大人が嫌いな少年兵 作:グレゴリオ
「なあ恭介?生徒会の会計役のお前に、折り入って頼みがあるんだけどさ」
蝉の鳴き声と夏の厳しい日差しが差し込む生徒会室で、徐に僚が頼み込んでくる。身体が弱いくせに窓際に椅子を置き、もろに日の光を受けているのは大丈夫なのだろうかと思うが。
「頼み?俺にか?お前ならまずは裕未に頼むと思ってたんだが」
「ははっ、裕未にはこの間の卒業式の時に断られちゃってさ」
ああ、先日の2回目の『卒業式』――という名の『平和な島』からの出立の式典の日。メモリージングされた記憶と知識が覚醒し、この島の本当の姿であるアルヴィスの存在を知覚した者達が学校を去っていく。アルヴィスを知った者は、もうこの島の『平和』の中で、普通に過ごすなんてことは出来ないからだ。
それはそうとして、裕未にもう頼み込んでいて、それでも俺に頼み込んでいるという時点で、俺は僚が何を頼みたいのを理解し、同時に返答する。
「断る。どうせそのプクを引き取ってくれとか言うんだろ?お前が『卒業』したら、とかでか?」
「ですよね~…まあ正解。お前ならって思ったけど、やっぱり駄目か」
「当たり前だ。というか俺1人でどうしろってんだ?お前と同じで両親いないんだぞ?」
俺の両親はもういない。父は確か俺が物心ついた時に病気で死に、母は事故――ファフナー開発中に発生した事故で死亡したらしい。余談になるが、その母の事故死が切っ掛けで俺はメモリージングが覚醒し、この島の全てを知った。一応既にアルヴィスの施設に何度か出入りもしており、今は言葉通り俺1人の状態なのでアルヴィスから支援を受けて生活をしている。
「あ…そう、だったな。お前は俺と同じ…だもんな……悪い」
そしてそれは僚も同じだ。此奴も俺と同じく両親は既に他界、メモリージングも覚醒している。お互いにこの島の平和が体面上のものであると知り、この島の本来の姿であるアルヴィスの存在、そして俺達が戦う敵――『フェストゥム』の存在も知っている。
それでも俺達は『卒業』をせず、今もこうして学園に在籍している。俺はこれといった理由はない。それこそ、すぐにでも『卒業』してさっさとアルヴィス勤務をした方が生活面でも楽なのだろうが、幼い頃からの腐れ縁である僚が今も学園に残っているので、半ば仕方なくそれに付き合っているような感じだ。
「別に良いさ。それより僚、お前はいつ『卒業』するんだ?」
「……」
こうして尋ねるのも何回目だろうか。いくら聞いても僚はこんな感じに黙ったままで、何一つとして答えようとしない。その様はまるで何かを
「…まあ、いつも通り答えなくて良いさ。本当にいつもの事だしな」
「悪いね、恭介。それじゃあさ」
「ん?」
すると今度は僚が突然「海に行こう」と誘ってきた。しかも裕未も誘っているらしく…って!だったらお前ら2人で行って来いよ!?折角の2人のデートに割って入るような―――――――
◇
「……久しぶりに、懐かしい夢を見たな」
アルヴィス内に設置された簡易宿所のベッドから身体を起こす。ここ数日は碌に睡眠や食事も取らずにひたすらティターン・モデルの整備作業をぶっ通しで行っていた所為か、ある程度切りが良くなったタイミングでいい加減ちゃんとした睡眠を取ろうとベッドに入ったのは覚えている。
壁に掛けられた時計に目を向ける。時刻は『午前4時』――記憶が正しければ就寝した時の時刻が『午前3時』だった筈。日付を見ると就寝時の日付から1日が経過…つまりは1日丸々寝ていたということか。
「いっけね。1日丸ごと寝るなんて、タイマーくらい掛ければよかったか」
そう言いながらベットからちゃんと起き上がり、一先ずはシャワーを浴びることにする。簡易宿所とはいえ必要最低限の設備があるのは幸いだ。ここならティターン・モデルのハンガーも近いし、いっそこの宿所に寝床を引っ越そうかなとも考えながら、俺はシャワールームへと向かった。
総士との会話から1週間。彼がどうあの糞司令を説得したのかは分からないが、俺を正式に『ファフナー:ティターン・モデル』の正規パイロットに任命する辞令が通知され、同時にティターン・モデル『TSX-005』の再整備と現行の技術に合わせた改修が実行されることになった。
旧型、それもL計画で使用された機体と同タイプのファフナーの整備に大人の整備班は酷く顔を渋っていたので、俺はそんな奴らを無視して1人でさっさと作業に取り掛かった。というより辞令が下りる前から作業自体は始めていたので、大人の手は殆ど要らなかったまである。人の手は要らず、整備資材と作業設備の使用許可さえ貰えればそれで良かった。
