51指定区域。親切な漁師が招かれた竜の宮殿。失われたアトランティス、伝説にのみ刻まれるムー大陸。南極の下の秘密基地。
空想は伝説と区別がつかずに、可能性は出現し、調査は進む。
未だ発見されていない、あるいはこれから降臨するかもしれぬ土地。
それらは物語の、伝説の、神話の誰かが歩み、描かれた世界。
ならば。それならば。
そのキャラクターが居る場所ならば、それは物語の舞台ではないのか。
その舞台にいるならば、そのキャラクターではないのか。
逆算する。計算する。空想に可能性を縫い付けて、その技術は確立した。
俳優たちの
そのアクトと状況を揃えることによって、現実に幻想を現出させる。
絵空事を現実に描き出す。
「「「
それは舞台の幕上げ、
ドンッ。音がする。
ドンッ。音が響く。
ドンッ。世界が響き渡る。
ヒロインたちの足場がせり上がる。
音を響かせて、轟音を響かせて、歯車を鳴らして、巻き上がっていく。
組み上げられていく。
石
夢を組み上げていく。
紡ぎ上げられていく。
サプライズが、止んだ雨の中で、糸を、手を紡ぐ。
ミシンのように次々と土台が彫刻されていく。脱ぎ捨てられたコートを纏って、小人たちがステップを踏み鳴らす。
築き上げられていく。
カトルカールが、降り注ぐ雨を、杖で絡め取り、虹色の水飴に。
廻り、舞わり、シンデレラを、その飴でデコレーションしていく。
それは透明な、神秘的な
灰被りが、誰もが知るヒロインへと生まれ変わっていく。
泥まみれの世界が、誰もが知る輝ける舞台へと再生されていく。
それは白亜の城。
それは硝子の靴。
それは硝子の城。
それは硝子の白。
それは白い魔法。
それはシロ。
少女たちの足元、遥か眼下で真っ黒な飛沫が上がる。
大きく震えるもその城壁は崩れない。
少女たちの、子どもたちの夢が、それを支える。
「魔法は解けない! 12時になるまでは!」
「夢は終わらない! そのガラスの靴が脱げるまでは!」
「私は夢を見る! 王子様と踊る夢を見て走る!」
城壁が揺れる。
激しい黄金混じりの土砂に打ち震える。
城壁が揺れる。
激しい硝子の靴に、走り上がる階段が耐えて震える。
何度も何度も何度も震え続けるそれを――麗しき
見渡す限りの巨大な硝子の城壁が、街を破壊する混沌の土砂災害を食い止めた。
「ブラボー!!!」
喝采が上がった。
「喝采を上げろ! 喝采を上げろ! 花を捧げたい!」
玉座に君臨する贋鍮王が、両手を打ち鳴らしながら破顔する。
彼は素晴らしき舞台を目で見て、
「シンデレラの城は魔法もかかっていないただの城。行き着くだけの舞台装置ウサ」
「だが、誰もが登りたがるシンデレラロードのゴールである。ゴールが先に崩れ落ちるなど道理ではない。故に耐える、当然至極! だからこそ」
辛辣な白ウサギの言葉に、黄金の王は褒め称える言葉を上げていた。
「素晴らしい!」
黄金手甲に覆われた手を止める。
「それでこそ」
止めた両手を大きく開き、肘掛けを叩いた。
ミシリと衝撃に打ち震える黄金の玉座が、捻れるように、回転しながら、高く高く盛り上がっていく。
高く高く高く。
くるくると椅子が廻り、足掛けの部分が伸びて、より大きく。
それは巨大な座椅子となって、やがて。
「立ちはだかる甲斐があるというものだ!」
へし折れた。
――能力解除――
街の壊滅の危機は退けた。
「はぁー! はぁー!」
限界いっぱいまでの時間加速を解除、いや、限度を超えて途切れた。
それを胸を抑えて、ジッターは荒く何度も呼吸をする。
「ジッター、よくやった! 少し休んでろ!」
「おい、ジッター大丈夫かね?!」
「津波は止めたけど水を完全に防げたわけじゃない。避難指示急いで! あとはヴィランを――なにか来るわよ?!」
カトルカールの上げた声に、全員が目を向ける。
洪水を防いだ城壁の先、未だ振動の続く上流から何かが見えた。
金色の大きな箱。
否、これは。
「でけえ馬がつっこんでくるぞ!?」
巨大な黄金の馬像。
そうとしかいえない形のものが激流に流されながら城壁へと衝突した。
破城槌のような衝撃に硝子の城が打ち震える。
