暫くして。ウツシさんが飛ばしたフクロウらしき生物が戻ってきた。どうやら、先程教えてくれたカムラの里からの返事のようだ。
「色々確認をしたかったんだけれど、里長からの指示が届いた。君を里まで連れてくるように、と」
「おろ、いいんですか?」
「そんなに悪い人ではなさそうだしね。それにーーいや、これは里長から聞いた方がいいだろう」
そんな会話をしつつ、私はウツシさんに連れられてカムラの里へと移動することになったのだった。
「あの大きな丸いのなんですか?」
「ハチミツだけれど……」
「なんと、甘味の王様!!」
「……」
「?」
「待ってて」
中々お目にかかれない甘味にとてもテンションが上がる。その様子を見ていたウツシさんは人が良いようで、ハチミツを取ってくると私にくれた。ミナトではそうそう手に入れられなかった甘い物に物凄く顔が綻ぶ。ポーチに上手いことしまっておく。諸々落ち着いたら食べよう。
そんなやり取りから2-30分経っただろうか。目の前に大きな門が見えてきた。先程の場所で見た建造物と同じ構造のように見える。文化的にはやはり、ここは極東地域なのだろうか。私がいたのは欧州地域だったはずだし、まだ超長距離対アラガミ装甲は完成していなかった。正確には、作れる技術と理論は完成していたが。というか、寝てたのに本当にどうしてこんな所にいたのやら。里長さんは何か知っているのだろうか。つらつらと考えながら、ウツシさんについて行く。大きな朱塗りの橋を渡り、大きな煙突から火が吹き出ている建物の前にその人は居た。
渋みのある深い青の鎧に、年月を経て色々な苦楽を刻み込んだ顔のしわ、年齢による衰えを感じさせない筋肉。ひと目で手練れだと分かる。背負われた双剣も丁寧に手入れされているのが柄巻から分かった。ウツシさんも似たような鎧を身につけていたけれど、何だか格のようなものの違いを感じた。
「よくぞ参られた、お客人。わしはこのカムラの里で里長をしているフゲンという。何やらお困りのようだが話を聞かせてはもらえないか」
「ウツシさんからはどのようにお聞き及びで?」
「明らかに獲物を持っていることを前提とした武の心得がある動きなのに、何も持っていない不審者だ、と。そして、迷子と自らを称していると言うように聞いている」
やっぱり、その辺りは見抜かれていたらしい。まあ、仕方ない。不審者扱いにはちと物申したくなるが。迷子なのは本当だし自分から言っているから問題ない。
「とりあえず、不審者ではなく迷子です。先程こちらに向かう際にウツシさんに名乗りましたがフゲンさんにはしていないので、しますね。私はミナト・クリサンセマム所属の対抗適応型ゴッドイーター、通称AGEのシルバー・ペニーウォートと申します」
「『みなと・くりさんせまむ』、『対抗適応型ごっどいーたー』とは?そのようなものは聞いたことがない。ゴコク殿、聞いたことは?」
「んー、無いでゲコねぇ」
後ろから独特の語尾の声がして振り返る。そこには耳が尖り、ふくよかな体型をしたご老人がいた。この人も偉い人なのだろうか。ずっと黙っていたウツシさんが少し驚いている。
「ただ、この感じだと嘘はついてないゲコ。もしかしたら、昔でいうところの神隠しにでもあったんだと思うゲコ」
「おぅふ……。いくら荒ぶる神々を喰らって来たからと言ってもあんまりじゃないかなー。てことは何ですか、ここは別の世界だとでもいうのですか。ひどい話だ」
まあ、予想してなかったと言えば嘘になる。見たことのない植物、愛らしい動物。何よりも、普通の人間がなんの装備もなしに外に出ていて生きていられる。これらは私の居た世界では有り得ない。あの世界は荒廃しきり、世界をまとめていたフェンリルも壊滅した。今はグレイプニルがフェンリルに変わり世界をまとめている。そうでなければ、無法の地となっていたであろう。
そして、なにより。ヒトよりもヒトの天敵であるアラガミに近しいAGEを知らず、こうして恐れられないというのは世界が違いでもしない限りおかしい。
「……んー、どうしたもんかなー」
「行く宛てはあるのかい?」
困ったなぁという感じでんーんー唸っているとウツシさんが聞いてきた。無論、世界単位で迷子になっているというミラクルの関係上、身分を証明するものも何も無い。当然、行く宛てもあるはずはなかった。
「行く宛てないですねー」
「……里長、ゴコク様」
「うむ」
「いいと思うでゲコ」
「?」
ウツシさん、フゲンさん、ゴコクさんが目配せし合う。そして、3人の意見が一致していたのが確認できたのか、代表してウツシさんが提案をしてきた。
「君、ハンターにならない?」
曰く。ハンターとは生態系保護や人里を守るために獣を狩る職業のことらしい。が、狩人と違うところは獣の中でもモンスターと呼ばれる特殊なものを相手にする。
モンスターは獣よりも獰猛で、大きいものが多いらしい。
「なんだか、私達AGEみたいですねぇ。人々に尊敬されたりしている分、とっても素敵ですが」