「ニーベルング接続、シナジェティック・コード入力確認、対数スパイラル形成確認」
そして整備を終えると間髪入れずに俺は接続テストと起動試験を実施した。整備したとはいえかれこれ1年近く放置されていた機体だ。シミュレーション上では既に起動に成功しているとはいえ、実機で起動出来るかどうか、俺は一刻も早く試したかったのだろう。
「ジークフリート・システム起動。対フェストゥム機構、機体コアとの同期――全システムの正常起動を確認、ファフナー・ティターン・モデル起動!」
結果は成功だった。ノートゥング・モデルの時は出来なかった対フェストゥム機構を含めた全てのシステムの起動に成功し、俺は自らの『変性意識』と『ファフナーとの一体化』を自身が自然に受け入れられたことに喜びを感じた。
ティターン・モデルの対フェストゥム機構はノートゥング・モデルの同システムのそれよりも劣っている。旧型機――というより試作段階の機体だからという理由もあるが、どちらもティターン・モデルは不十分なものになっている。
『変性意識』はノートゥング・モデル搭乗時よりも劇的に変化するわけではなく、シナジェティック・コードの形成と対数スパイラル形成接続によって生じる攻撃的な性格に意識が変容する程度のもので、『ファフナーと一体化』もノートゥング・モデルはニーベルングに加えて上腕、腹部、大腿部にコネクターを接続することでよりファフナーと一体化、人体との融合を行うのに対し、ティターン・モデルはニーベルングと専用のシナジェティックスーツによる接続に留まっており、ノートゥング・モデルに比べてファフナーと一体化が未熟で、一体化の感覚も中途半端に留まってしまっている。
けれども、その違いが俺にとっては重要だった。
劇的な変化が無い『変性意識』は戦闘時の自らの思考が極端な方向へ変化し、ある種の暴走を引き起こすリスクを減らし、未完成な『ファフナーと一体化』も逆に自らとファフナーを曖昧ながらも境界線を知覚することが可能になり、俺にとっては逆に動かしやすくなった。
『ファフナーの特徴は操縦する必要が無い』
というのが基本コンセプトらしいが、俺個人としてはある程度『操縦するという感覚』が必要であった。全くの別人、別の存在に自らが変化するのを受け入れるのではなく、自らに別の存在が覆いかぶさる、鎧や武具を纏うような装着者としての感覚を受け入れる一体化が、俺のファフナー操縦の適性に合致していた。
この『未完成なファフナーとの一体化』が俺をティターン・モデルを選んだ理由にして、ティターン・モデルが俺にとって唯一乗ることが出来るファフナーである理由であった。
(俺は『
一線を越えない『
そして起動試験が成功し、`そのまま続けざまにシミュレーターでの訓練を始めて、確か10回の模擬戦を終えた辺りで切りが良いと一旦休むかとベッドに横になって―――
「今に至る…ってことか」
着替えの制服に袖を通し、一応髪型も整えてからシャワールームから出る。この後は引き続きティターン・モデルの各種試験やシミュレーターでの戦闘訓練を行っても良いが、各種試験となれば他の人員――特にジークフリード・システムとの接続テストには総士が必要になるし、シミュレーターでの戦闘訓練も基本的には他者による監視が1人はいなければ行えない。
「…あ、検査受けなきゃダメか」
そして何より、ファフナーの起動試験を行った後の身体検査を受けていないことを思い出す。しかもファフナーの起動試験自体、本来は機体の整備担当者が随伴でなければ実施してはならない規則がある。身体的不調等の不測の事態が起きた際を考慮しての規則なのだが、俺はどうにも浮かれていたようだ。実質、たった1人で機体を整備し、その勢いのままに起動試験までしてしまったとなれば、島の大人達は何というだろうか。
「面倒臭いことになるなぁ…」
これからのことを考えながら、一先ずは身体検査を受けるためにメディカルルームに――いや、この時間だと遠海先生はまだ自宅か?仕方がないので端末を取り出して直接コールを掛ける。
「今何時だと思ってるのっ!?」
「大人なら少しは早起きして下さい。もう5時ですよ?」
「
端末越しの怒鳴り声を鬱陶しく聞き流しながら、簡易宿所を出てメディカルルームがある区画へ歩き始める。ゆっくり歩いて行けば着いたころには遠見先生も来ているだろうと適当に思いながら、俺はちょっとだけ綺麗になったファフナーを背に歩き出した。
◇
「何故、彼を正規パイロットに任命したのですか?」