「なんだぁ!?」
金馬の頭がキリンのように伸びた。
その上に設置された玉座に腰掛ける人影が、四人を見下ろし、声をかけた。
「やあ、こんばんは。ヒーローたち」
ミダス王の
「トロイの木馬に乗って、パパが挨拶にきたよ。
伝説のヴィランがほがらかに挨拶をしていた。
全員が硬直していたのは数秒。
「白馬でも王子でもなく王様が来るのは違えだろ!!」
誰よりも早くマイ・フェア・レディが叫びながら、
即座に隊形を整える。
サプライズはジッターを抱えて下がり、カトルカールがその前に立ちふさがる。
同時にサプライズが幾つもの手袋を散らばらせ、カトルカールは衣服につけた
「ほぅ」
ヒーローたちの動きに、偽鍮王は評価を高める。
その眼前に白水晶の
「
――
伸び上がるような水晶の蹴りが、仮面へと叩き込まれる。
カーテン・ライズを通して既に注目は集まりきっている、その力はマイソロジーのものと遜色のないものだ。
「
――
反響音。
陶器を叩いたような澄んだ音が響き渡る。
「!?」
「ほぅ、相殺するか」
水晶の脚甲と黄金の手甲が重なり静止していた。
受けた手甲は灰になっていない。
マイソロジーの適応中のマイ・フェア・レディが触れたものは灰と化す。
正確に言えば纏うと決めたものが灰になり、生命体は灰にならない。
生きているものが服飾になることなどありえないからだ。
マイ・フェア・レディと
だがしかし、この偽鍮王は違う。
「
その逆、わずかに水晶が金色に輝いている。
「ミダス王かよ!」
「いかにも!」
ミダス王の
旋転。
二段蹴りの動きに入っていたマイ・フェア・レディの体が傾く、滑るように伸びた黄金掌に。
「ッ!?」
弾け跳んだ。
弧を描いてマイ・フェア・レディが吹き飛ばされる。否、自分から跳んだ。
黄金像の上に滑りながら着地し、距離を取る。
脚甲の僅かな重み。金になっている箇所を金から灰に、灰から水晶へ、シンデレラのガラスの靴へと変える。
「ほぅ。即死しない相手は久しぶりだ」
(今の動きは、あいつの”
不可解な流れに息を吐く。
「気をつけろ!」
背後から鋭い声が聞こえた。
「あれは
「
サプライズに肩を借りたジッターが叫んでいた。
「なにっ?」
「如何にも!
偽鍮王の破顔。
「超速ヒーロークロック! 汝のベースは太極拳と見たが、如何に?」
「健康体操ぐらいにだがよ」
「素晴らしい! 私も健康のために太極拳は嗜んでいる! おお、同行の共よ。抱きしめたいなぁ!」
「嫌だが??」
「セクハラはやめろや!」
マイ・フェア・レディが黄金の足場を踏みつける。
――
灰化、形成、伸びた水晶の槍が偽鍮王の眼前に突き進む。
同時に、王の後ろから紫電が迸った。
――
偽鍮王の玉座、その斜め後ろに飛び出したカトルカールが放つ電光。
大仰な言葉と動きでマイ・フェア・レディが引き付け、その死角から仕留める。何度も共演したヒロインたちによる連携プレー。
二人の少女による十字砲火。
その場にいる誰もが直撃の確信を持った。
「黄金の伝導率を知っているかね?」
そう告げる王を除いて。
偽鍮王の腕が閃いた。
甲高い音を響かせて水晶の槍が拗られた右手の甲で逸れる。
放たれた紫電が左の黄金篭手が受け止められ、偽鍮王の足元が鳴った。
「とても高い」
「アース!? ずぶ濡れのくせに!」
「いや、普通に防水性の絶縁服を着込んでいるのでなぁ!」
「メタ張りばっちりですかぁ!!?」
当然、と偽鍮王は笑いながら自分の玉座を踏みつけた。
黄金の首が曲がる。
うなだれるように曲がった馬首が硝子の城壁へと突き刺さった。
アウルマクスは跳んでヒーローのように着地した。
「やばい、そっちいった! サプライズ、距離を……?!」
悠々と歩き出すその姿を止めようとしたマイ・フェア・レディの脚が動かない。
自分の意志で止まったわけじゃない。停められた。
脚が地面に、否。
「
「笑えなければ落第だ」
指を鳴らす。
象が溶けるように崩れ落ちていく。
当然その上に乗っていたマイ・フェア・レディもカトルカールも落ちていった。
氾濫する水の中へ。
「アトリ!?