「その『えいじ』について教えてくれないかな?」
私の住む世界はある日突然現れた『自ら考えて喰らう』細胞、オラクル細胞によって捕食されている。オラクル細胞はある一定の偏食性を個々に持ち、同じ偏食傾向を持つ細胞達はひとつの生き物のような形を取るようになった。人々は極東地域の荒ぶる八百万の神に例えてオラクル細胞の群体を『アラガミ』と呼ぶようになった。そして、荒廃していく世界の中でも生きていくために人々はヒトの身体にオラクル細胞を移植し、人工のアラガミである神機を手に戦う存在、ゴッドイーターを生み出した。
しかし、そこにさらなる厄災、灰域(かいいき)が広がった。私達の住む世界はこの灰域で覆われている。大気中を漂い、接触する全ての構造物を喰らって灰へと変えてしまう。発生直後から爆発的に広まり、今なお拡大し続ける「目に映らない霧」。この霧の捕食対象は構造物に留まらず、人やゴッドイーター、アラガミすらも例外ではない。灰域濃度の比較的低いエリアですら、普通の人であれば10分も持たず、さらにゴッドイーターでも長くその場に留まれば死んでしまう。通常時は目に映らないこの霧も空気中の濃度が濃くなり、嵐のようになる灰嵐(かいらん)と呼ばれる現象でその姿を目にすることが出来る。
AGEとはゴッドイーターですらも死んでしまう灰域の中でも行動ができるように調整された偏食因子を投与された対抗適応型ゴッドイーター。灰域に対する強い耐性を持ち長時間潜行することが可能で、灰域の発生と共に出現した新たな『灰域種アラガミ』に対抗するために高い感応能力と戦闘力を持つ。
私達AGEは、「従来型ゴッドイーターよりアラガミに近い」存在とされている。神の名を冠する人類の敵に。既に、世界はアラガミに捕食され大部分の都市文明は滅んでいる。通常兵器が全く効かないこの敵と同じ存在と見なされる。自分たちの敵(アラガミ)と戦わせておきながら。ヒトとして扱われることはない。
そんな生き残った人やゴッドイーター、AGEが暮らす拠点をミナトという。まあ、AGE達にとっては牢獄だったりするのだが。
「……とまあ、そんな感じであんまりいい扱いを受けていなかったんですよ」
「そうか……」
「まあ、こうして有難い話を頂いたことですし精一杯働きますよ。幸いにして、何かを『狩り喰らう』のは共通しているようですし」
立ち話にしてはかなり重い話をしてしまった自覚はある。が、これを話さずにAGEが何たるかは伝わらないと思った。沈痛な面持ちの三人を見る。優しい人たちのようだ。そんな顔をさせたいわけではなかった。
「そんな顔しないでください。そんな環境下でも生きていたし、『私達は死なない。絶対に』って約束していますから」
暫く沈黙が落ちて。口を開いたのはゴコクさんだった。
「ギルドに連絡して登録するための手続きをするでゲコ。ただ、時間がかかるからその間ウツシにでも師事してこちらの武具等に慣れて欲しいゲコ」
「ゴコク様、お願いします」
「ゴコクさん、ありがとうございます」
「では、俺は里の皆に知らせておこう」
働くことが出来るのであれば、何とか生きていけるだろう。住むところは……。うん。お金がたまるまではどこぞで野宿かな。そうと決まればどこかいい場所を見つけないと。さっきの跡地は建物のガワは残っていたから雨露はしのげるだろう。颯爽と立ち去ろうとすると、ウツシさんにストップをかけられた。
「待った待った、どこへ行こうとしてるの?!」
「え?さっきの人里跡ですよ。住む場所もないですし、家賃払おうにも今は無職ですし」
あそこなら、人が放棄してるから家賃かかりませんからねーとケラケラ笑いながら会話は終わったし暗くなる前にたどり着こうと動き出したら腕を引かれた。
「君はもう少し人に頼ろうね。……村の共有財産の水車小屋がある。そこを寝泊まりに使うといい」
「おや、よろしいので?」
「あのね……。よろしいも何も、武器も何も持ってない子を放り出すような人はこの里には居ないよ」
カムラの里の人はどうやら優しい人たちばかりのようで、ウツシさんに連れられてあちこちに挨拶をしていくと、皆一様に「何か困ったことがあれば相談して欲しい」と言ってくれた。
そして、借り受けることになった水車小屋でウツシさんとは別れた。
「ふぃー、なんか色々ありすぎたなぁ……。疲れた……。こんなの灰嵐種の相手ばりに厄介だよ……。フィム、大丈夫かなぁ。ユウゴやアインさんはきっと探し回ってるだろうし、ジークたち三兄弟やルル、エイミーはわたわたしてそーだなー。イルダとリカルドさんはあちこちのミナトに連絡とってるかなぁ」
どうしてこんなことになったのか分からない。分からないけれど何かしらの理由があると信じて出来ることをしよう。そう心に決めて、壁に背中を預けると眠りに落ちた。
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