アルヴィスの中央会議室。そこには2人の人物の姿があった。1人は中央の総司令が座る席に腰かけ、両肘を机に付いて腕を組んだ男。アルヴィスの現総司令を務める『皆城 公蔵』が何処か不満げな表情を浮かべている。もう1人はそんな公蔵を訝しむような眼で見据え、その真意を問いただそうと問いかけた少年『皆城 総士』が自らの父に問いかけていた。
「何のことだ総士?彼の正規パイロットへの昇格はお前からの意見具申だった筈だが?」
「そうではありません。何故
総士の目が鋭くなる。公蔵が答える通り、彼――常森 恭介が正式にティターン・モデルの正規パイロットとして登録、任命されたのは先日の総士からの提案を公蔵が飲んだ結果である。けれでも総士が言うこともその通りで、実際総士にしてみれば『今まで散々却下してきた彼からの要望』を今更受諾するなど、何か意味があるようにしか思えなかった。だからこうして直接父こと総司令に問い詰めているのだ。
「…お前は羽佐間先生からのレポートを見たか?」
「彼のノートゥング・モデルの起動試験についての報告ですか?」
「そうだ。この半年の間の彼の起動試験の結果だ」
それについては総士も知っている。結果だけを言えば恭介はノートゥング・モデルを起動させることが出来ないという報告書であった。詳細を見れば『ファフナーとの一体化』に問題を抱えており、ある意味では自身と同じ理由でファフナーに乗ることが出来ないのだなと総士も思わず同情を感じるものがあった。
「奴には期待していたのだ。あれだけの
公蔵は溜息を零しながら呟く。その表情は失望に満ちており、文字通りガッカリした様子だった。そんな男の態度に総士は思わず握っている手に力が籠るのを感じる。
「かれこれ10回も試して1度も出来ないのならば仕方があるまい。そうと決まればせめてもの方法、彼が唯一戦える方法を用いて島の戦力にする。だから私はお前の要望を承諾したのだ」
「…消去法的採用、ということですか」
つまりこの男はこう言いたいのだろう。本来想定していた方法で使う予定だったパイロットが使えない奴だった。かれこれ試したが結局駄目、ならば最低限使える手段として数えられるくらいの扱いで使うだけだ、ということなのだろう。
「ティターン・モデルがパイロットに齎す負荷がどれだけのものか、知っての判断ですか」
「無論だ。けれども彼の
「貴方はっ!」
明らかに『使い潰す』前提での言葉にとうとう総士が声を荒げようとするがそれを公蔵が手で遮って制止させる。
「この島の為なのだ総士。そしてこれは元を言えば彼が望んでいたことだ。そしてお前もそれに賛同した筈だ。言っただろう?私はお前の意見具申を許可しただけだと」
「っ…!」
「先程遠見先生と羽佐間先生の両方から連絡があった。彼がティターン・モデルの起動に成功、身体検査でも特に問題無いとのことだ。ティターン・モデルとCDCのジークフリード・システムとの接続テストは後日、正式な日程を組んで行う。良いな?」
「……分かりました」
聞くことは聞けた。そして父が彼をどう考えているのかも知ることが出来た総士にもうこの男に用は無い。言いたいことはあるが恐らくは無意味に終わるだろうと自己完結させ、部屋を後にする。
「私はあくまで彼、そしてお前の意見を尊重したまでだ。それを忘れるな総士。お前と彼でこの島を守るんだ、良いな?」
返答はせずにそのまま立ち去る。そんなことはもう既に分かり切っていることなのだからと総士は心の中で考える。僕はこの島を守る為に此処にいる。此処にいるのはこの島を守る為――それが、僕が今ここにいる存在理由なのだから。
◇
検査を受けて早々に「今日はこれ以上アルヴィスの出入り禁止‼」と遠海先生にメディカルルームはおろかアルヴィスそのものから追い出された。勝手に機体の起動試験を行ったのもそうだが、機体に搭載されているコアとの同期テストまでもを1人で勝手に行ったのは流石にヤバかったらしい。大急ぎで染色体の変化と同化の影響を検査させられた。
幸いにしてどちらも規定値範囲内。身体への負荷は問題なかったとはいえ、これ以上1人で勝手にあれこれやるなと言わんばかりに今日1日はアルヴィスに入れなくなってしまった。
「って言われて従う訳ねーだろ」
と思ったのだが、俺が持つカードキーそのものにロックが掛けられたようで、ハンガーに戻るどころかアルヴィスの各区画への出入りが物理的に出来なくなっていた。唯一行けるのは本島への出口だけ、ざっけんな。
仕方がないので今日1日は大人しく『平和な島』で過ごすことにした。もう1ヵ月――いや、僚のコクピットブロックが回収されてからずっとファフナー関連で慶樹島に籠っていたのでかれこれ4ヵ月振りの竜宮島か。長らく顔を出していなかった本島だったが、その光景は変わらないものであった。ちょっとした高台の出口から本島に出ると、俺の眼下にはこれといって変わりのない平穏な町並みが広がって見えた。