「よそ見をしてる暇があるのかね?」
「ッ!」
城壁の上で、雨に濡れながら偽鍮王がゆっくりと歩いてくる。
「ふぅ。サプライズ、下がれ! ここは俺が」
「あれはミダス王だぞ! 」
荒く息を履いて呼吸を戻そうとするジッターを背中に庇いながら、彼より小さな少女が叫ぶ。
「”ミダス・タッチ”だ!」
ミダス・タッチ。
世界の人々が知る黄金の奇跡にして呪い。
経済界の成功者、富を生み出す手腕を指して語られる言葉であり、その原点は神に願いを叶えてもらった一人の王の伝説から。
その掌が触れたものは何もかもが黄金に変貌してしまう。
石も木も黄金の彫像に、豪華な食事は金細工の彫像品に、硝子のコップに注がれた水は黄金の氷に。
あげくは触れた人でさえも金と化す。
「
サプライズが手を叩く。
(石化から元に戻るなら幾つか心当たりはある。ハリー・ポッターなり、”心臓のない巨人”なり手段はある。だけど黄金は思い当たらない)
配置していた手袋からレプラコーンたちが立ち上がってくる。
(黄金は解除出来ない)
一体はジッターを掴んで後ろに下がらせる。
残りのレプラコーンたちが偽鍮王に立ち向かう。
(だから)
サプライズは知っている。
今は妹である
その長い経歴とサポートとして必要な知識の学習で、彼女はアウルマクスのことを知っていた。
(
ミダス王の黄金は解除出来ない。
だから、この目の前のヴィランが生み出した黄金が今もなお流通している。
全世界の黄金総量を数十、数百倍にも増やして増やして、地中に埋まってるとされる予想量も遥かに上回って。
結果、全世界の金の価値を暴落した。
幾つもの国が、資産家が、その財産価値を失い破綻した。
世界経済を破壊し、彼が生きている限り増え続ける黄金によって価値が下落していく。歴史に間違いなく悪名と共に刻まれる生ける伝説のヴィラン。
世界でもっとも有名な
名乗るだけでもはや誰もが無視出来ない怪物。
(触れれば必殺の黄金化、けど変化させる時間に数秒でもかかれば取り押さえられる! 数は力だ! 幾ら伝説級のアクトレスといえども即死攻撃だけなら非生物のレプラ「何故我々が殴り合うのか知っているかね?」
甲高い音と共にレプラコーンの一体が吹き飛んだ。
「あ゛?」
否、押し飛ばされた。
城壁から落下し、水しぶきを上げて沈んでいった。
「打撃とは人がもっとも最初に味わう痛みだ」
殴り飛ばした黄金の王が踏み出す。
掴みかかるレプラコーンの掌に、真っ向から立ち向かう。
鋭く体を突き入れて、しなるように掌が直撃させて――砕いた。
「拳を握る、手を振り上げる、あるいはぶつかる、ただそれだけで押して、叩いて、殴って、痛みを覚える」
崩れ落ちたレプラコーンを乗り越えて迫る新たな水晶の巨体に、王が描く拳の軌道は曲線。
「父親に殴られもせずに育った男などおらず」
打撃音。
破壊音。
「誰かを傷つけた罪悪も知らずに、ここに立つ者はいないだろう」
叩いて砕く破壊の掌が旋転する王の周囲を残光のように閃く。
「ファンタジーとは、創作とは人間の想像から産まれるものである」
レプラコーンを打ち砕く王の破壊は。
「つまり、だ」
止まらない。
問答無用の理不尽さに溢れていた。
「実感――説得力こそがその強度を定める」
ムエタイとキックボクシングのマイ・フェア・レディ。
杖術柔術と合気のカトルカール。
我流と見様見真似の太極拳のクロック。
ヒーローたちが主に格闘技を習い、習得する理由はただの護身ではない。
これが怪塵に対して、あるいはアクターに対してもっとも効果的だからだ。
斬って、刺して、焼いて、殺せぬ怪物がいるとする。
だが殴りつけ、轢き潰し、粉砕して死なぬ怪物も英雄も想像しがたい。
例えば剣で両断しても死なず、銃撃で穴だらけにしても瞬く間に元通りになる怪物がいたとしよう。
けれどそれががむしゃらに喚くか弱い少女の手で張り倒され、手に持った椅子で殴られて怯み、裏社会に名だたる吸血鬼が手に持ったノートパソコン一つで殴り倒されて昏倒する。
そんなありふれたピンチの脱出、あるいは残酷なトドメ、あるいは都合の良い補正の描写。
怪物の強靭性が都合よく捻じ曲げられているご都合主義の産物?
否。
そうではない。
それが通るのは――納得が出来るからだ。
より具体的に言えば
例えば白雪姫。
物語の描写に存在しなくても、頬をひっぱたかれても平然としてる白雪姫なんて想像は難しく、逆に涙目になるのが目に浮かぶのは容易い。
姫がか弱いか気丈かどうかは問題ではない。
人間は誰しも殴られ、叩かれた痛みを誰もが知って育つが故に、その痛みを恐れ、特別視する。
素手での戦いに厳かな神格を覚えるのもそのため。
例えば狂戦士の語源であるベーオウルフは自分の武器が壊れてもなお素手で不死身の怪物を殺した伝説を持ち、半人半神のヘラクレスは武器の通じぬ獅子を絞め殺し、安住の地を目指して彷徨い歩いた預言者は徒手を用いて天使を殴り倒し、
空手、ボクシング、ムエタイ、拳法、どんな国のどんな人種であるとも素手の工夫を切り捨てない、捨てられないのは肉体への信仰が根底にある。
人の、打撃の神話がそこにあった。
「だからって素手で水晶を殴り壊すんじゃないよ!!」
そんなことは公認ヒーローとしての教習として当然習っている。
しかしそこに物理的な破壊力を歪める力はない。物理法則に依存しない
「鍛えればいけるぞ?」
「理不尽過ぎるだろうが!!?」
ミダス王にガハハと笑いながら怪物を殴り倒せるような覇王のエピソードはない。ないよな? ないといってくれ。
そう叫んでいる間にもアウルマクスの歩みは止まらない。
真っ向からレプラコーンを殴り倒している。
残りレプラコーンは三体。
マイ・フェア・レディの復帰……間に合わない。
(クロックだけでも逃がす!)
民家人を守るのがヒーローの義務だからこそ離脱するように後ろのレプラコーンを指示し、顔だけは真正面を向く。
「
痛いほどに手を叩く。
それに従い、残った三体が集まり、手を繋いだ。一塊に集合する。
出来上がったのは一回り巨大なレプラコーン――大きな目を開いたビックヘッド。
靴屋の小人、その知られざる
「ほう?」
「
両腕を顔の前に構えた防御姿勢、俗に言うピーカブースタイルでビックヘッドが突撃する。
殴られようとも耐えて、巨体でもって押し飛ばす。
肉弾戦法。
「足元注意だ」
その巨体が、アウルマクスの眼前でビタリと停止する。
否、脚が急制動し、ガクンと反動で揺れる。
雨水に濡れた金面の上で止まっている。
「膝に痛い着地をなんでしたと思う?」
両足が開く、滑るような軌道で踏み込まれて、円弧を描いて両手が展開する。
それは弧を描き、しならせる動き。
黄金の手が鞭のように跳んで、ビックヘッドの顔を打った。
「
甲高い音と共にビックヘッドの首が捻れ飛ぶ。
曲線を描く独特な動きに、サプライズは気付いた。
それは太極拳の技ではなく。
「
距離が詰まる。
一足一刀の間境が踏み越えられる。
もはや間に合わない。助からない。
「金のガ」
だから、遺言ではなく分かった情報を叫ぼうとした。
きっと生きている妹に向けて。
彼女が負けないように、涙を堪えて。
「さらば
――
「させるかあああああああ!!」
その運命を否定したのはジッター。
そして、受けたのも。
ミダス王の掌がジッターに触れていた。
【アウルマクス】
通称偽鍮王。
伝説級の俳優でありながら、自我を喪失していない超人。
30年前の幻想再臨からの8年間の黎明期。俗にプレリュードと呼ばれる聖書大戦時に大きく活躍し、前世界における金本位制の国家社会を破壊した男。
善悪に頓着しない快楽主義者と言われており、敵対した俳優はもちろん怪塵の多くをも滅ぼしている。
最初期の俳優の一人としてヴィランでありながら自警団、世界最高とされるヒーロー”魔法使い”の宿敵として多くの戦いと伝説を残す。
中国を本拠とする地下幻想格闘運営母体<天穹武会>の主な出資者であり、再建社会における工業製品や医療品における金素材の過半数がアウルマクスが生み出した金とされている。
”魔法使い”の死後、表社会から姿を消して死亡したとも隠匿したとも噂されていたが……
【挿絵表示】