斜面や丘陵地に建てられた木造の家屋郡、開店準備をしているのであろう商店街の様子、漁に赴かんと船を出す漁師達が集まる港の光景。
まさに『平和な島の朝』の様子を見て俺はちょっと複雑な気持ちになる。この『平和』は仮初、体面だけのもので、この島で暮らす大人達はそれを演じているだけに過ぎない。『平和』という文化を後世に受け継がせる為に、戦う以外の生き方というものを学ぶために、この島は言わば『
「……僚、裕未、皆。守れてるよ、この島の平和」
L計画を実施してまで取り繕ったこの平和。それが一体誰の為だったのかと問われれば、俺は『この島の子供達の平和』の為だと答える。『
けれども、それと同時に僚達L計画の参加者はその平和を守る為に使われた贄、僅かでもこの平和な期間を稼ごうと島から切り捨てられた駒であったとも考えてしまう。この島の大人達によって演じられた平和を維持させようと使い潰された、文字通りの生贄。ティターン・モデルとはいえファフナーをも持ち出してまで実施したことを含めれば、ついでにファフナーの実戦データも回収できれば尚良しとしていたのだろう。それに乗るのが俺の同期である子供達であることも分かっていた上で。実際、僚が乗っていたコクピットブロックから実戦データは入手出来たのだから。
「…糞が」
吐き捨てるように呟く。俺の眼下に広がる平和も、L計画を実施させた大人達によって演じられていると思うと嫌悪感が抱く。さも平然と、当たり前のように平和を過ごしている大人を俺は気に入らない。結局お前達は俺達子供が戦わなければこうして平和を演じることすら出来ないのだからと、分かってしまったから。
だが、この島で暮らす子供達はそれを知らないし、この平和が当たり前だと思っているのも事実で、それはこの島の大人達のお陰でもある。彼らが毎日学校へ行き、授業を受けて、友達と遊んだり喧嘩したり、文字通りの学園生活を過ごせているのは大人達あってのものだ。
だからこそ、俺は『この平和』を見ると複雑な気持ちになってしまう。犠牲を強いなければ平和を保てない大人達と、その平和があっての子供達。この光景を俺は一体どうすれば良いのだろうか、と。
実際はそんな悩みなどもう無いに等しいのだが。
「決まってる。戦うだけだ、皆と同じように」
僚達はこの島の平和の為に戦った。L計画に参加した40人が皆それぞれがどのような想いを抱いていたのか、それは全員が『この島を守る』為だった。俺だってそうだった、僚と裕未がいたからというのもあるが、俺だってこの島を守る為にあの計画に志願し、戦おうとしたのだ――――
「島を守る為に戦う。『大人達の為』じゃない、『この島の平和』を守る為に」
俺にとってこの島の大人達なんて関係ない。俺はこの島の平和を、その平和の中で過ごす子供達の為に戦う。その為に今もこの島に居続け、中途半端ながらもファフナーパイロットをやっていたのだから。そして漸く正式に俺も戦える、ティターン・モデルという僚達と同じ機体で、この島の為に戦うことが出来るようになったのだから。
「……一先ず帰るか、俺の家に」
想いと感傷に浸るのは程々に、取り合えず後輩達が登校を始める前に俺の家に戻ろうと高台を下る道へ足を進める。そういえばL計画参加にあたって『卒業』したからもう俺、島にいないことになってるんだったと思い出して早足というか駆け出す。後輩の誰かに見られようものなら「いつの間に戻ってきたんですか先輩!!」とか言われかねない。主に剣司とか甲洋とか咲良とか面倒見ていた後輩達から。
常森 恭介
帰宅後、4ヵ月近くも放置されていた一軒家がどうなるのかをその身で味わった為、帰って最初の行動が掃除となった元生徒会の会計担当。平屋とはいえそれなりに広い家の窓を全て開けてのドタバタな作業が目立たない筈もなく、程なくして学校へ登校中だった『遠海 真矢』に目撃されてちょっとした問答になってしまったのは別の話。僚達と学校にいた時は生徒会の会計を担当しており、どちらかというと僚よりも裕未や果林の2人と生徒会の仕事をする機会が多かった。後輩想いな性格も相まってか、生徒会関係で後輩と関わる際は何故か真っ先に声が掛けられた(というより僚と裕未に押し付けられた)ことで後輩との面識や関りを持つことが多く、後輩達からは一堂に「生徒会から何かあればまずは常森先輩が」との共通認識だったとのこと。会計役なのに可笑しくないかな?と当時は常々思っていた。